都内在住の20代女です。
今のスリーサイズは、B:98、W:63、H;95で、ブラはI65のいわゆる爆乳。
学生の頃から大きく、よくいじられました。
今は、体を使って、男性を満足させる仕事をしていますが、好きでやっているわけではなく、ある男の命令で、お店で働いています。
その男は、ときたま私のマンションにやってきては、私を性処理として使っていきます……。
ときには、全然知らない男性がやってきて、私は注文通りのことをして、満足させなければなりません。
そもそも、こんなおかしな人生になってしまった原因は、幼かった頃までさかのぼります。
私の母は風俗嬢で、私は母が19の頃に客との間にできた子らしく、母はしばらくシングルマザーとして私を育てていました。
小学校に上がる頃、母は結婚しましたが、そのうち病死してしまい、私は義父と二人で生活することになりました。
実は、母が生きている頃から、義父は私を性的な目で見ていて、母に隠れて私にキスをしたり、耳や乳首、アソコを舐めるイタズラをしていました。
幼かった私は、ただくすぐったいだけでしたが、きっと義父は興奮していたんだと思います。
義父を怒らせたときなどは、私は義父のおちんちんを舐めて、ごめんなさいを言わされていました。もちろん、義父の精液を飲むところまでがセットです。
私は発育が早く、3年生になる頃には体つきも変わり、乳首もぷっくりしてきて、4年生になると、服の上からでもはっきり「おっぱい」がわかるように。
母がいないとのことで、保険の先生と一緒にブラジャーを買いに行きました。
それからというもの、義父は毎週、私のおっぱいをチェックし、アソコに毛が生えていないかもチェックするようになったのです。
さすがに私も恥ずかしく、もうやめてというと、義父はものすごい剣幕で怒るため、私は逆らえませんでした。
5年生に上がると同時に、初潮を迎えました。それを確認するやいなや、義父は私を親戚のところへ連れて行ったのです。
そこには、義父の兄(私にとっては義理の伯父)たち3人が待っていて、義父はなにやらペコペコしながら、
「明後日迎えに来るから、言うことをちゃんと聞くんだぞ。いいな」
といって、自分だけ帰っていきました。
そこからはまさに地獄。
まず、服を脱がされ、全裸にされました。
ブラはすでにCカップをつけており、体はまだまだ華奢なのに、成人女性と変わらないおっぱい。
友達よりどんどん大きくなる胸が、ただでさえ恥ずかしかったので、私は限界でした。
でも、手で隠そうとすると、
「パパがどうなってもいいのか?」
と脅されました。
最低の義父とはいえ、私にとっては唯一のよりどころ。
逆らえるはずもなく、その後も体中を触られ、舐められ、オトナのオモチャも使われました。
触ると気持ちい場所は知っていましたが、まだまだお子様レベル。
その場にいた男たちのすることは、信じられないことばかりでした。
その後は、服を着ることを許されず、全裸で丸2日過ごすことになりました。
お風呂場ではローションを使って体をこすり合わせたり、胸が揺れるのを楽しむための縄跳びをさせられたり、義父にいつもしているフェラチオまで。2日間で、中年の男3人の精液をたくさん飲みました。
とても長い2日間が終わり、義父が迎えに来る頃までには、私の心はかなりボロボロに。
帰り際、義理の伯父たちは、義父に
「次返せなかったら『コレ』だからな」
と、なにやら手で合図していました。
そのときは何かわかりませんでしたが、一年半後、私はその意味を知ることになります。