広い式場は50~60人ほどの男女で賑わっていたが、母の姿は難なく
見つけられた。
美しい母の周りに男たちが集まっている光景は僕が幼少の頃から
見慣れたものだ。
2015年の秋、親戚の祝い事に出席するため、僕と両親はT県にいた。
式には久しぶりに会う伯父や伯母、いとこ達に加えて、初見の親戚たちも多く
出席していた。
一通りのセレモニーが終わり、立食形式で賑わう式場で僕は従兄弟たちと談笑
しながら母の姿を探した。
小学生の頃、(失礼ながら)周りの大人の女性と比較して自分の母がきれいだと思ってはいたけれど、父兄参観にくる母を見た友達から
「Kくんのお母さん美人でいいな」と頻繁に言われる事で確信するように
なっていた。
そんな感情が歪んだのは、偶然、近親相姦の漫画を読んだ中学生の頃だ。
その頃、生意気ながら同級生の女の子とキスした事はあったものの、
セックスは未経験。自慰もしていたが、想像する相手はアイドルだったり、
身の周りにいる好きな女の子。
それまでセックスと母を連想する事などなかった僕は、漫画の中で犯されている熟女と自らの母を重ねた。
経験がないほど膨張したペニスを隠すように家に帰った僕は、玄関のドアを開けてくれた母の顔をまともに見れないまま自室に駆け込んだ。
相手の男の顔は黒塗りで誰か判らないが、犯される母を想像しながら、
尋常ではなく硬くなったペニスをしごいた。
瞬く間に、それまで経験した事がないほどの凄まじい快感で射精した。
その日から毎日、母を想像した自慰が日課となった。
想像の中での相手の男は恩師や親友、学校や誰もいない家の中。
犯される母の唇や乳房、その味や柔らかさ、立ち込める甘い体臭を想った。
出来るだけリアルな条件であるほど興奮したのだ。
唯一、僕自身が相手になる事はなかった。無意識に一線を超えてはいけない
と思ったのだろう。
日常では、キッチンに立つ母に気づかれぬよう、その容姿を盗み見た。
背は高くないけれど、エプロンを張らせた胸の形、ふうわりとしたお尻から
美しく伸びた脚、形の良いふくらはぎは学生時に新体操で鍛えた賜物
だろうか。
もはや背徳感よりも性欲が勝っていた僕は、食卓では母の顔を目に
焼き付けた。
濃いブラウンに染められたセミロングの髪、涼しげな二重と小さな鼻、
形の良い唇が小さな顔の中にバランスよく配置されている。
早々に食事を済ませた僕は膨張した股間を隠すように自室に駆け込む僕を
反抗期の一つとでも母は勘違いしていたのだろう。
そんな母の気持ちを裏切るように、新鮮な母の残像をネタにして
自室で僕は自慰に没頭していた。