キチィちゃん危機一髪という羞恥遊戯

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小学5年の時に両親を事故で亡くした私は、伯母夫婦に育てられました。

伯母夫婦には私の3歳年上の従姉がいて、ちょっと不良っぽい女の子でした。

私は、従姉の前でパンツを脱いでペニス苛めをされていました。

従姉が高1、私が中1の時、従姉の部屋でペニス苛めを受けていた私のペニスがザワつき、

「お姉ちゃん、なんか変だよ・・・」

と言ったとたん、ダラダラとペニスから精液が従妹の手に出てしまいました。

「あんた、精通したんだ。ふーん・・・」

私が中2になると、高2の従姉は友達を連れて来て、私のペニスを扱いて射精ショーをするようになりました。

友達が来ない日でも、従姉の部屋でペニスは弄られて、ゴム紐でペニスの根元やキンタマを縛られたり、尿道に異物を入れられたりしていましたが、ある日、従姉はキチィちゃんのストラップを私の尿道に入れて扱いて、射精と共に飛び出る様子を見て笑っていました。

数日後、従姉の友達3人が遊びに来ていたとき、案の定、従姉の部屋に呼ばれて下半身を露出させられました。

「ねえ、キティちゃん危機一髪やらない?」

「何それ?」

従姉は私の尿道にキティちゃんのトラップを挿し込むと、

「一人10擦りずつ扱いて、射精させてキティちゃんを飛ばした人が勝ち!」

ワーワーキャーキャー言いながら、中2男子のペニスを代わりばんこに扱いていました。

セーラー服を着たお姉さま方に扱かれては、必死で我慢しても3分で限界が来て、ピューッ!と射精してキティちゃんが飛びました。

勝利者は10分間私のペニスで遊べるのですが、必ずゴム紐で縛られて再度勃起させられ、地獄の連続射精の刑か、焦らされ地獄の刑のどちらかに処せられました。

従姉が大学に進むと、一時的に私は解放されましたが、今度は従妹の大学の先輩に私の童貞が売られたのです。

いわゆるショタの女子大生のアパートに連れ込まれて、16歳の童貞を失いました。

大学3年生のお姉さまは、度々私を呼んで、私のペニスを苛めました。

苛めの最中で射精しようものなら、シリコン製のリングをペニスとキンタマにハメられて血流を止められ、強制勃起させられてお姉様が満足するまで騎乗位で犯されました。

私は大学進学で故郷を離れるまで、従姉とその大学の先輩や友人に犯されて過ごしました。

高校を出るまでの女性経験は5人でしたが、それは男性主導のセックスではありませんでした。

ペニス苛めだけでなく、クンニ奉仕もさせられましたので、クンニのテクだけは上達しました。

私は大学のある都市に就職し、伯母や従姉とは疎遠になりました。

そして、大学時代に家庭教師をした女子◯生に告白されて付き合い、生まれて初めての年下女性、更に処女とセックスをして、5年後結婚しました。

でも、結婚したらどういうわけか可愛い妻は私のペニスを苛めるようになりました。

ニコニコしながら、ゴム紐でペニスとキンタマを縛りはじめたときは、デジャブに襲われて、何を期待したのかフル勃起して、妻に、

「あなたってMでしょ?」

と見抜かれてしまい、今ではペニスだけでなく、エネマグラでアナルと前立腺を苛められてトコロテン射精までできるようになっています。

可愛い女子◯生だった妻は、なぜ、私のマゾ性を見抜いたのでしょう?

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