昭和40年代の私と母の、異常で哀しい生活の思い出話です。
当時私は22才大学4回生で和夫と言います。アルバイトの掛けもちで学費を稼ぎ学業に励んでいました。
母51才で昼間は、あるお宅に通いのお手伝いをして、夕方からは二つ向こうの駅前のラウンジに月水金と週3日パートでホステスをして居ました。
私たちの家は駅から徒歩10分位にある、文化住宅で一階5部屋、二階5部屋で二階の真ん中の部屋でした、間取りは、6帖の和室と4.5帖のDKと便所と狭い風呂の付いた部屋で母と密かに生活していました、何故かと言うと3年前親父が商売に失敗して、借金だけを残し行方不明に成り、住んで居た家も無くなり、借金も母が肩代わりさせられ。
此の文化住宅に引っ越して隠れて生活をして居ました。
勉強も着替えも当然寝るのも、6帖の部屋しか有りません、
夏は暑くて困ります、母はシミーズだけで家事をします、私も短パンにTシャツだけです、母は気にしていない様ですが、私は母の後ろ姿を見るとパンティーライン、母のパンティーの色や柄まで丸見えです、食事の時などは母の食い込んだパンティーがモロに見えます、私はその都度、短パンの中でチンポが勃起して堪えています。
もっと困ると言うかドキドキするのは母の風呂に入る時と出てからです。
母は身長155位、色白で少しポッチャリしていて、年よりは小柄なせいで若く見えます、
そして苦労している割には天然で何時も楽天的な母です。
私はそんな母が大好きです、最近は母と言うより一人の女として見ている私です。
夜のバイト以外は殆ど化粧気も有りませんし、家では私の事を何時までも子供のままの感覚で接してくれます、22才の意気盛んな男とは思って居ない様で、風呂に入る時も平気で私の見ている前でパンティー迄で脱ぎ平然としています。
最近私は母の脱ぎたてのパンティーでオナニーをするのが何よりの楽しみになつています。
今日は母がバイトの日で、今は夜の12時です。
母は先程帰って来て、「暑い~暑い~」と言い私の寝ている足元でベージュの少しミニのワンピースを脱ぎ、黒のブラを外し、パンストも脱ぎやはり黒の光沢の有るエロいパンティー一枚に成り座り込みました、「和もう寝たの」と話しかけて来ました、私は始めから薄目を開けて母を見ていましたが、とぼけて「うるさいな~」と返事をして起き上がりました。
母は可なり酔って居るみたいです、横向きに寝ころび何か分からない事をブツブツ言っています、母の乳房は片方に垂れて、濃いピンクの乳首は大きく固く成って居る様です。
片足を曲げて寝ころんで居るので、母の股間に食い込んだ黒のパンティーが丸見えです。
顔を近ずけて見ると、パンティーは食い込んだ処がベッタリと濡れていて、
そして蒸れて淫靡な匂いを発しています、私のチィンポはもう限界です。
母を起こしてやっとお風呂に行かせました、私は母の脱ぎたてのパンティーを裏返し
食い込んだ一番汚れている処の匂いを嗅ぎ、そして舐めながら気持ちの良いオナニーで大量のザーメンを母のパンティーに吐きだしました。
私はオナニーの快感でうつうつとしていると、母が風呂から出てきて倒れる様に布団に入り寝息をたてて寝入ったようでした。
続は(2)をお楽しみ下さい。