恥辱の被虐依存に堕ちていった元妻の哀しい人生

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百合と出会ったのは、俺が修士課程1年になったばかりの時だった。

俺は22歳、高校2年になったばかりの百合は16歳、長い髪を三つ編みにした穢れ無き清純そうな深窓の美少女だった。

6月生まれの俺が先に23歳になり、誕生日に百合のファーストキスをもらった。

11月に百合の17歳の誕生日、俺が、

「誕生日に何が欲しい?」

と聞くと、

「正也さん・・・」

百合のセーラー服を脱がせ、そのスレンダーな裸身を愛撫し、初々しい花弁を開いた。

尖る花芯へのクンニに濡れそぼった花弁に肉茎を挿し込み、破瓜の痛みに顔をゆがめた百合の細い身体を抱きしめた。

少しずつ性の快楽に反応するようになった百合は、不思議な快感を与えてくれる肉茎を愛でるようになっていった。

そして、処女喪失から1年の頃、肉茎に頬を寄せて、

「私のオチンポ様・・・」

と言った。

どこでそんな言葉・・・と思ったが、百合は潤んだ目で俺を見て、

「私は正也さんのオチンポ様の虜です・・・虐められるくらいに愛されたい・・・」

この言葉から、俺は、百合は俺にどうされたいのか事細かに話し合った。

百合は、家庭では品行方正に躾けられ、学校でも優等生で美しい模範的な生徒でいる事に疲れ果てていて、俺に性を拓かれてから、思い切り淫らな自分を解放してその姿に羞恥することがストレス解消になるようだった。

そして、それは被虐の心を育てていった。

俺が修士課程を終えて就職、百合は高校を卒業して就職して社会に出ると、俺達は結婚を約束してお互いの親に紹介した。

百合の両親にはまだ若いとは言われたが、反対はされなかった。

しかし、百合の3歳年上の姉の真理は、百合を蔑んだ目で見て、

「百合、アンタ何考えてるの・・・」

と蔑んだ。

真理も美人だったが、百合と違って清純というより知的な美人で、実際、某有名私立大学に通う女子大生だった。

俺の故郷に連れて行ったときは、まだ幼さを残す百合を見て俺の両親が心配した。

高校を卒業して、もう、使わなくなったセーラー服を百合に着せて緊縛して、この頃出始めだったデジカメで撮影した。

長い髪を三つ編みにした穢れ無き清純美少女が、縄を夏の白いセーラー服に食い込ませ、胸元に赤いスカーフをなびかせながら、その清純そうな見た目とは裏腹にM字開脚で肉茎の味を求めて濡れる花弁を拡げていた。

美少女の百合は、夏の白いセーラー服では清純さを、冬の紺のセーラー服では清楚さを醸し出させたが、縄を打たれて大股を開かれて、肉茎で蹂躙される画像は信じがたいアンバランスさで美少女の被虐を切り取った。

俺27歳、百合21歳で結婚した。

三つ編みにしてセーラー服を着れば凌辱してもらえるという感覚が身に付いていた百合は、被虐を求めて毎日セーラー服を着て夜を迎えた。

結婚して2年間は、毎日凌辱写真を撮り続け、2年目の終わりころから種付け中出しをしていた。

セーラー服を着た百合の花弁は俺の精液にまみれ、やがて懐妊してセーラー服妊婦となった。

出産して子育てに忙しくなると、セーラー服を着ることはなくなった。

夫婦の営みは延々と続いたが、セーラー服を着ての凌辱はなくなった。

それでも、週に3~4回のペースで夫婦の営みがあったから、百合は満足しているものと思っていた。

今から10年前、百合が姿を消した。

実家にもおらず、1年後、離婚届が郵送されてきた。

離婚届など俺には書くことができず、更に1年が経過した。

そして、DVDが送られてきたのが8年前だった。

三つ編みでセーラー服を着た百合が緊縛され、男に覆いかぶさって花弁に肉茎を突き立てられ、その後ろから菊門にも肉茎が刺さっていた。

ズコズコと二本の肉茎が出し入れされ、セーラー服を着た三つ編みの百合が悶えていた。

男たちが百合の中に射精を終えると、次々と男が百合の前後の穴に肉茎を挿し込んで射精に興じていた。

画面の右下に「カリ○アン○ム」と書かれていた。

百合は、AV女優になってSM専門の凌辱を本気で楽しんでいた。

俺は、百合の両親にこの事実を告げ、離婚届を提出した。

両親は俺に頭を下げたが、当時33歳でまだ独身でバリバリ仕事をしていた真理は、

「若くしてセックスなんて覚えるから、淫乱になったのよ。バカな子・・・」

と言った。

現在俺は44歳、中◯生の娘だけでなく、今年から幼稚園の息子がいる。

百合と離婚した時、百合の両親が、百合の姉の真理との再婚を提案した。

俺は、美人だったがインテリの真理は苦手だった。

しかし、俺は娘のためにと説得され、真理は真理で、

「女の限界が見えた・・・所詮この世は男社会・・・お義兄さんと暮らすのも悪くないかも・・・」

とあっさりと再婚を受け入れ、

「私も33歳、子供を産む最後のチャンスかもしれないし・・・」

と私に抱かれた。

百合の姉だから何となく似てはいたが、スレンダーだった百合よりも少し肉付きがよく、花弁は独身なだけに33歳とは思えぬ綺麗さだった。

インテリ美人もクンニには感じて喘ぎ、濡らした。

フェラは拙く、時々歯が当たって未熟さを露呈したが、インテリ美人が肉茎を咥える構図はそそった。

「お義兄さん、遠慮なく中に出してください・・・」

真理に挿入すると、何とも狭く、少し体重をかけ気味にしたら一気に入った。

「ヒャアッ!・・・ツツツ・・・」

???目をきつく閉じて全身に力が入った真理・・・ゆっくりピストンしても喘ぐ様子もなく、次第に愛液に粘りを感じて、肉茎を見ると・・・肉茎には紅の粘液がまとわりついいていた。

「真理・・・ちゃん・・・まさか・・・」

「やっぱりダメかあ・・・長い間に自然に破れてしまうこともあるって聞いてたけど・・・バレバレね・・・33歳で処女なんて・・・言えなかった・・・」

俺は真理を抱きしめ、中には出さずに外に出して、少しずつ性を拓いていった。

肉茎の出し入れに喘ぐようになってから、真理の花弁の奥深くに精液を注いだ。

41歳の真理は、まだ処女喪失から8年しかたっていない。

普通なら、セックスの大ベテランになっているはずの41歳主婦だが、

「ああ~~セックスって気持ちいいわぁ・・・」

と20代の女のように快楽を楽しんでいる。

先日、百合の四十九日が営まれた。

俺も子供たちも、告別式にさえいかなかったから、参列しなかった。

百合は、セックス依存症になり、二本のヂィルドが生えた巨大木馬に跨って自ら縛ろうとした縄に首を巻き付けて亡くなっていた。

花弁も菊門も使い尽くされてボロボロで、いくら可愛くてもグロテスクすぎる股間に恐れをなして、誰も相手をしなくなり、最後は英会話教師の黒人男性と付き合っていたそうだ。

その黒人男性が一時帰国している最中に、疼く体を持て余して自分で自虐行為に出て亡くなったようだ。

百合は、38歳の短い人生を終えた。

もしかして、百合は若くして被虐の味を望んだせいでこのようになってしまったのだろうか。

元妻百合の哀しい人生をここに記す・・・

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