ゆいさんとの朝エッチは、雨の日以外は毎日続いた。
生理の4日間だけは、口だけでしてくれた。
パンツの中に手を入れるのもNGだったが、生理が終わって3日間は中に出させてくれた。
ゆいさんのおばさんはゆいさんが3年生になるころ、市内にある水産加工場に転職したため、シフト勤務で週に2度の夜勤があり、ゆいさんは俺の家に泊まりに来たり、俺が泊りに行ったりする機会が増えた。
どちらかと言えば、泊まりに来ることが多かったが、俺は一緒にお風呂に入れるし、同じ布団で寝られるし、何より疲れきるまでエッチができるので、ゆいさんの家に泊まる方が断然よかった。
だがクリスマス以来で俺の家に泊まった時に、一度だけ夜に布団でセックスしたことがあった。
その日はお母さんの誕生日で、ゆいさんが刺身とワインを持ってきてくれた日だった。
お母さんは上機嫌で、ワインと発泡酒を飲み、酔い潰れてしまった。
二人でお母さんを布団に寝かせた後、コップに残ったワインを飲んでみた。
ちょっと酔った俺は、ゆいさんの過去を聞いてみた、ゆいさんも少し酔ったせいか、以前の生活や、親友のみっちゃんの事、お父さんやみっちゃんに裏切られた事、少しづつ目を潤まさせ色々話してくた。
前に書いた通り、ゆいさんと、叔母さんの前で、みっちゃんのオマンコから引き抜いたお父さんの勃起したペニスから、みっちゃんの頭までスローモーションのように飛ぶ精子が目に焼き付いている。
同級生の女子と仲良くしてるときや、お父さんに似た男の子を見た時に、あの時の光景が思い出され、頭が真っ白くなると聞いた時、俺は思った。
傍からみたら、小学3年生を誘惑する中学1年生の女の子はロリコン予備軍に見えるかもしれないが、ゆいさんはロリコンと言われる部類や、小児性愛者では決してない。
みっちゃんに女の性に目覚めさせられた普通の女の子で、普通に男性を求めている。
だが、二人によるトラウマが原因で、男のいやらしさが無い世代まで恋愛対象が遡ったのだ。
清楚なゆいさんと淫乱なゆいさんの二面性は、それだけ心に負った傷の深さの現れだと思った時、あまりにも愛おしくて、そのまま布団で愛し合った。
余談だが、ゆいさんのおばさんは時々工場で出たはね品を持って遊びに来るようになっていて、ある時の会話で、俺のお母さんが「ゆいちゃんは、学校に好きな人とか居ないの?」と聞いたことがあった。
俺は(何言い出すんだよ)と思いドキッとした。
「好きな人はいません」とはっきり答えたゆいさんに、「ゆいちゃん人気あるでしょう?結構ゆいちゃんの事を好きな子いるんじゃない?」とお母さんが更に聞いたので、俺が「そんなこといいじゃん」と言うと、ゆいさんのおばさんも「誰に似たのか、この子奥手で、友達も少ないみたいで少し心配してるのよ」と言った。
「あらっ、子供会では小さい子に人気あるでしょう、将来は保育園の先生かな?」と言う俺のお母さんに「学校には居ないけど、好きな人は居ます」とはっきり言うゆいさんに(自分だよな)と思いながらドキドキしていると、ゆいさんは続けて「将来の夢は、そろばんの先生とター君のお嫁さんかな」と笑顔で言った。
2人は一瞬固まってから、笑い出し、「何言ってるの、この子は」と言うゆいさんのおばさんに、「おばさんは大賛成よ、ゆいちゃんならすぐにでも・・・でもたかしのお嫁さんにゆいちゃんは勿体無さ過ぎよ」と言った。
俺は照れて赤くなり、お母さんに冷やかされた気がするが、二人の本当の関係を知らないながらも、そう言ってもらえたことが嬉しくて、その夜はなかなか眠れなかったことを覚えている。
夏休みになり、ゆいさんは中学生最後の大会に向けての練習も多くなったが、俺たちは少しでも多く二人の時間を作るように努力した。
ある晴れた日、俺たちは遠くの薬局に行った。
当時は今のようなドラックストアは無く、コンビニもセブンイレブンが市内に2件有るだけの時代で、たばこの自販機の横にはコンドームの自販機がよく見られた。
しかし自販機のコンドームは2個400円と高値の花もいいところだったので、薬局の3ダース1000円のコンドームを買いに行ったのだ。
当時はある意味良い時代で、たばこやお酒も「お使い」と称して小学生でも買えた時代である。
ゆいさんが薬局に入り、生理痛の相談をしながらリサーチをし、紙にお使いリストを書いて、それを持って俺が、薬局のお姉さんに「お母さんのお使いで、お店の人にこれを見せて買ってくるように言われた」のようなことで、コンドームを手に入れた。
たまたまセールになっていて、4箱1000円だったことに飛び跳ねるように俺は薬局を出て、ゆいさんのもとに走って言った。
ゆいさんは期待に胸と股間を膨らませて家路を急ぐ俺を、通り道にあった公園に誘った。
早く帰ってコンドームを使ってみたかった俺は、「早く帰ろうよ」と言ったが、「少しだけ」と言うゆいさん負けて公園に入った。
その公園は団地の公園の10倍以上大きかったと思う。
遊具も沢山有り、中でも目を引いたのはタコ型のコンクリート製滑り台で、裏側から階段を登り、頭の中に入ると左右に出口が有り、それぞれ2m程の通路と前と横に滑り台がついていた。
ちょうど12時のチャイムが鳴った後だったので、公園には遠くのベンチに新聞を読んでいるおじさんが、一人いるだけだった。
ゆいさんの後を追うように階段を登る俺の目に、ミニスカートの下からゆいさんの真っ白なパンツが飛び込んできた。
薄暗くなっているタコの頭の中で(チャンス)とばかりに、ゆいさんに抱き着き胸を揉むと、「こっち」とゆいさんが右側から外に出た。
前向きの滑り台と右側に滑る滑り台の間の通路は、左右に俺の胸位までコンクリートの壁(小さい子の転落防止と思われる)が有り、かがんだだけで周りから見えなくなる。
ゆいさんが右を選んだのは、左側の通路の先は道路に面しているが、右側は木々に囲まれていたからで、そこはほぼ死角になる空間だったからだ。
そこで二人で茶色い紙袋からコンドームを一箱出して開けた。
ゆいさんが説明書(コンドームと同じサイズに四角く折られていた)を読んでいる時に、俺は勃起したチンポを出してゆいさんのミニスカートの中でパンツに擦り付けた。
ゆいさんが、振り向くとコンドームを一つ手に取り、袋を開けて取り出した。
「こうだと思う」と言いながら、コンドームを装着、裏表を間違えることなく、ゆいさんの細い指が根元までコンドームを下ろしてくれた。
初めてのコンドームはゼリー付きで少しぬるぬるとしていた。
俺はゆいさんのパンツを脱がせて胸のポケットに入れた。(すでに俺のズボンは膝下でポケットがどこにあるかわからない状態だった)
野外プレーで定番の立バックでゆいさんのオマンコにチンポを挿入した。
ゼリーにせいか、ゆいさんが濡れていたのか、俺のチンポは一気に根元まで吸い込まれていった。
ゆいさんは壁の上で腕組みをして、その上に顎を乗せて、公園内を見渡す格好をしている。
俺の位置からは、公園の様子がわからないが、下から見ても、女の子が、もたれ掛かって高いところから遠くを見ているようにしか見えないだろう。
俺のピストンが早くなると、ゆいさんは押し殺しながらも声を漏らした。
俺はブラのホックを外すと、そのまま後ろから、両胸を揉んだ。
俺のピストン運動はさらに早くなり、ゆいさんが「あ~~~」と長い声を出した瞬間に、初めてコンドームの中に発射した。
少しして、ゆいさんは俺のチンポを抜くと振り返り、しゃがんでコンドームを外した。
その時に初めて、俺たちはコンドームがどんな形をしているのかわかった。
俺の精子はさっきっぽの小さなふくらみには入りきらず、亀頭の部分の1/3位まで溜まっていた。
ゆいさんも初めてのはずだが、精子がこぼれない様に器用にコンドームを縛った。
ゆいさんはそのまま咥えて、俺のチンポを隅々まで奇麗にしてくれた。
そのあとは俺がゆいさんのオマンコを指で刺激し、オッパイ・クリトリス・オマンコと俺はむしゃぶりついた。
どの位ゆいさんの体を舐めまわしていただろう、公園に戻って来た子供たちの声が聞こえて来たので、身支度をして滑り台を降りた。
するとゆいさんが「ター君」と呼んだが、俺は滑り台を滑った勢いで、10m位走ってから振り返った。5~6人の子供たちが滑り台の周りに集まっていた。
「お姉ちゃん早く行ってよ」と女の子に言われ、ゆいさんはスカートを抑えて恥ずかしそうに滑った。
その時気が付いたが、ゆいさんのパンツは俺の胸ポケットから顔を出していた。
それから20分位先にある公衆トイレのある公園まで、ノーパンミニスカで歩くゆいさんの表情に、立ち続けながらも、ニヤニヤしながら手を繋いで歩いた。
コンドームが一箱無くなった頃、(買ってから4日目だった)その日は河原で写真を撮った。
今では考えられない人も多と思うが、その頃アナログ期で写真はフイルム式のうえ、写真屋さんで現像するまで、どう写っているかわからなかった。
写真屋さんもヘアーやマンコが写った写真はプリントしてはくれなかった。
もちろんビデオカメラなど、テレビ局か超金持ちしかもっていない時代だった。
それでも今と違ったのは、盗撮本が人気で(アクション写真)として、パンチラ写真が横行していた。
俺はお母さんが会社のボーリング大会の賞品で貰って来た、カメラと24枚撮りのカラーフイルム3本を持ってゆいさんを連れて河原に来た。
一本目はゆいさんを撮っていると、あっと言う間にとり終えた。
ゆいさんが言うので、二本目はお互いに写し合った。
一眼レフではないので、鮮明とまではいかないが、広角で失敗の少ないカメラだったので、さらにあっと言う間にフイルムがなくなった。
最後の一本をカメラに入れて、ゆいさんに「ゆいさんのヌードが撮りたい」と言うと、「いいけど、カメラ屋さんに見られるのは嫌だな」と言われた。
少ししてから、「中学校にある写真部は自分たちで、現像ができるって言っていたな~」とゆいさんがいったので、「俺が中学に行ったら写真部に入って自分で現像するから、それまで秘密の場所にしまっておくから」と頼み込んで撮らせてもらった。
橋脚の影でゆいさんは全裸になった。
相変わらず下の毛は薄いが、Cカップの胸や腰のくびれもバランスが良く(これって本当に俺とエッチしてる人?と思え)、ゆいさんを妖精のように思っていたころを思い出した。
お尻も可愛く、特に体を捻ったポーズはグラビヤ並みだったと思う。
何枚か取った後、ゆいさんのM字開脚と指でオマンコを開いた写真を撮った。
俺はカメラ置き、ゆいさんのオマンコに入れた。
コンドームを持ってきていなかったので、外に出すからと言って、深く差し込んだ。
屋外でのセックスも沢山してきたが、全裸での屋外セックスは初めてで、興奮の余り少しだけ中に出てしまった。
その後いつものように口で舐めてくれるゆいさんも写真に撮った。
ゆいさんのオマンコから、コンクリートブロックに俺の精子が滴り落ちた。
俺はゆいさんの頭を押さえ。そのまま口に2度目の射精をした。
帰り道「絶対にター君一人で見てよ」とゆいさんが言った。
お母さんにはフイルムを一本落としたと言って、2本だけ写真屋さんに出してもらった。
三日後にお母さんが持ち帰った写真のゆいさんは、やっぱり妖精だった。
お母さんが「この写真素敵ね、ゆいちゃんって本当に可愛いわね、たかしのお嫁さんに来てくれたら、お母さんいつ死んでもいいわ」と言うので、俺は「お母さん方も一緒に居た方が楽しいじゃん、そんなに早く死なれたら困るよ」と誇らしげに言った。
「その自信がどこから来るか知らないけど、一度嫌われたらお終いだから気を着けなさいよ、本当にあんな子そうそう居ないからね」とお母さんは本当にゆいさんを気に入っていることがわかった。
俺は幸せの絶頂に居たと思う、ただ、絶頂に居るということは、あとは落ちていくしかな事を考えもしなかった。