母親が病でこの世を去ったのはいつ頃だっただろうか?
幼稚園に通っていた時には僕には母親がいないとわかっていたと思う。
父親の両親とは疎遠だったのか母の両親と一緒に過ごしていることが多かったと思う。
厳格な祖父と一歩も二歩も下がっている祖母に面倒をみてもらっていたが、幸いにして母の妹である叔母がいたことも幸運だったのかと思う。
何となく最も古い記憶は父に連れられて訪れた時だったが、おそらく叔母は中学生だったかと思う。
反抗期の叔母は少し素っ気なかったが何となく遊んでくれたと思う。
『叔母』はとてもよく面倒をみてくれた。
料理も作ってくれて食べさせてくれたし、悪戯して祖父に怒られた時もかばってくれたり頭のあがらない存在になるのに時間はかからなかったと思う。
ただ叔母さんがどうしても許さなかったことがあったそれは『叔母さん』と呼ぶことだったと思う。
不用意に呼ぶようならものすごく怒られた気がする。
なので今までずっと『お姉ちゃん』で年齢を重ねてからは『姉さん』と呼ばされていた。
僕は幼稚園に通っていたので祖父母のどちらかがほぼ迎えに来てくれていた。
ただどうしても祖父母のお迎えが難しい時があった。
田舎だったのでみんな考えが緩かったのか一人で帰る時があった。
そんな時の僕は冒険しているようで、寄り道などをしていた。
少し違う道を歩いて、乳牛舎で牛をからかって遊んだり、夏は川で遊んで帰った。
遊び過ぎて時間が過ぎてもどこからか会った人が声をかけてくれたから比較的安全だった。
しかし僕は知らなかったが流石に幼稚園側が難色を示しはじめて、大人たちがさてどうしようかということになったらしい。
そんな時に近くにある会社の社宅に、当時転勤で引越してきたばかりの小林くんという子が住んでいた。
そのお母さんがお迎えと祖父母が帰ってくるまで預かることを申し出てくれたようだった。
これはその頃のお話です。
小林くんのお母さんははっきりはわかりませんが30代前半くらいで、肩くらいまでのショートカットで某元アナウンサーにそっくりだったと思います。
服装もスカートにブラウスやロングTシャツなどで色は昔の国営アナウンサー(ごめんなさい)のようだったと思います。
僕の共有を哀れに思ってくれていたのか、とても優しくてよくクッキーやパンケーキなどを焼いてくれました。
僕も小林くんとはよく遊んでいました。
田舎特有のコミニティで引越してきたばかりの小林くんはなかなか友達ができなかったようでした。
そんな時に僕はよく声をかけて地元組と引越し組をよくとりもつ立ち位置だったと思います。
ただそんなことはまったく気にせずに僕は小林くんと遊びたかったから遊んでいました。
小林くんは裕福だったのか僕の持っていないおまちゃやゲームなどを持っていたし、とても気のいい性格だったのもあります。
なので一緒に帰ることのできる日をとても楽しみにしていました。
そんなある日急に祖父母が迎えにくることができなくなった時があったのです。
祖父は何かの会合が入り、祖母もお稽古事で泊りがけでお出掛けしていましたし、叔母も部活が忙しい時でした。
幼稚園の先生が父に連絡をとったようで、電話口で話しましたが「一人で帰れるから大丈夫」と答えたのを覚えています。
心配そうにする先生に見送られましたが、僕は久しぶりの冒険だと思い途中で木の棒を拾って背丈の高い草を薙ぎながら歩いていました。
久しぶりに川原へおりると珍しく魚群をみつけたので、石の上に乗り棒で魚群を追い回すように水面を叩いて遊んでいました。
そんな時に後ろから声がしたのです。
振り返ると小林くんのお母さんが僕に声をかけていました。
どうやら危ないと声をかけているようでしたが、風の音に遮られて聞こえませんでした。
小林くんのお母さんがこちらに駆け寄ってきたので、僕も川原へ戻ろうと別の石に足をかけた時です。
ふいに石が動いて僕は転んで川へ落ちてしまいました。
幸いにして膝下までの深さだったので、腰をついてもお腹までですみました。
近くへきた小林くんのお母さんは焦った感じで「大丈夫?!」と声をかけてくれました。
「はい…濡れちゃいました」と答える僕を引きあげてくれると「頭とか打ってない?」と体中を調べてくれました。
「大丈夫です…はっくしょんっ!」と答えると同時にくしゃみをしてしまいました。
「ほら、早く脱いで!」と小林くんのお母さんは家に連れて帰ってくれると玄関で濡れた服を脱ぐように言われました。
何となく女性に裸をみられることが恥ずかしいと感じてきていたので、戸惑っていましたが風邪をひくからと僕は丸裸にさせられてしまいました。
股間を隠しながら小林くんのお母さんに背中を押されながらお風呂場へ案内されました。
わざわざお湯を張ってくれたようで浴槽からは湯気があがっていました。
祖父に体を洗わないと浴槽にはつかってはいけないと言われていたので、僕はシャワーを使わせてもらうことにしました。
水からお湯へシャワーがかわると頭からシャワーをかけました。
体も洗わないといけないよなと思いましたが、小林くんのお風呂場には石鹸がありませんでした。
何個かボトルがありましたが、以前に叔母のボトルを不用意に使用して怒られたことがったのでどうしようかと迷っていると脱衣場とを隔てる扉が開く音がしました。
扉のあるほうへ振り向くと一糸纏わぬ小林くんのおかあさんが立っていました。
「自分で洗えるなんて偉いね」と微笑む小林くんのお母さんの胸はCカップくらいで下腹部と腰回りは少しぽっちゃりしていていましたが十分引き締まっていました。
僕は顔をそらしながら「せ…石鹸が無くて…どれを使えばいいかわからなくて」と言いました。
「ああ…ごめんね、これを使っていいよ」と僕の背中越しにボトルを指差してくれました。
僕の背中に小林くんのお母さんのおっぱいがくっついて僕は体を硬直させてしまいました。
「あの子も新田くん(仮名)みたいに一人でなんでもやってくれるといいのに、ねえ?」
そう背中越しに微笑む小林くんのお母さんに僕はぎこちない笑顔を向けました。
「洗ってあげるね」と手にボトルから数滴ボディソープを垂らして泡立てました。
泡立った手を背中にあてられてゆっくりと上下されると小林くんのお母さんの柔らかな手と指がとても心地よかったです。
僕は何故かムズムズと股間が疼きましたが、緊張で立つことはありませんでした。
背中と腕と足を洗ってもらいシャワーで背中を流された時にやっと解放されるとホッと胸を撫でおろしたのを覚えています。
ただ本当の試練はこれからで、小林くんのお母さんは「こっちを向いて」と僕を向きなおそうとしたのです。
「大丈夫です自分で洗えますから!」と抵抗しましたが、「恥ずかしがらないで…いいから」と小林くんのお母さんと対面するように座らされました。
ムズムズする股間を隠しながらも視線は小林くんのお母さんをジッと見つめ続けました。
視線を落とすとぷるぷるとおっぱいが震えていてたぶん見ちゃいけないと子どもながらに感じていて、目を見つめるしかできませんでした。
「万歳して」と言われれば両手をあげて脇を洗われても緊張でまったく、くすぐったいと思いませんでした。
首筋から胸元と洗われてついに股間となった時に流石にここは洗うことはないだろうと思っていましたが、「隠さないで…ここはよぉく洗わないといけないのよ」という言葉に打ち砕かれました。
小林くんのお母さんは手でさらにボディソープを泡立てると僕のチンコを手のひらで這わせるように擦りました。
「あっ…あ」と声を漏らしてしまいましたが、小林くんのお母さんは気にせずに両手でチンコのサオを擦りながら玉袋を揉むように洗ってきました。
「しっかり念入りに洗わないといけないからね?一人でもちゃんと洗うのよ…お母さんとかお父さんは教えてくれなかった?」と僕に聞きますが僕は首を振ることしかできなかった。
「そう…じゃあ、おばさんが教えてあげるからね…少し痛いかもしれないけど我慢してね」と言うと指で輪っかをつくり、僕のチンコの皮を指先で少しづつ剥きはじめました。
「痛いっ」と僕は小林くんのお母さんのスベスベな肩に掴まりながら言いました。
「男の子なんだから我慢しなさい…もうちょっとだから」と言いながら両手で皮をサオを股間側に指でしごくように剝いていきました。
「あっ、あっ、痛いっ、いたいよぉ」と情けない声をだす僕の顔をおっぱいにうずめるように抱きしめました。
小林くんのお母さんはムチっとしていて柔らかで温かくて、ボディソープの香りがとてもいい匂いでしたが僕は他人の女性の裸にドキドキしている余裕がありませんでした。
そしてぐっと指に力が入ったかと思うと小林くんのお母さんが「よく我慢しましたぁ」と言いながらカリ首を指で捻じるように洗っていました。
「ほらぁ…汚れている…ちゃんと自分で洗わないと炎症起こしちゃうよ」と言いながら、シャワーを優しくあてながら洗い流してくれました。
ぐったりしている僕を膝枕して仰向けにしながら頭にシャワーをあてて、シャンプーで髪を洗い流してくれました。
目を今開けば極上の景色が見えるなど思う余裕もなくて僕はぐったりとしていました。
髪を洗い終えて、小林くんのおかあさんが浴槽に寝転ぶようにつかりその上に僕が仰向けになりました。
頭、背中、肩に女性の柔らかな感触を感じながら温まっていると何かお話をしていたと思うけれどまったく内容を覚えておらず、ただただ柔らかな感触のみが記憶に残っていました。
今までの女性との関係を思い出して書いていこうと思います。
創作も混じるので、小説といたしますが、皆様の感想やこんな風に書いたほうがいいなどのアドバイスがあればお願いいたします。
続編を書くべきかの判断にもなりますので、皆様にご指導いただければと思います。