その日の朝は、ドンという鈍い音で目が覚めた。
亜樹は寝惚け眼を擦りながら体を起き上がらせた。ぼんやりとした視界が晴れてくると、ベージュの絨毯の上に一升瓶が転がっていた。
亜樹「あっいけね。私の久保田ちゃんが」
ベッドから身を乗り出して一升瓶を拾い上げた。
亜樹は一升瓶に名前を付けていた。その日本酒が久保田という銘柄なので久保田ちゃんと呼ぶことにしたのだった。
亜樹は久保田ちゃんをベッドに置いて布団をかけてあげた。この数日で、亜樹にとって久保田ちゃんは道流に変わる大事な相棒となっていた。
少し細身だがなめらかな曲線美があり、性格は頑固一徹で、態度はひんやりと冷たい。愛着を持ちながら久保田ちゃんを抱いていると、いつの間にかそんな印象も沸いてくる。
窓辺に立ってモスグリーンのカーテンを開くと、初夏の日差しが眩しく入ってきた。
昨晩の気温は季節に似合わず猛暑となっていた。眠っている間に汗をかいたのか、体がべたつく不快感があった。
亜樹はキッチンに移動して、コップ一杯の水を飲んだ。体の中に水分が浸透していき、涼しげな心地好さを感じた。
ふぅと一息つくと、ベッド横にある丸テーブルに置かれていた携帯を手に取る。
コール音が一度、二度、三度と鳴った。亜樹は早くでてほしいな、とウキウキしながら待っていた。そして、
道流「もしもし、おはよう亜樹」
亜樹「うん、おやすみ道流。じゃあねー」
そんな亜樹のおふざけに、道流は声に力が入った。
道流「こらこら!それはないでしょ!」
亜樹「あははっ。ごめんごめん冗談です」
道流「まったく……」
思った通りの反応を聞けて面白かったけれど、おふざけが過ぎたかな、と亜樹は思い、茶色の髪を耳の後ろに流してあらためて言い直した。
亜樹「そっちはどう?暑くない?」
道流「暑いよ。少し外を歩くだけで汗をかくからね。でも、オフィスはエアコンが効いてるからそれが救いだよ」
亜樹「道流は暑さに弱いもんね。体調崩すのは大体夏だし。体調管理に気を付けるんだよ?」
道流「そうだね、気を付けます。それに今日を含めてあと四日だからなおさらね」
亜樹「早く帰ってこーい」
道流「ははっ。わかってるよ。あっ、でも金曜日は打ち上げがあるから遅くなります」
つい口走った一言に、思いの外亜樹は黙ってしまった。
道流「あっ……」
しまった、と道流が後悔したのもつかの間、亜樹は悲しげな声を出した。
亜樹「もうさ、私だってさ、飲みたいんだよ?美雪ちゃんがいない日は、一人ぼっちで飲んでるんだよ?私は、寂しいのよ?」
道流「ごめんごめん。わかってますって。飲兵衛の亜樹ちゃんだもんね」
すると唐突に、
亜樹「ばばん!いきなりですが問題です。餅は餅でも、人に向けて焼く……」
道流「やきもち」
亜樹の言葉を遮るように道流は即答した。その結果、二人の間には何とも言えない空気が流れた。
亜樹「……道流。もう少し悩むなり、空気を読むなりしてくれてもいいんじゃない?大人げないよ」
道流は携帯越しでも亜樹の表情が手に取るようにわかった。眉間に皺をよせて、険しい表情をしているはず。道流はクスッと笑って、
道流「その問題は考える必要もないくらい簡単だよ」
亜樹は納得いかないと言いたげに、口をぷーと鳴らした。
道流「さっきの亜樹じゃないけど冗談だよ。帰ったら皆で飲みに行こ。約束するよ」
道流の約束という言葉が、胸の奥に優しく澄み透ってくると、亜樹は心地好い安心感に包まれた。
亜樹「うん。約束だよ」
道流「じゃあ、そろそろ仕事に行くよ。行ってきます」
亜樹「行ってらっしゃーい」
亜樹は名残惜しい気持ちになりながらも通話を切った。携帯をテーブルに置くと、道流の声が後ろ髪を引くように耳に残っていた。
ふと窓の外を見ると、さきほどよりも部屋の中を日差しが強く照りつけていた。
時刻は十三時。外の気温はさらに上がっていた。一方その頃亜樹は、パート先であるパン屋にいた。
亜樹「お疲れ様でーす」
ベーカリーバスケットにパンを並べ終えた亜樹は、レジで作業をしていた女子高生アルバイトの美帆に言った。
美帆「あれ?亜樹さんもう終わりですか?」
美帆は驚きながら問いかけた。
亜樹「うん、今日は友達が家に来ることになってるから、早めに上がるよ」
美帆「はぁ。せっかく亜樹さんとシフト被ったのに」
亜樹「ごめんね。美帆ちゃんは今日創立記念日で休みだっけ?じゃあまた来年だね」
亜樹はそう言ってほくそ笑んだ。
美帆「もう!亜樹さん!」
亜樹「はは。ごめんごめん」
亜樹はそう言って、レジの横を通って厨房に入り、さらに真っ直ぐ抜けて行って裏手にあるロッカーに入った。
それは昼前のことだった。美雪からメッセージが届いた。明日が祝日で休みだったこともあり、家に泊まりに行きたいという内容だった。
もちろん亜樹は了承した。最近は仕事が忙しかったようで、なかなか美雪と会うことができなかった。だから連絡を貰ったときは自然と笑みがこぼれてしまうほど亜樹は嬉しかったのだった。
それに、もしかしたら一緒に飲めるかもしれない。前回二人で飲んでからは、ずっと一人ぼっちの晩酌が続いていたので、いつも物足りない気持ちだった。
亜樹は茶色のエプロンを取り白のワイシャツを脱ぐと、まるで服屋に陳列してある商品のように畳んでロッカーに入れた。
昔から皺を作るのが嫌いで、いつかの日に道流が仕事から帰って来ると、服を脱ぎっぱなしにしたので亜樹は怒ったことがあった。
普段から几帳面というほどではないけれど、亜樹はこだわりが強い方なので、あまりだらしがないのは嫌いだった。
そして黒のパンツも同様に畳むとシャツと並べてロッカーにしまった。
今日の亜樹は上下お揃いで、純白のレースの下着だった。
ふと横に置いてある縦長の鏡に映る自分を見て、唐突に、この恥ずかしい姿を他人に見せたいと思った。
それにきっと道流は、そんなセリフを言う自分に興奮するだろうな、なんて思ったりもして亜樹は笑ってしまいそうになったのだけれど、だからこそ、否定しない自分が……晒したいと思う自分が、なんだかおかしく思えた。
亜樹は何を考えてるんだか、と自分を落ち着かせるように一息吐いた。
グレーのチェックの膝上スカートと、白のロングティーシャツに着替え終えるとロッカーを出て、厨房にいる店長に挨拶をしてから、再びレジにいる美帆に言った。
亜樹「それじゃあ、あとよろしくね」
美帆「はい、了解です。亜樹さん、今度私も飲みに連れて行ってくださいね」
亜樹「ははっ。いいよ。でも、二十歳になったらね」
そう言って軽く手を振った。
店を後にした亜樹は、その帰りにマンションの最寄り駅にあるデパ地下に向かった。
最近は一人の時間を利用して、パート仲間である主婦の人達に教わりながら料理の腕前を上げていた。
道流の得意料理であるオムライスはもちろんだが、魚の煮付けや肉じゃがなど和食を中心に作れるようになった。今の腕前を披露すれば、きっと道流はびっくりして腰を抜かすだろうと思っているくらいだ。
そして忘れてはいけない。今夜の晩酌のお供を。
亜樹は何にしようかなと考えた結果、今夜は湯豆腐とポン酢添えにすることに決めた。
亜樹は鼻歌交じりにカートを押しながら、食材をカゴに入れていった。
地下に下りてから数分程度だったが、中は冷風が効いていて、薄着だった亜樹は肌に寒気を感じた。
まだまだ夏とは言えないけれど、ここ数日は気温が上がりうだるような暑さが続いていたので、亜樹を含め、デパートに来ている人達も半袖やノースリーブのシャツが目立つ。中には甚平を着ている男性もいて、いやいやそれはまだ早くない?と亜樹は思った。
でもそんな姿を見てしまったら、今年の夏は皆で浴衣を着てお祭りにでも行きたいなという気持ちになる。もうすぐ三人が帰って来る。そう思ったら、目の前には楽しみなことがたくさんあることに気づいた。亜樹はカートを押しながら、溢れてしまいそうになる笑みに鼻歌を交ぜた。
買い物が終わり、亜樹は両手に買い物用バッグを持ちながらマンションに向かった。
時刻は十五時でまだ日差しも強かったから、先ほどの寒さと違って今度は肌がジリジリと焼かれるような暑さだった。
今日の予報では、道流達の天気は雨だったから、おそらく湿気と暑さで過ごしにくい一日になっているはず。そう考えると、まだ暑いだけなのだから、こっちの方がマシかなって思える。
マンションに着いてエントランスに入ると、エレベーターの前にヘルメットを被った人が数人いた。
亜樹は不思議に思ったが、そういえば、と思い出した。たしか今日はメンテナンスの日だったはず。この前日程が書かれた紙が郵便受けに入っていたのだった。
亜樹は疲れた腕でバッグをよいしょと持ち直し、隣にある階段を上った。
ふぅーと息を吐きながら、ゆっくり階段を上がっていき、四階の踊り場に来たときだった。中年の二人、缶ビールを持った細身の眼鏡をかけた男と、色白の男が段差に並んで座っていた。
あまりこのマンションでは見かけない風貌だ。というより似つかわしくなかった。亜樹が住んでいるマンションはどちらかというと、若い女性やカップルが多い。
閑静な立地に、外観は白を基調にしているが、最近外壁の塗装を塗り直したので、清潔感があり新築のようにも見える。実際古くはないのだけれど。
それに加えて、便もよくデパ地下もあり、飲食店も多くて住むには不便がないので、若い人に人気があった。
だからこそ、こんなところで昼間から飲んだくれているようなら、すぐに苦情が来そうなものだった。
亜樹は塞がれている階段を見て、疲労感が押し寄せてきた。
亜樹「すいません。通してもらえますか?」
その声に、眼鏡をかけた男と目があった。
眼鏡「おっ、悪い悪い」
そう言って立ち上がろうとしたとき、眼鏡はふらつきもう一人の男にもたれかかった。
色白「ははは。お前飲み過ぎだぞ。しっかりしろよ」
眼鏡「おう悪い悪い」
亜樹はため息をついたあと、
亜樹「通りますよ」
そう言うと、二人は真ん中を空けるようにして座り直し、亜樹を通した。
しかしそのとき、亜樹が階段の三段目に足をかけたときだった。足元に違和感を感じ振り返った。
なんと二人はスカートの中を覗き込むように這いつくばっていた。
眼鏡「し〜ろ」
色白「いいねえ。可愛い顔して、パンティも可愛いな。興奮するねぇ」
興奮するという言葉を聞いた瞬間、亜樹はさきほど鏡で見た自分の下着姿を浮かべてしまい、鼓動の高鳴りを感じた。
亜樹はその場で固まってしまった。本来ならスカートを手で抑えて、声を上げて怒るべきところなのに、なぜかそうしなかった。
見られている。覗かれている。お腹の奥底が締め付けられるような感覚があった。
興奮しているのだろうか。パンティを見られていることに。それとも、覗かれているという羞恥が興奮させるのか。
動けなかった。自分がおかしいことをしているという自覚はもちろんあった。でもなぜか、それ以上にもっと見てほしいという願望が溢れてきた。
眼鏡「はは。エロいなぁ隠さないなんて。そんなに見られるのが好きなのか?」
色白「せっかくだからオマンコも見せてほしいな」
色白の指先が遠慮なく足を伝ってきた。
まるで毛虫が這っているかのような感触だった。ゆっくりと足首から膝裏に向かって上って来る。眼鏡もその指先を眺めながら、羨ましいのだろうか、恍惚な表情をしていた。
指先が太ももの裏に来た途端、電気が走り亜樹はゾクゾクした。
色白「美味しそうな感触だね。すべすべで」
頭の中が真っ白になった。自分の体のことが……自分の体なのに、なぜこうしているのかわからなかった。
何で?どうして?道流だっていないんだよ?これじゃあ意味ないよ。
道流を喜ばせたいと思う気持ちと、羞恥に溺れたい自分の欲求が入り交じっていた。
その間にも色白の指先はパンティの縁にたどり着いた。
色白「オマンコ見たいなあ」
色白は、人差し指をパンティ越しに前後に動かしながらマンコを擦った。
亜樹は体にじんわりと熱を感じた。それが恥ずかしいからなのか、疼きのせいなのかははっきりとわからなかった。
でも一つだけたしかなことは、この状況が嫌いじゃなかった。
秘密の遊戯。道流はこんな自分を喜んでくれるだろうか。それとも……。
色白「え?」
眼鏡「お?」
色白と眼鏡は同時に困惑の声を漏らし目を見開いた。
なんと亜樹は持っていたバックを下ろすと、自らパンティをずらしてマンコを晒した。
その瞬間男達の時間が止まった。異様な光景だった。
亜樹は階段の先をただ見つめていた。自分がしたことの意味を噛みしめながら。そして、視線を後ろ姿に集めながら。
眼鏡「変態女か」
色白「これは触っていいってことだよな?」
色白の人差し指が、亜樹のマンコに触れた。
色白「あぁいいねえ」
たまらず声を出した。
ふたたび、指を前後に動かす。
眼鏡もその光景に息を飲んでいた。
次第に指が、亜樹の入り口を撫で回す。
亜樹「うっん……。」
感じる。道流とは違って愛はないけれど、悪戯心が支配する一つのわがままな疼き。
胸が苦しい。これは良心の呵責?でも、ちゃんと道流に伝えたいと思った。
亜樹はスカートを捲り上げた。
お尻が丸見えになり、いっそう卑猥な光景となる。
パンティを左側にずらしているので、右側はお尻の全てが見えている。
そして、ただ眺めていただけの眼鏡も、手を伸ばしてきた。
お尻の右側をそっと、壊れ物に触れるかのようにして揉んだ。
亜樹「あん……。」
眼鏡「もちっとしてて、柔らかい」
尻肉に指がゆっくり食い込む。離しては揉み、離しては揉み。眼鏡の指の感触が、亜樹の入り口に刺激として伝わる。
色白の指も、その入り口であるマンコに入ってきた。徐々に、指先、第一関節、第二関節、さらに根元まで深く侵入してきた。
上下に指が動くと、亜樹はその度に甘い吐息を漏らした。それは、かぎりなく淫らだった。
亜樹は無意識に、少しずつお尻を付き出していった。男達の情事に寄り添うように。いや、これは亜樹のわがまま。
おそらく、これっきり。一人にしたことへの、道流に対する秘密のわがまま。
そのとき。階下からヒールの足音が聞こえてきた。
亜樹ははっとして、すぐに姿勢を戻し服装を整えると、バックを持って階段を上がった。決して、男達に向かって振り返ることをせずに。
家のドアを開けて玄関でバックを下ろすと、胸に手を当てた。乱れていた呼吸を整えるように深呼吸を繰り返す。
夢と現実の狭間を行き来しているような気分だった。
それからほどなくして美雪がやって来た。一人ぼっちだった部屋が一気に穏やかになり、優しい空間に変わった。
その後夕食が済むと、外はすっかり静まり返った夜になっていて、今にもコオロギの鳴き声が聴こえてきそうだった。
時刻は二十時。二人でくつろいでいると、亜樹はふと思い出したように言った。
亜樹「ねえ、近くに銭湯があるんだけど行かない?」
亜樹の言葉に、美雪は広げていた雑誌を閉じて物珍しそうに答えた。
美雪「いいですね。実は私、銭湯初めてなんです」
亜樹「え!?そうなの?じゃあ今日がデビューだね」
美雪「たしか、お風呂上がりの牛乳が最高なんですよね?よく聞きます」
その言葉に、亜樹は目を輝かせた。
亜樹「そう!そうなのよ!私はいちご牛乳がお気に入りなんだけどね。でも、どうして銭湯の牛乳はあんなに美味しいんだろ?本当に不思議なのよねえ」
美雪「浴槽は広いんですか?」
亜樹「普通くらいじゃないかな。あっ、て言ってもわからないか。うーん、ドラマとかで出てくるような感じを想像してもらえれば……。まあ、とりあえず行ってみればわかるよ」
二人は支度をして家を出た。
外は夜だというのに、風はまだまだ生暖かかった。
亜樹「今日は平日だから、もしかしたら貸し切りかもね」
美雪「普段のときはお客さんが多いんですか?」
亜樹「混雑してることはないかな。多分立地が悪いんだと思うけど……。ただ歩いてるだけじゃ見つけられないね」
美雪「隠れ家的な銭湯なんですね」
亜樹「そうそう。地元の人しかわからないようなところだからね」
駅とは反対の方には時代を遡るように古い家々が建ち並ぶ。その中に小さな商店街があり、以前亜樹がホワイトチョコレートを買った駄菓子屋もそこにある。店先の明かりとは別に、街頭の明かりが歩く二人の姿を路面に映し出していた。
しばらく歩くとたばこ屋が見えた。亜樹はそれを目印にするように、ここを曲がるんだよ。と言って細い脇道に入った。
美雪「この先ですか?」
亜樹「そう。全然わからないでしょ?」
美雪は苦笑いを浮かべて、
美雪「絶対わからないですよ」
二人は笑った。
そして銭湯に着くと「湯」と書かれたのれんをくぐり、入り口でサンダルをロッカーに入れると、木の板を引き抜いた。
美雪「この板初めて見ました。これ鍵なんですよね?」
亜樹「そうだよ。味があるよね。私これ好きなんだ」
亜樹はいの三を。美雪はかの六と書いてある鍵を手に取った。
美雪は興味津々に板を眺めていた。
そして番台の親父さんに挨拶をしてお金を渡し。赤いのれんをくぐり更衣室に入った。
木製のロッカーが左右の壁に一列あり、さらに真ん中に背中合わせで二列ある。
しかし、亜樹が言った通りで、二人以外に人は見えなかった。
亜樹は窓ガラス越しに浴室を覗き、
亜樹「おっ。やったね。貸し切りだ」
美雪「本当ですか!?タイミングばっちりでしたね」
亜樹「ね!じゃあさっそく入ろう」
衣服を脱いでロッカーに入れると、タオルを一枚持って、ガラス戸をカラカラと音を鳴らして開けた。
正面には横長の浴槽が一つと、その隣にジェットバスがあり、さらに少し離れてぬるま湯がある。床には天色のタイルが広がっていて、洗面鏡の前にはケ○リンと書かれた黄色い桶と椅子が並んでいる。
美雪「これ可愛いですね」
亜樹「ね。やっぱり銭湯って言ったらこれだよ」
二人は椅子に座り、蛇口をひねり桶にお湯を溜めた。
ちょうどいい湯加減をたしかめながら、二人は豪快に桶に溜まった湯を体にかけた。
そして体を洗ってから、湯気が立ち上る浴槽に二人はゆっくりと体を沈めた。
亜樹「あぁ。いいねえ」
美雪「広いですね。それに声が通るっていうか、響きます」
亜樹「貸し切りだから余計にね」
美雪「銭湯にはいつから来てるんですか?」
亜樹「んー。それでも最近だよ。さっきの商店街に駄菓子屋があったでしょ?あそこによく行くんだけど、たまたまそのときにここを見つけてさ。それ以来かな。道流とたまーに来てたんだけど、二人で来るとゆっくり出来ないからね」
亜樹は浴槽の縁に腕を出して重ね、さらにその上に顎を乗せた。
亜樹「今ちょうど一人だし、行ってみようかなって思ってさ。そしたらはまっちゃったのよ」
亜樹は美雪に向かって笑みを見せた。
美雪「いちご牛乳にですか?」
亜樹「もちろん!でもね、いちご牛乳だけを飲んでも駄目なの。お風呂に入って身も心も温まってリラックスして、そこからのいちご牛乳が最高なの。どちらかだけじゃ駄目なのよ」
亜樹の言葉には力が入っていた。
美雪「亜樹さんがそこまで言うならよっぽどなんですね。なんだか私も、凄く楽しみになってきました」
亜樹「はは。今日は美雪ちゃんも虜になってもらうよ。あっ!でも、私がご馳走するからね。絶対だよ?」
美雪「はい。ご馳走になります」
亜樹「うん、よろしい!」
二人の笑い声が、浴室いっぱいに広がった。
それからしばらく浸かっていると、少しずつ人が増えてきて賑やかになった。
二人はその様子を眺めていたが、そろそろかなとお互いに顔を見合わせて浴槽から出た。
椅子に座り、さっと体を洗い流してから更衣室に戻った。
亜樹は楽しみなのか、すでに笑みがこぼれている。
急ぐように着替えを済ませて更衣室を出ると、亜樹は番台の親父さんにお金を渡した。
そして、隅っこに置いてある冷蔵庫から、いちご牛乳を二本取り出して一本を美雪に渡した。
亜樹「はい、美雪ちゃん」
美雪「ありがとうございます。でも、これってどうやって開けるんですか?」
瓶の蓋の部分には、紫色のビニールが被さっていた。
亜樹「これだよ」
亜樹は冷蔵庫の上にあるかごから、蓋を明ける道具を見せて、
美雪「あ、なるほど。これを刺してってことですね」
亜樹「そう。ビニールの上から蓋に刺して、それを梃子で開けるの。こうやって」
亜樹は言葉通りにやって見せた。
亜樹「これも慣れてくると快感なんだよねえ」
蓋がポッという音をたてて、ビニールごと外れた。
美雪もそれを真似て蓋を取り、
亜樹「はい、じゃあかんぱーい」
美雪「いただきます」
二人は、コンと瓶を合わせた。
すると亜樹は、喉を鳴らしてゴクゴクと一気に飲んだ。
亜樹「あぁー幸せ」
美雪「あはは。まるでビールを飲んでるみたいですね。それじゃ私もいただきます」
美雪はまず一口飲んだ。口の中で、甘いいちごの風味が広がる。喉通りは冷たくてすっきりしていて、火照った体に染み入るようだった。
予想以上に美味しかったので、美雪も喉を鳴らした。
美雪「本当に美味しいですね。止まらないです」
亜樹「でしょ?ちなみに、普通の牛乳とコーヒー牛乳、あとフルーツ牛乳があるよ」
美雪「私、フルーツ牛乳飲んでみたいです」
亜樹「よし。じゃあ私ももう一本飲んじゃお」
その後、亜樹はいちご牛乳を、美雪はフルーツ牛乳をおかわりした。
二人は笑顔でそれぞれ堪能すると、またのれんをくぐり、銭湯をあとにした。
月明かりが家々を照らす中、夜風が涼しげに、亜樹と美雪のスカートの中をくぐり抜けていく。
美雪は腕時計を見て、
美雪「ちょうど一時間くらいでしたね」
亜樹「そんなもんだったんだ。もっと長く入ってた気がしたけど……。」
そのとき、亜樹は悪戯っぽく笑って言った。
亜樹「ねえ美雪ちゃん、そう言えば今日飲んでないね」
美雪「え?……あっ、まさか亜樹さん、帰り道にある酒店に寄ろうとしてます?」
亜樹「あはは。バレた」
美雪「本当に亜樹さんは飲兵衛ですね」
亜樹「もう、美雪ちゃんまでそれ言う?勘弁してよ。でもさ、一升瓶とかじゃないよ?ビール一本だけ買ってさ、飲みながら帰ろうよ」
美雪「行儀悪いですよ」
亜樹「いいのいいの。今回だけだからさ、許して」
美雪「わかりました。道流さんには内緒にしておきますね」
亜樹「サンキュー」
来た道をマンションに戻りながら、途中酒店に立ち寄った。
美雪が外で待っている間、亜樹は缶ビールを二本買って店から出て来た。
さっそく美雪に片方を渡して、亜樹はそうそうに、
亜樹「はい、かんぱーい」
美雪「早いですって」
美雪は苦笑いをして、亜樹が差し出した缶ビールに合わせて、また乾杯した。
二人はほろ酔い気分になった頃マンションに戻ってきた。エントランス前に植えてある木々の葉が、風になびいている。
美雪が髪の毛を抑えながら何か思い出したように、
美雪「買いたい物があるんで、ちょっとコンビニに行って来ます」
亜樹「ん?私も一緒に行くよ?」
美雪「いえいえ。亜樹さんが一緒だと、またお酒を買ってしまいそうですし。ときには、適度にしなければいけませんよ」
亜樹「何か、道流のセリフみたい」
美雪「ふふっ。この前道流さんから連絡があったんです。最近亜樹さんが暴飲してるから、飲み過ぎないように見ててほしいって。なので、亜樹さんのアルコールチェックは私が責任を持ってやります」
美雪はそう言いながら、こめかみに手を当てて敬礼のようなポーズをした。
亜樹「はぁ。これはスパルタになりそうだね」
亜樹はがっくりと肩を落とした。
美雪が踵を返すようにコンビニに向かうと、亜樹は先に家に帰ることにした。しかしエントランスの自動ドアが開くと同時に、階段が視界に入った。
亜樹は昼間の、男達のことを思い出した。
体の奥底で秘かに余韻が残っていたのか、胸が騒ぎだす。
期待しているのだろうか。亜樹は、この先にいてほしいと思ってしまった。
でも一度は首を振って否定した。何を考えているの、と。
亜樹は恐る恐る歩みを階段に向けた。
そして二階、三階と上がってきた。そのとき四階から声が聞こえてきてにわかには信じられなかった。耳を澄ませると、その声には聞き覚えがあった。
亜樹の心臓は高鳴った。
意を決したように、階段を上がる。すると、三階から四階に上がる途中の踊り場に二人がいた。
眼鏡「おっ」
色白「あれ?また会ったね。てかラッキー。一回帰った甲斐があったな」
男達は相変わらず、ビールを片手に階段を塞ぐようにして段差に座っていた。
眼鏡「今度は何をしてくれるのかな?」
その言葉に体は疼いた。でも、あえて何も考えなかった。疼きのままに、体が赴くままに亜樹は進もうとした。
亜樹は何も言わず二人の間を通ろうとしたのだけれど、さきほどよりもスカートの丈は短かった。もちろん見せたかったわけではない。ましてやいるとは思っていなかったから。
でもだからこそ、余計に興奮してしまったのかもしれない。
亜樹は右足を、男達が座っている一段目ではなく、二段目へと伸ばした。
案の定二人は姿勢を低くして覗いてきた。
眼鏡「さっきは白だったのに着替えたんだね。今度は黄色かぁ」
すると色白が立ち上がった。
色白「少しだけ。ね、少しだけ」
色白はそう言って、亜樹のお腹に手を伸ばした。体温が伝わってくる。そしてスルスルと胸に近づいてきた。その際、ずっと飲んでいたのだろうか酒の臭いが鼻を刺した。
色白「さっきも思ったんだけど、服の上からでもわかるくらい巨乳ちゃんだね」
色白の手がいやらしく胸を撫でる。円を描くようにして。
そのとき、亜樹の携帯電話が鳴った。
亜樹ははっとして、階段を駆け上がった。そして六階に上がったところで、携帯の通話ボタンを押した。
亜樹「もしもし。ごめん遅れちゃって」
美雪「いえいえ、今コンビニに着いたんですけど、何か買って行きましょうか?」
亜樹「あ、うん私は大丈夫だよ。ありがとう」
美雪「そうですか。わかりました。では用が済んだらそちらに帰りますね」
亜樹「うん。待ってるよ」
通話を切ると、何をやっているんだろうと呆れた。一人ぼっちで寂しくて、欲求不満なのはわかるけれど、せっかく美雪が来てくれている夜にこんな醜態を晒すなんて。
それに道流もこの遊びを知らないし、真琴のカメラもない。誰も知らない情事なのだから……。
その後美雪が部屋に帰って来たが、なぜか険しい顔つきだった。
美雪「亜樹さん、聞いてください」
美雪はコンビニのビニール袋をテーブルに置いて、亜樹の前に座った。
亜樹「どうしたの?」
美雪「実はさっき、上司から携帯にメッセージが入ったんです。昨日の仕事で不備が見つかったから、明日行って訂正してほしいって」
亜樹「え?明日って休みじゃん。え?ていうか会社に行けってこと?」
美雪「はい……。」
美雪は今にも泣き出しそうな声だった。
亜樹「美雪ちゃんのミスなの?」
美雪「いえ。でも、私も関わってるんで、それでだと思います」
そう言ってうつむいてしまった。
亜樹「本当に最っ低な上司。私がいた頃と何にも変わってないんだね」
亜樹は美雪をゆっくり抱きしめて頭を撫でた。
亜樹「ヨシヨシ。でも大丈夫。訂正だから、そんなに時間はかからないでしょ?それに私も一緒に行ってあげるよ。私も手伝えば、そんなのちょちょいのちょいで終わるよ」
美雪「本当ですか!?ありがとうございます亜樹さん!」
美雪は亜樹の胸に顔を埋めた。
翌朝。雨が降っていた。小雨だった。肌に粉のように舞い落ちてすぐに消える。そんな雨だった。
ただ暑さは前日と変わらなかったので、電車に乗ったときは冷風が肌寒く感じられた。
亜樹と美雪はがらがらの車内で、連結部に近い隅に並んで座った。
車内にはほとんど人がいなかったが、家族が一組と、疲れきっているのか、夢の中に向かおうとしているサラリーマンが一人だけいた。
亜樹は美雪に仕事の内容を聞いた。
いったいどんな問題が起こっているのかと思ってヒヤヒヤしていたけれど、実際はそんなに対したことではなくて、出来の悪い上司や同僚のわがままをただ押し付けられているといった感じだった。
美雪から始まった仕事のリレーなのだから、途中で起こったミスは美雪のせい。それに一番年下で後輩だから何事も経験。仕方ないよね。大雑把に言うとこんな感じだった。たしかにこんなことされたら誰でも嫌になる。亜樹は美雪に同情した。
もう一度、亜樹は美雪の頭を優しく撫でてあげた。美雪は微笑みながら、亜樹に向かって頭を傾けた。
会社に着いた頃には雨が止んでいた。でも空は曇ったままで淀んでいた。
会社内にはほとんど人がいなくて閑散としていた。エントランスには警備員の人が二人いて、いつものように受付を済ませエレベーターに向かった。
部署に入ると、やはりそこにも人はいなくて、いつもなら聞こえてくる嫌な上司や先輩達の声もなくて穏やかで解放的な空間だった。
さっそく美雪は両手を高く伸ばしストレッチをすると、デスクで作業を始めた。
亜樹「じゃあ準備が出来たら言ってね」
美雪「はい。わかりました」
亜樹「あっ、飲み物がないね。何か買って来るよ。何がいい?」
美雪「私はコーヒーがいいです。ブラックで」
亜樹「あいよっ」
亜樹はエレベーターに乗り込み上階に向かった。そこは道流がよく使うテラスのあるフロアだった。
亜樹は自動販売機の前を通り過ぎてテラスに出た。
目の前に広がるビル群の景色が懐かしかった。よく道流が仕事でヘマをして残業になった。その尻拭いをするかのように、亜樹は道流と一緒に残業に付き合った。当時は大変で何度も道流を叱ったけれど、でもそんな時間さえ、今思えば愛おしいと思える。好きだったなあ、と亜樹は感慨深くなった。
そのときだった。
「亜樹」
後ろから聞き覚えのある男の声が聞こえた。
亜樹は全身に寒気を感じて動けなくなった。まるで金縛りにあったような気分だった。
亜樹は知っていた。その声の主を。忌まわしき記憶の中に傷痕としてたしかに残っている。
男はゆっくり近づいて来て、亜樹の肩に手を乗せた。その瞬間ビクッと体が反応して金縛りが解けた。
亜樹が振り返ると、そこには土井がいた。
土井「おっ、やっぱりそうか。久しぶりだなぁ」
土井はあのときの記憶など忘れてしまったかのように、気安い表情をしていた。
亜樹「……何でここにいるの?」
土井「ん?駄目か?俺だってここの社員だぜ?」
亜樹「答えて」
土井「たまたまだよ。本社で会う人間がいたからそのために来たんだ。それに俺の地元はこっちだし、たまの里帰りなんだから、別にいいだろ?」
亜樹「……消えて」
土井「はははっ。久しぶりにあったっていうのに冷たいなぁ。ま、でもそんなお前が好きだけどな」
大きく口を開けて、少し頭を仰け反らせながら笑う仕草が、あのときと同じだった。それに体型や匂いも。
亜樹「もう行くから」
土井「おいおい!まてよ。少しくらいいいだろ?別に減るもんじゃないんだから」
腹がたった。どの口が言っているのか。あなたから受けた傷はまだ残っている。亜樹はそう言いたかった。
しかし亜樹の目に映ったのは、土井の左手薬指にある指輪だった。
土井「ん?あーこれか。俺もめでたく二年前に結婚したんだよ。まあ言ってもデキ婚だけどな。そんで今は一歳になる子供もいるんだよ。可愛いぞ?見るか?」
亜樹は首を横に振った。
レイプ男の子供なんて見たくなかった。もちろんその子は関係ないのはわかっているけれど、それでも見る気にはなれなかった。
土井「どうしたんだ?元気ねえな」
亜樹「あなたに会ったら、誰だってそうなるよ」
土井「はははっ。たしかにな。そう言えば、あのときはまだお前と道流は付き合ってなかったんだよな?じゃあ俺が先だったわけだ」
亜樹はその言葉に対して、体の底から怒りが込み上げてきた。
亜樹は顔を睨み付けたが、土井は意に介さず話し続けた。
土井「懐かしいなぁ。たしか……ああそうそうビリヤードだ。あんときのお前の格好、胸元が開いたシャツにミニスカートでスゲーエロかったよなぁ。あれじゃあ見てくれ触ってくれって言ってるようなもんだぜ」
亜樹の顔を覗き込みながら土井は続けた。
土井「お前酔ってたもんなぁ。俺、お前の体を覗き放題だったんだぜ?ブラもパンティも。それに前屈みになったときのお前の谷間が最高でよ。帰ったあとお前で抜きまくったもんなぁ。あっ、あと帰り際に尻も揉んだんだぜ?道流の前で」
亜樹「やめて」
土井「すべすべで柔らかくて。手に着いた匂いを何度も嗅いで」
そのときテラスに、パンという音が響いた。
亜樹が土井の頬に平手打ちしたのだった。
土井は赤くなった頬に手を当てながら、
土井「相変わらず気が強えなぁ。俺が惚れたのもそんなお前だったな。首ったけってやつか。どうだった?道流が後ろにいながら、俺にセクハラされる気分は」
亜樹は何も言わなかった。自分でも思い出したくない記憶なのに、それがどんどん暗く深く、さらに汚れていく感じがした。
亜樹「……もういい?」
そう言って亜樹が背中を向けたとき、土井は亜樹の腕を掴み引き寄せた。
そして驚きの表情を見せている亜樹に、土井は無理やりキスをした。
亜樹は抵抗したが、土井の力が強く、次第に全身から力が抜けていった。
土井の舌が口内に押し寄せてきた。防ごうとすればするほど、拒めば拒むほどに体は受け入れようとした。なぜなのかわからなかった。
土井の手が胸を揉む。
土井「何で拒まないんだ?ほら、揉んでんだぞ?鷲掴みだ」
そう言いながら、力をいっそう込めて胸をぎゅっと掴んだ。
指が食い込んでくる。荒々しく、あのときのように容赦なかった。
土井の指が離れると、紺のオープンカラーシャツに皺がついていた。
亜樹「もう、やめて」
弱々しい。でもそれが精一杯だった。
土井「なあ、またセックスしようぜ。明日まではこっちにいるからよ。今度はお前をちゃんとイかせてやるからさ」
亜樹「ふざけないで。絶対……」
すると土井は亜樹の言葉を遮り、
土井「するさお前は。キスした瞬間にわかったからな。お前が変態だって。そうだろ?隠したって無駄だ。お前からは変態のフェロモンがぷんぷんに出てんだよ」
亜樹「勝手なこと言わないで!」
亜樹はもう一度平手打ちをしようとしたが、今度は腕を掴まれてしまった。
土井「いいねぇ。ますますお前を犯したくなったぜ」
そう言って不敵に笑い、スーツの内ポケットからペンとメモ帳を取り出した。
スラスラと何かを書くと、メモ帳から紙をビリビリと切り離した。
土井「俺の携帯の番号だ。明日ここにかけてこい、わかったな。そしたらたっぷり犯してやるよ」
土井は亜樹の胸ポケットに紙を入れた。その際また胸を大きく揉んで襟元を引っ張って覗き込んだ。
土井「ブラは黒。じゃあパンティも黒ってことか。明日は透け透けの白パンティにしてくれよな」
捨て台詞のように言って土井は去って行った。
誰もいなくなったテラスは、悲しいくらいひっそりとしていた。
亜樹「……ふざけんな馬鹿野郎」
そう呟いたけれど、虚しいくらいに秘部はしっかりと濡れていた。
亜樹が戻って来ると、心配そうな表情で美雪が出迎えた。
美雪「あっ!よかった、やっと戻って来たんですね!心配しましたよ」
亜樹「心配って。そんな大袈裟だよ」
美雪「大袈裟じゃないですよ。何かあったんですか?」
亜樹「……ううん。ただ、テラスに行ったら色々と懐かしくなっちゃったからさ。それで気づいたら時間経ってて」
亜樹は苦笑いを浮かべたが、一瞬表情が曇ったのを美雪は見逃さなかった。
美雪「……そうですか。でも、亜樹さん。何か悩んでいたり、不安だったりしたら私に話してくださいね。道流さんや優衣香さん、それに真琴みたいには頼りにならないかもしれませんけど。私、少しでも亜樹さんの力になりますから」
美雪の、まるでベールのように透き通った声と表情が、不安でいっぱいだった亜樹の心を包み込んでくれた。
その瞬間、亜樹の頬に一筋の涙が伝った。
美雪「亜樹さん!?大丈夫ですか?」
亜樹「ごめん。本当にごめん。何か美雪ちゃんの言葉を聞いたら溢れてきちゃって」
美雪はすぐにポケットからハンカチを取り出して、亜樹に渡した。
受け取った亜樹は目頭にハンカチを当てた。
美雪「やっぱり何かあったんですね。よかったら話して頂けませんか?少しでもいいので」
亜樹は悩んだけれど、もう一人で背負えるほどの大きさではなくなっていた。それも一つではなくて、いくつもの、今まで積み重なってきたものがいくつもあった。
亜樹は美雪に話すことにした。寂しかったこと。考えていることと体が一致しないこと。前日の階段で起こったこと。
最初はわがままだと思った。これっきりの。でも、さっき土井に触られたとき、感じて濡れてしまったのは、やはり余韻が残っていたから。ただのわがままであり、ちょっとした悪戯のつもりだった。でも結局は、それが自分を追い込む原因となってしまった。自業自得と言えばそれまでなのだけれど、悔しかったのだった。自分にも、土井にも。
美雪は恥を忍んで話す亜樹の言葉を真剣に聞いた。何か自分に出来ることは?解決するために提案出来ることは?背負ってるものを、一緒に手伝ってあげることは出来ないか?
美雪は必死に思考を巡らせて、大好きな亜樹に寄り添おうとした。
亜樹「私は自分の欲求をそっとしておくことができないのかもしれない。引き出しはいつも開けっ放しで開放的で、いつでも性を求めてしまうアバズレ女なんだよ。こんな私を見たら、きっと道流は嫌いになっちゃうね」
亜樹は自分を咎めた。何度も何度も、目を瞑れば声が聞こえてくる。脱いでしまえばいい、見せてしまえばいい、股を開いて受け入れてしまえばいい。その声の主は、体の奥底にある欲望の塊。言わばもう一人の悪魔の言葉。
でも美雪は首を横に振った。色々と考えたけれど、美雪は素直に自分の思っていることを口にした。
美雪「亜樹さん、それは違うと思います。道流さんを信じてください。絶対に、何があっても、道流さんは亜樹さんを愛しています。亜樹さんだってそうですよね?」
亜樹はもちろん、というように力強く首を縦に下ろした。
美雪「多分、人間てそんなに強くないんですよ。いつだって欲求を満たそうとする自分を我慢しているんだと思います。それは性欲だったり、物欲だったり……。私だって、何でこの人としちゃったんだろって今でも後悔してますし」
美雪は一つ、小さな笑みを浮かべた。
美雪「でも、一つだけ本当に嬉しかったことがあります。今の自分でなければ、こんな変態じゃなかったら、皆さんとは絶対一緒になれなかったと思います。あっ、でも開き直ってるわけではないですよ?本当にそう思ってるんです。まあ、外から見たら変な話ですけどね」
辺りを見渡し、一つ呼吸を整えて美雪は続けた。
美雪「だから、前向きに考えてみるんです。この道を辿って来たから今があるって。もし、二つ道があって片方は皆さんと一緒になれない道だったら、どう思うかって。それだったら、絶対今の道がいいです。私は道流さんも、亜樹さんも、優衣香さんも、真琴も、皆大好きですから」
美雪は大きく頷き、そして微笑んだ。
美雪「もし何かたしかめたいことや、自分に納得いかないことがあるなら、勇気を持って一歩踏み出してみてください。でも、それでも不安を感じたら迷わず私に言ってくださいね。私は亜樹さんが大好きですから、必ずお力になってみせます」
亜樹「ありがとう美雪ちゃん。……でも、それが道流を裏切る……」
すぐに美雪は首を横に振った。
美雪「亜樹さん、終わったら一杯おごってくださいね。約束ですよ」
約束……道流と同じ言葉だった。
亜樹「間違っててもいいのかな」
美雪「いいです。というより、誰も正解なんてわかりませんから。もし間違ってると思ったら、いっそのこと道流さんのせいにしちゃいましょう。変態になったのは道流さんが原因なんですから」
美雪の言葉に、亜樹は吹き出した。
亜樹「あはは。たしかにね。……うん。そうだよね。正解なんてわからないんだから」
美雪はそっと頷いた。そのときふと思い出した。
そう言えば、以前に道流にも似たようなことを話した気がしたのだった。
その記憶は曖昧だったけれど、目の前の亜樹を見て、同じところでつまずいて転んでいるような気がしたものだから、やはり二人は夫婦なんだなあ、と納得した。
美雪は、道流と亜樹の絆を垣間見たことによって、密かに抱いていた恋心が空に舞い上がっていったような気がした。
でもそれは残念とか、悲しいとか、そういうネガティブな気持ちではなくて、応援したくなるような感じだったからむしろ嬉しかった。それに少しでも二人に寄り添えたことが何より。
美雪はため息にも似た息を吐いた。私も早く結婚したいなって思ったのだった。
それから二人は同じデスクに並んで座り、押し付けられた仕事を片付けていった。
仕事を終えて二人でランチを食べて、その後美雪と別れたのが昼下がりの頃だった。
亜樹は家に帰って来てから、ベッドに横たわり、久保田ちゃんを抱き枕替わりにして瞼を閉じた。
美雪の言葉が流れ星のように通り過ぎて行く。そのどれもが、亜樹にとってキラキラと光輝く目印となって見えた。
自然と不安だった気持ちが、穏やかにベッドに沈んでいく感覚があった。
溶けていくような感じ。このまま体とベッドが一体になってしまうのではないかという心地良い浮遊感。
亜樹はいつの間にか部屋の電気もつけっぱなしで、夢の中に流れ星と一緒に進んで行った。
翌日。
部屋の窓から見える景色は茜色に染まっていて綺麗だった。
亜樹は出掛ける仕度をしていた。土井と会うために。
なぜ?と言われても、答えることができない。理由はいくつかあったからだ。確かめたい。戻したい。取り除きたい。上手く言葉にできなかったけれど、そんな感じだった。
昨晩。亜樹は道流に電話をかけた。でも内容はいつもと何ら変わらない会話だった。
体調は?仕事は?いつ帰って来るの?道流の声を聞くだけで安心した。
もちろん元気だよ。とか。もう片付いたよ。とか。明後日の夜に帰るよ。とか。亜樹は道流の声を一つ一つパズルのピースのように集めていった。
そして最後の帰るという言葉を聞いた瞬間泣きそうになった。意思とは関係なく涙が溢れてくるのを必死に我慢した。本当は今すぐ帰って来てほしいって言いたかったけれど、言わなかった。
美雪に言われた通りに、一歩踏み出してみることにしたからだ。
それに声を聞けただけで、ピースが集まったことで勇気をもらえた気がした。だからこれは一つの、前向きなわがまま。
待ち合わせ場所はあのときの、合コンをしたお店だった。
大通り沿いにあるおしゃれな外観。赤いテントの軒下にはテーブルセットが三つ並んでいる。
亜樹が到着したときには、その三つのテーブルにカップルが座っていた。
亜樹は店先の隅っこで車の行き交う通りを眺めながら佇んだ。
腕時計を確認するとまだ待ち合わせには早かった。大きくため息を吐いた。こんなときでさえ早く来てしまうのだから、癖というのは本当に素直だと感じた。
自分の行いに妙な違和感を覚えたので亜樹は先に店内に入ることにした。
白のブラウスに、黒いスカーフを巻いた店員に土井の名前を告げて、奥の個室に案内してもらった。
普段行くお店の個室とはまるで別世界。気分も雲泥の差があった。
合コンのときは、道流もいてくれたから楽しかったな、と亜樹は一瞬だけ記憶の片隅に浸った。
個室には、四人用のテーブルと椅子がある。テーブルには白いテーブルクロスがかかっていて、真ん中にはアンティークのランプが一つと小さな観葉植物が置いてあった。
雰囲気はシンプルというか、余計な物がなくて目のやり場に困るようなことはない。
亜樹は重い腰を椅子に下ろそうとしたとき、自然と自分が下座にいることに気づいた。
自分に呆れたと同時に妙に腹がたったので、亜樹は上座に移動して座った。あいつの下に見られることがしゃくだったのだ。
それから数分後。綺麗に整えた七三分けと、脂ぎった顔でのそのそとスーツ姿の土井がやって来た。
醜悪な顔は相変わらずで、図々しく鞄を床に放り投げると椅子をガタガタと音を鳴らして座った。
つくづく一分一秒、一緒にいたくないという嫌悪感を亜樹は抱いた。
土井「じゃあ頼む」
そう告げると、店員は軽く頭を下げて個室を出て行った。
土井「気に入ってくれたか?この店」
ニヤニヤと白々しい表情だった。
亜樹は何も答えなかった。
土井「今日は薄着じゃないんだな。ちょっと立ち上がって見せてくれよ」
亜樹は嫌々立ち上がり、テーブルの横に移動した。
今日の亜樹は黒のVネックシャツに、茶色でチェックの膝上プリーツスカートだった。
土井「まあ似合ってはいるけど、もう少し無防備な格好がよかったな」
亜樹「……別にそんなつもりないんだけど」
土井「そうツンツンすんなよ。仲良くしようぜ」
亜樹「お断りします」
土井「ふん」
土井は鼻を鳴らした。
しばらく沈黙があったが、店員が料理を運んで来ると、テーブルの上は色とりどりに華やかになった。
土井は料理のことで雑学を語ったり、難癖をつけたり、一人落ち着かない様子だった。
亜樹はそんな土井の話しを右から左に流しながら、ただ目の前の料理を黙々と食べた。
あらかた食べ終わると、亜樹は土井の指輪が目に入った。
亜樹「奥さんて……」
ボソっと呟いた声を土井は拾った。
土井「何だ気になるのか?」
亜樹「別に」
土井「本当に素直じゃねぇな。美人だぞ嫁は。見るか?」
亜樹「いい」
自分でも余計なことを口走ってしまったと思った。
土井「嫁とは職場で出会ったんだよ。なかなかお堅い女でさ、デートにこぎ着けるまで時間がかかったよ」
土井はフォークで、サラダを突っつきながら続けた。
土井「ただ一回誘っちまえばあとは簡単だったな。酔わせてホテルに連れてったら、自分から股開いてあんあん喘いでたぜ」
亜樹「酔わせて?じゃあ無理やり……」
土井「人聞きの悪いこと言うなよ。ちゃんと同意の上だ。まあ俺のテクニックも要因としてあったろうけどな。それからはもう虜になってたぜ。もちろん今でもな」
サラダを口に運び、クチャクチャと音を鳴らしながら話した。
土井「ところで、今日のお前のパンティは何色だ?ちゃんと透け透けだろうな?」
亜樹「そんなわけないでしょ」
土井「しけてんなぁ。まあそれでも、嫁はお前みたいに意地は張ってなかったぜ?素直に受け入れてくれてよ、そんでめでたく結婚だ」
人の気持ちを考えず、堂々とそんなことを言う土井が信じられなかった。本当に人間なんだろうか、と。
亜樹「そう……」
土井「お前も今日は気持ちよくしてやるからな」
土井の気色悪い言葉が、亜樹の体にしっとりと染み込んでくる。それでも、亜樹は自分がどうなりたいのか、どうしたいのかを確かめたかったから、深く考えないことにした。
土井「さて、腹ごしらえも済んだし行くか」
土井は重い腰を上げて、床にある鞄を持ち上げた。さっさと個室を出て会計を済ませた。
亜樹は土井に目もくれず店を出て、外で他人のふりをしながら待った。
極力隣にいたくなかったから、土井が店から出て来たあとも、二歩下がってついて行った。
大通りを駅方面に戻り、さらに線路沿いを少し歩くと、土井はあるラブホテルの前で立ち止まった。
土井「よし、ここに決めた」
土井は返事を聞くことなく、亜樹の腕を掴みホテルに入って行った。
中はモダンな照明が壁から照らす薄暗い空間だった。
一緒にいるのが道流だったら、どんなにオシャレで嬉しい空間だったことか。亜樹はそう思った。
二人はエレベーターに乗ったあと、三階の一室に入った。
大きな、キングサイズだろうか、部屋に入った瞬間嫌でも目に入るベッドだった。
部屋自体が薄暗かったので、白いシーツがより映えて見えた。
そのとき、土井は亜樹を壁に押し付けた。力は強くびくともしなかった。
亜樹の脳裏にあのときの記憶が溢れてきた。
土井「お前、こういうのが好きなんだろ?無理やり犯されるのが」
土井は亜樹の両腕を頭の上で重ねて抑えつけた。
そして、もう片方の手で亜樹のシャツを乱暴に脱がせた。
ピンクのブラが露になる。
土井「さて」
準備が整ったとでも言いたげに土井は唇を重ねてきた。
ベロベロと舌で舐め上げ、ジュルジュルと唾液を吸い込んだ。
その姿は、もうキスという生優しいものではなく、貪っているという表現で間違いなかった。
亜樹は土井の舌をただ受け入れるしかなかった。口内に躊躇することなく浸入してきて、暴れて、踊り狂っていた。
さらに胸を強く揉みしだいてきた。
壁に押し込まれるような圧迫感と苦しさが、亜樹をさらに従順にさせた。
亜樹は自ら舌を絡ませた。唾液を交換した。頭の先まで興奮が伝わっていく。
土井はブラを無理やり剥ぎ取った。豊満な乳が土井の欲求をさらに刺激する。
唇を離すと、今度は乳首に吸い付いた。
土井の息遣いが聞こえる。
土井「はあ……はあぁ」
しゃぶりながら、舌を上下に動かし乳首を転がす。性感帯である乳首を刺激されることで、亜樹の全身からどんどん力が抜けていった。
そして、口から甘い吐息と声が漏れる。
亜樹「うっん……あぁ……はぁぁ」
土井「いい声だ。そうでなくちゃな」
そう言ってスカートを捲ると、パンティの中に強引に手を突っ込み、マンコに指を入れた。
すぐさま土井の中指と薬指が高速で運動を始めた。
亜樹「あぁ!……あっつ……あっ!」
声にならない声が、土井の指によって溢れ出してきた。
しかも、クチュクチュとどんどん愛液が溢れてきて、卑猥な音を出すようになった。
それから土井は、さらに運動を早めた。
亜樹「あっ!……あぁ!……ダメっ」
土井「おら!早くイッちまえよ淫乱女」
亜樹は髪を振り乱して、顔をよじらせた。
亜樹「あぁ!……イクっ……」
次の瞬間、ふっと全身の力が抜けて、亜樹は膝から折れそうになった。
しかし、土井はそれを抑えると、
土井「おい。まだまだ終わりじゃねえぞ?スカートとパンティを脱げ」
はぁはぁと呼吸を乱している亜樹に、土井は容赦なく言い放った。
ゆっくりと、亜樹は言うとおりにした。ボタンを外し、ファスナーをジリジリと下げてスカートをストンと床に落とした。
それに、レースのピンクのパンティにも手をかけて下ろしていった。
足からパンティが引き抜かれると、土井は全裸の亜樹を眺めて、
土井「いい眺めだぜ。また興奮してきた。この体を俺が犯してやったんだな。何年も前のことなのに、つい最近のことみたいに感じるぜ。お前も好きだろ?無理やりやられるのが。まあだからここにいるんだろうけどな」
舐められるような視線がねっとりと体に纏わりつく。
亜樹は悔しかった。土井の言葉の一つ一つが、自身の隠れた性癖を暴いていくようでいて、それに図星たったことが。
土井は腕を掴むと亜樹をベッドに連れて行った。
抱き抱えるようにして、そのままベッドの上に放り投げて、足を大きく開かせた。
亜樹のピンク色のマンコが、土井の血走った目に映る。
土井「あれからずいぶん経ってるっていうのに、まだ綺麗な形だな。痴女のクセに」
そして、イッたばかりだというのに、土井はマンコに口を付けて、舌を突っ込んだ。
亜樹「ああぁ!」
ジュルジュル、ジュルジュルと音が部屋中にこだまする。
いったんは去った興奮が、また掻き立てられて体が反応する。
土井の舌技は上手いとは言えなかったけれど、その荒々しい行為が反対に亜樹の性癖には合っていたような気がした。
舌を離して、今度は指を二本、真っ直ぐにマンコに挿入した。亜樹の反応を楽しむように、上向きに入れたり、下向きにして掻き出すようにしたり。
亜樹の腰はよがり、顔は悶えた。
敏感になっている秘部は、土井の愛撫に素直に感じた。亜樹にとって、マンコから頭の天辺まで電気が突き抜けていく感覚が堪らなかった。
土井「はは。つくづくお前の体はそそるよ。ヒダが大きく、まるで俺を挑発してるみたいだぜ。早く入れてくれってよ。土井さんのオチンポで、狂わせてくださいってよ」
そう言って、土井の指はクリトリスを責めた。
亜樹「ああっ!……そこっは……あぁ!ダメ!」
土井「おらっ!ここがいいんだろ!気持ちいいって言えよ!」
亜樹「ああん!気持ちいい!……そこっ……いい!」
土井「だろ。俺も気持ちいいよ。お前みたいな女と犯れてよ!」
土井はさらにクリトリスを責めた。亜樹はその刺激に耐えながらベッドのショーツを掴んで悶える。しかし体が我慢できずに、右に左によがり動いてしまう。
土井「ははは。お前の顔最高だな。その快感に耐えてる感じ。ほら、二度目だ」
それから、もう片方の手で亜樹の乳首を摘まんで引っ張った。
亜樹「ああぁっ!」
全身がびくびくと震えると、またもや亜樹はイカされてしまった。
亜樹「はぁはぁ……」
土井「ほら、見てみろよこの指。お前のエロい汁でべっとりだ」
土井は亜樹に見せつけると、その指を頬に擦り着けた。
土井「舐めろ。好きだろ?そういうの」
亜樹「……はい」
亜樹は土井の指を物欲しげに舐めた。舌先で丁寧に、爪や手のひらも、土井が不敵に笑っているのに気づかないフリをして。
土井「よし。ケツを向けろ。こっからが本番だ」
土井はそう言って、亜樹のお尻を軽く叩きながら急かせた。
お尻を持ち上げ土井に向けると、亜樹は四つん這いの体勢になった。それは不思議と自然な流れだった。土井が知っているはずはないのだけれど、亜樹はバックから突かれるのが好きだった。この体勢がより従順に犯されている感覚があったからだ。
いや、そもそも犯されているのに従順というのもおかしな話だと亜樹は思った。
土井「そう、このケツだ。始めてお前を会社で見たとき興奮したぜ。揉みしだいてやりてえってな。それに、ビリヤードのとき、食い込んだパンティと尻肉が……」
亜樹「もういいから早く入れてよ」
聞きたくなかった。というより、早く、もっとイカせてほしかったから。
土井「……ふん。入れてじゃなくて、入れてくださいだろ?お前は俺に犯されてるんだからよ。ほら、そう言えよ」
亜樹は奥歯を噛み締めた。
亜樹「……入れてください。オチンチンを、ください」
土井「わかった。生で入れてやるからな。ありがたいと思えよ」
そして、亜樹は軽く足を広げた。
土井はそれを見届けたあと、モノを亜樹の奥深くに押し込んだ。
たった一度のストロークで、モノには亜樹の愛液がべっとりと付着した。
土井「あぁ思い出したぜ。この纏わりついてくるような愛液。膣内の熱さ。ぬるぬるで」
土井はぶつぶつと言いながら、あまりの気持ちよさに天井を仰いだ。
土井「やべぇ。嫁のもすげーけど、やっぱ亜樹の中も最高だわ」
すると亜樹の脇腹を掴み、腰のスライドを早めた。
亜樹「ああぁ!……あん!……あん!」
土井「おら!おら!どうだ亜樹。俺の腰使いは」
亜樹「気持ちいいっ!……あん!……あん!……もっと!……強くぅ!」
土井「ははは!いいぞ!」
土井はさらに強く、ストロークに合わせて亜樹の腰を引き寄せた。
結合部は叩きつけられ、パンパンパンと高鳴り、亜樹の尻は波打った。
あまりの気持ちよさに、亜樹は再度髪を振り乱した。
そのとき、自分が突かれるたびに、体の中からわだかまりがなくなっていくのを感じた。
思い出せばいつも口だけだった。私は変態だからとか、セックスが好きだとか。どこか自分を抑えていた気がした。というより嘘をついていた。でも、それは誤りであり、それは建前の話。
本当は犯されるのが好きだった。人に下着姿を見せて、裸を見せて、そして悪戯されて犯される。それが本当の自分であり、自身の性癖。
亜樹は自分から腰を土井の股関に押し付けた。何度も何度も、土井のリズムに合わせるように、自分から求めた。
亜樹「あん!……あん!……あん!」
土井「乗ってきたな。じゃあどんどんいくぞ」
今度は騎乗位の体勢になった。
土井は亜樹の両腕を、胸を挟むようにして下から掴むと、亜樹はモノの上で弾みながら喘いだ。
Eカップの胸が上下に揺れる。土井が見る景色はまさに絶景だった。
亜樹の苦しがっている表現と、弾む胸、締まったウェスト、薄い陰毛に、程よい肉付きの太もも。
土井は堪らなかった。亜樹の体が全て自分の物になったような、支配したような気分になった。
高揚感が溢れる。
亜樹「ああぁ……はぁっ……んっ……あん」
土井「おいどうした?声が出なくなってきたぞ?」
すると土井は下から強く突き上げた。
亜樹「あぁ!……いいっ!……もっとイカせて!」
土井「そうだ!それでいいんだよ。そのまま後ろを向け」
騎乗位の体勢のまま亜樹は反転した。
そして土井は亜樹の体を自分の方に倒した。
土井「いい眺めだぜ。お前のオッパイがこんなふうに見えるとはな。顔をこっちに向けな。舌だせ」
亜樹は顔を横に向けて、土井の言う通りに舌を出してキスをした。
土井の両手は胸を揉みしだき、モノはしっかりとマンコを突き上げた。
亜樹は唇を奪われながらも、苦しげに喘ぎ声を上げた。
亜樹「んっ……んん……あん……あっん」
もう亜樹の体には、気持ちいいという感覚しかなかった。迷いも不安も、昨日までの自分が嘘のように土井を求めていた。今の自分は土井の上で恥ずかしい姿になっているだろう。とても人に見せられるものじゃない。でも、そんな自分の格好、恥ずかしさが、よりいっそう体を興奮させる。
亜樹「はぁん!……あぁもう……またイッちゃう!……イッちゃうよ!……おかしくなっちゃう!」
土井「俺のチンポ最高だろ!もっとほしいだろ!」
亜樹「はい!もっとほしいです!気持ちいい!」
土井「じゃあ、まず一発目だ!しっかり味わえよ!」
亜樹「ちょうだい!」
土井はピッチを上げた。亜樹の体が上下に弾む。
亜樹「あっ!あっ!あっ!……あぁ!イク!」
土井「いくぞ!……ああ!」
亜樹「ああぁ!」
その瞬間亜樹は絶頂した。そして土井はモノを引き抜くと亜樹の口に突っ込んだ。
亜樹は絶え間なく出てくる土井の精子を飲み込んだ。
土井「はぁはぁ。まだ一発目だからな、次いくぞ」
それから、いったいどれだけの時間が経ったのだろうか。
土井はありとあらゆる体位で亜樹を貫いた。ときにはカーテンを全開にして、ガラスに押し付けながらバックで突いた。目の前には電車が走っていて、もしかしたら亜樹の裸は見られたかもしれない。いやもっと見てほしかった。あられもない姿を見て、他人に興奮してほしかった。
土井はその後も、駅弁で貫き、アナルに挿入した。亜樹が動けなくなってしまったとき、そこでセックスは終わった。
亜樹の体には、土井の精子がまんべんなく放たれていた。その精子の量は多く、このセックスの異常さを物語っていた。
土井「ふぅ。久しぶりにたのしかったぞ。やっぱお前は最高だよ。もうおそらくこれっきり、会うこともないだろうが、それが本当に勿体ねえと思うぜ」
土井はそう言って、名残惜しそうにお別れのキスをした。
亜樹も自分から口を開けて、そのお別れを受け入れた。
土井が部屋を出て行ったあと、亜樹はベッドの上で横になりながら天井を見上げていた。セックスしているときは気づかなかったけれど、天井にはクルクルと、南国の部屋にあるようなプロペラみたいなやつが回っていた。
あれっていったい何のために付いているんだろうと、亜樹は疑問に思った。というより、何でラブホテルにあるんだろう。意味があるんだろうか。それとも、ただのインテリア?
そもそも、何でそんなことを考えているんだろうかと、亜樹は自分の頭の中がはてなマークで溢れていることに気づいたけれど、その後は、ただぼーっとプロペラを眺めていた。
しばらくして、力の入らない足腰で、ゆっくりと浴室に向かいシャワーを浴びた。
体に付いていた精子が落ちていく。
亜樹は自分の体を眺めながら、不思議なくらいにすっきりしていることに気づいた。
さっき感じた清々しさを、今は身に染みて感じている。つっかえていたものが認めたことによって取れたのだろうか。それとも、開き直りか。でも、この空白はなんなのだろう、と。亜樹は喪失感を感じた。
亜樹がホテルを出たのは、終電間近だった。
しかしホテルが駅に近かったこともあり、ギリギリ電車に乗ることができた。
そしてマンションの最寄り駅に着いた頃には、すでに日付が変わっていた。
街頭が照らす夜道を、亜樹はとぼとぼと歩いていた。
いったい今日は何だったのだろうか。これは夢で、全部嘘だったんじゃないかとも思ったけれど、実際そんなことはなくて、たしかに自分は土井とセックスをしていた。感じたし、求めたし、今は全身が疲労感に包まれている。
むしろ、夢は夢でもこんな夢はごめんだった。
マンションのエントランスに入ると、エレベーターは鉄のパイプに黄色い旗がぶら下がっている囲いがされていた。
亜樹はまだメンテナンスなんだ、と思い階段を上がった。
二階、三階、四階と上がって来たときのことだった。
「あぁさっきの子可愛かったよなあ」
「なっ。パンティは黒で、俺すげー好みだったよ。やりてえ」
まさかと思ったけれど、亜樹には聞き覚えのある声だった。日付が変わったこんな深夜にまでいるなんて。亜樹は呆れていた。でも通らなければ部屋には着かない。
亜樹は仕方がない。と思い歩みを進めた。
そして、
眼鏡「あっ!」
色白「あれ。この前の」
亜樹は踊り場で、二人の目の前で一度立ち止まった。
眼鏡「こんな時間に帰宅ってことは、デートだったのかな?それでホテルには行けなかったみたいな?」
色白「あーなるほどね。じゃあ欲求不満なのかな?あはは」
二人は相当に酔っていた。呂律も回っていないように思えるし、何より酒臭さが尋常ではなかった。
亜樹「通りますよ」
亜樹が段差に足をかけると、
眼鏡「まあまあ、そんなに急がなくってもいいじゃん。俺達の仲なんだからさ」
色白「そうそう。いつもパンティ見せてくれて、この前は可愛いらしいおマンコも触らせてくれたんだからさ」
そう言って、二人は亜樹の体に手を這わせてきた。
眼鏡はしゃがみ込みスカートの中に手を入れてきた。
色白はシャツの下から手を入れて、胸を揉んできた。
色白「あーいいねえ。この巨乳。触りたかったんだよ」
眼鏡「今日はピンクなんだね。じゃあその先も失礼しまーす」
眼鏡はパンティをずらして、マンコに指を入れた。
色白も我慢できないのか、シャツを捲り上げてブラの上から揉んだ。
亜樹はまったく抵抗しなかった。それに全身に広がっている疲労感と怠さが理性を鈍らせていたのかもしれない。
また階下から足音が聞こえて来れば逃げられるのに、と亜樹は思ったけれど、今は深夜。望みは薄かった。
その間にも、二人は欲望のままに触っていた。
もうブラもずらされ、乳首が吸われていたし、マンコには眼鏡の口が吸い付いていた。
このまま犯されるのかな、と亜樹が思ったときだった。
色白「君本当にエロいよね。全然拒まないし。これならもういいよね?誰でもいいんでしょ?」
誰でも?そのとき、亜樹の体の奥底から何かが閃光のように込み上げてくるのを感じた。
亜樹「……いいわけない」
色白「え?」
亜樹「いいわけないでしょ!ふざけんな!」
亜樹はそう言い放ち、色白の頬に張り手を食らわせた。
パンという音と一緒に、色白は飛び退いた。
眼鏡も何が起こったのかわからないという表情を見せて、亜樹から離れた。
亜樹は二人を睨み付けて階段を上がって行った。
六階に上がって来たとき、亜樹は荒くなっていた呼吸を整えた。深呼吸を繰り返して落ち着かせた。そのときふと顔を外に向けた。
空は澄んでいて星が綺麗だった。頬を撫でる風も涼しくて、昨日までの暑さはなんだったのだろうかと思うほど心地良かった。
しかしその瞬間、不注意に一歩踏み出したときだった。亜樹は段差につまずき転んでしまった。
前のめりに倒れた。とっさに手はついたけれど、膝に鋭い痛みが走った。どうやら膝を擦ってしまったらしい。見てみるとそこから血が滴っていた。
亜樹は深いため息をついた。
ポケットからハンカチを取り出して、傷口に押し当てて血を拭った。
よろよろと部屋に帰って来ると、亜樹は電気もつけずにすぐにベッドに寄りかかるようにして座り、膝を抱えた。
先ほどまでの疲労感に、今度は絶え間なく孤独感が襲ってきた。まるで全身からすーっと生気がなくなっていくようだった。
それとも緊張感が抜けたからだろうか、胸が締め付けられて、涙が溢れてきた。
早く会いたい。早く帰って来てほしい。そばにいてほしいと亜樹は思った。
いつも一緒だったけれど、今日ほど会いたいと思ったことはなかった。近くにいてほしい。見つめてほしい。何も言わなくていいから、手のひらを重ねて体温を感じたい。
微笑み合って、冗談を言い合って、突っつき合って……。でも足りない。全然足りてなかった。毎日一緒にいたはずなのに、あまりにもあなたが足りない。
あなたに……いっぱい、いっぱい会いたいです。亜樹はそう強く思った。
そのとき、突然玄関のドアが開く音が聞こえた。そして次の瞬間、
「亜樹!」
聞き慣れているはずの、あの声がした。
亜樹は驚きのあまり座ったまま動けなくなってしまった。だって、道流はまだ帰って来ないはず。まだ仕事が終わってないのだから。
すると廊下を走るドンドンドンという足音が迫って来て、
リビングのドアが勢いよく開いた。
道流「亜樹!」
そこには大量の汗をかいた道流がスーツ姿で現れたのだった。
亜樹「えっ、えっ!?道流!?何で!?」
道流「何でじゃないよ。心配したんだよ!」
道流はそう言いながら、亜樹の隣に勢いよく膝をついた。
亜樹「でも、仕事……」
道流「杏花ちゃんと優衣香と真琴に任せて来たから大丈夫!それより僕は亜樹のことが心配だったんだよ!」
亜樹「え?でも私、何も……」
道流「うん。そうだね。昨日電話をもらったとき、亜樹は普通にいつも通りに話してたつもりだったでしょ?でも、僕にはすぐに何かあったんだなってわかった」
道流は興奮した自分を落ち着かせるように、胸に手を置いて呼吸を整えて、続けた。
道流「亜樹の声には、何かわかんないけど、色々なものが詰まってる気がしたんだ。それで、中でもとくに、会いたいって思う気持ちがいっぱいあったような気がしたからさ」
道流はテーブルの上に置いてあったリモコンのスイッチを押した。シーリングライトの明かりが眩しいほどに部屋いっぱいに広がった。
そのとき道流は、亜樹の擦り傷を見つけた。
道流「あっ!転んだの?怪我してるじゃん。まったく亜樹はおっちょこちょいなんだから。ちょっと待ってて」
道流はそう言って呆れながら立ち上がり、カウンターキッチンの隅に置いてあった薬箱を取って来た。
道流「ほら、こっちに足を向けて」
亜樹は足を伸ばした。
道流は慣れた手つきで消毒をして、塗り薬をつけて、四角い大きな絆創膏を張った。
亜樹は、にわかに信じられない様子でその仕草を眺めていた。
道流「はいオッケー。これで大丈夫」
本当に目の前にいるのは道流なのか。これは夢で幻なんじゃないかってさえ思えた。
でもたしかに体温を感じる。匂いも、仕草も、結婚してからいつも一緒にいるはずの夫である道流のものに間違いなかった。
亜樹「……本当に道流なの?」
え?というような不思議そうな目をして道流は答えた。
道流「何言ってるんだよ。僕は道流だよ。亜樹が大好きな変態さ」
そう言って、白い歯を見せながらくしゃっと笑った。
その笑顔は一瞬にして亜樹の心を明るく、眩しく照らした。
道流「それで、何があったの?でも辛かったら無理に話さなくてもいいからね。少しずつで大丈夫だよ」
優しい声と言葉だった。まるでベールのように、あのときの美雪と同じように包んでくれた。
亜樹「ごめんなさい」
道流は首を横に振った。
道流「亜樹。大丈夫。それに怒らないから。だから安心してこの夫である僕の胸に、どーんと飛び込んでおいで」
道流は両手を広げて微笑んだ。
亜樹は、うん、と頷いて土井のことを話した。
しばらくして、部屋には沈黙が流れた。それは数分程度だったけれど、亜樹にとってはこの上なく永遠に感じられた。
亜樹「本当に、ごめんなさい」
道流「うん。わかった」
亜樹「え?……何で?……何で怒らないの?」
道流「怒らないさ」
亜樹「え?」
道流「僕は……いや、ごめん一つだけ怒る。でもセックスのことは怒らないよ。だって普通じゃないから。そう、普通だったら今この瞬間は怒る場面だと思う。事実、亜樹は僕に内緒にしたんだから。でも僕は怒らない。それは……僕達は普通じゃないからさ」
亜樹「どういうこと?」
道流「僕と亜樹の性癖は他人がいてこそ成立するものだからさ。たとえ夫婦であっても愛があるだけじゃ満たされない」
亜樹はじっと道流を見つめた。
道流「満たされるときは、他人との、それに自分のわがままがまかり通ったあとだから。それにこんな性癖なんだから時々疼いちゃうこともあるし、結局それを我慢しても、その発散する相手は他人なんだから変わらないじゃん、てね。だからこそ、この性癖って綺麗事じゃなくて、いつもそばには紙一重で危険な部分がある」
道流は一つ間を置いてから続けた。
道流「……僕達の性癖って難しいよね。素直に言うのも何か恥ずかしいし。もしかしたら変な目で見られるかもしれないし。だから自分からしたいとか、してほしいってなかなか言えないよね」
また一つ、今度は深呼吸をして、
道流「……僕って説明下手だなぁ。ごめんね長々と。結局何が言いたいかって言うと。僕達の性癖って、セックスをするうちに、自分がいったい何を求めているのかわからなくなっちゃうってことがあるんだ。好きな人のために他人とするのか。それとも自分の欲求を満たすためにするのか。でも次第に、あれ?これって嘘をついてることになるんじゃ、みたいなね」
亜樹は道流の話を頷きながら聞いていた。
道流「亜樹が土井の所に行ったのは、おそらく、自分の中にあったそんな迷いやわだかまりを確かめたかったからでしょ?それに関しては、亜樹は何か答えを見つけたんだろうって僕は思っているし、亜樹はちゃんと戻って来てくれるって信じてたから、だから僕は怒らない」
亜樹「でも、浮気……」
すると道流は亜樹の言葉を遮り、
道流「でも!一つだけ……これだけは怒らせて。前にも言ったけど、危ないよっ!本当にっ!亜樹に何かあったら僕はどうすればいいの?何かあってからじゃ遅いんだよ?お願いだからもう二度と、黙って危険な所には行かないでほしい。浮気とかそういうことじゃなくて、僕は亜樹のことを世界で一番愛してるから」
その表情と言葉は、いつもと何にも変わらない道流だった。素直で真っ直ぐで不器用でいて、少し頼りなくて、男らしくなくて、恥ずかしいこともすんなり言えちゃう、亜樹の大好きな道流だった。
道流「だから、それだけはちゃんと謝ってほしい」
その言葉を聞いた瞬間、亜樹は解き放たれたように安堵した。体の中の全ての臓器が軽くなったような、まるで宙に浮いてしまうような浮遊感が湧き上がってきた。
そのとき亜樹は気づいた。例えるのは難しかったけれど、自分の中の空白の意味がわかった気がした。それはまるで子供の頃に似ていた。
小さな頃、いっぱいやんちゃをした。何が良くて、何がダメなのかわからなかったから。でも、そのあとたくさん怒られた。そのとき初めてこれはダメなことなんだって学んだ。
似ていた。そのときの気持ちと。
もちろん性癖のこともあったけれど、ただこれをやったら怒られるっていうシンプルなことを知りたかっただけなのかもしれない。
亜樹は背中を真っ直ぐにして姿勢を正すと、
亜樹「道流に相談しないまま、黙って土井の所に行ってしまって、本当にごめんなさい。道流に心配かけてしまって本当に……」
その瞬間、道流は亜樹にキスをした。
短い口づけだったけれど、突然のことに亜樹は目を見開いて驚いた。道流はゆっくりとした口調で、
道流「もういいよ。ごめんなさいは一回で十分」
亜樹「道流……」
道流「こんなこと言うと怒られるかもしれないけど、僕と亜樹の性癖ってさ、運命的なんだよきっと」
道流は亜樹の頭に手を置いて頷いた。
道流「よしっ!じゃあ一緒にお風呂入ろ。汗だくでもうベトベトだよ。あっ、でも薬塗ったばっかりだから、また張り直さなきゃいけないね」
そう言って道流が立ち上がろうとしたときだった。亜樹の中で、何かが弾け飛んだ。
亜樹「道流ーっ!」
そう叫びながら亜樹は道流に抱きつき、まるで子供のように泣きじゃくった。
道流「はは。まったく亜樹は泣き虫なんだから。ヨシヨシ」
一ヶ月ぶりに感じる道流の温かさに、亜樹はこのあとも、しばらくの間、そのぬくもりから離れることはなかった。
翌朝。
道流は無断で帰って来たことを電話で上司に叱られた。いくら同僚に頼んできたからといっても、もちろんそれが認められるはずはなかった。
帰ってきてそうそう、道流は始末書を書くはめになった。
道流「本当にこの会社ってさ、こういうことだけは早いんだよね」
道流はテーブルにうなだれながら言った。
亜樹「ごめんなさい。私のせいで……」
道流「亜樹。もう謝るのはなしだよ。それに僕は亜樹のためにしたことなんだから何も後悔してないよ。むしろ帰って来てよかった。亜樹の笑顔をみたら疲れは吹っ飛んだし、こんな始末書の一枚や二枚楽勝に思えるよ」
亜樹「……ありがとう道流」
道流「うん。やっぱり謝られるより、ありがとうって言われる方が何倍も嬉しい」
道流はそう言って、はにかんだ笑顔を見せてくれた。
道流「あっ、そうそう。亜樹、今夜飲みに行くよ」
亜樹「え?今夜?」
道流「行きたいって言ってたでしょ?それに、ゲストがいるからさ」
亜樹「ゲスト?」
その日の夜。
道流と亜樹はいつものお店に向かった。時刻は二十時ぐらいだった。
道流がのれんをくぐり、引き戸をがらがらと開けて中に入り、その後ろから亜樹も続いた。
奥に進み個室の障子を開けると、そこにはなんといつものメンバーと杏花がいた。
亜樹「え!?何で!?」
杏花「よっ!亜樹久しぶり!」
優衣香「お二人とも、遅いですよ」
美雪「お先です」
真琴「亜樹さん!今日のパンティの色は……痛っ!いたたたっ」
何か言いかけた瞬間、隣に座っていた美雪が真琴の腕をつねったのだった。
亜樹「え?何で?だって、仕事……。杏花も何で?」
優衣香「本当は打ち上げに出る予定だったんだけど、杏花さんが……」
杏花「どうせつまんないって。それだったら東京に行って亜樹に会う方が何千倍も楽しいって言ったの」
道流「本当に杏花ちゃんらしいね。でもね杏花ちゃん。それ上司に言った?」
杏花「ん?そんなの言うわけないじゃん。あんなおたんこなすに」
道流は悪戯っぽい笑みを浮かべて、
道流「杏花ちゃん、始末書だよ」
杏花「……は?」
道流「し・ま・つ・しょ」
亜樹「道流もくらったんだよ。罰としてね」
杏花「マジ!?ええ最悪!何その家に帰るまでが遠足みたいなやつ」
杏花はテーブルに腕を突っぱねてうなだれた。
優衣香「あれ?ていうことは、私達もですか?打ち上げをサボっただけですけど」
道流「し・ま・つ・しょ」
すると真琴が立ち上がり、
真琴「あっすいません。用事を思い出したんで、今からフランスに行って来ます」
道流「いやいや!何でフランスがちょっとコンビニまで、みたいな軽いノリなんだよ。ていうかそんな嘘が通じるわけないだろ。真琴も大人しく罰を受けなさい」
真琴「最っ悪っです!」
真琴は力が抜けてしまったかのように、その場に座り込んだ。
美雪「ふふっ。皆さん頑張ってください」
それから道流達は、それぞれ席に着くといつもの雰囲気の中楽しい時間を過ごした。
杏花「本当にビックリしたよ。亜樹が心配だから帰る!って言って道流君が飛び出したのには」
道流「仕方ないよ。だって心配だったんだから」
杏花「そういうところが昔から変わってないよね。一途っていうか単純っていうか」
亜樹「ううん。でも、それが道流なんだよ。格好いいところなんてほとんどないけど、私にとってはそれがまた個性的っていうかとびっきり魅力的なの」
道流はうんうんと頷いていたが、
道流「ん?ちょっと待って。格好いいところなんてほとんどないって言った?それは失礼じゃない?僕にだって少しはあるでしょ」
亜樹「えー?あったっけ?杏花、知ってる?」
杏花「うーん。……ないんじゃない」
道流「こら!」
三人の笑い声が個室に広がった。
そして、一時間ほどが経ち、
杏花「じゃあそろそろ私はおいとましようかね」
亜樹「え!?何で?もう帰るの?」
杏花「ごめんね亜樹。これから新幹線に乗らなきゃいけないの」
亜樹「泊まっていきなよ。道流が床で寝るからさ」
道流「おいっ」
杏花「ははは。そう言ってくれるのはありがたいけどね。私も、道流君と亜樹を見てたらダーリンに会いたくなっちゃったからさ」
亜樹「そっか……」
道流「亜樹、そんなにしんみりしなくてもさ、今度はこっちから会いに行けばいいんだよ。皆でさ」
優衣香「行きたいです!」
美雪「私も」
真琴「ふふふ。これはカメラを用意しないといけませんね」
道流「そこ、一人おかしいぞ」
杏花「うん。皆で来てよ、招待するからさ。……亜樹。また今度ね」
その言葉に亜樹は瞳に涙を浮かべて、
亜樹「杏花ー!」
杏花「亜樹ー!」
そう言いながら、二人は抱き合った。
優衣香「これが例のあれですね」
道流「そうそう。でも以前は二人揃って号泣だったからね。泣かないだけ今回は控えめだよ」
美雪「控えめって……」
ともあれ、しばらく抱き合ったあと、杏花はそれぞれに挨拶をして笑顔で帰って行った。
道流「ではでは、そろそろ僕達もお開きにしようか。さすがに疲れたからね」
すると唐突に亜樹が膝立ちになり、
亜樹「はいっ!突然ですが、今日は給料日です」
道流「あっ、そっか。そういえば忘れてたよ。亜樹、ご馳走様」
優衣香「ご馳走様、亜樹」
美雪「ご馳走様です。亜樹さん」
真琴「亜樹さん。ふつつかものですが末永く宜しくお願いします」
亜樹「ちょっと待って。誰も奢るとは言ってないよ。ていうかおかしいのがいるし」
真琴「ですよねぇ。皆さん、ご馳走様だなんてそれは図々しいと思いますよ」
道流「いや、図々しいのは真琴だから。ちゃっかり婚約してるし」
美雪「本当に真琴は抜け目がないね」
優衣香「でも、やっとらしくなったね。向こうにいるときは真面目だったからどうしちゃったのかと思ったよ」
真琴「優衣香さん、私のイメージってどうなってるんですか?」
美雪「あはは」
道流「亜樹。今日は僕が出すよ。いい?」
亜樹「いいの?」
道流「うん。まぁ出所は一緒だから、こんなこと言っても格好つかないけど。優衣香も真琴も、それに美雪も。皆頑張ったからね」
亜樹「……そっか。わかった。ならいいよ」
道流「ありがとう」
そして、久しぶりの夜もお開きとなった。
道流と亜樹がマンションに帰って来たのは、それから一時間後だった。
道流「楽しかったね」
亜樹「うん。最高だった」
コンビニで買った袋をリビングに置いて、二人はベッドの横に座った。
雰囲気のせいなのか、そこで声が止んだ。
二人の間には、もう言葉はいらなかった。この一ヶ月で色々なことがあった。楽しいこと、辛かったこと、寂しかったこと。
それに何より、我慢していたことがあった。
道流は亜樹の腰に腕を回して抱き寄せた。
そして見つめ合うと、ゆっくり顔を近づけてキスをした。
初めはソフトで優しいキス。でも、我慢していた二人には、すぐに熱いディープキスに変わった。
お互いに舌を絡め合い、失った時間を埋めていくようにたしかめ合った。
亜樹は思った。やっぱり、道流との時間が一番好きだって。
道流は思った。やっぱり、亜樹とのキスが一番好きだって。
それから、二人は服を脱いで裸になった。すでに道流は勃起していて、亜樹は秘部を濡らしていた。
テレパシーでも送り合っていたのだろうか。部屋に帰ったらセックスをするってお互いにわかっていた。
道流は亜樹を抱き上げると、ベッドにそっと下ろした。
道流「いくよ亜樹」
亜樹「うん。来て道流」
今回ばかりは、愛撫はいらない。
道流は亜樹の奥深くまで、心まで届くように、正常位でモノをマンコに挿入した。
亜樹「あん……あっ……あん」
ゆっくりとしたリズムだったが、道流は亜樹の中を存分に感じながら動いた。
亜樹は土井とのセックスなどもう忘れていた。唯一覚えているのは、天井にあったプロペラだけ。
道流「亜樹。亜樹の中熱い。凄いよ」
亜樹「あん……道流も……大きい」
道流「ふふ。その顔可愛いね。もっと見たいな」
亜樹「恥ずかしいよ……あん……あん」
道流は少しピッチを上げた。
亜樹の感じているときの苦しそうにする表情と、胸が弾むのを見るのが道流は好きだった。
亜樹「あん……あっ……はぁん」
道流「亜樹、ごめん。もうイキそう」
亜樹「え?早い。よっぽど溜まってたんだね」
亜樹はクスクスと笑った。
道流「そりゃ一ヶ月分だからね。じゃあいくよ」
亜樹「……中に出してね」
道流「うん。……亜樹は男の子?それとも女の子がいい?」
亜樹「私は女の子がいいな。一緒にオシャレしたいし、買い物したいし、二十歳になったら飲みに行きたいし」
道流「はは。亜樹らしい。でも、僕は男の子だね。一緒にサッカーやりたいな」
亜樹「ふふ。それこそ道流らしいね」
道流「……亜樹、ありがとう。これからも一緒に頑張ろうね」
亜樹「うん」
亜樹は大きく頷いて満面の笑みを見せてくれた。
それから道流は、腰を前後にピストンさせた。
そしてさらに、ピッチを上げた。
亜樹「ん……あっ……あん!」
道流「亜樹……」
亜樹「あん……あん……あぁ道流」
道流「もう……あっ……出そう」
亜樹「あん!……あん!……あん!」
道流「亜樹……いくよ!」
亜樹「来て。道流の……いっぱいちょうだい!」
道流「あああ!あっ出る!」
亜樹「ああぁっ!」
道流は腰を打ち付けたまま、精子を奥深くまで注いだ。道流はそのまま倒れ込むようにして、亜樹と濃厚なキスをした。
それから数日後の朝。また新しい月曜日が始まった。
道流が支度をしていると、その横で亜樹も出かける準備をしていた。今日は朝から美雪と遊びに行く約束をしていたらしい。亜樹は麦わら帽子に、白と黒の大柄チェックのマキシワンピースを着ていた。
道流はそんな亜樹を見て、もうすぐ夏なんだなあと、しみじみと感じた。
道流「じゃあ美雪は有給とったんだね」
亜樹「うん。連続でね。道流達が出張してる間、使えない上司や先輩にこき使われてたからね。だからこれから、私は美雪ちゃんと二人で遊びに行って来ます」
道流「そうだったんだ。ていうか、むしろ出張より本社に残ってた方が大変だったかもね」
亜樹「本当だよ。美雪ちゃん半べそかいてたんだから。道流は先輩なんだからちゃんと皆のフォローしてあげるんだよ?」
道流「まぁ、頑張るけど……大変そうだなぁ」
亜樹「何言ってるの。美雪ちゃんの方が大変だったんだから。ちゃんと美雪ちゃんの分もお願いね!」
道流「はいはい。わかったよ。あっ、そう言えば。エントランスの掲示板で見たんだけどさ。最近二人組の男が階段で覗きや痴漢をしてたんだってね。不審者を見たら注意してくださいだって。亜樹も気をつけてね」
亜樹「うん、わかった。それじゃあお先に。行って来まーす」
道流「行ってらっしゃーい。あっ、今夜はオムライスにするから、美雪にも伝えといてね」
亜樹「はーい」
亜樹がそう言って玄関のドアを開けたとき、晴天の日差しと清風がスカートの中を通り抜けて行った。
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最後まで読んで頂きありがとうございました。
去年の九月から投稿してきましたが、たくさんの評価と温かいコメントを頂けて本当に嬉しかったです。ありがとうございました。
ただ、以前にも書きましたが、やはり最近はなかなか思うように時間も取れないので、ここで終わりにさせて頂こうと思います。
ですがこれからも、まだまだ新しいお話を書いていくつもりです。
そしていつかはわかりませんが、突然ふらっとまた投稿しに来たいと思いますので、そのときには是非読んで頂きたいと思います。
最後に、こちらの投稿を持ちまして、道流と亜樹は完結となります。
重ねてになりますが、最後まで読んで頂き本当にありがとうございました。