閉経マゾ熟女と過ごした淫虐の日々を懐かしむ私

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単身赴任先で、ダスキンの熟女と関係持ってたことがあります。

バツイチ熟女で、年齢は私より11歳年上で、関係が始まった当時で53歳でした。

親権を持つ息子さんは仕事で名古屋に住んでいて、熟女さんじは独り暮らし、寂しかったんでしょう、あっけなく落ちました。

外見は、檀ふみさんに似た上品な感じの方で、閉経しているのをいいことに、まずは半年ほど中出しセックスさせてもらっていました。

その半年間で気付いたのが、彼女に潜む被虐の性癖でした。

最初は、軽くバスタオルで縛って、肉穴を苛めしていたのですが、次第にエスカレートして、拘束具(手枷、足枷)を買い込んで開脚拘束し、クリキャップやバイブやローターまで買って本格的に凌辱しました。

いい歳になってから、被虐の世界に目覚めてしまった熟女が見せる、エゲツない反応は凄かったですね。

拘束具も1年で卒業し、縄での緊縛を覚えました。

熟女に浴衣を着せての荒縄緊縛、とても官能的で、撮影して雑誌投稿もしました。

どちらかと言えばスレンダーな身体に絡みついた縄が食い込んで、なんとも苦しそうな表情ですが、肉穴やクリ肉を虐げられると表情が一変して官能の世界へトリップしました。

彼女が掲載される誌面には、独特の言い回しの文字が躍っていました。

”屈辱の開脚で緊縛され、強要された性器露出に恥辱の汁を流して応える熟女”

”陰部を嬲られ「ああ・・・五十路になってこんな姿・・・」と恥じらいに顔を赤らめる上品五十路奥様”

”中出し淫射で美身は淫虐に染め上げられて恥辱の淵に追い込まれる”

等々、その文章ひとつで投稿した写真がグッと官能度を増した状態で、緊縛凌辱の恥辱に耽溺する閉経五十路熟女の悲哀が掲載されていました。

まるでSM物のAVにでも出ているかのような彼女は、撮影の後、緊縛痕が消えるまで数日かかったので、息子さんが帰省する1週間前には緊縛はできませんでした。

彼女との関係は、私の単身赴任の終わりで3年半で清算されました。

「私、息子とお嫁さんに、名古屋に来ないかって言われてて・・・孫が2歳になるから、孫守りなんでしょうけど・・・」

「呼ばれているなら、行った方が良いですよ。」

当時57歳になった彼女とは、SM無しで温泉旅行に行って、お別れしました。

57歳の熟女と46歳の私、周囲にはどんな関係に映ったでしょう。

まったりと時が流れて、ネットリと交わり、

「どうかお元気で。」

「あなたも、お体、ご自愛なさって・・・」

不倫なのに、しんみりと別れました。

あれから8年、彼女は65歳になっていますが、名古屋でお孫さんと元気に暮らしているのでしょうか。

私は54歳、出会った頃の彼女の年齢になっています。

今は、妻一人だけで精一杯です。

もう、あんな日は二度と来ないだろうなと、懐かしく思い出しています。

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