後悔先の行方……。中巻

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午前中は、静寂を押し潰すように雨が降っていた。

デートの日は、季節に似合わないほどの快晴だったのに、翌日にはもうすっかり機嫌を損ねていた。

僕は学校からの帰り道、弱まった雨空の下、水溜まりの路面をバチャバチャと音をたてて歩いていた。

水面をよく眺めると、薄気味悪い空が向こう側に見える。

もし、ここにミニスカートを穿いた愛子がいたなら、僕は意識してしまうのだろうか?

この水面に映るスカートの中は、暗い部屋にぽつんとある明かりくらいハッキリと見えるだろう。

そして、おそらく他人なら、何の躊躇もせずふざけながら凝視できるだろうけど、でも愛子だったら……うん、やっぱり無理。だってバレたら嫌われるし。その方が見れないことよりも何倍も後悔するはず。そもそも、比較することが間違ってるけど。

嫌気がさす。情けない話だ。たかが下着を覗かれたぐらいで、こんなにも動揺して悔しくて寝れなくなって、自分を見失う。

もし、目の前にもう一人の自分がいたなら、その姿が滑稽で鼻で笑うと思う。

そして家に着いた。

(あれ?もう?)

ボーッとしていたのか、道中の記憶もないほどあっという間だった。

今日は肇が来ない。まあ、会いたくなかったから好都合だけど。それに、外もこんな天気だし、いつも通り家で引きこもろうと思った。

玄関のドアに鍵を入れると、ガチャっと反対に締まってしまった。

僕はあれ?と不思議に思いながら、再度鍵を開けた。

達也「ただいま」

すると、奥のダイニングから母さんが出て来た。

京子「おかえり」

達也「あれ?パートは?」

京子「言ってなかったっけ?今日は休みだよ」

達也「全然聞いてない」

京子「あれ言ってなかったかしら。まあいいでしょ」

僕は階段を上がり、部屋に入ると鞄を置いてベッドに横になった。

(……休みなんだ)

久しぶりだな。平日のこの時間に母さんと一緒にいるなんて。ここ数年は学校から帰って来ると、だいたい一人だったから、何か落ち着かない。

そんなことを思っていると、階段を上って来る足音が聞こえてきて、ドアが開くが案の定ノックはなかった。

達也「母さん」

京子「ごめんて」

達也「いい加減にしてよ。てかさ、わざとでしょ?」

京子「そんなわけないでしょ。忘れたの」

達也「はぁ。それで、どうしたの?」

母さんはニヤニヤと笑い出して。

京子「デートしたの?」

達也「は?」

京子「聞いちゃったのよ。愛ちゃんとデートしたんでしょ?」

最悪。これはしばらくの間イジられるなと覚悟した。

達也「少し遊園地に行っただけだよ」

渋々答えた。

京子「達也も大人になったのね」

よほど嬉しいのか、ニヤニヤ笑いっぱなしだ。

達也「もう満足でしょ?」

京子「そうね。とりあえず今日はこれくらいにしてあげる。進展があったら報告するのよ?」

達也「しないよ!」

京子「意地悪」

達也「ったく。勘弁してよ」

僕は呆れて大きく息を吐いた。

京子「ごめんごめん。あとさ、また私のパンティが無くなってるの」

さきほどまでの表情とは違って、真剣な面持ちだった。

達也「盗られたのかな?」

京子「どうだろ、わからない。でね、肇さんには申し訳ないんだけど、今日から鍵は徹底的に閉めておくから、そう伝えてくれる?」

達也「わかった。それならしょうがないし、肇さんもわかってくれるよ」

京子「ありがとう。よろしくね」

翌日、学校から帰って来ると、肇が家の前で傘を差しながら立っていた。

僕は、遠目にその姿を見つけると、腕時計に目をやった。

まだいつもの時間には早かった。それに僕も遅れてたわけじゃないのに、どうしたのだろう。

達也「こんにちは」

「こんにちは。今日も頑張ろうね」

そのとき、僕は妙な胸騒ぎを覚えた。もしかして、肇が盗んだのではないかと思ったのだ。

達也「今日は早かったですね」

「またいつもみたいに待たせてもらおうと思ったんだけど、達也君からの昨日の連絡を忘れててさ、それで一人雨に打たれてたよ」

肇は頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。

達也「じゃあ入りましょう」

鍵を開けて中に招くと、肇はすぐにトイレに行きたいと言った。

そう言えば、あのときもそうだった。

僕は不信に思いながらも、やっぱり深くは考えなかった。理由は単純で、こんな簡単に疑われるようなことはしないだろうと思ったから。

事実、カラスが盗んだなら仕方ないけど、人であれば真っ先に疑われる立場だし、僕達は長年ここに住んでて、今までそんなこと起きたことがなかった。

部屋で待っていると、肇が階段を上がって入って来た。

「お待たせ。ごめんね」

達也「いえ、気にしないでください」

肇は鞄から教材を取り出して、テーブルに乗せると。

達也「また無くなったんですよ」

僕は唐突に切り出した。

「ん?何がだい?」

達也「母さんの下着です。これで二回目」

「やっぱりカラスじゃないのかい?それか、僕が言うのも申し訳ないけど、ベランダから入れたからね……」

肇はその先を躊躇した。僕に気を使ったのだろうか、高校生が一人の所に、泥棒なんて物騒なことは言えない。

しかし、僕は試してみることにした。

達也「やっぱり母さんの下着って魅力があるんですかね?」

惚けながら言った。

「そりゃあるよ。前にも言ったけど、男なら大半が魅力的って答えると思うよ」

達也「肇さんは、僕があげますって言ったら欲しいですか?」

答える前に、苦慮の表情をして。

「僕にだってモラルがあるよ。本音は欲しいけどね。でも、いくらなんでもそれはダメだ」

僕は肇をじっと観察していたが、興奮を抑えてる様子もないし、焦りも感じられなかったので、何より嘘をついてるようには見えなかった。だから事実なのだろう。

達也「そうですか」

「まあ、僕の立場なら疑われるのも仕方がないからね」

達也「あっいえ、そんなつもりじゃ」

「ううん。大丈夫、気にしてないよ。むしろどんどん聞いてもらった方が身の潔白も証明できるしね。反対にただ疑われるのも、気分がいいものではないし」

少し悩み、言葉を選んだ。

達也「肇さんは、関係ないですよね?」

「うん。無関係だよ」

僕はそっと胸を撫で下ろした。

「でも、パンティは好きだよ」

そう言うと、肇は大きく笑った。

達也「それを言うなら僕だってそうですよ」

「男ならやっぱりそうだよね。でも、だったら覗けばよかったのに。せっかくのチャンスだったんだよ?」

達也「それは……やっぱり嫌です。だってバレたら絶対嫌われますもん」

首を横に振りながら答えた。

すると肇は、また鼻の穴を大きく広げて、呼吸を荒らげた。

「もったいない!あんな色気のあるパンティとお尻はなかなかないよ。絶対見るべき!」

今までよりも口調が強張った。

達也「そうですか」

そして、その後も肇は愛子のお尻やパンティの話しを詳細に続けた。まるで煽るように幾度となく繰り返した。

その言葉に刺激されたのか、如何わしい熱を体内で感じる。肇なんて、顔どころか腕まで赤く染まっていた。

言われれば言われるほどに思考は固まり、見たこともないはずなのに鮮明に浮かび上がってくる。ピンクのパンティ、形のいいお尻。

まるで洗脳のようだった。一時間もすると、もう頭の中は愛子しか考えられなくなっていて、そして見たいという欲望と好奇心が歪な形となって渦巻いていた。

「ねえ、愛子ちゃん呼ぼうよ」

達也「え?」

テーブルに身を乗りだしたその目は、まるで獣のように鋭く獲物を狙っているかのようだった。

僕は、今までの肇に対する考えが間違っていたのではないかと自分を疑った。

「二人で見ようよ」

達也「何をですか?」

「かぁぁ、決まってるじゃないか!愛子ちゃんの恥ずかしいところだよ。スカートの中。あの美人ちゃんのパンティだよ」

肇は自分の股関を指差しながら、当然という面持ちで答えた。

僕はその姿に、愛子を軽視、貶されているような気分になり腹が立った。

確かに、これまでは肇の助言のおかげだった。掠れていて、先が見えなかったはずの思いと絆が、また強くハッキリと感じるようになった。本当に感謝してる。

ただそれでも、この人の言葉や態度は、さすがに度を越していた。許せなかった。愛子は僕にとって大切な人だ。

それをこんなふうに……。

達也「肇さん、いくらなんでもそれはダメだと思いますよ。肇さん前に言ってたじゃないですか?エスコートの話しで、女性の前では紳士でなきゃいけないって」

腸が煮えくり返っていたが冷静に言った。

そんな僕の姿と言葉に、肇は口から重苦しいため息を吐いた。それは、背筋がゾッとするものだった。

「……ごめん。そうだね。僕は興奮してしまって自分を見失ってしまったようだ。すまなかったね」

すると、立ち上がり深々と頭を下げた。

達也「……頭を上げてください。とりあえず始めましょう」

それからはいつもの肇に戻っていた。

僕も肇も、それ以上は触れることなく、ただ目の前のことに集中することにした。

少しでも目を離したら、また愛子が浮かんできそうな気がしたから……。

―――

学校からの帰り道。最寄り駅に着いたときだった。

たまたま同じ電車だったらしく、改札で見かけると、すぐに声をかけた。

達也「愛子」

駆け寄る僕に、愛子は振り向き微笑んでくれた。

愛子「あれ、たっちゃん。電車一緒だったんだね」

達也「みたいだね。てかさ、珍しいよね。そんなのなかったのに」

二人はそろそろと歩いた。雨の音と、バチャバチャと路面を叩く音、そして、愛子の澄んだ声。

嫌いだったはずの梅雨の季節だったけど、今だけは心地よく感じる。

そんな心の安らぎで、自然と微笑みが現れた。

愛子「どうしたの?何かいいことあった?」

顔を覗き込むと、変なのとばかりに言った。

達也「うんそうだね。いいこと、というか嬉しいことかな」

愛子「なにそれ?教えてよ。何があったの?」

達也「教えませーん」

愛子「えぇー意地悪」

僕達は笑い合った。

そう、僕は愛子に嫌われたくない。今まで通りに、僕は僕なんだから背伸びなんてしなくていい。焦らなくたっていい。まだ卒業までは時間があるし。

少しずつ、ほんの小さなものでいいから、伝えていけばいいはずだ。

(今までだってそうだったんだから)

達也「なあ愛子。僕、勉強頑張るから」

愛子「……え!?どうしたの!?熱でもあるの?」

達也「違うって!てかなんでそうなるんだよ!」

(そう、なんとかなるさ)

―――

京子「達也おはよう!」

朝、僕は母さんのありがた迷惑な明るい声で目が覚めた。

達也「はぁ。おはよう」

起き上がり、寝惚け眼を擦りながら言った。

京子「今日肇さん来るでしょ?でね、ちょっと仕事終わりに愛ちゃんママと飲んで来るから。晩御飯は愛ちゃんも一緒に三人で食べて」

達也「三人?」

訝しげに聞いた。

京子「そう三人で。せっかくだし肇さんも一緒に食べなよ」

達也「……わかった」

グラスに注いだ水の中で、一匹の虫を見つけたような気分だった。

そしていつものように学校が終わり家に着くと、肇が待っていて、ドアを開けるとトイレに行き、そのあと勉強を始める。

ここまでは同じ。肇も別段変わった様子もなく、時刻は過ぎていった。

ただ、母さんがいないことや、愛子が来ること、晩御飯を一緒に食べることを伝えると、肇の表情はみるみる変わっていき、あのときの目になった。

空も暗くなり、深く淀んできた頃。

愛子「こんばんわ」

ドアを開けた先に立っていた愛子は、ミニスカートで生足を惜しげもなく見せていた。

達也「入って」

愛子「お邪魔しまーす」

そのままリビングに行くと、肇が目をギラつかせてその足に見入った。

「やっぱり愛子ちゃんは綺麗だね。それに似合ってて可愛いよ」

さっそくお得意のお世辞が始まった。実はミニスカートを穿いて来たのも、肇がお願いしたからだ。

愛子もまんざらでもないのか、今までより恥じらいがなくなっているように見えた。

それに肇からのプレゼントだ。お願いされたら断れないのかもしれない。

そして、上は黄色のプリントが入ってるTシャツで、かなりラフな感じだった。

「さ、座って」

愛子「はい」

ソファーに腰かけると、肇はそわそわと体を揺らしながら、愛子と談笑を始めた。

僕はそんな二人を横目にキッチンに立った。

リビングとダイニングは、中央にある引き戸を開けているため、一つになっている。

僕は支度をしながら、二人の会話に耳を傾けた。

「へぇ、じゃあ終わると疲れちゃうね」

愛子「そうなんですよ。だから今もヘトヘトで、しかも肩は凝りますし」

「実は僕、昔整体のアルバイトしてたから、よかったらマッサージしてあげようか?」

背中で聞くその言葉に、僕は焦りと不安を感じた。

スカートの中だけじゃなくて、体にも触れるつもりなのかと。

そっと覗き込むように顔を向けると、その光景は目を背けたくなるものだった。

愛子がうつ伏せで横になっていて、肇はお尻の上あたりで馬乗りになって、そして肩や腰を指圧していたのだ。

それでさえTシャツ一枚の体。肇の横顔は興奮しているのか、赤く染まっていた。

「凄い凝ってるね。これは何回かやらないとダメだよ」

愛子「そんなにですか」

「特に肩は相当だよ。少し休んだ方がいい。それかマッサージに行くとかね」

愛子「でも、やっぱり大事な時期ですし、今やらないと……後で後悔したくありませんから」

「偉い!愛子ちゃんは本当に立派だよ」

愛子「ありがとうございます」

「じゃあせっかくだから、晩御飯ができるまで、ちょっと入念にマッサージしてあげるね」

何も聞きたくなかった。まるで拷問。

目の前で、愛子の体が肇に触られていく瞬間はとても耐えられるものではなかった。

肩や腰だけだったのが次第に下がっていき、太もも、脹ら脛、足の裏とほぐしていった。

そしてなによりも、肇の視線は、ずっとミニスカートの中に向いていた。

見えてるのか?僕の心臓は高鳴る。でも、それは興奮から来るものではなくて、悔しさと怒りだ。

おそらく、今の肇の世界には、僕の存在はない。ただ目の前の女体、愛子の体だけが映ってるはず。

肇の指先が、太ももにいやらしく、生々しく食い込む。

愛子は気持ちいいのか、顔を伏せたまま微動だにしない。

そんな愛子の様子に、肇は何を思ったのか、ポケットから携帯を取り出すと、なんと膝裏辺りから、スカートの中に向けて構えたのだ。

唖然とした。

(いったい何をやってんだ!?)

僕はとっさの判断で、手に持っていたおたまをわざと床に落とすと、大きな音とともに愛子がこちらを向いた。

愛子「たっちゃん大丈夫?」

達也「ああごめん」

やがて、肇は携帯を強く握りしめながらポケットにしまった。

そして僕に向かって不興な顔をするが、その意味はすぐに理解した。

何をやってるんだと言いたいのだろう。だけど、それはこっちのセリフだ。

達也「できたよ」

肇の顔を見ながら言った。よほど興醒めだったのか、何も言わずにトイレに向かった。

僕はそんな肇に気をかけることもなく、ダイニングテーブルにお皿を並べて、料理をよそった。

そして、何食わぬ顔で戻って来ると、三人で食べ始めた。

しばらく無言だったが、愛子が口を開いた。

愛子「肇さんのマッサージいいですね。凄い体が楽になりました」

正直、その話題にはしてほしくなかった。

「そう言ってもらえてとても嬉しいよ。ありがとう」

肇はいったん箸を置いてから、軽く頭を下げた。その様子を見て。

愛子「肇さんてすぐに頭を下げられますよね。何でですか?」

「僕ってさ、こんな見た目だし、取り柄も何もないし。だからせめて、礼儀だけでもちゃんとしようと思ったんだ。でも今は本当によかったと思ってる。こうやって達也君やお母さん、それに美人な愛子ちゃんと出会うことができたんだから」

愛子はその話しを熱心に聞き逃すことなく頷いていた。しかし僕は信用できなかった。

愛子に触れた。そしてなにより、スカートの中を撮ろうとしたんだ。

僕はそんな肇の顔や態度が憎たらしくなっていた。

愛子「私は、肇さんのこととても素敵だと思いますよ。勉強も凄くわかりやすくて、さっきのマッサージだってプロの人がやってるみたいでしたよ」

「いやいや!そんなとんでもない!僕はただ、少しでも二人の力になりたいだけだよ。それに、マッサージだって元は教えてもらってできたんだから、本当に凄いのはその先生だよ」

愛子「その謙虚なところも素敵ですよ」

「ありがとう愛子ちゃん」

愛子「ねえたっちゃんもそう思うよね」

達也「そうだね」

否定したかった。結果的に肇を褒めるかたちになってしまったのが不本意だ。

「それでさ、愛子ちゃんに提案があるんだけどいいかな?」

愛子「はい、何ですか?」

嫌な予感が体を駆け巡った。

「さっき、今が大事な時期って言ってたでしょ?後悔したくないって。じゃあさ達也君とは別に、愛子ちゃんも見てあげようか?」

達也「えっ?」

思わず声が漏れてしまった。

愛子「どういうことですか?」

「達也君との授業は週に2回なんだけどさ、よかったらそれ以外の1日だけ、マンツーマンで見てあげられないかなと思って」

僕の体はまるで、金縛りになったように硬直してしまった。

言葉を発したいのに口が開かない。神経が張り裂けそうになると、心の中で断ってくれと遠吠えをした。

愛子「本当ですか!?嬉しいです。あっ、でも」

愛子は僕に顔を向けて、何か申し訳なさそうな表情を見せた。

達也「……」

意味はわかっていたが答えなかった。いや、答えたくなかった……答えられるわけがないよ。

(お願いだから、頼む、断ってくれ)

そのとき、体に鋭い痛みを感じた。膝の上に乗せていた手が無意識に強く握られて、爪が深く食い込んでいたのだ。

「お金のことだよね。大丈夫だよ。これはただのお節介だから。気にしないで、気楽に考えてもらいたんだ」

愛子「本当ですか?是非お願いします」

「よし!じゃあ頑張ろうね。ちなみに、マッサージもしてあげるから安心して」

そのときの肇の顔は、二度と忘れることはないだろう。

そして母さんが帰ってくると、交代するように愛子は帰って行った。

肇は、部屋で二人きりになると。

「達也君。今日はありがとね」

憎憎しかった。

達也「いえ……」

座っている僕とは対照的に、肇は部屋の中をゆっくりと落ち着かない様子で歩き回っていた。

達也「座らないんですか?」

「ん?いや、思い出したら興奮してしまってね」

達也「何をです?」

「もちろん愛子ちゃんの感触さ」

達也「……」

つくづく人の神経を逆撫でするような言い方だった。

「あの白くて綺麗な足。細いけど、程よく筋肉があって、スベスベで、それにいい匂いがしたよ」

肇のペースに呑まれたくなかったので、僕は必死に聞くまいと、様々な思考を巡らせ誤魔化そうとした。

「まだハッキリと手に残ってるよ。Tシャツの上からブラも触れたし、ただパンティが見れなかったのが心残りだけど」

達也「肇さん、止めてください。もういいでしょ?」

「おっと、ごめんね。また興奮してしまったよ」

我慢の限界だった。

(でも、ただ触られただけだ。しかも見えてるところを。それにマッサージなんだから仕方ない)

僕は、再度自分を落ち着かせるために、無理やり納得させた。

「でもさ達也君。何で達也君はそんなに堅苦しいんだい?たかがパンティだよ?」

達也「どういう意味ですか?」

「だからさ。別に減るもんじゃないし、見れるうちに見ておかないと。僕はそういう経験も必要だと思うよ」

達也「でも僕は……」

「わかってる。嫌われたくなんだよね。じゃあバレなければいいわけだ」

すると、肇は携帯を取り出した。

そして見せられた画面は、晩御飯のときのもので、テーブルの下で正面から愛子を隠し撮りしたものだった。

僕は唖然とした。でもスカートの中は暗くて見えていなかった。

達也「あなたは何をやってるんですか?」

「達也君、想像するんだよ。この中を。白かなピンクかな、それとも赤とか黒。青、緑?もしかしたら……ノーパンで、この奥には愛子ちゃんのいやらしい陰毛と、卑猥な割れ目が」

画面を見せられながら、耳元で囁く肇の声に、僕は頭がおかしくなりそうだった。

胸が押し潰されそうなほど締め付けられる。見たい好奇心、悔しさ、怒り、でも下半身は反応する。

達也「もう、止めてください」

額と背中には汗が滲んでいた。

「達也君。僕が協力してあげる、君のために。だから信じてね」

僕は、何も考えられなかった。

―――

「……達……ね……也!」

遠くの方から何やら声が聞こえてくる。

ダメだよ。今は愛子と一緒にいるんだから。邪魔しないでよ。

愛子。ずっと一緒にいようね。今までも、そしてこれからも。僕達は二人で一人。そう、永遠に……。

京子「達也!!」

達也「わあ!?」

僕はベッドから転げ落ちた。

達也「いってー!何だよ母さん」

京子「何だよじゃないでしょ。朝!学校!」

壁にかかっている時計を見ると、慌てて立ち上がった。

達也「えっ?もうこんな時間?」

京子「だから起こしたんでしょうが。まったく、全然起きないんだもん」

すぐに部屋を出て支度をした。

僕は目覚ましをかけたことがない。というより、かけてもその前に目が覚めてしまうのだ。

もちろん、母さんに起こされることもあるけど、それは稀。だから、寝坊なんて生まれて初めての経験だった。

僕は学校への道すがら、何か大事なことを忘れてしまったような気がした。

(何かいい夢でも見たのかな)

この空のように曇った気分になりながらも、僕は学校に急いだ。

デートの日から、雲は太陽を隠してしまっている。

そして僕の心の中も。原因も発端も、肇に狂わされてるってこともわかる。そして、自分の正直な気持ちも、今だからこそ理解してる。

それに卑怯者になりたくないから、見たいっていう欲望があるのもちゃんと認めてる。

でも思春期なんだし、男なんだから仕方ない。そう、肇の言うこともわかる。でもやり方が嫌いなんだ。

つくづく思うのだけれど。それだったら正々堂々と正面から当たっていけばいい。そんなことしなくても、付き合えれば自然と見れるんだし、しかも……裸だって……。

体が沸騰した。

―――

退屈な学校が終わると、僕は朝と同じように急ぎ足で家路についた。

(今、愛子は何をしてるのかな?)

寝ても覚めても、愛子のことばかり。

意識が変わると、どこにいても目で追ってしまうって言ってた。

それじゃあ僕の場合は、どこにいても愛子のことを考えてしまうってところだ。

家の近くまで来ると、前を歩く綺麗な女性が見えた。

僕はもしかしてと思い声をかける。

達也「あっ、おばさん。こんにちわ」

その人は、愛子のお母さんだった。

「あら、達也君。こんにちわ。学校帰り?」

達也「はいそうです。おばさんは?仕事は休みですか?」

「うん。今日だけね」

並んで歩き出すと、僕はその横顔をそっと覗き込んだ。本当に素敵な人で、オーラというか、凄く華がある感じだ。

愛子と同じ艶やかな長い黒髪。背筋がピンとしていて、まるで一本の芯が通ってるみたいに綺麗だった。

「ん?何かついてる?」

達也「あっ、いえ」

「変なの」

愛子も将来はこんなふうになるんだと、不思議と嬉しくなった。

「そういえば、この前ありがとう。愛子を誘ってくれて」

達也「え?」

「デートよ。あの子嬉しかったんでしょうね。あの日以来よく笑うのよ。それにミニスカートなんて、最初見たときはびっくりしたけど、相手が達也君だって知ったら、私嬉しくなっちゃって」

達也「そうなんですか」

「それに本当はね、愛子には勉強だけじゃなくて、友達と遊びに行ったり、恋愛したり、高校生らしい色んなことをしてもらいたいと思ってたんだ。だから、愛子を誘ってくれてありがとう」

おばさんは、満面の笑みでそう言ってくれた。

本当は肇の影響だけど、でも愛子が楽しんでもらえるならそれでもよかった。

達也「また今度誘いますね」

「うん。達也君」

達也「はい」

「愛子をよろしくね」

達也「……はい!」

精一杯の返事をした。

その日は肇との授業もなく、そして愛子も学校が忙しいのか、帰宅したのは日が暮れた頃だったらしい。

昨日の出来事が嘘のように、平和な1日となった。

そして夜になると。ほんの僅かな時間だったが、星が綺麗だった。

―――

肇からメッセージが入った。翌日のお昼前のことだ。

その内容は、これから愛子ちゃんと勉強をするということだった。その画面を見た瞬間、嫌な予感がしたのは至極当然なことだった。

僕はそんな予感のせいで、授業にまったく身が入らなかった。

確か、愛子の学校は今日が創立記念日で休みのはず。

今、二人は愛子の家にいる。もしかしたら、ミニスカートを穿いているのか。肇に生足を見せて、そしてその中も。僕がいない状況で……。

考えれば考えるほど心配になり、憂鬱な気分に落ち込み沈んでいった。

早く帰りたいと苦痛に感じるほどに、時間は長く果てしない。それほどまでに、肇のたった一通のメッセージが扇情的だった。充分過ぎるほどに。

教室から見える風景は、空からの雨で視界が阻まれていた。肇の存在は、僕と愛子の間にあるこの曇り空のように感じた。

太陽を遮る存在。僕からは見えない空の彼方で、愛子を一人占めにしている。

腹の奥底で、何かが蠢いたのを感じた。

次第に、自分の感情を保つのが困難になってきた。

胃がきりきりと痛み、震えが止まらない。焦りからか、背中にじめっとした不快な感触がする。

やがて我慢の限界に達すると、教師の声に割って入るように僕は立ち上がり、気分が悪いと言って早退した。

寝坊もそうだけど、早退をしなければいけないくらい、僕の体はおかしくなっていた。

学校を出ると、傘も指さずに愛子の家に向かった。胸の奥で、何もないことをただ祈りながら。

頭の天辺から足の指先までびしょ濡れになると、家に着いた。

僕はすぐにインターホンを鳴らした。1回、2回と。

(何で出て来ない!)

もう頭の中も、心の中も、暗く淀んでどうしようもないくらい真っ暗になっていた。

(まさか、愛子と肇が……)

3回目。そのときだった。

「はい」

達也「愛子?」

愛子「たっちゃん!?どうしたの?学校は?」

中から騒がしい足音がすると。ドアが開いた。

愛子は僕の姿を見ると、手を口に当てて驚愕の表情を浮かべた。

愛子「大丈夫!?」

愛子はミニスカートではなく、青いジーンズ姿だった。すると、僕は安心したのか、力が抜けて足が崩れた。

愛子「たっちゃん!」

僕の腕を掴むと、グッと引き起こした。

達也「ごめん。驚かせちゃって」

愛子「とりあえず入って」

そのまま腕を引かれて家に入った。

少しすると落ち着きを取り戻し、震えも止まり安心したようだった。

自分の体なのにまるで他人みたいな、体と心が別々になってしまったような気分だ。

愛子「はいどうぞ」

紅茶を淹れてくれた。

僕は、頭にタオルを乗せたまま一口飲んだ。

温かい紅茶は、安らぎを与えてくれる作用があるのか、疲れた体と心に染み入るようだった。

達也「ありがとう愛子」

愛子「それでどうしたの?」

達也「え?あっ、うん。実は気分が悪くなっちゃって、それで早退したんだ。そしたらさ、傘は忘れるし、鍵は忘れるわで、最悪だったよ」

苦笑いをしながら、その場しのぎの嘘をついた。

愛子「はぁ。なにそれ?本当に心配したんだからね」

そう言うと頬を膨らませた。

達也「ごめんて。でもありがとう。愛子がそばにいてくれたから、本当によかったよ」

愛子「次は気をつけないとダメだよ。それで、気分はどうなの?少し横になりなよ。あっその前に服をどうにかしないとね。そのままだともっと悪くなっちゃう」

達也「とりあえず今は平気。服はいいよ」

愛子「ダメ!ほら!さっさと脱いでお風呂入って温まりなよ。今沸かしてあげるから」

達也「え!?いやいいよ。大丈夫。もう治った」

立ち上がり、腕をグルグルと回して見せた。

愛子「……」

しかし、愛子は無言の圧を向ける。

達也「……わかったよ」

愛子「うん。じゃあちょっと待ってね」

準備ができると、半ば強引に風呂に連れていかれた。

―――

他人の家の風呂はそわそわして落ち着かない。

だけど、愛子の家の浴槽は、自分の家より広かった。

足を目一杯伸ばせるし、首を置ける窪みもあって、そのまま寝てしまいそうなほど気持ちよかった。

(温泉に行きたいな)

願わくば、愛子と二人で。

僕は、風呂に浸かっていることとは別に、変な熱を感じた。

浴槽から上がる音が聞こえたのか。愛子が脱衣場に入って来た。

愛子「ここにパパの服置いとくから」

達也「わかった。ありがとう」

そして服を着ると、愛子の待つリビングに戻った。

達也「ありがとう。いい湯だったよ」

愛子「体調?よくなったでしょ?」

達也「うん。バッチリ」

愛子「ならよかった。でも、制服は乾かないよ。あっ、でもいいか。明日は大事をとって休みなよ」

達也「いいよそんな。病気じゃないんだから大丈夫だよ」

そんな僕に、またもや無言のプレッシャーを向けてきた。

達也「……はいはい。休みますよ」

愛子「よろしい」

愛子は屈託ない笑顔を見せてくれた。そして、それにつられるように僕も笑った。

―――

達也「肇さんとはどうだったの?」

愛子「ん?普通に勉強してたよ」

達也「そう」

愛子「気になるの?」

達也「え?いや、別に」

愛子「なに?嫉妬してるの?」

意地悪く聞いてきた。

達也「違うよ。たださ、やっぱり二人だけっていうのは心配だったから」

愛子「ホントたっちゃんは優しいね。ありがとう。でも、何にもなかったから大丈夫。それにさ、もし何かあったら飛んで来てくれるでしょ?」

達也「もちろん!」

さっきまでの悪い予感は、どうやら杞憂だったみたい。

でも今回のことで、また愛子との距離が縮まったような気もする。

心配で不安で、どうにかなってしまいそうだったけど、案外こういう心情からの方が、お互い近づきやすいのかも。

そして絆も、こうやって二人でいられることがなによりもいっそう強くなるのかもしれない。

それからの僕は、今まで以上に愛子との時間を大事にしていた。

翌日もそのまた翌日も。肇がいない日は、積極的に愛子に連絡をとって二人で勉強した。

そして休日には、デートではないけど駅前のファミレスに入って勉強。その帰りにはゲームセンターで遊んだ。

毎日、毎分、毎秒、そのつもりで。その瞬間だけは愛子の隣に、心に寄り添うように特別に意識した。

確かに勉強だって大事だ。でも、世の中にはそれ以上に大事なこと、宝物があると思うんだ。

後悔したくない。今しかない瞬間を、僕は大事にしたい。

―――

そして新しい週が始まると、また肇がやって来る。

でもこの数日が、自信をつけてくれた気がする。

欲望に支配され、侮蔑な態度をとったり、隠し撮りなんて不道徳な行いをする肇のようにはなりたくない。

僕は純粋な気持ちで、たとえ遠回りでも、それが拒まれたとしても、正々堂々と思いを伝えたい。

そう決めた。

「おはよう達也君」

玄関のドアを開けると、ひ弱な体に脂ぎった顔の肇が、不気味な表情をして立っていた。

僕はわかっていた。そのうち、また卑劣で下卑た言葉を発するのだろうと。煽ってくることはわかってる。

達也「こんにちわ。どうぞ」

「お邪魔します」

家に入る前に、白々しく頭を下げた。そんなことする必要なんてない。正体はバレてるのにつくづく癇に障る人だ。

肇のことだから、これも僕を煽る罠なのだろう。

肇はトイレに向かった。

そして、いつものように部屋で待っていると、階段を上がって来た。

達也「いつもトイレに行きますね?」

わざとらしく問いかけた。このときの僕には、肇の行動に全て意味があって何か企んでるのだろうと思っていた。

「どうも近くてさ。それに、達也君の家は不思議と安心するというか、落ち着くんだ。だから我慢ができなくて」

達也「そうですか」

「じゃあ始めようか」

それから一時間ほど、肇は正体を現すこともなく、穏やかに過ぎていった。

しかしやはりというか、突然立ち上がり、部屋の中をグルグルと歩き出した。

達也「どうしたんですか?また興奮ですか?」

挑戦するような表情で、軽々しく言った。

「あぁごめんね。気にしないでくれ。この前の授業を思い出してしまって」

おそらく……。

「とても有意義で至福の時間だったよ。本当に愛子ちゃんは素晴らしい。利口だよ」

やっぱり。

達也「知ってますよ。僕も愛子は凄いと思います」

「違うよ。人柄や頭じゃない。体さ」

僕は大きく深呼吸をして、冷静にならなければと気持ちを鎮めた。

達也「そうですか。肇さん、この問題を教えてもらえませんか?」

「ごめん。先に喋らせてくれるかい。最初はミニスカートを断られて残念だったんだ。でも、僕は即座にマッサージで憂さ晴らしをしようと気持ちを切り替えたんだ。そして、勉強が終わるとマッサージに移行した」

肇は意に介さず話し続けた。

「また触れると思ったら、たまらなくてさ。震えたよ。武者震いってやつなのかな。最初はベッドの縁に座らせて、後ろから肩をほぐしたんだ。想像してみてほしい。すぐ目の前には、愛子ちゃんの美しい髪、きめ細やかな肌の首筋、手に伝わる下着の感触があるんだ」

僕は耳を塞いだが、肇はジェスチャーをしながら構わず続けた。

「愛子ちゃんの左肩の後ろに、自分の左手を添えて、右手を反対側から通してきて、左肩を挟むように持ってくる。そして、肩側の鎖骨の先から、ゆっくり内側にスライドしてくるんだ。柔らかい肌に、僕の指先が食い込む。もちろんシャツの上からだから、直接ではないけどね」

(もう止めろ)

「真ん中まで指先がたどり着くと、そこから進路を変えて下に向かったんだ。そしたらさ、ほら、どうなると思う?おっぱいの膨らみを感じたんだ」

達也「止めろっ!」

「愛子ちゃんのおっぱいは大きいよ。谷間がくっきりできててさ、最高だったよ」

達也「止めろって言ってるだろ!」

肇は僕の後ろに立つと、肩に手を置いてマッサージを始めた。

強くなく、弱くもない、絶妙な力加減だった。

「落ち着いて、ゆっくり深呼吸しよう。スーっと吸って、ハァーと吐くんだ。もう一度」

僕は言われるがまま、呼吸を繰り返した。

その様子を見ながら、そしてマッサージを続けながら、ふたたび口を開いた。

「その日の最高の瞬間はさ、愛子ちゃんをうつ伏せで寝かせてからのマッサージ。でも、その日はどうしても愛子ちゃんのパンティが見たくてね。ちょっと攻めたんだ」

(攻めた?)

「想像してごらん。目の前にうつ伏せの愛子ちゃんがいる。肩、腰とほぐしていき。そして、こう言うんだ。愛子ちゃん、ジーンズがやりにくいから少し緩めてもいいかいって」

(何を言ってる?)

「愛子は頷いたんだ。そして、腰を浮かせたところに、両手をお腹の下に回して、ジーンズのボタンを外し、ジリジリとゆっくりファスナーを下ろす。そして、少しだけ、ジーンズを下げたんだ。そしてついに」

(止めろ!!)

「白いパンティが見えたんだ。僕はすぐさま、肌とパンティの境目に鼻を近づけて、愛子の匂いを嗅いだ。もう天にも昇る気分だったよ!」

達也「黙れっ!!」

声を荒らげるが、そんな僕を抱きしめた。

「凄い心臓が高鳴ってるね。ごめんね。落ち着いて。達也君、この話しが本当かどうかは君が決めればいいんだ。大丈夫、嘘だと思えばいいんだから。さぁまた深呼吸を始めるんだ。達也君、僕に協力させてほしい」

(いったいこの人は、何を言ってるんだ?……それに、愛子って)

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《あとがき》

最後まで読んでいただきありがとうございました。

次回の投稿で完結となりますが、続きはもう少々お待ちください。

もしよろしければ、続編希望の評価をいただけると大変光栄です。

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