僕(V6の井ノ原快彦似)には今16歳(高2代)、14歳(中3)、13歳(中2)、10歳(小4)、6ヶ月の娘がいる。10歳までは嫁との子供だ。6ヶ月の娘は長女との子供だ。実の子供は次女からだ。
うちの娘はみんな可愛いが長女と三女の可愛さと言ったらハンパないです。次女は可愛いけど気が強い部分があり可愛げないサバサバ女子。
四女はおてんば盛りのバスケに打ち込む小学4年生だ。五女はよく寝てよくおっぱい飲むお利口赤ちゃん。と娘の説明はこの辺にしておき本題に入る。
四女が3歳になったある夏の日、いつものように三女と四女と嫁と3人で公園に行って遊んでいた。いつものなんの変哲も無い1日になるはずだった、しかし普通の幸せは突然として奪われるのだ三女は四女と手を繋いで帰って来た2人とも酷く泣きじゃくっていた。
「ママはどうしたの?」と聞いた。「ママが頭痛い痛いなの…」四女が答えた。2人に連れていかれるままいつもの公園にやって来た。人集りが出来ていた。その先にうずくまり頭を押さえうめき声をあげる妻。僕は一目散に駆け寄った。すぐに遠くからサイレンの音が聞こえてきた。タンカーに乗せられて病院に運ばれた。
妻はすぐに緊急手術になった。医師からは手術しても助かるかわからないと言われた。それでも僅かな可能性に賭けて手術した。結果、ダメだった。遅すぎたのだ。脳梗塞だった。
そうして4人の娘を育てるシングルファザーになった。これが娘との関係を持つことのきっかけになった。愛する奥さんに突然先立たれ悲しみに暮れていた時、救ってくれたのが娘たちだった。長女はわずか10歳、ママが大好きだった。悲しいはずなのに葬儀が終わると涙も見せず妹たちの面倒を見ていた。僕はまだ悲しみに暮れていた。妻の死から2週間くらい経ち仕事に復帰した。
しかし完全に悲しみから抜け出せたわけじゃなかった。朝仕事に行き、夕方帰って娘と飯を食べ、娘と風呂に入り、寝る。そんな毎日の繰り返し、嫁がいた頃が遠い昔のように感じて毎日夜になると仏壇の前で泣いていた。そんなある日長女がしがみついて来た。
いつも気丈に振る舞っていたけど寂しかったらしい。思えばずっと構ってあげてなかった。そんな自分を反省していたら唇に温かいものが触れた。娘は僕にキスしてきたのだ。「ママがパパにずっとしてあげてたよね。」と言った。
「美優ちゃん…」「パパ大好き、美優、パパの笑ってる所が好きなの、だから笑っててよ♡」と言ってまたキスしてきた。妻も似たようなこと言ってたなと思い出し泣きたくなったがここは堪えて美優に笑いかけた。美優は満面の笑顔で「やっぱパパは笑顔が1番似合うよ‼︎」と答えた。
この日から僕はいつもの自分に戻った。この頃から美優は「娘」から「女」として意識するようになっていった。実の娘じゃ無いから無理もないかもしれない。しかし、そこからしばらくは何事もなく普通の親子だった。娘はたまに弁当を作ってくれた。♡の多い手の込んだ弁当だった。海苔で♡ 卵焼きで♡ こんな感じで、愛妻弁当ならぬ愛娘弁当は職場でも好評だった。いつも手紙が入ってて「だーいすき♡」「今日も頑張ってね♡」「帰ったらぎゅーしてあげる♡」これじゃまるで恋人じゃん。と思いながらこれも悪くないなと思った。
そんな日々は過ぎ娘は中◯生に上がった。この頃から「親子から恋人」に変わっていった。「パパの事が好き♡」と言われた。それは父親としてだと思っていたがそうじゃなかった。娘には黙っていたけど中◯生にもなると僕と実の親子ではないことを娘は知っていた。男として好きだと告白してきたのだ。
この告白に今まで押し込めてきた気持ちが溢れ出てきた。日に日に妻に似てくる娘に、娘の口癖に、恋心のようなものはずっと募っていた。両想いだと分かれば隠す必要はない。他の3人の娘にはバレないように2人でするデートはしばらくは買い物のスーパーぐらいだった。たまに洋服を買いに行ったりもした。
初めて交わったのは美優が中学2年の夏休みだった。お風呂上がりにタンクトップに短パンの超薄着。今まで意識してなかったが娘のカラダは確実に成長していた。一緒にお風呂に入ってた頃はぺったんこだったのに今では谷間が出来るほどに成長していた。お尻もぷりっとしていた。太もももムチムチしていて、痩せすぎないお腹。まさに健康的な身体をしていて。理性がぶっ飛んだ。彼女を寝室に呼び一緒に寝た。
シャンプーの匂い、真近に感じる吐息、触れる肌、可愛い寝顔。無防備な姿。朝方、まだ薄暗い中僕と娘は交わった。柔らかな胸、お尻、漏れる吐息、リップ音、ピチャピチャと湿った音。甘美な響き、甘い声。一夜にして美優は女へと変わった。
「好き…」
「パパも」
「パパじゃないでしょ」
「そうだね。」
「気持ちいい?」
「気持ちいい」
「パパの愛、独占させて?」
「パパって呼ぶの禁止。」
そんな会話を交わしながら快楽と愛を貪った。 続く