借金のせいで大学の後輩にずっと調教され続けています

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マサキ君から私のことを書いたものを見せられました。

恥ずかしい気持でいっぱいです。

マサキ君から、

『俺のケイタイを使って、リサの調教されてきた姿を書いて』

って言われたので書きます。

最初の調教はマサキ君の前で裸になることでした。

主人がガンで入院してから男性の前で裸になるのは初めてでした。

恥ずかしくてすごくドキドキしました。

マサキ君はじろじろと見て

「旦那が死んで間もないのにもう他の男の前で裸になるんですか?」

とか

「乳首でかいですねぇ」

とか、恥ずかしいことを言ってきます。

「オナニーしたことあります」

って聞かれた時は顔から火が出そうでした。

黙っていると、マサキ君は男の人達を連れて来て私を犯させました。

すごく嫌だったのにすごく気持よくて、恥ずかしい言葉をいっぱい言いました。

「オナニーしたことあります」

ぐったりしている私にマサキ君がまた聞いてきます。

答えずにいると

「お仕置きだ」

とマサキ君が言ってまた男の人達に犯されました。

一晩中、眠ることも休むこともおトイレに行くことも許されずに犯されて、我慢できずにおしっこを漏らしても犯されました。

一番覚えているのはおしっこを漏らしたのに男の人がアソコを舐めたんです。

「汚いからやめて」

って叫んだのにずっと舐められて、恥ずかしい言葉をいっぱい言ってしまいました。

私は今まで3人の男性しか経験がありません。

その中でアソコを舐めた男性は一人しかいません。

この日は男の人全員がアソコを舐めました。

その度に恥ずかしい言葉をいっぱい言いました。

気持いいのがずっと続いて体はクタクタなのに気持いいんです。

もうおかしくなりそうでした。

「ヤリマンリサ、気持よかったか」

ってマサキ君に言われました。黙っているとお仕置きされるので

「気持よかった」

って言うと、

「”ヤリマンリサ気持よかったです”って言え」

って言われて

「ヤリマンリサ気持よかったです」

って言いました。

私ヤリマンって意味を知らなかったんです。

マサキ君に教えてもらった時は恥ずかしくて泣いちゃいました。

「”ヤリマンリサのマンコ気持よかったです”って言え」

って言われて、さすがにマンコは恥ずかしいので黙っているとお仕置きされて気持よくて、訳もわからず

「ヤリマンリサのマンコ気持よかったです」

って何度も叫んでました。

マンコって書くのすごく恥ずかしいです。

すごく恥ずかしいのにすごくHなことを思い出して、手が勝手に乳首をいじるんです。

そのことを今、マサキ君に言われてすごく恥ずかしいです。

マサキ君は恥ずかしいことをいっぱい言わせました。

言わないとお仕置きされるので私は言い続けました。

これが最初の調教です。2回目の調教は最初から

「ヤリマン」

とか

「汚いマンコ」

とか

「千人のチンポをくわえた」

とか言わされました。

言わないとお仕置きが待っているのでマサキ君に言えと言われると言いました。

私はマサキ君に普通にして欲しかったのにこの日もお仕置きされて、恥ずかしい言葉をいっぱい言いました。

お仕置きでクタクタになっているとゴムのような感触がアソコを擦りました。

私はまたアソコがむずむずして恥ずかしい声をあげました。

「バイブでマンコ擦らてて感じるのか」

ってマサキ君に言われて、バイブで擦られてるんだって思うと恥ずかしくてでも気持いいんです。

私が答えずに恥ずかしい声をあげているとマサキ君がバイブをアソコに入れて中を擦られて、クタクタなのにまた恥ずかしい言葉をいっぱい言いました。

それからローターというのをアソコの一番気持のいいところに当てられて恥ずかしい言葉をいっぱい言いました。

マサキ君は恥ずかしいことをいっぱいいっぱい私に言わせて、

「次からは教えた通りに言うんだ」

と言いました。

私は気持よくてなにを言ったかよく覚えてなかったんですけど、お仕置きが恐いので

「はい」

と答えました。

今でもお仕置きは恐いです。

体がクタクタになっても気持いいのが終わらなくて、汚いところも舐められたり触られたりして頭がおかしくなって恥ずかしい言葉をいっぱい言っちゃうのがすごく恐いです。

2回目の調教の後、マサキ君からお土産ってバイブとローターを渡されました。

3回目の調教の時に

「バイブとローターを使ったか」

と聞かれて

「使いました」

って答えたんですけど、本当は使ってないんです。

使うと気持よすぎて頭がおかしくなると思って使いませんでした。

「オモチャでオナリやがって」

てマサキ君に言われた時にアソコの奥がキュウッてなったんです。

それまで気づかなかったんですけど、恥ずかしいことを言われたり、言わされたりするとアソコの奥がキュウッとなるんです。

そのことに気づくとよけいキュウッとなってアソコから恥ずかしいお汁が出ちゃいました。

「マン汁垂らしやがって」

て言われるとお汁がどんどん出てきて、もう恥ずかしいし気持よくなりたいしまるで催眠術にかかったように

「ヤリマンリサの汚いマン汁が止まりません」

とか

「ヤリマンリサのヤリマンマンコ使って」

とか言っちゃいました。

素直に言われたことを言ってるのに、この日もお仕置きされました。

バイブとローターを使って一晩中恥ずかしい言葉を言ってしまいました。

3回目の調教の後、家に帰ってクタクタの体をベッドに横たえて寝ようとしたら寝れないんです。

私はいつも寝れないとアソコの一番気持いいところを指で擦って、すごく気持よくなると寝れるんです。

私は指を使いました。

いつものように主人とのことを思い出しながら、でもいつもと違ってすごく気持よくならないんです。

10分してもすごく気持よくなりません。

私はお仕置きを想像しました。

男の人達に犯されるのを想像するとあっという間にすごく気持よくなって、すぐに寝てしまいました。

次の日も寝れなくて、お仕置きを想像して指を使いました。

それから寝る時だけでなく昼も指を使うようになりました。

想像もお仕置きだけじゃなくて、高◯生の集団や軍隊の集団なんかに犯されるのを想像するようになりました。

一番気持いい想像はホームレスの集団に犯されることです。

ホームレスの集団を想像して指を使うと3分もしないうちにすごく気持よくなりました。

4回目の調教では裸で吊り下げられてバイブをアソコの奥まで入れられて、貞操帯で固定されました。

そのまま2時間くらいほったらかしにされてすごく気持いいのが止まらなくて、恥ずかしい言葉を何度も何度も言いました。

それからローターというのを一番気持いいところと乳首に当てられて固定されて2時間くらいほったらかしにされました。

気持よすぎて頭がおかしくなりました。

「リサはヤリマンメス豚です」

とか

「メス豚マンコにチンポぶちこんで」

とか

「主人のチンポよりローターがいい」

とか言っちゃいました。

そして主人の写真を見ながらバイブでオナニーをさせられました。

でも想像したのはホームレスの集団に犯され続けることです。

もうすべてどうでもよくて、すごく気持いいのが続いて欲しいと思いました。

50歳を超えているのにとても恥ずかしいです。

でも私にはどうすることもできません。

すごく気持よくて恥ずかしい言葉をずっと言っていたいのです。

5回目の調教までの間に私は数え切れないほどホームレスの集団に犯されるのを想像して、数え切れないほどすごく気持よくなりました。

最初はただ犯されていたのですがホームレスの集団は私に

「淫乱なメス豚」

とか

「どスケベマンコ」

とか

「俺らの肉便器」

とか

「公衆便所マンコ」

とか言って、私を笑いながら犯すようになりました。

マサキ君に言われた言葉をホームレスに言われて、私はすぐにすごく気持よくなってそれでもオナニーがやめられなくて1時間も続けてオナニーをするようになりました。

5回目の調教も恥ずかしいことを言うことから始まりました。

今でも恥ずかしいことを言うのには抵抗があってなかなか言えません。

でも気持よくなって頭がおかしくなると恥ずかしいことを言っちゃいます。

それもマサキ君に言われてじゃなくて勝手に自分で言っちゃいます。

5回目の調教で覚えているのはお仕置きされたくて、わざとマサキ君の質問に答えずに一晩中犯されたことです。

一晩中すごく気持いいのが続きました。

6回目の調教でもお仕置きされたのですが、初めてマサキ君の家でお仕置きの後に私一人で寝ることができました。

マサキ君が部屋に戻って来る前に私は目が覚めていましたが起きるとオナニーをしなければならないので、寝たふりをしていたのです。

その時にマサキ君に一度も犯されていないことに気づきました。

それどころかマサキ君は私の前で裸になったこともありません。

私が嫌いなのかとも思いましたが嫌いじゃなくて愛してくれているのはわかっています。

マサキ君から書き終わったら送信してメールを消去するように言われているので、この文章をマサキ君が読んでくれるかはわかりません。

だから、この先の私の本当の気持がマサキ君に伝わるかはわかりませんし、調教に関係のない話しですが書きます。

マサキ君は調教のない日に家に来てくれて、

「鯛のいいのが入りました」

とか

「広島に行ったお土産の牡蠣です」

とか言って、家でそれを料理してくれて一緒にご飯を食べたりしました。

その時にマサキ君が大学生の時に私を好きだったことや、私が当時付き合っていたユズル君から私とのHを聞かされて辛かったこと、ユズル君の運転する車で3人でご飯を食べによく行ったのですが、運転席のユズル君と助手席の私を後ろの座席から見ているのが辛かったことや、主人と結婚したことを聞いてしばらくは毎日女の人をオモチャにしたことを話してくれました。

マサキ君はずっと私を愛してくれていたのだと思いました。

マサキ君がなぜ変態みたいなことをするのかはわかりませんが、変態みたいなことをするのがマサキ君の愛情表現だと思います。

すごく純粋なのに純粋でいられないのだと思います。

私はマサキ君が愛おしくなりました。

今はマサキ君のことを愛しているとはっきり言えます。

でもマサキ君に好きとか愛しているとか言えません。

代わりに

「淫乱メス豚マンコにチンポください」

とか

「公衆便所マンコ使って」

とか言ってます。

それが私のマサキ君への愛の言葉です。

できればマサキ君と一生一緒にいたいです。

とりとめもなくてごめんなさい。

終わります。

■続き
マサキ君に、

「リサの投稿が載ってるよ」

って言われて、サイトを見せられました。

こんな風に載るんだと思うのと、私の文章って読み辛いな、と思いました。

でも、また投稿したいなとも思ったんです。

だって、心の内を告白するなんてなかなかできないですから、こういう所で告白できると楽になったり、自分の気持がわかったりします。

マサキ君もそう思っているのか、またケイタイを渡されて、

「リサの思うこと、俺のケイタイ使って書いて」

って言われたので書きます。

大学の時のマサキ君は周りに合わせようと、すごく無理をしている印象がありました。

マサキ君と暮らし始めて、マサキ君の話を聞くと周りに合わせるのがすごく大変だったのがわかります。

私達の大学はお金持ちの子が多かったので、遊びの話ばっかりしてました。

夏は海、冬はスキー、ディスコにパーティ、そんな中で、マサキ君はひたすらお金儲けとお父様の後を継ぐことだけを考えていたのですから、周りと合うわけがないです。

マサキ君は私が振ったと言いますが、私はマサキ君に告白もされていないので、振ったというのはマサキ君の誤解です。

でも告白すらなかったのもわかります。

マサキ君はお父様の影響が強すぎるのと、子供の時から女の人のいやらしい所ばかり見てきたので、私を好きになったことが奇跡だとさえ思います。

マサキ君は調教の時以外は普通に接してくれます。

私が帰りたくないと言った次の日、私の家に着替えやお化粧品を一緒に取りに行ってくれました。

ただ、パソコンやスマートフォンはマサキ君に取り上げられました。

私はマサキ君と一緒にいれたらいいので、パソコンもスマートフォンも取り上げられても別にいいです。

「この部屋使ってください」

って、マサキ君にお部屋ももらいました。

元はマサキ君のお父様のお部屋だったそうです。

すごく広いお部屋でホテルのスイートルームのようです。

それから、私の為にお部屋のテレビを新しいものにしてくれたり、新しいコンポを入れてくれたり、私の家から持って来た本を本棚に並べてくれたり、お仏壇も家から持って来て、お部屋に置いてくれたんです。

「ご先祖あっての我々ですから、ご先祖は大事にしないと」

と真面目に言うマサキ君が可笑しかったです。

本当はやさしい真面目な子なんだと思います。

でも調教はどんどん変態になっていきます。

私が調教されている所はすべて撮影されているのですが、それを見ながらオナニーしろと言われました。

「ヤリマンリサにもっとチンポちょうだい!」

とか、

「メス豚マンコに入れて、なんでもいいから入れて!」

って叫んでる画面を見せられて、恥ずかしくってオナニーなんてできません。

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