これもずいぶん昔の話です。いささか総論的な語り口になりますがお許しください。
私達が高校生の頃のセックス感覚は今から比べるとかなり消極的で、お互いに好きだから、愛し合っているからといってすぐホテルへ行くことはありませんでした。
当時の私たちにとってはキスでさえも一大事であり、「誰と誰はもうキスし合っているらしい」といった話題がビッグニュースとしてささやかれるほどでした。
もっとも大都会でも、今で言う「ラブホテル」はまだまだ数が少なかったのです。
言葉は悪いですが和風のいわゆる「連れ込み旅館」がほとんどで、そこは中年の男女が利用する場所といったイメージが強くありました。
ですから「性交」は縁遠い話で、男女とも大多数が卒業まで童貞・処女だったのです。
他校を含め「女子高生が妊娠した」などという話は、在校中の3年間聞いたこともありませんでした。
そんな風潮の中で良く利用されていたのが個室型の「同伴喫茶」でした。今で言う「ネットカフェ」・「漫画喫茶」のようなものでしょうか。
内側の鍵を掛ければ誰からも干渉されることのない、まさに二人だけの個室が出来上がるのです。
鍵のかかる個人の部屋など余程のお金持ちの家にしか無い時代ですから、「個室同伴喫茶」はまさに愛し合う高校生たちの天国でした。
そして驚くべきことに、そこには高校の制服姿でも入店できたのです。
「18歳未満・高校生入店禁止」などの規制はあったのかもしれませんが、ほとんど実行されていなかったように思います。
また私立高校によっては「親同伴以外の喫茶店入店は認めない」といった校則があったようですが、私たちの公立高校にそのような決まりはありませんでした。
私達はその天国でまずキスを交わして抱きしめ合い、もっと仲良しになるとお互いの性器を手でまさぐり合いました。
もっと仲良しになると女子が男子のペニスをしごいて掌に射精させてくれるようになり、もっともっと仲良しになると口に含んで愛撫してくれるようになりました。
そしてもっともっと仲良しになると口の中に射精するのを女子が許してくれるようになり、もっともっと仲良しになると女子がその精液をごっくんしてくれるというのが関係進展の順序でした。
確かに「ごっくん」はアブノーマルな行為かも知れませんが、当時の高校生の間では愛の証として神聖視されていました。
女子はというとクリトリスと乳首を愛撫され、或いは膣に指を一本入れられてグニュグニュされ、声を押し殺して快感にむせび泣くのというがパターンでした。ですからみんな卒業まで「処女」だったんです。
ちなみにオルガスムスに達してしまう女子はほとんどいなかったと思います、私の彼女以外は。(次回をお楽しみに)
この「ごっくんこそ愛の証」と、「指は一本まで」は誰もが認める黄金律で、校則よりも厳格に守られていました。
もう一つ厳格に守られていたのは、万一個室同伴喫茶の出入り口で知り合いのカップル同士が出くわしてしまっても、お互いについて一切口外しないことでした。
こうして私達高校生たちの平和は守られていたのです。
でもまあ中には指が2本入る女子もいましたし、1本だけでも痛がる子もいました。
処女膜の穴の大きさは女の子によって千差万別ですから・・・。
また実際にカップル同士で出くわしたこともあります。
女の子の方は学年で成績が1,2番のツンツンした感じのがり勉女子で、「親が国立だから私も国立行かないと・・・」と言いながらメガネを気にするタイプの子。
男の方は同級で、野球部ながら全体にさえなく成績は普通。
まさに「何であの女子があんな男と・・・」という感じでしたが、実はその男子、私の親友だったのでどこまで進展しているのかズバリ聞いてみました。
その結果、案にたがわず「ごっくん」まで進展していました。
ある日図書室でその女子を見かけ、「あの子もごっくんしているのか、人は見かけによらないな・・・」とその場面を想像していると目が合ってしまい、もの凄くにらみつけられました。
ちなみに個室同伴喫茶の料金は、飲み物付きで二人で500円ほどだったと思います。
コーヒー1杯わずか100円の時代ですが、500円であれだけのことができたのですから、安いものだったと思います。完
今回は総論めいた書き方になってしまいましたが、次回の「思いで編~乳首でイっちゃう子の話」で具体的な体験を語らせていただきます。
by変態・ちょいSのロリコン爺さん