バイト先の先輩の娘さんとの、波乱万丈な恋物語

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俺の名前は誠人(マサト)。

エッチな体験談に入る前に、先ずは、自分の生い立ちを語る事を許して貰いたい。

俺の両親は、俺が物心つかないうちに離婚し、親父の顔はおぼろげにしか覚えていない。

お袋はシングルマザーとして様々な仕事を渡り歩き、時に親父以上に厳しく、時に親父の分までも俺に愛情を注ぎ、苦しい家計を遣り繰りしながら俺をグレさせる事無く、立派に育て上げてくれた。

そんなお袋に恩返しがしたくて、俺は中学の進路面談で「今すぐ就職したい」と主張したのだが。

お袋に

「就職は何時でも出来るけど、勉強は今しか出来無い…今しか出来無い勉強をしておいて、損はないわ。大丈夫、貯金はまだ有るし

、イザとなれば奨学金なり、残業手当でどうにかするから…」

と言われては逆らう事は出来ず、公立高校を受験し、見事に合格した。

しかし、先述した様にお袋の懐が「火の車の一歩手前」とあっては、いつまでもお袋の脛をかじる訳にもいかず、俺は進学した高校の近くに有ったレストランでアルバイトを始めた。

母子家庭故に、小学校高学年から包丁を握っていた経験が活きるだろう、という考えだった。

しかし…

現実は甘くはなかった。

与えられた仕事は皿洗いやら店の掃除やらの、雑用ばかり。

加えて…

俺の指導に当たったのは、仮に「鉄さん」としておく。

サングラスをかけたら「ヤの字がつく人」としか言い様の無い強面。

ソレに加えて、仕事には滅茶苦茶厳しい人で、ミスをすれば容赦無く

「バカヤロー!コノヤロー!」

と怒声が飛んでくるのはまだ可愛い方だ。

お客さんの前で頭をぶん殴られた事は、一度や二度では無い。

今だから言えるが、俺は何度も心が折れかけた。

しかし。

お袋を楽にさせたい一心で、俺は鉄さんの厳しいシゴキに必死に耐えた。

加えて鉄さん自身も、仕事から離れれば気さくなオッサンで、叱られて落ち込んでいる俺に手づからまかない料理を作ってくれたり、休憩時間に下ネタで場を和ませたり、カミナリを落とした翌日に「あの時、どうすれば良かったのか」を、懇切丁寧に指導してくれたりした。

そんな鉄さんに、何時しか俺はまだ見ぬ親父の姿を重ね合わせていた…

そんなこんなで、バイトを始めて丸一年が経ち、漸く包丁を握らせてくれる様になった、四月最初の土曜日。

この店では、四月最初の日曜日は、従業員全員でお花見をする為に、臨時休業するのがお約束なのだ。

厨房の床掃除をする俺に、突然鉄さんが声を掛けてきた。

「おいマー坊(←俺の渾名)、掃除しながら聞け。お前、『運命の人』って、どう思う?」

「『運命の人』ですか…?居ても不思議ではないと、思いますが…」

「バカヤロ、『運命の人』ってのはな、眼の前に現れるんじゃねえ!自分の力で、『運命の人』に変えさせるんだよ!」

「…?」

「男と女の恋愛ってのはな、結局『惚れさせたモン勝ち』なんだわ。如何に相手に自分の事を、『運命の人』だと勘違いつーか、錯覚させられるかにかかってるんだな」

「そうなんですか…」

年齢=彼女居ない歴の俺は、突然始まった鉄さんの恋愛講座に、戸惑うしかなかった。

「良いか、マー坊。もし、好きな女が出来ても、絶対にがっつくな。寧ろ、どっしり構えて、女の気がこちらに向くのをひたすら待て。恋愛の主導権を握る為には『我慢出来る』力は必要不可欠だぜ、ハッハッハ」

「ハ、ハイ!わかりました!」

「ようし!なら、後は俺がやっておくからさっさと上がれ!」

とのお言葉。

「ハ、ハイ!失礼します!」

そして迎えた、花見当日。

正直、俺は気乗りがしなかった。

「折角の貴重な休日を、何でどんちゃん騒ぎに…」

が、オレの正直な本音だった。

「ハァ…」

と溜め息をつきながら、参道の階段を登り切ったところで。

「おーい、マー坊!コッチだコッチ!」

と、鉄さんの怒鳴り声が聞こえてくる。

しかし。

俺の目は、俺を呼び寄せる鉄さんの横でちょこんと体育座りをしている美少女に引き寄せられていた。

「え!?何、この女の子!?」

と、俺は戸惑っていた。

クリクリっとした、ちょっとタレ気味の大きな瞳に、ポニーテールにした綺麗な黒髪。

可愛らしい唇に、ぷっくりとしたほっぺた。

そして殆ど目立たない、二つの小さな膨らみに、強く抱き締めたら壊れてしまいそうな華奢な身体。

まるで、美少女アニメから現実世界へ飛び出して来た様な、俺の好みにどストライクな可愛子ちゃんを目の前にして、俺は言葉を失っていた。

「あの…始めまして」

と、のっそりと立ち上がった美少女が口を開く。

「私…鉄さんの娘の…節子って言います」

は!?である。

俺は一瞬。

鉄さんと、美少女を交互にガン見していた。

(この厳つい鉄さんから、こんな可愛子ちゃんが…???)

と、今にして思えば、かなーり失礼な事を想像していた。

「あ…俺…誠人。節子さん…宜しく」

「あ、誠人さん、ですね?あの…こちらこそ…宜しく」

ぎこちない初対面の挨拶を交わすと。

「くぉら、マー坊!なーに、鳩が豆鉄砲食らった様な阿呆面してんだ!さっさと座れ!」

と、鉄さんの怒号を食らい、俺は鉄さん親子と同じブルーシートに正座する。

「それじゃ店長…乾杯の音頭を、御願い致しやす」

鉄さんの言葉を受けて、ロマンスグレーで、

ちょっと小太りの店長がのっそり立ち上がる。

「皆さん…今日は日頃のストレスを忘れて、飲んで食べて、そして周りの迷惑にならない程度に騒いで下さい。それでは…乾杯!」

「かーんぱーい!!!」

と鉄さん及び、参加した先輩達は忽ち宴会モードに突入…。

乱痴気状態となった店長や鉄さん、そして先輩達に俺は、御酌をして回る。

「マー坊、気が利く様になったなぁ〜」

「い、いえ…」

「誠人くん…まだ、アルコールは駄目ですよ」

「店長、分かってます。ハイ先輩、どうぞ」

「マー坊、有難うな!」

「ハイ鉄さん、どうぞ!」

「すまねぇな、マー坊…おい、コッチは良いから節の相手をしてやれ。さっきから仲間外れみたいで可哀想だからよ」

「ハイ…分かりました」

と、俺は節子さんの真正面に陣取る。

「あ、誠人さん、ご苦労様です」

「いや…雑用はバイトで慣れてるから、大丈夫だよ。それよりお腹減ったなぁ…」

すると節子さんが。

「あ…誠人さん…この折り詰め、お母さんと一緒に作ったんです。食べて…もらえます?」

と、上目遣いで聞いてくるではないか。

無論、美少女にそんな事を言われたら、食べない訳にはいかない。

両手を合わせて、

「頂きます」

と、折り詰めにお箸を伸ばすと。

せっちゃんが、

「誠人さん、ちょっと待って?」

「え?」

と言うと、節子さんは、お箸に摘んだ唐揚げをコチラに向けてくるではないか。

「誠人さん、ハイ、ア~ンして?」

それを見た先輩達からは。

「おっ、熱いね熱いねぇ!」

「マー坊、羨ましいー!」

「ヒューヒュー!」

と、忽ち冷やかしの声が上がる。

正直。

今まで生きてきた中で、最もこっ恥ずかしい瞬間だった。

しかし、節子さんの好意を無下にしたら後が怖いし、何よりも、男だったら一度は憧れる羨ましいシチュエーション、残りの人生で後一回、有るか否か。

俺は腹を括ると、意を決して口を開けた。

そして、俺の口の中に、唐揚げが投入された。

もぐもぐ。

「お…」

「え?」

「美味しい」

「本当…ですか?」

「こんなところで嘘ついて、どーするの?ほっぺたが落ちそうになるくらい、本当に美味しいよ」

「嬉しい…頑張った甲斐が有った…あ、誠人さん。お父さん達に御酌してきますから、折り詰め食べてて下さいね?」

と言うと、缶ビールを片手に乱痴気モードの鉄さん達の元に歩み寄って行った。

(何なんだろう、あの娘…もしかして、俺に気が…?)

折り詰めを黙々と平らげながら、妄想に浸っていると。

「どうしたんですか、誠人さんっ?」

と、節子さんが、俺の前に突っ立ったその時。

突然の春風が、節子さんのスカートを捲くり上げる。

「きゃっ、嫌だぁ!」

と、可愛らしくスカートを押さえる仕草が滅茶苦茶可愛い。

「誠人さん…今、パンツ見ました?」

「節子さん…御免なさい…」

「もうー、誠人さんったら…エッチなんだから!」

と膨れっ面をしつつ。

口調は、不思議と怒っていない。

「それと誠人さん…『節子さん』なんて他人行儀な呼び方、しないでもらえませんか?」

「え…じゃあ、なんて呼べばいいの?」

「そうだなぁ…『せっちゃん』って、呼んでもらえます?」

「分かった…せっちゃん」

「誠人さん、良く出来ました。…なーんてね、えへへ♡」

とニッコリ微笑む人懐っこい笑顔に。

俺は、完全にハートを撃ち抜かれていた。

「ところで誠人さんって、おいくつなんですか?」

「四月で高校二年だけど?」

「ってことはぁ…節と四つ違いかぁ」

「つまり…」

「四月から、ピッカピカの中一ですよー♡」

…とか、会話を交わすうちに。

「そうだ、せっちゃん」

「何ですか?誠人さん」

「初対面の男性に『ハイ、ア~ン』って…ちょっと、大胆過ぎない?」

「あの…節…一回、やってみたかったんです、こういう事…」

「だからって、俺でなくても…」

「あたし…誠人さんに、興味が有ったんです…」

「…え?」

「お父さん、何時も食事の時に誠人さんの事を、話題にしていて…『アイツはバカだけど、バカなりに一生懸命頑張ってる奴』とか、『今時の若者にしては、根性の有る奴』とか褒めていたから…だから実際、どんな人なんだろうって思っていたけど、想像以上に素敵な人で良かった…」

(え…鉄さん、俺の事を…)

そして、

せっちゃんにただ一言。

「…有難う」

と、返すのが精一杯だった。

そんなこんなで、せっちゃんとくっちゃべっていると。

何時の間にか春の空が、夕闇に包まれようとする時刻になっていた。

「よーし、みんな!今日は息抜きできたかぁ!明日から、また気合いを入れて働けよぉ!それじゃあ、解散だぁー!」

と言う、鉄さんの酒臭い怒号と共に、先輩達は三々五々と帰路についていった。

ブルーシートを折り畳み、ゴミ捨てを済ませると俺は鉄さんに、

「今日は…有難う御座いました」

と、声を掛けていた。

「マー坊…明日からも、宜しく頼むぞ!」

と鉄さん。

「ハイ…わかりました!失礼します!」

と答えて家路につこうとすると。

「誠人さん…待って!」

と、せっちゃんが駆け寄ってくる。

「あの…」

「何?」

「誠人さんのメールアドレス、教えて貰えますか?」

と、大きな瞳をウルウルさせながら(と当時の俺には見えた)聞いてくる。

「分かった」

俺とせっちゃんは、互いにメールアドレスを教え合い、送信出来る事を確認し合うと。

「…じゃあね」

「バイバイ!」

と、御互い家路についた。

それから毎日。

俺の携帯には、せっちゃんからのメールが届くようになった。

その殆どは。

「お早うございます\(^o^)/」

「バイト頑張ってp(^o^)q」

「お休みなさい(-_-)zzz」だのと、他愛も無い内容だった。

あの、梅雨の日までは。

「うわー…雨が降るとは予報通りだったけど、こんなに激しく降るとはなぁ…」

と、黒い傘を片手に俺はボヤキながら、高校の正門から商店街を抜けて、バイト先のレストランへ向かおうとしていた。

その商店街の軒先に。

夏服のセーラー服を着た、ポニーテールの美少女が傘も持たず、雨宿りをしているではないか。

「アレは…もしかしてせっちゃん?」

俺は居ても立ってもいられず、信号が青になるとその美少女の元に駆け寄った。

「あの…せっちゃん?」

「あ…誠人さん?」

やっぱりせっちゃんだった。

「こんなところで…雨宿り?」

「うん…」

「傘…どうしたの?」

「お父さんのお店に、忘れてきちゃった…あの…あんまり、こっち見ないで…」

見ると、せっちゃんが着ているセーラー服はズブ濡れで、ピンク色のスポブラがスケスケだ。

多分、スカートも靴下も、そして下着も雨水を大量に吸って気持ち悪さマックス状態だろう。

俺は思わず、

「…使いな」

と、せっちゃんに黒い傘を差し出していた。

「…いいんですか?」

「…構わねーよ」

とつい、ぶっきらぼうな口調で答えていた。

「じゃあ、誠人さん。相合傘、しましょ♡」

「は、はぁ!?」

せっちゃんの思いがけない言葉に、俺は完全に心の平静を失っていた。

「今日、バイトですよね?お店まで、御一緒しましょ♡」

と、言われては。

「…分かった」

と、従うしかなかった。

「節、相合傘って一回してみたかったんですよねー。誠人さんは、どうですか?」

「正直、嬉しいのと恥ずかしいのが半々だな」

とまたもぶっきらぼうに答える。

「え?恥ずかしい、ですか?」

「だってよぉ…こんな可愛い女の子と相合傘なんて…一生分のツキを、ココで使い果たしちゃうんじゃねーかって、気がして、な…」

せっちゃんはちょっと悲しそうな顔をして、

「誠人さん…節と相合傘するのって、そんなに、嫌ですか…?」

と、あの花見の時の様に、ウルウルとした大きな瞳で俺を見つめてくる。

「あ…せっちゃん、ごめん!俺の事を気遣ってくれるのは、勿論嬉しいよ!」

「…」

「だって俺、年齢=彼女居ない歴の男だから…どう返したら良いのか、わかんなくって…」

「…え?正直、意外だな」

「え?」

「…アレだけ心が男前な誠人さんが、彼女と付き合った事が無いなんて…」

「…男前?こんな俺が?」

「誠人さんが、アタシに傘を差し出してくれた時…」

「…何?」

「節、『カッコいい』って…ううん、何でもない…」

とか細い声で、顔を赤らめる。

「・・・」

「・・・」

と、暫しの沈黙の後。

「…あ、虹」

気が付くと、土砂降りの雨は何時の間にか小止みになっていて、雨雲の間から綺麗な虹が姿を現していた。

「え?うわー、本当だぁ!誠人さん、写真に撮るからちょっと待ってね!」

と言うと、さっきまでの切なそうな表情は何処へやら。

せっちゃんは二つ折りの携帯を広げて、笑顔でパシャパシャ写真を撮っている。

(くるくる表情が変わるなぁ、この娘…)

などと考えていると。

「ねーねー、コレどうかな?綺麗?」

と、撮影した虹の写真を、俺に見せてくる。

「せっちゃんは、カメラマンを目指してるの?」

「うーん、将来の事はまだ考えた事は無いなぁ…出来れば、誰かさんのお嫁さんになって、幸せな家庭を作りたいし…お菓子を作ってみんなに食べてもらうのも悪くないかな…」

などと、「ドキッ」とする様な事を無邪気な笑顔でのたまわられては。

今度は、コチラが赤面する番だ。

だがその夢の様な楽しい時間は、非情にも怒号で現実に引き戻された。

「くぉら、マー坊!今一体、何分だと思ってんだ、バカタレ!」

見ると、白衣姿の鉄さんが店の入口で、腕組みして仁王立ちしているではないか。

慌てて腕時計を見ると、出勤するべき時刻が直ぐ間近に迫っている。

「何時までもイチャイチャしてねーで、さっさと厨房に入れ!ボケェ!」

「す、すいません!ごめんなさい!」

と、お約束の拳骨を頭に食らうと、俺はダッシュで店内に入り、タイムカードを打刻。

大急ぎで夏服から白衣に着替え、バッテリーごと携帯を専用のロッカーに放り込むと、俺は厨房へ飛び込んだ。

「遅くなって、すいません!ごめんなさい!」

と言いながら手を石鹸で良く洗い、乾かした手に殺菌用のアルコールスプレーを擦り込んでいると。

のっそりと、厨房へ戻ってきた鉄さんが。

「…マー坊」

「…何ですか?鉄さん」

「節に、この間教えたアレを作ってやれ。あれじゃあ、風邪ひいちまう」

と、さっきとは裏腹の穏やかな口調で俺に語りかけてくる。

「ハイ!分かりました!」

と即答。

冷蔵庫を漁ると、狙い通り大きめのトマトが二つ。

後は冷蔵庫に残されていたクズ野菜をかき集め、

「すいませーん!トマト貰いまーす!」

と、厨房の先輩に声を掛ける。

「おう、良いぜ!」

と返答を貰って十数分。

「せっちゃん…お待たせ!」

と、俺はカウンター席に座って、タオルに黒髪とセーラー服の水気を吸わせているせっちゃんに、出来立て熱々の料理を持って行った。

「これ…何?トマトスープ?」

と、質問するせっちゃんに。

「バカヤロ、誰がどう見たって食いもんだろうが!そういう質問は、作ってくれたマー坊に失礼だろ!せめて一口食ってから聞け、バカ!」

と、俺の隣で見守っていた鉄さんから容赦無い怒号。

(うわー…鉄さん、実の娘にも容赦無しかよっ…)

と内心ドン引きしながら。

「コレ…ミネストローネって言う、イタリアのトマトスープだけど…口に、合うかな?」

「それじゃ…頂きます」

お行儀良く両手を合わせて一礼すると、せっちゃんはスプーンを可愛らしい口元に運び…

そして、パクリ。

俺は、某鑑定番組の依頼人の様に、内心ドキドキだった。

(もし、『美味しくない』『不味い』とか言われたら…どうしよう)

てな、ネガティブな事ばっかり考えていた気がする。

「…ちょっと、酸っぱい」

それが、せっちゃんの第一声だった。

(あー、駄目だったかぁ…)

と内心落ち込む俺に。

「でも、お野菜が食べ応えが有って良い感じ!それに、トマトが染みたマカロニが滅茶苦茶美味しい!」

と、満面の笑みで俺に食レポしてくるではないか。

「せっちゃん…有難う!」

「え…?御礼を言うのは、節の方だよ…?誠人さん、こんな美味しいお料理を…有難う」

「それじゃせっちゃん…ごゆっくり」

と言うと、俺は厨房へ戻っていった。

「マー坊…上手く行ったみてぇだなぁ」

と厨房に入るなり、鉄さんに声を掛けられる。

はっきり言う。

鉄さんに褒められたのは、コレが初めてだ。

俺は、涙腺がうるっとくるのを必死に堪えていた。

「ハイ…まかないとは言え、初めてお客さんにお出ししたお料理ですからね…」

「マー坊…今日の事を忘れんなよ?いいな!」

「ハイ、わかりました」

と、ささやかな達成感に浸っていると。

「オイ、マー坊!玉ネギのみじん切り頼む!」

と、先輩からの注文。

「ハイ!了解ですっ!」

そして、規定で俺が働けるギリギリの午後九時近く。

お客さんが疎らになった客席を見ながら、俺は例によって、店内の清掃をしていた。

勿論、せっちゃんはとっくに帰宅している。

(あー、せっちゃんに、もっと美味い料理を食べさせてあげたいなぁ…)

とか考えていると。

「マー坊…ちょっと良いか?」

と、鉄さんが厨房の入口から声を掛けてくる。

俺は厨房に戻り、布巾を水洗いしながら、鉄さんの言葉に耳を傾けていた。

「なぁマー坊…男と女ってのは、何故惹かれ合うと思う?」

俺は思わず。

「コレは…俺のお袋の受け売りなんですけど…『男性と女性は、互いをわからないからこそ惹かれ合う』…と言っていました」

「『私は自分から全てをさらけ出す人間には、魅力を感じない。寧ろ、❝この人、何を考えているんだろう?❞みたいに、ミステリアスな雰囲気を醸し出す人に惹かれてしまうのよ、女って。まぁ、私はそれで一回失敗したけどね、うふふ』と、言っていましたが」

との、俺の返答に鉄さんは。

「マー坊のお袋さんも、分かってるじゃあねえか…まぁ、それも決して間違ってはいねーけどな…俺はな、男と女ってのはよ…お互い、『本能的に足りねえ物を補う』為に、愛し合うと思うんだわ…」

「…」

「例えばだな。ノッポな男はちっちゃい女に、ぽっちゃりした女はガリガリの男に…そして、妹の居ない男は甘えん坊な女に、逆に兄貴の居ない女はしっかりした男に惹かれるもんなんだよ」

「…」

「なーんてな!ガッハッハッハ!よーし、マー坊、今日はもう上がれ!そうだ、もう一つ言う事が有った!節とイチャつくのは勝手だが周りに迷惑だけは、絶対に掛けるなよ!」

「ハイ…失礼します」

白衣から制服に着替え、ロッカーに預けておいた携帯を取り出すと。

メール着信を示すランプが、点滅しているではないか。

「メール着信…?」

着信をチェックすると、案の定せっちゃんだった。

「今日は傘を貸してもらった上に、お料理まで作ってもらって本当に有難うございました♡次の日曜日、お休みですよね?お礼と言ってはなんですが、デートしませんか?」

俺は、内心ではガッツポーズしつつ、出来るだけ平静を装いながら、せっちゃんにメールを返信する。

「勿論!喜んでお付き合いするよ。待ち合わせ場所は○☓駅の北口のオブジェの前で良いかな?」

すると数分後。

「ハイ、わかりました。∠(^o^)それじゃ、10時に待ってますね♡(^_-)-☆」

と、顔文字入りの可愛い返信。

こんなウキウキした気分になったのは、文字通り「人生初の出来事」だった。

でもって。

約束の時間は、あっと言う間にやってきた。

半袖の開襟シャツにツータックチノ、某国内メーカーのスニーカーに無地の野球帽と言う出で立ちで、約束の○☓駅北口のオブジェの前でせっちゃんを待っていると。

「誠人さん、待たせちゃって御免なさい!」

と、白い半袖のワンピースを纏ったせっちゃんが現れた。

正直、約束の10時よりも10分以上前に現れて「御免なさい」と言われては、30分以上前からせっちゃんを待っていた俺の立場が無いのだが…。

それを口にするのは、「野暮」っつーもんだ。

「いや…俺もさっき来たばっかりだから、気にしないで。それよりせっちゃん…その服可愛いね」

「もう…誠人さん、おだてたって何にも出ませんよ?」

「本当だってば。それはそうと、何処か行きたいところは有る?」

「えーと…節、この夏ビキニデビューしたいから、水着売り場に付き合って貰えませんか?」

「…分かりました」

と、某百貨店の水着売り場へ。

「うわー…」

俺は、言葉を失っていた。

目のやり場に困る、様々な形状と色彩の水着。

そして、男性は俺一人。

この間の花見の「ハイ、ア~ン」と同じくらい、滅茶苦茶恥ずかしい。

だが、そんな俺の内心など露知らず。

せっちゃんは、

「誠人さん、コレとコレ。どっちが似合うと思います?♡」

と、無邪気な笑顔で俺に質問してくる。

「うーん…正直、このデザインでコッチの水色が、一番似合うと思うんだけど…あ、店員さん。コレの色違いって、有りますか?」

「コレの色違いですか…申し訳有りませんが、お取り寄せになってしまいますね…早ければ、夏休みが始まる頃にはコチラに着くと思いますが」

「なら、それでお願いします!あ、せっちゃん、色は水色で良いのかな?」

「うん、それで良いよ♡」

「じゃあ、注文お願いします」

そんなこんなで(せっちゃんが)会計を済ませ。

「次は誠人さんが、行き先を選ぶ番だね。何処へ行く?」

「予め言っておくけど…せっちゃん、あんまり気を悪くしないでね?」

「えー?なになに?どーゆー事ー?」

と、俺がせっちゃんを伴って向かったのは、専門店街。

「うわー…」

せっちゃんは、大きさも長さも、そして形も様々な大量の包丁に目を奪われていた(様に見えた)。

「せっちゃんゴメンね。こういう時でもないと、こういうところに立ち寄る機会って、中々ないから…」

と謝っていると、店員さんが寄ってきて。

「いらっしゃい!今日は、どの様な御用ですか?」

俺はレストランでアルバイトをしている事、鉄さんに「自分用の包丁を買ってこい」と言われた事を告げると。

「でしたら…迷わずコチラですね」

と三徳、菜切り、ペティナイフの三本セットを差し出す。

「コチラは日本刀の鍛造技術を包丁に応用した一品でして。きちんとお手入れさえすれば、文字通りの一生モノですよ」

「一生モノ」と言う言葉に弱い俺。

チラリとお値段を見てみると。

「・・・」

ゼロが一つ多い。

が、こんな良い物を今買い逃したら、絶対一生後悔する。

俺は、清水の舞台から飛び降りる様な気持ちで。

「分かりました。コレを下さい!」

するとせっちゃんが。

「あの…初めてお料理する人に、おすすめの包丁は有りますか?」

「でしたら…コレですね」

俺達は個別に会計を済ませ。

「はぁ…せっちゃん、お腹空かない?」

「そうだね…あ、あそこのピザ屋さん、安くて美味しいって、クラスで評判なんだ!あそこのピザ食べよっ!」

と、手を引っ張られる。

「ちょっと、せっちゃん!?」

と言いながら。

俺は、せっちゃんの手の温もりに、年甲斐も無く赤面していた。

「あの、誠人さん?顔…赤いですよ?」

店内に入り、向かい合わせの客席に座った俺とせっちゃん。

「え?そう?」

「ははーん…さては、アタシに惚れたな?」

「・・・」

「なーんてね!だけど誠人さん、包丁ってあんなに沢山種類が有るんですね!節、ビックリしちゃった!」

「…お料理によって、適した包丁はそれぞれ違うからね。だけどせっちゃんまで包丁買っちゃって…」

「…この間、節にミネストローネでしたっけ?作ってくれましたよね…節も誠人さんに、美味しいお料理を作ってあげたくなって、つい…」

「・・・」

「・・・」

しばしの沈黙を、ピザを持って来た店員さんが打ち破る。

「ご注文のお品物、お持ち致しました!それではごゆっくりどうぞ!」

「うわ、美味しそう!それじゃ、頂きまーす!」

と、ピザに手を伸ばすせっちゃん。

俺も、ピザに手を伸ばすと。

「誠人さん、待って!」

「何だ?」と思うと。

せっちゃんが、取ったピザを、コチラに向けてくる。

「誠人さん、ハイ、ア〜ンして?」

「・・・」

この間の花見で、多少免疫が出来ているとは言え。

相変わらず、こっ恥ずかしいシチュエーションに違いは無い。

が。

俺は一瞬の逡巡の後、腹を括って口を開けた。

俺の口の中に、せっちゃんがピザを投入。

「はーい、良く出来ましたー♡」

すると俺は、思いがけない言葉を口走っていた。

「じゃあ次は、せっちゃんがア〜ンする番ね」

「はーい♡」

せっちゃんは逡巡する様子も無く、目をつぶって口を開く。

俺は内心ドキドキしながら、ピザを持った右手を、せっちゃんの口に伸ばす。

そのせっちゃんの顔は、さながら、キスをおねだりしている様にも見える。

恥ずかしさと緊張で震える右手をせっちゃんの口に伸ばし、ピザを舌の上に乗せてあげると。

せっちゃんはパクパクと、口内のピザを咀嚼し始めた。

「うん!ア〜ンしてもらったピザは、格別に美味しい!」

と、はしゃぐせっちゃん。

俺は恥ずかしさで乾いた喉を潤すべく、アイスコーラをストローで飲み始めると。

せっちゃんが

「誠人さん…それ、節に下さい」

と、大きな瞳をウルウルさせながらおねだりしてくる。

「ハイ、どうぞ」

と、せっちゃんにアイスコーラを渡すと。

せっちゃんは、俺が使ったストローで、アイスコーラを飲み干し。

「えへへ…節、誠人さんと間接キスしちゃった…」

と、はにかんだ笑顔。

多分。

この時、店内に居た俺達以外のお客さん、そして店員さん達は、多分俺達を内心、

「このバカップルが…?」

と、蔑んでいたに違いない。

俺達はこんな調子でピザを完食すると、逃げる様に店を後にした。

「あー、恥ずかしかったあ…」

と、俺は思わず本音を漏らすと。

「えー?節はむしろ、楽しかったですよー?」

と、例の無邪気な笑顔。

(女は強し、とはこういう事かな…)

とか、せっちゃんの神経の図太さに関心しつつ。

「そうだ、せっちゃん!門限って…何時なの?」

「…七時」

「今五時前だから…もう一箇所位は大丈夫かな」

「え?」

「今日の初デート記念に…何か、お揃いの品物買わない?」

「うん、買う買う!」

俺達は近くに有った、アクセサリーショップへ直行。

様々なアクセサリーを品定めしていると。

「誠人さん!コレ、どうかな?」

とせっちゃんが差し出したのは、二つのペンダントを合わせると「キューピットの矢に射貫かれたハート」が出来上がる、所謂「合わせペンダント」

「うん…良いんじゃない?後は、コレをどうするかだな」

「だったら…携帯のストラップにしましょ?」

「俺も…同じ事考えてた」

「じゃ、決まりですね!」

アクセサリーをストラップにして貰い、早速携帯に取り付ける。

「うわー、とっても可愛い!…アレ?誠人さん、ストラップ着けてないんですか?」

「今までは『んなモンいらねー』って感じだったから…でも、コレだけは大事にするね」

そして、あっと言う間に六時半。

「誠人さん…今日は付き合って貰って、本当に有難うございました」

「せっちゃん…俺こそ有難うね」

「あ…誠人さん、お礼、させてもらえます?」

「何?お礼なんて…」

と言う俺の言葉も聞かず。

せっちゃんは、背伸びして俺の頬にチューしてきた。

「!?!」

「誠人さん、コレ、節の初キッスなんです…」

と、せっちゃんは茹でダコの様に顔を真っ赤にしている。

「せっちゃん…初キッス、有難う…」

俺の顔も多分、せっちゃんに負けず劣らず真っ赤っ赤になっていたに違いない。

「それじゃせっちゃん…次は、俺から誘って良いかな?」

「うん!デートのお誘い、待ってますよ!」

「それじゃ」

「バイバイ!」

と、俺達二人は、それぞれ家路についた。

この日。

地球上に、一組のバカップルが、爆誕したのであった。

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