私は、父と兄とで暮らしていて3人家族です。
母は物心ついた時からおらず、父の話では病気で死んだと言っていました。
そんな私たち家族は普通の一般的な家族とは違う、一言で言ってしまえば異常な家族だったのです。
私は幼稚園ですでにオナニーというものを覚えていました。
一般的に幼稚園でオナニーを覚えた人は”ただ気持ちよくて触ってて後々オナニーとわかった”という人が普通だと思いますが、私は小さい時から父と兄からHの教育を受けていたのです。
年少組あたりで触ることを教えられ、年長になったときには指を入れることまで教わっていました。
そして、小◯校に上がるとSEXを教え込まれました。
小1で処女喪失です。
相手は兄で、学校から帰ってくると毎日犯されていました。
最初は激痛で泣き叫んだのを覚えていますが、後々”気持ちいい”という感覚に変わってきたのです。
私は小◯校低学年でSEXの気持ちよさを覚えました。
そんな時期が2年続き、小◯3年生になると私は胸が膨らみ始めました。
私は周りより成長が早いようで、高学年になる前からブラジャーを必要とするくらいに成長しました。
そして、高学年になると今度は生SEXを教えられました。
今まではゴムを付けてしていたのですが、初めての生はゴムを付けているときより直に体の温度を感じるようで気持ちよかったのを覚えています。
そして、ついでのように生中出しも経験させられました。
◯学生になると胸はDカップになっていて、パイズリをさせられるようになりました。
パイズリで顔射させられてから生SEXという毎日でした。
そして、ようやくこの頃になって私がしていることが異常であることにだんだんわかってきたのです。
今まではこの生活が当たり前だったから何も違和感を感じなかったけど、◯学生になると性教育も始まって、自分の家族は普通じゃないと思ったのですが、今さら普通になることなんてできなくて、私も今まで通りのSEXだらけの生活から抜け出せずにいました。
すると、私は中一の冬に初潮を迎えました。
それからは妊娠しないようにゴムを付けてのSEXに戻りました。
それからも毎日SEX漬けで、私の身体は開発されていきました。
私は毎日SEXで気持ちよくなれてすごく幸せな時間を送っていました。
しかし、中三になると私の将来を揺るがす事態が起きました。
父親に、高校に進学せずに子供を産むように言われたのです。
もちろん私は嫌でした。
ちゃんと高校にはいきたいし、まだ子供なんて産んでも育てる自信もないからです。
しかし、私の希望は叶うことなく、その日から兄との生SEXが始まりました。
最後は決まって中出しされていました。
なかなか孕むことがなかったのですが、ついに中三の冬に孕んでしまいました。
中三なので親の承諾なしに堕ろすことはできず、私は高校進学を諦めて父の言う通りに子供を産むことを決めました。
中学の卒業式ではまだ妊娠していることはわからない体型だったので、滞りなく卒業式を終えて私はそれからもSEX漬けの生活を送りました。
妊娠しているのにSEXをしない日は一日もなく、そろそろ危ないかもという時期に入ってようやくSEXなしの生活になりました。
そして私は15の冬に子供を産みました。
女の子でした。
父も兄も大喜びでした。
私は無事に出産を終えて普通の生活に戻り、産んだ子供をちゃんと育てるために育児に励む努力をしました。
そして、時は流れて子供が幼稚園の年少組になると、父と兄は私の娘(以下心優)に私に教えたことと全く同じことを教えていたのです。
私はもしかしたら心優にまで手を出すのかと思い、父と兄にやめてとお願いしたのですが、この異常な家族は異常なまま変わることなく心優まで私と同じ、いえ私よりひどい道を歩ませるつもりでいたのでした。