僕が女性の身体にエロを感じたのはかなり早かった。記憶が曖昧だが、30年ほど前、幼稚園に入ったくらいの頃だったと思う。僕には6歳年上の姉がいた。
今でもなぜそんなことがあったのかは分からないが、姉になぜあんなことをしたのか理由なんて今さら聞けない。一番最初にそれがあったのは夜だった。
当時姉と同じ部屋で寝ていたのだが、電気を消してしばらくして、姉が僕のベッドに来て、「お尻触らせてあげる」と言ってきた。姉はパジャマとパンツをずらして尻を丸出しにして僕につきだしてきたのだ。
暗闇ではっきりとは見えないが、姉の丸い尻がそこにあった。最初はよく分からず、尻肉を手で軽くなでる程度で、数分して姉は自分のベッドに戻っていった。
そのようなことがその後も週に1回くらいあった。性がどういうものかは当時は理解できていないが、半年ほどして自分に異変がみられてきた。姉は夜だけではなく昼間にも尻を触らせるようになり、女性の尻を眼前ではっきりと見るようになったのである。
姉は当時はまだ小学4年生だったが、幼稚園児だった僕から見れば体は自分よりはるかに大きく、当然ながら同じ幼稚園の女の子よりもはるかに大きな尻だった。そして、その尻の中心にあるアナルも僕は興味津々で自分から進んで指で触るようになった。
その大きな尻を触ることにたいして「何かいけないことをしている」感覚がでてきたのを覚えている。
そして、ある日、僕は着替え中の母の尻を見ることになる。いつもはそんなことはなかったのだが、いろいろと忙しかったのか、母はいつもより着替え始めるのが遅くなり、母の部屋で着替え終わるのを待っていたのだ。
その母の、パンストと白いパンツに包まれた姉よりもさらにはるかに巨大な尻を見て「触りたい」と感じたのだ。母とは一緒に風呂に入っていたため、生尻はみていたはずだが、パンストとパンティに包まれた丸い巨尻は特別なものに見えたのかもしれない。
これを性の目覚めというのかは分からないが、何かに目覚めたのだろう。オナニーなんてものは当然まだ知らないが、姉や母の尻をよく妄想するようになったのである。
それから2年たち、姉は僕に尻を触らせる回数がどんどん減っていき、自然にそういう出来事はなくなった。その一方で、母とは一緒に風呂に入っていたため、尻を見続けることはできた。そして、自分の中で姉や母、さらには幼稚園の先生の尻への妄想がどんどんエスカレートしていった。
子供は幼少期に「肛門期」と言われる時期があるとされている。そのため「うんこ」という言葉を多用する。そこに強烈に尻に興味をもった出来事が続いた結果、小学生になった僕に生じたのは、母や姉がトイレで尻を丸出しにして排泄する行為への興味である。
と言っても排泄しているところを見れるわけもなく、当然見たこともない。しかし、母や姉がトイレに入った後に扉のそばで排泄音に聞き耳をたてることはできる。
母はいつも昼過ぎのトイレが長く、恐らく大便をしているであろうことは予想がついていた。そして、僕はある日、母がトイレに入ったのを見た後にそれを実行した。
そこで聞いたものは排泄音というより洋式便器に反響する激しい爆音オナラの連発であった。母の尻から大きな音を立てて臭いガスが噴出される様を想像し、僕は興奮していた。おならフェチにもなった瞬間である。
こうして、幼少期に形成されてしまった僕の性癖はその後も消えることはなく、大学に入って一人暮らしを始めるまで、僕は母のトイレでのオナラを聞いてはそれをオカズに抜いていた。
一人暮らしを始めてからも母や姉、他の女性のトイレでの尻とオナラを妄想しながら抜いていた。
最初のきっかけだった、姉が僕に尻を触らせたのはなんだったのか、今でも理解できないが、すべてはあれが原因だったのだと思っている。