「あっ、痛い」「痛いよ~」ナナが涙目になる。
中指の第一関節まで入れると、ナナは痛がった。
確かに、まだ2年生のナナのおマンコは、今までの誰よりも小さく、愛液が溢れ出てもなかなか指を入れる事が出来なかった。
時々愛液まみれの肛門を弄び、指を入れると「ああっ、いやっ、汚いよ~」「うんち出ちゃう」とナナは少しだけ嫌な素振りをみせたが、それなりに興奮しているようだった。
指をティッシュペーパーで拭くと、ティッシュが茶色くなり、拭いた後も指からうんちの匂いがした。
興奮と恥ずかしさから赤くなっているナナにチンポを咥えさせる。
相変わらず亀頭までが精いっぱいだが、舌使いと、指使いはかなりうまくなった。
ナナとはナナの家から5軒ほど離れた空き家の物置が、二人の秘密の場所になっていた。
3月になり卒業式の練習やらで、学校は不規則な時間割となっていて、その日は臨時職員会議(近隣で変質者が出たとかで、緊急対応の会議だったと思う)で、給食後に集団下校となった。
家に帰ると玄関に鍵が掛かっている、俺は(みさきさん買物にでも行ったのかな)と思い、裏から自分の部屋に向かった。
俺は窓に鍵を掛けないので、そこから入ろうと思ったのだ。
俺はナナとの事を考えながら、自分の部屋の前に着くと、中にみさきさんの姿が見えた。
(なんだ、みさきさんいるじゃん)と思い、玄関に回ってピンポンを押そうと思った時、みさきさんが俺のリコーダーでオナニーしているのが見えた。
立ったままで、片足を俺のベットに掛けて、リコーダーの吹く方をおマンコに出し入れしている後ろ姿だった。
お風呂でのセックス以来、お互いに何も無かったように過ごしていたが、みさきさんは更なる快楽を求めているのがわかった。
俺は、とりあえず、ランドセルを背負ったまま、ナナのところに向かった。
漫画ではよく見ていたが、実際にオナニーを見たのは初めてだったので、チンポはテントを張ったままでナナに、「たかにいちゃん、おチンチン大きくなってる」とチンポを出す前に言われた。
俺は、とにかくナナにチンポを咥えさせた。
「んんっ、んぐっ、んん~」とナナは苦しそうな声をもらすが、興奮している俺は、いつもよりの深くチンポを入れた。
「ナナ、いくぞ」と言って、俺はナナに大量の精子を飲ませた。
俺がパンツを脱がすと、俺のチンポを咥えただけなのに、ナナのおマンコはすでに、濡れていた。
その日は、ナナの穴を開拓するよりも、チンポを擦り着けて、快楽を得ていた。
ナナの愛液で、初めてのスマタで射精した。
「すごいね」それ以外の言葉は無かったが、いつも口の中でいっていたので、チンポから精子が出るのを初めて見て、驚いていたようだった。
1時間半程のプレイの後、家に帰ったのは、いつも学校から帰る時間と余り変わらなかった。
玄関の鍵は開いている。
「ただいま~」と家に入るが、返事は無い。
とりあえず、自分の部屋に行き、ランドセルを置いてから、リコーダーをチェックしたが、奇麗に洗ってしまってあった。(全然匂いもしなかった)
居間に行くと、とおるがベビーベットに寝ている、ふと見ると、みさきさんも炬燵でうたた寝をしていた。
その姿に、少しチンポが反応する。
2年前ゆいさんと炬燵で愛し合って以来、避けていたいたが、炬燵の反対側から覗き込んだ。
懐かしい赤い光の中に、みさきさんの白い足が見え、部屋着のワンピースは、太ももまでまくれ上がっていたので、わずかにピンクのパンティーが見えていた。
俺は炬燵の中に潜り込み、わずかに掛かっているワンピースをめくりあげた。
「んん~」みさきさんは少し声を漏らすが起きる気配は無かった。
足を開き、パンティー越しにクリトリスを優しく触った。
俺はパンティーをずらし、直にクリトリスを舐めた。
「ああ~ん、うう~ん」みさきさんは声と愛液を溢れさせた。
体を横にずらして、パンティーに手を掛けると、みさきさんの腰が上がり、すんなりとパンティーを脱がせることができた。
みさきさんは寝たふりを続けているので、俺も気にしないで体をみさきさんの足の間に戻して、顔を埋めた。
クリトリスを舐め、指を出し入れすると、みさきさんの押し殺す声は少しづつ大きくなり、俺の頭を押さえこんだ。
「ああ~、たかしくん、お願い、入れて」小さな声でみさきさんが言った。
考えればわかることだが、これから女盛りに向かっているみさきさんが、週一のセックスでストレスが無いわけない。
お風呂で俺に犯されてから、毎日のように俺の部屋でオナニーをしていたに違いない。
俺はみさきさんのオッパイにむしゃぶりつきながら(時々母乳が出た)、みさきさんの中に2回目の中出しをした。
その日から、みさきさんとのセックスと、ナナの開拓が日課となった。
中学に入り、俺は写真部に入った。
俺たち1年生は暫くは雑用係でしかなく、最初一緒に入部した新入生は男子5人と女子3人の8人だったが、夏休み前にそれぞれ2人づつ退部して、4人になった(女子は3人ともやめると言ったが、先輩が何とか1人だけ、引き留めた)
ナナは3年生になったが、まだ指1本が限界のようで、ピストンでは痛がっていて、膣では快感を得られていない。
みさきさんとの週5(土日は父さんが居る)のセックスは、激しさが増し、みさきさんの声で昼寝中の(3時は夕寝かな)とおるが起きる事もしばしばだった。
平日、家ではノーパンでロングスカート姿が多く、立バックが定番で、台所では、きゅうり・なす・ソーセージなどを入れて楽しんだりもした。
父さんとみさきさんはとおるの兄弟を欲しがっていたので、家にコンドームを置くこともできず、俺は毎日中出しか口出しだった。(俺もコンドームは着けたくなかったし、みさきさんとは血がつなっがている訳でもなく、仮に子供ができてもDNAはさほど変わりない)
とおるの昼寝中が殆んどだったが、横になってオッパイを飲ませている時に、横バックでのセックスもした。
2学期も終わりの頃に、写真部では現像をやらせてもらえるようになり、上手にできるようになったら、ゆいさんとのフィルムを現像しようと思っていたら、先輩が女子更衣室を盗み撮りした写真を現像したのがばれて、現像室が封鎖されてしまった。
現像室が使えない写真部に用はないので、俺も(先輩は強制退部)やめることにした。
冬休みに入り、ナナも中指で子宮をつつかれることに快感の声を出すようになったが、まだ指2本は入らない。
俺が中学2年になり、ゴールデンウイークにやっとナナに入れる事ができた。
ナナは今までの誰よりも出血をし、俺は恐怖心(ナナの親にばれそうで)をおぼえた。
少しづつ痛みも無くなったようだが、チンポは半分までしか入らなかった。
夏休みに入り、ナナとの秘密の場所に人が引っ越して来たので、俺たちは人気の無い公園や、公園のトイレでセックスをした。
ある時、公園の女子トイレで立バックで入れているところに、5年生位の女の子が入ってきた。
ナナは恥ずかしがり、その子は真っ赤になって立ち尽くしていた。
俺は新しい興奮を覚え、ナナの中に射精した。
女の子は、ナナのおマンコから滴り落ちる精子と、勃起したままのおれのチンポをみて、更に赤くなった。
その様子を見て、俺のチンポは更にギアが上がり、再びナナのおマンコに挿入した。
「ううっ、ああ~、あ~ん」ナナの声と目の前の光景に、女の子も更に恥ずかしがる様子で、今までの体感的快楽とは違う快感が襲ってきて、わずか数分で俺はいってしまった。
ナナとのセックスは俺のチンポも半分しか入らないせいか、ゆいさんやまゆまい姉妹の時のような快感を得られなかったので、露出と言う新しい快感に走ってしまった。
俺はナナを自転車の後ろに乗せて、かなり離れた公園に向かった。
その公園は板で作られた簡易迷路と少し大型の遊具が多く、視線が限られる場所が多かったのだ。
滑り台の上からしか見えない場所や、左端のブランコが前に来た時しか見えない場所や、鉄棒からしか見えない場所などが有った。
その日は鉄棒で5~6年生位の女の子が2人で逆上がりの練習をしていた。
コンクリート製の遊具のトンネルは、鉄棒からしか見通せない。
最初にズボンとパンツを下ろしたナナが目に入ると、チラチラ見ながらひそひそ話をしていた。
次に俺が後ろからナナの片足を持ち上げ、おマンコをいじりだすと、動きが止まり凝視する。
横向きになりナナがチンポを咥えると、2人は赤くなって下向き加減でチラチラ見る。
そのまま立バックで挿入すると、恥ずかしさと驚きの表情になり、真っ赤になりながらも凝視する。
そして、俺が横を向き目が合った時の表情に、興奮は最高潮に達し、ナナの中に大量の精子を注ぎこんだ。
ナナのおマンコから抜かれた、勃起状態のチンポに真っ赤な顔でその場から逃げ出していく。
ナナとのセックスは見られて喜びをおぼえるセックスになった。
みさきさんとのセックスは、居間や台所に加えて、俺のベットでもするようになっていた。
騎乗位やフェラチオ、69や騎乗クンニなど、みさきさんが率先してプレイするようになり、俺が触ると、いつも濡れていた。
中学3年の夏にとおるに弟ができた。(考えたら俺の弟でもある)
夏休みに公園でナナがフェラチオをしている時に、補導された。
父さん以上にみさきさんが激怒して、俺は函館のおばあちゃんのもとに返された。
まもる(とおるの弟)が俺の子か父さんの子か知らないが、激しく俺を罵るみさきさんに「あんたよりナナの方が先だから」と俺は言った。
2年8か月振りに、寝たきりのお母さんの顔を見た。
おばあちゃんは、港に近い市営住宅に住んでいたので、転校先の学校には知り合いは居なかった。
俺は、以前住んでいた市営住宅のまゆの家をたずねたが、まゆとまいはおばさんが再婚して引っ越していた。
ただ、ケンちゃんはまいが6年生の時に妊娠したらしい噂が有ったことを教えてくれた。
それと、去年の夏にゆいさんが来た事も、教えてくれた。
俺の事を色々聞いていたらしいが、結局わからないまま帰っていったらしい。
ケンちゃんはゆいさんとのデートが楽しかったと言っていたが、住所は聞かなかったらしい。
俺は、特定の子を決めず、自転車であちらこちらで、女の子を悪戯して性欲を満足させていた。
俺のチンポを咥え、精子を飲んだ小学生は100人近くいたと思う。
俺に弄られておマンコを濡らした小学生も数えきれないだろう。
27歳の時、強制わいせつで逮捕され、執行猶予付きの有罪判決を受けた。
ロリコン犯罪は再犯率が高いらしいが、今は普通に生活を送れている。
28歳の時、島根県の漁連を訪ねたが、ゆいさんは10年程前に、結婚してオーストラリアのメルボルン郊外に移住したらしかった。
まゆのその後はわからない。
ナナはどうしたのだろう?
今のようにネットや監視カメラが復旧する以前、昭和と平成初期の出来事です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。