50代の母親の全裸介護生活

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一昨年の梅雨に一人暮らしをしている祖父が階段から落ち、足を痛めてしまいました。そんな祖父を介護するために母は割と近くの祖父の家まで毎日通うことに。学生の私も夏休みで暇なので必要になったら手伝うことになっていました。

それからの母は毎日6時半に家を出て夜9時ごろに帰ってくるようになりました。

母が祖父の家に通うようになって一週間経ったのですが、一向に手伝いに呼ばれなかった私は気になって母に祖父の様子を聞くと、

「こっちは大丈夫だから」

「家には絶対に来ないで」

とかなり強い口調で言われてしまいました。

母の一方的な態度を不思議に思った私は翌日、祖父のお見舞いも兼ねて家を訪ねてみることに。歩いて向かい、着いたのは午前9時前。

インターホンを鳴らそうとすると洗濯物を干す時間だったようで縁側の戸が開き母が出てきました。ちょうどいいと声をかけようとして母の姿を見た私は慌てて物陰に隠れることになります。

洗濯物の入ったカゴを持った母は全裸でした。

あまりの出来事に出そうになる声を抑えて様子を伺います。母は私に見られていることには気づかずに慣れた手つきで洗濯物を竿に干していきます。

少しぽっちゃりとしている母は垂れてしまった大きな乳とたるんだ腹、ハリの無くなった大きなお尻をブルンブルンと揺らしながら屋外にその裸体を晒していました。

久しぶりに見た母の裸にいけないと分かっていながらも勃起してしまった私は祖父の家の裏手にある山に隠れ場所を移します。そこなら庭を一望できるからです。

山の上からスマホのカメラのズーム機能で家の庭を見ると、作業を終えた母と車椅子に乗った祖父が縁側でお茶を飲んでいました。祖父も何故か服を着ていないようです。いくら周りに家がないとは言えど、男女が野外で全裸でいるのは異様な光景でした。

観察を続けていると母が立ち上がりました。ようやく家の中に入るのかと思いきや、祖父の前に立った母が相撲の四股踏みのように股を開き始めます。祖父は母の下腹部に手を伸ばし少し経つと、母は体をくねらせ、山にいる私に聞こえるほどの大きさで喘ぎ出しました。母は手マンをされていました。

その後ようやく屋内に入ったのを見届けた私は慌ててその場から離れて帰宅しました。自室に入って自分の下着を確認すると、汗と大量の我慢汁でグッショグショになっていました。

その日の夜、家に帰ってきた母は至っていつも通りの様子。祖父にマンコをいじられて大きな声で喘いでいたとは思えませんでした。しかし、あの母の乱れた姿が忘れられなかった私は次の日も祖父の家に向かうことにします。

翌日も同じ時間帯に到着すると、縁側に祖父がいました。近くで見たかった私は家の壁に張り付いて様子を伺うと、母は車椅子に座る祖父の下半身に顔を埋めて頭を上下させていました。母の背中で見えませんが、ジュボォッ!ジュボォッ!という音からフェラチオをしているのは間違いありません。

我慢できなかった私は思わず家の影から飛び出して2人に声をかけてしまいました。私の声に気がつき、驚いて転がる母。その口の周りは唾液でベタベタです。一方祖父はニヤニヤと笑いながら自分の陰茎をしごいていました。

祖父とパニックになっている母を起こして屋内に移動させ、話を聞くことにします。

祖父を問いただすと、介護が始まった時のことを話し出しました。

当初、2人の生活は至って普通のものだったそうです。しかし、数日経ったころに祖父がふざけて言ったセックスがしたいという願いを、母は断らなかったことで今の生活が始まったとのことでした。

祖父の傍に全裸のまま正座している母に本当か聞くと、震えた声で

「本当です…」

とそれを認めました。

その様子を見た祖父は満足そうに

「○○はすっかりわしの便器じゃのお笑」

と言い、母の乳を弄んでいました。

私の母は完全に祖父の性奴隷になっていました。

さすがにショックを受けた私が帰ろうとすると、祖父に呼び止められます。

「せっかくだからわしと○○のセックスをみていけ」

そう声をかけられた私は迷いながらも欲には抗えず、祖父と母のセックスを見学していくことにしました。

セックスを見る前に昼食をとりましたが何を食べたのか全く覚えていません。食事中も2人は全裸です。母は吹っ切れたのか私がいることも気にしていません。祖父はご飯を食べさせてもらいながら空いた両手で母の体をベタベタと触っていました。

食後の休憩を挟んで2人のセックスが始まりました。祖父は布団に仰向けになって待っています。母は祖父を勃起させるため、目の前でマンコを広げて腰を振って見せます。その時まで気がつかなかったのですが、母は陰毛を剃ってパイパンにしています。剃り跡が青くなっていました。

母のマンコをみて祖父の陰茎が上に起き上がるのを確認すると、尻を祖父の頭に向けたままチンポをしゃぶりだしました。祖父は嬉しそうに母のマン汁に濡れてヌラヌラ光るグロマンを眺めていました。

ついに祖父の陰茎がガチガチに勃起し、セックススタートです。チンポをもち、マンコにあてがうと母は一気に腰を打ち下ろしました。肉と肉がぶつかり合うベチッという音と共に、母の「ん゛お゛ぉぉぉぉっ!」

という声が部屋中に響きます。

私が見ていることはもう忘れているのでしょう。母は動物のように吠えながら祖父の腰の骨が砕けてしまわないか心配になるほどの勢いで腰を振り続けました。途中から潮を吹き、最終的には黄色い小便を垂れ流しながらも母は腰を振り続けるのをやめませんでした。十数分後、ようやく祖父が射精し腰を振るのをやめました。

祖父とのセックスを終えた母は大股を開いてだらしなく伸びていました。下腹部は自分のマン汁が泡立って真っ白です。そして、当たり前のように中出しをされていました。母は祖父とのセックスのためにピルまで飲み始めていました。

呆然と伸びている母を見ていると祖父が

「写真撮ってもいいぞ」と言うので夢中で写真を撮りました。帰り道の途中、我慢できずに茂みに隠れてオナニーしてしまうほど母はエロかったです。

その日家に帰ってきた母はやはりいつも通りでした。

翌日、私は6時半に母と一緒に祖父の家に向かいます。私も祖父のお手伝いをすることになったからです。

玄関をくぐると母はその場で服を脱ぎます。来ていたものを全て下駄箱に押し込むと、手を洗ってすぐ祖父の寝室に行きます。フェラチオをすることになっており、朝からしっかりとご奉仕をしています。

家事は掃除から洗濯、料理など全てを裸で行っていました。昼食を終えると一度服を着て買い物に行き、夜は夕食後一緒に入浴し、風呂上がりにセックスをして帰るのが母の1日です。

祖父の要求には必ず応えることにしているようで、家事中に呼ばれてはフェラをしたり、庭に出て裸で踊ったり、時間を問わずセックスをしており、それ以外でも常に性的ないたずらをされていました。祖父のお気に入りは野外でオナニーをさせることのようで毎日昼前になると要求していました。

祖父が怪我をして治るまで約3ヶ月間2人はセックスをし続けました。祖父が自由に動けるようになったので介護はもう終わりですが、2人の関係は終わりません。父が出勤するとすぐに母も祖父の家に向かい、祖父と何度もセックスをして父が帰ってくる前に帰宅します。

私は祖父と母の関係を知ってから2人の生活の記録係になりました。2人のセックスや母のオナニーを撮影することで祖父にお小遣いをもらっています。夏休みが終わってからもオンライン授業を理由に祖父の家に母と共に通い続けています。

母が祖父とセックスするようになって2年が経ちましたが母も成長したようで、祖父を1回射精に導くだけでダウンしていたのが、相変わらず何度もイってお漏らしをしながらですが3回戦までできるようになりました。

祖父とのセックスのあとの母のだらしなく幸せそうな顔を見て、いつか私の彼女も祖父に抱いてもらいたいと思うようになりました。

まだまだ続きそうなコロナですが、私は楽しく過ごしています。

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