今47歳で、高校教師をしています。
実は今日投稿するのは、私が23歳で新任で教師になった頃のことです。
昔のことではありますが、興味をもたれた方はお付き合いください。
私の最初の赴任した高校は女子高から数年前に共学に変わった学校でした。
赴任したときでちょうど3年目で、1年から3年までようやく男子生徒が在籍したばかり。
割合的には、2:8で圧倒的に女子の多い学校でした。
その学校は部活も盛んで、水泳部もそのうちのひとつでした。
私は中学の頃から水泳を始めていて、高校時代は地域の県大会で決勝に残るくらいでした。
大学もどちらかというと、水泳で進学できたくらいでした。
そんな私でしたので、赴任して水泳部の顧問に指名されたのはある程度当然の成り行きで、自分でもこの学校が水泳が盛んなことも知っていたので楽しみにしていました。
(もちろん純粋に水泳部で教える事を楽しみにしていました)
当時、女子部員が20名以上。
男子部員はさすがに入り込めなかったのか0名。
顧問の先生も、32歳の女子の先生(まあ当然といえば当然)という女子だらけのクラブでした。
もちろん、私が顧問になったことで、1年生だけでなく、水泳をしたかった2年生も数名男子部員が入部してくれ、学校側も、私が顧問になったことを喜んでくれていました。
そのころの主流の競泳水着は、男子は「ブーメランビキニ」でした。
もちろん私も例に漏れずそうでした。
大学時代に使用していた水着で、最初の頃は指導していました。
そして、5月に入り新入部員全員で、試合用の水着を注文することになりました。
男子部員でカタログや見本を数パターンもらい、気に入ったデザインのものを注文しました。
そのときに、女子顧問の先生より、私も一緒に揃えたら?と提案されて、みんなと一緒に私も注文したのです。
2週間後、男女新入部員と私の水着が届きました。
顧問の先生(仮名有紀子先生)より1人ずつ渡されて、更衣室に戻り、着替えて出てきました。
そして最後に私も渡され、有紀子先生に促され、せっかくだし全員で着用して、記念撮影しようということに。
私も、男子部員は記念すべき1年目だしそれもいいかもと思い、更衣室に戻りました。
自分たちで選んだデザインでしたので、私も期待しながら着用しました。
それが、なぜか想定より窮屈なサイズ感にかなり戸惑いました。
いくらブーメランビキニとはいえ、過去にこんなサイズ感で履いたことはない感覚でした。
1度脱いで、サイズを確認すると、間違いなく「L」の表示。
しかしよく見ると、ジュニアサイズの文字が…。
もう一度履き直してみると、特に股間の窮屈さが半端ないことに気づきました。
いや、ひょっとすると、何かの拍子に「ポロリ」すること間違いなしでした。
前を気にして上に上げるとヒップが下がり、通常でもヒップの割れ目がギリ出るか位なのですが、明らかに1/3くらい「ハミケツ」しているくらいでした。
おまけに、この格好で20人の女子部員の前に出ないといけないことを想像した途端、私のチンコが過剰反応し、顔を出しそうなくらいでした。
私は、とりあえずチンコだけは「ポロリ」してはいけないと思い、「ハミケツ」をあきらめ、前をできる限り隠すことにしました。
時間にして10分くらいは経っていたと思います。
「博史先生!もう着替えできましたか?みんな待ってますよ!入ってもいいですか?」
外から有紀子先生の声が。
「もう出ますから!大丈夫です!」
そう言ったはずなのに、有紀子先生はノックすると更衣室へと入ってきた。
「あら!博史先生!すごくかっこいいじゃないですか!やっぱり、選手だと水着の着こなしもぜんぜん違いますね!」
「あのう…これで、サイズ合ってますかね?注文したサイズと違うような気がするんですが」
「そんなことないですよ!先生がご注文されたサイズです。何か問題でも?」
「いや…。それならいいのですが…。少し小さいような気がしまして…。」
「あっ!先生そういうことですか?それって、水着が小さいと言いながら、私の『あれ』がでかいアピールですか?先生女子の前でそれ大きくしたらだめですよ!」
「そんなつもりはないのですが…。」
なぜか言えませんでした。
明らかに、有紀子先生が注文ミスをしていました。
今思えば、そのとき、小さい水着で恥ずかしい思いより、ひょっとしたら、有紀子先生が言う通り、「私のチンコはでかい!」アピールを期待していたのかもしれません。
話は逸れますが、中学のとき、水泳を始めた頃は水着姿が恥ずかしくて泳ぎに集中できませんでした。
それは、当時の同級生と比べて明らかに私のチンコが大きかったからでした。
中3の先輩にもよく
「お前、練習中になに大きくしてるんだよ!小さくしてこいよ!」
とよく言われていました。
男子部員何人かで、比べたこともありました。
すると、みんなは勃起すると、15センチとかになるやつもいたのですが、大体は10センチくらい。
対して私はというと…通常時ですでに15センチ近くあり、勃起させると20センチ。
しかも長さだけでなく雁首も太く、あと、金玉までもが明らかに違っていました。
それで、中学のときつけられたあだ名は「ジョージ」。
英語を習い始めて、とっさに出た外人っぽいあだ名で、要は中◯生なりに外人はあれが大きいという判断だったと思います。
もちろん、中学時でそれでしたので、23歳になったときの私のチンコはというと…。
自分で言うのもあれですが、雁首の張りと、陰茎の太さは正直、自慢でした。
ただ、それがなぜか中学のときのあの頃のように、急にこの状態が恥ずかしいと思えていたのも事実でした。
話は戻りますが、有紀子先生に促された私は、思い切って、何もなかったかのようにみんなの前に出て行きました。
正直、左右の足を交互に前に出すたびに、私のチンコが右に、左に揺れ動き、いつは乱すか位の勢いだったように思います。
「博史先生は、中学から水泳をされて、輝かしい実績があります。皆さんも博史先生にいっぱい教わって、先生のような水着の着こなしができるようになってね!」
有紀子先生に改めてそんな紹介をされて、ますます恥ずかしさが増します。
「博史先生!その水着って、サイズそれで合ってるんですか?」
3年の女子が質問してきます。
「真紀さん!それ失礼ですよ!水着が小さいわけじゃないの!わかる?」
「有紀子先生も、そんなんじゃわからないです!今まで男子がいなかったわけだし。わかるように言ってください1」
「真紀さんったら、意地悪ね。博史先生は、ほかの男子部員と違って大人なの!これ以上言わさないでよ!」
私はもう恥ずかしさを通り越して、その場にいられないくらいでした。
しかも、恥ずかしいと思えば思うほどに、チンコは反応し、水着の中でますます熱く腫れ上がりました。
「もういいでしょ!みんな!さあ、練習しましょ!」
有紀子先生の合図で練習は始まりました。
練習が始まると意外と気にならなくなり、時間が過ぎていきました。
しかし、練習が終わると、ふと自分の股間を見た瞬間に思い出し、恥ずかしさがこみ上げてきました。
「有紀子先生、もう一度私のだけ注文できないですか?少し気になって指導に力が入りません。」
「だって、博史先生。さっきはちょうどいいっておっしゃったでしょ?それか、練習前に先生ご自分で、その後自慢のものを小さくされてから練習されたらどうですか?それか、私が手伝いましょうか?」
「有紀子先生?何を言っているのかお分かりですか?それでしたら、大丈夫です。私これでいきますから!」
「わかりました!じゃあ、それでいくんですね?」
そういうと、更衣室の扉に近づき、有紀子先生は鍵をカチッとなぜか閉めたのです。
「私着替えますから、有紀子先生出て行ってもらえますか?」
「いいえ、出て行きません。この学校はつい最近まで女子高でした。水泳部に至っては今年が始めての男子部員に男子顧問です。高◯生は多感な時期ですし、その女子部員を前に、博史先生が毎日そんな卑猥なものを見せ付けるなんていけません。私の目の前で博史先生のチンコ見せてください!今後先生が女子部員の前に立っていい方かどうか、私が見極めます。」
「先生!失礼ですが、チンコの大きさは関係ないでしょ!水着を大きくしてくれればいいだけです。」
「博史先生!早くしてください!見せるだけでいいんですよ!つべこべ言わないの!」
旧に私も、そういわれて、そうなのかなと思うようになり、水着に手を掛けズリ下げ始めました。
そう、再び、自慢の大きいチンコを見てほしい欲求のほうが高まってしまったのです。
「イヤッ!すごい…。」
「どうですか?有紀子先生…。これが私の問題のチンコです。どうせなら、先生がもっと気持ちよくしてくれれば、もっと大きくできますよ!」
「うそっ!まだ大きくなるの…。」
そういうと、有紀子先生は私の前に立てひざになると、チンコをおいしそうに咥え始めました。
「私だけ恥ずかしい格好するのずるいです。先生も見せてもらいますよ!」
そういって、私も空いた手で、有紀子先生の水着を肩からズリさげ、豊満なおっぱいをさらけ出した。
もうなるようになれ!という状況でした。
有紀子先生のフェラに私のチンコも応えて、最高潮に達したのです。
「博史先生のすごいのぉ!私のマンコで最終テストしちゃうから!入れてみて!」
私の20センチ超の大砲を有紀子先生の中に…。
「こんなの…。初めて…。こんなの…女子生徒に見せちゃ…だめっ!私が、毎日先生のこと小さくしてから練習しましょう!いいでしょ?先生!あっっ…。もっとちょうだい!」
もちろん、この後、1回で収まるわけもなく、3度も、有紀子先生の中に大量に精子を流しこんだのです。
有紀子先生は逆に私のチンコ奴隷に成り下がりました。
しかし…。
その行為の一部始終を、外から部室のわずかな窓の隙間からのぞいていた人物が…。
練習始まりに、私に質問した3年の真紀だった。
この続きはまた時間があるときに…。