ドアを開けた瞬間は、何が起きているのかが理解出来なかった。
夫と大宮綾子さんが、ヨガのような格好で向かい合っている。二人共、何も着ていない。
痩せ型の夫、史郎と、肉付きの良い綾子さんの身体がピタリとくっ付き、キレイに同調して揺れている。
二人は時々、私の姿を確認するかのような視線を送って来る。
ディープキスが始まったところで、二人がSEXの真っ最中だということに気付いた。
違う。気付いていたが、受け入れられなかっただけだ。
「史郎さん、華奈さんと私、どっちがイイ?」
「華奈って誰だっけ?ああ、僕の配偶者がそんな名前だったか」
夫と綾子さんは濃厚な愛情交歓を続けた。逃げ出せば良かったが、動けなかった。
夫が、体位を入れ替えた。綾子さんの背後に回り込み、私の真正面になる位置で、彼女の陰部を開いて見せた。
私はアンダーヘアが少ない。それが良いと言ってくれていた夫だったのに、綾子さんのその場所には、正反対の毛量があった。
綾子さんの愛液でぬらぬらと光る夫のモノは、私が知っている物より大きいような気がする。二人はこの体位でも見事な同調性を魅せてくれた。
大宮綾子さんも既婚者だ。大宮夫妻が暮らす低層マンションに転居したことで、交流が始まった。
施設の一角が、夫が勤務する企業の借り上げ社宅にもなっていた。去年の春のことだった。
引越しの挨拶は、儀礼的なやり取りで終始するものだが、大宮家は違った。
森ガールのような装いの綾子さんが、満面の笑みを湛えながら「上がってください。お茶を用意しておりますの」と言ってくれた。
社交的とは言えない夫の史郎は、困惑の表情を浮かべている。
「ありがとうございます。片付けが終わりましたら、改めて伺いますので…」と、私も精一杯の笑顔で応じたつもりだ。
森ガールの表情が曇ったところで、奥さんの対応を黙って見ていたご主人、大宮さんの介入があった。
「お宅の、常岡さんの引越し荷物の搬入を眺めている内に、変なスイッチが入ったみたいで…性急過ぎる誘い方ですね」
「何か失礼がありましたか?」
「違います、違います。書籍専用ダンボールが大量に運び込まれていたので、本好きさんが越して来たと大喜びしたのです」
「史郎さん、お茶をいただきましょうよ」
夫は、インターシップで参加した企業グループの指導メンバーでもあった。
勤勉な史郎には、夏季はテニス、冬季はスキー・スノボに明け暮れる私が異星人のように映ったらしい。その評価は正しいのかもしれない。私は、休暇を大切にする親に育てられた。
家族は、大学生にプロポーズしてしまう史郎を快く思ってくれなかったが、私は引かなかった。
「読書家はご主人の方だったのですね。綾子も僕も、奥さんが本好きだと思い込んでいました」
夫は、綾子さんの部屋で書籍見学を楽しんでいる。
「私は体育会系です。ノーベル文学賞受賞者の作品ですら、読んでいないのです」
話を盛ったが、これぐらいは許されるだろう。ロマン・ロランやパール・バックぐらいは読んでいる。
「車の後部座席にテニスバッグが積まれていました。あれは華奈さんの物?」
「そうです。大坂さんのサーブを受けたら骨折してしまうレベルですが」
「僕、ウインブルドンで観戦したことがありますよ」
「どの試合ですか?」
「ボルグとマッケンローが戦っていました」
大宮さんは良い人だ。
4人でスキー旅行をしようと提案したのは綾子さんだった。
「スキー場での読書を楽しみたくなった?」
「華奈さん、バッジテスト一級を持ってるのよね?ボーゲンもまともに出来ない私を指導してくれない?」
八方尾根や浦佐のバッジテストなら自慢できるのかもしれないが、私のは違う。でも雪山は好きだ。
大宮さんと夫が正月休みを調整し、一月半ばからのニセコ行きが決まった。
初日から、私と大宮さんは、ナイター終了時刻まで滑り続けた。食事は、スキー組と読書組が各々で適当に取ろうということになっていた。
「綾子達のディナーが終わる頃かな?僕らにはバーで軽食という選択肢しかありませんが」
「食べられる物なら何でもOKです」
着替えに戻った部屋で、夫と、友人のつもりだった女性とのSEXを見学することになった。
大宮さんに腕を掴まれ、大宮宏輝・綾子夫妻がチェックインした部屋に引っ張って行かれた。
「この状態でアルコールを勧めるのは禁じ手ですが、心をほぐすために少し飲んでください」
赤ワインをグラスに注ぎ、渡してくれた。飲んでみたが、何の味もしない。
放心状態の私を正気に戻してくれたのは夫だった。スエット姿で部屋に入って来た史郎が大宮さんに言った。
「ニセコ滞在中はパートナーチェンジをしませんか?」
「名案ですね」
史郎は柔かな笑みを浮かべながら出ていった。
「ごめんなさい。大宮さんだってお辛いのに甘えてしまって…」
「不愉快ですが、辛くはないです。僕はあの二人の関係に気付いていましたから」
「いつから、ですか?」
「随分前からですよ。常岡さんが越して来られて程もなく…」
「ベッドの中で”史郎さん”と呼び間違えられるのです。どんなに鈍い人だって気付いてしまいます」
私は常岡史郎に全幅の信頼を寄せていたが、それは間違いだったようだ。
ニセコから戻ると、離婚届を置いて家を出た。実家を頼るしかなかったが、両親はアッサリと迎え入れてくれた。
意外なことに、史郎は離婚を嫌がった。元文学少年は、妻の前で愛人とのSEXを披露することに浪漫を感じていたのかもしれない。離婚成立は大宮夫妻の方が早かった。
五年後
大宮宏輝さんはやはり良い人だった。サレ妻の私を支えてくれた。母親という仕事も与えてくれた。宏輝さんに似た我が子がとても愛おしい。