結婚するなら処女とかいう男が多いですが、私は逆で、結婚するなら出産可能な年上女性という価値観で、妻を選びました。
きっと、私の初体験とその後の女性関係に起因すると思います。
私の初体験は高2、相手は中学の時の担任の先生で当時31歳でした。
ご主人が単身赴任中で、教え子の性を貪ったのですが、私は綺麗な先生が大好きでしたから、本気で惚れてセックスしてました。
その後、首都圏の大学に進み、同学年の処女の女子大生、非処女のOLなど、同年代の女性と付き合いましたが、先生とのセックスとは何かが違って、就職してからは年上の女性ばかり見ていました。
大学時代の同年代の女性は、若い身体だけが取り柄で、セックスさせてあげているという態度だったような気がします。
でも先生は、セックスを一緒に楽しむという感じでした。
お互いに快感を分かち合うために、積極的に快楽を追求し合う感覚が若い女性には欠けているように思いました。
それは、過度な恥じらいから来るのかもしれませんが、結果、私が選んだ妻は8歳年上の女性で、私25歳、妻33歳で結婚しました。
妻は年上ですが、長らく会社のインフォメーションにいた綺麗どころで、内田有紀さんに激似の高根の花でした。
新入社員だった私は、妻が「会社の内田有紀」と言われて男性社員のあこがれの的だった事など知らずに、入社早々アタックしました。
もちろん妻が年上だと認識していましたが、あまりにも可愛かったので、まさか8歳も年上だとは思っていませんでした。
妻は三十路を迎えて、20代の頃のようにチヤホヤされなくなってきたところでのアプローチに戸惑ったそうですが、快く私の思いを受け止めてくれました。
初めてベッドインしたのは梅雨の明けた7月下旬、23歳の男と31歳の女のカップルでしたが、可愛い妻は三十路には見えませんでした。
顔は可愛いですが31歳の成熟した女性で、もちろん性体験は私より豊富でした。
部屋に入ると当然のように交わすキス、平然と全裸になってシャワーを浴びる解かれた羞恥心は、女子大生には無い開き直った行動に思えました。
ベッドでは、愛撫されるために受け身になってくれて、恥じらうことなくラビアを開き、ヴァギナを解放してくれました。
31歳というのは、初体験の時の先生と同じ年齢でしたが、既婚者だった先生の紫色のラビアと違って、いくら性体験が私より豊富な妻でもラビアはまだ赤らんだ程度でした。
むしゃぶりつくようにクンニして、クリトリスを懸命に舐めました。
妻のフェラチオは根元を軽く摘まんで亀頭中心に吸いながら舐める感じで、それまで経験したことのないゾクゾクするようなフェラチオでした。
ついさっきまで可愛かった妻は、色気を部屋中に充満させて、熟した性技と十分開発されている性感で非常に官能的なセックスをしてくれました。
女子大生のような受動的なセックスではなくて、女性上位や騎乗位にも積極的で、極めて能動的なセックスで、快感を抑え付けることなく開放するので極めて淫らな姿を見られて、とても興奮できました。
妻は、普段の日常では、大人の女性として分別を持った立ち居振る舞いですが、セックスのスイッチが入るとたちまち発情したメスになる理想の女性でした。
交際半年で結婚を申し込みましたが、
「まだ新入社員でしょ?まずは仕事を覚えて、私をエスコートできる男性になってね。」
と言われて、その1年後に再度プロポーズして、その半年後に結婚しました。
33歳の美人インフォメーション嬢と25歳の若増の結婚は、劣化の始まった美人が若い男を誑かしたと言われ、すぐ破局するだろうと囁かれました。
でも、現在結婚10年で、妻は43歳の二児の母になりましたが、ほとんど毎日セックスしています。
今でも内田有紀さんに似た可愛い妻は、40代になったら尋常ではないフェロモンを放つようになりました。
PTAや地域の育成会でも、他のお母さんと比べて妻のお色気は圧倒的で、男性教諭やお父さん方のエロい視線を浴びているのが分かります。
あの服の下の乳房も、ドドメ色になったらビアも、蕩けるヴァギナも、私が昨夜十分愉しんだし、今夜も味わうんだと思うと、実に自慢の妻を持ったと感じるのです。
まだ35歳の私の止まらない性欲を、43歳の妻は悦んで受け止めてくれるので、とても充実した夫婦生活を営めています。
やっぱり、妻は年上の方が良いと思います。