最初の妻は結婚してから3年で病気で亡くなりました。
2番目の妻は結婚して1年で自損事故で亡くなりました。
3番目の妻は結婚して半年後にガンが見つかり、闘病1年で亡くなりました。
その後、お見合いを何度もしましたが、不吉と思われたのか、すべて断られました。
「松井さん、嫁さんを世話しようか?」
そう声をかけてくれたのは長年、商売で付き合いのある社長さんでした。
「かなりの傷物だけどね」
不幸な生い立ちの女でした。
けれども、田舎の旧家の一人息子である私は跡取りを望んでいましたし、五十歳に近くなった私と結婚し、跡取りを産んでくれる女性はいないでしょうから、私はその不幸な生い立ちの女と結婚しました。
生い立ちのせいか、万事控え目で、家事も上手な女は申し分のない妻でした。
跡取り息子も産まれ、更にもうひとり男の子も産まれ、幸せを噛みしめていた矢先に妻がガンを発症しました。
末期ガンでした。
私は目の前が真っ暗になりました。
「あなたには感謝しています。こんな私を幸せにしてくれて」
病室のベッドに身を横たえて、妻が言いました。
「でも、悔しい……」
なぜ妻が死ななければならないのか、私も妻と同じく悔しい思いでした。
「このまま死ねない。あの人達に復讐したい」
妻が十歳の頃に、妻の両親は相次いで亡くなり、町工場を経営する伯父に引き取られ、奴隷のようにコキ使われ、中学の入学式の夜に伯父に犯されたのです。
その日から伯父に犯され続け、更には工場の従業員にもオモチャにされたのです。
「すべてを知っているのですよね」
初夜に妻がそう言いました。
私が頷くと、
「こんな女で本当にいいんですね」
私は彼女を優しく抱きしめました。
そして、一つになりました。
「ごめんなさい……」
初夜の後、妻はそう言って泣きました。
それから、何度も一つになりましたが、妻は私に謝り続け、ついに、
「お願いです。普通にしないでください」
と言いました。
妻は普通のセックスでは感じない女でした。
私は妻を紹介してくれた社長さんに相談しました。
「松井さんはどうしたい?」
「……妻を悦ばせたいです」
「本当にいいのか?」
「はい」
翌日、妻を連れて社長さんが所有する廃工場に行きました。
そこで妻は十人近い男のチンポをしゃぶらされて、後ろから私に犯されたのです。
妻は何度も何度も逝きました。
妻は凌辱されないと感じない女になっていました。
それからの妻とのセックスは地獄でした。
「公衆便所なんだからさっさとイカせろ!」
「もっと舌を使え!オ〇コ便器使うぞ!」
何人もの男達に罵倒されながら、私に犯されないと妻は逝かない女でした。
妊娠出産後はセックスをしなくなりました。
本当は妻とセックスがしたいのです。
普通のセックスがしたいのです。
けれども、普通のセックスでは妻は反応しない。アソコも締まらない。
完全なマグロでした。
ある日、仕事が早く終わり帰宅すると、妻は蔵の中でオナニーをしていました。
「こうですか、こうですか…」
と言いながら、人参を口にくわえてフェラの真似をし、股間に指を這わせています。
「出してください、早く出してください…」
股間の指の動きは速くなり、やがて、
「逝くっ!!!」
と叫びました。
私は蔵の中に飛び込み、妻を犯しました。
「公衆便所!」「オ〇コ便器!」と罵倒する度に妻のアソコは締まり、歓喜の声をあげて、口からヨダレを垂らし、逝き続ける妻。
それ以来、私達夫婦は蔵の中でセックスをするようになりました。
「私、どうしても復讐したいの……」
「伯父さんにかい?」
「伯父よりも、いとこのマリコに復讐したい」
妻が犯されている所をビデオに撮影し、無理やり妻に援交させていたのがマリコでした。
「それだけじゃないの…」
マリコは撮影しながら、妻を罵倒し続けていたのです。
「マリコだけは許せない……」
私は社長さんに相談しました。
「気持はわかるけれど……」
社長さんは言葉を濁しました。
「松井さん。私は金融屋だ。正直、悪いこともいっぱいしてきたし、復讐のお手伝いもしてきた。復讐しても幸せにはなれないよ。それよりも奥さんとの時間を大切にしたら?」
社長さんの言葉をそのまま妻に伝えました。
「それでも、このままじゃ死ねない。マリコが私以上に苦しまないと死ねない」
妻の言葉を社長さんに伝えると、
「わかった。ただし条件がある」
1.妻を在宅療養に切り替えること。
2.どんなことがあっても復讐を中止しないこと。
余命、四ヶ月と医師から宣告を受けていた妻はこの条件を飲みました。
妻を在宅療養にしてから、二ヶ月後、社長さんに廃工場に呼ばれました。
「お願いこの女の前ではやめて!!」
「はぁ?便器がなに言ってんだよ!!!」
裸で工場の磔から吊るされたマリコの叫びを無視して、男がムチでマリコの尻を何発も打ちました。
「やめて、言うこと聞くからやめて!」
マリコは泣き叫んでいました。
妻は高笑いしながら、
「臭い汚いオ〇コ便器のくせに、ほら、『便器使って』って言いなさいよ」
マリコは妻を睨みつけました。
「なにその目。あんたまだ分かってないのね。あんたは臭い汚いオ〇コ便器なんだよ!!」
控え目で大人しい妻が……私には信じられない光景でした。
その後のマリコは凄惨でした。
妻はマリコを罵倒し続けました。
それからひと月、妻はこの世を去りました。
子供達のことを最後の最後まで気にかけ、私に子供達のことを頼みながら、けれど、最後の言葉は
「マリコだけは許さない……」
でした。
私は妻の遺言ともいうべき言葉に従い、マリコも伯父も苦しめています。