(お断り)
お話する内容から相当年数経っており、当時はニュースにもならず、かつ自身もアリバイ工作が上手く行った為、極力、事実に沿った内容表記を心がけますので、宜しくお願い致します。
○以下、体験談となります。
当時の状況など、先ず簡単にご説明します。
そのとき私は高校3年生でした。
兄が1人居ましたが既にサラリーマンで、一人暮らしをしていました。
閑静とした住宅地にある我が一軒家には、父と母、そして私という家族構成で、至って平凡な家庭でした。
父はとある外資系企業の人事部長でしたが、
どちらかというと学歴含め有能な方では決してなく、世渡りの上手さとたまたま営業畑にいたとき実績がよかったことで、運良く出世できたのだと自ら語っていました。
ところが、そんなある日、父は不倫をすることになります。
結論だけ先に述べると、人事部長の立場を利用し、採用面接で知り合ったある女性が父にとっての後妻、
つまり、その時点での父の不倫相手だったのでした。(※この辺りの経緯は後述します。)
それ以来、父の帰りは遅くなり、母との関係はぎこちなくなり、最終的に母と離婚してしまいました。
そして、高3の夏休み明けに上記の、新たに採用されたという女性の方が正式に後妻として我が家に招かれた訳ですが、
その第一印象として、
目鼻立ちが坂井真紀に似た美人で、そのとき挨拶程度で後から応接間に顔を出したのですが、いかにも自分好みで心のざわ付きが半端なかったのを覚えています。(正直に言うと、当方、熟女マニアでした。)
興奮と驚きに似た感情に加え心臓の鼓動とで、そのリアクションをいかに隠すかでテンパりまくっていたことはよく覚えています。
それほどの気品漂うスーパー級の熟女というだけありました。
母が離婚して出て行かれ寂しくないと言えば嘘になりますが、むしろ、その心細さを打ち消すだけの後妻の方の魅力がやはり光っていたとしか、今からは言えません。
ソファーに座っているだけで嫌でも目に付く高級パンストに覆われた脚線美、ウェーブかかった髪型もどこかフワッとしていて艶があり、その辺り繰り返しますが、どこまでも気品あふれる美人という印象でした。
簡単にご挨拶した後、にっこり微笑を浮かべて『こんにちわ』と改めて返されたときには、正直、天にも昇るような感覚でした。
『お世話になります。お父さんにいろいろお聞きしています。』
『どうぞ宜しくね!』と、
恭しく挨拶されても、まだ一向に上の空で、
『こんな綺麗な方がずっと家に?』という
夢でも見ているような心境で、
とても現実とは思えず頬をつねったりしていたことを思い出します。
友達にも何人か写真(※これも後述)を見せたのですが、芸能人タイプで言えば坂井真紀というより、高岡早紀といった声もあったほどで、そのあたりイメージの補足とさせて頂きつつも、
芸能人どころでは、正直、比較の対象にもならないというか、友達でさえ、例えようのないような美人であるのを心なしか認めていたようでした。(その辺りもリアクションから何となくわかります。)
さて、そんな後妻に来た、
超美人(以下、名前のイニシャルから”『Jさん』”)
は、家に居ない時間が多く、身の回りの世話を、年配のお手伝いさんを家で雇ってしてもらっていました。
いつの間にかJさんではなく、お手伝いさんが自分の母親代わりになってしまい、想像と現実の違いを思い知らされたりもしました。
やはり、いろいろ勝手に頭の中で想像を膨らませ、期待した自分は肩すかしを食らうはめになったのかもしれません。
現実はそう甘くないと悟るのでした。
また、そうしたこちらの意図を微妙に感づいてか?
Jさんは以後、なぜか自分と目が合うと神経質そうに反らして
不快感を心なしかあらわにするように残念ながらなってしまうのでした。
父の話によると、仕事がかなりハードだから仕方がないとの返答でしたが、
そうした理由を除いても余りあるというか、こちらもおかしなストレスが伝染していくようで、一方で困惑してもいました。
そんなこんなで新年が明け、既に3月に差しかかっていました。
私はその頃、体調を崩して1日、学校を休んでしまうのでした。
といっても、半ば仮病みたいなもので元気と言えば元気というか、その辺り本当に身勝手です。
そして、ちょうど、お手伝いさんが買い物に行く時間になり、私は家で1人残されるという状況でした。
何となく『チャンス』に思え、無意識に布団から出て、2階の父の部屋に移動するのでしたが、2階には父の部屋とJさんの仕事部屋兼寝室がありました。
興味本位で先ず、父の部屋にある本棚を勝手に漁ると、案の上、Jさんに関する資料がいろいろ出てきました。
勝手に読むと、やはり人事部長の父によってヘッドハンティングされ入社されたと知りました。この辺りは大体、推測の通りです。
Jさんに関する履歴書と職務経歴書のようなものがあり目を通すと、
国内の有名女子大を卒業後、アメリカに渡り留学経験もあり、そこでビジネスの基礎を学ばれたとありました。
とにかく、才媛兼備のスーパー級美人という印象を改めて持ち、一層、興味と関心をそそられました。
Jさんは、とにかく他社でも役員秘書などを始め、管理職が多い印象でしたが、
特筆すべきが、Jさんの自己アピール欄には、書類によると
英語が堪能なのはもちろん、
『高校時代にチアガールで全国大会出場&優勝』とあり、また『幼少期からバレエとピアノを習う』などそうそうたる内容で、そうしたお嬢様然とした育ちの良さに加え、
繰り返しになりくどいですが、AAA級の容姿とスタイルで、益々心はJさん
に惹き付けられるように傾倒していく一方でした。
更に書類の束を漁ると、新年度の4月1日付で、
なんとJさんは
”VicePresident(副社長)に昇進”とあるではありませんか!!
一応自分の親でもあるという立場で、何か複雑な感覚に襲われました。
そして、お手伝いさんがまだ帰ってこないことをよいことに、Jさんの部屋にも侵入。
下着類などを興味本位でというか、エロ心が頭をもたげましたが探していると、ふと、収納ボックスの中に『へそくり』があるのを知ってしまうのでした。
その額、およそ”数百万”はありました。
普通の主婦ではないので、その辺りのへそくり事情はわかりかねますが、後日、そのことがある行動に結びついて役立つ結果となるとは、そのとき知る由もありませんでした。
そうこうしている内に、そろそろお手伝いさんが帰って来る頃と思い、見つからない内にと、1階の自分の部屋に戻って横たわると、案の上、タイミングよく、帰ってきたところでした。
お手伝いさんに早めの夕食としておかゆなどを作ってもらい、養生している振りをしていると不意に眠くなり、起きたときは夜の11時過ぎでした。
トイレに向かう途中、廊下で帰宅したJさんにバッタリ鉢合わせです。
何となく気まずいので、軽く会釈しようとしましたが、
Jさんは御機嫌ななめの様子で、私と目が合うや否や、
『チッ!』と思い切り舌打ちしたかと思うと、
当てつけに廊下の床を『ドンッ!』と右足で踏みならすしぐさで、そうして八つ当たりぎみに睨み付けるような態度で返して来るのには閉口しました。
私はいつもなら我慢できました(というか、そもそもJさんを尊敬していました)が、
そのときは理屈抜きに怒り心頭になってしまい、気持ちを整理するのに苦労しました。
そして、心の中で、あろうことが、
『こんな理不尽が絶対にあってはならないっ!!』
『Jさんに仕返しすべく、必ず、この鬱憤を晴らして見せる!!』と、固く固く誓うのでした。
正に、可愛さ余って憎さ百倍というか、可愛いさを通り超して、美の権化ともその象徴とも言われる(個人的な独断にしろ)あの美人のJさんに宣戦布告したのですから、今から振り返っても我ながら大したやつだと思います。
さて、一旦、話が変わりますが、私は高校卒業後、大学にも行けたわけですが、家庭の環境が変わり勉強の意欲も半減したことで、4月から住み込みの工場で働くことになりました。
寮には1週間前から入れ、早めに荷物を送って入寮の予定で、
それまでは父の提案で短期(2~3日)のアルバイトをしたりして過ごしました。
そんな折り、3月中旬にお手伝いさんが体調を崩し入院してしまい、父に聞くと退院まで1ヶ月以上かかるとのことでした。
私はお世話にもなったので、お手伝いさんのお見舞いに父と一緒に行ったりして過ごしましたが、間もなく会社の入寮日を迎えました。
Jさんとの仲は、向こうから一方的にぎこちなくさせられた感じで、どこか厄介でしたが父だけが家を出るときに見送ってくれました。
そのとき、父が私にプレゼントしたい本があるらしく、2階の自分の部屋まで取りに行くと言い、私も一緒に付いていきました。
父が本棚からその本を探している間、ふと、掲示板に目をやると、
そこには、
3/30~3/31まで〇〇出張。
また、3/31~4/1まで〇〇出張とありました。
○○の部分の詳細までは忘れましたが、東京からは距離のあるところだったという認識です。
そして、帰宅は、4/1夜とありました。
4/1と言えば、本来会社がスタートする日ですが、私が入社する会社は4/1が創立記念日のため、4/2が入社日(仕事スタート)となっていました。
私はそこまで予定を把握して、一計を案じました。その為の資金はJさんのへそくり(数百万)を勝手に拝借となりますが・・・。
以前、電柱の広告で、
『何でもやります!例えば人殺しの一歩手前であれば・・・』
『秘密は必ず厳守!誠実対応!まずは連絡を!』
といったような事業者があったのを思い出し、
背に腹は変えられないとの思いで勇気を振り絞って電話すると、意外に丁寧な受け答えで、とんとん拍子に見積もり相談の流れになり、呆気に取られるほどでした。
それは折しも入寮後、3/25頃でした。
電話で指定された場所に恐る恐る行くと、少し怖そうなお兄さんがぶっきらぼうにやってきました。
こちらは、なぜか肚が据わったようで臆することなく、
『思っている考えがあること。』
『資金は相応の金額があること』
という内容を伝え、
そうして、手付け金の5万円を払うとラッキーにも詳細をスムーズに詰めていくことができました。
その内容の詳細とは、ズバリ
『Jさんを辱めに遭わせること』
に、他なりません。
興味本位の思い付きかもしれません。が、心に誓ったJさんに対する愛情の裏返しとしての深い怨念がやはり残っていたのでした。
その事業者との話し合いの詳細は割愛しますが、翌日、再度来て貰いたい旨通知があり行くと、
相手側の提案とこちら側が意見する形で、綿密に青写真がいとも簡単に出来上がったのでした。そこは流石にプロです。
その内容とは・・・
3/31の朝、Jさんが出勤されたのを確認後、合い鍵で4、5人の実行メンバーが家に侵入。
その後、父親の部屋で待機し、夜、Jさんが帰宅後、部屋に戻るや否や、
Jさんを一気に襲い、
クロロホルムで気を失わせた上、そうして翌日の朝まで目隠し状態で緊縛&拘束するというものでした。
依頼費用に100万相当も掛かりましたが、全部、Jさんのへそくりで賄いましたのでそこはへそくり様々です。
さて、それまでの間、出張前の父に『忘れものを取りに行く』と口実をつくり、家に戻って、
合い鍵を作る必要がありました。
また、自分自身の行為が疑われては不味いので、アリバイ工作として、
3/30に隣県のホテルにチェックインし、すべて目的の行為が終わった後、4/1の夜にチェックアウトするという算段でした。
そのホテルの先で何かを買ったレシートがあれば、その時刻の犯行はなくなります。それも、依頼先の誰かが代行してくれるのでした。
そこまで用意周到に準備をして、いよいよ実行当日の夜、Jさんの帰宅を待つばかりとなりました。
父の部屋で暗闇に一堂、身を隠して数時間も待ったでしょうか。
そろそろ、Jさんの帰って来る時間帯と思って待機していると、
玄関から物音の気配が・・・。やがて階段を上がるJさんの足音が静かに聞こえて来るではありませんか。
唾を飲んでそのまま身構え、緊張感が暗闇の部屋中に張り詰めるようでした。
Jさんが着替えもせずそのまま疲れた表情で部屋の扉を開けるのが、わずかなドア隙間からも見えました。
忍び足で2人が先ず、部屋に侵入。緊張感が最高にマックスの状態でした。
すかさず、Jさんの口をふさぐ2人。Jさんは『キャーッ』という驚きに似た大声を発したかと思うと、
鞄を床に落とし、クロロホルムで眠らされるのに時間はそれほど掛からなかった感じでした。
続いて、他のメンバーも眠らされたJさんの元に計画を実行すべく駆け寄ります。
そのとき、Jさんはニット生地のベージュ色のエレガントなワンピース姿(ちなみに膝丈)にジャケット風の濃紺のカーディガン、ピンクのショールをまとった出で立ちでした。
が、あっという間にスカートがまっ先にまくられ、パンスト越しのパンティ(ちなみに純白)が露わになったと同時に、クロロホルムが十分利いていたのか?目を覚まして、またも『キャーッ』と、慌てふためくJさんの姿が視界に入りました。
実行責任者のAさんから、
『あとは我々に任せて』
『終わったら知らせるので、それまで部屋で待機していて』
と告げられ、仕方なく、部屋に舞い戻るもの、
しかし、スカートをめくられ、純白のパンツを晒したJさんの窮地に陥った姿を見て、興奮冷めやらずの状態なのは無理もありませんでした。
私は、呆然と、
『Jさんのパンツが見えた!』とか、
感激の余り、つぶやいていたみたいです。
熟女マニアと同時に、私はパンチラフェチ、または下着フェチという自覚が強くあったわけでした。
そして、幸運にも、依頼した事業者は私の性癖まで理解して頂いた上で、
『目隠し、緊縛、etc』にしろ、実行に移してもらっているようで心強くもありました。
やがて、Jさんの声なき声、反抗の気配も少しずつしなくなったと思い、勇み足で現場(隣室ですが)に向かおうと思った矢先、責任者のAさんが、
『実行、完了しましたよ。』と律儀にも告げにきたのでした。
書類にサインをすると、何ごともなかったように、そのままメンバー
一堂帰って行くのを玄関先まで見送り、ダッシュでまた2階のJさんの部屋に様子を見に直行すると、
なんと、Jさんの姿は部屋の中には見当たらず、
よく探すとベランダにて、自動点灯の照明にライトアップされる形でその姿は見いだされたのでした。
十分な広さがあるベランダには人口の芝が一面に敷き詰められ、体操の段違い平行棒を模したような高さの不揃いな、それでいて、竿(棒)との間隔がそれぞれ1メートルほどある、物干し竿があったのですが、
口をテープでふさがれ、厳重に目隠しされた挙句、
両手を高い段の竿(棒)に縛り括られ、ちょうど太腿の付け根の辺りで低い段の竿(棒)が支える形で、
見ると両足のつま先が床面(人口芝)に着地せず、宙ぶらりんの状態で吊されていたのでした。
手が縛られた竿(棒)部分と、物干しとで、ずれないように(外れないように)これまたしっかり紐で固定されて、見事な緊縛ぶりです。
Jさんが身につけていたカーディガンとショールは無造作に部屋に投げ捨てられ、一旦、捲り上げられたスカート部分は臀部のパンツが露わになるまで完全に腰まで捲り上げた状態で、阿吽の呼吸でこちらの意図がしっかり伝わっていたのには感激しました。
ちなみに、足の太腿の付け根部分も、勝手に竿(棒)とでずれたり、外れたりしないように、同様にしっかりロープで固定されていました。物干しに至っては、はずみで倒れないように、重しで固定されてもいました。
そうして、ライトアップされ、高々と下着に覆われた臀部を持ち上げるように誇示するかのごとく、目隠し&口封じ状態で宙づりされ縛り付けられてしまった美人のJさん。さぞ、悔しかったでしょう。
露わになったJさんの後ろ姿とモロパンはいつまでも見ていて、
飽きずに興奮をもたらし、数十分はそうして呆然と眺めたり、Jさんの体に自由自在に(下着の上からでも)タッチしたり、籾くだしたり、叩いたり、やりたい放題を狂乱の境地で楽しんでいました。
気がおかしいと思われそうですが、人間、何らかのフェチであり、そうした行為にそのときは完全に嵌まっていました。
Jさんの部屋に戻ってソファーに腰掛け、そのまま窓越しに苦悶に満ちた表情でJさんのパンツ露出の恥ずかしい姿を眺めるのもまた何とも言えない爽快な気分でした。
3月末とはいえ、時期にしては夜間は寒さもあり、そうしてベランダ側の窓を自分は閉めるのですが、Jさんはというと、寒空の元、カーディガンも脱がされ、そうやって縛り付けられたままというのが、一層、SMチックでそそりました。
尚、ベランダと言っても、小高い丘の上にある家なので、だれも他に見る人はいません。
それがJさんのせめてもの『救い』かもしれません。
そうして、頭の中が脳内メーカー的に、Jさんの屈辱シーンを堪能することで占領されていると、熱狂と興奮が混ざったような感覚でまた眠くなりました。
数時間は仮眠したでしょうか?
起きてベランダを見ると相変わらず、目隠し&口封じの挙句、物干し竿(棒)に宙づりにされ、スカートを捲り上げた状態でライトアップされたパンツを晒し続けるJさんの姿が依然とありました。
ベランダに出て側に寄ると、縛られながらも、両手の拳を開いたり綴じたりを繰り返し、何かを訴えているようでした。かなり体力を消耗したようで呻き声も限りなく力なく発す弱々しく発するJさんの姿には、同情の気持ちが湧いてきましたが、かといって、そこで開放するわけにはいきません。
それでも、心なしか『お助けくださーい!』と声にならない声で呻いているようで、流石に不憫な気持ちに徐々になって来ました。
余程、自己の行為だと白状して助けて上げようかと悩みましたが、そのとき、尿意を催し、タイミングもわるくトイレに直行するのでした。
そして、Jさんが自分を思いきり怒らせた原因となる行為”例の床を当てつけに『ドン!』と踏みならし、加えて舌打ちで睨み付けるような・・・”の記憶がまたむくむくと蘇り、『開放』をギリギリのところで思いとどまるのでした。
Jさんの鞄から手帳を盗み見ると、4/1(日付が変わって、既にその当日)
のスケジュールは、
8:30~
『VicePresident(副社長の意)就任式』
9:00~
『社員への教訓とメッセージ@プレゼン』
分刻みで、新社長と会談。各事業所を回って社員を励まし、VicePresidentの立場で社長に代わって新入社員にメッセージ、etcと、
午前も午後も予定がびっしりで、更に夜も歓迎パーティーなどスケジュールが目白押しとなっているのがわかりました。
このままだと、夜間にご主人が帰宅するまで、ずっとスカートを捲られた状態でパンツを高々と誇示し続けるのかと思うと、また心の葛藤が生じるのでした。
どうしたものかとうろたえていると、いつの間にか夜明けが近づいてきて、ベランダに戻ると、何とJさんがおしっこを漏らされ、パンツと人工芝の床面が濡れていたのに気付きました。そういえば、さっきから、そういう状態だったかなと?
よりによって両手を万歳状態で、更に下半身をアピールするように、段違いの竿(棒)でいびつな形で縛られ、そうしてパンツを晒して、おしっこまで漏らして・・・。
心情を察するに余りありましたが、なぜかそのとき”愛のムチ”という言葉が脳裏にひらめき、お仕置が必要なのかと・・・
そう思うと今度は、無言で呻くJさんの意図が、上から目線の”舌打ち”にあったと、やっと内省の形で悟ったとの考えに勝手に至り、Jさんの臀部を下着の上から布団叩きの棒で思い切り力を込めて年度も『バシッ!』と叩いてやるのでした。
Jさんの屈辱と無念と、そして疲労と狼狽ぶりが痛いほど伝わってきます。
ですが、いくらお仕置を受けても、叩かれ続けても力なく呻きに似た声を漏らすのがやっとのJさん。
これでは、今から開放して上げて会社に行ったとしても、とても任務を遂行するどころではないと判断し、そのままパンツ露出状態で吊しておくのが一番よいとの結論に最後に至ったのでした。
そうこうして、朝、太陽も昇り、8:30を優に過ぎているのに気付きました。
会社での予定がいろいろ入っているはずです。案の上、それらしき会社からの電話のコールが何度も1階から聞こえてきました。
ドアとベランダを開放している分には、Jさんの耳にもそうした事情、都合は届いていると思います。
せっかくの”VicePresident”(副社長)としての節目の日に、
予定では10時間もそのお祝い含め、任務が入っていたというのに・・・。
現状は10時間もの間、パンツを宙に突き出しぎみに、そうして不格好な状態で吊された挙句、目隠しされ、口もふさがれて、一向に晒し続けることしかできない不憫なJさん。
ベランダに戻ると、吊り下げられながらも寝てしまったようで、どこまでも反省の色がないJさん。半分は同情するが、半分は身から出た錆というやつだ。
いっそ気合いのビンタをJさんの両頬にお見舞いして起こして上げたほうが教育的でよいのかどうか?
その前に、パンストと下着を少しずらして、おもらしでまだ湿っているマン毛とやらをを数本抜き、記念に持ち帰ることを決意。
Jさんがもがき疲れ、ベランダの自動点灯のライトアップに変わり、お日様が変わってその屈辱の姿を照らすのを目に焼き付け、その現場を後にすることにしたのでした。
帰る際、
『ご主人が帰って来る夜まで、そうやって耐えなさいよ』との、励ましの意味を込め、Jさんの両頬にビンタのお見舞いをして、更に髪を掴んだまま、突き上げた臀パン(臀部を覆っている下着)ごと、これも思い切り拳で殴りつけ、自戒と希望につながる忍耐を呼び覚ませるのでした。
帰り際も1階で電話のコールがずっと鳴り続いていました。
復讐するはJさん自身にあり。Jさんにしてみれば、授業料の高い教訓にでもなったでしょうか。
高慢ちきの、美貌の”VicePresident”気取りを有無を言わさず懲らしめた思い出は、今も複雑な感情と共に自己の脳裏にしっかりと刻まれています。
ということで、ささやかな(長々とした?)個人的な体験談を終わります。