私はこの夏、足を痛めた祖母をサポートするために母方の実家に泊まっていました。滞在中にあてがわれたのは母が使っていた部屋。当時母が住んでいた頃のまま残されていました。
祖母を助けるために来た私ですが、祖母は思いの外元気で祖父も健康体なので、私の出番は少なくかなり暇でした。そこで母の部屋を探索することにしました。
母の部屋は水色を基調とした女の子らしい部屋でした。机の中には当時使っていたであろう文房具などが入っていて時代を感じます。友人と一緒に行ったであろう旅行の写真などが出てきて面白かったです。
ふと気になって押し入れを開けると数個の段ボールが。結婚の際に色々整理したのかあまり物がありません。段ボールの中も古い鞄などが詰め込まれているだけでした。
全く物がなく面白くなかったのでテンションが下がっていたところ、押し入れの隅にお菓子の缶を見つけました。どうやら段ボール群によって隠れていたようです。しかも置き方が落ちて転がって落ちてしまった訳ではなく、何か物を隠しているかのような置き方で俄然興味が湧きます。
わくわくしながら缶を開けると一冊の分厚いアルバムが入っていました。表紙を開けると男女の集団の集合写真が入っていました。日付は今から30年ほど前。母が大学生の時の写真です。女性が6人膝立ちで前に写っており、左真ん中に母がいました。息子の私が言うのもなんですが母はかなり美人だった様です。
旅館で撮られたその写真の後ろには男性が同じく6人。母は女子大出身ですが、合同サークルの旅行のようです。
旅行のアルバムかと思って次のページをめくった瞬間、私はアルバムを落として声を上げて驚きました。
同じロケーションでの写真。写っていたのは全裸の男女12人でした。
最初の写真と同じように女性陣は膝立ちで前に並んでおり、男性陣は女性達の肩に手置いて先程の写真と比べると満面の笑みで写っています。乱交するための旅行でした。
もちろん私の母も全裸です。この写真を見てから母にしか目が行きません。かなり遊んでいたのか乳首は6人の女性の中で一番茶色です。右肩に後ろの男性のチンコを乗せてニコニコしていました。
隣のページに目を移すと男性陣はいなくなり、女性陣全員が横並びになって仰向けになって開脚しマンコをカメラに見せつけていました。その次のページでは皆のマンコに銀色のディルドがそびえ立っていました。セックス前の準備をさせられているようです。
そこからの写真の数枚は女性たちの手がブレているのでディルドオナニーをしているのでしょう。全員なりふり構わずオナニーをしているのかすごい表情で写っています。イクことができたらディルドを抜くことを許されているのか、1人1人ディルドを抜いていっていました。
母は最後までオナニーをしており、ディルドを抜いた写真では他の女性たちに笑われていました。当の本人は満面の笑みでディルドを口に咥えて写真に写っていて見ているだけで恥ずかしかったです。
そして乱交が始まりました。ここからは母が写っている写真のみ入っていました。
そこそこ美人で胸も大きめな母は常に2人以上を相手にしていました。両手にチンコを握って嬉しそうに笑いながら写っている様子は肉便器そのものです。
常にマンコにチンコを挿入しているようで、フェラ中の写真でも手コキ中の写真でも正常位や騎乗位、バックで挿入されていました。睡眠中でも乱交は続いており、目を閉じている母に挿入しているところを記念撮影していました。
唯一の救いはプレイ内容は普通であったことでしょうか。写真の日付はほぼ連続しており、観光地にも行かず、食事以外ではずっとセックスしていたようです。
アルバムの最後の写真ではまた女性陣6人が全裸で並んでおり、その手のひらには各々が搾り取ったであろう精液の入ったコンドームが山になっていました。写真の日付を見るに四泊五日の乱交旅行で使われたコンドームの量は凄まじかったです。
祖母に母のサークルの話を聞くと、通っていた女子大の近くのW大との合同サークルに入っていたようです。立場の低い母たちは完全にW大の男子学生のおもちゃになっていたのかもしれません。
普段下ネタを全く言わない母の隠された淫乱な本性に興奮し、同時に完全に肉便器として弄ばれている母の情けなさに落胆しながらも射精が止まりませんでした。この1ヶ月にティッシュを2箱使ってしまうほどでした。
このアルバムは帰宅した今も私の手元にあります。恐らく母はもう忘れているでしょう。バレないように厳重に保管して一生のオナネタにしようと思います。