10代の淡い体験である。
私は中学生の時に気胸で入院していた。1年生の冬に入院して、退院は2年生の秋だったので、10ヶ月ほどを病棟で過ごしたことになる。
そこは地元では一番大きい病院だったが、子どもの入院患者は多くなく、特別なケアが必要な子以外は一つの大部屋にいた。
高校生は大人用の病室に入るそうで、私のいた中学生以下の男子部屋には9歳から14歳まで、最大で13人が入院していた。
日課は毎日同じで、7時起床、9時過ぎに簡単な診療があり、17時にシャワー、22時に消灯だったた。それ以外の時間は勉強や読書、おしゃべりなど、激しい運動以外は何をしても自由。
私たちの世話をしてくれるのは数人の看護婦さんたちだった。結婚したら退職するのが当たり前だった時代なので、今の看護師さんと違い10代か20代の若い女性ばかりである。
そんな看護婦さんたちですが、7時に私たちを起こしにきた後、朝食までの間に体重や体熱を測定し、9時過ぎに来る医師に毎朝それらを報告する業務があったみたいで、はたから見ても忙しそうだった。
体熱の計測は家庭でやるのと同じだが、体重測定はかなり厳密で、当時最新式の体重計でグラム単位まで記録していた。
トイレで顔を洗って用を足してきたら、すぐにみんなパジャマを脱いで体重を測定してもらい、各自で体温を計って報告したら、ひとまず朝の日課は一段落する流れだった。
正直なところ、思春期に毎朝若い女性の前でパンツ1枚になることに抵抗を感じていたが、病室内の最年長として模範を示す責任感もあって、我儘な気持ちはグッとこらえていた。
他の子たちも真面目で、私より年下にも関わらず、我儘で看護婦さんや医師を困らせる子は少なかった。一番下の子は小4で、親から離れて集団生活を送れるギリギリの年齢だったと思う。そうした手前、私も自覚があった。
ただ、性徴とともに強くなる、ある生理現象による恥ずかしさには、最後まで馴染めまなかった。それは朝勃ちだ。
これは私のみならず、小6以上の年長者に共通していたが、起きてしばらくは勃起してしまうと戻らない。戻そうと意識するだけ逆効果である。
それでもトイレで用を足すと大抵は戻るのだけど、測定までに収まらない事もたまにあった。
さらに一旦は萎んでも、パジャマを脱いで素肌に風を感じた程度の刺激でも再び反応したりもする。
周りの子も看護婦さんも気遣ってスルーしてくれるのだが、やはり白いブリーフに肉棒クッキリのテントを張ってしまうと、周囲の目を意識してしまうものだった。
他の子も時々元気におっ立てていて、さりげなく手で隠したりしていたが、恥ずかしさには個人差があるようで、小6の1人は堂々と周りと長さを比べて回ったりもしていた。何ともやんちゃ(笑)
でもさすがに中学生ともなると、サイズも増してくるので敏感にならざるを得なかった。
そんな中、その日は突然訪れた。いつものように朝一番にトイレに行き、ペニスを出そうとした時、ぬるっとした違和感を感じた。
まさかおねしょしたのかと慌てて大用の個室に入り、パンツを裏返してみると…鼻をつく匂いと共にねとねとした液体がおちんちんにべっとりとまとわりついていた。
必死にトイレットペーパーで拭ったが、完全には取れず、着替えるしかないと思い病室に戻る。
すると既にみんなブリーフ姿で朝の計量の列に並び、看護婦さんも私を待っている状態だった。
「ごめん◯◯くん、ちょっと急いで」
と看護婦さんに言われ、替えの下着を持ってもう一度トイレに行きにくくなった。
仕方なく私はパジャマのボタンをゆっくりゆっくり外しながら、列の最後に並んだ。
考えがまとまらないまま、上半身は裸になったが、牛歩戦術で下のパジャマは脱げないままとうとう順番が回ってきた。
「◯◯くん、準備できた?」
看護婦さんから声をかけられてもモジモジしてしまい脱げず。
「すみません、もう一回トイレに行ってきても良いですか?」
と振り絞るように尋ねると、看護婦さんがものすごく心配そうな顔をして
「もしかしてお腹とか壊しちゃった?」
と聞いてくる。
少し前に近くのレストランでノロウイルスが出たこともあって、懸念したのだと思う。
体温計を戻しに来た他の子たちも、いつもと違う私の様子を気にしているようだった。
私はつい、なんでもありませんと返事をした。
そしてベッドに戻ってズボンを脱ぎ、パンツの前を両手で隠しながら体重計に乗った。
その頃には体温を測り終えて手持ち無沙汰な子たちが、体重計の周りに集まっていた。
刺激に乏しい入院生活では、他の子の体重・成長さえも彼らの関心材料となる。
誰にも気づかれずに終わってほしいと念じながら体重計に乗ったのだが、
「手は気おつけね〜」
と看護婦に指摘され、恐る恐る手を横に…
ほとんどの子は最新デジタル式の体重表示板を覗き込んでいたのだが、例のやんちゃな小6が「あっ」と小さな声をあげると同時に、みんなの視線が私のパンツに集まり…
「あれどうしたの?」「漏らしちゃ…ったの?」「何この匂い?」
と小声がザワザワと広がった。
看護婦さんは「みんな静かに!」と言って、冷静に手早く計量終えると、
「◯◯くん、付いてきて」と言った。
声音は落ち着いていたが、少し動揺している感じでもあった。
そのまま連れていかれたのは看護婦控室。中に入るのは初めてだった。
棚やロッカーが並ぶその部屋で
「恥ずかしかったね。ごめんね」
と看護婦さんに謝られた。
「何が起きたか分かる?」
と聞かれた私は、正直に首を横に振った。
すると看護婦さんは私を傷つけないように言葉を選びながら、精通の仕組みや性徴の過程を説明し、健全な生理現象なのだと繰り返し言った。
そして
「ちょっとごめんね」
というとおもむろにパンツを下げ、ひんやりしたガーゼのようなものでちんちんを拭き始めた。
その間、なるべく多くの性情報を伝えようとしたのか、ちんちんの皮の裏はこまめに洗うこととか色々と話してくれたが、
私の体は若い女性に性器を触られる刺激でそれどころではなかった。
すぐさまペニスが脈打って上を向き始め、思わず私は手で股関を覆った。
「あ、ごめん。…そうだよね、自分でやりたいよね」
そう言って看護婦さんはガーゼを渡してくれた。
私が毛の表面を吹き終わった時、看護婦は替えのパンツとパジャマを持ってきてくれた。
それに着替えた後、先ほどの続きの話になり、時々自分で性処理しても良いこと、無理に出さなくても夢精で自然と排出されることなどを教えてもらった。
病室に戻ると、みんないつも通りの様子で過ごしていた。
後から中1の子たちと喋ってる中で聞いた話だと、あの看護婦さんが精通のことやそれは大人になっていってる証であることを簡単に説明してくれていたらしい。
その後もみんな直接触れないでくれていたけど、小学生はどうしても気になるみたいで、
「(精通って)痛かった?」「ピンピン勃ちするとなるの?」と曇なき目でちょくちょく聞いてくることはあった。
その後も数回、夢精してしまったけど、その度にすぐにトイレで着替えてくるようになり、大きな問題は起こらなかった。
中2の10月に私が退院する2ヶ月前に、あの看護婦さんは寿退社してしまったけど、退院の際にお祝いの手紙を送ってくれた。
あれから数十年が経ち、病棟も随分前に建て替えられているが、今でもその手紙を見るたびに、その頃の出来事と共に、看護婦さんの無垢な手で淡々と性器を磨かれた、あの淡い刺激と快感を思い出してしまう。