昭和50年の話です。小生は東北のある町の出身で上京当時は訛りが酷くて、同期入社の奴等には揶揄われたものです。4月1日が入社式でその後に研修となり、大きな会社なので各部署に4月10日に配属されると新人歓迎会が開催され、自己紹介させられ東北訛りの私は身体も大きかったのと、自慢ではないが一応美形男子で先輩女子社員からは美男子新入社員としてマークされていました。
歓迎会が進みチークダンスタイムとなり、若手女子社員がなかなかアプローチして来ないでいるとベテラン社員と思われる30代半ばと思われる女性に誘われチークダンスを踊る事になりました。チークダンスなんて知らなかった私はその女性の言う通りにして抱きついていたら、何を思ったかペニスが勃起してしまい彼女に気づかれてしまいました。彼女は上手い事リードして椅子に座り
オレンジジュースを持って来てくれ、「落ち着いて飲みなさい」と言い、「誰にも言わないからね」と約束してくれました。色々話していると小生の隣町の出身で懐かしく話したくなり近づいて来た様でした。そしてまさかのチークダンス中に自分の太腿に勃起したペニスが当たるなんて想像もしていなかった様でした。彼女は電話交換手さんで35歳の主任さんで澄子さんという名前でした。
普段は顔を合わせる事はほとんどありませんでしたが、サービス業でしたので営業時間が長い所為か、社員食堂があり朝食は自分で用意し、昼食と夕食は担当者さんがいて作っていたので、時々澄子さんとは挨拶はきちんとしていました。あと仕事上の連絡業務も内線電話でしたので、交換手さんから内線何番に連絡下さいと呼び出しがある事もあり訛りが酷い小生には澄子さんが連絡くれました。
最初の給料日後に同期で六本木のディスコに行く事になり、田舎者の私も参加するとそこには女子寮チームも来ており、寮長だった澄子さんも来ていました。小生は若い女子より澄子さんの方がお好みで隣の席に座り色々とお話させてもらいました。その頃は訛りも段々と取れて来た時期で澄子さんにも、「だいぶ訛らなくなったね!」と言われ、澄子さんの側にいられる事を喜んでいました。
女子寮の門限もあり、澄子さんは女子社員を連れて帰って行きました。男どもは門限がありませんでしたので朝方まで飲んじゃいけないアルコールを飲み、翌日遅番で14時出勤でしたが大遅刻をしてしまいました。会社の敷地の外れに寮があったので完全に油断していたのです。所属長から怒られ、先輩からも怒られ始末書を初めて書きました。澄子さんにも叱られました。
小生が落ち込んでいると職場の先輩から気にするなと言われましたが、やはりミスしたと思い責任を感じていると、澄子さんから内線電話があり翌日休みなら映画の無料券があるから観に行かないかと誘われ、私はOKして午前中に新宿の某映画館の前で待ち合わせラブストーリー映画を観たのです。映画が終わるとランチタイム終わりで空いた頃だという事で食事に行こうということになり
焼肉屋さんに連れて行かれました。安くて美味しい焼肉を食べると不思議と元気になった様な気がしました。澄子さんは歌舞伎町界隈を良く知っているのかラブホテル街を歩いていると、私の手を取りホテルに入って行くではありませんか❗️驚きましたが料金を前払いすると受付で鍵をもらい22時までの休憩時間を選択しました。部屋に入ると澄子さんは他人に話さない事を約束させられて
人生初めてのキスを交わしました。その後は互いに着ているもの脱いでハンガーに掛けバスルームにお湯を張り入浴するのでした。澄子さんは身体に張りがあり、乳首も上を向いていて身体の線も崩れていない事が分かりました。私は身長185cmで体重72kgの筋肉質で澄子さんも褒めてくれました。バスルームで私のペニスはすでに勃起していて反り返りへそについていたので
澄子さんは、握るとペニスの長さ・太さ・硬さを確認して、咥えて「慎之助君のおちんちん大きいね❗️」と言われ、澄子さんのオマンコを触るとラブジュースで濡れているのが良く分かりました。お互いの身体を良く洗いベッドに横になると澄子さんがキスして乳首等を舐めてからペニスを咥えて大きくすると、今度は澄子さんが横になり脚を開脚してオマンコが良く見える様にしてくれ
澄子さんは童貞の私にオマンコの作りを説明してくれ、大陰唇〜小陰唇〜尿道〜バルトリン氏腺〜クリトリスに指や舌で愛撫する様に教えると、実技に移りクリトリスを舌で転がし吸い上げたりしたら、澄子さんは「逝く〜〜」と言って軽く尿道からオシッコを噴き出して、軽く失神状態になりました。次に膣に指を入れて膣壁を確認しながら指を動かして行くとGスポットに当たったのか
感じてくれ、クリトリスの時と同じ様に尿道から少量のオシッコを噴き出して軽く失神状態になりました。澄子さんに指を出し入れしたりグラインドして掻き回したりすると、膣が潤んで来て蜜が溢れ出すのが良く分かり、私は澄子さんの割れ目に唇を合わせ愛液を吸い上げるのでした。時にクリトリスにも唇が触れると澄子さんは痙攣して下肢を振るわせるのでした。
すると澄子さんは「慎之助君、初めての女が私で良いのね❣️」と言い、頷くと、私のペニスを持ち自分のオマンコに導くのでした。亀頭を割れ目に這わせてからゆっくり膣に挿れて行くのですが、澄子さんもしばらくぶりのセックスだったらしく膣が拡がって行くのが良く分かり、私のペニスの大きさを身体全体で感じている様でした。奥まで入ると澄子さんが腰を突き出す様に言うので
その通り動くと澄子さんは感じたらしく「何これ?このチンチン童貞のチンチンじゃ無いわ❗️」と言い、澄子さんは激しく突く様に言うので、腰を抑えて激しく突き上げ、腰を回す様に言うので、グラインドすると澄子さんは「あゝ〜気持ちいい❗️オマンコ気持ちイイ❗️逝くわ❗️逝くわ❗️逝っく〜〜〜〜〜」と言って尿道から凄い量のオシッコを噴き出して仰け反って逝くと失神して
グッタリするのでした。まだ射精していない私に澄子さんは、オマンコを突いて気持ち良くなったら出して良いよと言われていたので、無我夢中で突いて澄子さんの膣奥に大量の精液を吐き出すと子宮口で熱さを感じたらしく、澄子さんは身体を震わせ感じてくれました。澄子さんは「慎之助君に逝かされたね❗️」と言い、射精しても小さくならないペニスに興味を持ち、私が膣内で動かすと
澄子さんは「このチンチンは化物ね!」と言い、「男性経験のある私を童貞の君が逝かせてくれるなんて驚いたわ」と言うと、自分の膣からペニスを抜いてお掃除フェラをしてくれ亀頭を舐めて、さらに大きくして澄子さんは眺めていました。オマンコを見る様に言われ確認すると、自分の精液が流れ出てオマンコが嫌らしい生き物に見えて来ました。澄子さんに言うとキスして口を塞がれました。
バスルームに行き、澄子さんのオマンコをきれいに洗い、私のペニスもきれいに洗ってもらい浴衣を着てベッドに横になり、冷蔵庫にあったビールで童貞卒業を乾杯して、澄子さんに私のペニスがどうだったか聞くと、経験は7人いるのだが私のペニスが1番大きくて硬いと言ってくれ、反り返りにも驚いた言ってくれ、フェラして大きさを確認するのでした。
その後は澄子さんの手ほどきで5発射精させられ、澄子さんは人生これまでに感じた事が無いくらい逝き失神してオシッコを噴き出したのでした。今、考えると生出ししたのに良く妊娠しなかったなと思います。これが私の童貞卒業の話でした。会社では社員食堂で会うしか顔を合わせる機会が無いので挨拶をきちんとする仲で、月に1〜2回程度タイミングが合えば楽しむ関係になっていました。
もちろんコンドーム使用で別れは2年後にやって来ました。澄子さんも37歳となり親類からの勧めもあり、お見合いして結婚する事になったのでした。ご主人になる方は学校の先生でお互いの遠縁の関係ですから生活するには万全で真面目な方でしたので、私と結婚出来る訳も無く、澄子さんは半分諦めの境地で嫁に行く事を決めた様でした。
退社日が決まり、澄子さんの希望もあり友人たちが東京に多いので都内のホテルとご親族の為にご主人と自分の田舎の結婚式場で2回披露宴を行うのでした。都内の披露宴の前夜は澄子さんはホテルに宿泊し私と結婚前の最後のセックスを行いたっぷり精液を流し込むのでした。結局澄子さんにとって8番目の男でご主人は9番目の男という事になったのでした。
素晴らしい披露宴で澄子さんは涙を流しながら、私に耳元で「デカチンありがとう」と言ってくれ、結婚後も年賀状のやり取りをしていました。そして携帯で連絡が取れる様になっても電話で話す事はあっても会う事はありませんでした。それが先日澄子さんが84歳で病気で亡くなったと連絡を頂いたので、葬儀に参列して来ましたが、息子さんがいて46歳で何と私の息子と似ているのです。
遺伝子検査してみないと分かりませんが、結婚披露宴前夜の最後のセックスで中出しした時に受胎したのではないかと予測されます。私は余計な事は言わずに澄子さんの遺影に手を合わせて成仏してくれる様に祈りました。合掌
私の童貞を卒業させてくれた女性とお別れして来たお話でした。そういえば澄子さんのお宝の陰毛3本がまだテッシュペーパーに包まれて持っている事を思い出しました。