・・・
泣き崩れる母親、胸ぐらを掴み、一瞬間意識が飛ぶほどのゲンコツを飛ばす親父…
むせび泣く琴美、激昂する琴美の父
夢見が悪くて目が覚めた。
まだ春先なのに、汗びっしょりだった。
時刻は5時。
シャワーを浴び、早めの朝食の支度をする。
32歳、独身。彼女はいない。
もっとも、結婚するつもりもないが。
金はある。友達は、いない。時間も。
勉強はできた。昔は友達も多い方だった。
愛する人さえいた。
国家公務員に合格し、霞ヶ関で働いていたこともある。
しかし職務に就いてまもなく、興信所にかけられた結果、俺の過去が明るみなり、俺は地方の「重要ではない部署」に飛ばされ、それっきり大きな異動もなくずっとそこで働いている。
でも俺はその境遇に何の不満も文句もなかった。
その境遇は、俺の存在価値に対して妥当だと思われたからだ。
首を吊ろうと縄を結んだこともあったが、持ち家ではないから大家さんが可哀想だし、仕事のキリも悪い。
今俺が死ぬことによって生まれる迷惑で誰かの仕事を増やすのは、死への恐怖以上に心苦しかった。
高校時代、俺は無責任な不純異性交遊で当時の彼女を妊娠させ、その人生をぶち壊した。
示談で済ませたが、一人娘だった彼女は通っていた地元の進学校をやめ、中卒となった。
判明した時にはもう堕ろせない状態だったのだという。
それからすぐ、彼女の母は気を病んで自殺し、父も後を追うように心不全で亡くなったそうだ。
俺も学校で居場所がなくなった。教師にさえ、無視されたこともある。
過ぎ去ったことだ。どうしようもない。
歯を磨き、スーツに着替え、家を出た。
・・・
ある日、弁護士から手紙が届いた。
仕事に関わるものにしても自宅に届くのは異例なことなので、少し妙に思いながら開封した。
全てがなつかしく、そしてあの悪夢を彷彿とさせる、そんな内容の手紙だった。
あの琴美が不慮の事故で亡くなったという報らせだった。
その娘、すなわち俺の娘は他に身寄りがなく、最終的に、弁護士を通して俺の元にこの紙が届いたということらしい。
今は琴美の兄の家で面倒を見てもらっているようだったが、琴美と兄は絶縁関係だったらしく、兄嫁さんが弁護士に相談したのだという。
娘は中◯生ということだった。
もうそんなになるのか。
会ってみたいが、そんなことが許されるのだろうか。
様々な思いが巡ったが、まずは弁護士に連絡してみようと思った。
弁護士は、一度会ってみたらどうだと言った。
俺は一度もその娘に会ったことがなかったし、名前さえ知らなかった。
・・・
仕事帰りで、スーツを着ていた。
弁護士からは18時に時計台の前で、学校の制服を着ているということだけは聞いていた。
親父は畜生で、良心であった母や、祖父母も早くに亡くしているのだ。
きっとやさぐれて、髪の色も明るかったりするのだろう。
いや琴美に似て大人しく、勉強が出来る優しい子なのだろうか。
俺は、時々この世に自分の娘がいるということを忘れて仕事をしていることがあった。
たまにあの悪夢を見て、そのことを思い出す度に人知れずこの世界に許しを請い、真面目に働くことを誓った。
時計台が近づく。
仕事でもこんなに緊張することはない。
今にも逃げ出したいような気持ちに駆られたが、俺にそんな勝手な行動が許されるはずないことを自分に言い聞かせ、理解し、歩みを進めた。
人が多い。どこだ。いないか。
制服の、あれか、あれだ、きっとそうだ。
背が高いな。琴美に似て色白だ。
「君が・・・片桐・・・片桐悠花・・・さん?」
かなしいくらい、あの頃の琴美に似ていた。
忘れもしない2014年4月18日、長い時間と激しい境遇を経て、俺と悠花は時計台の下、邂逅した。
俺は懐かしさとか罪悪感とかで今にも泣き出しそうになっていた。
この子は琴美の手によって、確かに立派に育っていた。
「あ、あなたが……」
「佐々木です。佐々木悠斗。」
初めて見るものや感動した時などに、目を大きくし、瞳を濡らしてにじませるのは、これも母親譲りだった。
「加藤さん(弁護士)から聞いてま……聞いてるんだよね。…お寿司でいい?」
誰かにタメ口を使うことなど何年ぶりだろう。
いや部下には使うか。
「お寿司、大好きです笑」
ああ、そうだ。
俺も琴美も、握り寿司が大好きだったな。
「ここから少し歩くけど、いい?」
「はい笑」
気まずい。
五分間、無言のまま、騒がしい人混みの中を縫って歩いた。
「佐々木さん!毎度ありがと…うございま…」
職場の飲み会にもよく使う顔馴染みの店だったのだが、制服の娘を見て言葉を失っていた。
俺は怪訝な顔をするオヤジを半ば無視して、個室に何食わぬ顔で入ってやった。
「ごめん…おっさんくさい店で…」
各席で宴会模様だったが、個室はかなり静かだった。
「いえ全然…」
目が泳いで肩が上がって、あからさまに緊張していた。
「お飲み物は何にしましょう。」
「ウーロン茶で。」
「わ、私はオレンジジュースで!」
「もうすぐ季節のお造りが来ますので少々お待ちを。」
女将の顔は引きつっているように見えた。
援交かなにかだと思っているのだろうか。
「中学…だよね?」
「はい…この春3年生で…」
気まずい。
すぐ話が途切れる。
料理は先付に始まり季節のお造り、天ぷら、焼き物、一品、煮物…
どれも文句なく美味かったが、話は盛り上がらなかった。
口に合わないか?いや、量が多いのか?
煮物の後、握り寿司の盛り合わせが来た。
「わぁ…いただきます…!」
器用に箸を使ってパクパク食べた。
本当に寿司が好きらしい。
その食べっぷりに、俺も嬉しい気持ちになった。
「あの…!」
その子はトロを口の中に放り込んで嚥下すると、改まった口調になった。
「えっ、はい。」
その口調に押されて、俺も真面目な返事をしてしまった。
「どうか、その、変な言い方ですけど、私を養って欲しいんです…!!」
弁護士によると、この子は、このままだといわゆる施設に行くことになるのだという。
そりゃあ、そんなところ、男ならまだしも、女の子なら嫌だろう。
それでも見知らぬおっさんと二人暮らしというのと天秤にかけたら、どうだろう。
初対面の中年にそんな事を頼むのに、女子中◯生がどれだけの勇気が要るのか、想像に難くない。
俺に断る理由はないし、断る権利はないと思った。
それどころかむしろ、この子を養うために俺は生まれてきたのだなと、俺はようやく生きる意味を見出せたような気さえした。
「もちろん。」
・・・
「おとーさん、行ってきまーす!!」
もともと一人暮らし用のマンションなので、二人で暮らすのに都合が悪いことはままあった。
とりあえず自分の書斎を潰して、悠花の机やベッド、衣装たんすなんかを引越し業者に頼んで搬入してもらった。
俺の本や書類は、本当に必要なものだけを残して、あとは全部二束三文で売り払った。
抵抗や後悔は、全くなかった。
むしろすっきりして、清々したくらいだった。
悠花は、「タメ口で話してもいい?笑」に始まり、「お父さんって呼んでもいい?笑」へと、すぐに新しい環境に適応していった。
俺は、こんなに幸せで良いのだろうかと自問した。
元はと言えば俺の無責任で生まれた子で、こうなったのもこの子に身寄りがなくなったからだ。
俺は、何もしていない。
奪っただけだ。琴美の自由を。琴美の希望を。
それでも、生きていく。
この子のため。それがひいては償いになると信じて。
「主任、何か良いことでもあったんですか?」
「…なに?」
「いやその、この頃みんな噂してますよ、最近主任がヘンだって。」
お調子者キャラの部下が急に話しかけてきた。
おそらく、他の部下にはやし立てられて、代表として俺に聞きにきたのだろう。
「…別に何もないよ。」
「主任は結婚とか、しないんですか?」
「しないな。」
「(返事)早いですね…」
「仕事するぞ。」
「はい…」
俺は、客観的に見ても浮かれているらしかった。
…みんな俺のことを変だと思ってたのか。
・・・
悠花が夏休みの間に越してきてから、俺はできるだけ早く家に帰るようにしていたが、それでも毎日9時は回った。
家政婦でも雇おうかと思ったが、それは悠花が固辞したので、止むを得ず夕飯はお金だけ渡して悠花に任せきりだった。
「お父さん、お酒、飲まないの?」
「えっ」
思いの外仕事がうまく回り、7時代に帰れたので、この日は二人で外食していた。
思い出の時計台の前でまた待ち合わせて、仕事帰りに合流した。
「前は飲んだけど…」
「前?」
「うん。」
「やめたの?」
「仕事の付き合いでは飲むよ。」
悠花の前では控えようと思っていたのだ。
「どうして?」
「お母さん、お家でもたまに飲んでたから…」
琴美も酒を飲んだのか。
「そうなのか。」
「お母さん、お酒飲むと色んな話してくれたから…」
「色んな話?」
「お父さんの話もしてたよ笑」
俺の話か。
当然気にはなったが、琴美のことを思うと、聞かない方が良いかと思ったので聞かずにしておこうと思った。
しかし悠花はお構いなしに話を続けた。
「お母さん、本当にお父さんのことが好きだったみたい。今でも会いたいって、よく…」
胸の奥が熱くなった。
「俺も…俺も琴美に…お母さんに会いたいと何度も思ったよ…でも、家族同士の約束もあったし、何より自分のしたことだったから…」
「私、来月誕生日なの。」
「あ、ああ。12日だっけ。」
「うん。その時は、早く帰ってきて?」
来月のそのあたりは、確か少し仕事が立て込んでいたが、まあなんとかなるかと考えた。
「…約束するよ。」
「お酒も飲んで欲しいな。何もいらないから、お父さんの知ってるお母さんの話、聞きたい。」
・・・
「有給…ですか?」
「はい。…厳しいですか?」
「いえ、可能ですが…」
「何か?」
「何も。確かに、受理しました。」
自ら有給を取るなど、初めてのことだった。
いつもは無理やり消化していたし、有給を取った日も職場に来て仕事をしていた。
「では、来月の第二金曜に…」
「ま、待ってくれ!!」
「主任…?」
「どうしたんですか?」
「い、いや、来月の第二金曜は12日だよな…?」
「そうですが…?」
「俺…その日は都合が悪くて…その、さっき有給を…」
「「「ええ!!??」 」」
一同に驚いていた。
本当に自ら休みを取るなど、初めてだったのだ。
「…本当にすまん。」
「い、いえ…では代替案の第三金曜にしましょう。」
「主任〜、デートっすか?笑」
「いや、家庭の事情というやつだ。すまない。」
「本当かなぁ。」
「…話を戻します。では第三金曜に北区の…」
家族が出来ると、そのしわ寄せのように仕事にも影響が及ぶものなのかと知った。
「今日は塾もお休みにして貰ったの笑」
「ああそうか、塾も。」
「でもびっくりした笑」
「何が?」
「お父さん、本当に今日は早かったんだもん笑」
「いや、今日はお父さんも仕事は有給を取ったんだ。」
「ええっ!じゃあ私も学校休めばよかった…」
「いや学校はちゃんと行かなきゃダメだろう」
「そうだけどー笑」
ちなみに昼間は誕生日プレゼントを探していた。
誰かに誕生日プレゼントを渡したことなど、それこそ琴美が最初で最後だったかもしれない。
「ゴハン?」
「うん。フレンチの予約とってあるよ。」
「お酒は…?」
「ソムリエさんがいるお店だから、少し飲むよ笑」
悠花は安心したように笑った。
「ドレスコードのあるお店って、初めてかも…」
「緊張してる?」
「ちょっと笑」
あの寿司屋も一応ドレスコードあったのだが。
「誕生日おめでとう。これ、気にいるか分からないけど…。」
これくらいの年頃の子が何をもらうと嬉しいのか、分からなければ聞ける相手もいないので、本当に困った。
「ええ!?何もいらないからって言ったのに…!!」
「娘の誕生日なのにそうもいかないよ。」
ボーイは俺と悠花が親子関係であることを見抜けていなかっらしく、静かに目だけで驚いていた。
「バッグだ…!!あれ…?靴もある!!」
バッグと靴と腕時計の三点セットにした。
というのも、一つ外してもあとの二つのどれかが当たれば良いかと思ったからだ。
どれも高いブランドのものではなかったが、まだ中◯生だし良いかと考えた。
「ご、豪華過ぎるよ、お父さん…」
「えっ、いや、今年だけだよ…」
「国税局勤務なのに、そんな無駄遣いしていいの…?」
「仕事は関係ないよ…俺はちゃんと納めてるし…あと、無駄遣いじゃない。これまでまともに使う機会もなかったから今日くらい、良いだろ。」
「塾にも行かせてもらってるし、お小遣いまでもらってるし、それ以上は」
推測でしかないが、この子は、琴美と暮らしていた頃、かなり切り詰めた生活をしていたのだと思う。
「いいんだ。これでも一応、お父さんなんだ。周りの子はみんな塾も行くし、お小遣いも貰ってると思うから。」
悠花は目をしばたたかせていた。
琴美はこの子に、どんな良い教育をしてきたのだろう。
悠花は俺の知らないところですくすくと健気に育っていた。
「外側から取るんだけど…まあいいや、俺の真似して取っていって」
前菜がやってきたのだが、フォークナイフの取り方が分からなかったらしく、悠花は困惑していた。
フレンチの味は、まあ普通だった。
悠花はいつも通りもりもり食べていた。
成長期というのは、どんなに細い女の子でももりもり食べるものなのかと感心しながら見ていた。
「ワイン美味しい?」
「美味しいよ。…何となくしか分からないけどな笑」
「何それ〜笑」
正直ワインは分からなかった。
ただ誕生日だというから、雰囲気はワインが合うかなと思ってフレンチにしてみただけなのだ。
「高校一年の夏にな、お母さんと知り合ったんだよ。」
気分も良かったので、酒の話になったのに乗じて琴美の話をすることにした。
悠花は急に真面目な顔をした。
「お母さんは私立の女子校で、お父さんは男子校だった。お母さんは、うちの文化祭に友達と来てたんだ。お父さんは一目惚れして、その場で連絡先を交換したんだ。それから割とすぐ付き合いだしたよ。お互い初めての恋人だったんだ。」
思えば、今の悠花もあの頃の琴美もそう大して歳は変わらないのだ。
「お母さんは、その時からお父さんは背が高くて、お母さんの友達からもモテてたって。」
「それはどうかな、分からないけど、お父さんはお母さんのことしか見えてなかったよ。綺麗だった。悠花に似て色白で、すらっとしてて、笑顔がたまらなく可愛かった。お母さんは、それから、優しくて、」
悠花は時折目を細めて、何かを思い出すような眼差しで俺の話を聞いた。
その優しい表情は、俺の話を聞く時の琴美にあまりにそっくりで泣きそうになった。
・・・
・・・
一緒に暮らすようになってから3度目の悠花の誕生日。
あれから悠花は市内の公立高校に合格し、バドミントンと勉強に熱心な女子◯生になっていた。
悠花の誕生日は仕事を休むのが慣例になっていた。
幸い、悠花の誕生日は比較的仕事を休みやすい時期だった。
「誕生日おめでとう。悠花ももう17歳か。」
17歳、それは俺が悠花の父親になった歳だ。
「ありがとう、お父さん笑」
悠花の希望で、この年の誕生日は俺の手料理で祝うことになっていた。
正直、俺はあまり料理が得意ではないと思うのだが、それでも悠花は美味しいと言って食べてくれた。
そして決まって俺が少しお酒を飲み、琴美の話をした。
ここまでは、最初の誕生日祝いから同じ。
しかしここからは、それまでの誕生祝いとは違っていた。
「お母さんは、17歳で私を産んだんだよね…?」
「そうなるな。」
「いいな」
「えっ。」
「いいな、って。」
「良いことないだろ。お母さんは、琴美は、お父さんにそれまでの真っ当な人生を壊されたんだ。良いわけないよ」
俺は、お酒が入っていたこともあってか、悠花の、望まれない妊娠に憧れるかのような言い方に過敏に反応して、少し語気を強くしてしまった。
悠花も、それに応えるように語気を強めた。
「お母さんは…!お母さんは、後悔なんてしてないって…!もう1回人生をやり直せたとしても…私は悠花を産むって、言ってくれたもん…!!」
知ることのなかった琴美の言葉に、俺は閉口した。
もっと早くその言葉を聞いていれば、俺はどんなに救われたか。
「私も、お母さんみたいに好きな人の子どもが欲しいな…」
俺はその発言を咎めることもせず、言い知れない不思議な気持ちに浸っていた。
「相手は…いないのか…?」
日頃から、年頃の娘を気遣うつもりでそういった敏感な話題は振らないようにしていたのだが、なぜだかこの日は聞いてみようという気が起こった。
「・・・・・・いるよ。」
「…!!」
間を置いて、悠花は衝撃の回答をしてみせた。
俺は静かに、しかし激しく動揺した。
「そ、そうなのか・・・」
「・・・」
「・・・」
俺も悠花も押し黙った。
グラスに残った森伊蔵の水割を一気に流し込んだ。
グラスをテーブルに置くか置かないかで、悠花は口を開いた。
「お父さん・・・私、お父さんのことが好きなの」
は…えっ?うん??
頭が真っ白になって、ぐっと詰まったが、一旦落ち着いて、ゆっくり、まずはグラスに水割を作り直して、そうして、すぐにああそういうことかと納得した。
「一瞬びっくりしたよ・・・まあでも、クラスの子とか、部活の先輩とか、そういうので好きな人がいても別にいいんじゃないか?」
入れ直したばかりの水割をグッと飲み、俺は、大人ぶって余裕のある返事をした。
「・・・」
「・・・」
ズレたことを言った時特有の、微妙な空気の流れを感じた。
「えっ?」
そしてそれと同時に、俺は点と点が線で繋がる感じも覚えた。
「いや、悪い・・・」
悠花はその間も押し黙っていた。
願わくば、俺の勘が外れろと、勘違いであれと思った。
しかし悠花は俺の勘が正しいことを裏付けた。
「お父さんが、好きなの。」
琴美と同じ瞳に射すくめられ、身体の表面がグラグラ熱くなった。
あの真剣な瞳が、いかにも真面目な表情が甦る。
俺は視界がチカチカして、動悸もして、すっかり動転していた。
目の前に、琴美の像が見える…。
「琴美・・・すまない、俺、ちょっと体調が悪いらしい・・・」
半ばふらつきながら俺は席を立った。
いつの間にかだいぶ酔いが回ったらしかった。
「ちょ、お父さん!?大丈夫!?」
琴美は慌ててよれよれの俺の身体を肩で支えた。小さな肩だ。
「すまん琴美・・・ちょっと飲みすぎた・・・」
「琴美じゃなくて悠花!!ちょ・・・しっかりして!!」
悠花は俺を自室のベッドまで運んでくれたようだった。
というのも、いつの間にか俺はベッドで眠っていて、明け方に目が覚めたのだ。
直ぐそばでは悠花が静かに寝息を立てていた。
「一緒に寝たのか!?」
と騒ぎ立てそうにもなったが、その悠花は眠り姫のようで、神秘的なものさえ感じ、声を失ってしまった。
「んっ・・・あ・・・お父さん・・・オハヨー」
目をこすり、悠花はやさしい笑顔で挨拶をした。
それはいつもの悠花の朝の挨拶だった。
「俺はまた夢でも見たか?」
あまりにも普通な悠花を見て、脳裏に残る霞んだ記憶が、ひょっとしたら夢だったのではないかと思えてきた。
そう思うと気が楽になり、俺はいつも通り出勤の準備を始めた。
悠花も何気ない感じで顔を洗い、朝食の支度をしたり、髪を梳かしたりしだした。
・・・
しかしその日から、何となく俺たちの生活は歪み始めていた。
悠花との距離が、露骨に近くなりだした。
「おかえりなさい。」
「うん・・・ただいま?」
その日の夜から、うちに帰ると悠花が俺のことを玄関先で出迎えるようになった。
それどころか、夕飯を作るようになっていた。
それまではスーパーで買ったお惣菜に、簡単なもの(味噌汁や、おひたしや、サラダなど)を作ってくれていたくらいなのに、メインとなる料理まで手作りになった。
「トンカツね、作ってみたの。今から揚げるね。」
悠花は何の動機も話さず、少し緊張した面持ちで台所に戻っていった。
「あ、お風呂も沸いてるよー!!」
着替えていると、台所にいるらしい悠花の声が聞こえた。
「お、オウ!!」
なんだこれは?
これじゃまるで新婚じゃないか。いやいや、考えすぎか。
かぶりを振って、気にしないことにした。
「美味しいよ。」
「本当!?良かった・・・。」
9時過ぎ、俺が少し遅い夕食を黙々と食べるところを、悠花も向かいの椅子に腰掛けて黙々と、少し微笑みながら見つめてくる。
気まずい。
「お仕事は、忙しい?」
口を開いたかと思うと、今まで殆ど聞いたことがないような話だった。
「えっ、ど、どうだろう・・・この時期にしてはいつもより忙しいかな・・・どうして?」
「どうしてって・・・変かな?」
変だろとも言えず。
「片付けるね。」
俺が食べ終わったと見えて、満面の笑みでそう言った。
返事をすると、食器をまとめて洗い場まで持っていって洗い物をしてくれた。
熱いお茶だけが、俺の前にある。
ぼんやりしてるうちに洗い物を終え、悠花は自室に戻り、勉強を始めたようだった。
とりあえずもう沸いているらしい風呂に入った。
風呂をあがる頃には俺も平静を取り戻して、いつも通りの活動をするようになっていた。
パジャマに着替え、アイスを食べ、歯を磨き、ニュースを見て、日付が変わるか変わらないかのくらいで寝室に行き、ランプの明かりで本を読む。
「なんだそのトリックは・・・」
推理小説にハマっている時期だった。
あまりに現実を逸脱したトリックにドン引いていると、コンコンと戸を叩く音がして飛び上がりそうになるほど驚いた。
そんなこと、今まで一度もなかったのだ。
「はっ、はーい!」
返事をする声が少し上ずった。
「お父さん・・・?」
悠花もいつの間にか風呂に入っていたようで、既に桜色のパジャマに着替えていた。
「どうした。」
「一緒に寝てもいい・・・?」
「えっ、どうして・・・?」
「寂しいから・・・」
返事に窮した。
この子には、身寄りがない。
母もいなければ、祖父母だって一人もいない。
寂しく思う夜が無いわけない。
しかし昨日今日の事があるから、簡単に返事をすることもできない。
言葉を探している間に、悠花は俺の布団の中に潜り込んできた。
俺は悠花に背を向けるようにして、悠花は俺の背中に身を預けるようにして眠った。
お迎え・お風呂・夕飯と並び、これはこの日を境に習慣となり、翌日も、その次の日も続いた。
・・・
「おかえりなさい。」
「うん、ただいま。」
「ご飯、出来てるよ。・・・お風呂も。」
「ありがとう。・・・夕飯準備するの、大変だろ?ありがたいけど、無理しなくていいぞ。」
「いいの。好きでやってるだけだから。それよりも、あったかいうちに食べて。」
この頃はよく幸せそうに笑うようになった。
そして今日もまた、悠花は俺の寝床に入り込んできた。
「なあ悠花、そろそろ一人でも寝れるんじゃないか?」
背中越しに語りかけてみた。
悠花は無言でいた。
「無理にとは言わないけどさ。」
悠花はなおも黙ったまま、より一層身体を寄せてきた。
風呂上がりの熱を帯びた悠花の身体は、その輪郭がはっきりと感じられて、身体つきがありありと分かる。
変な気を起こすつもりはないが、悠花は小さな子どもでもないので困る。
見た目には細い身体でも、こう距離が縮むと分かる、女性特有の柔らかさがあるのだ。
悠花は、琴美と同じ匂いがする。
近頃は姿形だけでなく、言動なども似てきたような気がする。
毎晩そんなことを考えては、高◯生の娘と父親が同じベッドで寝ることの異常さを思い出す。
「俺は何をしているんだ?」
自問し、いつも答えの見つからぬまま眠りにつく。
たぶん、おそらく、悠花は俺の事を好いているのだろう。
ひょっとしたら、父親としてだけではなく、男性としても、なのかもしれない。
自惚れだったら、それで良い。
でももしそうでなければ、俺の方が自制しなければならない。
うちの場合、それを止める人間は俺の他に誰もいないのだから。
しかし、「自制する」と考える必要がある時点で、俺にもその意思があるのではないかと思うこともある。
さて、こうして考えごとをしているうちも、背後には悠花がいる。
こうしているうちはいつも、悠花の寝息は聞こえてこない。
明け方にひとり静かに目が覚めた時はスースー寝息が聞こえるから、寝息が聞こえないということは悠花が起きているということを意味している。
夜の寝床で静かに、眠らずにすることと言えば、考え事だろう。
悠花の方は、いったい何を考えているのだろう。
そして今日も、ああ、眠気が・・・。
・・・
ガクっと目が覚めた。
地震が来たときのような目の覚め方だった。
俺はいつの間にか仰向けに眠っていたようだ。
ゆっくり悠花の方を見やった。
悠花の背中がある。布団がはだけている。
その時だった、俺は雷に打たれたような衝撃を覚えた。
というのも、悠花が小さな声を漏らしたのを確認したのだ。
悠花は起きてる。
それどころか、「何か」をしている。
さらによく観察してみると、小刻みに動いている…?
短い声はその間も続いた。
もう悠花が起きていることは明白で、観察の主眼はもっぱら、何をしているかに置かれた。
しかしそれももはや明白になりつつあった。
後ろからではその指先の位置までは確認出来ないが、両手は下腹部に集合して、「小刻みに」動いている。
耳をすますと、短い高い声のほかに、荒んだ呼気も聞こえる。
やはり間違いないと思った。悠花は、自慰をしている。
ジトッとした嫌な汗が吹き出してくるのを感じた。
バクッ、バクッっという、激しくなった自分の鼓動がありありと分かる。
「・・・ッ・・・ッッ・・・・・・」
動揺する父のことなどつゆ知らず、悠花はなおも自慰を続行する。その時だった。
「・・・・・お父さん・・・!!」
!?
今確かに、悠花は小さな声で俺を呼んだ。俺を呼んだ。
愛しい我が娘が自分を呼ぶ声を、他の何かと聞き間違えるはずがない。
遂にはぴちゃぴちゃとか、くちゃくちゃといった水音まで聞こえてくるようになった。
「あっ……うっ……」ビクビクビク
一段激しく震えたかと思うと、動きは止まり、肩で大きく息をし始めた。
そしてそれまで背中を向けていた悠花はゴロンとこちらに向きなおした。
それはもうバッチリと目が合った。
「あ…スマン」
迂闊にも、俺はそう声に出してしまった。
悠花はみるみる顔を赤くして、
「い、いつから…?」
「え、えっと、10分くらい前から?」
「ッッッ〜〜〜〜〜!!」
悠花は枕に顔を押し当て、狭いベッドの上でぐるぐるのたうち回った。
「恥ずかしい〜〜死にたい死にたい〜〜!!」
少し可愛いなと思って見ていると、ボフっと悠花の身体が俺の身体にぶつかった。
あ、と思った。
俺のペニスは、愚かなことに悠花の自慰を見学して元気になっていたのだ。
悠花の柔らかい身体は俺の元気にぶつかって、おそらくはそれを認識した。
「お父さん…?」
「う、うん…?」
俺は知らないフリをすることにした。
シラを切ることにしたのだ。
「え、いま…えっ、もしかして…」
「な、なに」
悠花がおそるおそる手を伸ばして触ろうとして来たので避けた。
「なんで避けるの…」
「いやそりゃ避けるだろ」
「…!!」
バドミントンで培った俊敏性を持って、悠花は無理矢理俺の股間をまさぐった。
「ちょ…だっ…まずい…それはまずい…!!」
悠花はゲームでもするかのような楽しげな表情で俺の股間をまさぐり続けた。
ちょうど幼児をくすぐって遊ぶがごとくだった。
しかし俺の方は、正確には俺のペニスの方は久々の出番が来たかと勘違いしたのか益々元気になった。
まるで幼い二人の子どものする「お医者さんごっこ」のように無邪気な、弄(まさぐ)り合いだった。
悠花は遂に、俺のペニスを捕まえた。竿(サオ)を捕らえたのだ。
「あっ…」
握った後どうしたらいいのか分からなくなったらしく、悠花は硬直した。
俺も反応に窮した。
「こ、こうするの…?」
悠花は、パジャマの上から握った俺の竿をぎこちなくシゴきだした。
「ゆ、悠花…ダメだ…これ以上は…」
言いつつも、逃げたり払いのけたりは出来なかった。
今思えば、俺はどこかで「それ」を求めていた…のかもしれない。
「私が…お母さんの……”琴美さん”の代わりになるから…」
少し目を細めた、その優しげな表情が、本当に琴美にそっくりだった。
「うっ…!!」
「あっ!えっ!?!?」
その瞬間に、俺は果ててしまった。
パジャマのままで果てたのだ。
「着替えなきゃね笑」
「お、おう…」
悠花はそのまま俺のパジャマの下をトランクスごとおろした。
俺のペニスはそそり立ったまま、大量の精液をだらしなく垂らしていた。
そのグロテスクな様子を、悠花は例の「初めて見るもの」の目で見つめていた。
「さ、触ってみてもいい…?」
俺は何も言えなかった。
悠花は生唾を飲み込みながら、そっと手を伸ばした。
「こ…これがせーし…?」
悠花は、白く細い指先で、竿の先端から流れる精液を少しすくった。
「あ、ああ…」
じっと見つめながら、最後に悠花は指先に付いた精液を舐めとった。
「あっ、汚いよ!」
「はぁ…これ……」
悠花がお腹に出された精液をまた指ですくった。
「もったいないね…笑」
指先に付いた精子を舐めとった。
・・・
この日を境に、俺と悠花は深みにはまっていった。