散歩の途中、ふと足をとめて店の様子を覗いてみた。
いつの間にかできていたカフェ、感じがいい。この辺りで純粋な個人店というのも珍しい。
腹も減り、喉も渇いていたので入ってみることにする。
いらっしゃいませ、カウンターの中の女性から声を掛けられる。
L字のカウンターに椅子が7脚くらい。入り口に面してテーブルが2つある。そのテーブルも1つは2人用であるから、満席でも15人は入らない。
今、客はテーブル1組とカウンターに2人だけである。
カウンターのひとつに腰を下ろす。雑多な酒瓶が3列の厚みでたくさん並べてあった。アルコールも提供しているらしい。
ランチプレートと冷たい抹茶をオーダーする。
相手をしてくれたのは、30そこそこの女性である。髪を引っ詰めて、薄化粧だが、凛とした美人である。日焼けしたのか、浅黒い。眉と目元に気の強さが感じられる。
彼女がひとりでやっているのだろうか……。
ちょっといい女だと、すぐ目を向けてしまう。
背筋が伸びると、首も伸びる、その顔から鎖骨までのラインが美しい女が好みだったが、彼女はそれに該当していた。エプロンの下のニットの胸元からそれが知れた。
ランチプレートには数種類の惣菜にターメリックライス、そして、バターチキンカレーが器に盛られていた。いずれの量も少なめであるが、品数が多く味は悪くない。昼メシには適量だった。
綴じられているメニューを見ると、洋食主体の凝ったモノもある。
今度晩めしにも来てみよう。食指が動かされた。
ドイツビールの名前を見つけたので、彼女に声を掛けた。
「アルコールは頼めるんですか?」
「はい、何に致しますか?」
ドイツビールの銘柄を伝える。
「はい、それなら大丈夫です」
すぐにビールが出てきた。小皿の柿の種も添えられる。
「むつかしいカクテルなんかは作れませんが、ビールなら注ぐだけですから」いい笑顔だ。
「それじゃ、夜は別の方がいるんですね」
「ええ……夜はマスターが来ます、是非いらしてみてください」
休日の昼間からのビールは格別だ。なんなら起き抜けのビールは、眠気を吹き飛ばしてくれてもっと美味い。
いつもなら、会社の近くの定食屋で済ませるが、この前ランチを食べた店が気になっていた。地下鉄の駅からオレのマンションまでの間にある、その店の夜の料理をつまんで一杯飲むとする。
いらっしゃいませ、今日は男女ふたりがカウンターにいた。50代と思しき髭のマスター、それに先日の女性もいた。この前と同じ席を陣取る。まだ客はオレだけである。
「あ、先日はありがとうございました。早速お越しいただきありがとうございます」
「メニューを見て、夜が気になってしまいました……」
「そうですか……ごゆっくりなさってくださいね」
ヒトの良さそうなマスター、ふたりが夫婦ということだろう。このオヤジ、いい女捕まえたもんだ。10日くらい間を空けたのに女はオレを覚えていた。客商売の基本か、この店の客が少ないのか。
燻蒸ポテトサラダ、トリッパの煮込み、それにマッカランのハイボールを頼む。
すぐハイボールとポテトサラダが供された。
マッカランを炭酸で割るのはもったいない、と銀座のバーで誰かに言われたが、酒は自分の好きなように飲むのがいい。ウマイ酒は何をしても美味い。
ポテトサラダが秀逸だった。スモークされて、マヨネーズの味が引っ込んでいる。それに秋田の名物、イブリガッコ、燻蒸のタクアンが細かく刻んである。
「ウマイ!このポテトサラダ、いいですね」思わず褒めていた。
「あ、ありがとうございます」マスターの顔が綻んだ。
トリッパの煮込みも上出来だった。手間のかかる下処理がキチンとされている。近所にいい店ができて良かった。
「ここはいつできたんですか?」
「3ヶ月ほど前ですねー、ご近所にお住まいですか?」
「ええ、この前通りかかってここを知ったので、近所でも3ヶ月この道を通ってなかったんですね」
「ははは、前を通ってても、目に入らない時もありますからね」
たしかに、店前に開店祝いの花輪でもなければ、目立つことのない店だ。看板も敢えて小さな個人宅の表札みたいなモノだった。ハイボールをおかわりすると、テーブルが埋まり、カウンターも半分客が座った。
あっという間に大盛況。このくらいの味をリーズナブルに出していれば、客には困らないだろう。
アサミちゃん、これテーブルにお願い。
女はアサミというのか、ふたりは夫婦ではなかったようだ。他にも数品を腹に入れて、ハイボールを都合4杯飲んだ。いい具合になった。時計は9時を回って、客のピークも終わったようだ。会計をお願いする。
じゃマスター、わたしはこれで失礼します。オレへの釣り銭が渡された。女も仕事終えたようだ。
店を出ると、女も後に続いて出て来た。
「どうもありがとうございました。夜の料理いかがでした?」
「うん、気に入った。全部美味しかったよ」
「でしょ、だからおススメしたんです」まるで客のような物言いをする。
「キミはもう上がりなの?」
「ええ、忙しそうな時、夜入るんですが、大体9時であがります。ランチはあたし担当してますけど」
とバックからハンケチを出して額を押さえている。
「忙しそうに動いてたもんな、見ててもハードだった」
「ええ、最近お客さま多くなって、喉もカラカラです」いい笑顔だ。
「そうじゃ…なんか飲む?その辺で」
「あ、ごめんなさい……喉渇いたなんて、あたし言っちゃって」
「いや、オレはどうせ暇だから、飲み物くらいご馳走するよ」
「………いえ、ご馳走には……でも、喉渇いて、……いきましょう。あたし余計なこと言って」
「いやいや、心の声は素直に口に出した方が健康にいいよ」
店のエプロンを外しただけの姿、紫のVネックのニット、アクセサリーはないが、左手に指輪があった。さっきの店から数分のカウンターバーである。
アサミさんですよね、というと驚いたが、マスターがそう呼ぶのを聞いてました、というとアサミは、麻に美と書くと教えてくれた。
あのマスターの前の店に客として行っていたそうだ。
その時はもっと大きな店で、スタッフも数人いたという。
マスターの味が好きで、常連として通っていたが、テナントビルの建て替えを機に店を小さくしたらしい。スタッフは全員他に移動先が決まっていた。
新店舗のオープンにお祝いに来ると、マスターがてんてこ舞いをしていて、見かねた麻美が料理を運んだ。それを機に店の手伝いをしているという。
麻美はドイツビールを飲んでいる。この前オレが彼女にオーダーした同じ銘柄。
オレはマッカランをダブルでオーダーした。
「これ、この前お客さんが美味しそうに飲んでるの見て、ずっと飲みたかったんです」
屈託のない笑い。いろいろ彼女にきいてみたい。興味を湧かせる女だ。
ふたり連れの大男が入ってきた。ふたりとも外国人。
マスターに何か聞いているが、オレも聞き取れない。英語ではない。ドイツ語ぽく聞こえる。wantsだけ英語で聞き取れる。何度も繰り返していたが、あとはサッパリ。マスターも困惑している。
麻美が流暢に彼らに話しかけた。その男ふたり一斉に麻美に注目する。
2、3度のやり取りのあと、どうしてもザワークラウトを食べたいと言ってますけど、ありますか?マスター。そんなのあるわけない。マスターも首を振った。それを彼らに麻美が伝え、ご丁寧にスマホを取り出して何か説明していた。それだけで足りず男たちのスマホを借りて何かしてあげている。
男たちは麻美にダンケ・シェ、ダンケ・シェと何度も繰り返して、麻美の前のビールを指差して何事か言い、麻美はそれに応えていたが、男たちはオレにも会釈をして店を出ていった。
「ありがとうございます。お客さまに助けていただきました」
マスターが、これ、ほんのお礼です。ビールに合うと思います、とオイルサーディンのなんとかを出してくれた。苦手ですか?と麻美にきいたが、ありがとうございます、あたし大したことしてないのにと、笑っている。
呆気に取られてオレはそのやり取りを見ていた。
麻美はさっそく、そのオイルサーディンのパテみたいなものをバゲットに塗り口にしてる。
「うん、美味い、これはススムなぁビール、たしかにススム……あ、はしたなく手が出ちゃいましたけど、美味しいです、どうぞ召し上がってみてください」
子供みたいに無邪気なヒトだ。
「もしかして、お腹もすいてる?」
聞くまでもない、麻美はバケットにまたパテを塗り込んでいる。
フードメニューをマスターに頼んだ。麻美は遠慮したがオレも付き合うと言ったら、2品をチョイスした。バケットが2枚残されている。
「ドイツ語、流暢なんだね」
「高校までドイツにいたんです、10年以上いましたから、イヤでも覚えました」
小学校に入る年に父親がフランスへ赴任し、15歳からドイツへ移ったという。
そこでドイツの音大に入り、現地でピアノを教えていたが、3年前に日本人の男と知り合い、その男と共に帰国し今に至るという。
「じゃフランス語も話せる?」
「日常会話なら……」
「……で、ピアノが専門?」
「……ええ、ピアノは人生でいちばん長く続いていることですね、プロを目指していたんですが……」
どおりで最初からこの才媛に目を惹いたわけだ。
ちょうど店の奥にアップライトが置いてある。
麻美のオーダー2品が届く。
マスター、あのピアノをお借りしてもいいですか?オレはきいた。
もちろん、たまにライブもしますから調律キッチリ入れてますので、どうぞお使いになってください、と快く応じてくれた。
「………わたしに何か弾けってことですか?」
「食べた後に、イヤじゃなかったら」
クラッシックは誰でも知っている曲しか聴いたことない。
ジャズやソウル、R&Bを聴いていた。ジャズならわかる曲も多い。麻美はクラッシックが専門だが。
「ちなみにジャズのピアノなら誰がお好きですか?」
名を上げると、しばらくの間、麻美は宙を見つめていたが、1曲だけ浮かびました。とカウンターの上で鍵盤を叩くような仕草をした。
その旋律を頭の中で演奏したという。楽譜はなくても大丈夫です、という。
「これ食べちゃってください」2枚のバケットをオレの前に置いた。
麻美はパスタとサラダをモリモリ食べている。空腹だったのだろう。おもしろい女だ。
しばらく麻美は無言で食事をしていた。
「ふう、ご馳走さまでした。やっと生き返りました」とビールを流し込んでいる。
「じゃ1曲だけ、お聴きになってください……」
麻美はマスターに声を掛けてピアノの前に座り、蓋を開けて鍵盤を指でスーっと撫でつけた。
ポンポンとあちこちの音を確かめている。納得したようだ。
「じゃいきます」
いきなりアップテンポの曲、マスターと他のカウンターの客もピアノの音に耳を傾ける。
オスカーピーターソンのGIRL’sTALK。
見事だった。楽譜もないのにどうしているのか、いきなりのリクエストに完璧に応えている。
麻美の素早い指先の動きがセクシーだ。オリジナルの音源そのままに奏でている。
最後にアドリブをきかせて、早弾きの見せ場を即興アレンジして加えてきた。
ラストの音の余韻が消えると、オレもマスターも他の客も拍手喝采した。
オレはアンコールしたいくらいだった。
麻美がこちらを向いて軽く会釈しトイレへ消えた。
「素敵な方ですね、奥サマ」
マスターが世辞を言う。フツーは奥サマなどと限定的な言い方はしない。
客商売の鉄則だが、ジャズ喫茶ならではのルーズさか、素直に夫婦に見えたのか、わからない。
はじめて麻美を見た時、カフェの店員としてエプロンをつけていた姿にオレは魅力を感じたが、それはどこか彼女がそこにいる違和感であった。思った通りのいい女だ。オレの見立ては間違えていなかった。
「ありがとうございました……なんとか弾けてよかった」麻美が戻る。
「なんとか、なんてレベルじゃない。完璧だった。楽譜もないのにさすがプロだ」
「プロじゃないけどね」自分の本領を出したせいか、麻美が打ち解けていた。
「リサイタルをやるなら、チケットを何枚でもまとめて予約する」
「ははは、ありがとうございます」
麻美は、ここから歩いて15分ほどのところに住んでいるという。
オレのところから30分近く歩く距離になる。
週末の夜が楽しみになった。麻美の顔を見るために、あの店で夕食を取ろう。
オレは前妻と別れてから、特定の相手を持たないでいた。テキトーな遊び相手の女とテキトーに関係をしていた。だが麻美には惹かれていた。彼女が、人妻であることを知っていて。
「あら、いらっしゃい……」ませ、が省略されていた。マスターの姿は厨房にあった。
定位置の席が空いていた。
「どうしたの?その髪」
麻美はキレーな夜会巻きをしていた。
「今日ね、ちょっとしたお手伝いで、ピアノ弾いてきたの、ランチはお休みして」
「そうか……聞きたかったな」
「久しぶりに観客の前で弾いたから、……キンチョーしたわ」
演奏もさることながら、麻美のドレス姿を見たかった。
週末というのに今日は客の入りが少ない。連休前、みんな遠出をきめてしまったのか。
店がヒマだから、麻美は8時で上がるという。
ビールを頼み、何を食べようか。
メニューを見ていたら、麻美が、ね、食事に付き合って、ギャラ出たから、今日はあたしがご馳走するという。1時間ほどをビールとカンパリソーダでしのぐ。
麻美は大きなトートバッグを抱えていた。近くの居酒屋に入る。
「ほら、これ着てたの……」
真っ赤なドレスだった。掲げてくれてもなんとも感想の言いようがない。
「実際に着ている姿を見たかったな」
「今度、ナンカある時、教えてあげる」
「平日はキビシイな」
「ほとんど土日よ……あ、土日って空いてる?来週の……」
「なんで?」
「山に行くの、ひとりで登ろうと思ってたけど、一緒に行かない?」
大学の頃、山歩きと温泉巡りばかりしていたが、登山靴はどこにしまったっけ……。
「麻美は山も歩くんだ?」
それで最初会った時、日に焼けて黒く見えたんだ。
「ヨーロッパにいる頃は、父とあちこち行ってたよ」
「帰国してから、ウズウズして信州に出かけてた。いつも単独行……」
「オレは10年以上、登山靴を履いてない……」
「大丈夫よ、高いとこ行かないから、山の空気吸いながら、のんびり歩くのが好き」
昔、登ったことのある山の名を麻美は言った。そこならなんとかなる。
「宿は近くの温泉をあたし、取っておくから……」
アッサリ麻美が言った言葉「宿を取っておく」それを聞いてしばらくしてから、その意味を知った。
麻美は今の季節の花のことを話している。
人妻の麻美から夫のことを聞いたことがない。
週末の夜、毎回、仕事とはいえ外に出ている妻に夫は何も言わないのだろうか。こんなに魅力的な女なのに……。
一泊の旅をサラリと誘ってくる。たまに麻美を異国の女だと思う時がある。
今のように、淡々と湿り気なしに言葉を使ってくる時だ。主語と述語、そこに余白はない。
しかし、色気がないワケではない。むしろ魅力は溢れているが、ヨーロッパで育てられた環境が影響しているのだろう。
翌週は、週末の登山のために準備に遁走した気がする。
週末の長野の天候を逐一気に留め、登山用品を引っ張り出して、朝、靴をベランダに干し、月曜の昼休みには、神田まで出向き、リュックを新調した。あとは持っている物でなんとかなる。
まるで遠足を待つ子どものようだった。
その山の近くに昔訪ねた所で、記憶に残っていた宿があったので、麻美にメッセージをして、提案した。まだ宿を決めあぐねていたとのこと、下諏訪の宿が決まった。
当日は、車で麻美をピックアップして、信州へ向かうことを計画した。
カフェは、新人のアルバイトが見つかり、マスターも安堵している、もともと週末のランチはないとのことだ。
土曜の早朝4時半、1時間前に起きた。
こんな早起きは山歩きしていたとき以来、何年もしていない。昨夜は、眠剤もなしに10時頃ベッドに入ったが、週末の疲れゆえにすぐ眠れた。
窓から朝が濃厚になった街並みが見える。今日は東日本全体が行楽日和になると、テレビが伝えていた。
麻美との待ち合わせ場所に向かうと、彼女の姿があった。近づいても麻美は、こちらを訝しんでいた。パッシングする。麻美がドアを開けて乗り込んできた。
リュックを背負い、トートバッグとボストンまで下げていた。女は得てして荷物が多い。
「おはようございます、クルマの車種きいてなかったから、ナンカ怪しいクルマが来たって身構えちゃった」
「そう見えたよ、何してんだろって」
「大きな素敵なクルマね、これなら楽チンだ、座り心地スゴクいい。大きいから怪しく見えちゃった」
「そのシートに座る女性は、麻美が初めてだ」
「えっ、そうなんだ。うれしい、光栄です。」
麻美は、白黒のギンガムチェックのシャツにトレッキングスカートを合わせて厚手のタイツを履いていた。オレンジ色の登山靴がかわいい。
「あ、コーヒー作ってきたんだ、飲むでしょ」
トートバッグからステンレスボトルを出して、紙コップに入れてくれた。置き場所を探していたのでドリンクホルダーを開放してやる。
「ありがとう……起き抜けに作って飲もうか、迷ったんだ」上出来のコーヒーだった。
「よかった……はいそれとこれ、朝ごはん」
卵サンドを手にしてる。パンは黒パンと白パンが交互に並んでいる。
「そのまま運転してて、あたし口に入れたげる」
「うん、ウマイ!卵サンドイッチの味がする……」
「ほかの味したら困るからね」
「早起きしたのか?」
「ううん、昨夜作って、今朝パンに挟んだだけ」
「玉ねぎと、パセリが効いてるな」
「よかった……」
妻のいる生活……本来ならこんなものだろう。妻はいたが、こんな経験はしなかった。
ドライブアシストを作動させて、iPodの選曲をした。
この前麻美が弾いてくれたオスカーのピアノ。
ついこの前、納車されたレバァンテのサウンドシステムはなかなかに良い音を聴かせてくれる。念願のマセラティでの初めてのロングドライブだ。
「うわークルマの中の音じゃないね……スタジオで聴いてるみたい」
クルマは中央道に入り、相模湖あたりで少し詰まったが、9時前に目的地に着いた。
広い駐車場に車はかなり埋まっていたが、空いたスペースを見つけた。
八ヶ岳連峰のひとつ北横岳、2000メートルは超えているが、ロープウェイでスキップができる。インスタント登山ができる山だ。
初心者向けのルート、高校の山岳部でも選ばぬかもしれない。だが、このくらいの山がリハビリするにはベストだ。それに充分楽しめるはず。麻美が女ひとりで登ろうとしていたが、単独行はリスクが高い。
ほんの少しのガレ場を抜けて、整備された歩きやすい道を登っていく。
「久しぶりのこの空気、やっぱりいいね……」
「オレは12・3年ぶりかな」
オレたちがこれから登って行くのに、もう下山の列ともすれ違う。
麻美は植物を見つけると立ち止まってミラーレスで撮影していた。小さな花を愛する女。
そのため、ゆっくり休みながらのペースで疲労感は全くない。2時間半で山頂へ到着した。
雲ひとつなく周囲の山並みが一望できる。この気持ち良さは登ったものでなければ得られない。
ふたりで登頂記念の写真を残した。近くの山ガールのグループのひとりに麻美がシャッターを頼んだ。数回シャッターが押され、その度に麻美はポーズを変えていた。
カメラを返す時、その若い女の子が、いいですねー、ご夫婦一緒に山に来られるなんて、羨ましいです、と言った。
「ええ、でもこのひとは10年ぶりの山なの、あたしが引っ張ってここまで来たから」
「……オレたちが夫婦に間違えられたのはこれで二度目だよ」
「え、一度めは?」
「ピアノを弾いてくれた店、マスターがキミを褒めてた、ステキな奥サマだと」
「……そう見えるんだね、これからイッパイ見られちゃおうか?」
ヒュッテの裏の腰を下ろせる場所で昼食にした。
それぞれバーナに火をつける。オレは紅茶用の湯を沸かせと指示されてる。
麻美はレトルトのパックを2つ温めている。そのほかにパックにフルーツと温野菜、ソーセージが詰められていた。
「腹へった、2時間歩き続けることなんてないもんな」
「そうだよね、お散歩でもそんな歩かないし、マグにお湯入れてね」
オレが持参したマグと麻美のモノに紅茶のティーバックが入れられてある。お湯を注ぐと麻美がアルミ皿で蓋をした。
「さぁ、できたよ、食べよ」大きなナンが並び、ランチとなる。お砂糖使う?甘いの欲しいな。
「こっちはシカ、でこれがナマズのカレー……」深い紙皿に盛られている。
「ナマズ?」
「ま、食べてみて……」
紅茶がフツーの市販のもの、いつも飲むモノとは全く違っていた。香りが強く引き立ってくる。
「この紅茶……飲んだことない、美味い……」
「でしょ、あたしがバックに詰めたの、どうしても飲んでもらいたくて、デンマークのお茶、おいしいのよ」
温野菜にも品よく味付けがしてあり、スパイスの効いたソーセージも上等、メロンやオレンジ、キウイ、イチゴがぎっしりと詰められていた。
「山の上で、食べてるとは思えないご馳走だね……帰りの荷物軽くしなきゃ」
「ふふ、ありがとう……ナマズもシカも美味しいから…」
ナマズ、はじめてだが、白身のはず、口にすると淡白で美味い。ココナッツの甘さにスパイスが効いてる。それにナンを浸して食べた。シカも悪くない。レトルトとは思えない。
登山には握り飯とタクアン、それに唐揚げつく位だったから、こんな贅沢な食事ができるのに驚いた。
「女性が作ってくれたものを食べたのは久しぶりだよ、美味かった」
「そう良かった……料理なんて代物じゃないけど、誰か作ってくれるヒトいないの?」
腹ごなしに、はじめたお互いの身の上話。オレは離婚までの経緯を話した。
思い切って麻美の夫のことをきいてみる。食べたあとを片付けながら麻美は口を開いた。
「ダンナはね、あたしよりふた周りも上のヒト、ドイツの駐在員の集まりの時、気に入られて、父と違う商社のヒト……父も許してくれた。最初は安心感に包まれてたけど、結婚してしばらくしたら、EDになっちゃって、いろいろ治療してもダメで……それから……ヘンなことするようになって……」
麻美の夫は誰でも知っている商社の取締役だという。その奇行とは、歪んだ束縛だった。
麻美が帰宅すると、何も聞かずに麻美の下着を下ろし、性器の具合を確認されるという。
浮気をしてないか、男の痕跡はないか、ほぼ毎回念入りにみられるという。
どこへ行こうと、無断で外泊しようと、それを問うことはないという。
ただ、性器のチェックは夫が在宅していれば、欠くことがなかったという。
「それは性的なDVだよ」この美しい麻美が哀れだ。
「うん、でもそのこと以外は、全て自由なの……」
「性的なことはどうしてるの?不健康になる」
「自分でしてる……その…チェック以外は、あの人、あたしに触りもしないし…」
「……ね、今日……してくれるでしょ……あ、ダメだ、あたしったら、ナニ言ってんだ」
麻美が、かわいそうで、愛しく思え、その手にオレの手を重ねると、彼女はオレを見つめた。
…あ、やさしくされたら……我慢できない……麻美に手を引かれ立ち上がった。
彼女がリュックを背負う。下山ルートを先導して歩きだした。
ナンだったんだ?我慢できないって。
夜、麻美を思い切り抱いてやろう、オレは欲望の上に彼女への慈しみを載せていた。
あれからずっと麻美は黙々と歩いてる。
自分の恥ずべき身の上をカミングアウトして、それを整理しているのだろうか……。
そっとしておいてやろう、話しかけずに。
しばらくすると樹木が高くなってきた。森林限界を降りたようだ。
前を歩いていた麻美が登山道を抜けて、樹木の間に入っていく。
おい、道それたぞ、どこ行くんだ、麻美は振り返り、いいから来て、と歩みを止めない。
数分歩き、岩陰で止まり麻美はリュックを下ろす。
周りを一瞥し、スカートを脱ぎタイツも膝まで下げた。
オレを見てエイナルヴェッケェ!ドイツ語らしき言葉を吐いた。
「アナルセックスしたことある?」唐突過ぎる。
「……イヤない」咄嗟に出る。
「あたし、おしりでないといかないから、して」
恥じることなく恥ずかしいことを言ってのけた麻美は、振り返って尻を差し出した。
かわいい尻、悦びと驚きに混乱する。
「大丈夫、前とおんなじだから……」
麻美は腰を屈めて指を肛門に入れてる。
「はいる……汗で湿ってるから……」
お尻、湿ってるって理想的な状態なんだ、薄茶色の肛門が見えた。
麻美のリクエストに応えるようにオレのも臨戦体制になってる。
オレもリュックを下ろして、ワークパンツも下げる。いや、邪魔だ、裾の開閉を開けて全て脱いだ。登山靴を余裕ですり抜けてくれる。このワークパンツを履いてきて正解だった。
ドイツ、フランス、アナルセックスを好む男が多いはず。
そこで麻美は妙齢を過ごし、仕込まれてしまったのだろうか。
「大きくしてるじゃん……」
それはそうだ、狙っていた女の尻。目の前にある。大好物がある。
麻美が待ちきれぬと、膝をつき、オレのショーツを下げて勃起をしみじみ眺めている。
旧友に積年を経て再会を果たしたように目を輝かせていたが、その目を閉じてクンクンと鼻を寄せている。
ピアニストの細い指がオレのを握ってる。
絶対オレのも、汗以外の匂いもしてるはず、なのに麻美は嗅ぐのをやめない。
短くクンクンしたと思ったら、オゾンでも吸いこむように大きく深く吸い、あーと息を洩らす。
「すごい……いい匂い……たまんない」
下からオレをのぞく目が卑猥だ。麻美の手は自分の股間に伸びて動いている。麻美は嗅ぐから舐めるにシフトした。
さも美味しそうにカリをひと回り舐めて先端を咥えた。
あまりに美味しそうに舐めてる。どんな味?オレも、それを舐めてみたくなるほどだ。
麻美の大胆な振る舞いは、やはり日本人の域を超えているな。
アナルセックスしたことない、ついオレはそう言ってしまった、興奮して耐えられず、すぐバレるだろうが、麻美のリードに任せるのも面白い。
ひと通り満足したのか、口を離した麻美は今度後ろ向いて、という。
ケツも……振り返ると、脚少し開いて、と言われた。尻たぶに手がかかり両手で開かれる。
またそこでもクンクンしてる。朝排便はしてないが、登山して汗でヌメッているはず。匂いもしてるだろう。
「……ummm………guter…Geruch」
意味不明。またドイツ語だろう、感情が高ぶると、つい脳の1番の思考言語を言わせるのだろう。
そこにも舌が這ってきた。ヤバイ、オレは勃起を自分で扱いた。それに気づいた麻美が、あたしがしたげる、と手を伸ばしてきたので任せる。
やはり麻美はドイツやフランスの女だ。やること日本人離れしている。早くぶち込んでやりたい。
外で、しかも山の中でするのは経験ない。車の中ならあったが、アウトドアは開放感に浸れる。
あ!中まで舌が入ってきた。思わず声。
麻美は久しぶりの男を味わいたくて仕方ないんだろう、その気持ちよくわかるけど……ケツの穴の奥に舌が……勃起しごかれて……。
舌抜かれた。フゥー…….オレもため息ついた。イクわ、あんなされたら……。
「ね、あたしにもおんなじことして……」
麻美が尻を向けてる。おんなじこと……喜んでする。
いいね~三十路女の熟尻……ふだん登山やウォーキングしてるせいか、パンと張りがある。
オレも膝ついて、麻美の尻を割ってクンクンした。おっ、汗以外の匂いもしてる。
大好きな女の尻臭……オレもそのオゾンを思い切り肺に吸い込む。満ち足りていく英気、それは即勃起の硬度を増してくれる。
アナル好きには見えない、縦にも割れていない麻美の肛門、今まで誰にも触れられることなくひとり慰めてきたのだろう……愛しき肛門……。オレがたっぷりと可愛がってやるから。舐めてやる。
あ!ああんッ麻美が感に堪えられぬ声を上げる。
登山道からいい距離に最適な秘密の場所があったものだ。
青カンには持ってこいだ。ここでアナルセックスしてるのをかわいい山ガールに見せてやりたい。
麻美の肛門は、汗の塩気が強く苦味はない。
あの苦味がいいのに……肛門の中まで舐めてみる。
ギュッとしてるから、ガッと開いてやる。
あらかわいい、シワ伸び切って歪み、ど真ん中の赤い中身がチロっと顔のぞかせた。
そこの匂い嗅いだら、さすがに濃厚な秘密の香りがプンプンしてる。
ゼッタイ苦いはず。期待して舌伸ばしてみる。ほらやっぱり、恥ずべき味が美味。
そこキレーに舐め尽くしてやる。麻美の不可侵領域。
そこ舐められて麻美は、オンオンと声だしてる。
いいぞ、山の中に轟くようにもっと大声あげろ!
オレは麻美が可愛いくて、その肛門の奥の赤いチロっと見えてるとこを前歯の先端でやさしくカリカリしてやり、すぐ舌で舐める。それを何回かしてたら、麻美が腰を崩してしまった。
気持ち良すぎたようだ。オレはアナルセックスも知らないはずなに麻美のお尻、気持ちよくしてしまった。手を草の上について四つん這いの麻美が振り返って言う。
「ホントにお尻したことないの?スゴイんだけど……」
「うん、麻美にされたことマネしてただけ……」
「そのまま来て……欲しい……」麻美は両手で尻を開いてくれた。
可愛い肛門。オレはチクチクする草の上を我慢してにじり寄って勃起をあてがう。
「ね、このまま入るの?押したら」
「はいる……大丈夫……来てはやく」
ワザと乱暴な入れ方をした。ズンと押し込む。
もう解れてトロトロになっていたから、心配なかった。で、そのまま動かないで、じっとしてた。
麻美の肛門の中、熱くなっていい具合にケツマンコ仕上がってる。
待ちきれないって麻美が動き出した。
「どう?アタシのお尻……お尻いいでしょ……」
オレの勃起を肛門でガッチリ咥えて反弓の連続曲線の動きをしてる。
一定のリズム、さすが音楽家だ。
「ああっ……ああ……硬いの入ってる……スゴッ……」
優雅なスローワルツで、まずはオレの勃起の確認をしてる。
ゆっくりどんな硬さなのか、お尻で確かめてる。
あんッ、ブレス入ったがアンダンテに戻る。
時折、麻美はアドリブ入れて横に尻を振る。アレグレットな揺らし。それはオレにも共鳴する。
存外の動きはオレの亀頭を強く粘膜に押し付ける。気持ちよくなるよ麻美……。
ハンッハンッと強くブレス入れてきた。
あっという間にアップビート、もう16ビートになってる。
ああああっ……フォルテッシモに麻美の声が大きくなる。
「ummm……come……woo」そこは、しとやかに大和言葉で言ってもらいたかったな。
麻美、いきなり起きてリュックをガサゴソして、さっきランチで使ったレジャーシート拡げた。
ランチにもアナルセックスにも使える便利なモノ。
よほど草がチクチクしてたんだろ。膝に草の茎の跡付いてる。
シートの上に仰向けになって来て、という。オレは麻美の上に乗る。ね、挿れて、麻美が足を開く。
麻美は入りやすいように尻を上に向けて待っている。できるだけ足を上げるように。
シートの上も、その下の草がところどころ突き出そうとゴツゴツしてる。でもないよりマシ。
草ツブすように上からドンドン踏んでやった。自然破壊してしまう。
お詫びに麻美を破壊します。生贄として……山の神に捧げる、あ、山の神は女だからいらないのか、じゃ麻美はオレがもらうだけ。肛門にぶち込んでやり、ムラムラするから、ガシガシ突いた。
麻美が、エッ!ナニ!と驚きの目をした。でもすぐ肛門の勃起の動きを理解してる。
さすが麻美だ。ゲージュツ家は感受性のみで生きていかなきゃなんない。
肛門の粘膜で、陰部神経をフル稼働させて、そこに集中するんだ!麻美。
オレも亀頭に集中する………いっぱい突いてやる。
アンッ、アンのブレスが途切れない。目も閉じてる麻美……。可愛い女。
麻美が頭に載せてた、サングラスが転がっている。
イキ顔見られるの恥ずかしいだろうから、拾って麻美にかけてやった。なんかエロくなった……サングラスの人妻とアナルセックスしてる気分……って実際してるけど……いいなこれ……これからエッチの時、女にサングラス付けさせよう。
唇渇くのか、麻美、頻繁に唇舐めてる。可愛いからオレ舐めて濡らしてやる。
それを麻美勘違いしてキスしてきた。仕方ないから舌入れてるとゴクンゴクンと麻美喉鳴らしてる。
「フグッ」と聞こえた。フグ?さっきナマズ食ったけど、そう思ったら麻美顔を横にしてた。またイッたのか……オレもイキたいのに……麻美を抱えてオレの上に乗せた。
フレームのしっかりしたダッチワイフみたいに芯あるけど、動かない麻美。
下から突いて呼び覚ます。ズンと押し込む。もう一回ズン。オレの勃起型除細動器がうまく機能した。麻美がトロンと目を開けたから、オレにアナルセックス教えて、好きに動いてみて、と麻美に言った。
麻美は大きく生唾飲んで、うん、と言い腰を動かしてくれた。
ホント麻美ってエロい。アナル好きなんだってわかる動きしてる。
ちゃんとオレのを尻の穴で咥えて上下左右にローリングしてる。
オレのヘソ辺りがさっきからヌルヌルしてる。麻美のいろんなジュースが溢れたんだ。
シャツ濡れるから、たくし上げた。そのヌルヌル指ですくって匂い嗅いだけどナンもしない。舌で舐めてもおんなじだった。面白くないから、麻美を叱った。なんで無味無臭なんだよ、言葉にせず、勃起で下からズンズン突いてやった。
「umm……」ってまた日本語飛ばしてる。
「Harder……more……Asami」オレだって英語くらいできるさ。
「yeah……」麻美がこたえてくれた。上にいっぱい動いてくれた。
「ummm……come…come………」ってすぐ動かなくなった。それはそれはシンプルな英語だった。
麻美!今度フランス語使ってみて、ね、ねって下から突き上げる。
「Je…voudrais…faire…l’amour.」なんか言ってるけどわからん。
「エッチしたい…….すごく……いい……もっと」翻訳したのか?わかった。下から突いてあげる。
麻美の上に青空が澄み渡っている。空気が気持ち良くうまい。大自然の中の交尾。
オスがメスの肛門で繋がってる。なんだか猥褻。考えてたら込み上げてくる。
麻美はサングラスを外した。ズンズン突いた……。
前に倒れぬよう両手を合わせてやる。ギュッと手を握ってくる。なんかまたオレのヘソんとこ冷たい。またジュース溢れさせたな……麻美。
スベリよくなってる。キタキタ……気配を感じた。
「麻美…….イキそう……オレも」
麻美が切なそうにオレをみた。そのエロい顔……。
「うん……あたしも…すぐ……」
「ハァ………イク…イクよ……ほら……」
「あっ……」麻美がオレを感じてくれた。
イヤというほどこすりつけられた勃起の禁が解かれ、ビュービュー中で白濁を噴いた。
オレの玉袋の下がドクドク脈打つのを感じた。
久しぶりのアナルセックス……青空の真下で……良かった。
麻美を支えてるのが面倒で、ゆっくり力を抜いた。麻美がそのままオレに覆い被さった。
オレの尻の下のシートの石みたいな突起が痛くて気になる。ケツの位置ずらした。
そのまま目を閉じた。
季節がベストだった。夏なら寄ってきた虫に刺されていただろう。
目を開けたら、麻美まだそのままだった。キスして身体を抜く。
勃起は縮まり、チンコになってて先に白濁液を滴らせてる。オレの太ももを伝い、花柄のレジャーシートにまで落ちていた。ナメクジでも這ったように太ももに痕跡があった。
麻美がそれに触れぬよう身体を横に倒してやる。
「ね、そろそろ起きて……」
揺り動かす。うーんと目を開けた。朝の目覚めの顔。時計見てたワケじゃないから、どれだけそうしてたか、わからないけど、陽の位置はそんなに動いてない。
麻美はオレの顔見ながら、大きく深呼吸をして起き上がる。でもまだ半眼。ホント寝起きの顔。
「気持ち良かった……外で……こんなことしちゃって………」
あ、そこ精子垂れてるから、指で示す。
「ホントいっぱい出てる」
「……気持ち良かった、青カンサイコー」オレは大きく伸びをした。
「なぁに……アオカンって」
「外ですること、青空の下で姦淫する、エッチするってコト」
「へぇーおもしろいね、日本語のスラング?」
「ああ……片付けて行こう」
麻美はリュックからティッシュ出して自分のお尻をぬぐい、レジャーシートの精子も拭き取っていた。それがものすごく非日常な行為に見えて面白かった。
女が自分の尻と敷いてたシートのセックスの残滓を拭う光景は、なかなか見たことない。
歩きはじめたら麻美が言ってきた。
「ねぇ……またアオカンしようね……」
悪い言葉教えてしまった。
「アナルセックスしてるでしょ……嘘ついたでしょ」
「イヤ……」
「ゼッタイ……いっぱいしてる……あれは……」
清らかな大自然、登山道を歩きながらする会話ではなかった。
それからオレと麻美は、男と女の関係を深めた。
麻美がオレの部屋で夕食をテーブルに並べていることが多かった。そうするのが一番ラクな逢瀬になる。
週末、オレの休みに合わせて泊まっていったことも数えきれない。
あのカフェは、新人の雇用を得てしばらくして麻美はやめていた。
元々、麻美の厚意で手伝っていただけである。
その空いた時間を、麻美は通い妻となって、オレの家のことを済ませてくれた。
麻美が帰宅すれば、夫からの仕打ちを受けていたはずだが、麻美もオレもそのことには触れなかった。
「不倫」だということ。麻美が人妻であるということ。そのことを頭の隅に追いやっていた。
出会いから1年になる頃、オレたちは引き裂かれる。
麻美の夫が、商社が100%出資するドイツの現地法人の社長となり赴任することとなった。
商社の平役員としては、頂点に近い処遇になるだろう。
ドイツには麻美の両親も赴任している。
不可抗力で別れることになった。オレは麻美との別れを心から惜しみながら、ベストな別れ方の到来にどこか安堵していた。未来のない関係にピリオドを打つ先が見えた。
「ずっといるわけじゃないし、あのヒトも何年かすれば定年だし、そのうち帰ってくるから」
明日、成田から旅立つという前の夜、麻美はキチンと夕餉を並べてくれた。
しばらくして麻美からの国際郵便で絵ハガキが届いていた。
青空の下の宮殿が写っている。
「なにか故郷へ戻ったような気がしてます。広い住宅を与えられてピアノ置きました」
「楽しい日々を過ごしております。お野菜を欠かさず食べるように」
「またいつの日にか麻美」
ポストに投函されていた、そのハガキをカバンにいれてオレは部屋には帰らず、踵を返した。
あの、はじめて麻美がピアノを弾いてくれた店へ向かった。
麻美がいなくなれば、寂しさだけ残った。たまには感傷に浸りたい時もある。
その店にはあれから麻美と何度も来ていた。マスターもオレたちを夫婦だと疑っていない。
店のピアノを麻美は何度も弾いてくれた。
楽譜持参してジャズ以外の曲を店の雰囲気に沿うようにアレンジしてくれた。
その場に居合わせた客が、偶然、別の日、2度目の演奏に接すると、麻美の演奏する前から拍手喝采してくれた。
いつも麻美と一緒に座る席に腰掛けた。マスターがおしぼりを持ってくる。
「お珍しいですね、おひとりで、今夜は」
「ええ…マッカランをダブルで、それと…オイルサーディンのパテ……できますか?」
「ええご用意できます」マスターが立ち去ろうとした。
「あ、あと、オスカーピーターソンのガールズトークなんてないですよね」
「ちょっとお待ちください……たしか…」
マスターがレコードがビッシリの棚を素早く見ていた。
「あ、ありました、ほら」
可愛い黒人の女の子のジャケット、むかし目にした、はじめてジャズを聴いたレコード。
「おかけしますね」
麻美が弾いてくれた曲が流れてきた。水割りも届いた。
遠くなってしまった日の思い出、しばし耳と舌に甦らせたかった。
遠くへ行ってしまった女、麻美がいつも座っていた隣の席にオレはグラスを掲げた。