自ら命を断とうとしてた中性的というかボーイッシュな女の子を助けたお話・・・その続きと詳細。そして、完結へ・・・

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前作につきましては皆様方のとても生暖かい・・・もとい、暖かい支援と多大なる評価を頂き、とても嬉しく思っております。

もちろん、厳しい評価につきましても読んでくれたからこその評価なんだとありがた迷・・・失礼!

大変有り難く頂戴いたしております。

今回はその後の展開や、私自身の過去でのトラブルにゴタゴタ話や綾との初体験から結婚に至る経緯をお話ししようと思っております。

自分的にはこの時期が一番大変だった気が・・・。

では、始めさせていただきますので、よろしくお願い致します。

綾の学校が夏休みに入り、世間はそろそろお盆休みに入る頃の午前中の事・・・。

俺はある選択をしていた。

「ねぇ?コウちゃん。そこまでこだわる事なんてないよぉ?」

綾の呑気な言葉を他所に、俺は右手をあごの下につけ、真剣な表情である物を眺めていた・・・。

ロダンの考える人とは実は何かを見ている人・・・との見解もあるらしいが、今の俺は正にそんな状態だ。

「悪いけどそうはいかない!これは俺にとって・・・いや、世の男達にとってとても大切な事といってもいいくらいなんだ!」

俺は綾に目もくれずただひたすら品定めを行った。

「そんな高いのなんていらないよぉ・・・さっき見たのでいいじゃん!」

いい加減、飽きたのか綾は急かすような台詞を俺に伝える。

「こちらなんていかがですか?結構人気ある商品なんですよ?」

「あっ!それでいいじゃん!人気あるっていうし」

女性店員が見せてくれた品物に綾は俺に妥協させる気満載の台詞で煽る。

「うーん・・・こういうのってオリジナリティーが大事だと思うんだ?!綾だってそういう物の方が嬉しいでしょ!?」

「まぁ、確かに特別な感じがして嬉しいけど・・・でもそうなると高いのしかないよ?」

綾は物より価格の心配をしているようだった。

「・・・よし!決めた!これにします!」

「はい!ありがとうごさいます!!では早速ご用意させていただきますね」

女性店員はにこやかな表情でガラスのショウウィンドウから品出しを始めた。

店を出たとき、綾がため息をつきながら話しかけてきた。

「ねえ、コウちゃん。大丈夫なの?そんな高いのなんて・・・」

「綾は心配しなくてもいいよ。これは綾のご家族に俺の人柄を見てもらう為の投資なんだから!」

俺は満足そうに綾の家族へ贈る品物。

それは馬の上に女性が跨がっているロゴが入った百円の消しゴム半分くらいのサイズで一個数百円はするだろう高級チョコレートの袋。

俺はそれを大事に抱えた。

(え・・・?婚約指輪とか思ったって?いやいや、その時はちゃんとその旨をお話ししますし、もし、あなたが女性の方なら男以上に妥協なんて絶対しないと思いますけど・・・逆にお伺いして申し訳ないのですが、そこんところはどうなんでしょうか・・・?っと、話が反れましたが続けさせていただきます)

「・・・ホントにごめんね。コウちゃん・・・あたしがつい話しちゃったもんだからお母さんや、特にお姉ちゃんなんかどうして今まで連れて来なかったの?!なんて叱られてさ・・・」

「まぁ、いつかは挨拶しに行かなきゃとは思ってたし、これも何かのご縁だと思う事にしなきゃ!」

俺は笑顔で綾に答えた。

「でも、お父さんに会えないのは少し残念な気もするけどね・・・」

「いいのいいの!あたしのお父さんって家にお金をあまり入れてくれなかったって。休みの日なんかいつも家族残してどっか行っちゃって家庭を顧みない人だったし、お母さんも離婚した事を後悔なんて全くしてないって言ってたもん」

綾自身も母親と同様に父親に対しての関心は薄いようだった。

綾の両親は綾が中◯生になる辺りで両親の不仲により、離婚したという。

そして、綾には俺よりも少し年齢が上の年の離れたお姉さんがいた。

お姉さんは両親の離婚した頃にはすでに社会人になっていて、綾が高◯へ進学する頃に結婚したらしいのだが、綾の中学校、そして現在の高◯の学費から修学旅行などの積み立てに至るまでの費用はその姉さんが全て賄(まかな)っているそうだ。

なんでもOLから退職を機に独立してピアノだかエレクトーンといった音楽教室の経営と講師を兼任しているらしい。

それもあり、綾にとってのお姉さんとは父親のような存在であり、厳しく、曲がった事が嫌いで、とても頭が上がらない人だと言っていた。

俺が持つ唯一の不安要素といえばそのお姉さんの存在である。

前のお話しを読んでくださった方にはご理解頂けるかと思いますが、俺は初めて会う人でもよほど怖い人でもない限り、老若男女問わず比較的平気で会話ができるタイプなので最初に綾から顔合わせの話を聞かされた時にはぶっちゃけ引っ越し先の隣近所へのご挨拶程度にしか考えていなかった。

ところが綾のお姉さんについて先ほどしたような話を聞かされているうちに真夜中に一人、真っ暗な部屋で驚愕系ホラー映画を観賞している時のような悪寒と冷や汗が止まらなかった。

(俺なんかで・・・大丈夫なのかよ・・・?!)

マナー講座とか礼儀作法でもやっときゃ良かったとか本気で考えていた。

だからこそ、冒頭でもう後がない受験中の浪人生並みの真剣さで品定めをしていたのである。

「コウちゃん?大丈夫?」

「はっ?!な、何?!」

俺の意識はもはやお姉さんへの対処方法に夢中で何も聞こえてないような状態だった。

「じゃあ、呼び鈴鳴らすね!」

「あっ?!ちょっ・・・」

暑くてだらけた格好のまま、身だしなみができていない状態にも関わらず綾は自宅の呼び鈴を鳴らす。

「・・・はい」

インターフォンから若い女性の声が聴こえてきた。

「あっ、お姉ちゃん!?来てたの?ただいまぁ!今日は約束通り、コウちゃんも一緒だよ!」

(はあぁ?!は、話が違うじゃねーか?!)

俺は焦った。

綾の話によればお姉さんは所用の為、綾の自宅である実家に来るのは午後になると言っていたはずだった・・・。

お姉さんに対しての心の準備はそれまでに済ませ、そして渡り合い、うまく切り抜ける策を模索し終える。

そんな算段であったのに・・・。

「綾、お帰り!」

明るい口調と共に玄関のドアが開き、そこからお姉さんが出てきた。

「あ・・・」

綾のお姉さんは俺の想像を遥かに凌駕していた。

一言で言ってしまえば綾を美人にすればこんな感じだろうか・・・。

伸長は綾より少し高い157センチの48キロ。

バストは88cm、ウエストは62cm、ヒップはわからないです。

(これは本人が話された情報なのでほぼ確実かと思われます)

髪は肩より長めの黒髪のストレートでCMに出れるんじゃないかと思わせるくらいさらさらで綺麗な髪質。

顔のパーツについてはやや大きめな瞳でありながらシャープな形をしており、鼻は高めで唇は綾と同じくらいの薄目だが、艶のある淡い赤色のルージュに彩られ、そしてその唇のすぐ側にある小さなホクロがさらにその色気を醸し出す。

綾が側にいるというのに不覚にも俺は見とれてしまった。

「こんにちは、えっと、コウチャンですよね?私、彩の姉で紗也(さや)と申します。いつも妹の綾が大変お世話になっております」

(またも懲りずに仮名で申し訳ありません。それと俺の名前についても綾と同じようにコウちゃんと呼んでくれましたが、混同してまうので片仮名で表現させていただきます)

紗也と名乗ったお姉さんは深くお辞儀をして俺を出迎えてくれた。

「わたくしっ!綾さんとっ!お付き合いを!させて頂いております!コウ!と申します!こ、これ!お口に合うかどうかわかりませんが!皆様でお召し上がりください!」

俺は鬼軍曹に挨拶について叱咤(しった)され、二度目の挨拶をする入隊初日の気弱な訓練兵のような口調と動作で自己紹介をした。

「まぁ!ご丁寧にありがとうごさいます!ここではなんですから中へどうぞ」

紗也はとても優しい表情で俺を迎え入れてくれた。

「失礼します!」

迎え入れられた部屋の中で俺に対し、紗也は俺の身体を見て驚いていた。

「えっ?!コウチャンってそんなに細いの?!」

「・・・え?」

俺はその日、身体のラインがでる程度の小さめサイズの白いタンクトップにシースルーぽい黒のジャケットを羽織り、ズボンは26インチのレディースサイズ(ウエスト56センチくらい)の黒のスキニージーンズを履いていた。

礼儀作法の一端としてしてジャケットは家に入る前に脱いだのでこれによって紗也は気がついたようだった。

「コウちゃんて細いなとは思ってたけどあたしより細いの履いてるの?!そしたらウエストも?!」

俺は健康診断の時に測った体格の数値と着用している服のサイズを伝えた所、綾も紗也同様に驚愕していた。

その時に紗也は自身のサイズを言っていたが綾に至っては絶対に言わないと頑(かたく)なに拒否された。

「だってあの時、コウちゃんの見た時はそんなに細く見えなかったよ!」

あの時・・・とは前作で俺の裸を見た時の事で、綾の視線は恐らく陰径に集中していた為、胴体や足などはろくに見てなかっただろうと思われるが、その綾の一言で俺がパニックに陥ったその時の状況は今だ鮮明に記憶している。

「あの時・・・?綾・・・あんたコウチャンと・・・」

紗也の言葉途中にテンパった俺がさらにやらかしてしまいました・・・。

「いえ!それは誤解でして僕らはまだ最後まではしてなくてっ!・・・あっ・・・?!」

「・・・くすくす・・・やっぱりあなたたちまだしてなかったんだ?!」

「・・・へ?やっぱり・・・?」

紗也からの返答は俺の想像していた言葉とは正反対の言葉だった。

「えっと・・・綾・・・ちゃん?」

俺は思わず隣にいた綾に首だけを向け聞いてみた。

「・・・実はお姉ちゃんにあたしが彼氏ができたって事がバレちゃった時にお姉ちゃんにいろいろ聞かれたの」

綾は照れ笑いしながら答えた。

(アナタ・・・どこまで喋ったんデスカ・・・?)

「まっ、綾だってもう子供じゃないから、あんたが決めた人なら私は何も言わないわ」

紗也は緩やかなため息を吐くような口調で綾に伝え、腕を組んで俺をじっと見つめながら綾に指示を出した。

「うーん、でもコウチャンは私でもちょっと嫉妬しちゃうくらい細いかなぁ。綾、コウチャンにお昼はここでたくさん食べていただくからお母さんと一緒にすぐに用意をしてきて」

「うん、わかった!じゃ、コウちゃん。ちょっと待っててね」

綾は笑顔で部屋を後にした。

(い、いかないでぇ・・・!)

俺は綾に心の叫びを聞いてくれとばかりに瞳で訴えたが、ものの見事に無視された。

「・・・コウチャン?」

「はい!?」

紗也の呼び掛けに思わず裏声に近い口調で過剰に反応してしまった。

「くすくすっ、やだっ。そんなに緊張しないで!おねーさんコウチャンの事つまんで食べたりなんてしないから」

紗也はその唇に軽く握った右手を当てて上目遣いをしながら微笑みながら伝えた。

(いえ、むしろ丸かぶりしていただきたいかと・・・)なんて切り返しを気取り顔で言ってやろうかと思ったが・・・冗談だけに冗談でも言えるわけがない・・・。

「・・・あの子から聞いた話の中で・・・綾がいじめられてたのを知った時ね・・・」

紗也は突然話を切り出した。

「あ、はい!」

「私、正直どうしたらいいのかわからなかったの・・・」

「・・・はぁ・・・イジメって難しいみたいですからねぇ・・・」

俺は腕を組んで頷いた。

「私は結婚して家を出ちゃったから週に一回くらいしかあの子の側にはいてあげられなくて、学校に訴えることも考えたんだけど解決するとは思えなくてね・・・」

「あの子、何も言ってくれなかったし、私が聞いても心配させたくないから何でもないって言うと思う」

紗也は遠い目をしながら語った。

「でも、突然あの子が明るくなって、オシャレに気を遣うようになって、友達とちょっと打ち合わせだなんて言いながらお出掛けする直前まで鏡で全身を確認したりしてね!」

遠い目をしていた紗也が探し物を見つけ出した時のような笑顔を俺の顔に近づけて語りかけた。

「へ、へえ・・・!そうだったんですか?!」

俺は紗也の接近した顔に対するドキドキ感と、綾が俺の為にしてくれた行動に対し、嬉しくなった。

そこで紗也は思い出したように笑顔で語った。

「それで、私があの子にカマかけてそこからコウチャンの事を聴いたの」

「コウチャンが身体張って助けてくれて、あたしのこと好きだって言ってくれて、ギュッてしてくれて、もう聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらい」

「あはは・・・」

俺も恥ずかしかった・・・。

「それで私、ちょっとイジワルしてコウチャンとはエッチしたの?って聞いたらもうあの子ものすごく動揺しちゃって」

この時、俺もかなり動揺しました。

「コウチャンはすごく優しくしてくれた上に気を使ってくれたからってとこまでしか言わなかったんだけど・・・さっきのコウチャンの言葉でわかったわ」

「なんか・・・申し訳ない気持ちでいっぱいです・・・・・・」

「いいのよ!それでね。そこまで自慢の彼なら連れてきなさいって言ったのも、親心からっていうより私個人がコウチャンの事が気になってね」

「僕の事が・・・ですか?」

「ええ、・・・それで実際にお会いしてこうしてお話しをしてみて・・・こんなこと綾の前じゃとても言えないけど、やっぱり姉妹だけあって男性の好みも同じね!」

紗也は少しだけ照れ笑いをした顔を俺に見せた。

「え・・・?ええっ?!・・・そんな、勿体ないお言葉をっ!」

紗也の台詞に俺の方が赤面してしまった。

「・・・コウチャン、これからも綾のこと、お願いしますね」

紗也は微笑みながら俺に言った。

「はい!綾さんはこれからも大事にしていく所存であります!」

対して俺は土下座して返事をした。

その後、綾がお母さんと共にお昼ご飯を持ってきた時にご挨拶をさせていただいたが、綾のお母さんについてはお姉さんの年齢と合わせればそろそろ還暦を意識する頃かなと言った歳ではあるが、さすがにあの姉妹の親だけあり、美しい品のある方といった外見で穏やかな性格で口調も丁寧な感じ。

終始俺をベタ褒めしてくれた。

この日はバイクに乗り換えて綾とツーリングの予定だったが、結局夜までお邪魔してしまった。

それから夏、真っ盛りのお盆も中盤に差し掛かった頃、俺と綾にとって最大ともいえるトラブルが発生した。

それは綾の学校がある地方都市駅構内での事・・・。

その日の俺と綾は駅構内にある旅行代理センターの受付の一角を占領し、職員の方と話をしていた。

「ご確認の件ですが、こちらの日程で予約を入れさせていただいておりますので大丈夫です」

「わかりました。ではよろしくお願い致します」

綾は隣で満面の笑みを浮かべて俺と職員のやり取りを見守っていた。

旅行代理センターから出た途端、綾が俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。

「もう!そういうことならもっと早く言ってくれれば良かったのにぃ!」

言葉だけ見れば怒っていそうな文面だが、実際の口調とその表情はまるで正反対である。

「お盆はいっぱいだし、予約が取れるかどうかわからなかったから変に期待させちゃうのも悪いと思ったからね」

俺は隣県の一泊二日の小旅行に使う宿の予約を取り、今日はその確認で旅行代理センターへ行っていた。

本当はもう少し範囲を広げたかったが、俺の仕事の都合により、このような日程になってしまった。

「コウちゃんと旅行なんてすっごい嬉しい!」

綾は甘えた表情で俺に告げた。

「じゃあ、これが綾の分ね」

俺は綾に鉄道と宿泊のチケットが入った封筒を手渡した。

「えへへ。コウちゃんとお揃いだ!」

綾は子供のようにはしゃいでいた。

「ところで、お母さんと紗也さんにはちゃんと俺と旅行に行くことは伝えたよね?」

「うん!ちゃんと言ったよ!お母さんなんて迷惑掛けないように!とか荷物は忘れてもお土産は忘れないでね!だって!」

綾は楽しそうに報告をしてくれた。

「ふぅ、それなら良かった」

とりあえず俺の心配事はそれだけであった。

その時までは・・・。

「あれ?!もしかして・・・コウ・・・か?」

俺と綾のいた場所から左斜めの方角から二人の男女が俺の名前を呼んできた。

「ん?」

俺が二人を見た時、そこに懐かしい顔があった。

「やっぱコウだ!久しぶり!」

「コウくん、お久しぶり!」

俺もまた二人に笑顔で応えた。

「修(しゅう)に・・・聡美(さとみ)!?久しぶり・・・」

二人は俺に近づき、互いを懐かしんだ。

「なんだよ!いきなりいなくなっちまった上に連絡も取れなくなってよぉ!俺らずっと気になってたんだぞ!!」

修は俺の両肩に手を置いて力強く語り掛けた。

「あ、ああ・・・本当にゴメン・・・実は携帯壊しちゃって・・・落ち着いたら連絡しよう思ってたんだけどデータ消えちゃってさ・・・」

「あー!もういいって!今こうして逢えたんだから辛気くせーのは無し!」

修は変わらず俺に接してくれた。

「てか相変わらず細っせーなぁ!その辺の女よりずっと細いだろそれ!ちゃんと飯食ってんのかぁ?!」

「あんたはあれから太り過ぎなんだから少しコウくんに脂肪あげなよ!」

聡美は呆れ気味に修にツッコミを入れた。

「コウくん・・・本当に・・・元気そうで良かったよ・・・」

「心配掛けてごめんね、聡美」

修の笑顔と聡美の安心した表情に対し、俺はふと二人に聞いてみた。

「ところで・・・二人はなんで一緒なんだ?まだバンドやってるのか?」

「・・・いや、バンドはコウが抜ける形になってから辞めたんだ。やっぱあのメンバーじゃないとな・・・」

修は少し寂しそうな顔をした。

「その時さ、俺、振られるの覚悟で聡美に告白したんだ・・・」

「待った!・・・では、その続きは聡美から聴かせてもらおうか・・・?」

俺は聡美に顔を向けた。

「聡美、結果はウェブでね!ってオチは無しで頼むよ?」

「ふふふ、相変わらずコウくんって言うこと面白いよねぇ!」

聡美は笑いながら俺の肩を軽く叩いた。

「実はあたし達・・・一年ほど前に結婚したの!子供はまだだけどね」

聡美は修と顔を合わせ、聡美は照れ笑いをしていた。

「マジかよ?!てかお前らいつもバンド内でガチのケンカまでしてたじゃねーか?!」

「え・・・?バンド・・・?」

綾が不思議そうに聞いてきた。

「あれ?後ろの子はひょっとして・・・彼女?」

修は俺のすぐ後ろにいた綾に気付き、俺に聞いてきた。

「ん?ああ、俺の大事な彼女で綾っていうんだ」

俺は綾に微笑みかけ、綾もまた照れ笑いを見せる。

「俺は修!こっちが嫁の聡美!よろしくね!綾ちゃん!」

「こんにちは、綾ちゃん」

「あ、私、綾です。よろしくお願いします」

綾は戸惑いながら綾は二人に対し、丁寧に自己紹介した。

「俺ら何年も前だけど音楽でバンド組んでた仲間だったんだよ」

修が俺との関係を綾に説明する。

「そうだったんですか?!コウちゃんが!?」

聴かされた綾は驚いた表情をしている。

「そう!しかもコウはキレイ化粧バリのビジュアル系で!」

「ちょっ、待て!てかあれはお前らがやらせたんだろ!?」

修の言葉に俺は慌てて反論した。

「えー?!でもコウくんも満更でもない感じだったよぉ?自分で化粧できちゃうくらい上達してたし、その時の仕草も女の子っぽかったし!女のあたしでもドキドキしちゃったもん!」

「そうそう!それに加えてその細さだろ?!暗かったってのもあったけどそのせいでライブ中のステージ上でヤローからコウへのガチの告白された時はどうなっちまうんだよとか思ったわ!」

「それに対してコウくんが、『ごめんね。俺、男だから』って言ったらあの男の子すごいショック受けてたよね」

「あの少年にとってあれが初恋だったかもなぁ・・・」

修は腕を組み当時を懐かしんでいた。

「しゅ、修も聡美も!俺が女の仕草してたのも役になりきる女方の歌舞伎役者の宿命みたいなものからであってな!」

「・・・まぁ、その辺は若気の至りってことでその話はその辺で勘弁してくれ!」

「それと綾、そこは笑う所じゃなくて、フォローするとこよ!」

修に引き続き、聡美までもが語り始め、俺は苦笑いしながら説明した。

綾は俺の側でくすくすと笑っていた。

「でも・・・元気そうで良かったよ!こんな可愛い彼女でまで出来てさ!」

「ああ、お陰さまでね」

俺は微笑みながら修に応えた。

「なんか吹っ切れたみてーだし!しっかし、あの時のコウはマジヤバかったよなぁ!そのまま死んじまうんじゃないかって心配してた・・・」

「ちょっ!?馬鹿っ!修!!」

修の台詞に強ばった表情をした聡美が咎める。

「え・・・?」

綾は目を見開き俺を見ていた。

「あ・・・わ、悪い!コウ・・・」

修は俺に頭を下げた。

「・・・いや、もう大丈夫だから気にすんなって!頭上げろよ・・・聡美も、修だって悪気があって言ったわけじゃないからさ。あの時はワケわかんなくなっててさ、マジ助かったよ・・・」

「う、うん・・・コウくん・・・ごめんね・・・」

「いいって!気にすんなよ!せっかく再会できたんだから!」

俺は陽気に振る舞ったがこの時、胃から酸っぱいものが込み上げてきたのを感じた。

「ね、ねぇ!今度みんなで呑みにでも行こうよ!もちろん綾ちゃんもね!」

聡美がフォローするように声を掛けてきた。

恐らく俺が胃から込み上げたモノによって感じた胸焼けにより少しだけしかめた顔に気づいたのだろう・・・。

今思えばその動作についてずっと俺を見ていた綾も察知していた・・・。

「あ、ああ。じゃあ俺、番号変わったから教えるよ」

俺は二人と携帯の番号を交換した。

「じゃあ後で連絡するから!またね!コウくん」

「・・・またな、コウ」

聡美は笑顔で、そして修は申し訳なさそうな顔でいつもの挨拶にて共に歩いていった。

「・・・コウちゃん」

二人が人混みの奥へ行った後、綾は俺を呼んだ。

「ん?どうかした?」

「う、ううん。あのっ・・・あたし、カラオケ行きたいなって」

綾は今思い付いたように俺に行き先を告げた。

「カラオケ?綾って歌うのあまり好きじゃないって言ってなかったっけ?」

俺は以前、綾をカラオケに誘った時があったが、上手くないからと断られてしまった事があり、それ以来俺からは誘うことはしなかった。

「こ、コウちゃんバンドやってたっていうからコウちゃんの歌声聴きたいなぁって・・・ほら、行こ」

「いや、俺はベースだったから・・・わっ!ちょっと、綾?!」

俺は半ば引っ張られるようにしてカラオケ店に向かった。

その後、カラオケ店に入店し、俺と綾はカラオケを楽しんだが、綾は何か言いたそうな雰囲気を漂わせていた。

入店から小一時間ほどたった頃、それは起った。

「・・・コウちゃん・・・」

「んー?何?なんか歌いたいのある?」

歌った事によりいつもより上機嫌になっていた俺はリモコンを操作しながら呑気な口調で綾に返事をした。

「・・・コウちゃん!ちゃんと聞いて!!」

「うわっ?!」

綾はマイクを握りしめ、大声で俺を呼び掛けた。

そして辺りにはハウリングと呼ばれるスピーカーから不快な高周波がガラスを擦ったような音に化け部屋中を所狭しと駆け巡っていた。

「な、何!?ど、どうしたの・・・?!」

俺は唖然とした表情で聞いていた。

「・・・あたし・・・コウちゃんの過去の事・・・何も知らなかった・・・」

綾はマイクを置き、語り掛けてきた。

「綾・・・?」

「・・・でも、そんな事どうでもいいって、あたしは今のコウちゃんが大好きだから・・・!!」

「・・・だから知らない方が幸せなのかな・・・?」

綾は困ったような顔をしながら俺に問い掛けた。

「・・・綾・・・」

「・・・でもさっき修さんが・・・コウちゃん死にそうだったって・・・」

「え・・・?あ、あれは言葉のあやってやつで・・・」

「やめて!!」

綾の大声に俺は沈黙せざるを得なかった。

「・・・コウちゃん・・・それってあたしには言えない事なの・・・?」

「・・・その事を今の綾の耳に入れるのには辛い想いをさせる事になるかもしれないから・・・」

俺はその場しのぎの言い訳をした。

「・・・あたしが辛いのは!」

綾は怒った顔しながら言い放った。

「あたしが辛いのは・・・コウちゃんの事をあたしが知らない事なの!」

「綾・・・」

「一体何があったの?コウちゃん。あたしには話せって言ったくせにコウちゃんはあたしには話してくれないの!?」

綾は絶対に引かないといった態度で俺を見つめている。

それに根負けした俺はぽつりぽつりと語りだした。

「・・・実はね、俺・・・バツイチなんだ・・・それに男の子が一人いた・・・」

「バツ・・・イチって結婚して離婚したって・・・いう?」

「うん・・・実質、一緒に過ごしたのは二年で結婚から離婚までは一年くらいだった・・・」

俺は綾の質問に丁寧な口調で応え、そのまま話を続けた。

「出会ったのはライブの打ち上げで飲み会してた時。聡美ちゃんの友達でね・・・」

「相手は俺の事については写真とかライブやってる時に知って紹介してくれって頼まれたらしくて・・・」

俺はそこでほぼ無意識にタバコをくわえ、火を着けた。

「俺も初めて会った時は特に意識はしてなかったんだけど・・・綾には申し訳ないけど会話をしてるうちにいい子だなって、お互い惹かれ合ったんだ・・・」

「ううん・・・大丈夫・・・」

綾は少しだけ身体を強張らせたが、うつむいて首を左右に降った。

「そんな事もあって俺達はすぐに付き合いだして・・・関係もって・・・三ヶ月くらい経った時に・・・向こうに子供ができて・・・」

「それで俺・・・好きだった事もあって結婚したんだ・・・」

俺はタバコの煙と共に大きく息を吐いた。

「・・・それでどうして離婚なんてしちゃったの・・・?ケンカしたとか・・・?」

綾の両親も不仲による離婚の為、同等の理由なのかと聞いてきた。

「・・・浮気・・・いや、その前の・・・俺が出会う前から・・・付き合ってた男がいたんだ・・・」

「え!?コウちゃんと付き合う前からって・・・どういう事!?」

綾は怒ったような口調になった。

「正確にはその時の彼氏とケンカ別れした後に俺と付き合った形なんだけど・・・問題はその間により戻して・・・それでも俺と付き合ってて・・・二股っってやつだね・・・」

「俺と結婚してからも・・・それが続いてて・・・それがわかったのが俺がこの目で・・・」

「・・・信じられない!」

綾は俺の話途中に溜めてきたものを吐き出すように話し出した。

「コウちゃんと出会う前からって・・・何よそれ!!それも赤ちゃんができたってさぁ!」

「綾・・・」

「そんなんじゃ、コウちゃんの子か相手の子かわかったもんじゃないじゃない!?」

綾のその台詞はその時の俺にとって龍の身体に一ヵ所だけ生えている逆毛とも言える逆鱗に触れた・・・というより思い切り殴り付けてしまった。

「・・・あ?・・・今・・・なんつった・・・?」

俺は低い震えた声で綾に問い掛けた。

「コウ・・・ちゃん・・・?」

「今・・・!なんて言ったんだよ!!ああ!?」

俺は立ち上がり、初めて綾を本気で怒鳴り付けた。

「え・・・?え・・・?」

綾は涙を浮かべ震えていた。

「どっちの子だかわからねぇ・・・?ふざけるな!!」

俺は勢いよく頭を斜めに振り下げる動作をし、そのまま今度は俺が溜まったものを吐き出した。

「・・・何も知らねぇくせに・・・どいつもこいつも二言目にゃいつもそれだ・・・!」

俺は声を押し殺したように言葉を発し続けた。

「俺はあらゆる手ぇ尽くして!俺の子供である事を確証する証拠まで作った!」

「それを突きつけても同じこと繰り返して能書き垂れるだけで逆の証拠も出しやしねぇ!てめぇらオウムか!?」

「けどな!修と聡美だけはそんなもん見せなくてもこんなに俺に似た子はいないと信じて疑わなかった!」

「そもそも生まれてきた子供には何の罪はねーんだ!そんな戯れ言は二度と口にするな!!」

俺は脱力したようにソファーに座り込み、うなだれたまま肩で息をしていた。

もう何度目だろう・・・一言一句間違えずに言えるくらい繰り返したこの台詞・・・。

子供とは俺から会うことはないと心に決めたあの日・・・その頃からこの台詞を口にすることは無くなった。

けどそれは俺が俺自身を破壊する事態となった・・・修と聡美を巻き込んで・・・。

この時も綾に言ったというより、子供を否定する言葉を放つ者に対する戒めのつもりだった。

そして俺は我に返った・・・。

「あ・・・綾!?俺、つい!」

俺は綾を見たとき、綾は俯き、押し殺すような声で泣いていた。

「ご、誤解なんだ!今のは綾だけに言った事じゃなくて、その、なんていうか・・・」

「・・・あたし・・・また・・・やっちゃったよぉ・・・」

「・・・もう・・・あたし・・・コウちゃんに・・・合わせる顔なんて・・・もうないよぉ・・・!」

綾は手のひらで目や頬をめちゃくちゃに拭いながら伝えていた。

「もう・・・一人で・・・帰るね・・・」

綾は部屋を飛び出した。

「待っ!・・・うわっ?!」

綾を引き止めようとした俺は足を滑らせ、転倒しそうになった。

その際に左手でテーブルを掴み、転倒を阻止しようと努力したが、一本足で支えているテーブルの為、角を押し上げてしまう形となりテーブルがこちらに勢いよく向かい、左のこめかみ付近を強打。

激痛と瞼に映る流星群のようなフラッシュバックと共に大きな音を立てて転倒してしまった。

「・・・ってぇ・・・」

俺は全身を襲う激痛と頭のふらつき、さらにはひっくり返ったテーブルとソファーに挟まれる形となり、身動きがとれなくなった。

「・・・ぐっ、はぁ、はぁ!」

俺は左腕でテーブルを押し退けた。

その時、涙が落ちるように目の下から二、三粒ほどの滴が落ちたのが確認できた。

上半身を上げ、正座を崩したような形で座り、右手で左目付近を押すように触った際に痛みが走り、手放した所、その右手は真っ赤に染まっていた。

「・・・あの時も・・・こんな色してたっけなぁ・・・あはは・・・」

俺は綾を追う事を忘れ、一人血に染まった涙を流しながら笑っていた。

数分後、俺は誰にも見つからないようトイレ向かい、こめかみの傷を確かめてみた。

テーブルを力を込めて押し退けた時に頭に上った血がそのまま流血した。

滴るほど量はそれなりに多かったが、傷口自体は三ミリほどの小さな裂傷だった。

俺はロールペーパーをほぼ一個を使いきり止血を終えた。

「ぶっ!」

洗面台に吐き出した塊は白く彩られた台の一部を真っ赤に染め、口内の切り傷があることを示し、そして鏡にて唇の端も少し切れていた事を表していた。

「・・・なんだよ?ひでぇツラしてんなぁ・・・?」

俺は鏡の自分に話し掛けた。

「・・・悪い。俺、綾とダメになっちまった・・・」

そこでタバコをくわえ火を灯(とも)し、くわえたまま鏡へ話し続けた。

「・・・この俺に恋愛なんて無理だったのかな・・・?」

「このまま一人で生きてく・・・てのがお似合いか・・・?」

「おいおい・・・真似ばっかしてねーでよ?ちっとは答えてくれよ・・・?」

鏡の中の俺は苦笑いしている。

「って、んなわけねーか・・・バカらし・・・」

俺はため息をつきながら洗面台を洗い流し、カラオケ店を出て一人、帰路についた。

こめかみの腫れがだいぶ引いたある日、俺は早朝から駅の外に設置された屋外式の喫煙所に設置されたベンチに座っていた。

そこは綾との待ち合わせの場所になるはずだった所・・・。

その日までに綾からは一切の連絡はなく、俺からも連絡はしなかった。

その間に聡美から連絡があり、修と共に遊んだ時、俺は綾とは終わってしまった事は言わなかった。

もし言えば修はきっと自分を責めるだろうし、聡美にとっても夫婦仲に暗雲が立ち込める事にもなりかねないので今日は家の都合で来れなかったと誤魔化した。

結婚式をやるなら呼んでくれよと修に言われた時は作り笑いさえも作るのにかなり苦労した。

頃合いをみて報告しようと考えながら二人と別れ、その帰り道ではつい、綾との楽しかった頃を思い出してしまい、走行中のヘルメットの中で大声で泣き喚いた。

その日は旅行当日で、隣にいるのは人ではなく、最低限の物だけを詰めた小さな旅行カバンと酒の肴として購入した冷めた鶏の唐揚げ。

俺の手には温もりのある手ではなく冷えたビール缶。

俺は早朝からビールを煽っていた。

こんな事をしたのは人生初の事であるが、なかなか悪くはなかった。

人の往来などほとんどなく、乗車予定の電車の時刻はゆうに二時間近くはあった。

俺は三本目のビールを開け、身体の中へ流し込んでいた。

「くうぅ!五臓六腑に染み渡るぅ!」

などと一人でおやじギャグを呟いてみたけどけど、今の俺に染み渡るのは悲しみと誰も聞いちゃいないだろといった虚しさだけだった。

その時、こっちに向かって歩いてくる化粧をした女性の姿がふと視界に映ったが、その時は通りすがりに目に入るマネキン人形くらいの認識しかなく、タバコを吸いに来た人くらいにしか感じなかった。

俺は顔を下に向け、相手に気付いていないふりをした。

女性は三ヶ所ある灰皿のうちなぜか俺のいる灰皿の近くに来た。

女性は喫煙をする様子はなく、じっとしているようだった。

待ち合わせで俺を連れのように装うつもりかと思いつつ、変わらずビールを煽っている時、女性に声を掛けられた。

「あの・・・」

女性の声は優しい、少し高い声色だった。

「あー、ごめんねぇ!俺の生息地はここじゃないんだぁ。確か向こうの階段から降りた辺りに交番あるからさ、道案内ならそこのお巡りさんに聞けば正確に教えてくれるよぉ?」

俺は顔を下げたまま、女性と一切の姿さえ視界に入れず、右手で待ったをかけながら冗談を交えながら女性に階段の位置を指差しながら伝えた。

「いえ・・・お一人なのかなぁって・・・」

「んー?まぁ、見た通りお一人だけどぉ、だからってそんな簡単に知らない酔っぱらい相手に声なんか掛けちゃだめだよぉ?俺が怖い人だったら大変なことになるからぁ、早く逃げた方がいいよぉ?」

俺自身はほろ酔い程度だったが、わざと泥酔したふりをして女性が遠ざかるように仕向けた。

「なぁんてねぇ!そうそう、俺ねぇ、今から旅行に行くんだぁ。少し前にさ、大事な人とダメになっちゃってさぁ、振った?んー、あれは振られたんだなぁ・・・うん」

「・・・まぁ、どっちでもいいや。それでね。心の傷を癒しに湯治(とうじ)・・・てか、お風呂しに行くんだ。だからちぃっとも楽しくなんかないわけだ!うん!」

「そんでチケットは一枚しかないからぁ、一緒には連れて行けないしぃ、かといって誘われても遊びには行けないよぉ?この旅行にゃ、いつもの倍近い結構なお金かかってるからねぇ!って違うか・・・あはは」

(綾と二人分なので実質、倍である)

「・・・もし、チケットがあったら連れてってくれます・・・?」

俺のチケットはやっと予約が取れたものであり、今から取る事など絶対に無理だと判っていたので敢えてこう答えた。

「いーよー。チケットがあればねぇ?連れてってあげるよぉ。でもあと一時間ないからそれまでに用意できなかったらここでバイバイねぇ!」

再びビールを煽る俺の目の前にチケットが差し出された。

「んー?見せてくれるのぉ?」

俺はチケットを受け取り内容を確認してみた。

そこには俺と同じ電車、同じ宿泊施設、同じ部屋の番号が記載されていた。

「へぇ、奇遇だなぁ、部屋まで俺と一緒じゃ・・・」

(ってどうしてこれを!?)

俺は慌てて頭を上げた。

そこには前髪が長めのショートカットで吸い込まれそうな大きな瞳にバランスのとれた鼻筋に少しだけ薄い唇だったが、その唇は赤色の口紅で染められ、その頬は薄い桃色のファンデーションが塗られ、その瞳の周りは少しラメが入ったようなアイシャドウで彩られていた。

服装は上は黒い肩だしのボーダー柄のニットに下は黒のミニスカート。

靴はヒールの短い黒いパンプス全身を黒で統一していたが、その白い肌と相まって更なる美しさを醸し出していた。

「・・・え?・・・まさか・・・綾・・・!?」

酔いもあり、綾と認識できるまで数秒を要した。

「・・・おはよ。コウちゃん。あたしだよ?綾だよぅ!」

綾は少し照れた表情で挨拶をしてくれた。

酔いが一気に覚めるくらいの衝撃だった。

女性とは化粧だけでここまで変わるものなのか・・・?

正直、最初は誰だかわからないくらいだった。

今の綾は、マイや紗也を超えたといっても過言ではないような雰囲気だった。

本当なら泣きたいくらい感動の再会のはずなのにあまりにも綾の変貌ぶりにただ呆然とするばかりだった。

「でも、声が、違う・・・?」

「(この声?)・・・ふふっ、あたしねぇ、声色替えるの得意なんだ。知らなかったでしょ!?」

「コウちゃんあたしの事、全然見てくれないんだもん!だからその仕返し!」

綾は冒頭で声色を変えたあと、地声で俺に問い掛けながら俺の目の前にしゃがみ込み、両手を両頬につけながら話し掛けた。

「コウちゃん、今のあたし、どう!?少しは綺麗になった?」

「・・・え?・・・少しどころか・・・まぁ、一言で言えば・・・衝撃的な・・・ピンク・・・かな?」

俺は高鳴る胸の鼓動を感じながら顔を横に背け、視線だけ綾に向けながら綾に感想を述べた。

「え・・・?ピンク?」

綾は頭の上にクエスチョンマークがついてそうなのがわかるくらいの表情をしていた。

「その・・・パンツが・・・ね」

俺は右手人差し指で眉間(みけん)を軽く掻きながら答えた。

「・・・やっ・・・!?もう!コウちゃんのエッチ!!」

綾は赤面し、慌ててスカートを両手で隠しながら大きな声で俺を叱りつけたが俺は心から溢(あふ)れ出る喜びを感じていた。

それから俺は綾と電車のグリーン席へと乗り、目的地である隣県へと向かった車内での事。

いつもなら会話が弾んでいるはずだが、酔いがすっかり覚めてしまった事もあり、まるでお見合いで初顔合わせのようなぎこちない状態だった。

こういう時こそ男が話題を切り出し、女性をリードするべきなのたが、今回については俺が吹っ掛けてしまったような状態である。

詫びや謝罪などのごめんなさいといった言葉だけならすぐにでも用意できるが、肝心の仲を修復させる為の言葉が見つからない。

ウケる、ウケない。

的確である、そうでないといった事は別としてその状況や出来事を例え話と組み合わせて面白可笑しく伝える言葉遊びのような台詞は噴水のごとく・・・ではなく、水道の蛇口から水が間を空けてぽたぽたと漏れる程度には出てくる。

たが、こういった酸欠になりそうな席で使う誠意ある台詞や祝辞やスピーチといった日常会話ではまず使わないであろう小難しい言葉を羅列する台詞については全くといっていいほど出てこない。

それは年賀状や暑中見舞などで使う文面でさえも例文をそのままコピーしてはい、おしまい!という体たらくぶりだ。

そんな中途半端な才能でこの場を打開する術は無いものか・・・?俺はこの場を打開する決めの台詞を必死に考案していた。

「・・・コウちゃん、ごめんね」

そんな中、沈黙を打ち消したのは綾の一言だった。

「・・・そんな!お、俺の方こそあんなキツイ言い方しちゃって・・・」

俺は綾に顔を背けながら応えた。

「・・・本当はね・・・」

一方の綾は俯いたまま話し続けた。

「あの時、コウちゃんに追い掛けて欲しかった・・・」

「・・・それで、お店の外で少しだけ待ってたんだけど・・・来なかったから・・・」

俺はそこで綾の顔を向けた。

「お、俺だって綾の事を追・・・いや、本当に・・・ごめんね・・・」

俺は転倒と怪我により、綾を追えなかったという理由を言葉途中で伏せ、前髪を途中までかき上げた状態で綾に頭を下げ、謝った。

「・・・!?コウちゃん。それなに?」

「え・・・?」

綾の質問の内容が理解できず、俺は乱れた髪のまま綾を見つめた。

「ちょっと見せて!」

綾は俺の前髪を跳ね上げるように掴んだ。

「痛っつっ・・・!」

腫れ自体は大分引いたが、痣(あざ)や傷は完治までは至ってなかった為、俺は痛みで顔を歪めた。

「やだ!これ怪我してるじゃない!?どうしたのこれ!」

「あ・・・いや、ちょっとすっ転んじゃって・・・」

俺はその掴まれた体制のまま理由を告げた。

「・・・唇も切れてるっ!何があったの!?」

そして両手で俺の両耳を被せるように掴み、俺の顔を上下左右に動かしながらパーツの一つ一つを確認するように観察した際、唇の傷にも気が付いた。

この時、俺は綾の心配を他所に不謹慎ながら美しく彩られ、ファンデーションが放つほのかな香りに酔いしれつつ綾に見とれてしまっていた。

唇を突き出せば届きそうな距離だが、この状況で仮に(じゃあ傷薬の代わりにチューして)とキスをねだったところで受けられるのは甘いキッスの恩恵・・・。

などではなく、アン○ニオ猪○が渾身の力を込めて放った闘魂注入のような張り手の洗礼だろう。

これでは癒しや気合いが入るどころか傷が増える上に失神K.O.必須の事態となる。

そんな事になった日には旅館の布団で綾を真剣な顔で見つめながら甘い一時を送るどころか病院のベッドで点滴バックを呆けた顔で見つめるといった辛い一時を送るのが関の山となる・・・。

俺は待て!をされた犬のように我慢した。

「まさかバイクで!?」

「いやいや!バイクだったらこんもんじゃ済まないだろうしヘルメット被ってるからこんな傷にはならないよ」

「教えて!隠し事はもう嫌!!」

綾は瞳にわずかな涙を浮かべながら問い詰めた。

こうなると綾は真相を話さない限り、いつまでも不審者に職質を掛け続ける警察官と化すだろう。

俺は綾が部屋を飛び出した後に起こった出来事を一部を除き、説明した。

「また・・・あたしのせいで・・・」

綾は泣きそうな顔をしたが俺は頬に優しくキスをした。

「・・・コウちゃん?」

「もう、お互い自分を責めるのはやめよ!せっかくの旅行なんだから楽しまなくちゃ!」

「・・・うん!」

綾は俺に抱きついた。

「・・・コウちゃん・・・あたし・・・コウちゃんの事、全て知りたい・・・」

甘えた態度とは裏腹にその台詞は深刻な感じだった。

「綾・・・」

「・・・コウちゃんが話したくなった時でいいから・・・ね?」

綾は俺がまだ全てを話していない事を察知しているようだった。

「・・・うん・・・気を遣ってくれて・・・ありがとう・・・」

俺は綾の後ろ髪を優しく撫でた。

それから数時間後。

旅館の二階の角の部屋へと案内された俺と綾は荷物を置いた時、

「コウちゃん・・・今日は本当にありがと・・・」

俺の背中に抱きついた綾が後話し掛けた。

「・・・俺も、綾が来てくれて本当に嬉しかったよ」

俺はそのままの体勢で返事をした。

「・・・コウちゃん」

「ん?」

「・・・ううん、なんでもない・・・あたし、お風呂行ってくるね」

「俺も行ってくるよ」

俺は綾と別湯にて温泉に浸かり、部屋へと戻った。

後から遅れて来たお風呂上がりの綾を見たとき、ほんのりと桜色に染まった頬と濡れた髪が俺の視線を奪われてしまい、操縦桿を失った身体が途中、脱げそうになったスリッパに足をとられ転倒してしまった。

「大丈夫!?コウちゃん!」

「あ、ちょっと余所見しちゃって・・・」

「これ以上、身体壊さないでよぉ」

綾のその発言に俺は一瞬だけ視界が歪んだ。

「・・・コウちゃん?」

「あ・・・ゴメンゴメン、大丈夫だよ」

俺は立ち上がり、笑顔を見せ、部屋へと戻った。

部屋には布団が敷かれ、俺と綾はすぐ隣の部屋で座卓を挟み座っていた。

「なんか、緊張しちゃうね・・・」

綾はもじもじしながら俺に話し掛けた。

「・・・綾」

「はい・・・」

「俺・・・綾に全てを話すよ・・・今、もし綾にその気があれば・・・だけどね・・・?」

俺は少し期待してたであろう綾に対し、申し訳ない気分に駆られながら告げた。

「う・・・うん」

綾は姿勢を正し、唇を噛んだ。

「その日は・・・」

俺はその当時について語り始めた。

(ここからはこの時からさらに時間が遡ります。登場人物、及び情景も変わりますので重ねてお知らせ致します)

その日は春の陽気とても暖かい日だった。

「コウ・・・大丈夫か・・・?」

車のハンドルを握る修の姿。

助手席には聡美。

後部座席には俺が座っていた。

「ああ・・・大丈夫。悪いな、修・・・こんな事に付き合わせちまってさ・・・」

「気にしないで!コウくん。それより、詩音(しおん)ちゃんに会うのっていつぶりなの?」

(詩音とは元妻との間にできた息子です)

「えっと・・・離婚してからだから・・・二ヶ月ぶり・・・くらいかな・・・」

俺は少しだけ照れ笑いしながら聡美に答えた。

(離婚の経緯についてセリフを省くといった簡略化する事をお詫びさせていただくと共に冒頭での三人一緒になるまでの経緯を書かせて頂きます・・・)

子供の誕生日を迎えた日、仕事途中に所用で帰宅したところ、当時住んでいたアパートにて営みの真っ最中だった二人を目撃、あの時は憤怒と悲しみのあまり、二人とも息の根を止めてやるつもりだった・・・。

その刹那、俺を正気に戻してくれたのが、俺に向かって初めて立って歩いた姿を見せてくれた詩音だった・・・。

俺は詩音を抱きしめ、元妻に離婚を告げ、元妻は詩音を連れ、男と共にアパートを去った。

その詳細だが、子供を抱き締めた後、男は詫びを入れるどころか夫であった俺に対し、タオルを巻いた姿でありながら馴れ馴れしい態度で肩に腕を組んで接して来た為、俺は男の顔面に勢いよく突き上げるようにして右の肘鉄を食らわせた直後にそのまま右手で後頭部を掴み、引き寄せながら腹部に右の膝打ちを入れ、床に膝をつかせて身をかがめさせ、男に対し、強制的に相手に敬意を示す動作をさせた。

俺自身そういった武道の経験などほぼ皆無だったが、相手の油断とビギナーズラックともいえる鮮やかさで男を沈める形となった。

前歯一本、もう片方の前歯の半分と鼻骨の粉砕に腹部打撲を手土産にしてその場の怒りを納めた。

肘鉄を食らわせた際、俺の肘は男の歯が当たった事により、擦りむけてしまったが、長袖であった為、薄皮が剥けた程度の怪我だった。

俺にとって最初で最後であろう・・・その時が殺意を持って本気で人を殴った瞬間でもあった。

激痛に砕けた鼻と歯に伴う流血に対し、自身の命の危機を感じたであろう男は涙と血にまみれた顔で必死に頭を上げ下げし、謝罪と共に命乞いの言葉を並べながら土下座をしていた。

俺は見下した目で一瞥(いちべつ)をくれたのち、元妻の前に片膝を付いて座り、恐怖で身体を震わせ、怯えた目と金魚のように口をパクパクさせながら俺を見つめる元妻に対し、俺は能面女系のような表情で離婚を言い渡した。

俺は詩音を渡したくはなかったが、仕事途中ということもあり、泣く泣く預けるという形をとった。

三人がアパートを出た後、俺は仕事へと戻り、帰宅後の真っ暗な部屋の中で深い悲しみに暮れていた時、事情を聞いた聡美から連絡があり、共に駆けつけた修と共に一晩中、俺の側にいてくれた。

事情を知った修は当然の如く、怒髪天をついたようなバーサーカー(狂戦士)のような状態になりつつあったが、肘鉄で鉄拳制裁したあの面に視界的に殴った実感が持てるようなキレイな箇所は残ってねーと伝えたところ、軽く吹き出し、残念がっていた。

離婚は言い渡したものの、離婚の届け出はできておらず、仕事の関係で話が進めることができなかったが、今回、詩音の引き取りと、離婚届けにサインを貰う為、修と聡美に同行を依頼し、元妻の実家へと向かう途中の車内だった。

「この家でいいのか?聡美?」

修は聡美に元妻の実家の正確な場所の確認をした。

「うん、ここ・・・」

聡美はややしかめた顔で修に伝えた。

「・・・」

俺は元妻の実家は当然知っていたので黙ったまま、離婚届けの用紙が入った封筒を片手に車をドアを開け降車し、実家の玄関へと歩いていった。

「あっ、コウ!俺らも、聡美!行くぞ」

修は聡美に声を掛け、俺の後ろに付いていく形となった。

そして・・・その時に俺は一番見たくなかった・・・聴きたくなかった光景を見聞きしてしまった。

玄関のすぐ前に元妻と詩音を抱き抱えた鼻に白いガーゼを充てたあの男の姿があった。

「詩音、この人が新しいパパになるかもしれない人だよぉ」

元妻のその言葉が耳に入った瞬間、俺は自分が自分でなくなった・・・。

そして修が聡美をなめ上げるように見ながら語り掛けた。

「うぉい・・・?さぁとみぃ・・・こりゃ、どぅゆうぅことよ・・・?」

修は歯を噛んだ状態でドスを聞かせた声で聡美を問い詰めた。

「あ・・・あたしだって何が何だかわからないよぉ!」

聡美本人も知らなかった事だったらしくパニックに陥っていた。

「そうかよぉ・・・?なら俺が拳で聞いてくるわ・・・」

静かな口調だが、完全にキレたであろう修に対し、俺はその左肩を掴んだ。

「あ・・・?」

「か・・・帰ろ?・・・修、聡美・・・」

俺は焦点が合ってない瞳で修に伝えた。

「コウ、お前・・・?!何言って・・・」

「修!・・・帰ろう・・・?・・・詩音を・・・巻き込みたくない・・・それより・・・俺を・・・ここから連れ去ってくれ・・・」

「・・・コウ・・・」

「・・・頼むよぉ!・・・しゅう!・・・さとみぃ!」

俺は修の腕にしがみつき、泣き崩れそうな姿勢で二人に哀願した。

「・・・わかったよ・・・。コウ・・・家へ・・・帰ろう・・・」

涙を浮かべた修は俺を支えながら車へ向かい、聡美もまた、泣きながら車へ乗り込みその場を後にした。

「・・・聡美・・・頼みたい事があるんだ・・・」

車のソファーにもたれ掛かった俺は呟くように聡美に頼み事をした。

「なに!?コウくん!」

聡美は助手席から身体ごと振り向き、俺を見つめながら応えた。

「・・・あいつに離婚届けのサインをして貰って・・・受理される時までを・・・見届けて欲しいんだ・・・」

俺は聡美に離婚届けの用紙が入った封筒を手渡した。

「・・・嫌な思いさせちゃうけど・・・お願いできるかな・・・?ごめんね・・・」

「ううん!あたしの事は気にしないで!ちゃんと報告もするから!!」

聡美は快く引き受けてしてくれた。

「・・・ありがとね・・・聡美。・・・その時が・・・あったらね・・・」

俺は聡美に微笑んだ。

それからしばらくして俺の住まいであるアパートに着いた。

「・・・コウ、本当に大丈夫なのか・・・?」

修は一緒にいてやると言ってくれた。

「・・・大丈夫・・・悪いけど、今は一人になりたいんだ・・・」

俺は修の申し出を丁重に断った。

「それじゃ、修、聡美。・・・バイバイ・・・」

俺は二人に軽く手を振り、部屋へと戻った。

部屋に入った俺は薬を手に取った。

それは当時、規制がかかっていなかった薬物。

それはマニアックな装飾品などを取り扱っている店などでは一般的に売られていた物で、俺は使用する為ではなく、コレクション感覚で購入したものであった。

俺はそれを一気に使用した・・・。

だんだん視界が歪み、気が滅入って来たのを覚えている・・・。

バッドトリップと呼ばれる気分が高揚するものとは真逆の効果を示す一番危険な状態。

そして・・・俺は記憶がなくなった・・・。

(ここから記憶が戻る時までの間については自分視点では書けませんが、この間については修と聡美が詳細を教えてくれました。その内容を第三者の視点でお話しようと思います。ただ内容は少々キツイのでご注意下さい。もちろん飛ばして頂いても構いません)

コウを送っていった後、修が運転する車内で、聡美が修に問い掛けた。

「ねぇ、修。コウくんのことだけど・・・」

「うーん・・・コウの奴、大丈夫なんかなぁ・・・?」

修もコウの事が気になっていたようだ。

「・・・あたし達と別れた時にバイバイってさぁ・・・おかしくない?」

この三人の間では別れる時に使う挨拶で禁句にしているのはさよならとバイバイの二つだった。

また会おう!という意味も込めてまたな、またねといった言葉を使う事と決めていた。

「それに、その時があったらって・・・やばくない?」

「・・・!?・・・おい聡美!戻るぞ!」

修は思い出したかのようにハンドルを切り返し、コウの元へ向かった。

再びアパートに戻った修と聡美はコウの部屋の玄関のドアを叩いた。

「コウ!俺だ!修だ!いるのか!?」

「コウくん!いるなら返事して!」

修はドアノブを回した時、ドアが開いた。

「開いてる・・・?おい!コウ!入るぞ!」

修は聡美と共に部屋へと入った。

修は真っ先に居間へと向かいコウを探すがその姿は見当たらなかった。

「きゃあああ!!」

「どうした?!聡美!」

脱衣場から聡美の叫び声が響き渡り、修が駆けつける。

脱衣場では聡美が風呂場を見つめて震えている。

「おい!聡美!何があった!」

修が風呂場へ視界を映した時、

「なっ・・・!?何やってんだよ!?コウ!!」

そこには血渋きを浴びたコウの姿があり、血だらけの手に包丁を握りしめ、左太ももにそれを突き立て、そのままゆっくりと回していた。

床、タイル壁などの周囲は飛び散った血で染められ、その凄惨さを更に物語っていた。

そしてコウ本人は涙を流し、虚ろな目で正面を向きながら笑っていた。

「あははは・・・もうすぐぅ・・・逝くからさぁ・・・!あははははは・・・」

「・・・コウ・・・くん・・・やめ・・・て・・・い・・・いやあぁ!」

聡美は震えながらコウの名前を呼び、頭を抱えて泣き叫ぶ。

「や、止めろ!コウ!!」

修はコウが持っていた包丁を取り上げ浴槽内へと投げ捨てた。

その際、プラスチックと金属が交差する大きな音が響き渡る。

「うぉい!しっかりしろよコウ!!」

修もまた泣きながらコウの胸ぐらを掴み必死な形相で呼び掛ける。

「・・・よぉ?・・・やるならさぁ・・・さっさとぉ・・・やってくれよぉ・・・?」

「コウ・・・?」

「俺はもう見たかねーんだ!?もう何も聞きたくねーんだよ!?」

「うおぁっ・・・!」

瞬間的に真顔に戻り、虚ろだった瞳を修の瞳に合わせ、突然、正気になったような口調に驚愕と恐怖を感じ、油断した修はコウに押し退けられた。

「あははははは・・・!」

再び豹変したコウは太ももの痛みを全く感じていないかのように立ち上がり、笑い声と共に風呂場から脱衣場へと移動した。

「コウ・・・くん・・・」

聡美は震えながらコウを呼んだ。

「どいて・・・?自分で飛ぶから?」

「・・・え?」

聡美は聞き返した。

「飛べば・・・逝けるから・・・」

「コウ・・・くん?」

「もう・・・何もなくなっちゃったんだ・・・俺は・・・詩音にとって・・・もういらなくなっちゃったから・・・」

コウは再び涙を流していた。

「コウくん!」

聡美はコウに抱きつき、コウの唇に自分の唇を押し充てた。

「・・・ごめんなさい!ごめんなさい!!あたしが紹介なんてしなければよかった・・・!」

唇を離した聡美は泣き喚きながらコウに訴える。

聡美がコウを引き留めている間に修がコウの背後から腰の辺りを抱き締めるように押さえ込む。

「修・・・」

「聡美!ロープでもテープでもなんでもいいから縛るもん持ってこい!早くしろ!」

修は聡美に怒鳴るように指示し、聡美はコウを縛る為の物を取りに駆け出した。

「コウ・・・!・・・馬鹿野郎・・・そこまで辛かったんなら・・・なんで・・・言ってくれなかったんだよぉ・・・!」

修はコウの背中辺りに頭を押し付け、嗚咽しながら伝えた。

「・・・よう・・・お前?・・・手ぇ離せよぉ?あははははは・・・!」

コウは修の必死の訴えを全く聞いていなかった。

「修!これっ!」

聡美は引っ越しの際に使用したガムテープを持ってきた。

「よし!聡美!あと椅子用意しろ!」

修はコウを抱えたまま引きずり、椅子に座らせたコウを聡美と共に後ろ手に縛り、両足首も椅子に同様にテープを巻き付かせ固定させた。

縛られても尚、コウは泣きながら高笑いを続けていた。

「救急車っ・・・!」

震える手で携帯を取り出す聡美に対し、修はその手を掴んだ。

「止めろ!聡美!」

「だってこのままじゃコウくん死んじゃうよぉ!」

「今は駄目だ!コウが警察に捕まっちまうぞ!」

「じゃあ、どうすればいいのよぉ!?」

「あははははは・・・!」

コウの為に必死なやり取りをしている二人に対し、まるで夫婦漫才を観ているかのようにコウは泣きながら高笑いをしている。

「コウくん・・・もう許して!・・・お願いだから・・・!」

「何でもするから!あたしの事をコウくんの好きにしてもいいから!だから元に戻って!お願いだよぉ・・・!」

聡美にはコウに跪いて懇願した。

「だったらぁ・・・ひと思いにやってくれ?あはははは・・・!」

その瞬間、修がコウの左頬を思い切り平手で弾かせた。

「コウ!・・・すまねぇ・・・!けど・・・こんなことして・・・何になるっていうんだよ!!」

「修っ!あんた・・・何て事するのよ!」

今度は聡美が修に平手打ちをした。

「・・・」

綾はその身体をびくつかせながら必死に何かを耐えていた。

「・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・」

綾は息を切らしながらゆっくり起き上がり、愛液まみれになった俺の唇にキスをした。

「・・・コウちゃん・・・立って・・・」

綾に促され、俺はあやつり人形のように立ち上がった。

「・・・コウちゃん。これ、どうしちゃったのぉ?」

綾は仕返しとばかりに俺の反り立った陰径を見ながら問い掛けた。

「・・・俺の言うことを全く聞いてくれない、ダメな愚息です・・・」

俺は出来る限りの抵抗を試みた。

「・・・いけないなぁ、じゃあ・・・あたしが再教育してあげる・・・!」

綾は舌先で俺の陰径を先端を撫でた。

「うっ・・・あ・・・」

俺は滲みるような痛みに似た快楽と寒気のような身震いを感じた。

「うーん・・・これはあの手を使わないとダメですねぇ・・・?」

「・・・?」

俺は綾の言っている意味がわからなかった。

「んっ・・・」

綾は小さな唇に俺の陰径を頬張り、吸い取るようにゆっくりと頭を前後に動かした。

「・・・あ、綾・・・ちょっ、ま、待って!」

俺はあまりにも気持ちよさについ、待ったを掛けてしまい綾はそれを素直に聞き入れ、そのまま唇を離してしまった。

「え・・・?!」

俺は焦った。

てっきり綾はそのまま攻めてくれるものかと思っていた・・・。

「んー?コウちゃんが待ってっていうから待ったんだよお・・・?」

綾は純真無垢のような笑顔で答えた。

(陰径だけに・・・(尿)にょうおおおおお!!)

俺は頭の中で自己ワースト記録になるであろう、くだらない洒落を脳内再生させた。

「どうしたのぉ?コウちゃん?」

「ふっ・・・そうやって俺を焦らせようとしてるようだけど・・・」

「見た目だけは紳士の俺には・・・通用しないぜ?お嬢さん・・・」

俺は綾の自尊心を擽(くすぐ)るように挑発して見せた。

「・・・ふぅん・・・?でも・・・中身と息子さんはそうはいってなさそうだけどぉ?コウちゃんの息子ちゃんはぁ、あたしにどうして欲しいのかなぁ?」

語尾にハートマークを付けたようなしゃべり方で綾は陰径と俺を見ながら切り返してきた。

「・・・心の底からごめんなさい。綾にして・・・欲しいです・・・」

俺はあっさりと白旗を挙げた。

もし、このやり取りの期待をしてくれた方には大変申し訳ないのですが・・・仮にあなたが幾日も何も口にしてないとして・・・無垢な少女が照れながら自分で握ったであろうおにぎりを両手に持って差し出してくれた時、それをいつまでも遠慮し続けることができるでしょうか・・・?

「じゃあ・・・ご褒美あげる・・・」

綾は再び俺の陰径をくわえ今度は激しく動かし始めた。

「綾・・・気持ちっ、うぁ・・・いいよ・・・」

彩は上目遣いで俺の瞳を見つめ、反応を楽しんでいるように見えた。

「んっ、んっ、んっ、ぷはっ、はぁ・・・んっ、んっ」

綾は息継ぎをしながらひたすら俺の陰径をしゃぶり尽くす。

「綾・・・俺・・・イキ・・・そう・・・」

綾は突然、くわえていた俺の陰径を再び口から離してしまった。

(くうぅ!?ま、またかよぉ?!これじゃ、蛇の生殺しじゃねぇかよぉ・・・!)

俺は綾の頭を抑えつけてでも陰径を口にてまだまだ躾をしてもらおうといったけしからん事をつい考えてしまった・・・。

「・・・コウちゃん・・・今日は・・・ちゃんと最後まで・・・して・・・」

俺の腹黒い考えとは逆に想いを届けるように綾は仰向けに寝ながら自らの手で両足を拡げ、愛液で十分に潤った女陰を俺に瞳に映し出した。

「・・・コウちゃん・・・き・・・来て・・・」

綾は瞳を潤ませ、恥ずかしそうに俺に囁くように告げた。

「うん・・・綾・・・ゆっくり・・・挿れるからね・・・」

俺は陰径をつまみ・・・もとい、掴みながら綾の女陰にあてがい、大陰唇に続き小陰唇を優しくかき分け、膣内へとゆっくりと挿入していく。

「あ・・・んっ・・・んっ!痛っ・・・!」

綾は痛みで少しだけ顔を歪めた。

「あ、綾!大丈夫!?」

俺はそのままの体制で挿入を止め、綾の顔を見ながら声を掛けた。

「大丈夫・・・!お願い、止めないで・・・!」

綾は小刻みに首を振ってそのまま続けるよう、懇願した。

「・・・続けるよ・・・我慢しなくていいからね・・・?」

俺は再び挿入を始めた。

だが、綾の膣内はとてもきつく、陰径がちぎり取られそうなくらいとても締め付けが凄くて・・・痛いような・・・とても凄まじい快楽の中、俺はゆっくりと挿入を続けた。

「・・・綾の中・・・すごく・・・あったかいよ・・・」

根元近くまで挿入し、動きを止めた俺はほぼ、無意識に近い状態で呟いた。

「あたし・・・コウちゃんと・・・一つに・・・なれて・・・すごく・・・嬉しい・・・」

綾は痛みからか感極まったからか、瞳から一滴の涙を頬に伝わせながら語った。

「コウちゃん・・・動かしても・・・大丈夫だよ・・・」

綾は俺に伝えた。

「うん・・・」

俺はゆっくりと・・・腰を動かした。

「ん・・・あっ、んっ!んっ・・・」

今の綾にとっては快感よりも処女膜が破れたという意味である破瓜(はか)による痛みの方が勝っていたようでやや苦痛による声も伴っていた。

一方の俺はそんな綾を気遣うどころか、その窮屈さ、あまりにも締まりの具合の良さに思い切り腰を振りたいといった衝動を抑えるのに必死だった。

「・・・コウちゃん・・・キスして・・・」

綾は俺にねだるようにキスを求めた。

「ん・・・舌を・・・出して・・・」

俺は沈黙のまま綾の言われるままに綾の口内に自身の舌を侵入させた。

「ん・・・あっ・・・ん、ん・・・」

綾は俺の舌を自ら積極的に舌を使って絡ませていく。

まるで痛みをかき消すように・・・。

「キスしたまま・・・動いて・・・」

俺は綾と唇を重ねたまま、先と同じようにゆっくりと腰を動かした。

「あっ・・・ふあ・・・ん、あっ、あん、あっ、あっ・・・」

それが功を奏したのか、綾の表情は苦痛から快感へと変わっていくように見えた。

「もっと・・・あん・・・いっぱい・・・動いても、あっ、いい・・・よ・・・」

指示する言葉とあえぎ声が混ざった口調で綾は俺に伝えた。

俺は少しだけ、動かすペースと出し入れの浅深(せんしん)を早めた。

「あ、あん!ああ、あっあんんあん、あ、ああ・・・ん」

綾はその声をだんだん大きくしていった。

「ああ!あっ、あっああん!あ、くぅ!ああん!あっ!ああっ!」

綾は俺の動きに合わせるように緩やかな吐息と共に声を張り上げていく。

「あ・・・綾・・・そろそろ・・・イク・・・イキ・・・そう・・・!」

俺は腰を動かしながら綾に伝えた。

「・・・あん、こ、コウちゃん・・・あっ、んっ・・・あ、あたし・・・の・・・ああん!膣内(なか)で・・・あっ!い・・・いって・・・」

「・・・あん、中に・・・いっぱい・・・出して!」

綾は俺の瞳を見つめながら訴えかけるように言った。

「・・・で、でも・・・」

俺はつい躊躇(ためら)ってしまう言葉を口にしてしまった。

綾はこれ以上、何も喋る事を禁じるように舌を絡めたキスをした。

「はぁん・・・いぃっぱい・・・中に出してぇ・・・あぁん・・・」

綾は艶っぽい声色と妖艶な瞳で見つめながら俺に迫った。

「・・・また、ひどいこと・・・言っちゃうけど・・・コウちゃん・・・前の奥さんと・・・すぐに・・・赤ちゃんができたのに・・・どうして・・・?・・・あたしだけ・・・?ねぇ!どうしてよぉ!!」

綾はやり場のない怒りを俺にぶつけた。

「あ、綾!落ち着いて!こればかりは授かり物でもあるから・・・その、したからって必ずできるってものじゃ・・・」

「あたしは!・・・こんなに・・・コウちゃんの事・・・大好きなのに・・・?どうして・・・?どうして神様はあたしに赤ちゃんを授けてくれないのよぉ!」

綾はそこで泣き崩れてしまった。

「・・・綾、・・・綾は俺の赤ちゃんが欲しくて・・・それだけの為に俺とセックスしたのか・・・?」

「・・・え?」

綾は目を見開いて俺を見つめた。

「俺は・・・それだけで綾を抱いたつもりはねーよ?」

俺は敢えて口調を悪くした。

「・・・冗談じゃねーぞ!?俺は綾が大好きだから抱いたのに!綾は俺に対してそういう想いだけで抱かれたのかよ!?」

「ち、違っ!」

「なら!なんでもっと早く!あの時にでも言わなかったんだ!」

「・・・コウちゃんに・・・コウちゃんに迷惑掛けないようにって・・・思ったからだよ!」

綾は逆ギレするような口調で答えた。

「・・・迷、惑・・・?」

俺は困惑した。

「・・・あたし、赤ちゃんが出来たからって・・・コウちゃんに今すぐ結婚して欲しいなんて事は絶対に言わないから・・・産みたいって・・・そう言うつもりだった・・・」

「だってあたし・・・コウちゃんに守ってもらってばかりだから・・・コウちゃんの赤ちゃんは絶対に・・・あたしが守るの・・・」

「コウちゃんだって・・・まだまだやりたい事があるだろうから・・・」

俺はそこで綾を抱き締め、告げた。

「・・・それで俺だけ仲間外れってのは・・・さらにひどい話じゃない?」

「コウちゃん・・・」

「・・・今はまだ言えないけど・・・必ず伝えるから・・・その時は初めて旅行に行った時に待ち合わせた場所に来てくれる・・・?」

俺は彩から離れ、今できる精一杯の笑顔で綾に伝えた。

「・・・う・・・うん」

綾は不安そうに返答した。

「あ、そうそう、綾が観たがったあの映画・・・これから一緒に観に行かない?」

俺は話をそらすように綾に伝えた。

「え?あ、うん。コウちゃん、覚えててくれたの・・・?」

「なぁに、綾の事だったら全身のホクロの位置まで把握してますから!」

「もう!コウちゃんたら!どこ見てるのよお!エッチ!」

綾は赤面しながらも笑顔を見せてくれた。

それから数週間後・・・街頭は赤や緑や青、白色といった装飾品に彩られる風景が目につく頃。

俺は一人、駅前にあるショッピングセンターの事務所の一角で受付のお姉さんと打ち合わせをしていた。

「では、この時間にて、このようにお送りさせて頂きます」

「はい、よろしくお願いします」

打ち合わせの最終確認を済ませた際、お姉さんが質問をしてきた。

「ほんと素晴らしいですねぇ・・・失礼ですが、何かされてる方なんですか!?」

「・・・えっ!?いえいえ!全然!それに、そっち関係の方だったら自分のが無かった事になってしまうくらいもっと凄い事してくれますよぉ!」

「・・・私も今日はこれで業務が終わりますので、もし良かったら個人的に見に行っても・・・あ、申し訳ありません!お客様のプライベートに口を挟んでしまって!」

「いえ、気になさらないで下さい!まぁ、こんなので良かったら見に来てくださいよ。それじゃあ、自分、そろそろ時間ですので・・・」

俺は照れ隠しに時間という言葉を隠れ蓑にして事務所を出た。

「・・・うーん・・・これハズした日にゃあ・・・俺りゃ、この辺、昼間はまともに歩けねーぞ・・・?」

なとど頭を掻きながら不安を抱え、綾との待ち合わせ場所へと向かった。

「待った!?」

俺はすでに来ていた綾に声を掛けた。

「コウちゃん!ううん、あたしも今来たとこ」

とは言っていたが、その身体は少し震えていた。

俺は綾の手を取り、自分が羽織っていたコートのポケットに自分の手と一緒に入れた。

「あったかい・・・」

綾は俯き、呟くように俺に告げた。

「ねぇ、コウちゃん・・・ここからどこか行きたい所でもあるの?」

綾は質問をしてきた。

「ん・・・今日ね。これから・・・綾にプレゼントしたい物があるんだ」

俺は街頭に設置してある柱時計を確認した。

「もうしばらくここで待っててくれる?暖かい飲み物でも買ってくる」

「え・・・?あ、うん・・・」

綾は不思議そうな顔をしてベンチに座った。

「マジで・・・上手くいくのかこれ・・・」

俺は今、一世一代の賭けに出ていた。

そしてそれを迎える時刻をじっと待っていた。

「綾、お待たせ」

「遅かったね。混んでたの?」

綾は俺に話し掛けた。

「綾・・・俺、今から綾に告白したい事があるんだ・・・」

「でも・・・恥ずかしいからさっき代理を頼んできたんだ・・・」

俺は横を向きながら話した。

「コウちゃん・・・あたしは大事なお話はちゃんとコウちゃんの口から聞きたいよ?」

綾は少しだけムッとした表情で言った。

(時間だ・・・!)

俺は綾に背を向け、大型の電光掲示板を指差しながら綾に伝えた。

「綾・・・あれ、観てくれる?」

「ん・・・?」

綾は俺から電光掲示板へと視界を移してから間もなく、メッセージが右から左へと流れていく。

・・・個人メッセージ・・・

コウさんから、綾さんへのメッセージ・・・です。

・・・綾。

・・・俺は綾の事を幸せにするって事は敢えて言わない・・・。

口にしなくても・・・綾が心から幸せだよって・・・言ってもらえるように努力するから・・・綾にはできればずっと・・・俺の傍で見ていて欲しい・・・。

だから・・・綾が学校を卒業したら・・・俺と結婚して欲しい・・・。

そして・・・その言葉は違う形で・・・俺の口から綾に伝えるから・・・聞いて欲しい・・・。

・・・メッセージを終わります。

俺は綾に対して斜めに振り向き、こう伝えた。

「綾・・・俺・・・この身体も心も綾の為に・・・そして、この想いは永久(とわ)に変わらず・・・ずっと綾の事を・・・愛してる!」

俺が綾にプロポーズをした後、綾は泣き崩した顔で俺に抱きついた。

「・・・あたし!・・・もう・・・コウちゃんじゃなきゃ嫌!・・・コウちゃんに・・・嫌われたって!・・・たとえみんなに反対されたって!・・・あたしは絶対!コウちゃんと離れない!」

「コウちゃんの・・・愛情も・・・もう誰にも・・・渡さないんだからぁ!!」

「・・・綾・・・あの・・・できれば・・・これから産まれてくる俺と綾の赤ちゃんにも・・・分けてあげたいんだけど・・・いいかな?」

俺は綾に伝えた。

「・・・うん。じゃあ、二人の赤ちゃんは特別ね!・・・その代わり・・・」

「ん?」

「・・・ここで・・・あたしに・・・キスして・・・?」

「・・・コウちゃん・・・また、何かしてくれる?」

綾はキスを求めてきた。

俺は周囲を確認してみた。

カップルはみんなもらい泣きをしていた。

その中に受付をしてくれたお姉さんもいた。

お姉さんは彼氏らしき人の胸に顔を埋めて泣いており、彼氏もまたお姉さんの頭を撫でながら涙を堪(こら)えるように空を見上げていた。

「・・・綾・・・みんな、涙で何も見えていないから・・・俺は何もしなくても大丈夫だよ・・・?」

もう少しだけ、お付き合い頂けたら、これ幸いです・・・。

あれから一年ほど過ぎた頃、俺は愛馬である大型バイク、ZX-14SEと共に弾丸のような速度で高速道路のアスファルトを蹂躙していた。

会社の仲間とまったりのんびり宿泊ツーリングへと出掛けていた俺を最速を目指す音速天使・・・はい、調子に乗って言い過ぎました・・・。

頭のネジが五本ばかりぶっ飛んだスピード狂へと駆り立てたのは聡美から掛かってきた携帯電話での会話。

たった一言だった・・・。

「あっ、コウくん!綾ちゃんが・・・綾ちゃんが大変なの!!」

ワケがわからない・・・昨夜、俺と電話で話したしたときは何の問題なく会話ができていたのに・・・明日、聡美とお買い物してくるって・・・それがどうして・・・!?

アクセルはこれ以上回せないほどなのに俺はさらに回そうと試みる。

スピードの針は30km/hの位置を指している。

・・・はて?弾丸のような速度なのに30km/hとはこれ如何に・・・?

これは一部のバイクに付いている機能らしいのだが、最高速度300km/hに到達したとき、スピードメーターの計測値は10分の1となる。

つまり、300km/hだとその10分の1・・・30km/hとして表記される事になる。

俺は設定された速度が下回ると爆発してしまうバスに乗車した某映画の主人公さながらの緊張と焦りの元、その数値を維持し続けた。

そんな中、そんな俺を嘲笑うかのように仕掛けられたトラップ・・・オービス(自動速度違反取締装置)が、俺を待ち伏せる。

「あぁ!?またかっ!・・・んのクソったれがぁ!!」

俺の愛馬に飾り付けられたレーダー感知器がその存在を警告音と共に告げる。

俺はその度に1400ccの排気量と190馬力というパワーを誇る暴れ馬をフロントブレーキ、フットブレーキを駆使して無理やり静めなければならない。

今の俺にはそれすら惜しい時間だった。

オービスをやり過ごしたその後、再び加速した瞬間、いい加減にしろとばかりに苛(いら)ついたのか愛馬がその巨体を持ち上げる。

「うおっ!?」

それはパワーリフトと言われるいわゆる前輪を浮かせ走行するウィリーの状態。

俺にはそのような芸当はやったこともできるわけもなく、その時も狙って行ったというより、単純な操作ミスがたまたまパワーリフトへの操作と同調してしまったようだ。

前輪をアスファルトに押さえ付ける為、フットブレーキで制御を試みるも初めての経験と速度が有りすぎた為、下げる為の要領がうまく掴めず、そのまま数十メートルほど走り続けてしまった。

「おお!?」

「かぁっこいい!!」

それを目にした他車に乗車していた人達、子供達に至っては窓を全開にして絶讚してくる始末。

驚きと羨望の眼差しを俺に浴びせてきた。

フルフェイスヘルメットゆえ、回りからは余裕をかましてそうに見えたのだろうが、俺は死の予感すら感じるくらい恐怖におののいていた。

「あー怖かったぁ!!」

アスファルトに前輪を装着する事に無事成功し、無駄に高鳴る鼓動と震えの中、気分を落ち着かせる為、この状況に関してふと考えてみた。

行きたい場所を思いながら、ドアノブを回して開けるとあっという間にその場所へと行ける。

そんな夢のような道具があれはさぞかし便利だろうな・・・。

そういえば・・・。

ポケットを持っていない本人だけ。

本人がいないポケットだけ。

どっちがいいって選択を迫られたら場合、みんなはどっちを選ぶんだろう・・・?まぁ、俺だったら・・・ってんな事考えてる場合じゃねーだろ!?俺は再びアクセルを開け、綾の元へと駆け出した。

数時間後、俺は病院へと到着した。

「あの!ここへ緊急で運ばれた綾っていう方は・・・」

「はい、えっとぉ、身内の方ですかぁ?」

のほほんと対応する受付の女性に俺は苛立ちを感じた。

「・・・あれ?コウ!?」

「あっ!コウくん!?」

「っ!?修!?聡美!!」

俺は受付の女性をそのまま放置し、声を掛けてくれた小さな女の子を連れた修と聡美の元へ駆けつけた。

「聡美!綾は・・・綾はどうしたんだ!?」

俺は修と聡美の子共である女の子に声を掛ける余裕すらなく涙を浮かべて聡美に問い詰めた。

「・・・大丈夫。今は病室で休んでるよ」

聡美は微笑みながら俺にとっては伝えた。

「そ・・・そっか・・・」

俺は安堵の表情を浮かべた。

「それともうひとつ・・・」

聡美は笑顔で俺に伝えた。

「・・・産まれたよ・・・!コウくんと綾ちゃんの赤ちゃん!!」

「・・・えっ!?」

俺は驚いた表情で聡美を見つめた。

「おいおい!なんてツラしてやがんだよぉ!そんなツラでベビちゃんに逢いに行くつもりかぁ!?」

「はい!リラックス、リラックス!」

修は俺の両頬を両手で張り手をする要領で軽く交互に叩いた。

「あ・・・わ、わりぃ!修」

俺は照れ笑いの表情を取り戻した。

「綾ちゃんは三階の301号室で赤ちゃんと一緒・・・あっ!コウくん!?」

俺は聡美の言葉途中に駆け出そうとして途中で振り返り修と聡美に伝えた。

「修・・・聡美・・・俺・・・また・・・二人に助けてもらっちまって・・・」

俺は瞳を潤ませた。

「あー?またぁ!?何の事だそりゃ?俺ぁ知らねぇぞぉ?」

修は横を向き、頭を掻きながらわざと惚けたフリをしてくれた。

「ほら、早く行ってあげなよ!綾ちゃんも赤ちゃんも待ってるよ!あたし達もすぐ行くから」

聡美が俺を綾の元へ行くように促(うなが)してくれた。

「・・・ああ!行ってくる!」

俺は振り返って綾と赤ちゃんの元へと駆け出した。

「綾!」

俺は病室のドアを開けた。

「・・・コウちゃん・・・!?会社の人達とツーリングだったんじゃ・・・」

「・・・聡美から・・・連絡受けて・・・速攻で・・・帰ってきた・・・」

俺は肩で息を切らせながら綾に伝えた。

「・・・え!?あそこからこの時間で帰ってきたの・・・!?」

綾は驚いていた。

「綾の為だったら・・・なんだって・・・してあげるって・・・言ったからね・・・」

俺は微笑みながら綾に応えた。

「・・・もう!楽しませてって言ったけど・・・驚かせるような無茶な事はしないで!」

「赤ちゃんにパパの顔知らないなんて言わせないで!!」

綾は瞳に涙を浮かべ、膨れた頬で俺を叱った。

「・・・うん。ご、ごめん・・・」

俺は俯きながら綾に謝った。

「でも・・・無事に帰って来てくれて良かった・・・ほら、あなたのパパが来てくれたよ・・・」

綾は赤ちゃんに話し掛けた。

「そうだ!赤ちゃん!」

俺は赤ちゃんを見た。

赤ちゃんは残念ながら・・・(ってうるせーよ!)

基本的には俺に似ていた。

けど、綾にも似てる部分もあった。

何て言うか・・・親バカだけど・・・俺のいい部分と、綾のいい部分だけを取って・・・組み合わせたような・・・そんな顔だった。

「抱いてあげて・・・パパ・・・」

俺は着用していたダブルのレザージャケットを脱ぎ捨て、肌着のみで赤ちゃんを抱き上げた。

それはとても軽かったけど・・・命の重さをその身で感じていた。

そして命の尊さを感じていたのか・・・意図してないのに瞳から涙がこぼれ、頬を伝う。

「コウちゃん・・・赤ちゃんの名前は・・・決まったの?」

「うん・・・男の子でも女の子でも・・・眞紘(まひろ)・・・って決めてたんだ。でも、綾が決めてる名前があったら・・・」

「・・・コウちゃんが決めてくれた名前なら、きっと・・・ううん、必ずコウちゃんみたいな優しい、思いやりのある人になれるから・・・」

綾は微笑みながら言った。

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