私がまだ高校生だった夏、お盆に帰省した母の実家で今になっても忘れられない経験をしました。
その日は天気も良く、同じタイミングで帰っていた叔父一家と共に祖父母の家の近くの河原でバーベキューをしていました。私や弟、いとこたちと一緒に食後の川遊びをしていたのですが、なにやら慌てた様子の母に腕を引かれて連れ出されます。
早歩きでどこかへと向かう母。久しぶりに会ったいとこたちと楽しんでいるところを邪魔された私が少し怒りながら連れ出した訳を聞くと、青白い顔で震えながら「お腹壊しちゃった…」と言います。途中までわたしたちに混じって水遊びをしていた母は体を冷やしてしまい、腹痛に襲われていたのです。
話をしている間もせかせかと歩き、なんとか家に戻ろうとする母でしたが、ついにその時が来てしまいます。突然ピタッと足を止めると、方向転換して背の高い雑草が生い茂る場所に向かい出しました。茂みに入ってか細い声で私に見張りを頼むと、カチャカチャとズボンを脱ぎ始めます。私はというと見張りなんてしておらず、目線は母の尻に釘付けでした。
母がズボンとパンティーを一気にずり下ろすと、だらしなく垂れた真っ白で大きな尻が露わになると同時に、大便の臭いが広がります。尻を見た私はびっくりして大声が出そうになりました。おそらく残っていたのであろう硬めの大便が、母の尻をかき分けてその姿を見せていたのです。両足の間にある下着には茶色い汚れがついていました。母は漏らしてしまったのです。
ですが、今の母にはそんなことに気づく余裕すらありません。その場で屈むといきみはじめました。すぐに見えていた大便が勢いよく地面に落ちます。この後の母の尻の穴は今でも目に焼き付いています。
少し間をおいて再び母がいきむと、キュッと締まっていたアナルがぐわっと広がります。その大きさはズッキーニを容易く挿入できるほどでした。間髪入れずに下痢便が噴き出します。「ブピュピュピュピュ!」という音と共に下痢の湖が作られていきます。母の靴に大便が触れていましたが、気にすることもできません。
その後も母の肛門は壊れた蛇口のように液便を排出し続けました。ようやく全ての大便を出し切ったケツ穴は元のようにキュッと締まり、「プリリリリッ!」と放屁しながら腸液の泡を作って大仕事を終えました。
そのあとも目の前で繰り広げられた排便ショーの余韻に浸っていると、私は突然走った頭部への衝撃で現実に引き戻されます。顔を真っ赤にした母がこっちをにらんでいました。どうやら私が母の排便を見続けていたのがバレたようです。腹痛から解放され、プリプリと怒りながら前を歩く母を見て安心しました。絶対にバレちゃいけないことがあったからです。
祖父母の家に着いて一目散にトイレに向かいます。降ろしたパンツの内側にはまだ暖かい精液がべっとりと付着していました。母が下痢に悪戦苦闘している間、私の仮性包茎は母の尻と割れ目から覗く大便を見るや否や今までにないほど勃起し、ズル向けになり亀頭をパンパンに膨らませていました。それからは母の肛門から下痢が噴き出すたびにダラダラと精子を漏らし続けていたのです。
その日の夜、散歩を理由に家を出た私が向かったのは、母がひり出した大便のもとです。全てを出し切り解放感に包まれた母は後処理を忘れていました。地面にべっとり広がった下痢便には早速ハエが集っています。昼間より水分が失われて少し乾きつつありましたが、強烈な臭いは健在でした。
凄い臭いに夕食が出そうになりましたが、私のあそこはズボンを突き破りそうになるぐらいガチガチに硬くなっていました。硬く勃起したイチモツを取り出し、握るとすぐに精液が登ってきます。そのまま狙いを定め、母の大便に精液を振りかけました。突然降ってきたザーメンにハエたちが驚いて飛び立ちます。
この夜から家に帰るまでの間、私はなにかと理由をつけて家を出ると母の大便に会いに行き、その度に精液をぶっかけてきました。その度に今までにないほどの量を射精でき、ようやく自分の性癖に気がつくことができたのです。
私は母の下痢便でスカトロに目覚めてしまいました。
この時以来、見るAVはスカトロものばかりになり、母がトイレに行くと排便する音に耳を澄ませながらオナニーをしたりと、すっかりアナルと大便の虜になってしまいました。母が放屁をしようものなら、私のムスコはすぐにヒクついて射精しようとしてしまいます。
あれから数年経ちましたが、未だにあの時の母の肛門や大便、臭いや音が忘れられません。思い出すだけで射精しそうになってしまいます。彼女に排便姿を見せてもらおうとして振られたりしましたが、私のスカトロ熱は全く冷めそうにありません。
これからも母の大便とケツの穴を胸に、いつかウンチを見せてくれるパートナーが出来る様に生きていきたいと思います。ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。