小学生(当時)が教室で超美人教師のスカートを思い切りめくり上げた体験談

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桁違いの美人教師(以下『べっぴん先生』)がいました。ちなみに『べっぴん先生』の由来は、生徒の父兄等からも『今度赴任してきた○○先生というのは綺麗な先生みたいだな』と、評判だったため自然に『べっぴん先生』と巷で言われるようになったのでした。その当時、私は小学校5年生でした。

べっぴん先生は元々は隣の中学校でいわゆる保健の先生をしていました。赴任してきていろいろな話を総合すると、不良が意味もなく自分の容姿目当てに保健室に尋ねて来るので嫌気が差して、この小学校に移ってきたとのことでした。

そのべっぴん先生の外見は、企業の秘書経験(後述)もあるとのことで、そうした知性美に裏打ちされた魅力、加えてアイドルオーラというものがあり、鬼に金棒でした。特に有無を言わせぬ眉目秀麗とした目元にそれはよく表れ、ソバージュパーマヘアの黒髪と合わせて完璧な外見を誇っていました。

当時の集合写真を見ても、その先生だけアイドル然としていて、他の先生はいかにも”先生然”のため(良くも悪くも)、一目瞭然で美人なのが浮き彫りになってはっきりしていました。

その点について類まれな美人を輩出する家系に育ったと高慢ながら自身で自慢げにさりげなく触れていた一面もあり、自他共に認める美貌と断言できます。

さて、そのべっぴん先生。移って来たのはよいですが、その小学校にも保健の先生が居て、職場がかぶるため、最初の1年は養護教諭(特殊学級)のサポートをしていました。

ある夏季の授業風景でのことです。その特殊学級の生徒に自分達と同学年の者もいた関係で、校外の市営プールでの授業の際に特殊学級数人も特別参加で加わった日がありました。

もちろんサポート教師のべっぴん先生も参加です。そのとき、べっぴん先生は紺の上下一体型水着を着てきたのですが、地味な水着に関わらず男子生徒が興奮して授業どころではなかった記憶があります。アイドルオーラに加え、いかにも人形のような脚線美、上品ですらっと伸びた白くて長い手、むちッとしたヒップラインとあっては無理もありません。

流石に男子生徒らの視線を感じて居ずらくなったか?養護学級のメインの女性教師を簡単に説得して擁護生徒を連れ早々にプールの授業を勝手に切り上げてしまう有り様でした。

また、そうした新任とは思えないどこか傲慢さ、高慢ちきなところも少しずつ目に余るようになりました。

秘書経験もあるためか?海外移住の経験がないのにペラペラな英語力があることをさりげなく誇示したり、あるときは廊下で年の離れた自分のクラスの担任(男性)に対し、腕組したままヒステリックに何やら言い合っていたのには本当にびっくりしました。前日が上述のプールの授業だったため、身勝手なやり方を咎めたのだと推測します。

そんなべっぴん先生も赴任して1年が経過し、予定通り?晴れて保健の先生になったのでした。自分も進級して6年生となっていました。

そうした1学期のある日、偶然に体調を崩して腹痛で保健室に行ったときのことです。

その日は午後から作文の発表会があり、人前で話すことは大の苦手で苦痛極まりなく、保健室に居たべっぴん先生にも見透かされてか、どこか仮病みたいに思われたようでした。(実際、半分仮病だったと自分でも思います。)

べっぴん先生とはいえ、れっきとした教師です。ちゃんと診てくれますし薬も出してくれますが、診てくれるときに手当みたいなことをしてこちらに向かって前のめりになったときに、暑い季節だったので、薄着で胸元のブラジャーの辺りががチラッと見えたり、ネックレスがゆらっと目の前に垂れたりして、

どこかエロチシズムで香水の匂いがかすかに鼻に突いたら、もう限界で、子供ながら下半身が爆発しそうになったのをリアルに記憶しています。

更に薬を出すときにそれが入っている引き出しを開けて探しているとき、前かがみになって、下がズボンタイプの白衣ということもあり、下着のラインが透けそうで、一瞬、凝視してしまうのですが、瞬時に気づかれ、何やら小言を言われてしまうのには何とも罰が悪かったです。

それ以来、べっぴん先生は透けるタイプの白衣のズボンではなく、スカート姿か透けないタイプのズボンを穿くようになりました。上も白衣の上ではなく、今の時代ではよく見かける(肩から下げる)エプロン風の上着を身に着けるようになりました。

私としては、いかにも当てつけのようで、内心穏やかでないのとスカート姿はどこか色っぽく、それはそれで複雑な心境でした。(ちなみに白状しますと私は子供のときから筋金入りのパンチラフェチでした。)

そうした小学生当時、折しも学校中で女子のスカートめくりが大流行していました。ある夏休みも迫っていた時期の放課後、浮かれていたのか男子が女子のスカートを次々にめくりあげていました。

中には逃げ回る女子も居たので、面白がって廊下の端や2階(教室が3階にあったので)まで追いかけたりして楽しんでいました。

そうして、追い詰めてまでスカートめくりをして再び教室に戻りかける途中、私の姿を見た女子が(被害に遭ってはと思い)一目散に逃げるので、また追いかけるという繰り返しです。

一旦、後ろのドアから自分たちの教室に逃げ込もうとしたので追いかけていくと、また前のドアから逆に廊下に更に逃げ込もうとしたようで、一瞬見失いました。

そのとき、ちょうどタイプの女子(S子)が膝に手を置いて前かがみの状態で、中腰のままこちらに背を向けて立っていた(実はS子でなく、それはべっぴん先生だったと後で悟りますが・・・)のでした。

S子とべっぴん先生の格好は私服のエプロン風の同タイプで、ブルーの色調と合わせて似ていたのに加え、S子も背が高い方だったこともあり、完全にS子と勘違いしていました。

思えば、髪型からしてS子はやや長めの肩口までのストレートヘアですが、べっぴん先生は上述の通りソバージュパーマですので、少しでもよく見れば違いは一目瞭然だったのですが・・・。

そうしてS子と勘違いして(べっぴん先生の)スカートを思い切りめくると、なぜかパンスト越しの純白パンツが露になったので『(え?パンスト!?)あれっ?』と思う間もなく、1、2秒遅れて『キャー』という押し殺したような小さく低い悲鳴が返ってきたので、

『あっ、まさか!!』と頭を過った次の瞬間、べっぴん先生のスカートをめくってしまったことに気づきました。大変なことをやらかした!と、完全に頭の中が真っ白状態でした。

取り返しのつかないことをしてしまったと思いましたが、そのときは居直るしかありませんでした。

思えば、スカートからしてタイトスカート風でしたので、めくり上げるのに、少し難儀したのですが、そのときはスカートをめくり上げるのに必死で、相手がべっぴん先生とは、まさか気づきませんでした。

美人で有名な、あのべっぴん先生のスカートを派手にめくった興奮と感慨いうよりも、子供が女教師(それも超美貌の)スカートをめくるという何とも言えない罰の悪さが最初あり、後になって興奮に似た感情が押し寄せてきたというのが正直なところでした。

女教師のスカートなど滅多にめくる機会などないので、未だに脳に焼き付いているべっぴん先生のパンスト越し純白パンツ姿は時折、おかずになるほどです。

とはいえ、そのときは、べっぴん先生もそこに居合わせた生徒らも、スカートをめくった自分自身まで、スカートをめくった後、何が起こったか事情を理解しきれず、数秒、間が空いた後に、上記のべっぴん先生の声にならない声で悲鳴が上がるまでは、正直、茫然自失、唖然とした空気そのもので、それがやらかした事の大きさを物語っているようでした。

その後、担任の男性教師から改めてお説教の展開になってしまうのでしたが、そのときにいろいろ尋ねたり知らされたりした分には、どうやら、状況説明をするとスカートめくりをされそうになった女子(仮にY子)が逃げる途中に転んでどこかに頭をぶつけたようでうずくまっていたのを、タイミングよく通りがかったべっぴん先生が咄嗟に駆けつけたというシチュエーションだったようです。

(補足すると、膝に両手を突いて前かがみになっていたのは、Y子を中腰状態で見守っていたからでした。)

担任の説教に話を戻して、運よく、スカートめくりのいたずらの延長と勘違いということで済んだのですが、延々10数分間も(消し残りが見えなくなるまで)黒板消しで黒板を綺麗にするという罰には少し堪えました。美人教師のスカートをめくり上げながら、その程度で済んだのは不幸中の幸いでもありましたが・・・。

そうした黒板消しの罰が終わって帰り際、担任が突然、ニヤッとした顔で語りかけてくるので、小声で聞きづらく、聞き返すと、何と

『それ以上は誰にも言わないから(と前置きしつつ)べっぴん先生(担任の口調では本名の○○先生)のパンツは何色だった?』と単刀直入に質問するのにはびっくりしました。

これには子供心にも戸惑いが流石にありましたが『(パンツは)白だけど・・・(何か?)』と返答すると、担任はただ『おー!と小さくリアクションして)笑みを浮かべて頷くだけでした。

結局、大人も子供も女性のスカートの中身に関心があるんだなと思いながら、興奮の余韻を引きずりつつ、とぼとぼと家に帰ったその日のことをを今でもよく覚えております。

たしかAVものでも女教師のスカートをめくるシーンは稀にしかなかったと思います。

それがカモシカ美脚で有名なあの美貌の女教師の臀部を覆った最後の砦を、勢い任せてめくったスカートの先にまざまざと目に焼き付けることになるとは・・・。前例がまったくないことと自負致します。

その後、べっぴん先生は恥ずかしさからショックで、保健室に帰ってからも机にうっぷして泣いていたとのことで、一層、大変なことをしてしまったと今になって思います。

(直後に担任に1対1で説教されたときに、終わりがけに最後に先生だけ保健室にもう一度行ってみると言われ、そのあと『(べっぴん先生は)机にうっぷして泣いていたぞ』と伝え聞いたのでした。)

その夜、学校から親にアクシデントの形でそうしたことがあったと簡単に連絡もあったようで、両親からもお小言をいわれる始末。

思い返して興奮も手伝ってなかなかその日は寝つけられませんでしたが、なぜか自分は子供心ながら勝ち誇ったような心境でした。

追伸:べっぴん先生の社長秘書時代の自慢話は、仕事が忙しくて体調を崩したときに、(時間が比較的自由な印象の)看護教諭に関心を持ったという、教師になるきっかけ話と合わせて、折に触れて語られることが多かったです。(ついでに、働きながら夜間の専門学校通って知識を身に着け、教員採用試験も最短で一発合格と自慢話がとにかく耳に付きました。)

そして、いかに勤めていた会社が名門だったとか、また、自ら”社長秘書”を連呼して、さりげなく自慢げに自分のキャリアを語るのには子供心にも鼻に突いていました。

そうした数々の輝かしいキャリアも、ことごとく、小学生男子等の前で完全に晒されたパンスト越し純白モロパンと共に、流石に鼻っ柱を折られるごとくだったかのようで以後、調子に乗ってそれらの自慢話を披露することは鳴りを潜めたようでした。

純白パンツを露にするというアクシデント後(自分がたっやのですが笑)どこか歩く姿も生気を失ったかのようにフラフラと頼りな気でいかにも不憫そのものでしたが、そのべっぴん先生、今でもお元気でいらっしゃるでしょうか?

とある夏の出来事であり時節柄思い起こした次第です。(終)

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