誰にも言えないので、ここでこっそり告白します。
私には、この春に高◯を卒業したばかりの娘がおります。
ひとり娘ですので、少し甘やかして育てたせいかワガママなところもありますが、気立ての良い優しい娘に育ってくれました。
親馬鹿といいましょうか、母親に似て器量もよく、テレビのコマーシャルに出てくるお嬢さんのようなパッチリとしたアーモンドアイに、滑々で雪のように白い肌を受け継いでいます。
娘の母親とは、私がまだ学生の頃に知り合い、恋に燃え上がった私たちは、知り合って一年も経たずに結婚しました。
私がちょうど大学を卒業して就職したばかりの頃で、三つ年上だった家内は私の求婚に最初は躊躇したものの、請われるままに一緒になってくれました。
大学を出たての私は、家族を養うために必死になって働きました。
家事と育児は家内に任せきりでしたが、躾が厳しかったせいか、娘は幼い頃から母親よりも私に懐いてくれていました。
家内とも大きな喧嘩をすることもなく、絵に描いたような平穏な毎日が続いていました。
記憶に残っていることと言えば、私が一方的にしかられたという出来事ぐらいです。
それは、家内に内緒で娘にお菓子を買い与えていたことが原因で娘が虫歯になってしまい、ひと悶着があったという幸せな家庭の象徴のような微笑ましくも可愛らしい出来事でした。
今となっては、それもいい思い出です。
そんな平穏で幸せな毎日が、私は永遠に続くものだと思っていました。
ところが、そんな家内を失う日は、ある日突然やってきました。
交通事故という理不尽な運命に遭遇してしまった私たちは、何の前触れもなく、かけがえのない妻と母親を失ったのでした。
娘は当時、まだ中◯二年生でした。
娘は学校から帰っても家に母親がおらず、いつまでたっても帰ってこないので、心配して私に電話をしてきました。
泣きそうになっている娘をなだめながら、私はようやく状況を聞き出しました。
母親と携帯電話が繋がらないこと。
お爺ちゃん、お婆ちゃんへも連絡をしてみたが、実家にもいないこと。
そのようなことは、これまでに一度もなかったので心配なこと。
学校帰りに遠くで救急車の音が聞こえて、嫌な予感がしたこと。
私は会社を定時で退出させてもらうと、大急ぎでうちに戻りました。
「美鈴、ママとは連絡取れたか?」
尋ねてみても、娘は力なく首を横に振るばかりでした。
「大丈夫だ。何かあれば、連絡があるはずだから」
そう言って娘を慰めましたが、私の中でも悪い予感はどんどんと膨らんでいっていました。
その日は、昼過ぎから雨が降り続いており、気持ちまでが滅入るようなお天気でした。
普段ならば、私が残業を終えて帰ってくるような時刻を過ぎても家内からの連絡はなく、安否が一層気遣われました。
残酷なことに、悪い予感のままの状態は明け方まで続きました。
リビングのソファで泣き疲れて眠った娘を抱きかかえるようにしてまどろんでいた時、予感は現実のものとして的中してしまったのでした。
電話のベルが鳴り、警察から悪夢のような知らせを受けたとき、娘よりも私の方がうろたえてしまっていました。
「ママが事故に遭ったらしい・・・」
「事故って・・・、ママは大丈夫なの?」
娘に問われて、私はそのまま警察に尋ねました。
「どこの病院?」
その問いも自分では思いつかないほどに私はうろたえてしまっていて、娘は私から受話器を奪い取ると私に代わっていろいろと聞き出してくれました。
「ほら、パパ、早く!」
娘に促されて家を飛び出したものの、雨の中、なかなかタクシーが捕まらなくて、ジリジリとした時間だけが経っていきました。
ようやく病院に駆け付けたとき、家内は既に息を引き取っており、死に目には会えませんでした。
呆然とした時間が経過した後、私はその場で泣き崩れましたが、娘は気丈でした。
覚悟を決めていたのか、その後の親戚への連絡から事故の被害者で行われた合同葬儀の手配まで、まだ中◯生であったにも関わらず、全てを取り仕切ってくれたました。
ダメな父親です。
喪主は私でしたが、ショックのあまり、そのときのことはあまり覚えていません。
娘に促されながら、必要な手続きだけが着々と行われていきましたが、私には何の実感も伴っていなかったのです。
合同葬儀や被害者の会でで知り合った方々とは今でも親交が続いていますが、それも偏にそのときの娘のおかげです。
夫を亡くして娘の幼馴染の男性と道ならぬ恋に陥っている未亡人。
幼馴染の女子◯生が車椅子になってしまった大学生。
姉が事故で顔に傷を負って引きこもりになってしまった弟さん。
事故はいろいろな人の人生を一瞬にして歪めてしまい、それからの人生にも一層の歪みをもたらしましたが、その話はまた別の機会にしたいと思います。
そんな訳で、家内のいない新しい生活が始まっても、現実を受け入れられずにいた私は、しばらくの間、会社を休んで家でフラフラしていました。
ダメな父親を非難することもなく、娘は私をそっとしておいてくれて、家事の一切を引き受けてくれました。
朝が弱く、家内がいたころは起こしてもらわなければ起きられなかった娘が、私よりも先に起きて二人分の朝食を用意すると、私を起こしにくるのでした。
「パパ、早く食べちゃって」
そう言って、私を急き立てながら自分は学校に行く身支度をして、私がようやく朝食に手をつけるころ、娘は運動靴を履いて、学校へと出かけていくのでした。
「いってきまーす!」
気丈に振る舞い、新しい生活を必死で支えてくれる娘の後姿を見て、私は自分の不甲斐なさに項垂れるしかありませんでした。
「早く気持ちを切り替えなければ・・・」
そう思ってはいたものの気力は回復せず、一日いちにちと、またしても不毛な日々が過ぎていくのでした。
「パパ、明日はお仕事に行けそう?」
娘は学校から帰ると、そう尋ねます。
私が力なく首を横に振りましても、それ以上は何も言ってこないのでした。
それどころか、夕食時から二人で布団を並べて床に就くまで、娘はその日、学校であった出来事を明るく快活に、話して聞かせてみせるのでした。
このままでは本当に駄目だと、私の目が覚めたのは、秋になってからのことでした。
娘が進学をせずに働きたいと、担任の教師に申し出ていると知ったのが切っ掛けでした。
「美鈴、高◯には行った方がいいよ」
家内に似て、勉強もスポーツも良くできる方だったので、進学をしない理由はひとつしかありませんでした。
「パパ、ちゃんと仕事を探すから」
「ホント?」
この時を境に、私はようやく気持ちを取り戻して、中年の就職活動を始めたのでした。
と申しますのも、最初のうちは会社も同情してくれて休職扱いにしてくれていたのですが、いつまでも復帰しない私は見限られ、既に退職を余儀なくさせられていたのでした。
すべて自分の撒いた種ですので仕方がありませんでした。
気を引き締めて再就職に励む私でしたが、世間の風は冷たく、結局都会に出なければ新しい仕事に就くことはできないと思い知らされただけでした。
都会で娘と二人で暮らすということは、長らく収入を失っていた私たち親子にとっては、大きな負担でした。
そこで、私は年老いた家内の両親に、美鈴が高◯を出るまでの間、田舎で面倒を見てもらえるように頼み込ました。
昔、美鈴の面倒を見てくれていた時期のある義父母は快く引き受けてくれたのです。
すぐに、娘にその話をして聞かせましたが、美鈴は予期していた以上に強く反対しました。
家内が他界して以来、私に口答えなどすることのなかった娘ですが、そのときだけは離れて暮らすことに強い難色を示したのです。
尤も、それまでは、美鈴が一方的に私に話しかけてきてくれていましたので、口答えも何もなかったのですが。
「パパの面倒は、誰がみるのよ」
「パパだって、自分のことぐらい、自分でやれるさ」
家事の一切を家内に任せきりで、その後は娘が全てをやってくれておりましたので、本当は何もできないことは誰よりも自分が解っておりました。
然しながら、娘の前ではそう言うしかありませんでした。
話し合いが決裂し、暫くの間、娘は脹れっ面をして、口もきいてくれませんでした。
しかし、やがては諦めたのか、何日も経たずに普段の娘に戻っていました。
義父母と娘に見送られ、都会で仕事を始めた私は娘のために、毎月の仕送りを欠かしませんでした。
学費や生活費などをこちらで負担しなければ、義父母も苦しい生活を余儀なくされます。
本来ならば、アルバイトは禁止されている職場でしたが、私は週末や休日にも日雇いの仕事に就いて、ひたすら生活費を工面していたのです。
離れて暮らす娘に会いたいと願わない日はありませんでしたが、交通費も馬鹿になりません。
それに、何と言っても日雇いを休むのが惜しく、気がついたら四年の歳月が流れており、娘は何と高◯を卒業する年になっていたのです。
その間、会いに行くことは叶いませんでしたが、メールの遣り取りは頻繁に行なっていました。
成績は悪くなかったようですが、私に気遣って進学はせずに働くとメールに書いてきたとき、奨学金をもらうなどできないか、私なりに調べて勧めましたが、娘の決意は変わらなかったようです。
まだ、風が冷たい三月のある日、日雇いの仕事から戻った私は、ボロアパートの前に学生服姿の女性が立っているのを見つけました。
「美鈴?」
私の声に顔を上げた女性は、私の姿を見ると満面の笑みになって駆け寄り、抱きついてきました。
「パパ!」
突然現れた娘に驚きましたが、嬉しさのほうが大きくて、すっかり大人になった娘の細い体を抱きしめていました。
「どうしたんだ?」
アパートの部屋に入り、薬缶を火にかけながら私は尋ねました。
「こっちで働くことにしたの」
そんな話は、義父母からは聞かされていませんでした。
「おじいちゃんたちには、ちゃんと言ってきたのかい?」
娘の気持ちを案じて、責めるような口調にならないように注意しながら聞いてみました。
すると、娘はバツが悪そうに目を伏せると、ゆっくりと首を横に振ったのでした。
「しょうがないなぁ。おじいちゃんたち、心配するじゃないか」
そう言って私は両親に電話をしようと携帯を取り出すと、義母から何度も着信履歴が残っていました。
私は携帯電話を手に何度も義父母にお詫びの言葉を述べました。
美鈴が私のところにいると知った義父母は、安心したようでしたが、心配もしてくれました。
「仕送りはもういいから」
そう言って、親子二人の新たな門出を祝福し、応援してくれたのです。
娘のために仕送りしていた分を生活費に回せば、何とか二人で暮らしていけると踏んで、娘との二人暮らしが再び始まりました。
僅かな給金ではありますが、娘の収入も生活には欠かせないものでした。
娘が家事を引き受けてくれるようになったので、私は仕事に集中できるようになりました。
ボロアパートには風呂がないので、娘がやってくるまでは、節約のために風呂は三日に一度と決めていましたが、若い娘は毎日入りたがりますので、仕事が終わると二人で銭湯に出かけ、一緒に帰るというのが日課になりました。
美鈴がやってきてから数ヶ月が経ったある晩、私は呻き声で目を覚ましました。
余分な部屋はないので、昔のように美鈴とは布団を並べて寝ていました。
娘が幼かったころに、熱を出して家内と一緒に病院に駆け込んだときのことが思い出されて私は慌てました。
しかし、その呻き声は苦しんでいるというよりも、喘いでいるという感じで、私は起き上がれずにそのまま横になっていました。
「うっ!」
美鈴の喉の奥から押し殺した小さな声が漏れ出ると、あたりは急に静かになりました。
私は寝返りを打つふりをして、娘のほうに身体を向けると薄く目を開けて、暗がりの中で目を凝らしました。
美鈴はうつ伏せになって下着に手を突っ込んだまま、すやすやと寝息を立てていました。
娘が自分で自分を慰めていたのだと知り、大いに驚きましたが、男やもめの私の中で、何かがカチリと音がした気がしました。
自分でも消化しきれない奇妙な気持ちに蓋をして、私は娘に掛け布団をかけてやると、その晩は無理に目を閉じて眠りました。
翌朝、目を覚ますと娘は何事もなかったかのように朝食の用意をし、私の着替えを用意してくれていました。
私は夢でも見ていたのではないかとの錯覚を覚えるほど、娘はいつもと同じ様子でした。
私が娘の声に気づいたなどとは、夢にも思っていないようでした。
若い健康な女性ですので、自分で自分を慰めることがあっても、なんら不思議はありません。
私も何も聞かず、見なかったことにして、何日かを過ごしました。
然し、次に娘のマスターベーションに気がついたとき、衝撃が走りました。
絶頂を迎える瞬間、美鈴が小さな声を発したのを、耳にしてしまったのです。
「パパぁ・・・」
私は自分の耳を疑いました。
娘は父親である私のことを想像しながら、自らを慰めていたのでしょうか。
その時も寝返りを打ったふりをして娘の様子を伺うと、娘はやはり寝入っていました。
然しながら、前回と違うのは、娘はパジャマの前をはだけ、ズボンを下着ごと膝まで下ろしたままの状態で眠っていたのでした。
カーテンを通して外の街頭の光が入ってきており、私は娘のあられもない姿に見入ってしまいました。
家内に似て小さめのおっぱいでしたが、大人の女性として十分な膨らみをもっており、股間の丘には大人の証である陰毛が茂っているのが、灯りに照らされて映し出されていました。
私は、その晩も美鈴に布団をかけてやりました。
しかし、すっかり大人になった娘の身体が目に焼きついて、脳裏から離れずにいたので、すぐに眠りにつくことはできませんでした。
翌朝のことでした。
私は股間に違和感を感じて、目を覚ましました。
覚醒していくに従って、朝を迎えてギンギンに元気になった自分の肉棒が誰かに掴まれていることに、私は漸く気づきました。
身動きできずに、身体中の神経を研ぎ澄ませると、美鈴が後ろから抱きついてきていて、腰の辺りから腕を回して私の怒張した男根をしっかりと握り締めていたのでした。
同時に、私は娘が寝息を立てて眠っていることにも気づきました。
戸惑いながらも、私はそっと娘の手から逃れるとトイレに入り、自分で自分を扱くと溜まりきった精子が便器に飛び散りました。
高鳴る興奮を落ち着かせ、娘の隣に再び横になりましたが、私はもはや眠りにつくことができませんでした。
いつまでも悶々とし続けて、娘の寝息をいつまでも背中で聞いていたのでした。
そう思っていましたが、それでもいつの間にか私は眠りに落ちていました。
目を覚ましてから美鈴と顔を合わせるのが気恥ずかしかったのですが、娘の様子はいつもと変わらないものでした。
「パパ、今日は遅くなる?」
「ん?それほどでもないと思う」
「帰る前にメールしてね」
普段通り、いつもと同じ朝の会話が交わされました。
仕事を終えて帰ってきても、娘の態度に変わりはありませんでした。
私が一人、大人になった娘のことを意識し過ぎていたのかもしれません。
そう思っていた矢先のある週末を前にした日の晩、電気を消して床に着いたときのことでした。
娘はそれまでとは違って、声を押し殺すようすはなく、明らかに自分で自分を慰め始めたのでした。
「ん、ん、ん、ん」
目を開けてみると、美鈴はパジャマの前を大きく開いて、左手で自分の乳首を弄びながら、右手をパジャマのズボンに突っ込んで股間の辺りで動かしていました。
何も言わないのもあまりに不自然だと思って、私はとうとう声をかけてしまいました。
「美鈴、具合でも悪いのか?」
暗闇の中が静寂に戻り、沈黙が続いた後、娘が口を開きました。
「いいよ、パパ」
私はここで、正直に告白しなければなりません。
美鈴が自分を慰めていることを知ってから、私の中で美鈴はもはや娘ではなく、一人の女性として私の心を支配していました。
先日は、そんな娘が局部に手を伸ばしてきたりしていたのですから、意識しない方が無理というものでしょう。
「ねぇ、パパ、きて」
娘はそう言って華奢な身体を摺り寄せてくると、私に抱きついてきたのでした。
私の中で父親としての理性がガラガラと音を立てて崩れ去り、カチリとタガが外れたような気がしました。
既に、理性は崩壊してしまっていたのかもしれません。
それでも私は何とか父親としての気持ちを保とうと頑張っていたのですが、その時、すべてが打ち砕かれました。
私は、来ていたパジャマを下着ごと脱ぎ捨てると、娘の身体を引き寄せて強く抱きしめました。
幼いころ、毎日のように抱きしめていた少女とは違って、私の腕の中にいるのは既に大人になった一人の女性でした。
膨らんだ乳房の上の突起は硬くなって私の胸に擦れ、私は娘の唇を塞ぎました。
「あふ・・・」
長いディープキスの後、唇を放すと、娘の唇から声が漏れました。
「美鈴はもう、男の人を知っているの?」
どうしても気になっていることを私は娘に訊いてしまいました。
すると娘は何か大切なものにでも触れるかのように両手の掌で私の両頬を包むと、目を細めて私に告げたのです。
「私は、パパだけって決めてるから、知っている訳ないよ」
それを聞いた私の心は嬉しさで小躍りしました。
はだけたパジャマの上着から腕を抜いてやり、パジャマのズボンも脱がせると、そこには下着一枚の姿になった娘の姿ありました。
美鈴は両腕で胸を隠すようにしていましたが、私はその腕をそっと払いのけると、そこには艶めかしい一人の女性が横たわっていました。
母親譲りの透き通るような白い肌。
すっかり大人になって程よいふくらみを蓄えたおっぱい。
胸のふくらみの頂点にツンと勃ったピンク色の乳首。
仰向けになるとあばら骨が少し浮いて見えるほど細九手しなやかなボディーライン。
白い肌の割に体毛が少し濃くて、黒々とした股間の茂み。
「優しくしてね」
それを聞いただけで、私の股間は痛いほどに屹立し、娘の草むらを分け入ると奥深くにまで侵入したのでした。
あまりにもの狭さに私のモノは締め付けられました。
「痛くないか?」
眉間に皴を寄せた美鈴が心配になって、私は動きを止めると声を掛けました。
「うん、大丈夫。想像していたほど、痛くない」
娘はそう告げると、私の背中に腕を回して強く抱きついてきたのでした。
娘の温かく、私の分身は柔らかい襞に包まれて、直ぐにも果ててしまいそうでした。
けれども、直ぐに果ててしまうには惜しいほど、美鈴の膣内は甘美なのでした。
「パパ、これがセックスなんだね」
「そうだよ、痛くないかい」