俺は野球が好きだった。
小学校の時、初めてホームランを打った時のあのバットの感触が忘れられない。
俺の学生時代は朝から晩までボールを追って過ごす、ただそれだけの毎日だったが、そんな生活に不満を感じた事は一度も無い。
仲間と皆で甲子園を目指して汗を流す事は充実感に満ちていたし、なにより、母子家庭で育った俺は、野球の力を買われ、特待生として学費の援助を受けられる事が母を助けているような気がして嬉しかった。
父は俺が9歳の時に亡くなったため、母が喫茶店で働きながらたった1人で俺を育ててくれた。
息子の俺が言うのも変だが、母はちょっと冷たい雰囲気はあるがかなりの美人で、子供の頃から俺の自慢だった。
清楚で美しい母を目当てで喫茶店に通ってくるお客さんもたくさん居たほどだ。
高2の時、うちの学校は地区予選を勝ち進み準決勝まで進んでいた。
そんなある日、事件は起こった。
練習からの帰り道、友人の弘樹と二人で帰っていると酔っ払いに絡まれた。
顔をよく見ると見知った顔、母の働く喫茶店で時々顔を見かける町内会のおっさんだった。
相手は、俺だと気づくとニタ〜と笑って、突然弘樹に唾を吐きかけた。
「お前!何してんだ!」
弘樹が叫んだ時、俺の脳裏にはこのオッサンにスケベな冗談を言われて困った顔をした母が頭をよぎり、言いようの無い怒りがこみ上げてきた。
気づいた時には、そいつを殴っていた。
翌日、野球部内は大騒ぎになっていた。
暴力事件で甲子園予選辞退。
俺の浅慮のせいで、後一歩だったのに、皆の努力が水の泡になってしまった。
監督や担任と謝りに行き、必死で頭を下げたが許してはもらえなかった。
生涯親友だと誓い合った仲間にもう会わせる顔はない。
学校も退学になるだろう。
俺は自殺しようと死に場所を探して、一晩中彷徨い歩いた。
しかし、結局1人ぼっちになってしまう母の事を考えて、どうしても死ぬ事は出来なかった。
翌日、半殺しになるまで皆に殴ってもらおうと決死の思いで学校へ行くと、事態が急変していた。
あのおっさんが俺を許して、全てを無かった事にしてくれたというのだ。
監督からすぐにお礼を言いに行きなさいと言われ、俺はおっさんの家を訪れた。
自営業なのか、自宅兼オフィスのような所へ通されると、町内会のおっさん連中が3人ほどいた。
俺は
「許してくれてありがとうございました」
と素直に頭を下げた。
すると、
「あんたのために許したわけじゃないから、頭なんか下げなくたっていいよ」
とおっさん達は意味ありげに笑った。
「あんな綺麗なお母さんを悲しませちゃ駄目だぞ」
「うんうん、とっても素敵だった」
1人のおっさんが、ニヤニヤしながら窓の方へ歩いていった。
そこには1人掛けの高級そうなソファが一脚だけ離されて、ぽつりと置かれていた。
「聞いてはいけない」
頭の中で警鐘が鳴り響いた。
「あんな美人ちゃんに、真っ裸で頼まれちゃあ、男なら誰だって許すってもんだ」
おっさんは、肘掛の部分を撫でながら
「ここに足乗っけて座って、股おっぴろげ〜だ。絶景かな絶景かなってもんだ。なあ、高野さん」
「うわっはっは。あんなに興奮したの初めてだぜ。あのお澄まし美佐ちゃんが、自分でおマ○コ広げて、どうぞ見てくださいだ」
「清楚なお顔に似ず、嫌らしい乳首は甘酸っぱかったな」
「さっきマスターに言ったら、泣いて悔しがってたぜ」
俺のせいだ。
俺のせいで母がこんな奴らに玩具にされた。
気が狂いそうになった。
「テメーぶっ殺してやる!」
飛びかかっていった。
しかし
「いいかげんにしろ!」
おっさんの意表を突くような怒声で、動きを止めてしまった。
「殴れや!馬鹿息子!今度は、町内会旅行でストリップさせるか?」
「お前さん助けるためなら、美佐ちゃん何でもするぞ?町内中の男に尻の穴まで見せるだろ」
俺は母の働く喫茶店へ向かった。
全くもって普通だった。
ごく自然に母は、そこにいた。
俺の顔を見つけると
「昨日は何処へ行っていたの!心配したんだからね!」
と微笑んだ。
俺は
「試合続けられる事になった」
とだけ伝えた。
「そう。良かったわね。頑張らなきゃダメだぞ!」
と背中を叩かれた。
俺は学校へは戻らずに、家へ帰って、ベッドに突っ伏して泣いた。
ひたすら泣いた。