最初は、教師と一生徒というだけの関係だった。
笹倉先生は、ボクが高◯三年のときにほかの学校から転任してきた英語の教師で、ほかの先生たちと比べるとボクたち生徒との年齢が近かったこともあって、人気の的だった。
長い髪にアーモンドアイの先生は、何と言っても美人で、若いのに颯爽と校内を歩く姿は見ていて格好良かった。
先生は女生徒にも人気があって、それはきっと先生が、関西にある某劇団の男役のような雰囲気を醸していたからかもしれない。
全校生徒の憧れの先生だったので、勉強も普通、運動も普通、ルックスも普通のボクとしては、ただ、ただ毎日、彼女の姿を目で追うことぐらいしかできなかった。
たまに先生と目が会うこともあったけど、ボクは直ぐに目をそらしてしまい、そうこうしているうちに高◯生活を終えてしまった。
先生には何も告げることができなくて、ボクにできたことと言えば、卒業式の日に自分で制服の第二ボタンを引き千切り、職員室の先生の机にそっと置いて立ち去ることぐらいだった。
成績が普通だったボクは普通の大学に進学し、五月病がようやく治って夏休みを迎えたころ、カノジョもいないボクはすることがなくて、かつて通っていた高◯へと足を向けたのだった。
正門から中を覗くと、夏休みの校庭には、幾つかの運動部がクラブ活動をしているくらいだった。
人影はまばらで、校内は全体的に閑散としていた。
『隣の女子高にいた陸上部の理沙ちゃんと志保ちゃん、可愛かったなぁ』
ランニングから帰ってきた陸上部員たちが校門を通って目の前を通り過ぎたとき、ボクは高◯時代によく見かけていた女子生徒の姿を思い返していた。
『いつからか、あの二人を見かけなくなったけど、何かあったのかな』
『二人とも今頃どうしているのだろう・・・』
漠然とそんなことを考えていたとき、かつて自分がずっと目で追いかけていた人影が校舎から出てきて、正門に向かって歩いてくるのが見えた。
笹倉先生だった。
ボクは先生のことをまともには見られなくて、校門のところで誰かを待っている風を装っていたが、先生はボクのところにまで真っ直ぐやってくると声を掛けてきた。
「桜井くん?」
担任でもなかった先生が、ボクなんかの名前を覚えているなんて意外だった。
ボクは目を上げて、首だけで会釈をすると、先生はニッコリと微笑むとボクの肩を軽く叩きながら訊いてきた。
「K大生が、こんなところで何をしているの?」
することがなくてブラブラしている、なんて言い難くて、ボクは頭の中でそれらしい答えを探したが、結局のところ、咄嗟には何も思いつかなくて正直に答えてしまった。
「なんだぁ、まだ、カノジョもできないの?」
そう言うと、先生は再び笑った。
「ねぇ、これからお昼を食べに行くんだけど、付き合う?」
その有難い申し出に、断る理由なんてどこにもなくて、ボクは二つ返事で先生についていくことにした。
白のブラウスに膝丈の薄いブルーのフレアスカートを履いた先生の後について、駅の近くの定食屋に入ったが、そんな店は先生には似つかわしくなくて、ボクはちょっと戸惑った。
「向かいのパスタ屋さんの方が良かった?」
ボクの頭の中を見透かしたように、先生は訊いた。
「いいえ、でも先生は絶対にあっちだと思ったので」
そう言うと先生はクスリと笑って、焼き魚定食を二つ注文した。
「私、和食派なの」
そう言いながら、味噌汁を啜って魚をつつく先生の姿は、高◯時代に想像していた先生とはずいぶんと違っていた。
「へぇ、桜井くん、お魚食べるの上手なんだ」
ボクのお箸の先とボクの顔を交互に見ながら、先生が言った。
「お魚をきちんと食べられる人、好きだな」
思いがけない賛辞に遭って、ボクは少しどぎまぎした。
誉めてもらったのは嬉しかったけれど、先生のお皿は猫が舐めたように綺麗で、魚は標本のように骨だけになっていた。
ボクの同級生が今はどうしているとか、どの先生が寿退職をしたとか、とりとめもない話をして昼食を終えたボクたちは、学校までの道のりを再び二人で歩いた。
「じゃぁ、元気でね」
正門のところまで辿り着くと、先生がボクにそう言った。
黙ったままのボクを見て、先生は小首を傾げると訊いてきた。
「どうかした?」
先生の足元ばかりを見つめていたボクだったけれど、思い切って視線を上げて先生を見ると言ってみた。
「先生、また、来てもいいですか?」
そう言うと、先生は一瞬返事に詰まった様子だったけれど、直ぐに自分の携帯電話を取り出すと言った。
「桜井くんの携帯番号、言って」
答えると、お尻のポケットに入っていたボクの携帯が短く鳴って、着信番号だけが表示されていた。
「それ、私の番号だから」
それだけ言うと、先生は踵を返して校門を通り抜けると、最初に出てきた校舎へと戻っていった。
憧れだった先生の携帯番号をゲットできるなんて、まるで夢のようだった。
ボクは番号を無くさないように、家に帰ると手帳にもSCと書いて、番号を書き留めると机の引き出しに仕舞った。
先生の名前は、笹倉千秋。
何かあれば、いつでも先生に連絡できると思うと、それだけでボクの心は躍った。
数週間が過ぎてお盆を迎えたころ、突然先生から電話が掛かってきた。
驚いて慌てたボクは、携帯電話を落としそうになったが、ひと呼吸置いて気持ちを落ち着かせると電話に出た。
「桜井くん?」
先生は、ボクの返事を待たずに、いきなり用件を切り出した。
「何してるの?」
「えっ?」
「だから、いま何しているの?」
「あっ、その・・・、家でごろごろしているだけですけど」
「・・・」
電話の向こうで沈黙が流れ、小さくため息を吐くのが聞こえた。
「明日は?」
「はい?」
「だから、明日は何か用事はあるの?」
「いえ、ありませんけど・・・」
「だったら、明日のお昼前に駅に来て」
先生は、高◯の最寄り駅の名を告げると、そのまま一方的に電話を切った。
『突然、なんだろう?』
ボクの頭の中は疑問符だらけだった。
けれでも、あの先生に呼び出されて出かけて行かない選択肢は、ボクの中になかった。
ボクは、先生に言われるがままに、翌日指定された時間と場所に出向いていった。
駅に到着して少し時間が経ってから、約束通りの時間に現れた先生は、何だか少し怒っているようだった。
首だけで会釈をして挨拶をすると、先生はクルリと背中を向けて歩き出したので、ボクは慌てて先生の後を追った。
駅前の商店街で先生はお弁当を二つ買うと、ボクにそれを持たせてスタスタと学校の方角へと向かった。
校門は閉まっていて、先生は門柱の横にある鉄の扉の鍵を開けると、中に入るようボクを促した。
校庭の木でセミが鳴いていて、誰もいない学校の中は、蒸し暑かった。
そんなボクの思いを知ってか知らずか、先生は職員室の隣の部屋のドアを開けるとボクに入れという仕草をして見せた。
「ここって・・・」
戸惑うボクの腕を取った先生がボクを部屋に押し込むと、ボクたちの後ろでカチャリと入り口の扉が閉まった。
そこは、校長室だった。
校長室にはエアコンが効いていて、外の暑さがまるで嘘のようだった。
先生は、ボクに来客用のソファに腰を下ろすよう促すと、どこからか魔法瓶を取り出してくると言った。
「お茶を入れるわ」
それを聞いたボクは、先生に買ってもらった弁当を白いビニール袋から取り出すと、ソファの前のガラステーブルの上に置いた。
先生はボクの向かいに座ってお茶を出してくれると、漸く本題を切り出した。
「私の携帯番号、まだ持ってる?」
「はい・・・」
「どうして、連絡してこないの?」
「えっ?」
「また、来てもいいかって訊いていたじゃない」
「・・・」
ボクは、何と言っていいのかわからなくて、ただ黙っていた。
すると、先生は昨日の電話と同じように小さくため息を吐くと言った。
「桜井くんが来るかもしれないと思って、私、あれからほかの先生の当直も引き受けて、ずっと学校に来ていたんだよ」
そこまで言われて、ボクは漸く先生が何を怒っているのか理解した。
いくら、ボクが鈍くても、ここまで言ってもらえればわからないわけがなかった
わかったけれど、ボクには先生の言っていることが俄かには信じられなかった。
何と言ってもボクは、普通を絵に描いたような男で、先生にそんなことを言ってもらえるような相手ではなかった。
「でも、社交辞令だと思っていたので・・・」
「元教え子に教師が社交辞令で、電話番号を教えると思う?」
そう言われてみれば、そうだった。
「でも、どうして?」
すると、先生はガックリと肩を落とすと弁当のプラスチックの蓋を取ると食べ始めた。
「桜井くんも食べなよ」
ボクが、もうひとつの弁当に手を伸ばしかけると、先生が続けて言った。
「それ、先生に言わせる?」
「えっ?」
ボクは弁当から視線を戻して先生の方を見ると、先生はボクの目を真っ直ぐに見ていた。
「桜井くん、先生のこと好きでしょう?」
あまりにもストレートすぎる言葉だった。
ボクは、耳まで真っ赤になりながら、俯いていた。
すると、先生は手に持っていた弁当をテーブルに置くと、腰を浮かせてボクの隣に座った。
「卒業させてあげよっか」
ボクの記憶違いでなければ、先生は確かにそう言った。
それからは、校長室のソファに座らされたまま、先生はボクのジーンズに手を掛けて、ゆっくりと下ろしていった。
頭の中にカーッと血が上って、成されるがままであったが、次に気がついたときには、ボクは立たされて、先生がボクの前に跪いていた。
「こうすると気持ちいい?」
ボクの屹立したモノは先生の細い指二本にそっと扱かれて、今にも爆発しそうだった。
先生はわざとボクの方を見ながら舌を思いっきり出して、ちょっと大袈裟な舌の動きをさせて見せると、ボクの竿の付け根から先っぽまでツツツと舌を滑らせた。
童貞のボクには、それだけで限界だった。
パクリと先生のお口の中に入った瞬間、ボクは先生の唇の間で激しく痙攣し、行き場がなくて溜まりに溜まった精液がビュッっと飛び散ると、先生のお口を汚してしまった。
ヘナヘナとソファに倒れこむと、先生はどこからかティッシュを取り出して、精子に塗れたボクのモノを丁寧に拭ってくれた。
「せ、先生・・・」
「何も言わなくていいのよ」
先生は喉をゴクリとさせて、ボクの出したものを飲み込んだあと、ボクに言った。
先生は、ボクがジーンズを履くのを手伝ってくれて、それからボクたちは二人で一緒にお弁当を食べた。
校長室で黙って弁当をつつくボクと先生の姿は、傍から見れば何だか異様な光景だったのではないかと思う。
弁当を食べ終わった後、ボクが俯いたままで何も言わずにいると、先生はボクの肩をそっと抱き寄せると耳元で言った。
「四時には当直が終わるから、待ってて」
ボクが頷くのを見て、先生は校長室を出ると職員室へと入っていった。
することの無かったボクは、校長室に備え付けてあったテレビの電源を入れると、高◯野球をやっていた。
ボクよりも年下の連中が、テレビに映っている光景は、何だかおかしな気分だった。
炎天下で白球を追う球児たちを、たっぷり二試合分見たころで先生が戻ってきた。
「桜井くん、いくよ」
ボクは慌ててテレビを消すと、先生の後に続いて校長室を出た。
校庭の木で鳴くセミの声が小さくなっていて、校舎の裏にまわると、そこには先生の車が停めてあった。
先生が車の運転をするなんて、想像したことも無かったので、ちょっとビックリしていると、先生が声をかけてきた。
「乗って」
先生が車のキーのボタンを押すと、ハザードが光ってドアのロックが開いた。
「夜は、何か予定はあるの?」
首を横に振るボクの姿を見ると先生は黙って、車を発進させた。
車は大きな通りをただひたすら真っ直ぐ進み、角をいくつか曲がって到着したのは、結構大きなマンションだった。
先生は、地下の駐車場に車を停めると、マンションのエレベーターのある方を指差して、そっちへ進むようボクを促した。
エレベーターの扉が閉まると、先生はそのとき初めてボクの手を握ってきた。
ボクは、ドキドキしてエレベーターの階を告げる数字がパラパラと動くのをただ黙って、見つめていた。
先生が家の鍵を取り出して、玄関の扉を開くと、そこには黒いハイヒールがきちんと揃えて脱いだあった。
「お姉ちゃん、帰っているの?」
玄関先に置いてあった小さな籠を見ると、ガラスのキティちゃんのキーホルダーがついた鍵が入っていた。
「チアキ、いま帰ったの?」
エプロンで手を拭きながら出てきたメガネの女性は、すごく綺麗で大人っぽい女性だった。
「あら、お客さん?」
先生は、明らかに予想外だったみたいだけれど、すぐに気を取り直してボクを家に上げると、すぐに自分の部屋に通してくれた。
部屋のドアが開けっ放しだったので、先生がお姉さんと話しているのが、聞こえてしまった。
「あの子、学校の生徒じゃないでしょうね」
「違うわよ。それより、お姉ちゃん、どうして家にいるの?」
「あら、お邪魔だった?」
「・・・そんなことないけど」
「けど、なに?
「ちょっと、ビックリしただけ」
そんなやり取りの後、先生は麦茶を入れたグラスを二つお盆に載せて、自分の部屋に戻ってきた。
状況が飲み込めずにいるボクを見て、先生は後ろ手で部屋のドアを閉めるとボクに言った。
「お姉ちゃん、今日は遅くなるって言ってたのに、ごめんね。ご飯だけでも食べていって」
『お姉さんが帰ってきていなかったら、何が起こっていたのだろう』
そんなことを思いながら、ボクは黙って頷いた。
お姉さんの料理は、絶品だった。
ただ、ボクがチアキ先生の元教え子だとわかった途端、和やかな食事の雰囲気が一変してしまった。
「チアキ、生徒さんとおかしな関係になったら、教師を続けられなくなるわよ」
「おかしな関係って、何よ」
「だから・・・」
「お姉ちゃんだって、奥さんのいる人とおかしな関係になってるじゃない!」
「・・・あの人とは、もう終わったわ」
「だからって・・・、この子は、もう教え子じゃないのに、どうして好きになったらいけないのよ!」
お姉さんの衝撃の事実と、チアキ先生の突然の告白を聞いてしまったボクは、黙々と出された料理を口に運ぶしかなかった。
そこから、お姉さんとチアキ先生の応戦がしばらく続いた。
「もう、放っておいてよ!」
それだけ言い捨てると、先生は食卓に箸を叩きつけるようにして席を立つと、自分の部屋に戻ってしまった。
もう少しで食べ終わるところだったのに、ボクも箸をおいて先生のあとを追わざるを得なかった。
一番好きなカニクリームコロッケを最後に半分残しておいたことを、そのとき激しく後悔した。
けれどもコロッケ半分のために先生を一人にしておくことが、男のポイントを下げるであろうことは、経験の浅いボクにも容易に想像がついた。
コンコンとドアをノックして、ボクは先生の部屋の扉を開けた。
先生は、ベッドに突っ伏して、泣いていた。
ボクはどうしたらいいのか判らなかったけれど、先生の背中にぴったり自分の胸を押し付けるようにして、後ろから先生の細い身体に腕を回した。
すると、先生はクルリと身体を反転させてボクの方に向き直って言った。
「桜井くんも酷いよ!」
ボクが目を白黒させていると、先生は続けた。
「私が気づいていないとでも思った?」
「えっ?えっ?何を?」
「クラスにはかわいい子たちが、いっぱい居たのに、ずっと私を見ててくれていたよね」
「えっ?でも、ボクなんか・・・」
「毎日毎日、ジッと自分を見つめてくれていた男子生徒が、卒業してから訪ねてきたら、普通、期待するでしょう?」
そう言うと先生は、ボクの唇に自分の唇を重ねてきた。
ボクのファーストキスだった。
キスよりも先に、フェラで暴発してしまったことを本当は少し悔いていたのだけれど、先生の舌がボクの唇を割ってヌルッと入ってきたとき、もうそんなことはもうどうでもよくなった。
必死になって先生の唇を吸い返し、先生の着ているブラウスのボタンに手をかけたとき、ノックの音がした。
先生のお姉さんが家に居たことを忘れていた。
ボクたちは我に返り、先生は乱れた髪と服装を直すと、部屋を出て行った。
「桜井くん・・・、だっけ?」