俺は50過ぎのオヤジだが、未だに女の身に付けている物でのオナニーがやめられずにいる。
俺がそれに目覚めたのは中学2年の時。初めて陸上部という体育会系のクラブに入部したことがきっかけだ。
その日は体調が悪く、部活を一人早く切り上げて教室に戻った。
当時の学校は更衣室がなく、男女共に自分のクラスの教室で着替えており、男子が着替えたら女子という感じで交互に着替えをしていた。
教室に戻ると、小学校の頃から可愛くて人気なRの机の上に、彼女の制服が畳まれておいてあった。
まさに無意識としか言い様がないのだが、周りに誰もいないことを確認すると、Rの丸襟の白いブラウスを手に取り、ブラウスに顔を埋めて夢中で匂いを嗅いだ。
これが、俺の性癖が目覚めた瞬間だった。
それからというもの、帰宅部がいなくなる放課後から部活が終ったあとはわざと最後まで残り、クラスの好みの女子の体操着の匂いをかたっぱしから嗅いだ。
俺の時代はブルマ全盛期。今となっては天国のような時代。
クラスの女子の体操着だけでは飽き足らず、他のクラスの好みの女子、そして顔は分からなくとも他の学年の女子の体操着の匂いまで嗅ぐようになった。
中3になると部活は辞めたが、午前中で授業が終る土曜にはわざと学校に忘れ物をするようにして、午後から忘れ物を取りにいく名目で学校へ行き、運動部が外にだけにしかいない校内を、縦横無尽に駆け巡って3学年分の女子の体操着の匂いを嗅いでいた。
中学の二年間だけで、おそらく100人以上の女子の体操着の匂いを嗅いだ。
体操着だけではなく、時には制服のスカートやブラウス、テニススカート、剣道着、ソフトボールのユニフォーム、、ソックス、ストッキング、スク水と、とにかく狙った女子のロッカーに入っている物はかたっぱしから匂いを嗅いだ。
中学の頃は学校でオナニーをし、発射をすることはなかったが、高校に入ると
初めてトイレに物を持ち込んでオナニーをし、精液をシャツやブルマ、他の衣類になすりつけるようにした。
俺の個人的な性癖として、直接触れすぎるパンツやブラには興味がなく、当時匂いを嗅いで一番興奮したのが
体操着Tシャツ>ブルマ>ブラウス>制服スカート>ジャージ>その他
の順で、特別興奮枠としては部活の衣類、特にテニススカートはかなり興奮した。
そんなこんなで、中高時代だけでもおそらく300人の女子の衣類を使わせてもらった。
高校を卒業してすぐに社会人になったが、女子中高生の衣類でのオナニーは、これで終らなかった。
まずは学校のOBという名目で、生徒や教師が少なくなる土曜の午後や夕方に当時の担任に会いに行き
「ひさびさに一人で校内を見たい」
と言っては、校内を物色して顔もわからない女子の体操袋を空けて、中の衣類の匂いを嗅いで発射。
そして高校は私服だったので、土曜の午後や休みの日には、部活に来た在校生のふりをして堂々と正門から入り、生徒の下駄箱側から校内へ入り、誰かもわからない奴の上履きを履いて後輩女子達の体操着で抜き抜きした。
こんな事を、なんと30歳位までしていたのだ。本当だぜ。
俺は40歳の頃でも、高校生で通じることもあるほどの童顔なので、余計に怪しまれなかった。
たった一度だけ、中学で教室にいるところを用務員に見つかったが
「ここの卒業生です。●先生に会いに来まして・・・・」
と言ったところ
「●先生はもう辞めてるよ」
と言われ、どうにか助かった笑
それと、ひとつだけ決めていたことは
「どんなに気に入った物があっても絶対に持って帰らないこと」
これだけは、数々の誘惑に負けずに守り抜いた。
夏場になると、汗が滲み込んで湿ったままの物や、体操袋を開けたとたんに目にくるほどツーンと匂う甘酸っぱい汗の香りがする体操着もあり、最高でした。
特に脇の匂いがかなり好きで、普通の人では嫌がりそうな匂いも、俺にとってはごちそうだった。
精子をぶっかけた体操着、制服、その他衣類は数知れないが、一度も捕まらずに今日を迎えている。
おそらく推定500人は越える後輩女子中高生の衣類で発射をした。
今のようなセキュリティの厳しい時代ではまず無理だっただろう。
そんな我が母校の高校は数年前に廃校になった。中学はまだ、当時のままで残っている。
もし、母校の中学を訪れる機会があったら俺がとる行動はひとつ。
「ひさしぶりに、校内を廻らせてもらっていいですか」