30年後に一番出世した奴が他2人の女房を一晩抱くことができる賭けをした

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かれこれ30年になる。

大学時代親友だった私達三人は誰が一番出世するか賭けをした。

ちょうど大学の卒業式の日だった。

それから私達三人の出世競争が始まった。

ちょうど定年を迎える40年後だと誰か死んでるかもしれないから、出世すればそこそこ偉くなってるだろう30年後に一番出世した奴が、オレ達二人の女房を一晩抱くことを条件に。

その30年後がちょうど今年迎える。

初めに、私達三人の簡単な経歴から話そう。

今から30年前ちょうどバブル全盛期の時代に私達三人は大学生だった。

東京の一流私大に通う学生だった。

偏差値とネームバリューなら日本で1,2を争う名門私大の学生だった私達三人は大学で親しくなった友人だった。

私の高校時代からの親友だった中野(仮名)は同じ関西の出身で私は大阪、中野は兵庫県の出身である。

中高一貫の男子校時代は女性との出会いもなく、お互い一応高校時代に童貞は卒業したもののサッカーにのめり込んだ学生時代だった。

中野は中高とサッカー部のキャプテンを務めて大学にも一般入試で合格した。

進学校とはいえ東京の一流私大である母校に進む学生は少なく、学年でも10名程度。

大抵は関西の有名私大に進むのが一般的で、地元の関西で就職するのが普通だった。

東大京大に進む秀才も数名居たが、偏差値と知名度では日本最高峰である我が母校に進むのはそれなりに頭が良く家柄も良い奴が多かった。

中野は弁護士志望で法学部に進学した。

対する私はギリギリで同じ大学の経済学部に進めた。

中野はクラスでも常に三番以内の成績で、学年内でもトップ10には入っていたので驚かないが、私は高校時代勉強しなかったのでなんとかギリギリで滑り込んだ落ちこぼれだった。

中野の実家は完全な中流家庭で両親共に大卒、父は地方国立大卒のエリートで当時は一部上場の大企業の部長で年収も1500万近かった。

母親も地元の女子大卒業後関西系の一流保険会社勤務で、両親の年収合わせると2000万を軽く超していた。

バブル全盛期とはいえ高級住宅街に8000万の豪邸を購入しており、共働きなのでそれぞれベンツを所有するぐらいだった。

対する私は両親が離婚し母子家庭に育つ。

とはいえ自営業者だった父方は事業でそれなりに成功し、バブル時代には億単位の所得税を納め、地元の長者番付に載ったと自慢していた。

父は高卒で母は短大卒、当時の時代背景なのでおかしくはないが大学に進学したのは私が初めてだった。

母は離婚後、財産分与もなく女手一つで小さな店を経営し私を育てた。

そして、東京出身で親が小金持ちだったのが中堅会社を経営していた拓也(仮名)だった。

京大卒だという父が一代で築き上げ、年商は当時で60億程、関連会社も数社あり、社員数も連結で2000人程おり、父の年収は3億程あったらしい。

拓也は渋谷の150坪の豪邸に住んでいたので、私達三人の中では一番の金持ちだった。

拓也は親父さんのコネで裏口入学したと言われていた。

拓也の親父さんは職業柄政治家や官僚と付き合いがあり、都内選出の大物政治家の後援会幹部だった。

裏口に関しては親父さんの友人の大学教授が手を回したらしい。

詳しいことは聞いていない。

拓也とは同じ学部でゼミも同じで意気投合した仲だった。

そんな私達三人は、卒業と共にそれぞれの道を歩み出した。

弁護士志望だった中野だが、何年かの司法浪人を経て無事30才前に弁護士になっていた。

地元の関西に戻り大手弁護士事務所からイソ弁としてスタート。

10年程大手事務所で勤務の後40過ぎで独立し、神戸に司法修習同期の阪大卒弁護士と共同で弁護士事務所をオープンしたらしい。

ただ地域柄か日本最大の広域暴力団の弁護が多く、いつの間にかヤクザ専門の弁護士になっていた。

関西では知られたヤクザ専門弁護士でやっぱり職業柄儲かったらしい。

独立当初は1000万に満たなかった収入が、ヤクザ専門にしてる内に毎年年収は7000万〜8000万程度を稼ぐ一流弁護士になっていた。

民事専門の共同代表だった弁護士も、後に辞めるんだが年収3000万程稼いでいたらしい。

年々ヤクザチックになっていく中野。今では○○組の顧問弁護士で通っている。

芦屋に豪邸を構え、愛車はヤクザではなくヤクザチックな事務員の角刈りが運転するベンツSクラスで、一般人が見ればヤクザだ。

私でもヤクザだと思ったぐらいだ。

愛人だと言われる美人秘書をいつも伴っている。

45で遅咲きの結婚をし、結婚式には○○組幹部が勢揃いしていた。

組から盛大に御祝儀が渡され、その額2000万とも噂された。

本人は否定する。

私も学生時代からの親友として100万程包んだ。

奥さんは20才も年下の美人OLで、大手不動産会社の受付嬢だという。

やっぱ金があれば若い奥さんもらえるんだな。

そして俺の大学時代一番の親友だった拓也は大学卒業後遊学した。

一応MBA取るためにロンドンに行った。

結局5年掛かりでMBA取って日本に帰って来た。

向こうでスコットランド娘を妊娠させ産ませたらしい。

向こうが引き取って養育費に毎月50万振り込むのが条件らしい。

帰国後は親父さんのコネで大手総合商社に入った。

15年程働き海外赴任もしてアメリカやイギリス勤務を経て部長代理で辞めたらしい。

部署はヒミツ。

一応留学経験から英語がペラペラなのとMBA資格でそこそこは出世出来たらしい。

商社マン時代の年収は1300万前後あったらしい。

もっともボンボンのコイツだから親から毎月100万程もらってたので、同額程度の小遣いはあったらしいけどね。

奥さんは外人でイングランド人。かなりの美人で巨乳だ。

ロンドン勤務時代に出会ったらしい。

ナイトクラブでナンパしたとか。

奥さんは一回り年下で大学時代に短期の交換留学で日本に半年程居たらしく、日本語は流暢で奥さんはイングランドでモデルをしてたらしい。

あんま売れてなかったらしいが。

プレミアのサッカー選手と付き合った経験があるとか・・・まぁ大学時代からフェラーリ乗って今はランボルギーニ乗ってる奴だからアイツもサッカー選手みたいなもんだ。

今は親父さんの会社に入り専務やってるよ。

年収は3000万ぐらいに増えたらしいな。

会社も今は年商は250億前後あるからな。

親父さんが頑張ったんだよ。

親父さんいい年だからそろそろ引退させてやらなきゃって俺は言ったんだけど、社長は80まではやる気らしい。

六本木の高層マンションで住んでるよ。

1億した億ションらしいけど親父さんに買ってもらったんだけどな。

現金一括らしいから国税に目付けられるよな。

最後に私の経歴を書いて本題に進もう。

私は他の二人ほど家庭環境が恵まれていない。

拓也みたいなボンボンじゃないし、中野みたいな中流家庭の出でもない。

私は流れもんだった。

一流大学を卒業したまでは良かったが、一代で財を成さなきゃならなかった。

親父とは疎遠だったし、母親は俺が大学の時店を潰した。

人が良いから商売人には向かない。お陰で俺は苦労した。

何百万か借金背負った母親がいるんだからね。

大学卒業後当時はバカでも大企業に入れた時代だったので、一応給料がいい銀行、デベロッパーそして総合商社を志望した。

いくつか内定あったんだがとりあえず銀行に入った。

別に他の銀行でも良かったんだ。

ただ力といえば金だしな。金といえばメガバンクだ。

当時はまだメガバンクっていってもいくつもあったんだ。

今みたいに再編してなかったからな。

やっぱ財閥系か?なんて思ってたんだが、俺は関西系のメガバンクの前身に入行したんだ。

バブルの時代悪名高かったとこだ。

収益日本一に向かって突っ走っていた。

銀行てのは金と情報が集まるんだ。

まぁ天皇が健在だった時代だからな。

俺の○銀も○和も似たようなもんだった。

俺は○和の内定ももらってたんだがやっぱギラギラしてたウチに入った。

東京の方も○銀とか色々あったからな。

詳しくは語れないが、銀行マンとして20年以上働いたよ。

途中に合併とか経済事件とかあったけど・・・俺が入ったのはバブル絶頂の頃だった。

本店営業部とかは合わなかったな。

営業は金になるし出世コースだが別に頭取目指すわけじゃないしな。

どこもそうだけど普通に仕事してりゃある程度出世するんだ。

大企業だと部長まで行けば上出来だ。

そうすりゃ年収も1200万は超えるしな。

俺は初めから30年銀行に勤める気は無かった。

支店長になったら辞めようと思っていた。

俺は総務畑だから汚い連中の相手が仕事だ。

若くして支店長代理なんて言われてな。

銀行は普通にやりゃみんな支店長代理になるんだよ。

肩書きなきゃ仕事にならないからな。

同期はみんな出世したな。

頭取候補と騒がれた奴も居たよ。さっさと辞めたけどな。

今残ってるので役員になったのがいるな。

副頭取ぐらいなら成れそうな奴がいる。

皆俺と親しかったのは支店長にはなったな。

頭取候補は若くして辞めたけど・・・・・・・・・俺も20年勤めてさっさと辞めたよ。

金も貯めたし自分で事業でもやろうと思って。

俺は同期では二番目に副支店長になったんだ。

取り巻きからは支店長って煽てられてな。

役員も狙えますなんて言われてね。そこまでやる気はなかったけど。

ただ若い奴を喰わしてやらないとな。

支店長に成るのは一番早かった。だから辞めたんだ。

株とか副業も儲かってたしね。

本業は1500ぐらいだったが副業はそれ以上あったんだ。

株で100万は毎月小遣いがあったからマンション買ってハマーとベンツに乗ってたよ。

副支店長や支店長になりゃ自分の飲み代ぐらいは落ちるよ。

それは仕事だからな。

ビジネスの極意は金を使うことだ。使っただけ自分に返ってくる。

俺は部下に毎月15-20ぐらい小遣いやってたな。自腹で。

女の子の部下には花ぐらいやったよ。

花とブランドの香水かな。

あんまキツイの仕事で使えないからな。

私は40過ぎに辞めちゃった。

まだ20代の頃、いい先輩が居たんだ。

ウチの支店に副支店長で来た人だったけど。

二つ程支店長やったのかなぁ?自殺しちゃったよ。

事件とは関係ない。

人が良いから耐えられなかったんだろうな。

上司と揉めたんだ・・・・・・銀行マンは飲むのが仕事だから。

接待して、接待されて・・・・・・・・・俺も20代から毎晩飲んでたよ。

新地で飲んでな。

東京に行った時は銀座で飲んで、銀座って高いんだなぁって(笑)そういう上司は出世するな。

ある支店の上司は自腹で毎月20万飲み食いさせてくれる人で、私だけじゃなく何人かの部下をね。

今もデカイとこの支店長やってるよ。

20代の頃給料は不動産屋の方が高くてね(笑)

金ないから彼女のヒモでね(笑)

不動産屋の女の子が飯よく奢ってくれたな。

飲み屋のネエちゃんのお陰でアルマーニ着れてね。

ロレックス付けて夜のお仕事に行く。

二股?三股だったな。

今は会社を経営してるんですよ。

大した会社じゃない。まだ10年だし。

それでも25億近く売り上げありますけど。

今はやっと年収億ですよ。

10年近く掛かってやっとね。

もう50過ぎたから、残ってたら常務ぐらいなってないといけないからね。

友人からはちょっとしたフィクサーって言われてるんです。

大したフィクサーじゃないですよ。ただの地元の名士って感じのね。

友人や後輩や部下のトラブル解決してまぁそんなもんですよ。

メガバンクの支店長に成れば地元では成功者ですからね。

地元の警察署長と地元の市議ぐらいはツーカーですよ。

市長選の時にはある程度まとめるんです。

私は政治に少し強いので府議の先生と飯食って地元の代議士応援してね。

私の顧問弁護士は親友の中野ですけど中野はそっちに強いですから、今の時代条例に引っかかります。

だから私の会社の顧問弁護士はヤメ検の大物弁護士の先生なんです。

昔特捜に居た人なんです。

私とは20年来の友人でしてね。

先生がまだ現役の頃から。

平河町に行って向島と築地に行き着けの料亭があってね。

そこで食事しながら地元の先生と大物政治家の先生と意見交換するんです。

私は東京では○○のスィートに宿泊するのでそこのバーで少し飲んで愛人の女の子二人を呼びます。

一応家庭持ちなんですがね。

CAしてた妻とは20年になりますね。

子供も二人居るんですよ。

だから責任がある。

妻と子供の責任を持たないと。

地元の高級住宅街に200坪程の自宅があります。

3億程したのかな?妻には子供と妻の生活費毎月100万程ですが渡しています。

妻もCAだったので20.30万は女性はお金掛かりますからね。

最後に私の二人の愛人の話して終わります。

まだ誰が勝ったか決まってないんで、決まったらまたそのこと書きますよ。

それなりに成功し、金ができると次は女か名誉が欲しくなる。

生まれ育った地元の市に少しばかりの寄付をして地元の広報誌に感謝の名前が載って自己満足していた。

何百万かの寄付で市長からもお世辞を言われて市役所の職員には頭を下げられてね。

支店長に成れば大抵偉そうにできるけど中堅会社の社長に頭下げられてね。

それとは違った自己満足だ。

移動はベンツのSクラスで専属運転手兼ボディーガードの巨漢の元柔道重量級の県チャンピオンだった男が務める。

友人の中野弁護士のように運転手にヤクザ紛いの人間は使えないから。

移動にはファーストクラス、ホテルは高級ホテルのスィートに宿泊し銀行マン時代より少し派手なヴェルサーチのオーダースーツに身を包む。

毎日外食し週に4日は地元の代議士や府議、市議に地元金庫番の代議士秘書と食事をするのが日課だった。

選挙前には毎日事務所で打ち合わせをする。

面倒をみた市議は5人程で、3人の府議の先生と地元の代議士に大物政治家の地元代議士の親分の先生とは東京で銀座で一緒に飲む間柄だった。

政治には毎年自腹で1億、会社でも献金やパーティー券で面倒をみていた。

だからそんなに金は貯まらないんだよ。

全部会社の金は使えないからな。

株と不動産で銀行マン時代から小金はあった。

小遣いは当時から70万ぐらいはあったからね。

それで当時愛人だった部下の女子行員と愛人だった飲み屋のおネェちゃんの面倒をみていた。

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