私は小4(10歳)の冬に実父にお風呂場でレイプされ、処女を喪失しました。それから2カ月ほどお父さんに犯される日々が続いた後、そのことに気付いたお母さんが、私と、もうすぐ小学生になる妹の琴音を連れて、遠くに引っ越して、3人だけの生活が始まりました。
大人の話なので、当時、お父さんとお母さんの関係がどうなったのかはよくわかりません。ただ、それ以来、お父さんと会っていないので、完全に縁を切れるよう、お母さんは頑張ってくれたのだと思います。
とはいえ、娘二人をひとりで育てていくのはたいへんだったんだと思います。3人での暮らしは、かなり質素で、お父さんと一緒に暮らしていた時の生活とはかなり変わりました。
3人暮らしが始まって半年ほど経ったある日、仕事から帰ったお母さんはひどく落ち込んでいて、帰ってくるなりずっと頭を抱えていて、私と妹が声をかけてもほとんど無反応でした。一体何があったのか、まだ小学生だった私たちが知ることはできませんでしたが、きっと職場で大変なことがあったんだと思います。
それからしばらくして、私が小1の妹と一緒に学校から帰っていると、知らないおじさんが、私たちに声をかけてきました。
「凛音ちゃんと琴音ちゃんだよね?」
「はい……」
突然声をかけられ、びっくりしましたが、その時の印象は優しそうなお兄さんでした。
「俺、春菜ちゃん(母の名前)の仕事仲間なんだけどさ、凛音ちゃんと琴音ちゃん2人だけでお家に残してるのが不安だから、休みの日は顔だして欲しいって言われたんだよね」
お母さんをちゃん付けで呼ばれるのはすごく違和感がありましたが、当時母は32歳だったので、同年代ならおかしくないのかもしれません。
Yと名乗るその男の人は、それからちょくちょく学校帰りの私たちに会いに来ました。
「ママにはナイショにしといてねー」
といって、ときどき車に乗せて、遊びに連れて行ってくれたり、好きなものを買ってくれたり。そのうち、Yさんの家にも誘われ遊びに行くようにもなりました。
そんな日が続き、小5の秋になった頃のこと。
「今日お母さんおうちに帰れないから、ウチに泊まっていきなー」
とYさんに言われました。
「(どうして帰ってこれないんだろう……)」
と思いましたが、大人のことはあまり聞いてはいけないと、お父さんとの一件以来、私は察するようになっていたので、なにも尋ねることなく首を縦に振りました。
下着や着替えなど、一晩過ごすのに必要なものを自宅から持って、Yさんのお家へ。宿題を済ませ、ご飯を食べ、お風呂に入り……。それから、Yさんが用意してくれたお布団で寝ることになりました。
すると、妹の琴音が寝静まったタイミングで、Yさんが私の布団へ近づいてきて、スマホに入っているある動画を見せてきました。そこに映っていたのは、小5の私には衝撃的すぎる内容でした。
「あっ///…!んぅ!あんっ!あんっ!///」
そこには、喘ぎ声をあげながら、Yさんとセックスをしているお母さんが映っていました。びっくりして動画に釘付けになっていると、Yさんは私の肩をぎゅっと抱いて、耳元でささやきます。
「俺さ、ママと恋人同士なんだよ。でもさ、最近ママが相手してくれないんだよね……」
Yさんのことは嫌いではありませんでしたが、お母さんの彼氏だとは思わなかったので、「まさか」という気持ちでYさんの顔を見ました。
「俺さ、凛音ちゃんのママのこと大好きだけど、凛音ちゃんと琴音ちゃんのことも大好きだからさ、結構たくさんお金ママにあげてるんだ。でも、ママが欲しいのはお金だけかもしれないね。だったらさ、俺もうママと別れよっかな~って。」
「でもそうなったら、ママもお金がなくなって困るだろうし、凛音ちゃんと琴音ちゃんも学校、行けなくなるかもしれない。それだとかわいそうだからさ。ちょっと迷ってたんだ~」
突然切り出された話に、理解が追いつかない私でしたが、「学校にいけなくなるかもしれない」という言葉で、ものすごく不安になりました。
「凛音ちゃんはしっかりしてるし、強い子だからさ。学校辞めても生きていけるかもしれないけどさ。琴音ちゃんは無理じゃないかな。可愛いけど、ちょっと内気な感じで大人しい子だし」
Yさんの琴音の分析は正しくて、私もそう思いました。実際、琴音が学校から帰るときに落ち込んでいることも多く、私はよく琴音をなぐさめながら帰っていたからです。Yさんのその言葉で私は「琴音に悲しい思いはさせたくない」という気持ちが強くなりました。
そして、そのタイミングでYさんに
「でもさ、凛音ちゃんがママの代わりに俺と恋人になってくれたら、俺まだまだがんばって3人のこと支えてあげるよ」
と言われ、大人の人と恋人になるというのがどういうことになるのかわかりませんでしたが、琴音のためだったらがんばりたいと思って
「わかった。Yさんのカノジョになります」
と答えました。
「いい子だね~。じゃあキスしよっか」
Yさんはそう言うと、私の頭をなでながら、顔を近づけてきました。私が目をつぶると、唇にむにゅっとYさんの唇が押しあてられ、そのまま少し唇を上下左右にムニムニと動かされてから、唇を少し吸うようにして、Yさんの唇が離れました。
「凛音ちゃんの唇、おいしいよ~。俺がファーストキスだったかなぁ?」
お父さんとキスをして以来、2人目のキスの相手でしたが、Yさんのその問いには首を縦に振っておきました。自分自身、お父さんにキスをされたことはなかったことにしたかったのかもしれません。
その日はキスだけで私もYさんも眠りましたが、それからYさんの要求はどんどんエスカレートしていきました。
最初は手を繋いだり、ハグをしたりでしたが、1週間くらいたったころから
「おっぱいさわっていい?」
「凛音ちゃん、まだ小5なのに大きいね~。大人とかわらないくらいボリュームあるね」
と言われながらおっぱいを揉まれたり、夜には琴音が寝ている横でフェラを要求されるようになりました。
「おちんちん、お口に入れたことある?」
と言われたので、私は首を横に振りました。実際、お父さんはフェラを要求したりはせず、とりあえずクンニや手マンで膣を濡れさせた後、ただ私を乱暴に犯すだけだったので、未経験でした。
顔の前に出されたおちんちんのニオイはすごく臭くて、口に入れるのは絶対に無理!と思いましたが、Yさんは事前にお母さんがフェラをしてる動画を私に見せていたので、私はその通りにやるしかありませんでした。
お母さんが咥えていた様子を思い出しながら、私は口をあけて、おそるおそるおちんちんを咥えこみます。
しょっぱいような、生臭いような、そんなニオイが口や鼻の中に広がりますが、ここまできたらやるしかない、早く終わらせようと思い、私は一生懸命おちんちんを咥えて、頭を前後に動かしたり、舌で舐めたりしてがんばりました。お母さんがやっている動画と同じように、唾液でジュポジュポと音を立てることもやってみました。
そのうち、Yさんが
「うっ……あっ……」
と声を出し、私の口にビュルビュル!っと熱い精液を出しました。しばらく口のなかでビクビクしていたおちんちんの動きが少し止まり、Yさんがおちんちんを引き抜くと、私は急いでティッシュを探しました。
生臭く、夏のプールのような、それでいて生暖かいドロドロとした感触が気持ち悪く、吐き気をも要しました。でも、Yさんは
「あ、ダメだよ出したら。お母さんと同じことしてくれなくちゃ」
そういうと、わたしを顎を両手でつかんでクイッと上を向かせ、
「ほら、ごっくんして。ごっくん。ママもやってたでしょ?」
と言って、飲精を要求してきました。
「(ぜったい無理!吐きそう!)」
と思いましたが、確かにお母さんはフェラチオ姿を撮られた動画で、男の人のおちんちんから出た精液を飲んでいました。同じことをしないと、琴音は学校にいけなくなる……。
「(そう、琴音のため!)」
その思いで覚悟を決めて、ごくっごくっごくっとYさんの精液を飲み込みました。のどにひっかかって、そのたびに吐き気を感じましたが、必死に飲み込み、終わると、口をあけてYさんに飲んだことを伝えました。
「えらいね~!いい子だね~凛音ちゃん。じゃあね、お掃除もしようか」
今度はお掃除フェラを要求され、私はまたおちんちんを口のなかにいれました。精液を飲んだことにくらべると、いくらかマシなことに思えたので、さっきより積極的にペロペロします。すると、Yさんのおちんちんはまたムクムクと大きくなり始めました。
「あ~……いいよ~。凛音ちゃん、今日もうヤっちゃおっか」
「え?」
私がYさんの言葉にとまどっていると、Yさんは私を押し倒して、私に覆いかぶさるようにキスをしてきました。さっきよりも激しく、舌を入れてくるキスで、私は顔をしかめます。同時に、私のパジャマを脱がせ、下着のシャツをたくし上げ、おっぱいを揉んできました。
「フーーー、フーーーー!」
Yさんの鼻息が荒くなっています。そして、今度は私の腰を持ち上げ、マンぐり返しの体勢にさせられます。そして、パジャマのズボンとパンツを一気に脱がされ、おまんこを凝視されました。
「すごいね~。全然毛とか、まだ生えてないんだね。すごくキレイだよ~」
そういいながら、Yさんはおまんこに吸い付いてきました。チュ~!と音を立てながら吸ったり、舌でチロチロとクリトリスを舐めたり、ジュパッジュパッと激しめに刺激したりを繰り返されているうちに、私のアソコは濡れ始めたみたいです。
「ココ、触ると気持ちよくなるの知ってる?凛音ちゃん、大人っぽいからもう知ってるのかな~?」
Yさんはそう言いながら、クリトリスを強めに刺激してきました。実際、私は夏頃にオナニーを覚えていて、机や椅子、自転車のサドルにこすりつけて気持ちよくなることをときどきしていました。でも、人に弄られるのは初めてで、その新鮮な刺激にビクッビクッと体が反応してしまいます。
「んっ……!あっ…んん……」
「凛音ちゃん、すごくエッチな子だね~。もういつでもセックスできるね」
そういうと、Yさんは私の腰を少し下ろし、正常位の体勢でおちんちんを挿入してきました。
ズプッっとおちんちんの先っぽが入ると、私は痛みを予感して体に力を入れました。お父さんにされたレイプは、いつも痛かったので、本能的に身構えてしまいました。
「うっ……」
おちんちんはそこから少しずつズプ、ズプ、と段階的に入ってきます。まだ大人のおちんちんは私には大きすぎて、やっぱり股が裂けるような痛みがありましたが、お父さんとのセックスほど痛くはありませんでした。
「全部入ったよ~。じゃあちょっとずつ動いていいかな?」
Yさんはそういうと、ゆっくり腰を動かし始めました。お腹の中で、ゴリゴリと膣壁を刺激する固いおちんちんの感覚がありましたが、まだまだ気持ちいいとかはなく、ただ変な感じ、そしてやっぱり奥に入ってくるほど痛い。そんな感じでした。
「ちょっと速く動かすよ~。早くママと同じことできるようにならないとね~」
そういうと、Yさんは倍くらいの速さで腰を振り始めました。速くなると、同時に、おなかの奥のほうでズキズキと痛みが大きくなりましたが、私は声を出さないように、琴音に気付かれないように歯をくいしばります。
「う”っ…んっ……!んっ…!んぐっ…!」
ペチっぺちっぺちっと、肌がぶつかり合う音が暗闇に響きます。
「あ~、いいよ~。最高だね凛音ちゃ~ん。すぐママと同じセックスが大好きな女の子になれるよ~!」
Yさんはそう言いながら、どんどん腰を速くしていき、最後のほうはほとんど小学生への気遣いなどないくらい激しくなっていました。
「ん!ん!ん!ん”!」
パン!パン!パン!パン!パン!
「イクイク!出るよ!小学生まんこに出すよ!」
そう耳元で強く囁きながら、おちんちんの先を私の子宮口にギュッと押し当てて、
「うっ!!」
ビュビュ!ビュル!ビュル!ビュ…ビュ~……と長い射精をしました。私は、おなかの中でビクビクと動くおちんちんを感じながら、まくらを両手で握りしめて、耐えていました。
「あ~……気持ちいい……!たまんねぇわ……」
と、天井を見上げながらYさんがおちんちんを引き抜くと、私のおまんこからドロリと入りきらなかった精液が出てきました。
「やべ~……、2回目じゃないくらい出たわ~。俺、明日死んだらどうしよう笑」
と笑うYさんを見ながら、私は本当に死んでくれたら、もうセックスしなくていいんだとおもいましたが、それだと私も琴音も学校にいけなくなるのかも?と不安にもなりました。
その日以来、私はお母さんが夜、家に帰らない日は、Yさんのところに泊まり、Yさんとセックスをしました。Yさんは当然のように何度も何度も中出しをしました。それが半年くらい続きました。いつのまにか……私のお腹の中には、Yさんの赤ちゃんがいました。
でも、自分ではそのことに気付いていませんでした。Yさんとセックスをするようになって、半年くらい経ったころ、もうすぐ小6になるという春(3月)に、東日本大震災が起きて、実家が東北だったYさんは、しばらく東京を離れてしまいました。それで、春休みから小6になった頃には、私はYさんの相手をしなくてよくなったのですが……。
どうやら、その前に私の幼い卵子はYさんの精子を受精してしまっていたようです。それでも、東日本大震災の影響でゴタゴタしていたのもあり、私はちょっとした体調の変化を感じつつも、病院に行くこともなく、自分のお腹に赤ちゃんができているとは思ってもいませんでした。
小6のクラスにも慣れて、だんだん薄着になってきたころ、体のラインが見えることで、私はさらにおっぱいが大きくなったことを気にしていました。同時に、お腹も大きくなってきていたのですが、もともとおっぱいのせいで「デブ」と言われることもあったので、太ったのだと思っていました。
6月終わり、もうすぐ小学校最後の夏休みに入ろうとしていたころ。いつものように琴音をお風呂と一緒にお風呂に入っていると、いつも箱の時間はまだ帰宅しないお母さんが帰ってきて
「たまにはママも一緒に入っていいかな~?」
とウキウキしながら、お母さんはお風呂場に入ってきました。ちょうど、私は浴槽につかりながら、琴音がシャンプーするのを見守っていたところでした。琴音とお母さんが楽しそうにお互いを洗い始めたので、
「じゃあ、私先にあがるよ~?」
と、お湯からサバッと立ち上がりました。そのとき、私の膨らんだお腹を見たお母さんが
「凛音!!なにそれ!?」
と叫びました。なんのことか分からなかった私は、お母さんの大きな声が怖くて、お湯の中にもう一度隠れて
「なに?それって?」
と聞き返しました。自分の体に何が起こっているのかわかっていない様子を感じ取ったのか、お母さんはしばらく放心したような顔をしてから
「ううん、ごめんね……。とりあえず、明日、病院にいくからね。先に上がりなさい」
といいました。
翌日、少し遠くの病院で診てもらった結果、妊娠5カ月目だということがわかりました。私を診察したお医者さんは、最初お母さんとしばらく話をして、その後私はお母さんの隣でお腹に赤ちゃんがいることを伝えられました。(琴音は看護師さんと別室にいました)
それから、おなかの赤ちゃんをどうしたいかを尋ねられました。でも、自分のお腹に赤ちゃんがいるとは思っても見なかったので、わからないと答えました。
その日はとりあえず、いろいろ検査をして、正常な妊娠をしているか、体が危なくないかどうかを診てもらい、一度家に帰りました。帰り道、お母さんはなにも言わず、無表情だったのを覚えています。帰宅してからは、琴音にやたら優しく接して、私とは目を合わせようとしませんでした。それで、私は自分がすごく悪いことをしたんだと思いました。
琴音が眠ってから、私とお母さんはお腹の赤ちゃんについて話しました。赤ちゃんのパパが誰なのか聞かれましたが、私はYさんのことを話すと、私と琴音が学校に行けなくなると思い、黙っていました。
「わかんない」
としか答えない私を見て、お母さんは私がこうなることもわからず、誰かとセックスしたのだと思ったのか、それ以上私を問い詰めることはしませんでした。ただ、このまま赤ちゃんを産むか、それとも堕ろすか。それだけは早く決めないといけませんでした。もう妊娠5ヶ月だったので、来月には中絶ができなくなるからです。
お母さんは、それをわかりやすく説明してくれましたが、私はやっぱりどうしたらいいのかわからず、答えられません。
「じゃあ、凛音。ごめん、来週もう赤ちゃんとさよならしよう」
とお母さんは切り出しました。お母さんは堕ろしてほしい理由をいくつか話してくれました。私は子どもながらにそれを理解し、お母さんのためになるようにしたかったので
「わかった、それでいいよ」
といいました。
タイムリミットも近い中期中絶ということもあり、予約はすぐにでき、改めて検査して、入院して、すぐに中絶手術を受けました。いろいろな手続きやお金もかかったと思いますが、お母さんは私は何も言いませんでした。担当の看護師のお姉さんが、事情を察してとても優しくしてくれたのも嬉しかったです。
無事手術も終わり、わりとすぐに私はいつもの生活に戻りました。お医者さんやお母さんから、改めてどんなことをしたら妊娠してしまうのかを教えられました。
私を妊娠させたYさんについては、結局お母さんとの関係もわからないまま……。二度と会いたくないと思いつつも、どこかで私たちを見ている、そんな気もしていました。Yさんは、それから6年後、私が女子高生になったときにまた会ったのですが、しばらくはまったく音沙汰なしでした。