古き良き時代の小学校。コンプライアンス無視の恥辱罰は果たして、大人びた超絶美少女にも適用されるのか

Hatch コメントはまだありません

この話は平成生まれの若者には信じてもらえなかった。

会社の草食系男子と呼ばれている部下を興奮させてやろうと思ったが、「信じられませんよ~」と一蹴されてしまった。

だが、本当のことである。

今から半世紀ほど前のことだが、当時、田舎の学校の先生は絶対的な権力者であった。

子供ながらに先生の前でペコペコしてる親を見ては、上下関係は先生の方が遥かに上なんだと捉えていた。

暴力まがいの体罰を行う先生は少なからずいたし、極端にヒステリックで機嫌を損ねるとわめき散らし、拗ねて一週間以上も授業を放棄するような先生もいた。

そして、今ではあり得ないだろうが、保護者は「うちの子がいつもすみません」と謝りには来れども、文句を言ったり、苦情を教育委員会に入れる者はいなかった(いたかもしれないが、もみ消されていたか、突っぱねられていたのだと思う)。

この話には主要な登場人物は四名いる。

一人目は担任の女教師Y先生だ。

先に紹介した暴力性とヒステリーの両方を兼ね備えた猛者であった。歳は30代半ばだったと思う。

真面目で曲がったことが嫌いで、本来は優しい一面もあったが、噂では家庭が崩壊寸前でストレスを抱え、ノイローゼになりかけていた。

私が4年生の時に転勤してきて5年生から担任になった。

二人目は私(K)だ。当時は6年生。わんぱくでひょうきん者でいつもクラスの中心にいた。

特にルックスが良いわけではないが、校内で一番足が速く、スポーツ万能であったということで、女の子からはそこそこモテていた。

だが、重大な欠点があり、致命的だった。

ちゃらんぽらんで何にでもいい加減で、集中力はせいぜい10分しか持たない。

今ではよく耳にする軽い発達障害だったのかもしれない。

じっとしていられない。勉強はしないし、出来ない。

成績は体育以外、全て「がんばりましょう」だった。

昔はそんな子はクラスには一人はいて、面白がられたり嫌われたりしていた。

私の場合、好かれることの方が多かったと思うし、良く言えば運動神経が良いカツオくんと思ってほしい。

そしてご想像の通り、担任のストレス発散の矛先として目を付けられ、幾度となく𠮟責され、体罰も受けていた。

三人目は美少女Rちゃん。とにかく非の打ちどころがない美少女だった。

男子同士で誰のことが好きかを聞くとき「R以外で」と注釈を入れていたほど美しかった。(それでも私は「Rが好き」だと言っていた)

背丈はやや高めで細身だが、おしりや太もも付近には適度に肉がついており、腰は再び細くなり、小学生らしからぬクビレがあって、女性の体型にはあまり関心がなかった私にもゾクッとするような衝撃を与えていた。

おまけに元々はっきりとここからここまでがおっぱいだろうとわかりうるメリハリのついた胸のふくらみは、5年生の終わりころには更に大きくなりだし、体だけなら高校生と見間違えるんじゃないかってくらいに発達していた。

そして、「いくら日光を浴びても日焼けしないの」と言っていた透き通るような真白な美肌と相まって、まさに天使そのものだった。

また、ブルマ姿は神々しさが漂っていて、私は直視できなかった。

後ろの太ももからおしりの肉に切り替わる部分なんて目に入れたら、罰が当たると思っていた。

私は純粋なバカだから、この時まで男でも女でも一番見られて恥ずかしい部位はおしりだと思っていた。

だから、服の上からでもおしりをじろじろ見る行為だけは相手が可哀想だし、嫌われると思っていたのだった。

おしりの境目の素肌なんてなおさらだった。

余談だが代わりに「R、おっぱいでかくなってきたなー」と言って、ジロジロ見つめて、女子たちからボロカスに言われ、始めて「おっぱいも恥ずかしいのか?」と勘繰り始めた。

ちなみに女性器の存在を知らず「ちんこ」が無いだけと思っていたし、そのちんこの別の使い方も知らなかった。

勃起はするが、性欲ではなく、物理的刺激で勝手に起きる謎の現象であった。

そんなRちゃんは身体が大人になるにつれ、やや愁いを帯びた涼しげな表情を見せるようになり、「山口百恵の小学生時代はRちゃんみたいだったのかな?」と照らし合わせ、互角に位置付ける男子もいた。(私は時代は違うがZARDの坂井泉水に似ていたと思う)

性格はおとなしくて、誰にでも優しかった。

女子からも憧れられるアイドルみたいな存在だったが、実際にアイドルになることを夢見ていて、少しずつ人前に立つ練習をしてるように思えた。

歌もダンスも得意だったが、性格はそう簡単に変えられず、とても恥ずかしそうに顔を赤らめながらみんなに披露するのだが、その仕草が逆にたまらなく愛おしかった。

普通であれば、小学生女子が容姿を褒められる時、「かわいい」とか「かわいらしい」だと思うのだが、彼女の場合はそれらを超越しての「美しい」という表現の方がしっくりした。

四人目はTちゃん。

Rちゃんの親友だ。

ちっちゃくて人懐っこく、こちらこそ単純に「かわいらしい」と形容できるロリ系天使の女の子だった。

大差ではあるものの、私が二番目に好きな女子だった。

男子だけでこっそりやっていた人気投票でも3位につけていた。

だが、残念なことに、ガサツでちゃらんぽらんな私は嫌われ気味だった。

話は多感な6年生に戻る。

わが出身校は農村が大半を占める地域に建てられた新しい学校だったが、農地が工場に変わっていく時期であったため、ちらほらと団地が建ち始め、人口が増えていた。

当然子供の数も増え、クラスの数が2クラスが3クラスへ増えることとなり、6年生進級時に異例のクラス替えが行われた。

私はRちゃん、Tちゃんと同じクラスになりラッキーだったが、担任の先生も同じY先生だったことはアンラッキーだった。

Rちゃんたちは相変わらず天使だったが、Y先生は鬼へと化していった。

元々狂暴だったY先生は隣のクラスに赴任して来た3年目の若くてぶりっこタイプの担任と比較され、児童からの人気は無いに等しかった。

当たり前だが、優しくて宿題をほとんど出さないお隣の先生は児童からの人気を奪い、そして、若くてかわいいい点においては男性教員(校長、教頭を含む)からの人気も独占した。

そんな事情と、Y先生の旦那さんによる家庭内暴力も合わさり、八つ当たりの方向は私をはじめとする旧クラスで同じだった児童へと向けられ、次第にエスカレートしていった。

その頃から痛い、しんどい系統の体罰から、恥ずかしい陰湿な体罰に移行したように思う。

引き金を引かせたのは私だった。

私は新学年を迎えても早速、宿題をサボりまくった。

尋常じゃない量だったからだ。

とても遊ぶ時間がない量を連日出され、全部サボった。

当然のこと、宿題をやってこなかったことでの体罰も毎日受けた。

そして、5日ほど続いたある日、挟み撃ちビンタをされた。

脳震とうを起こしたかと思うほど痛くてムカッとしたのだが、あろうことか「俺、M先生(ぶりっこ先生のこと)が担任のほうが良かった」「変わってほしい」と言ってしまった。

この暴言を皮切りに、即座に、みんなの前でお尻を叩かれた。

それも、生のおしりをだ。

「パンツも下ろしなさい」と言われ、鬼の形相に敗北し、足首の所までパンツを下げられ数発、痛烈な平手打ちされた。

真ん中の席の奴らは「きんたま袋が見えてたぞ」と言ってたし、口にはしなかったが最前列の角のTちゃんからは横からの眺めのちんこが見えていたに違いなかった。

私は看護婦だった母の独断で物心つく前にちんこの皮をむかれていた。

勃起してないときでもズル剥けだった。

そして、障害物が一枚無いおかげか、小柄だった私には不釣合いなほど太く長かった。

今でこそありがたいが、幼少期においてはコンプレックスでしかなかった。

明らかに同級生のそれとは違っていて、ときに「むけチンくん」とあだ名され、バカにされた。

また、前述のように他のみんなはおしりを見られるのが一番恥ずかしいと思っていたが、私は、このちんこを見られるのが一番恥ずかしかった。

もちろん、このちんこを見たTちゃんと先生はどう思ったのかと少し気がかりだったし、ショックだった。

だが、「Rちゃんが一番後ろの席でまだ良かった」と直ぐに立ち直れたのは我ながら「さすが」だった。

ちゃらんぽらんな脳みそが役に立ったのだ。

普通はもっと凹むらしい。

そして、数日経ったころには私は、完全にわんぱく小僧に戻った。

しかし、一件落着と思っていたのは自分だけで、、何か周りの様子が何かおかしい。

休み時間も放課後も遊ぶ相手がいないのだ。

どうやら、私が受けた罰のインパクトが強かったらしく、みんな戦々恐々としていた。

転校生たちは萎縮して、友達も作れないで、ただひたすら宿題に明け暮れていた。

本人が気にしてないんだから別にもういいじゃんと思っていたし、私は、マイペースな自分を取り戻したのだが・・・。

そしてさらに数週間が経ったある日、Y先生は何故かめちゃくちゃ機嫌が悪かった。

私は、遊び相手がいないため、仕方なく宿題をやってきていたので関係ないと思っていたが、体操服を忘れて来てしまっていた。

そして、体育の時間になり、「体操服を忘れました」と先生に言った。

去年までの罰は片付けと居残り掃除だけで良かった。

私服で参加できたし、体罰もなかった。

しかし…、である。

今日の先生はめちゃくちゃ機嫌が悪い。直近の悪い前例もある。

「みんなの前に来なさい!」

嫌な予感しかしない怖い口調で呼ばれた。

「はい!お尻出して!」

「またかよ」と思った瞬間、ズボンとパンツをずり下ろされ、抜き取られた。

そして、今度はみんなの方へ向き直させられた。

私は、必死でちんこと金玉を隠した。

今度は確実にRちゃんに見られてしまうと思った反射的行動だった。

この日のRちゃんは、よりによって最前列のど真ん中で体育座りをしていることを知っていたからだ。

すると、「手は横!」と指示され、

「嫌だ!」

「ケツは出したじゃんか」

「いいから離しなさい」

「嫌だって!」と押し問答が続いた。

だが、あえなく、強引に手を引っ張られ「きをつけ」をさせられ、恥ずかしい「剥けちん」をみんなに突き出す形でお披露目させられてしまった。

運が悪いことに、引っ張り合いが亀頭を刺激したのか、半立ちになってしまっていた。

私は、Rちゃんの顔を見ることができないまま尻たたきを喰らった。

男子たちは「ハハハ」「でけー」「むけてるやん」と笑っていて、女子の集団からは小さく「きゃ~」と聞こえてきていて、気になって全く痛くなかった。

その後も「そこで準備体操しなさい」と言われ早く終わらせたい一心で渋々従った。

1メートル先でRちゃんとTちゃんが私の掛け声とともに動きを真似て、ぴょんぴょんと跳ねていた。

嫌でも彼女たちが視界に入ってきた。

だから、仕方なく彼女たちの表情に焦点を合わせてみた。

Tちゃんは半分拒絶しつつ、目線の片隅でちんこを見ていた。

Rちゃんはというと、なんと、目を見開き、暴れ回るちんこを追いかけ、観察していた。

体操も後半になると緊張もほぐれ、ぶるんぶるんと動き回って、程よい刺激をもらったちんこは「おはよう」とばかりに完全態になってしまい、男子からは爆笑を取った。

そして、女子たちは「サイテー」「ヘンターイ」と騒ぎ立てたが、場は盛り上がっていた。

さすがにRちゃんは完全態には目を逸らし、恥ずかしそうに俯いていたが、「ちょっとかわいそうだよね」とTちゃんと話す声が聞こえてきて嬉しかった。

Rちゃんは誰にも流されないで、いつでも優しい少女だった。

この日は改めてそう思った。

結局、体育の最後は、後片付けも命じられたのだが、なんと、RちゃんとTちゃんが手伝ってくれたのだ。

そして、気まずくならないように直ぐに話しかけてくれた。

「あんなに恥ずかしの、ひどいよね」「大変だったね」と慰めてくれたのだ。

私は、強がったわけではなく「全然。もう慣れたし。盛り上がったし。」と返事した。

彼女は感心したように、「えらいね」と言って褒めてくれた。

いつもは超絶美少女のRちゃんと会話するのには勇気が必要だったが、この時は不思議とすんなりと話ができた。

ヌーデストハイってやつだったかもしれない。

私は、「キモいモノ見せちゃってごめんな」と言った。

すると、少し間をおいて、「そんなふうに思ってないよ」「うちのパパ、家の中でしょっちゅう裸でウロウロしてるし、私も裸の時もあるんだよ」と言った。

私と、すぐ近くで聞き耳を立ててたTちゃんは「私も裸」の所でビクッとした。

そして、続けて、「毎日パパのちんぽ見てるから、私は平気だよ」と言った。

私とTちゃんはしばらくの間、フリーズしてしまった。

Tちゃんもおそらく「ちんぽ」と聞こえたことで思考停止したんだと思う。

間違いなく「ちんぽ」と言った。

学校一の美少女が、テキトーな私ですら「モノ」と表現した男性器のことを最も卑猥に聞こえる「ちんぽ」と、わざわざ言い換えたのだ。

一般的に成長(性徴?)が早いと言われている女子のTちゃんは一足先に性に目覚めていたかもしれないが、バカで精神年齢が低い私はこの言葉がRちゃんの口から発せられた瞬間が目覚めだった。

本能がエッチだと認識したのだ。

後日、Tちゃんが弁明にきた。

要約すると、Rちゃんのお父さんが男性器のことをふざけて「ちんぽ」とよんでいて、Rちゃんはその呼び名しか聞いたことがなかったことで起きた事故だったようだ。

Tちゃんには「男子のアレ」と言ったことにしてくれとお願いされたが、もう遅かった。

Rちゃんが私のちんこをガン見したことと、「ちんぽ」と発言した余韻に浸り、その日のうちに精通を済ましていたからだ。

悪気はなった。

帰宅後、どうにも収まらない血走った亀頭をひと撫でしただけだったが、ドロッと何かが出てきたのだった。

そして、その後は申し訳ないが、脳内の書き換えなどできるわけもなく、自慰の度に真実を引き出した。

長くなったので、次回Y先生が「男女平等」を恥辱罰でも有言実行してしまった話をしたいと思う。

Categories
未分類
Leave a comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です