ある初夏の金曜日、僕は亡くなった叔父が以前から親しくしていた民宿へ5年ぶりにやって来た。
僕は1週間、コラムを作る仕事の休みを取って釣りをしに来たのだ。
最初の朝、釣り船に乗ろうとすると、客は僕1人だった。
何だか他の予約客がキャンセルしたそうだ。
少し申し訳ない思いで船に乗り込み、準備をしていると、1人の髪の長い、驚くほど美しい少女がやってきた。
「いらっしゃい。今日はよろしくおねがいします」
最初は家族連れの娘かと思ったが、どうやら船長らしい。
「わたし、ここの娘で、こないだ免許を取ったばかりなんです。もうすぐ16歳になる中学3年生です。」
僕は短くうなずき、彼女は黙って船を出航させた。
普段から1人でいることの多い僕は、この少女と2人で釣りに出ることに、少しだけ気づまりを感じていた。
彼女の長い髪が、波風に吹かれてキラキラとなびいている。
僕は彼女の透き通るような美しい横顔を見て、何だかずいぶん前の古い記憶が蘇ってくる気がした。
船をポイントに留め、イカリを下ろすと、彼女が話しかけて来た。
「あの、お名前は‥?」
「孝之って言うんだ」
彼女は少し驚いたような表情をした。
「じゃあ孝之さんって呼んでいいですか?」
僕はまた気づまりになり、
「勝手にすればいい。」
とだけ彼女に言って、釣竿を投げた。
「孝之さん、釣れてませんね。」
「そうだな。おい、少しポイントを動かしてくれないか。」
僕はいつもの通りぶっきらぼうに言った。
「ハイっ!わかりました!」
彼女はこぼれるような笑顔を向けると、少し東の方へ進路を取った。
「お前、学校は行かなくていいのか?」
彼女は少し下を向いたまま、
「今日は‥ズル休みです。おじさんが腰を痛めちゃって‥」
「そうか。お前も大変なんだな。」
彼女は僕のエサ付けを手伝いながら、少し拗ねたように言った。
「あの、孝之さん。おい、とかお前、じゃなくて、名前で呼んでもらえませんか?」
「お前・・なんて名前だ?」
「美香っていいます・・」
僕は少しだけ混乱した。
胸がやや苦しくなり、遠い記憶がよみがえる。
「わかった。ゴメン。美香・・だな。」
「そうです。孝之さん!さあ準備をしましょう!」
美香は満足げに笑って、僕の手を取った。
僕はまるで、あの日に戻ったような錯覚を受けた。
「孝之さん、こっちの方に魚影が見えますよ!」
「あっ釣れましたー!孝之さん!大きいですよ!」
美香は僕に腕を組んだまま離さず、まるで恋人か父親と一緒のようにはしゃいでいた。
そうしてるうちに太陽が西に傾いて来た。
美香が帰航の準備を始めている。
僕は今日の日が終わってしまうことに、めずらしく去就感を感じた。
「アレ?おかしいな・・どうなってんだろう?」
僕は美香にどうしたのかと聞いてみた。
「孝之さん。エンジントラブルみたいです。家に連絡してみますので・・」
その後美香は、電話でやり取りしていたが、申し訳なさそうに、美しい顔を向けて来た。
「すみません、孝之さん。今日は波も高くないし、岸からほとんど離れてないから、明日の朝迎えに行くまで、イカリを下ろして停泊しとけって・・」
僕は、どうって事はない、という顔をして、
「大丈夫だ。そんなこともあるさ」
と答えると、美香は、
「孝之さん。優しいんですね。ありがとうございます!」
と輝くような笑顔で笑ったのだ。
空は燃えるような夕焼けだった。
「夕焼けって、キレイだけど何だか寂しくて。色んな人のことを思い出します」
そうだ。僕は以前、好きだった子からもらった手紙のことを思い出した。
夕焼けの見える部屋の窓の横で、僕はもう帰らないその子からの手紙を読んで、思い切り泣いたのだ。
今はもう想い出になってしまった。
「孝之さん、お弁当食べます?」
僕たちは1つの弁当を分けて食べた。
「孝之さん。お箸が1つだから、わたしが食べさせてあげます。」
僕たちは恋人ごっこのような食事を終えたあと、まだ少し寒いデッキに横になった。
少しうとうとしていると、美香が猫のように毛布に潜り込んで来た。
「美沙?・・。」
僕は寝ぼけて、むかし出会った少女の名前を口にしてしまった。
「孝之さん。キスしてもいいですか?」
彼女は返事も待たずに、唇を押し当てて来た。
まだぎこちない、長いキスだ。
そして美香は立ち上がり、服を脱いで一糸纏わぬ姿になった。
月明かりに立つ、まるでその女神のような姿に、僕は現実感のない美しさを感じた。
彼女はまたキスをすると、僕の手を取り、まだ膨らみ切っていない胸に手を添えた。
「あっ。孝之さん」
そして僕の首に腕を巻きつけ、体を押し当てて来た。
「お願い。触ってみて・・」
僕が美香のアソコに触れると、まだ生えそろっていない割れ目の部分に湿り気を感じた。
彼女はまた猫のように僕の下に潜り込み、足を開いた。
美香はずっと僕の顔を見つめてる。
「孝之さん。来てください」
僕は美香の中にゆっくりと進んだ。
「ああっ。孝之さん。」
美香は初めてだった。
それでもしばらくゆっくり動かすと、息が荒くなってくる。
「はあっ。はあっ。大丈夫です。気持ちいいです。」
僕は少しスピードを上げた。
「あん。いいです。美香、感じてます。孝之さん。・・ずっと待ってました。ああっ!」
そして僕は彼女の外に出した。
そのあと、僕は背中から美香を毛布で包んでやった。
星空を見ながら、美香が語り始めた。
「わたし、ホントは孝之さんのこと、ずっと前から知っていたんです。」
「実はわたし、美沙の妹です。黙っててごめんなさい。」
僕はさっきから、何となく感じていたその言葉を聞いて、黙って彼女を強く抱きしめた。
「私と美沙はお母さんが違ってます。私たち、年齢は同じだったんですけど。」
「お父さんが亡くなったあと、最後に美沙とここで会いました。美沙は孝之さんの事ばかり話してました。大好きだって。とても優しくしてもらったんだって」
僕はまた涙が止まらなくなった。
「僕は・・僕は、最後まで美沙に好きだと言う言葉さえも‥伝えてあげられなかったんだ・・」
「大丈夫ですよ。美沙、わかってた。きっと孝之さんも私のことが好きなのよ、って言ってたわ。」
僕は声をあげて泣きながら、美香にしがみついた。
封印したはずの、あの時の傷がよみがえる。
「あれから5年間、会った事のない孝之さんをずっと待ってました。美沙から最後にお願いされたんです。美香も孝之さんを好きになってくれたら嬉しいって。わたしが優しくしてもらった事を、代わりにお返しして欲しいって・・」
僕は満天の星空を見上げた。
美沙が優しく僕たちを見下ろしているように思えた。
「孝之さん。もう少しだけ、美香のそばにいてもらえませんか?」
僕はふたたび美香を抱き寄せ、優しくキスをした。
「もう大丈夫です。もう一度・・わたしを抱いてください」
僕はもう一度、美香の中に入った。
「ああっ。孝之さん。こんどはもっと気持ちいいです。ハアっ。ハアっ」
美香の中が熱く、ゆるやかになってきた。
「孝之さん。おかしいです。何か来ます。あっ、あっ。気持ちいい。ダメ。中から・・どうしよう。あっ。ダメっ。あっ・・ああーっ!!」
たぶん美香は初めて逝ったのだろう。
彼女はまだその感覚を知らなかったみたいだった。
僕はそれから長い間、猫の様に横で丸くなって寝てしまった美香の寝顔を見ていた。
ふと空を見上げると。東の方が明るくなり、見事な朝焼けが空を覆い尽くそうとしていた。
「美沙・・君が好きだった・・今でも愛してる。」
そう口に出してしまうと、燃えるように美しい朝の空の向こうの美沙に、これまで言えなかった気持ちをようやく伝えられた気がした。
「・・孝之さん・・優しくしてくれてありがとう!」
朝焼けの中で、もうすぐ消えそうな明るい星が、確かに僕にそうささやいて聞こえたのだ・・。
遠くから船音が近づいてきた。
親父さんが船を出したんだろう。
美香は僕の足をどこにも行かないように、しっかり握りしめている。
そして親父さんが美香を起こし、エンジンの修理を終えた。
「ところで孝之さん。美香から聞いたかね?」
まぶしい朝の光の中で話し始めた親父さんに、僕は頷いた。
「美沙はいい子だった。2人が並ぶと、まるで天使を見てるようじゃった。とても残念じゃった」
僕はまた水平線の先の遠くを見つめた。
「それでな。孝行さん。一つお願いがあるんじゃ。美香は来年高校生になる。こんな田舎で船長をさせておくのもかわいそうでな。」
美香はとなりで恥ずかしそうにうつむいている。
「そこでだ。孝行さん。春になったら東京で美香を預かってくれんか?美香を東京の高校に入れて、学生生活をさせてやりたいんじゃ。」
僕は迷った。
5年前のあの夜、韓国料理店のピンクと水色のネオンの下で、現実感のない美しい笑顔で僕に笑いかけてきた、まだ幼さの残った美沙の姿を思い出した。
僕は心の中の美沙と重ねずに、このまま美香と一緒に暮らしていけるだろうか・・。
すると親父さんはすべてを見透かしたように言った。
「大丈夫じゃ。美香もわかっておる。そしてこれは、5年前の美沙の望みでもあったんじゃ」
美香は僕の腕をギュッと強くつかみ、しがみついてきた。
「孝行さん。わたし、孝行さんと一緒にいたい!・・美沙の分まで大事にしてあげたいの。約束だから・・」
僕は、5年前から止まっていた時計の針が動き出したような気がした。
一緒に暮らして美香を幸せにしたい。
僕は2人にそう伝えると、美香は飛び切りの笑顔で僕に抱きついてきた。
そして帰りの船の帆先で、朝の光にキラキラした髪をなびかせながら、美香は美沙によく似た現実感のない美しい顔を僕に向けて、いつまでも僕だけを見つめ続けていた。
もう港が近づいている。
僕はもう一度歩き出すのだ。
今度は一人ではない。
僕はもう高く登った太陽を見上げ、小さくつぶやいた。
「僕は行くよ。美沙、ありがとう・・」
最後の涙が一筋だけ流れた。
僕は陸に上がり、もう一度美香を抱きしめた。
そして、僕たちは輝く太陽を背にしながらゆっくりと、空を見上げて一歩ずつ、前へと歩き始めたのだった。