恭子38歳です。
私は10年前に結婚をして、ずっと専業主婦をしていました。
子供も小学3年生になり、誰に似たのかしっかりしてくれてほとんど手がかかりません。
それは親としては喜ばしいことなはずなのですが少し寂しいというか…。
元々不器用な私も10年も専業主婦をやっておりますと、さすがに家事の効率も良くなり、午前10時には全て片付けられるようになりました。
子供が学校に行っている間は、買い物に出かけたりはするものの、家でひとりテレビを見ながらのんびり過ごすことが多く、それもいい加減退屈していました。
暇だとは言っても子供が帰ってくる時間には家にいなければならないので、パートをしても短時間になるし、こんな言い方も良くないですが、私が無理にお時給で仕事をして稼がなくても、生活は困窮しませんでしたのでそのままダラダラとした生活を送っていたのです。
そんな時、同じ専業主婦のママ友愛美さんが子供が学校に行っている間だけしている仕事のことを聞きました。
愛美さんは、ぽっちゃりしていて顔は可愛らしいのに性格は結構豪快で、色々アンバランスでパワフルなところが魅力の女性です。
愛美さんの仕事はいわゆるデッサンモデル。
愛美さんいわく、せいぜい1日3時間程度で8千円もらえるというのです。
愛美さんは朝、家事を終わらせて、デッサンモデルの仕事をこなし、即日でもらえるそのお金で、いろんなカフェに行ってパフェやパンケーキを食べて帰るというサイクルの生活をしているみたいです。
そうするとちょうど家に着く頃に子供が帰ってくるというのです。
しかも1日5千円のヘソクリが出来る計算です。
これは私も充実した1日になる気がしました。
私が、愛美さんに詳しく話を聞くと
「たまに際どいポーズを求められる事はあるけど、基本的に手とか、腕とかのパーツが多いかな…」
愛美さんは惜しげもなく仕事内容を教えてくれたばかりか、私も同じところで働けばいいと進めてくれたのです。
私は愛美さんに勧められるままに愛美さんの働くデザイン専門学校に問い合わせをしてみることにしました。
私が問い合わせをすると、電話口で丁寧に女性が応対してくれました。
「あのぉ…デッサンモデルのお仕事って今募集してますか?」
私は愛美さんに言われた通りに訊ねました。
「あ、、、はい。おひとかた今月で辞められてしまうので、ちょうど来年度に向けて募集を開始した所でした。〇〇というフリーペーパーに載せてありますので、内容を確認の上、再度お問い合わせいただけますか?」
と電話口の女性は言うのです。
1人辞めるという事は1人補填という事だと理解しました。
つまり、たったひと枠しか空いていないという事です。
私は電話口の女性に働く意思があることを伝えました。
女性に内容を確認するように言われたのですが、私はそのひと枠が埋まってしまうことを恐れて、そのフリーペーパーはもう見たとウソをついたのです。
「かしこまりました。有難うございます。では書類をお送りしますので、ご署名ご捺印の上、早速今週の金曜日にこちらへお越しいただけますか?未来のデザイナー達のためにどうぞよろしくお願いいたします。」
という最後まで丁寧な応対に私は安心したのでした。
私は女性に言われた通り、郵送されてきた書類にびっちり埋められた細かすぎる文字をろくに読まずにサインをして、若干の面接ののちに採用が確定しました。
面接で言われた事は、一年契約である事と授業は1日50分単位の3クラスである事、ポーズを決められたら休憩時間まではなるべく動かない事など、どれもまぁ当然と思える内容でした。
最後に優しそうな校長先生に
「はじめは緊張しますがすぐ慣れますから」
と言われました。
私がすぐに愛美さんに採用の報告とお礼の電話をすると愛美さんは一緒に喜んでくれました。
でも、続けて出た言葉は今月で辞めるという言葉でした。
電話の女性の一人辞めるとは愛美さんのことだったようです。
なんだか心細さを感じながらも、ともあれ採用が決まったので私はこれからの充実した毎日を想像してご機嫌でした。
私は緊張の面持ちで翌月の1日にはじめての仕事に出かけました。
受付に名前を言うと、女性は丁寧に私を教室に案内してくれました。
教室に入ると、モデル席をとり囲む様にイーゼルが並べられ、学生が15人くらい座っていました。
デザインというくらいだから女性が多いのかと思っていましたが、どのクラスも7対3くらいの割合で男子生徒が多くて驚きました。
40代半ばくらいの男性の講師が私を紹介してくれて、私も自己紹介をすると、学生さん達は和気あいあいと拍手をしてくれました。
この子達と1年間共に過ごすんだと思い、私はニコニコと愛想を振りまきました。
その日は拳がテーマで、休憩はあったものの3時間テーブルに肘をつく格好で拳を握りしめていましたので腱鞘炎になりそうなほど腕がだるくなりました。
モデルの仕事がこんなにキツいとは想像もしていませんでした。
私は大学生の頃、少しだけレースクィーンのバイトをしていたことがあります。
いわゆるカメラ小僧達に向けてポーズを取ったりするのですが、その時もポーズを決めて立ちっぱなしでした。
それでも少しは動けたので、全く動くことの許されないモデルの仕事は本当にしんどいと思ったのです。
初めの3ヶ月は主に手や足のデッサンと、小さな小道具を使ったデッサン、例えば鉛筆を握る手とか、タバコを持つ手とかでした。
生徒達は私が見てもすぐにわかるくらいに上達していっており、私もやりがいを感じてきていました。
夏に近づくと、今度はカラダのラインを意識した全体像を描く様になりました。
ある夏の暑い日、私は大失敗をしてしまいました。
とは言っても寝坊したとか、ポーズ中に動いたとかそう言うことではなくて、着ていく服を間違えたのです。
「今日は落としたものを拾い上げる腰を曲げて屈んだ仕草を描いてもらいます。ポイントは前にある頭と後ろにある足元の位置関係、特に腰の位置をどう描くか…」
講師の先生は生徒達に解説していましたが、私はそんな事耳に入りませんでした。
こんな日に限って胸元の緩い洋服を着て来てしまったのです。
(あ、、、まずいなぁ…)
と思いました。
でもそこは仕事ですから、お給料をもらっている以上ポーズを取らなければなりません。
「じゃあ恭子さんよろしくお願いします。」
と言われ、先生は私の足元に鉛筆を置きました。
「これをなるべく膝を曲げずに拾う仕草をしてください。脚を曲げると逆に1時間同じポーズするので、辛くなってしまいますよ。」
私は胸元を抑えながら拾う仕草をしました。
私の手が鉛筆に届いた時、
「はいストップ!この場面を描いてください。恭子さん少し辛いと思いますが頑張ってください」
と言われました。
なんとか胸元は守りました。
学生さん達はみんな真剣な顔をして私のポーズをシャッシャッとキャンバスに描いていきます。
50分間の辛い体勢で腰が痛くなりました。
「はい終了!」
先生の合図で学生達の張り詰めた空気が溜息と共に部屋中に流れました。
私は先生のフィードバックの時に学生さん達の絵を見さてもらい、思わず赤面してしまいました。
みんな真面目な顔して先生の解説を聞いていましたが、どの子が描いた絵も私の胸がかなり強調され、しかも身につけていた花柄のブラも描いていたのです。
と言う事は、私は隠していたつもりでも生徒達には見えていたという事なのだと思いました。
1コマ目が終わって、不安に思った私は一人の女性の生徒を呼び止めて聞きました。
「ねぇ。みんな私の下着まで描いていたけど見えてたって事?」
女生徒はニッコリと笑って
「はい♪」
と答えたのです。
「なんで見えたの?胸元隠してたのに。」
すると女生徒は親切に教えてくれました。
「光ですよ。屈んで体と服の間に隙間ができたから、そこに光があたって。恭子さんの洋服は夏用の薄い生地のしかも白だったから。」
私はなるほどと思いました。
そして加えて女子生徒は教えてくれました。
「恭子さん屈んでて気づかなかったかもしれないけど、周りの男の子はみんなザワついてましたよ♪恭子さんおっぱいおっきいって(笑)」
「ええ!!ヤダどうしよう…あと2コマあるのに」
「大丈夫ですよ。みんな芸術を学びに来ているんだから。そんなエッチな目で見るのは初めだけですよ。描き出したらみんな真剣なんだから♪」
「そうなの?」
「そうですよ。それに毎年そうだけど、これから水着とかで体のラインを描いたり、最終的にはヌードも描くんですよ?そんなの気にしてたら…」
私は女性との話を遮って聞き返しました。
「え?!ちょっと待って!水着?ヌード?」
女生徒は逆に驚いていました。
「え?知らなかったんですか?そうですよ。だからモデルさんはみんな1年契約なんです。男子学生は芸術を学びに来ているとはいえ、年頃の男の子だから変なことが…まぁ率直に言うと事件が起きない様にっていう学校の配慮なんですよ」
「そ、そう…」
私は頭の中が真っ白になってしまいました。
女生徒は会釈をして去って行きました。
私も9ヶ月以内にヌードにならなければならないと思うと何も考えられなくなりました。
その日の仕事を終えた私は愛美さんに電話をしてヌードのことを知っていたのかを聞きました。
「もちろん知ってたわよ。」
「なんで教えてくれなかったんですか?」
「え?だって契約書にも書いてあったでしょ?カリキュラムが」
「そ、そうなの?」
私は電話機を肩口に抱えながら契約書を広げました。
そこには小さい文字ながらもしっかりとカリキュラムの記載があり、3月の所にはヌードデッサンと書いてありました。
ついでに来月7月は水着デッサンとも。
「恭子さん大丈夫?」
「あ、あぁ…ええ。愛美さんもヌードに?」
「うーんギリギリまで色々考えたんだけどね。」
「もしかして、ヌードが嫌で辞めたの?」
「違うわよ。私は一年の契約が切れたから辞めなきゃいけなかったのよ。」
「じゃあヌードやったの?」
「やったわよもちろん。あ、でも脱ぐことなんて全然大丈夫よ。私のカラダなんて若い学生さん達はなんの興味もないし(笑)」
「でも悩んだのでしょう?」
「あぁ…まぁ違う意味でね。」
「違う意味?」
「そう。多分やってればわかるわよ。頑張ってね♪」
愛美さんは含みを持たせた言い方を残して電話を切りました。
私は考えているとおかしくなりそうだったので、ひとまず差し迫った水着デッサンに向けて1ヶ月弱、猛ダイエットをする事にしました。
なんとか6月中に少しでもお腹周りの肉を落として、みすぼらしいカラダを晒さない様にしなければと思いました。
結果、やっぱりどうしてもレースクィーンのバイト時代に戻るのは無理でしたが、お腹の肉がビキニに乗っからない程度のカラダには出来ました。
7月に入り、いよいよ水着姿のデッサンが始まりました。
(正確にはカラダのラインの練習らしいのですが)
はじめは恥ずかしかったのですが、中旬あたりから私の心に変化がありました。
身動きの取れない状態で、学生さん達の真剣な眼差しが私のカラダのあらゆる部分に刺さるのを意識し出してしまったんです。
顔もデコルテも脚もそしてVラインに至るまで…全てに熱い視線が刺さってくるのを感じました。
若い男性に敏感な部分をじっくり見られているのにモデルだから動いて隠すこともできないなんて考えただけで、まるで何かに括り付けられて視線で犯されている様な気持ちになりました。
どうしたって女として疼いてしまいました。
私はネットでこの現象を調べました。
そうしたらやはりよくあることのようで…。
正直に白状します。
旦那とはレス状態が続いており、期待できなかった私は38歳ではじめて自慰行為をしました。
そうでもしないと、3時間も自分を保っていられる自信が無くなるほどの精神状態になっていたのです。
私は話に聞く男性の自慰行為を汚らわしくて、不浄で不潔なものとして位置付け、それをしている男性を哀れな人と侮蔑していました。
それがまさか自分がする事になろうとは。
試しもしないで批判的だった自分を恥じました。
今は、脳をフル回転させてあらゆるシチュエーションを妄想し、自分のタイミングで好きな様に快楽を得られる自慰行為は人類の大発明かもしれないとさえ思います。
この自慰行為というものは一種の麻薬の様な中毒性がありました。
学生達に視姦された日の夜には決まって自らのカラダを慰めて火照った心を沈めなければならなくなったのです。
そしてもう一つ困ったことが。
この自慰行為を続けていると妄想癖が止まらなくなって来て、私のカラダもそれに伴いどんどん開発されていき、ちょっとした事で濡れやすくなりました。
例えば、イイ顔の男性をみるとエッチな目で私のカラダを見られたと妄想したり、たくましい二の腕を見れば、この腕で衣服を引き剥がされる場面を妄想したり、筋肉質な人やカラダの大きな人を見ると押し倒されて犯される場面を妄想をしたりしてしまうのです。
もう病気ですね。
その都度私はトイレに逃げ隠れ、濡れたアソコを拭き取るのです。
7月の水着デッサンの最後の週には、私のアソコはデッサン中は常に濡れていました。
いつ水着にシミを作って生徒達にバレるかと恐々とし、休憩時間の間にトイレで拭き取ったり、布を一枚多く入れてみたりと四苦八苦しながらも事なきを得ました。
7月の水着のデッサンが終わると、9月からは表情や仕草、衣服のシワなどの細かい部分のデッサンへと移行しました。
生徒達の視線がカラダから別の部分になって安心したのですが、妄想癖は治らず自慰行為は続けていました。
そうこうしているうちに時はあっという間に秋を走り抜けて冬となり、そして3月がもうすぐそこまで迫っていました。
私は、愛美さんの言葉を強烈に思い出していました。
『まぁ違う意味でね…多分やっていればわかるわよ。頑張ってね』
私はあの時の愛美さんの言葉の意味が手にとる様にわかりました。
脱ぐ事自体が問題なのではなくて、なんならむしろあの夏のドキドキや興奮を味わうために学生達の前で脱いで熱き視線をもらいたいとさえ思う私がいました。
あの視線が私にとっては快感であることを私は、はっきりと認識していたのです。
一方では私の妄想の世界の中の話と現実の世界が裸を晒す事で垣根が壊れて、私の妄想の世界が生徒達に丸見えになる事も怖いのです。
水着は少ないながらも布で隠せました。
でもヌードは一度ポーズを取ると隠す術がありません。
私が濡らして一雫でも垂らしてしまえば、一年訓練して観察力のあがっている生徒達の目はそれを見逃さないでしょう。
「確かにこれは迷う…そうか、だから若い生徒達は私のカラダなんかなんの興味もないと思い込むしかないって事か…あれは愛美さんのアドバイスだったのね。」
私は家で独り言をぶつぶつ言いました。
そして多くを語らず電話を切った愛美さんの気持ちが手にとるようにわかる気がしました。
こんな破廉恥な自分の状態を語れるわけありません。
私はあえて愛美さんに電話をしました。
今の私の最高の理解者は9ヶ月も話していない愛美さんなのです。
「そろそろ電話が来ると思ってた…」
愛美さんは私の電話を予知していた様でした。
「愛美さん。今は?一年前と変わった?」
切羽詰まった私の唐突の質問。
普通なら意味がわかるはずがありません。
でも愛美さんは全てを悟っていました。
「なんにも…残念だけど1年前のままよ。私の心とカラダはあの仕事に変えられてしまったまま…」
「じゃあ旦那さんと?」
「ハハハ…冗談でしょ?」
「じゃあどうしてるの?その…」
「そんな野暮なこと聞かないでよ(笑)」
私は1年後の自分が不安で仕方ないのです。
もっとも3月の自分の事もですが。
「大丈夫だから!どうなっても大丈夫!…悲しいほどにね♪」
愛美さんにまた含みを持たされて電話を切られました。
「悲しいほどに?どういう意味なの?どうなっても大丈夫ってなに?…」
私はより一層の不安を抱えました。
前向きになかなか進めない私をよそに時は無常に過ぎ、いよいよ3月に突入しました。
「はい。今日からはヌードデッサンです。モデルを1年間勤めてくれた恭子さんに感謝の気持ちも込めて、集大成としてきっちり丁寧に描いてください。君達がこうして技術を身につけられているのはモデルさんの存在があるからなんですよ。モデルさんに尊敬の念をもって描いてください」
男子生徒も含め、学生達は真面目な顔で先生の話を聞いていました。
「今日のポーズはバレリーナみたいに片足を少し上げて天に両手を突き上げる様に…それでは恭子さんよろしくお願いします。」
私はいつもより30分早く来るように言われて、前室で服を脱いでバスローブを身に纏っていました。
デッサンの時間に下着の跡が残らないためだそうです。
あの刺さる様な視線が向けられる教室の真ん中のお立ち台で私はバスローブを脱ぎ、裸体をさらけ出して指定のポーズを取りました。
おどおどする事で生徒の意識をあらぬ方向に向けない様に堂々と見せるように意識しました。
これは芸術のためなんだと自分に言い聞かせながら。
そして一度脱いだら、なるべく生徒達を見ない様、頭で今日の献立なんかを考えるように遠くを眺めました。
その作戦が成功し、順調に30分くらいが経って、もう大丈夫だと思った時です。
すぐ目の前の女子生徒が鉛筆を落としたのです。
私は、おもわず視線だけ音の方向へ落としてしまい、その一瞬に生徒数人の姿が視界に入ってしまいました。
鉛筆を立てて私に向けてサイズを測る子、一生懸命キャンパスに描く子、じっくりと私のカラダを観察する子と様々です。
順調だった私の作戦はここで音を立てて崩れていきました。
私の妄想癖という病気が一気に出てきてしまったのです。
私は動けないマネキン人間。
隠す事も許されず、ただただありのままを晒すことしか許されない。
ここにいる全員がいやらしい目で私を見て喜んでいる。
きっとあの立てた鉛筆は私のアソコに入れる想像をしているんだ。
キャンパスに書いてる子は絵の中の私の乳首や股間をペン先で何度も何度もなぞりながら刺激しているに違いない。
今じっくり見ている子はきっと裸体を目に焼き付けて、後でじっくり私の裸をエサに自慰行為に耽る気だわ。
そんなことを考え出すともう止まらなくなってしまいました。
心を落ち着けて、もう一回今日の晩御飯を頭の中で復唱しようとしました。
でも私の頭の中は、もうエッチな妄想で大渋滞になっており、自分の意思でどうにか操れるような話ではなくなっていました。
晩御飯と思っても、頭に浮かぶのは若い男性の厚い胸板やアレの事ばかり…。
私の脳は妄想でパンクしました。
溢れ出す私の分泌液は止まることを知りません。
コレがベットの上であれば、おそらくもういつでも…な感じのところまで来ていました。
(早く終わって…)
私はそう願うのですが、そこからの1分がなんと長いことか。
もうお尻をキュッとしていないと、ぼたぼたと垂れ落ちてしまうのではないかと思えるくらい、私のアソコは洪水状態です。
それでも表情だけは変えてはいけない、変わってしまったらそれこそ芸術ではなくて、いやらしい絵になってしまいますから。
(あぁまだ溢れてくる…あと5分!あと5分我慢しなくちゃ…)
私の我慢も虚しく、少しずつ太ももをつたって落ちてくる粘着性のある液体を感じました。
(まだ平気…まだきっと見えてないはず。あと4分…)
それでも体液は少しずつ少しずつ下へ降りてきていました。
(あぁ、これ以上はさすがにやばいかも…あと3分)
(あぁ…もうこれより先は…あと2分…)
私がいつバレるかとドキドキしながら時計をチラリと横目で意識していた時です。
後ろで椅子の音がして、私の横に歩いてくる足音がしました。
ポージング中の私はもちろん振り向けません。
足音とともに私の視界に入ってきたのは、メガネをかけた地味な男子生徒。
そして昂りを全く感じさせない真顔で、しかも淡々とした喋り方でこういうのです。
「すみません。拭きますね」
私はえっ?と思いましたが、生徒はそのまま元の席の方へ行ったかと思うと、なんとタオルで私の太ももあたりに下からタオルを当てて、上に拭きあげたのです。
しかも、ご丁寧にワレメのところも綺麗に拭き取られ、終いには皮肉の形をタオルの角で整えられる始末。
私は恥ずかしいやらなんやらで頭が真っ白になりました。
驚くべきは、私のアソコをひとりの『男子生徒』がタオルで拭いたのに、他の生徒達は誰一人として眉ひとつ動かさず、何事もなかった様にデッサンを続けているのです。
普通、アソコを濡らしている裸の変態女性モデルが目の前にいたら、これだけいる男子生徒のひとりくらいは囃し立てそうなもんですが…。
私は、こんなに恥ずかしいところを見せたのに、誰一人としてノーリアクションであった事は、少なからずショックでした。
(こんなに男の子がいるのにノーリアクション?もっと興奮しなさいよ!私の裸を見て欲情のひとつもしないってなんなのよ!逆に失礼極まりないわ!)
ここでチャイムが鳴り、このクラスのこの日のデッサンは終わりました。
生徒達は次々に教室を出ていきます。
私の方を振り返る生徒など一人もいませんでした。
裸を晒して汁まで垂れ流して、全くのスルーという屈辱を味わった私はあえてバスローブを纏わず、裸のままメガネをかけた生徒のところに行ってお礼を言いました。
「さっきはありがとうね。恥ずかしいところ見せちゃったわね♪」
と自らあれは汗ではなく性液ですと言わんばかりの誘う様な言葉をかけました。
少しでも欲情させたかったのです。
(ここで男なら私のおっぱいを触るくらいしてみろ!全然許してあげるから♡)
なんて考えながら。
ところが、
「いえ別に。描き初めにはなかったものだったので拭いたまでですから。モデルありがとうございました。」
また淡々と心を感じない言い方で会釈して教室を出て行ってしまいました。
次のクラスでも、その次のクラスでもおんなじ様に私は見られる事でアソコを濡らして垂流しては、生徒や先生に拭き取られました。
でも、みんなメガネの少年のように淡々としており、鼻の下を伸ばす様子もないのです。
私は今は38歳ですけど、かつてのレースクィーンなんですよ?
当時より少し体はふっくらしてしまったものの、その分おっぱいも大きくなってるし、この3月に向けて鍛えた腹筋もうっすら縦筋だって入ってる。
顔だってレースクィーン時代は上原多香子に似ているって雑誌で特集もされたし…。
38歳にして、自分史上最高の仕上がりとさえ思っているのに、目の前の現実は裸を晒して、恥ずかしいおツユまで垂らしてるというのに誰一人として声をかけて来てくれないのです。
自分の頭の中のイメージと現実とのギャップを受け入れられませんでした。
私は意地になり、毎日要求される違うポーズをとりながら、学生達に全てを見せつける様にしました。
結果は惨敗でした。
「はい。今日でモデルを務めてくれた恭子さんは最後です。頑張って君達のために1年間本当に頑張ってくれました。拍手を!」
パチパチパチパチ!
私は花束を頂き、本当に何事もなかった様に全てのカリキュラムを終了したのです。
(あんなに全てを晒したのに…)
ショックという言葉では表せないくらいのダメージを心に受けました。
(この私のカラダの昂りや火照りは一体どうしたらいいのよ!誰か一人くらい私を求めてくる子はいないわけ?全然させてあげるのに…)
私は肩を落として家に帰り、愛美さんに電話をしました。
「終わったの?」
「はい。終わりました…」
「そう…どうだった?」
「…。」
私は言葉が出てきませんでした。
「ね?誰も私達のカラダになんて興味はないのよ…辛かったでしょう?」
「はい…」
悔しいやら泣きたいやら。
私はまだ女でいたかったし、その気になればいつでも…とも思ってたのに。
旦那に求められないのはきっと私のせいなんだと自分を責めたりもしました。
そしたら愛美さんが、
「よし。じゃあ特別に教えてあげる!」
「何を?」
「今の私の満たされ方!明日はもう仕事ないでしょ?付き合える?」
「はい…」
という事で、翌日愛美さんと会う約束をしました。
この空虚すぎる気持ちがいったいどうしたら満たされるというのか…半信半疑でした。
翌日、愛美さんが私を連れて行ったのは、ハプニングバーという私にとっては未知のジャンルの場所でした。
「ここって…」
「いいからいいから♪」
私は戸惑いながら愛美さんに言われるがままに受付をして、愛美さんが選んでくれた衣装に更衣室で着替えました。
「え?コレってどうやって着るの…」
とても際どい…必要最低限の部分しか隠せない下着、その上に羽織るものもスケスケでほとんど全裸と変わりません。
顔につけたおしゃれなアイマスクが一番大きな生地だった気がします。
「さ、いきましょ♪ここではあなたの本能のまま過ごせばいいのよ。」
よく見ると、愛美さんは大きなおっぱいが丸出し状態で、下半身も下着をつけず陰毛丸出し状態で身につけているのはスケスケのスカートのみ。
そして首には犬がつける様な首輪を装着しているという格好でした。
「な、なぁに?愛美さんその格好…」
「フフフ♪私はもう隠す必要もないのよ。私に何があっても驚かないでね♪あ、それからここでの出来事は他言無用よ♪」
呆気にとられっぱなしの私はロッカーに鍵をかけて、その鍵をフロントに預け、愛美さんに続いて中央のひらけたホールに出ました。
薄暗いホールではじめは何も見えなかったのですが、目が慣れてくるにつれてホールの至る所に男性がいるのに気づきました。
キャッ!!と言ってしまいそうなシチュエーションなのに、ヌードデッサンモデルで学生達の視線のシャワーを浴び続けてきた私は、見ず知らずの男性のいやらしい視線に心が躍ったのです。
自分でも驚きました。
「やぁ愛美。遅かったじゃないか…」
「お待たせしてすみません」
ひとりの初老の男性が愛美さんに近づき、愛美さんの首輪に犬の散歩用の紐をカチッとつけました。
「さぁ、散歩をしよう」
愛美さんは静かに四つん這いになり、紐を引かれながらホール中央の方へ連れて行かれてしまいました。
私はひとり呆然としていると、やはり50代くらいの男性が近寄ってきて、
「見ない顔だなぁ。初めてかい?」
「は、はい。」
「名前は?」
「き、恭子です…」
「恭子か。いい名前だ。おいで」
私は、肩を抱かれる様にして、ホール中央の愛美さんの方を向いたソファにその男性と一緒に座らされました。
「愛美の友達か?」
「はい…」
「そうか…ならよく見ているといい。愛美がどんな変態な女かがよくわかるぞ」
あまりに異様な空気感でした。
ホール中央では四つん這いの愛美さんが、ただでさえスケスケのスカートを捲られていました。
周りの男性たちは固唾を飲んでそれを見守っています。
「相変わらず肉肉しくていいからだだな。」
と言われながら、何度も臀部を叩かれていました。
乾いた音がホールに響きます。
「今日はどうして欲しいんだ?あ?」
「みなさんの思うままに…」
「思うままになんだ?」
「犯して欲しいです」
いつも明るくて豪快な愛美さんが見せたのは紛れまない女の姿でした。
「そうかそうか。ど変態な奥様は今日もちんぽが欲しいってわけだ?」
初老の男性はズボンとパンツを脱ぎました。
「勃たせろ」
愛美さんは膝立ちになって初老の男性のソレを口に含みました。
「アンタの友達は変態だなぁ?」
私の横で50代の男性が愛美さんの痴態を見て、当たり前のように私の胸を揉みなごらそう言いました。
私は黙って男性に胸を揉ませながら、非現実的なこの世界の魅力に気づき始めていました。
デザイン学校では何をしても相手にさえしてもらえなかったこのカラダをここでは求めてくれるのです。
心の深い傷が癒えていくのを感じました。
「おい、アンタもう乳首でてるぞ。こんなもんいらねぇだろ…」
バストトップだけがやっと隠れる程度の生地しかなかった下着は、男性に胸を揉まれただけで、いとも簡単に的をはずれました。
男性に肩を組まれながら下着を上に引っ張られ、私のバストは公衆の面前でさらけ出されてしまいました。
ホール中の視線が私の胸に向いている気がしました。
(あぁ…これだ…私はこれを求めていたんだわ…)
気づけばホール中の男性が二分して、愛美さんと私の周りに集まっていました。
「で?アンタは何を求めてここへ来たんだ?」
核心を男性に聞かれた私は迷わず答えました。
「私を犯してください…」
それを合図に男性達の無数の手が私のカラダに這い回りました。
もういつ透明の羽織ものが取られたのか、いつ下の下着が脱がされたのかもわからない状態まで私は陶酔していました。
二人の主婦相手に十数名の男性が群がるというカオス。
しまいには、私は掟破りのアイマスク剥がしにもあい、ひとりの女として性の快楽に溺れてしまったのです。
子供が帰ってくるまでの攻められ続ける5時間はあっという間に過ぎました。
「どうだった?」
店を出ると、いつもの愛美さんが私に聞いてきました。
まだこの世界に慣れていない私はまだ頭がぼぉっとしていて、愛美さんのように切り替えがうまくいきません。
「さ、最高でした…」
とだけ答えました。
「よし!じゃあ専業主婦に戻るよ!」
と愛美さんが気合を入れていました。
「愛美さん!」
「ん?」
「また…連れていってください!」
愛美さんはクスッと笑い、
「あなたも好きもんね♡」
と言われてしまいました。
あの地獄の1年間の視姦放置から一転、今や私はハプニングバーの顔になり、このカラダは沢山の男性に愛されながら貫かれて幸せです。