蘇るペニス拷問の記憶

Hatch コメントはまだありません

一言にMといっても嗜好は色々あります。

私は、大学時代に付き合った年上の女性がSだった影響で、陰部凌辱で感しるMになってしまいました。

その女性とは2年生まで付き合ったら飽きられて、違うSに譲られてしまったのですが、そのSは美人でしたがペニスがついているニューハーフSでした。

私は美人の彼に調教されていきました。

調教されていくと、欲求が深まっていって拷問のような調教まで受け入れるようになりました。

ペニスやキンタマを緊縛されて拷問されるという惨めな調教は、見かけは美人でも男である彼は男の快感のツボを心得ていて、射精ギリギリで焦らし続ける快感地獄で発狂させられました。

紐で縛り上げられたペニスを撫でられる拷問をされて、被虐快楽に興奮するほどに勃起しても射精まではさせてもらえず、逆に彼のペニスをしゃぶらされて精飲させられ、

「お願いです、イカせて下さい。」

と精液まみれの口で哀願しても、

「お前のアナルを使わせてくれるならイカせてやるぞ。」

「ああ、アナルをお使いください・・・」

こうして、結局は射精させられることなくアナル調教されてしまうのです。

私は、ペニスやキンタマを拷問されるながらアナル調教もされて、彼のペニスをアナルで受け入れるようになりました。

調教はアナルにヒール瓶を挿入されながらペニス緊縛され、パンパンの亀頭を虐待されるハードな快楽地獄でした。

ハードな拷問で悶えた私は、気を失うほどの快感のなか、彼のペニスで前立腺を突かれてトコロテンするようになりました。

しかし、大学4年の晩秋、私のアナルは限界を超え、肛門科のお世話になるハメになりました。

「性的嗜好は問いませんが、今後、肛門での性行為は一切禁止です。」

これは美人彼氏との別れを意味しました。

「ご自愛なさってね。サヨナラ。」

手術して入院している間、自分の性癖のおぞましさに辟易しました。

大学を卒業して地元に戻り、社会人となった私は、ごく普通に恋愛して、ごく普通に結婚して、ごく普通の夫婦生活をしています。

結婚して10年、現在私は38歳、妻は35歳で性生活は週3回です。

先日、安全日恒例の中出しセックスをしようと意気込んで妻を前戯で興奮させていたら、生理が早まって始まってしまい、

「やだあ・・・始まっちゃった。ごめんね、中出し楽しみにしてたのにね。何でだろ?計算間違ったのかなあ・・・こんなに元気になっちゃって可愛そう。仕方がないから、私が出してあげるね。」

妻が手コキをはじめると、私は忘れかけていた恥辱の記憶が蘇りました。

ハアハアしながら感じてる私を見て、妻は、

「オチンチン虐められて感じるマゾさんみたいね。」

と言って笑っていたので、

「そんなプレイ、したことあるのか?」

と尋ねたら、

「フフフ・・・昔ね、友達の高◯生の弟さんのオナニー見ちゃって、内緒で弄ってあげたらすごく興奮してたから、髪を束ねてたゴム紐でオチンチン縛って射精を難しくさせてイジメちゃったことがあるの。最後、ものすごい精液出してて、真っ赤になって恥ずかしがってた。」

とニヤニヤしながら言う妻を見て、

「ああっ、ダメだ、出るっ!」

私のペニスから大量の精液が噴き出しました。

「スッゴイ量出たね。男の人のチンチン苛めて射精させるのって、おもしろいわね。今度、生理の時はいつもやってあげるね。」

「あ、ああ・・・頼むよ・・・」

妻がどこまでペニスを弄ってくれるかわかりませんが、私は、妻にペニス虐めされる日を楽しみに待つようになっています。

Categories
未分類
Leave a comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です