皆様、初めまして。私は萌美(もえみ)と申します。
過去に私が体験してきた秘密の性体験を、告白させて頂きます。
仮名で投稿しようと考えていたけど、どうしても自分で書いていて違和感があるので、プライバシーを守れる範囲でなら良いと思い、姓を省いて実名で投稿しました。
もちろん、こういった場での投稿なので、男女関係にまつわる猥談なのですが、今まで誰にも打ち明けた事の無い、デリケートでインモラルな内容です。
今の私には大切な家族がおり、社会人としての生活もあります。そんな立場ですから、あれこれと巧みにプライバシーを探られても困るので、私がコメント欄にて皆様と書き込みでやり取りする事については、念のために遠慮させて頂きます。
なので皆様には、質問とか、返信待ちのコメント、雑談なども含めて、コメント欄での私宛のやり取りをお控え頂けたらと思います。どうかお許し下さい。
感想や意見の書き込みについては、もちろん歓迎します。アダルトな告白の場なので、私のような女性とのエピソードをお持ちの男性や、私と似た体験をされた女性も、少なからずいらっしゃると思うし、私もなるべく全てに目を通すつもりです。
このサイトに訪れる人は多分男性が多いと思いますが、女性の方が共感を持ちやすい内容の話だと思いますので、女性にこそ読んでもらいたいし、性別に関係なく、肯定、否定、そこに関しては自由に書き込んで頂ければと思います。
もうだいぶ昔の話になりますが、私が実際に経験した、熱く激しい、甘くて淡い過去の性体験を、この場を借りてお伝えさせて頂きます。
数回に分けて投稿するのではなく、敢えて1本の投稿で締めさせて頂きますが、そのぶん私が伝えたい事の全てを、記憶の限り緻密に書いたため、かなり長い文章の告白になりました。
これからお伝えする私の告白は、話の当事者しか知りません。本来なら、世間には決して知られてはいけない内容です。
でも何故か、誰かに伝えてみたい、理解されたい、そんな気持ちがずっと心に燻っていました。明かしてはいけないと思いつつも、もう時効だと思える過去の体験ですし。
そこで、安心して告白できる場でなら、という思いで、相応しい場をネットで探していて、このサイトに辿り着いた次第です。
先に告白の内容を簡単に説明すると、まず私はロストバージンした年齢が、かなり早かった事。
そして、結婚後に私は主人に内緒で、ある男の子と親密な関係になって娘を作った事です。
私が始めてセックスを知った頃や、少女だった頃の性体験の思い出や、主人との馴れ初め、娘を身籠るに至った経緯などを、これから詳しく記します。
事実は小説より奇なり、とよく言われますが、私は性的な意味において、それを身をもって体験してきました。
拙文ですが、出来れば最後までお付き合い頂けたらと思います。
まず私がどんな女なのか、身の上や外見がイメージ出来た方が、皆様も読み進め易いと思うので、ざっとですが記しておきます。
私は現在45歳。千葉県出身で、地元の県立高校を卒業後、大学時代から現在まで都内に在住。
大学を卒業後に、学習塾や予備校を経営する会社に就職。それ以来、都内で小学生向けの学習塾の講師を続けています。
子供の頃から体がとても柔らかくて、体を動かすのが好きでした。小学校時代は5年間ダンススクールに通い、中学時代はバトントワリング部でした。高校時代は新体操部で、大学時代はチアリーディング部に所属してました。
毎日のストレッチとジョギングと、スポーツジムでの週2回のエアロビは、私が高校生の頃から続けている習慣です。
そのおかげで、小柄なせいもありますが、この歳になった今でも体重は50kg以下です。バストは豊か過ぎて困るほどですが、全体的には骨格も肉付きも細身です。
多くの女性と同じように、私も子供を産んで一時は体重が増えて、体型も崩れかけました。でも、スタイルを戻すための良いエクササイズがあって、ほぼ若い頃の体型に戻りました。
娘は出産したとき大きな赤ちゃんだったので、産後は腰回りの骨格が広がってしまい、その影響で現在ヒップは85センチ。お尻だけは産後に結構大きくなったけど、これは仕方がない事なんです。
ウエストは今でも、10代だった頃と同じ55センチ前後をキープしていて、うっすらですが腹筋も浮いてますし、バストは近年加齢で少しずつ下がり始めたと感じるものの、まだまだ女として現役だし、ヒップも上向きを維持しています。
おかげで、実年齢よりも若く見られる事が多くて、よく30代前半か半ばくらいに見られるのが嬉しいです。
顔は丸顔で童顔。髪型は社会人になってから変えてません。前髪は正面に垂らすと顔が半分隠れるくらい長めで、サイドから後ろは短め。ミディアムボブのセミロングで、パーマはかけずストレートです。
長い前髪は、普段は手櫛で整える程度ですが、運動中は邪魔になるので、おでこを出すような感じで左右に分けてヘアピンで留めるか、シンプルなデザインのカチューシャを使います。ヘアバンドは汗で蒸れるので使いません。
元々の髪の色は少し薄くて、天然のこげ茶色です。私は昔から黒髪に憧れがあり、小学生だった頃から現在まで、殆どいつも黒に染めてます。
髪色だけでなく、私は体全体の色素が生まれつき少し薄いみたいで、アルビノではないけど、少し似た傾向を持った体質だと感じます。
肌は欧米人みたいに真っ白で、日焼けするとすぐに真っ赤になってしまいます。瞳の色も薄茶色というか少しオレンジ色っぽくて、よくカラコンを入れてるのかと勘違いされます。
周囲からは、美人とか、綺麗、可愛いなどとたまに言われますが、多分お世辞だと思うし、自分では実感はありません。美人と言うより普通のレベルですし、どちらかと言うとブサイク寄りだと思います。
現在は、都内で三人家族で幸せに暮らしてます。
私と同い年の主人は、国内線の飛行機のパイロットです。子供は、小学六年生の娘が一人おりまして、今は11歳です。
自己紹介はこれくらいにして、話を進めていきます。
主人と私の出会いは、私が22歳だった頃まで遡ります。
まだ私は、社会人になりたてでした。大学時代に住んでいた調布市から、台東区に引っ越したばかりの頃でした。
大学時代に親しかった女の子から、合コンに誘われたんです。
参加する女性の頭数合わせのため、当日にいきなり半ば強引に参加させられました。
女子6人×男子6人というセッティングの合コンで、本来参加するはずだった一人の女の子が、当日になって急用で抜けたので、欠員補充のため私が呼ばれたんです。
その合コンで、初めて主人と出会ったんです。
当時の主人は、私と同じく社会人一年目。今でこそ国内線の旅客機の機長を勤めてますが、当時はまだ国内大手の航空会社に就職したばかりで、パイロットの養成過程に励む、見習いのような身分でした。
決して美人とは言えない私には勿体ないような、東山紀之に似たイケメンでした。
まだ恋愛が未経験だった私は、そんな主人に羨望の想いを抱きつつも、自分の顔立ちには全く自信が無かったし。
数合わせのための参加だと分かっていたから、最初から最後まで合コンのサポート役に徹するつもりでいました。
なのでメイクも薄めにしてました。急に呼ばれたので、じっくりメイクアップする時間も無かったし。
アイラインやアイシャドウ等は使わず、明るめのファンデを薄く塗って、チークを軽く盛って、唇はピンク色のリップの上からグロスを重ね塗りしただけの簡単なメイクでした。
私も合コンはこの時が初めてではなくて、大学三~四年の頃は、片手の指を折って足りる程度の数は参加してましたが、いつも不発に終わってました。
そんな私でしたから、この合コンで私が男性と親密になり、ましてや恋愛に発展するなんて、初めから全く期待してなかったんです。
その日は5月の中旬で、少し暑いくらい暖かかった日でした。私はたまたま休日で、一人で午前中から神田の書店巡りをしてる最中で。
気が付けば夕方の17時頃になっていて。そんなときでした。
「萌美、今夜暇でしょ?今日19時から六本木で合コンやるんだけど。顔だけ出してくれれば良いから、助けると思って来てくれない?」
みたいなノリで、友達からメールが届きました。
私は断っても良かったんだけど、暇だったのは確かだし、親しい友達の頼みという事もあり、急いで自宅に戻って支度して、合コンを行う六本木の居酒屋に向かい、飛び入りで参加して。
急な呼び出しでバタバタしてたので、お洒落にまで気を廻す余裕なんてありませんでした。
服装も、学習塾に勤務していた私が、普段から仕事で着ているダークグレーのパンツスーツで、まるで地味な就活生みたいな感じでした。
私はバストにボリュームがあり、スーツを着ると上半身だけムチムチになってしまうので、普通の飲み会だったらパーカーみたいなラフな服装で参加するところですが、合コンなのでそれなりの服装になります。
当時の私は、こういった場に着ていく服が他にありませんでしたから。
私を合コンに誘った友達は、大学時代の同期生で、私と同じチアリーディング部でした。ルックスが良くて目立つ女の子で、躍りも上手かったので、多くの演目でセンター役を担ってました。
私はというと、演目のクライマックスで連続バック転とか難易度の高い技を任されるのは、大抵私だったけど、なにせ背丈が小さいので。センターに抜擢された事はありません。
その友達は、大学時代はアルバイトでモデルもしていて、男の子に人気があって明るい性格でした。大学を卒業する前には既にプロダクションと契約していて、卒業後はプロ野球チームのチアリーダーやモデルをしていました。
その友達も現在は結婚して子供もいて、専業主婦をしています。
私と違って、背が高くてとても綺麗だったし、社交性があって、大学時代から合コンのような場にも慣れてる様子でした。
その日の合コンで他に参加していた女の子には、地下アイドルをしてる女の子がいたし、有名な劇団で舞台に立っている女優の卵みたいな女の子とかもいて。
学習塾の冴えない見習い講師だった私では、とても勝ち目なんてない状況でした。
そんな可愛くて美人な女の子ばかり揃っているなかで、何故か主人から、私が猛烈なアプローチを受けてしまって。
主人が言うには、一目惚れだったそうです。私が鈴木京香に顔の雰囲気が似ていて、顔が小さくて可愛くて、スタイルも良くて(要するに背が小さくて、童顔で、巨乳、という事だと思います)、との事でした。
でも、私はどちらかと言えば、周りからは小林聡美に似ていると言われる事が多いです。主人から見れば鈴木京香似かも知れないけど、そう言ってるのは主人くらいなもので、そこまで私は美人ではないと今も思っています。
特に、目尻が下がった垂れ目は、子供の時からずっとコンプレックスです。そのせいで幼い頃から、よく周りの男の子達に、ブスとか、後ろ姿美人、首から下だけ美人、オカメみたいな顔だとか、よく揶揄されてましたから。
そんな私ですが、主人とは同い年なだけでなく、なんと出身地も千葉県南部(私が木更津で、主人は鴨川)という共通点があって。
鴨川シーワールドの事を“鴨シー”と、地元の人しか使わない呼び方で呼んだり。スポーツ観戦が好きで、プロ野球はロッテひと筋、サッカーはジェフ推しという所まで、見事なまでに私と一致してました。
そのため瞬く間に話も弾んで、その場ですぐに意気投合して。
合コンが終わったあとは、主人に誘われるまま、帰宅せずにタクシーで渋谷のラブホテル街へと向かって、主人と二人きりでお泊まりしました。
ホテルの部屋でシャワーを浴びながら酔いを覚ました後、お互いに一糸纏わない産まれたままの姿で、ベッドルームで向き合って。
主人とは、ついさっき初めて知り合ったばかりだというのに。恥じらいもなくベッドの上で身を任せて、体を結び合って、愛を確かめ合いました。
多くの男性は巨乳の女性が好きだと私は思うんですが、主人もやはりと言うか、かなり巨乳好きな様子でした。
合コンのときから、主人に胸元を何度もチラ見されていたのは、それとなく感じてましたが。
私が服を脱ぐ前から、私が巨乳なのは感じていたであろう主人でしたが、全てを脱ぎ去った私の裸を初めて主人に見せたとき、主人は私の乳房の大きさに、とても驚いてました。
主人の期待値をかなり上回っていたようで、いかにも嬉しそうな主人の表情が、何だか可愛らしかったです。
そして今もそうですが、主人は私の大きな乳房を、とにかく執拗に、じっくり丹念に弄んでくるんです。揉んだり掴んだり、吸ったり、谷間に顔を埋めたり。
でも自己中で乱雑な扱いではなくて、濃厚で激しいのに、それでいて優しさを感じる愛撫なんです。
主人との初めてのセックスは、それまで私が数々のセックスフレンドと経験してきたセックスとは違いました。
私はこの時まで、男性から性欲発散のための道具として扱われるセックスしか、経験してませんでした。
私もそれを承知で、私の欲求を満たしてくれるためだけの存在として、相手の男性を見ていた気がします。
主人だけは、最初から違いました。しかも私は、社会人になってからその夜までの1ヶ月半、誰ともセックスをしてなかったので、久しぶりだったせいもあったかも知れません。
本物の愛が伴ったセックスが、愛されながら抱かれる事が、あんなにドキドキしてときめくものだったなんて、思いもしませんでした。
そして主人は主人で、なかなかの巨根の持ち主です。
主人にも巨根ゆえの悩みがあるようで、用を足すときペニスが出し難いとか、しまうときチャックで挟みそうで怖いらしいです。セックス以外のとき勃起すると困るとも聞かされました。
あの大きさなら、確かに困るだろうなと思います。
ちなみに私は、自分の握り拳の幅や、指の長さや太さを利用して物の大きさを測るのが得意で、その時に主人のペニスの大きさを測ってみたんです。
私は女性の中でも手が小さい方だけど、その小さな手の握り拳を3つ連ねても、まだ亀頭が半分余る長さですから、根元から先端までおよそ24~25センチくらいだと思います。
亀頭の幅も6センチ未満だと思いますが、5.5センチか、それを少し超えているくらいだと思います。
主人と出会う以前の私の経験人数は15人で、主人が16人目でした。多くも少なくもない、女の子なら普通の範疇の人数だと思いますが、主人ほどの立派なペニスの持ち主は誰もいなくて、20センチを超えるほど大きなペニスを実際に目にしたのは、そのときが初めてでした。
上向きに反り返るようにそびえ立ち、陰茎は血管が浮き出て逞しくて、とっても太くて。
亀頭は更に幅があって、縦の厚みもあり、まるで大きな苺のような形で、計算されたような美しい流線型でした。亀頭のカリと陰茎が大きな段差になって、鋭くクッキリと角が立っていて。
まるで未知のモンスターみたいでしたが、グロテスクと言うより、男性的な力強さがあって、まるでオブジェのようでした。
「まあ!大きい!」
私は思わずそう言って、うっとりと見とれてしまいました。
そのまま私は仁王立ちになった主人の前で膝を着いて屈んで、ペニスを愛撫しました。
石みたいに固く勃起した熱いペニスを、根元から先端まで、手で撫でたり、子猫がじゃれるように頬擦りしたり。
「もっと気持ち良くしてあげても、良い?」
と、私は上目使いで主人に聞くと、主人は笑みを浮かべて頷きました。
私はまず、ドーム状に膨れた私の乳輪と、その頂点で小粒の葡萄くらいの大きさに尖った乳首を使って、亀頭を突っついたり撫でたりして。
それから熱々のペニスを乳房の谷間に挟んで、大きくゆっくりと、何回もしごいてあげました。
私の谷間の上から、亀頭が出たり引っ込んだり。そして、谷間から亀頭を出すと、舌を出して舐めたり、口に入れたり。
私がフェラチオを始めても、私の小さい口を大きく開けて、亀頭をすっぽり口に含むのがやっとの大きさでした。
ペニスを谷間から放して、ペニス全体的を舌で舐め回して、丹念に磨いてあげて。
再び亀頭を口に運び、歯を当てないように慎重に出来るだけ口の中の奥まで入れてから、舌を絡めながら頭を前後に振っていきました。
主人はとても気持ち良さそうで、フェラチオが上手いと誉めてくれて、私もフェラチオは好きだし得意なので、そのまま射精まで導いてあげたかったけど。
顎が外れそうでやりにくくて、亀頭からカウパー液こそ出てくるものの、主人が遅漏気味で時間がかかりました。
「待って、もう出ちゃいそうだから。萌美と交わりながら射精したいから。」
と主人に言われてストップをかけられたので、射精には至らずでした。
私が
(ちぇっ!あともう少しってところだったのに。)
という気持ちをアピールして、わざと膨れっ面をして悔しがると、塾は私の顔を優しく撫でてくれて。
主人は私の体を軽々と抱え上げて。
主人にお姫様抱っこをされて、ベッドまで運ばれて。
いよいよ本番に移る段階で、主人がベッド脇の台の引き出しを開けてコンドームを取り出すと、ホテルの部屋に用意されていたコンドームは、サイズがMとLの二種類しかありませんでした。
コンドームの箱を見ると、中国製のよく分からないブランドだったので、品質がBクラスだったかも知れません。試しにLサイズのコンドームを主人が着けようとしたら、簡単に裂けてしまって。
主人がホテルのフロントに電話で確認したら、そのホテルには元々大きいサイズのコンドームが置かれてなくて。
対応してくれたホテルのスタッフが親切で、ホテルのすぐ近くに深夜営業している薬局があるので、急いで代わりに買いに行ってくれると言って下さり、お願いしてXLサイズのコンドームを1箱買ってきてもらいました。
主人のペニスがあまりにも大きくて迫力があったから、小柄な私の小さい膣に、はたして根元までしっかりと収まるのか。大きな亀頭が小さな膣の入り口でつっかえたりしないか。そのときは不安でした。
恵方巻みたいなモノを膣に入れるんですから、膣が破壊されるんじゃないかと心配になってしまいましたが、案外ちゃんと迎え入れられました。
それでも膣の中は、壊れそうなくらいパンパンに広がったし、ペニスが胃袋の辺りまで届いてる感じで、ピストン運動が始まると、膣がペニスと一緒に外に引きずり出される感覚でした。
主人も小柄な私の小さな膣に挿入したとき。
「中が狭過ぎてキツい、ペニスが折れる。」
と言ってました。
しかも主人は身長が186センチあり、結構な長身です。
私は152センチしかないので、身長差は34センチもあります。普通に立って向い合わせでキスしようとしても、私が限界まで背伸びしながら、主人がかなり前屈みにならないとキスが出来ないんです。
なので最初は、身長の差がミスマッチで上手くセックス出来ないんじゃないかと心配でした。
でも、この後に様々な体位を試す事になる訳ですが、いざ抱かれると、大きい体の方が正常位でも手足でしっかりと抱き付けました。
私は膣が下付きで、肛門のすぐ近くに膣があるため、後ろから主人を迎える体位ももちろん良好でしたが、お互いが立って行う体位だけは、少し工夫が必要でした。
立ちバックのときは私が背伸びをして何とか、という感じでした。
立って向き合って交わるときは、私のチアリーダー仕込みの体の柔らかさを活かして、主人に挿入させ易くするために私がY字バランスの姿勢で、私が片足を高く抱え上げて立ったまま180度開脚をして、主人の挿入を迎えるという裏技を使いました。
足を高く抱え上げて、片足で立ったまま主人と性交するというのは、なかなかアクロバティックな体位です。
この体位で主人と交わると、私は主人に突き上げられて、足が床から完全に浮いてしまいます。なので上げた足を片手で押さえつつ、もう片方の手で物に捕まって体を支えます。
とても深い挿入感が得られるし、少し変わった角度からペニスが入るのが、とても気持ち良いんです。
その後に主人が大好きな体位である駅弁へとスムーズに移行も出来るので、今も夫婦の営みの中では、毎回欠かさず行ってます。
二人で座って体を起こして対面で交わる時は、むしろお互いに無理なく顔が向き合うので、セックスでの一体感は最高でした。
私のクリトリスは、勃起すると頭を覆っている皮が剥けて、茎が長く伸びます。他の女性と比べた事が無いので私見ですが、平均よりかなり大きいクリトリスだと思います。勃起すると、恥丘の溝から外に、大豆くらいの大きさのクリトリスの頭がはみ出ます。まるでアソコから小さなキノコが生えたみたいです。
特に正常位など、私が前側から主人を迎える体位では、クリトリスの頭が陰茎に当たり易くて、常にピストン運動でズリズリと強く擦られ続けるんです。
主人のペニスは太いので、その傾向が強まります。
更に、大きな亀頭の角で、膣の内側を強烈に擦られて。
最初は、正常位での緩急を織り混ぜた主人のピストン運動でしたが、長めの前戯でかなり濡れた状態から始めた事もあり、私は開始してすぐに昇り詰め始めてしまい、そこから最初のオーガズムまでは、本当にあっという間でした。
主人が遅漏気味だったから、主人が最初に逝く前に、私は3回も逝かされてしまいました。
ようやく主人がコンドーム5個を使い切って終わった頃には、既に夜中の2時を過ぎてました。
その後は、お互い全裸のままで、私は主人の厚みのある温かい胸板を枕にして、甘えながら眠りに就きました。
そして翌朝の6時過ぎの早朝に、寝起き直後から更に3ラウンドもセックスしてしまいました。
私は、いつもの癖で自然に朝6時に目を覚ましてしまったので、隣で一緒に裸のまま眠っていた主人の上に身を重ねて、唇にキスをしていたんです。
主人はまだ寝入っていたけど、ペニスは少し柔らかめの勃起をして立ってました。
私のキスで主人も目を覚まし、キスに応えてくれるように、主人から乳房やクリトリスを愛撫されて。
私も主人の愛撫に更に応えるように、キスを続けながら手探りで、大きな亀頭を包み込むように手のひらを当てて、クルクルと撫で回して優しく擦ってあげたり、陰茎の裏筋を指で摘まんでシコシコして、ねっとりと丁寧に愛撫してあげて。
まだ早朝で、お互い寝起き直後なので、私はその場でまさかセックスに至る事なんて、想定してなかったけど。
私が濡れてきた頃には、主人のペニスも、私の愛撫で固さや大きさが更に増してきていました。
亀頭の先からカウパー液が出て、亀頭が濡れて肌触りが滑らかになり始めたので、私はカウパー液を亀頭の皮膚に刷り込むイメージを意識しながら、手のひらで満遍なく撫で回して。
そのまま射精させてあげようとして、愛撫を早めて激しくしました。
するといきなり、主人に一瞬で強引に体勢を入れ換えられて、主人の上に乗っていた私が下になって、両足を左右に開かされて。
まるで猛獣が襲うみたいに、無言の主人に覆い被さられて、ディープキスをされながら、そのまま私に無断で生のままのペニスを膣に挿入されてしまいました。
既にXLサイズのコンドームは使い果たしていたし、主人が代わりのコンドームを付ける素振りなんて当然ありません。
そもそも代わりのコンドームだって、主人のペニスでは簡単に裂けてしまう代物です。
主人はもう、自分の気持ちの高ぶりが抑えられなくなっていた感じでした。
実は、そのとき私は危険日の中でも最も危ないタイミングでした。主人に抱かれた夜が排卵日で、その翌朝だったんです。
だから前日の夜も、セックスをする前に予め主人と約束してたんです。
「今夜生でエッチすると、多分赤ちゃんが出来ちゃうから。本当だから。生で挿入だけは、絶対にしないでね。約束よ。ねっ?」
と。
そう主人にしつこく伝えて、主人も約束してくれてたのに。
主人にズッシリと重くのし掛かって来られて、重みでお互いのお腹がピタリと密着して、同時に物凄く固くて熱い、あの大きなペニスが、一気に根元まで膣に収まってしまって。
膣で感じた生のペニスの感触は、とても熱くて、コンドームを被せたときとは別物のような生々しさでした。
最初は私も、寝起きとは言え、ロマンチックで激しかった前夜の興奮が冷めやらぬ状態だったので、つい我を忘れて、早朝だというのに、一緒に腰を振ってしまって、一心不乱に乱れて、早々に逝き狂ってしまって。
オーガズムに達して、その影響で、もう主人の好きなように何をされても厭わないという気持ちになってしまって。
その日の朝に主人が放った3回の射精は、いずれも膣内射精でした。危険日ゆえに膣内射精だけはしないと、主人と約束していたのに。
それなのに、あの時の主人ったら。約束を忘れた訳でもないでしょうに。完全に確信犯でした。
主人は、私の体に精子を植え付けたい衝動にかられて、気持ちが暴走して制御不能になってしまったかのようでした。
私が抱かれながら、ふと我に帰って避妊しなきゃいけない事を思い出して。慌てて避妊するよう言いましたが、主人は聞き入れようもせずに、私をガッチリと抱き締めて、私を黙らせるようにディープキスで口を塞いできて。
主人の体を両手で押し退けようとしても、重くてビクともしませんでした。
「萌美の中でミミズが蠢いてるみたいで、気持ち良過ぎて離れられないんだよ。萌美が孕んだら責任取るから、良いよね?このまま萌美の中で種付けするね。良いよね?良いよね?」
などと、正常位で激しく繋がっている最中に耳元で言われて。
コンドームを着けてないせいか、主人は前日の夜よりも早いペースで射精を迎えつつあるのが分かりました。
私は駄目だと何度も言ったけど、主人がペニスを膣から抜き出す気配は無くて。本当に危ない日なんだから、嘘じゃないから!駄目よ!お願いだからもう抜いて!せめて外出しして!と、いくら私がお願いしても、主人は聞く耳を持ちません。
「もう萌美にはゴムなんて必要ないんだよ。もう俺と萌美は、そういう仲になったんだから。」
と言われたり。
「今更わめくなよ、子供同士じゃないんだからさ。孕んだって、後からどうにでもなるだろ?」
とか言われ、離してもらえませんでした。
私が正常位で逝き易い事を既に主人に知られてしまっていたからか、しばらく正常位のまま体位を変えずに、私は主人に乗られて身動きも取れないまま、また逝かされて。
やがて、主人は正常位の体勢から自ら体を起こすと、膣を天井に向かせるように、仰向けの私の足をM字型にしてベッドに押さえ付けて、私の腰の下に枕を入れて、まんぐり返しの姿勢にされて。
前日の夜は色々な体位で交わり合ったなかで、まんぐり返しは一度もしてなかった体位でした。明らかな射精の体勢だと、私は悟りました。
私はかなり強いオーガズムを味わっていたから、その快感の波に溺れてしまっていて、後先を考えられるような正常な思考力を失っていました。
気が付けば、私も口では駄目と言い続けながら、体の反応は言葉とは全く裏腹な状態でした。
主人の大きな胴体に、私は自ら両手と両足をガッチリと絡めて、力一杯に抱き寄せてしまっていたんです。
大きな乳房も、主人の厚みのある胸板に押し潰されて、全身が隙間なく密着していて、二人の体が結合してひとつのモノと化した状態でした。
もう主人だって、仮に離れようとしたって離れようがありません。
主人のペニスが固さを更に増してきたのが、膣内の圧迫感で分かりました。同時に主人は腰の振りを早めてきて。
私は主人にしがみ付いたまま、快感で勝手に体が仰け反りました。そして、私の腰が痙攣を起こしたように、勝手に前後に動き始めて。膣自体も収縮を起こしていて、私の体が悦んでるのが感じられました。
そのときの膣内の摩擦感は、とてつもなく強烈でした。
「萌美の中、気持ち良過ぎてヤバいよ!」
と主人は言ってましたが、むしろヤバかったのは私の方でした。
メーターの針が一気に振り切れたみたいに、大きな快感の波が押し寄せて来たんです。
ベッドのシーツの摩擦、主人の肌と触れ合ってる感触、体に伝わる主人の体温、それら全てが快感でした。
「もうこのまま中に出して!好きなだけ中に出して良いから、中に、中に、早く出してっ!」
と、私は衝動的に、突発的に本能で口走ってしまったんです。その後はもう快感しかありません。
「逝くっ、逝くっ、あっ!あっ!あっ!逝くっ、あっ!あっ!」
と喘ぐ事しか出来ないほどに乱されていって。
妊娠に対する警戒感は、そのときには完全に崩壊してました。
女として、諸般の事情を抜きにすれば、膣内射精されてみたい願望や、赤ちゃんを授かる事への憧れは当然誰にもある訳ですし、本気で私の中に精液を残したいと思ってもらえる事が、女の誉れのように感じられて、素直に嬉しかった気持ちも、心の中にあったからです。
「萌美!萌美!萌美!孕んだらゴメンね、孕んでも良いよね、出るっ、出る出る出る出るっ!」
という感じで主人は叫んだ途端に、男性が射精するとき特有のリズムの唸りを上げ始めると、私とまんぐり返しでひとつの塊になって組み合わさったまま、ペニスが心臓みたいに膣内で鼓動し始めて、私の体の奥で精液を放ち始めました。
その直後、ほんの一時ですが、私は失神してしまったみたいです。と言うのも、主人が射精し終えて私の体から離れるまでの記憶が無くて、どうしても思い出せないんです。
本当は避けなきゃいけなかった膣内射精も、主人の私への熱い愛情が込められていたからか、いざ実際にされてみると、意外にも後に残ったのは不安感ではなく、約束を破って膣内射精した主人への嫌悪感も無くて、満足感と喜びしか私にはありませんでした。
男性は、気に入った女性に対して“この女は俺のモノだ”という印を付けるために、膣の中に精液を残す事を本能的にやりたくなるのかな?と、私は感じました。
それは多分、男性の本能には、自分の女にマーキングをする仕組みがあって、主人は半ば無意識だったかも知れないけど、そんな法則に忠実に、私にマーキングをしたくて堪らなくなったのかな?と思います。
主人がマーキングの相手に私を選んでくれた事が、とても嬉しかったんです。
主人は責任を取るって言ってたけど、もし妊娠したら、どう責任を取るつもりなんだろう?私に中絶させる?それとも結婚?認知だけして終わりなんて事は無いわよね?
と、終わってから考えてしまいました。中絶するにしても、産むにしても、どのみちそれなりの面倒はあるけれど、誰かに迷惑をかける訳でもないし。
でも私は研修中とは言え、既に小学生の児童の前で塾の教壇に立つ身でした。実習生講師として実際の教壇に立ち始めたばかりだった頃で、そんなタイミングで未婚のままお腹が大きくなる事だけは、立場もあるので絶対に避けなければなりませんでした。
でも、それも妊娠が判明してから考えれば良い事でしたし。妊娠してなければ、素敵な経験以外の何物でもありません。何より、愛が伴う最高のセックスを通じて主人に心を掴まれた私には、そんな不安より幸福感の方が強かったです。
そんな感じだったので、おかげで私は寝不足のまま、渋谷のラブホテルから勤務先だった池袋の校舎まで、直接出社する羽目になりました。
結局、そのセックスで妊娠はしませんでした。
その時まで恋愛経験なんて無かった私も、恋愛が絡んでいないセックスは、実は既に何度も経験してました。
ここで、時代背景が前後しますが、私の少女時代の話をお伝えしておきます。
まだ私が10歳代前半の、思春期になったばかりの頃の話です。
その年頃にもなれば、男の子も女の子も皆、思春期の真っ只中で、内心はエッチな事に興味津々です。皆様もそうでしたよね?
たとえ私のようなブサイク系の女の子だって、中身は美形の女の子と一緒。男の子を誘いたくて仕方なくなり、気持ちが落ち着かなくなるものです。
体操服を着た男子を見ると必ず、胸板、鎖骨、二の腕、そして股間に、どうしても目がいきました。
そして、私のような地味な女の子が相手でも、セックスに誘われれば喜んで抱いてくれる、そんな許容範囲が広い献身的な相手も、少数ながらいるものです。
私が思春期だった頃は、表向きは影が薄い物静かな普通の女の子で通してましたが、そんな見た目に似合わず、セックスには人一倍強く憧れを心に秘めていました。同年代の女の子の中でも、私のそれは際立って強めだったかも知れません。
それも乙女としての成長過程における自然な生理現象なので、真面目ぶって抗っても仕方がありません。
もう誰でも良いから、私の体を抱いて欲しい。自分の体を男性に抱かせて、乳房を揉ませながら、膣にペニスを入れられてみたい。
今すぐ、男の人の体と繋がってみたい!
そんな思いを表に出さないように、周囲に隠して過ごしてました。普段から物静かで目立たない方で、勉強もそつなくこなし、人付き合いも当たり障りなく過ごしてました。
でも、心の中はもう飢えた雌豹のようで、まさに肉食系でした。
おとぎ話みたいな恋愛には、幼い頃から漠然と憧れていたけど。
思春期に入ってからは、とにかくまず恋愛より先でも良いから、早くセックスしてみたくて。好奇心とか欲望とかが、一気に覚醒したと言えば良いのかしら?
生殖本能のリミッターが解かれたように、急に強く性欲が芽生え始めて、抑えられなくなった感じでした。
おそらく女性も男性も、人間の自然な摂理によって、思春期に本能のリミッターが外れるようになっているのでしょう。モヤモヤした感じが治まらなくて、気持ちが落ち着かなくなったんです。
今現在の私は、バストがFカップです。トップバストは実測で90センチを越えていて、ギリギリGカップの手前で踏み止まっています。
それでいて私は、先にも記しましたが現在でも身長が152センチしかなくて、背丈は小中学生並みです。
その上、骨格そのものが細身なのでアンダーバストがとにかく細くて、62.5センチしかありません。
そんな体型ですから、Fカップでも相対的に乳房は結構大きくなります。背が高い女性の場合とでは、同じFカップでも乳房の大きさが全く違うんです。
このままの比率で私が身長160センチになったら、Hカップくらいのボリューム感になると思います。
ブラを着ると、バストは更に横から寄せられ、上に持ち上げられて、前にも大きく突き出るので、余計に巨乳に見えてしまうんです。
自分で見下ろすと、絶壁のようなバストで足元の視界が遮られて、普通に歩くときも足元が殆ど見えません。階段なんて、駆け足では怖くて降りられません。夏場は谷間や乳房の下の裏が汗ばむし、冬場は厚着すると太って見えてしまいます。
肩も常に凝るので、バストはこれ以上大きくなって欲しくないし、出来ればBカップかCカップまで落としたいくらいです。
さすがに思春期に入りたての頃は、まだそこまで体が熟してませんでしたし、まさか大人になってここまでバストが膨らんで困るなんて思ってませんでしたが。
当時から周りの女の子達と比べて、既に私だけが際立って発育してました。
小学六年生に進級した頃は、歩くだけで常に乳房の揺れを感じていて、既に体に合うジュニアサイズのブラが無くて、大人と同じCカップのブラを着てました。
他の女の子達は、まだサポーターのような、背中にホックも無いジュニア向けのブラを着ていて、殆どの子達がAやAAカップ程度だったはずです。
周りの女の子のバストが、まだ手のひらに収まり切る程度の膨らみだったなかで、私だけふっくらとお椀のようにバストが盛り上がってました。
一際大きなバストは、オカメ顔でブサイクな私にとっては、男の子の目を惹くための唯一と言っていい武器でした。
それでも男の子にモテる事は無かったけれど。
たとえそんな私が相手でも、恋愛抜きという条件なら、早熟な私の体を抱いてみたい。私の体で早くセックスを経験してみたい。そう思う男の子は、血気盛んな思春期だけに、探せば見つかるものです。
そんな経緯で、私は11歳のときにロストバージンに成功しました。
相手は中学三年生だった兄の同級生で、確か当時14歳。私とは古くからの幼馴染みでした。
その男の子の名前は、司(つかさ)くんです。
私のクラスメートの男の子は皆、まだ何となくガキっぽい感じがあって、どうせなら年上の頼もしい男の子と初体験したいと思っていたので、身近にいた司くんを選んだんです。
司くんとは、幼少の頃から兄と3人でよく遊んでました。友達付き合いが長かったので、お互いに気心も知れてたし。ルックスも良かったので、私はそのまま恋愛に発展しても良かったんですが。
司くんには既に彼女がいたので、残念ながら司くんとは、恋愛関係には至れませんでしたけど。
「私、司くんと初体験したいんだけど、お願いしても良い?」
という感じで誘ってみたら、あっさり即合意という感じでした。
「俺の初体験の相手は萌ちゃんになると、前から思ってたし。萌ちゃんの処女は、多分俺が頂く事になると思ってたんだ。」
そんなふうに司くんは言ってました。私より前から思春期に入っていたであろう司くんに、私は性の対象として既に見られていたようです。
その司くんの読み通りとなって、そのセックスはお互いに初体験同士でした。
私は人生初の記念すべきセックスでは、絶対に生で膣内射精してもらうと、ずっと心に決めていました。
セックスには、愛情表現や性欲発散などの目的がありますが、本来は生殖が目的です。なので、避妊するセックスは、本来なら擬似的な行為だと言えます。その意味では、避妊したセックスは偽りのセックスなんです。
せめて初めてのセックスは、本物じゃなきゃ私は嫌だ!という思いは、思春期の女の子として自然だったと思います。
それでも女の子の多くは、世間体もあるし、小中学生で子供を産む訳にもいかないから、生のセックスを諦めて、コンドームで避妊してロストバージンを迎えると思います。
私も出産はしたくなかったけど、一生に一度きりの経験です。ロストバージンは、初潮の次に来る女の子の金字塔ですから、女としてのプライドや拘りがありました。
なので、たとえ生殖目的でなくとも、生で交わって膣の中で射精を受ける事にしたんです。
とは言うものの、11歳で自分のお腹に赤ちゃんが出来てしまっては困るので、生理の予定日の三日くらい前~生理後3日目くらいの妊娠しにくい期間、いわゆる安全日を選んで。
司くんの膣内射精を4回ほど受けながら、生のセックスで無事に処女を卒業しました。
射精4回と言っても、それはあっという間でした。司くんもセックスが初めてだったからか、今思えば、射精がとても早くて。
多分、30分程度で、4回の射精を終えていたと思います。
司くんとはその後、私が小学校を卒業するまでの約半年の間で、15回セックスをしました。
その15回のセックスは、全て安全日を狙ってしていたし、その頃は私も司くんも、まだ性の知識が乏しくて、安全日はセックスしても妊娠は絶対しない日だと信じ切っていました。
だから、当然ながら毎回避妊は一切せず、いつも私から膣内射精をお願いしてました。
司くんも、私のお願いを理解して応えてくれて、私と抱き合った全てのセックスで、幾度も精液を膣内に流し込んでくれました。
司くんには本命の彼女がいた訳だし、私とは恋愛関係までは築けないため、司くんも、本心ではコンドームを使うとか、生でも外出しで射精したかったのかも知れません。
普通なら、好きでもない地味でブサイクな女の子に膣内射精なんて気が進まないだろうし、司くんも本音では、自分の精子を私の体に預け渡すのは嫌だったかも知れません。
けど司くんは、健気に私の気持ちを受け入れてくれて、嫌がる素振りも見せずに、懸命な表情で力強く、精液を私の体に流し入れてくれました。
いつも私はセックスしてる時に思うのですが、男性は射精するとき、抱かれてる私でも分かるくらい全身が力むし、本当に真剣に、懸命になって、力を込めて射精しますよね。
射精に至るまでの行為も含めて、体力もスタミナも浪費すると思うので、射精にはそれなりに身体的な負担もあると思います。
抱いてる女の子への熱い想いを射精のひと絞りごとに込めながら、苦悶の表情で、精巣で蓄えた限りある精液を女の子に預けるのは、大変な思いだと思います。
膣の奥で丁寧に、愛情や気合いを込めてビュッ!ビュッ!と射精してくれるのが、膣内でも分かりますから。
ペニスから放たれた直後の精液は、指や肌で触れたらとても熱いけど、膣内ではその熱さまでは感じ取れません。あれだけ勢いがある射精だって、注入されてる精液の勢いや流れは、膣内では感じ取れません。
けど、射精時のペニスは、膣内で心臓の鼓動みたいに一定間隔でピクピクと脈動するので、射精されてるというのは私にもハッキリ分かります。
男性の体の力み方もペニスと同じリズムになるし、表情や唸り声も同じリズムに変わるので、私に膣の中が見えなくても、力強い射精の様子や、精液を預け渡す男性の真剣な熱い気持ちは、体を繋げている私にも伝わります。
男性にとって精子とは、自分の体内で作られた貴重なもので、液体でも体の一部であって、自分のDNAを背負った分身のような感覚ではないですか?
私には、そう感じられます。精液の中の数億匹の精子のひとつひとつに男性本人のプライドが込められた、大事なものなんだと思います。
私も、自分の卵子にそんな気持ちを抱いてますから。私の分身という親近感や愛着を、卵子には強く感じてるんです。
私の体の中に、そんな大事な精液を、何度も沢山解き放ってくれた事。私がそれをしっかりと受け止めるのを許された事。それが嬉しくて、初体験では泣いたのを覚えてます。
ロストバージンを無事に済ませられた事で、私は自分が大人の女へと開花したような、サナギから蝶へと羽化したような、何とも言えない優越感と達成感を得て、感動的なロストバージンでした。
今思えば、生で膣内射精を許した以上、本当は、たとえ安全日であっても司くんの赤ちゃんを妊娠する可能性もあった訳です。
大胆な事をしたなぁと、今になって感じます。
でも、若気のいたりと言えばそれまでですが、ロストバージンの一連の流れを切り取って見てみると、どのシーンも自然の摂理に沿った、人間の本能に忠実な行為の連続なんです。
初めてのセックスが11歳は早過ぎだと思う方も多いと思うけど、私には早過ぎという感覚は未だに感じられません。
早熟だった私の発育状態に合わせれば、周りの女の子よりロストバージンも早いのが理想で、11歳という年齢は、生理的には私がロストバージンするのに最も適した年齢だったと思います。
初体験の適齢期は、人それぞれという事です。ただ個人的には、遅くとも14~15歳までには誰もが済ませるべきだと思います。
司くんとの初体験に後悔なんてしてませんし、むしろ早くセックスを知る事が出来て、膣内で射精までしてもらえて、本当に良い経験をしたと今も思っています。
体の成熟と共に、男の子も女の子も、性欲が増していくのが思春期です。私が避妊しない本物のセックスに憧れたのも、それを実行したのも、自然の摂理からすれば、決まり事に則った正しい行為なんです。
たとえ諸般の事情により妊娠を望めなくても、既に女の子の本能は10代前半のうちに、膣内射精を無意識でも望んでいます。それは大人へと成長する過程における、母性本能の正常な現れだと思います。
私は初体験を済ませてから、急にクラスメートの女の子達が幼く見えました。それだけ精神的にも大きく成長するので、性教育としても初体験は大事です。
内容も本格的で濃い方が良いので、初体験で避妊せずに膣内射精をされる事は、絶対に間違ってないと思います。タイミングも、思春期の早い段階で経験する方が、自然の摂理からすれば正しいはずです。
法律の事情で、本来は13歳に達しない年齢でのセックスはNGなので、私の初体験はもう時効とはいえ完全にフライングですから、他の人にはお薦め出来ませんけど。
でも、私がロストバージンをした時と同じ年齢となった11歳の自分の娘には、13歳になるまで我慢させるにしても、出来るだけ早く膣内射精を伴う本物のセックスを経験して欲しいと思っていますし、そうさせるつもりです。
もし、それで娘が妊娠しても、産まなければいけない訳ではなくて、早々に中絶させれば済む話です。中絶も早期なら母体の負担は少ないし、役所の手続きも必要なくて、日帰りで済みます。
もし娘が妊娠まで経験しても、それは自然で正しい事。むしろ、ちゃんと赤ちゃんを宿せる体質だと証明される事になるし、娘の体もより妊娠し易い体へと変化するから、娘も不妊の心配をせずに済み、安心して大人になれます。
だから私は、娘が13歳になったら、出きれば初体験のときから避妊はせず、早く妊娠を経験してほしいと思ってます。
実は、私自身も中学時代に2回、高校時代に1回、妊娠中絶をしています。その経験を踏まえての考えです。
まだ大人に成りきってない若いうち(特に10代前半)で妊娠を経験すると、妊娠し易い体になると聞いた事があります。
少子化が問題になっている現在です。娘には将来のためにも、妊活に有利な体になってもらいたいんです。
思春期のうちに娘が妊娠まで経験する事を、母親である私が娘に薦めるのは、決して悪くないと思うんです。
性教育の観点から見ても、私の経験上、セックスは一番有効な勉強になります。
学校教育では、知識としてセックスを学べても、本番中までは学べません。教室でセックスの実習をさせる訳にいかないのも分かります。まして妊娠するまでとなれば尚更です。
ならば、保護者が学校側に代わり、子供同士でのセックスをもっと前向きに捉えて、経験する事を肯定してあげる事が大切になってきます。
温かい目で見守りながら、親としてもっと積極的にオープンに、子供にセックスを薦めてあげるべきです。
学校側だって、授業として生徒にセックスをさせる訳にはいかないとしても、せめて生徒が学校の外でセックスを意欲的に実践できるような性教育に改めるべきだと思います。
中学生で出産するとか、胎児の父親が誰なのか分からない妊娠となれば問題もありますけど。
お腹が大きくなる前に早期の中絶を行う条件でなら、パートナーを決めて合意した上で、13歳に達したら、中学二年のうちに1~数回程度の妊娠なら、認めてあげるべきだと思います。
女の子が妊娠した、あるいは男の子が妊娠させたという事は、正しいセックスが上手に出来るようになったという成長の証であり、無事に赤ちゃんを作れる体になれたという証でもありますから。
子供にとっても、不妊の不安が無くなるし、大きな自信が持てるはずです。
なので、今はまだ娘は小学生ですが、13歳になったら早くセックスするようにと、私は言い聞かせて育ています。
私から娘への性教育は、主人には内緒で着々と進めてます。
まずセックスに興味を持たせるため、10歳でオナニーを教えてあげました。娘が初潮を迎えて間もなかった頃。主人が家に居なかった日の夜に、娘の部屋で、私と娘で全裸で向かい合って。
オナニーは、誰もが最初に通過する性体験。性教育の礎に最適だと思ったからです。
そして同時に、娘が学校で性教育を受けるよりも早く、生殖の仕組みを詳しく教えてあげて、セックスがヒトの交尾であるという事から、セックスがとても気持ち良くて興奮する素晴らしいものだという事まで。
それを娘にしっかりと理解させた上で、13歳になったら早くセックスしなさいと、既に教えているんです。
娘もセックスには興味津々です。体は私の遺伝みたいで、私が同じ歳だった頃のように、既にバストも立派に膨らんできていて、小学六年生にしてはかなり早熟ですが、何よりも、親の私よりずっと可愛い顔の女の子に育ってます。
おかげで、既に同じクラスに彼氏の男の子がいて、最近になってキスまでの経験はしたそうです。
最近娘から、オナニー用に小さめのディルドとローションが欲しいと盛んにねだられたので、そんな物をどこで知ったのか分からないけど、買ってあげました。
まだ娘は幼いバージンなので、私が買い与えたのは入門用としてちょうど良さそうな12センチのサイズ。形がリアルなSサイズのディルドです。
使い方を教えてあげたら、娘はすぐに覚えて上手に膣に出し入れ出来るようになりました。
早く13歳になって生のセックスを経験したい。妊娠もしてみたい。と、娘は目を輝かせて言ってます。彼氏と初体験する約束も交わしたとの事で、もう待ちきれないといった様子です。
もし時代が違えば、そろそろ結婚を意識しても良い年齢なんですから。中学生の年代でセックスをするのは当たり前です。
子供同士のセックスを認めない事よりも、より良いセックスをしっかりと子供のうちに身に付けさせる事。出来れば、体が未成熟のうちに何回か妊娠もして、将来のためにより妊娠し易い体を作る事。
妊娠し易い体と、妊娠のための技術を両方手に入れさせる。それが出来るのは、体が大人へと変わる過程でまだ育ち切れてない10代前半から15歳くらいまでです。
セックスを早く経験しても、早めの妊娠を経験しても、害は全く無いんですから。それを私が後押ししてあげる事。その方が、娘にとってプラスです。
私も思春期だった頃は、妊娠するのが怖かったけど。
歳を重ねて大人になった今となっては、仮に思春期で妊娠しても恥じる必要は無いと感じてます。
妊娠1ヶ月までの早めの中絶が前提ですが、相手の男の子との合意さえあれば、娘にはセックスさせたいし、避妊させる必要なんて全く無いと私は思っています。
私の娘への教育方針の話は、私の体験を告白するという本題から逸れるので、これくらいにしておきます。
司くんとの関係が終わった頃まで話を戻します。
私が中学生になってからは、セックスの相手はクラスメートの男の子と、担任の先生の二人になって。
クラスメートの男の子の名前は有沙斗(あさと)くんです。担任の先生の名前は寛之(ひろゆき)先生です。私は恋愛関係を望んでたんですが、残念ながら両方とも、恋愛関係にまではならず、セックスフレンドという関係でした。
寛之先生は確か当時36歳でした。既に奥さんも子供もいて。
寛之先生は私の父よりも年齢が若かったけど、私と同い年の中学一年生の娘がいると聞いてました。中井貴一に似ていて、大人の渋さが感じられる優しい数学の教師でした。
一方の有沙斗くんは、私と同じ12歳でした。好きでもないはずの私のために、一生に一度しかない童貞卒業の機会を私の体で果たす事に決めてくれた、気の優しい男の子。
男の子なのに、相武紗季にそっくりで、女の子みたいな風貌でとっても可愛い男の子でした。
二人とも私の好みのタイプで、特に有沙斗くんは私の母性本能を激しく掻き立てるタイプでした。お世辞でも私の事を、可愛いと何度か言ってくれた事はあったけど。
有沙斗くんから、好きだとか、愛してるとか、そう言ってくれた事は一度もありませんでしたし、私をデートに誘ってくれた事も無くて。
私から何度かデートに誘っても、全て断られていたから、私に対して恋愛感情は無かったと思います。
私は有沙斗くんが好きだったし、出来ればセックスフレンドではなく彼女にして欲しかったけど、私の顔が有沙斗くんの好みとは程遠いのは、私も何となく分かってたし。
有沙斗くんには、他に好きな女子がいた様子でしたから、私を抱いてくれたのは、将来のための予行演習のつもりだったのでしょう。
せっかく有沙斗くんと体の関係になれたのに、そこは残念と言うか、私には辛いところでしたが、たとえ予行演習の相手だとしても、私を抱いてくれた事には感謝しています。
私が司くんをセックスに誘ったときのように、二人に対しても、抱いて下さいと私から誘ったのが、体の関係の始まりでした。
それも、中学生になって間もなくの4月上旬の事でした。
二人とも迷う様子も見せずに、あっさりと私との関係を望んでくれました。私のような顔が映えない女子でも、首から下さえ妖艶に成熟してさえいれば、セックスフレンドとしてお互いに割り切れればの話ですが、案外何とか男と女の関係くらいは築けるものです。
二人とも、品行方正で奥手な雰囲気の私が、実はセックスに積極的だったと知り、とても驚いていたようでした。
私の髪型は、この頃から高校時代までは、今よりも長くて、肩甲骨の辺りまで伸ばしてました。後ろ髪を左右に分けて、いつも三つ編みにしてました。
この髪型のせいで、余計に物静かな女の子という印象が強かったと思いますが、いま思うとあまり似合ってなかった髪型かも知れません。
前髪もパッツンだったから、見た目の印象は今現在の私とは全く違っていたと思います。
私の体は、バストは中学一年生になった頃には更に膨らんでいて、ブラのサイズは入学当時でDカップでした。乳房の下半分が特に大きく膨らみ始めた頃で、Cカップのブラでは、乳房の下辺りがブラのカップの中でパンパンに張り詰めて、もう余裕が無くて限界で、新入生になったのを機にブラを新調しました。
脚線美やウエストの括れも、もう湾曲した輪郭がだいぶ大人っぽく整ってきて、シルエットは殆ど大人と変わらないようなスタイルでした。
流石にその頃は、安全日でも生でセックスすると妊娠する可能性が、僅かながらもある事は知っていました。
なので、月に数日の“ほぼ完全な安全日”と確信が持てる生理前後を除いて、コンドームで避妊していました。
避妊するようになると、当たり前ですが危険日でも躊躇なくセックスするようになって。
寛之先生は、コンドームを自分で用意してくれてましたが、有沙斗くんとのセックスでは、コンドームは私がいつも用意してました。
近所の薬局の脇にあった自販機で、一番安いコンドームを買ってました。私のお小遣いで買える数には限界があって、5個入りで五百円のコンドームを月に2箱買って。それでは数が足りないので、使用済みのコンドームを何度も洗って使い回してました。
また、明日生理が来ると思われる日の前日とか、生理が来て3日以内とか、そういったまず妊娠しないと自分で確信出来る日に限っては、コンドームの節約の意味もあって、避妊せずに生で膣内射精してもらってました。
特に寛之先生は経験が豊富な大人だけに、有沙斗くんよりセックスが数段上手でした。射精するまでの時間も有沙斗くんより遅くて、ひとつひとつのラウンドが長いんです。
二人と生でセックス出来る日は、月に数回だけでしたが、膣内射精を許すときも、寛之先生と有沙斗くんとでは、明確な違いがあって。
有沙斗くんの場合は、尿意をもよおしたみたいにモジモジして体が震えた途端に、躊躇いながら恐る恐る膣の中に出してくる。そんな印象でした。
有沙斗くんと初めて生でセックスしたのは、中学一年生になって半月も経たない頃でしたから、僅か半月前までは有沙斗くんも同じく小学生だった訳です。それだけにペニスもまだ発育途上の、幼い子供のペニスといった感じでした。
寛之先生のペニスより細くて短くて。ざっと私の手の大きさで測ってですが、勃起した状態でだいたい12~13センチくらいだったでしょうか。
亀頭は、勃起しても皮ですっぽり覆われて隠れていて、私が指で皮を剥いてあげないと亀頭が露出しませんでしたが、露出した亀頭の色が桜みたいな綺麗なピンク色で、大人のペニスと比べたら全体的にまだ小さくて、可愛かったです。
体が大人に成りきってない頃だったから、短小でも包茎でも、それは仕方ない事だと思いますが、そのためどうしても挿入が浅めになるので、膣内射精の時は膣の真ん中辺りで射精されてる感じで、何となく精液が膣の奥まで届いてないような感覚がありました。
ただ、射精で出る精液は、有沙斗くんの方が量が圧倒的に多くて、粘りも固めで、味も匂いも濃かったです。
一方の寛之先生は、挿入されればペニスが私の体の芯まで届くかのようで、膣の奥のとても深い所で射精をしました。最後のひと絞りまで、満を持して、しっかり丁寧に精液を植え付けられているのが分かるくらい、上手に射精してくれてました。
寛之先生は、先に2~3回ほど私を逝かせてから、私のオーガズムに射精のタイミングを合わせて、必ず最後は一緒に逝ってくれたんです。
大人と少年の差が激しくて、それはそれで私も面白かったし、勉強になりました。
寛之先生とのセックスは、私が教えてもらうセックス。有沙斗くんとのセックスは、私が教えてあげるセックス。そんな感じでした。
寛之先生のペニスについては、まだ未熟だった有沙斗くんと比べて、大人だから当然ですが、長さも太さも際立ってたし、エリンギみたいな形に亀頭が成熟していて、膣内で感じる引っ掻き感がありました。亀頭を覆う余分な皮も無くて、ペニスが全体的に浅黒いんです。大人の完成したペニスという感じでした。
そんな感じだったので、私を人生初のオーガズムに導いてくれたのは、寛之先生でした。
寛之先生に逝かされるのが、もうとっても気持ち良くって。
と言うか、気持ち良過ぎて、脳内が快感一色になって溶けていく感じで、先生の体に両手両足でしがみ付かないと耐えられない快感でした。
全身の皮膚感覚まで快感になってしまう感じなので、しがみ付く行為さえ快感でした。その快感と引き換えならば、本当にこのまま先生の赤ちゃんをお腹に宿してしまったって良いと、本気で思ったほどでした。
性器同士で繋がった寛之先生の体と、ひとつのモノとして完全に一体化した感覚で、無重力の中を漂ってるみたいな感じになるんです。
先生とセックスする場所は、いつも学校内でしたから、私が悶えて声を出してはいけないからと、毎回先生に、私が脱いだパンティかブラを口に押し込まれながら、声を押し殺して逝ってました。
それでも、ある程度の声は激しく出ちゃいましたけど。
上手なフェラチオや、様々な体位まで、色々とレクチャーしてくれたのも寛之先生でした。おかげで、私も一人前の女に早くなれたようなものです。寛之先生も、多分私を一人前の女に育てるための教練として、自分の娘と同じ年齢の私を、一生懸命に抱いてくれてたんだと思います。
本当に、寛之先生にお世話になった事を、今も感謝しています。
恋愛ではなく、いわゆるセックスフレンドの関係でしたが、相手も二人に増えたので、私のセックスの頻度も増えていき、休日を除いてほぼ毎日でした。
昼休みに学校の視聴覚室で寛之先生とセックスして、その日の下校途中に有沙斗くんの部屋でセックスとか、そんな日は幾度となくありました。
特に寛之先生とのセックスは、強烈なオーガズムが毎回何度も得られたので、ほぼ毎日、休み時間や放課後に、学校のどこかでセックスしてました。
休み時間は、視聴覚室か備品倉庫など、他人の気配が無い場所を使って。主に立ったままの体位か、私が四つん這いになる体位が中心でした。
私は中学時代は部活としてバトントワリング部に入っていたので、放課後は部活の定休日だった水曜日に寛之先生とセックスしてました。
主に使われなくなっていた宿直室でセックスをしてましたが、そこでは六畳間の畳の上でしたが、寝た姿勢や座った姿勢で、様々な体位を教えてもらいながらセックスしてました。
セックスの回数が飛躍的に増えた影響だったんでしょう。中学一年生の一学期の終わり頃。まだ二人と関係を築いて3ヶ月しか経ってなかったのに、どちらが父親なのか分からない赤ちゃんを身籠ってしまった事が判明しました。
ちょうど期末テストが終わった頃で、何日も前から体が熱っぽくなっていて。
体調が今一つ優れず、風邪薬も効かなくて。
生理は予定日をとっくに過ぎていました。最後の生理が5月中旬。それまで生理不順なんて全く無かった私は、もしかしたら妊娠してるのかも?と、ようやく疑い始めました。
翌日学校を休んで、母と一緒に風邪の診察のため病院に行ったら、案の定、お医者様に妊娠を疑われて。
私はセックスを経験済みだと認め、非処女だった事を知った母は、卒倒しそうなほど驚いてました。そのまま母に叱られながら産婦人科に連れて行かれて、検査を受けて判明したんです。
いつの間にか受精卵が着床を果たして、私の胎内でしっかりと根付いていたんです。
妊娠が判明したのが7月の中頃で、妊娠8週目。既に妊娠3ヶ月目でした。
その時点で私は12歳4ヶ月でしたから、逆算すれば私は、5月半ばから6月にかけてのどこかのタイミングで、だいたい12歳2ヶ月の年齢で、妊娠に至る射精を受けて受精していた事になります。
生のセックスは生理前後の数日に限っていたので、まさか産まれて初めての懐妊をこんなに早く経験するなんて、全く思ってませんでした。
寛之先生は、私の担任だった上に、奥様も子供もいる既婚者の身分だったので、先生と私の関係は明かせませんでした。
寛之先生の立場を思うと、学校にはもちろん、親にさえも関係を内緒にせざるを得ませんでした。当然ですが今現在も、それを未だに秘密にしたままです。
なので、有沙斗くんには申し訳なかったけど、必然的に有沙斗くんが赤ちゃんの父親だという事にするしかありませんでした。有沙斗くんは、私と寛之先生の関係を知らなかったし、本当に有沙斗くんが赤ちゃんの父親だった可能性も十分ある訳ですし。
私が妊娠した事をもし寛之先生に伝えたら、家族もいる先生は気に病んでしまうと思ったので、伝えませんでした。
親には相当叱られましたが、妊娠した事は学校にも誰にも知らせずに、周囲に気付かれないように地元から離れた病院で、夏休みを使って密かに中絶しました。
小学生の頃の司くんとのセックスのときは、15回の生セックスで膣内射精されても妊娠しなかったので、私も最初は特別妊娠し易い体だった訳ではなかったと思います。
大人に成りきっていない年齢で、1回妊娠を経験すると、体が妊娠し易く変化するという話を耳にした事が在りますが、それは本当のようです。
と言うのも、中絶した後も、有沙斗くんと寛之先生の二人とは関係を続けていて。中絶から僅か4ヶ月後に、私は13歳にならないうちに早くも2回目の妊娠をしたからです。
最初に中絶して以来、安全日でもコンドームを必ず使うようにして、避妊には気をつけてたんですけど、有沙斗くんとセックスするときは、相変わらずコンドームを洗って使い回してたから、それが原因かも知れません。
寛之先生は、その年度で別の中学校に転勤になった事もあり、寛之先生とはそれを機にお別れとなりました。
二度目の妊娠をしてからは、母は私の性生活に手が付けられないと諦めたみたいで、私が有沙斗くんとセックスし続ける事を、コンドームで避妊する事を条件に、父に内緒で認めてくれました。
母からはそれ以来、足りなくなったら買ってあげるからと言われて、毎月5個入りのコンドームを1ダース、密かに買い与えてもらうようになりました。
有沙斗くんとは結構な頻度でセックスしていたので、これくらいがちょうど良い数でした。
有沙斗くんとは、母からもらったコンドームで避妊に徹した上で、中学を卒業するまでの三年間、体の関係を続けました。
高校時代は入学してすぐの頃から、同級生の男の子一人と、部活の新体操部の顧問だった男性教師を相手に、中学時代と同じような流れで、卒業まで三年間セックスフレンドの関係を築いて。
恋愛話ではないし、中学時代と似たような展開なので、詳しい話は割愛します。
母に買ってもらっていたコンドームも全然足りなくなり、自分でもかなり買い足して、それでも足りるかどうかギリギリでした。
常に避妊には気を付けてセックスしていたのですが、それでも高校一年生で、15歳にして三度目の妊娠をしてしまいました。
多分、コンドームを付け替える際に、精液が付着していたのかな?と思われます。
都内で独り暮らしをしていた大学時代も、妊娠こそしませんでしたが、親元を離れて自由になった事もあり、大学の違う学部の先輩とか、バイト先のコンビニで一緒に働いていた高校生の男の子とか、その他色んな男性と性的な関係を結びました。
私はいつも恋人募集中だったけど、彼氏が出来るには至らず。知り合って体の関係になった男性は、みんな本命の彼女がいて、私は常にセカンド的か、それ以下の存在でした。
要するに、私とセックスした男性達からすれば、私は都合の良い遊び相手。
エッチな体に地味な顔。体が目的だから、顔なんてどうでも良くて、セックスフレンドにするにはちょうど良い女だったという事です。
滑り止めのために付き合ってるだけだから、と言われた事もありました。美人ではないため仕方ないと思うし、抱いてもらえるだけマシでしたから、そんな状況に私も納得はしてました。
話を主人との関係に戻しますが、そんな経緯で、主人と初めてセックスする以前に、私はセックスの経験は豊富でも、甘いロマンチックな恋愛は未経験だったんです。
もちろん、主人はそんな経緯を知る由もなくて。私が11歳でロストバージンした事も、過去に三度の中絶をしている事も、私の経験人数も、全く知らないはずです。
私も長く経験を重ねてきた身分ではあっても、本格的な恋愛でのセックスは、主人に最初に抱かれた、あの合コンした日の夜までは、まったく経験がありませんでした。
人生初の、恋愛による相思相愛のセックスは、それまで私が経験した性欲中心のセックスとは全く違う感覚でした。私はこの時、22歳にして、経験人数16人目にして、産まれて初めてやっとでした。
「萌美、好きだ。愛してる。」
と言われながら抱かれたんです。
お姫様になれたような、とても素敵で夢のような一夜でした。
その後も、プライベートで頻繁に主人とデートをするようになって。もちろん、会う度に欠かさずラブホテルでセックスもして、会えば会うほどに、お互いに心身共に理解を深め合っていきました。
その後は、よくある恋愛話の既定路線のような流れでした。出会って半年後には、お互いが住んでいる部屋を行き来する形で同棲を始めて、一年後に婚約。その半年後に、二年後しの愛を実らせて結婚して。
主人は仕事柄、家を留守にしがちなのが数少ない欠点ですが、決して美人とは言えない私に本気で恋をしてくれた数少ない男性です。私も主人に今も恋してるし、主人は子煩悩で優しい人です。
娘もまた優しい子で、未だに反抗期に入ってないせいか、性格が良くて、女の子らしく綺麗好きで、頼んだ家事も素直にこなします。
最近はそんな娘から、韓流アイドルグループ『TWICE』のメンバーのジヒョという女の子に、私の容姿がそっくりだと言われてます。
私の今の髪は、ショートに近い短めのセミロングですが、そのヘアスタイルから雰囲気が似ているのかも知れません。
授業参観のとき、私の顔を娘のクラスメートに見られていて。
娘のクラスでは韓流スターが流行っているらしく、そのせいもあるんでしょうけど、そのとき娘はクラスの友達から、娘のママはジヒョ似だと口々に言われ、かなり評判だったそうです。
その授業参観のときは、私も少しメイクに気合いが入っていたからかな?
主人からは、相変わらず鈴木京香に似ていると言われていて。でも私から見れば、どちらにも似ているような、似てないような、何とも言えない微妙な感じです。
そんな娘は、実は主人との血の繋がりが無さそうなんです。
“無さそう”という表現なのは、娘のDNAを調べてないから“百%無い”と言い切るのは語弊があるからで、主人の子である可能性も完全にゼロではないからです。
でも、娘を産んだ私の確信としては、娘の産みの父親は、まず間違いなく主人ではあり得ません。
私は血液型はO型で、主人もO型です。この場合、産まれる子供も必ずO型になり、実際に娘はO型です。
なので、主人を含めて私以外の人から見れば、娘と主人との血縁を疑う要素が見当たりません。主人も娘も、そう信じ切っているし。今後も、誰からも血縁を疑われる事は、おそらく永遠に無いと思います。
もちろん、私は主人の赤ちゃんとして(偽って)娘を産みました。
娘も、当然ですが主人の血を受け継いでいると思い込んでいます。
私が子供を産むためには、こうするしかなかったんです。
主人の体質を詳しく検査した訳ではないのですが、恐らく主人は子供を作る事が全く出来ない、もしくは子供を作るのが非常に難しい体質だと思います。
と言うのも、婚約した当時から今日まで、主人とのセックスで避妊をした事は皆無なのに、私は未だに主人の赤ちゃんを一度も宿せずにいるからです。
主人は知りませんが、私は先に説明したとおり、思春期のうちに3回も、妊活を特に意識してなかったにも関わらず妊娠した経験があります。
コンドームでしっかり避妊しても妊娠してしまった事もあるくらいですから、私は妊娠しにくい体質ではなく、むしろかなり妊娠し易い体質のはずです。
主人は子供が好きで、結婚する前から赤ちゃんを欲しがってました。なので、婚約する前に家族計画について主人と相談して、婚約したら妊活を始めようと決めたんです。
最初は、私が婚約中に妊娠して、身重の体で挙式して、挙式から半年以内に第一子を出産する事を理想として思い描いてました。
私も子供は大好きだから、早く子供が欲しかったのは主人と同じでした。
それでも私は長年、妊娠する事が出来ませんでした。
やがて、私の両親や主人の両親からも、いい加減に早く孫を見せてくれ、と催促されるようになって。
結婚して三年が過ぎた頃になると、私も焦りが増してきて。
妊活のための情報を集めて勉強もしたし、産婦人科の先生にアドバイスを頂いたり、妊活のためのセミナーに参加したりもして。
セックスする危険日の選定だけでなく、セックスの体位等も含めて妊娠し易い工夫とか、妊活に効く栄養素を摂るため日々の食事まで配慮して、色々と考えて実行して。
そんななかで、主人の上の妹が妊娠4ヵ月で授かり婚をして、先を越されてしまって。
やがてすぐに、主人の下の妹で当時大学一年生だった子が、18歳で妊娠して在学中に入籍して。
更に私を追い詰めるように、私の兄まで、職場恋愛で授かり婚をして。
約1年半のうちに、親類縁者の間で3組の結婚ラッシュ。しかも皮肉な事に、その全てが授かり婚でした。おめでたくて良い話なのに、私は羨ましさから嫉妬心も湧いて、自分に劣等感を感じて複雑な気持ちでした。
そんな有り様でしたから、主人の両親からの私への言葉が変わってきて。
「萌美さんに子供が出来てから結婚させれば良かったわ。」
などと言われ始めました。
やがて、妊娠出来ないのは私のせいであるかの如く、辛辣な言葉で色々と説教されるメールを度々受けるようになって。
その辛辣さも日を追う毎に増していって、私は理不尽なプレッシャーからノイローゼ気味になってしまって、一時期は精神科に通院した事もありました。
主人は優しく元気付けてくれましたが、その主人の優しさは主人の辛さの裏返しだと分かっていたので、余計に私も辛くなるという悪循環でした。
結婚前から妊活を続けてたのに、子供を授かれないまま24歳で結婚して。それでも、まだ若いからすぐに第一子を授かるだろうと期待して。
過去の経験から、私は自分が妊娠し易い体だという自信も確信もあったし、30歳までに3人は余裕で産めるかしら?と最初は考えてたし。私も主人も、初めのうちはそう期待してたのに。
年月が過ぎても妊娠出来ず、それでもいずれ子供が出来て家族が増える事を期待して、主人が機長を勤めるようになって収入が増えたのを機に、思い切って駅に近い所に一戸建てまで買って。
それなのに、気が付けば子宝に恵まれないまま31歳になっていました。どうしたら良いのか分からず、途方にくれていたときでした。
ある日、近所の公園で、ある一人の男の子に出会ったんです。
私は、高校時代から家の近所をジョギングをするのが習慣でした。
今も、夜に時間が空いてる日は必ず4km走ってます。あの日もそうでした。
当時から今も住んでいる自宅の近所に、大きな公園があります。外周がジョギングコースになっていて、一周すると2.2kmです。
私は31歳だった当時も、45歳になった今も、毎日このコースを3周、いつも21時頃から40~50分ほどかけて走っています。
主人も運動はしますが、もっぱらジム通いが中心です。こういった屋外の運動では、私がぼっちになるんです。
夜の遅い時間帯でも、私のように走っている人はまばらに見かけるし、犬の散歩をしている人も見かけます。
ジョギングコース以外の場所も、カップルや散歩してる人を見かけるし、街灯も多く設置されているので、夜中は薄暗いながらも、ジョギングコースの周辺は真っ暗闇な所が少なく、夜でも安心して利用出来る公園です。
私は、いつもこのコースを反時計回りで走ってますが、いつの日からか、私とは逆の時計回りで走る男の子と、頻繁にすれ違うようになりました。
私はいつも薄手のジョギングウェアを着て、公園に着くと、長めの前髪をヘアピンで左右にピッチリ止めて、準備運動をして。
颯爽と公園のコースを走り始めると、決まってコースのどこかでその男の子とすれ違うようになったんです。
見た目が小学五~六年生くらいの男の子で、後ろの髪は襟足を刈り上げていたけど、女の子のショートヘアっぽくて、全体的には男の子にしては少し長めの髪でした。
なので、私が初め見たときは女の子かと思ってました。男の子なのに顔が何だか内田有紀にそっくりで、とても可愛い男の子でした。
男の子は毎日一人でジョギングしていて、私とすれ違うとき、遠慮がちな仕草で必ず私の方を、チラッ、チラッ、と何度も見てくるんです。
そして私と目が合うと、男の子は気まずそうに素早く視線を逸らします。
男の子のチラ見する視線の先が、大きく弾む私の胸元に特に集中していた事に、私はそれとなく気付いてました。
そして、そのとき男の子の股間は、明らかにペニスが勃起して、あからさまにモッコリと膨れていました。
男の子は薄い生地のトレパンを穿いてたから、その膨らみがとても分かり易くて。それが私から見てどれだけ目立つのかを、男の子はよく理解してなかったのかも知れません。走ってる最中だから、隠すのもなかなか難しかったのかな?
男の子は、多分私の姿を見たいがために、わざと私と反対回りでコースを走っているかのようでした。
私はジョギングするときやジムでエクササイズをする際は、バストの揺れを抑えるために、サポート性のあるスポーツブラを愛用しています。
軽くて伸縮性があって着心地が良いし、適度なサポート感でバストの揺れもある程度は抑えてくれるし、運動中も蒸れないので快適なんですが。
それでも私のバストの揺れを完全に抑え込めるわけではないので、走ると大きく縦に揺れてしまいます。思春期であろう男の子の目に止まれば、気になってしまうのも仕方ない事だと思ってたし。
むしろ私が男の子の目を刺激してしまっているような気分になって、男の子に申し訳ない事をしてるかしら?とも考えました。
私は男の子の事を、別に悪く思ってなかったし、その男の子の可愛げがある顔は、私のタイプでした。
そのとき気付いたんですが、私にはショタコンの傾向があるような気がします。女の子っぽい可愛い男の子に弱いんです。その男の子の容姿が、そんな私の嗜好のストライクゾーンにハマってしまい、日増しに気になるようになってしまって。
ある日、私は男の子とすれ違うときでした。
「こんばんは。」
と、声をかけてみました。すると、男の子も素直に反応してくれて。
「こんばんは。」
と、男の子にしては少し高めの声で、少し照れ気味に、走りながら会釈をして返事を返してくれました。
そんな事を何日か続けていくうちに、今度は男の子の方から私に声をかけてきたんです。
私が走る前に、いつものように公園の噴水がある広場のベンチの前で準備運動をしてるときでした。
「こんばんは。」
と、私の後ろから。
「こんばんは。坊や、おばさんといつもよく会うわね。いつも一人?」
と私も答えて、その男の子と初めて会話らしい会話をして。
「え、おっおばっ・・・お姉さんじゃないんですか?」
みたいに言われたので、私は自分が31歳だと教えてあげました。
もっと若いお姉さんだと思ってた。と、男の子は言ってくれました。お世辞だったかも知れないし、子供の頃は20代でも30代でも、大人の顔はだいたい同じに見えちゃうと思うし、男の子なりの私への心遣いだったかも知れません。
軽く雑談をしながら、会話の中でお互い自己紹介をして。
男の子の名前は勇太郎(ゆうたろう)くん。私は勇くんと呼ぶ事にしました。
10歳で小学五年生。男の子のお母さんは、私より4歳年上だそうです。一人っ子で、お父さんは単身赴任で家にいなくて、お母さんと二人で公園のすぐ近くに住んでいて。
地元のサッカークラブに入っていて、トレーニングのために毎晩、塾が終わってから夕食を済ませて、その後に一人で公園を走っている事を教えてくれました。
私も、自分の名前を教えて。塾の講師をしていて、こう見えて旦那様を持つ人妻なのよ。と教えてあげて。
準備運動が終わる頃には、勇くんとはすっかり打ち解けていて。
「一緒に走ろっか?」
と私が誘って、その日からは毎晩のように男の子と二人でジョギングをするようになりました。
ジョギングが終わると、二人でベンチに座って、学校の事や、サッカーの事、他愛のない雑談をいっぱいしました。
一緒に走る都合を合わせるために、勇くんとメアド交換もしました。お互い、公園に走りに来れない日もあるし、雨が降る日など走るのを止める日もあるので。今日は走るよ。今日は走らないよ。と、毎日メールで教え合ってました。
勇くんは男の子なのに、メールの終わりにいつもハートマークを付けていました。なので、私もついついハートマークを多めに使ってしまったりして。
私は敢えて触れないでいましたが、勇くんは私と会うと、決まって股間がムクムクと膨らみ始めるんです。
私はいつも、体の線がハッキリと出るような、ピチッとした生地の薄手のトレーニングウェアを着ていたせいだと思います。
寒い季節は、長袖のトレーニングシャツと手袋とロングスパッツ。暖かい季節は、半袖のトレーニングシャツかタンクトップに、下はハーフ丈のスパッツか、ブルマに近いショートスパッツ。とにかく軽いウェアが好きなんです。
季節を問わず、運動中に厚着はしない主義なので、少しエロチックに見えていたのかな?と思います。
そして1ヶ月ほど過ぎた日の夜でした。
いつものとおり、夜中の公園で、私の隣で会話をしながら走っていた勇くんが、突然苦悶の表情を浮かべました。
「うっ!」
と唸って足を止めた勇くんは、コース沿いに並んで立っていた桜の木の陰に回り込んでいきました。
てっきり、具合でも悪くなったのかと心配して、私が勇くんに付いていくと。
「オシッコ出ちゃうかも!」
と言い出して、勇くんは股間に両手を当ててました。
あらあら、ここで用を足すの?と思いましたが、具合が悪い訳ではないと知って、私はひと安心しました。
30メートルくらい先でしょうか?進んだ先に公衆トイレがあったのですが、勇くんは間に合わないと思ったのでしょう。
まぁ男の子だし、しょうがないかなぁ。と私が苦笑いしてたら、勇くんが桜の木に向かって、慌てて用を足そうとする仕草で、トレパンを穿いたまま、トレパンの裾から急いでペニスを出したんです。
ペニスは明らかに勃起してました。小学生の子供にしては意外に大きくて、明らかに固そうに勃起していて。
ペニスが裾から出された途端にプルンッと勢い良く斜め上を向いて。
「あぁっ、あぁっ、あぁっ・・・、」
と、小声で勇くんが悶えた次の瞬間、桜の木にめがけて射精し始めたんです。
大人も顔負けのおびただしい量の精液を、ピュッピュッと、立ったまま撒き散らすように桜の木にかけました。
オシッコを出す感覚と、射精する感覚とでは、放つ感触がきっとまるで違うのでしょう。射精してる最中の勇くんは、とても気持ち良さそうで、射精を終えた頃には、完全に目が泳いでました。
射精を終えると、勇くんのペニスは小さく萎んでいきました。勇くんは、腰が抜けたようにガクッと膝を着いて座り込んで
「何これ、オシッコじゃない変なのが出た。」
と、勇くんが呟いて。周りに精液特有の濃い匂いが漂ってました。
勇くんは、自分のペニスから放たれた物が何なのか分かってない様子でした。
おそらく、勃起しながら走っている間に、パンツの中で亀頭が擦られ続けていて、射精に至ってしまったんだと思います。
「勇くん、もしかして射精は初めて?」
と私が尋ねました。
「射精って、これがですか?」
と、勇くんが聞き返してきました。
それは勇くんにとっての、産まれて初めての射精だったんです。思春期の盛りの男の子が、大人の男へと進む大きな一歩です。その決定的な瞬間に私は立ち会い、目撃してしまったんです。
「そうよ。勇くんは今、射精したの。勇くんが出したコレは、オシッコじゃなくて、精液なのよ。オチンチンが大きくなったとき、刺激を受け続けると、こうやって出てくるの。」
と教えてあげました。勇くんは、これが精液?という感じの目で、自分で木にかけたドロドロした精液を見つめていました。
「赤ちゃんの種になる物が、この精液の中にいっぱい詰まってるの。勇くんが将来、女の子と赤ちゃんを作るときに必要な、とっても大事な物なのよ。これを出せたって事は、勇くんの体が大人になってきたって事なの。」
と教えてあげました。
「もしかして、その種って精子の事?」
と勇くんが聞いてきました。
「そうよ、精子よ。勇くんの遺伝子を持った、勇くんの小さな分身が、この液の中でいっぱい泳いでるの。」
と教えてあげました。
まだ小学五年生でしたから、性に関する知識が乏しかったようでした。
「僕が射精した事、誰にも言わないで。」
と勇くんに言われて、私は言わないと約束しました。
でも、初めての射精を私に見られてしまったのが恥ずかしかった様子で、いけない事ではないのに罪悪感にも苛まれていたようでした。
「萌美さん、ごめんなさい。」
と言って泣き出してしまって。
私は、勇くんの事が可哀想になってしまいました。私が見てる前で、こんな事になってしまったんですから。勇くんはちっとも悪くない事なのに、勇くんに泣いて謝られて。
他意はないとは言えど、勇くんを勃起させてたのは私なのかも知れないと思った私は、勇くんに申し訳なく感じてました。
「ねえ、もしかして勇くん、おばさんの事を見て、オチンチンが大きくなっちゃってた?」
と小声で優しく尋ねたら、勇くんは私の姿を見て勃起してたと素直に認めました。
「それを勃起って言うのよ。女の人を見て勃起するのは、勇くんが健全な男の子だっていう証。だから、おばさんを見て勃起したって良いのよ。気にしちゃダ~メ。でも勇くんの周りには、クラスの女の子とか、おばさんよりもっと若い可愛い子が沢山いるんでしょ?」
と聞くと、勇くんは同じクラスの女子よりも、誰よりも、私の方がずっと可愛いと答えてくれたんです。
「ふーん、おばさんの事がそんなに可愛いく見えちゃった?勇くんにそう思ってもらえて、おばさん嬉しいなぁ。おばさんは大人だから、勇くんのクラスメートの女の子達よりも、ずーっと、おっぱい大きいしね。」
と、私は場を和ませたくて、笑って冗談混じりにそう言いました。
「おっ、おぱっ、おっぱい、おっぱいは、その・・・・。」
という風に、勇くんは言葉を詰まらせて。その動揺した様子が、とても可愛くて。
「あはは、勇くんったら。同い年の女の子よりも、おっぱい大きい大人の女性が好きなのね~。勇くんも大人だね。良い事だよ、うんうん。」
と言って、笑って勇くんの頭を撫でてあげました。
勇くんはまだ不安だったんでしょう。
「本当に、この事は誰にも言わないで。」
と言って半ベソをかいてました。勇くんは必死だったんだろうけど、その仕草が可愛らしくて、もう放っておけないくらいだったんです。
私の母性本能が無性に掻き立てられて、それは私の性欲ともリンクしていたようです。私の雌豹の性癖が頭をもたげて、性的な形で勇くんを慰めてあげたくなってしまって。
「おばさんは、誰にも言わないわよ。だから泣かないで。」
と言ってあげたけど、勇くんはなかなか泣き止まなくて。
「射精は全然恥ずかしい事じゃないのよ。悪い事でもないの。むしろ素晴らしい事なのよ。10歳で射精が出来ちゃうなんて、すごい事だよ!勇くん偉いよ!」
と慰めて。
「うーん、じゃ、こうしよっか?勇くんしか知らない、おばさんが誰にも知られたくない秘密を、勇くんも握ろうよ。そうすれば、おばさんも勇くんと同じ。おばさんも“勇くん、誰にも言わないで”って、勇くんにお願いするから。そうすればお互い一緒に、秘密にする約束を守り合うしかなくなるの。どう?」
と言いました。
勇くんは頷いて応えたので、勇くんに言いました。
「初めての射精、出来て良かったじゃないの。男の子の初めての射精は、女の子の初潮みたいなものかな?だから今、とても立派な事をしたんだよ、勇くんは。どうだった?気持ち良かった?気持ち良かったでしょ?おばさんは射精した事ないから分からないけど、射精は男の子にとって、とっても気持ち良い事なの。これから大人になるなめに、勇くんにとっては、とても大事な事なのよ。」
と。勇くんはようやく泣き止んで、首を縦に振りました。
「じゃあもう1回、してみる?さっき、気持ち良かったでしょ?また、してみたいでしょ?おばさんと一緒に、気持ち良~い射精。今からしよっか?」
と聞いたら勇くんは、えっ?という顔をして私を見ました。
勇くんは躊躇い気味で頷くと、私も笑って頷いてあげて。
私は、勇くんの手を引いて、その場所から進んだ先の公衆トイレに向かうと、勇くんと一緒に男子トイレの個室に入って、扉を閉めました。
私は、洋式の便座に座って、勇くんを前に立たせて、勇くんが履いていたトレパンを下着ごと膝の辺りまで下げました。
下を向いて垂れていた小さなペニスが、ムクッ、ムクッ、と小刻みに起き上がって、大きく勃起してきました。
私の目の前で、ペニスの陰茎が長さを増して、半分ほど皮で覆われた亀頭が膨らんできて。
「まぁ、立派なオチンチンね。勇くんって早熟なんだぁ。オチンチンの頭、ムキムキしなきゃね。」
と言って、被っていた皮を剥いて、サーモンピンクの綺麗な亀頭をめくり出してあげました。
ペニスに顔を近づけると、勇くんの汗の匂いが漂いました。私は腰に巻いていたジョギング用の小さいポーチからウエットティッシュを取り出して、ペニスを拭いて清めました。
ペニスは拭く度にビクッと疼いて、清め終えた頃には、ペニスはもうカチカチに固くなっていました。まだ10歳なのに、大きさはもう大人みたいに立派で、15センチくらいありました。
右手をそっとペニスに添えて、亀頭を舌で舐めました。
勇くんは、気持ち良さそうに喘ぎはじめました。
「しーっ、大きな声を出さないで。」
と、私は小声で促しました。
「今から、勇くんにフェラチオをしてあげる。」
と勇くんに言うと、勇くんは
「ヘラチオ?何ですか?」
と聞いてくるので
「ヘラチオじゃなくて、フェラチオよ。勇くん、おばさんの頭を両手で抱えて。勇くんも、おばさんの頭を揺すって良いからね。ただし、揺するときは乱暴にしない事。女の子に嫌われるよ。気持ち良くなったら、我慢しないでおばさんの口の中に、いっぱい射精して良いからね。」
と言ってあげてから、亀頭を口の中に迎え入れて、頭を振ってフェラチオを始めました。
口の中で亀頭に舌を絡めて、思いっきり吸って。勇くんは、声を殺してましたが、それでも私が亀頭を責めると、それに合わせて、女の子みたいな高くて小さな声で悶えてました。
やがてすぐに、勇くんは私の髪をギュッと掴んできて、体を震わせ始めて、気持ち良さそうに唸った次の瞬間に、私の口の中で射精しました。
2回目の射精だったので、最初より量は減っていたはずだけど。それでもかなり量があって、勢いもあって、あっという間に口の中が精液で満たされたほど大量で豪快な射精でした。
私は、口の中で精液と唾液を混ぜて薄めて、精液の固さを取りながら飲み干しました。
「おばさん、勇くんの精液飲んじゃった。勇くんの精液をおばさんが飲んだ事、恥ずかしいから誰にも言わないでよね。これでおばさんも、誰にも言って欲しくない秘密を勇くんに握られちゃった。」
と言うと、勇くんは、誰にも言わないからと約束してくれました。
勇くんは、トイレットペーパーで自分の精液にまみれたペニスを掃除してました。
勇くんは、礼儀正しく頭を下げてくれました。
「ねえ勇くん。オナニーって、聞いた事ない?」
と、私が勇くんに聞くと、勇くんは、聞いた事はあると答えました。
「もう勇くんだって、一人でオナニーして射精が出来るはずよ。今度お風呂に入った時とか、オチンチンの先に指を添えてシコシコしてごらん。自分でも射精が出来るようになるから。男の子はね、思春期になると、大人になる前にオナニーを覚えて、精巣っていう精子を作る所を鍛えなきゃいけないの。皆そうやって、大人になっていくのよ。」
と教えてあげて。
これから、毎日ジョギングした後にフェラチオしてあげるからね。と私は言ってあげました。
その日から勇くんと私の、秘密の蜜月が始まりました。
勇くんと、ジョギングした後にベンチで軽く雑談を済ませてから、公衆トイレの中でフェラチオをして射精させてあげました。勇くんの心と体の成長のためのお手伝いです。
そんな日々が続き、それから丸一年が過ぎた6月。初夏の日の夜でした。
育ち盛りの勇くんは、11歳にして背丈は私と変わらない程度にまで成長してました。
勇くんは、体の成長期にフェラチオによる刺激を一年間受けたわけで、それが特訓になったのか、ペニスは大きく発育してました。
根元から亀頭の先まで17~18センチ程度になっていて、亀頭もエラが大きく張った立派な形になり、包茎状態を脱して、完全に皮が向けきってました。
その日もジョギングをした後に、噴水を囲むようにベンチが幾つも並ぶ広場で、いつものようにベンチに座って勇くんと雑談をしてました。
初夏の夜でも暑い日だったので、私はタイトなピンク色のタンクトップと、足がほとんど外に出る一分丈の短くて黒いスパッツを穿いてました。暑いのでタイツは穿かず生足。ソックスも、くるぶしまでの短いソックスを履いて。
私は両足を組んだり伸ばしたりして、ベンチに座りながらストレッチをして。
勇くんは、いつになく浮かない表情だったので、何かあったの?と尋ねました。
「実は僕、引っ越すんです。パパがいる静岡県に。三日後の朝に、東京を離れます。夜にここで走れるのも、今日が最後なんです。萌美さんとも、お別れなんです。」
と言われて。
「そっかぁ、そうなんだ。寂しいね。でも、新しい生活も、きっと楽しいと思うよ。静岡って、サッカーで有名じゃない。勇くん、サッカー大好きでしょ?」
と、私は答えて。
勇くんは、寂しそうに
「萌美さん。僕、今までずっと黙ってたんですけど・・・。」
と呟いて、突然勢い良くベンチから立ち上がって、私の前に立って。
「僕、僕、萌美さんの事が好きです!愛してるんです。僕が大人になったら、僕と結婚して下さい!」
と言い出して。
「もぉ、勇くんったら。私はもうおばさんだよ?もう32歳の人妻よ?勇くんが大人になった頃、おばさん何歳になってると思う?それに、おばさんはとっくに結婚して、旦那様がいるんだからね。ま、でも勇くんにそう言ってもらえるのって、おばさん嬉しいな。」
と私は笑いながら言って。でも、勇くんはとても真剣な表情でした。
「分かってます。無理なのは分かってます。でも、僕は萌美さんを独り占めしたいくらい、大好きです!」
と言って、私の手を掴んで引っ張り、そのまま突然走り出しました。
私は勇くんに引っ張られたまま、ベンチから立ち上がって一緒に走りました。
広場を離れて、街灯の明かりがあまり届かない薄暗い一角に向かってました。
そこは、立ち入り禁止の札が立てられている、低い柵で囲われた平らな芝生でした。奥の方では紫陽花も沢山植え込まれてました。その紫陽花の植え込みの裏は、かなり暗くて何も無い5メートル×3メートルほどの広さの芝生になってました。
勇くんは私の手を引いたまま、その紫陽花の植え込みの裏の芝生に入ると、いきなり私を押し倒したんです。
「萌美さん、僕もう我慢出来ない!」
と言って、勇くんは私の服を無理矢理に脱がせようとして。
勇くんは、私を犯そうとしたんです。
勇くんは、雄の感情を剥き出しにした形相で、既に目が血走っていました。
そんな状況でも、私は勇くんの事が好きなままで、それは変わりませんでした。
なので、冷静に何とか優しく言い聞かせて、勇くんを止めなきゃいけないと思って。
こんな場面を誰かに見られたら、勇くんの将来が台無しになると心配でした。そんな事になったらいけないと思った私は、囁くような小声で言いました。
「ダメよ勇くん!こんな事しちゃダメ、やめなさいっ!」
と。でも勇くんの腕力は子供とは思えない強い力で、私は力ずくで押さえ込まれました。
私が着ていたピンク色のタンクトップは、あっという間に脱がされました。タンクトップを脱がされた私は、もう上半身は黒いスポーツブラ1枚しか纏ってません。
それでも私は何とか勇くんから一度は逃れて、四つん這いになって、急いで紫陽花に囲まれた場所から出ようとしました。
でも、植え込みの外に私の上半身が出かかったところで、勇くんに背後からブラを捕まれて、力ずくで元の位置まで引きずり戻されて。
「僕、もう我慢出来ないんです!僕とセックスして下さい!僕の初めての女になって下さい!萌美さんじゃなきゃ駄目なんです!」
と言いながら、仰向けの私に馬乗りになって、今度はブラを脱がそうとしてきて。私は必死にそれに抵抗しました。
勇くんはブラを外したくて、ホックのように連結する部分を探すような素振りでしたが、私が着ていたスポーツブラはサポーターみたいな作りで、普通のブラとは違い、ホックのような部分は一切ありませんでした。
その事に勇くんは気付いたようで、今度は無理矢理にブラを上げようとしてきて。
私は、ブラをずらそうと力む勇くんの手を掴んで。
「おばさんだって、勇くんの事は好きよ。でも勇くんにはまだセックスは早いわよ。まだ小学生でしょ!落ち着いて!」
と言いましたが、同時に私の脳裏に自分が思春期だった頃の記憶が甦りました。
それは、小学六年生で11歳という、勇くんと同じ年頃で私がロストバージンした記憶です。
私は勇くんに対して、セックスがまだ早いなんて言える立場ではない女でした。
私は、自分の早い初体験については、反省どころか今でも肯定してます。そんな私ですから、自己矛盾の念から、ブラを捲ろうとする勇くんの腕を押さえるにも、本気で力を入れられなくなってました。
勇くんがセックスしたがる気持ちも、あの頃の私と同じ。それは理解出来ますから。
勇くんがブラを上げるのを止めたので、勇くんは諦めてくれた。私の言う事を分かってくれたんだわ。と私は思って、一瞬安堵したのも束の間でした。
勇くんは、私を犯す事を諦めてませんでした。
勇くんは、私の手を振りほどいて、今度はブラの谷間に両手をかけました。
勇くんの力は凄く強くて、ブラの胸元の生地からミシミシと音が出て、バリッと音が変わった瞬間、一瞬でブラの胸元が縦に完全に裂けきってしまいました。
私は乳房を丸出しにされて。
勇くんは、もはや裂けてただの一枚の黒い布切れと化したブラを、私の体から引き剥がして、紫陽花の植え込みの外に投げ捨てました。
「萌美さんのおっぱいだ、萌美さんの大きいおっぱい、おっぱい、おっぱい・・・・」
と何度も呟きながら、露にされた私の乳房を揉んだり、ドーム型に膨らんだ乳輪や乳首をしゃぶったりされて。
それでも私は、やめなさいと言い続けたんだけど。
勇くんは、やめるどころかエスカレートして。
私が腰に巻いていたポーチを勇くんに外されて、投げ捨てられました。少し離れた芝生の上に、スマホや虫除けスプレー、ウェットティッシュといったポーチの中身が散乱して。
勇くんはそんな事など構わず、私が穿いていたショート丈の黒いスパッツの、腰の後ろに手をかけてきて。
スパッツの下に穿いていたショーツごと、お尻の方から引き下げられてしまいました。お尻全体に芝生が触れたので、私はお尻が露出したと感じて。
それ以上脱がされまいと、私は慌てて手を伸ばしたけど間に合わず、スパッツは私の指先をかすめて、私の両足から抜かれて、ほとんど一瞬で取り去られてしまって。
もう私は、スニーカーを履いただけの全裸にされてしまって。
勇くんは、仰向けの私を膝立ちで跨いで、シャツを脱いで、トレパンも下着と一緒に脱いで、素早く私と同じスニーカーのみを身に着けた裸の姿になりました。
勇くんは、年齢は子供であっても、小柄な私との体格差は無かったし、サッカーで体も鍛えていたから、もう力の差では私は敵わないほど成長していたんです。
裸になった勇くんの体は、鎖骨や腕のラインがセクシーで、骨格が大人へと変わりつつあるなかで、均整のとれた綺麗な体でした。
既に固く勃起していたペニスに至っては、もう大人と比べても見劣りしない、いえ、並みの大人を凌駕する大きさでしたし。
夜中で人の気配が無く暗い場所とは言っても、屋外で全裸にされてしまうと、恥ずかしくて声も上げられなくなります。
セックスの経験が充実していた私でさえ、世間で青姦と呼ばれるような経験は一切ありませんでしたし。
それに、そこでもし私が大声で騒いで、その現場を誰かに見られでもしたら、勇くんの人生は終わってまいます。何よりそれが心配だったので、助けを求める事を躊躇ってしまいました。
勇くんは、私に覆い被さるように抱き付いてきて。
「僕、初めて萌美さんを見たときからずっと、萌美さんとセックスしたかったんです。今までずっと我慢してたんです。でも、もうこれ以上我慢出来ないんです。僕には今日しかチャンスが無いんです。」
と言いました。
「勇くんがおばさんの事を好きなのは、分かってる。分かってるから。私だって、勇くんの事が好きよ。でもこんなのダメ。おばさんには、旦那様がいるの。今のおばさんは、旦那様としかセックス出来ないの。それに勇くんとは、親子ほどの歳の差があるし。このままじゃ、誰か来ちゃうよ?見られたりしたらどうするの?お願いだから、一旦やめて落ち着こうよ。ね?」
と、私は勇くんに小声で言い聞かせました。
でも、勇くんは、旦那様だけが萌美さんとセックス出来るなんて、そんなのズルいよ。と言いながら、体を起こして、私の両足を左右に押し広げて。
私の下腹部の更に下、ちょうど陰毛が生え揃った恥丘の溝にペニスを突き立てて、押し付けてきました。
勇くんは、膣の穴の位置がよく分かってない様子でした。
私にとって、勇くんは母性本能を刺激してくる可愛い男の子。そんな勇くんに、私も前々から、女として恋愛感情を抱いてはいました。
もし私に主人という男が存在せず、勇くんとの年齢も近かったら、間違いなく私の方から勇くんをセックスに誘っていたでしょう。
私は心の中で思いました。
(“旦那様だけズルい”かぁ。勇くんは、私にそんな事言ってくれるのね。勇くんのママと歳が近いこんなおばさんの私に、そんなに強い愛情を抱いてくれてたんだね。
私は今まで、何のために主人とセックスしてきたんだろ?何年続けてきただろ?何回しただろ?単純に愛を確かめ合ってきただけじゃなかったわね。赤ちゃんが欲しいから、親類からの心ない嫌みにも耐えて、結婚する前から避妊せずに長年妊活してきたのよ。
なのに、今までのまま主人とだけセックスを続けたって・・・もう無理。赤ちゃんは多分、永久に授かれないわ。
そんなの嫌!私だって、子供を産んで母親になりたい!私は主人を愛してるけど。それとこれとは別にしても良いとしたら、私が大好きな勇くんが相手なら、私の事を愛してくれてる勇くんが相手なら、このままいっそ・・・勇くんと赤ちゃんを作っても良い。)
と、そんな思いを抱いてしまいました。
このとき私は既に32歳。まだ閉経まで年月に余裕はあるものの、子供を授かるために残された時間を刻一刻と失っていくなかで、徐々に妊娠しにくい体へ、出産が厳しい体へと変わっていく。30歳を過ぎてからは、日々の生活の中で、そんな焦りも感じ始めてました。
私が妊娠出来る体なのは間違いないのに、30歳を過ぎても子供が出来ない。そんな悔しさもあったし、先が見えない妊活に疲れ始めていたのもあったと思います。
私は、人妻として、本来やってはいけない事を思いついてしまったんです。
勇くんの子種で、赤ちゃんを授かろう。量も豊富で、若くて活きの良い勇くんの精子だったら、すぐに妊娠出来るのではないか?勇くんの赤ちゃんだったら、私も産んでみたい。と、そう考えてしまいました。
その日の私は排卵予定日の4日前で、妊娠に特別有利な日とは言えなかったけど。
逆に、安全日という事でもなくて。
膣の中で精子が数日生きていれば、妊娠出来るかどうか。精子の平均寿命が72時間である事を考えると、精子が平均以上に長生きすれば、何とかギリギリで精子の寿命と排卵が被りそうな、そんなタイミングでした。
「分かった。分かったから。その代わり条件があるの。聞いてくれる?」
と、勇くんに言いました。
「おばさんには子供がいなくて。どうしても子供が欲しいの。勇くんの精液を、おばさんに預けてくれる?」
「もしそれで赤ちゃんが出来たら、勇くんが小学校を卒業する前に、おばさんと勇くんの赤ちゃんが産まれると思う。勇くんは今11歳よね?産まれる頃には、もう勇くんは12歳になってるけど、勇くんはその歳で、小学生のうちにパパになるのよ。初めてのセックスで、いきなり本番の生殖行為をするのよ?勇くん、出来る?自信ある?覚悟してる?」
「今までは、おばさんがフェラチオで射精させてあげてたけど、今度は勇くんが、おばさんの助けも無しで、自分だけの力で、赤ちゃんをつくるための射精をするんだよ?勇くんがそれをOKしてくれるなら、おばさんは勇くんとセックスする。」
と、勇くんに言い聞かせました。
勇くんは言いました。
「やります!萌美さんと赤ちゃんを作りたいです!僕の赤ちゃんを産んでほしいです!」
と。そして膣から離れた恥丘にペニスを突き立てて、グイグイと押し当ててきました。
「早まらないで。あと、勇くん。そんなに大声出しちゃダメ。分かった?勇くん、違う。オチンチンを入れる穴はそこじゃなくて、もっと下。教えてあげるから、力を抜いて。」
と言って、勇くんのペニスに手を添えて、亀頭の先端を膣の穴まで誘導してあげました。
「こんなに下なの?」
と言って勇くんは驚いてました。
「勇くん、知らなかったの?学校の性教育も大した事ないのね。まぁ良いわ。おばさんが勇くんに、ちゃんと正しいセックスを教えてあげるから。勇くん、おばさんと手を合わせて。」
と言って、勇くんと両手で手のひらを合わせました。指を合わせて、しっかりと組んで。
勇くんの手は汗ばんでいて、しっとりしてました。暖かくて、思ったより大きく感じました。
「萌美さんの手、すごく小っちゃい。指、こんなに細かったんだね。」
と、勇くんも呟いてました。
「勇くんの手、おっきいね。勇くん、そのまま入って来て。」
と私が言うと、勇くんは腰を前に進めてきました。熱くて固い生のペニスが、膣内を掻き分けるようにして入って来て。
私と勇くんの体が、ピタッと密着しました。
勇くんのペニスを包み込んだ私の膣は、私の体の中で勇くんのペニスと同じ形になりました。
ピストン運動なんて、私は勇くんに一度も教えていないのに、勇くんは自然に腰を前後に振り始めました。
「気持ち良いっ、気持ち良いっ、気持ち良いっ、」
と、一際甲高い声で連呼しながら、私の乳房を揉みくちゃにしてきて。
勇くんのペニスは1年間のフェラチオによる修行のおかげか、11歳で初めての生のセックスにしては、射精まで長く頑張ってたと思います。
思えば人生って因果なものです。11歳でロストバージンをした私が、大人になってから、そのときの私とと同じ歳の少年の童貞をもらって、セックスの手解きをしたんですから。
勇くんは、私の乳房を寄せて谷間を作って顔を埋めてきたり、首筋や唇に盛んにキスをしてきて。私も応戦するように、勇くんの背中に腕を廻して、キスで返してました。
その間も、勇くんの生のペニスが、私の膣の中を掻き回していました。
勇くんは私に全身を重ねて、ガッチリと私の体を抱き締めてきました。
勇くんの息遣いが荒くなって、肩が震えだして、勇くんの射精が近付いてきたのを察した私は、勇くんの腰回りを、開いていた両足でガッチリと挟んで、勇くんの後ろで足首をクロスさせて、力一杯に引き寄せました。
ペニスの先が、膣の奥までしっかりと届いて、その直後に勇くんの体が硬直して、ピストン運動が止まりました。
「萌美さん、出ちゃう!」
と勇くんが言った次の瞬間、膣の中でペニスが力強く鼓動し始めました。
まるで心臓のような、一定間隔の力強いその鼓動は、私の中で何度も続いて、とても長くて。それは勇くんが、私の膣の奥で懸命に精液を解き放ってくれた証拠でした。
勇くんは、眉間にシワを寄せながら一生懸命でした。
「あぁっ、あぁっ、あぁっ、」
と悶えていました。
「勇くん、上手よ、奥まで届いてる!そのまま出し切るまで抜いちゃダメ。頑張って!もっと!もっと!もっと沢山出して!」
と私は言いながら、勇くんと一体化して受精しました。
勇くんは、私と赤ちゃんを作るために、しっかりと種付けを果たしてくれました。
長かったペニスの鼓動がようやく止まり、膣の中で萎えて縮んでいくのが分かり、勇くんが最初の射精を終えたのが分かりました。
勇くんは、それでもペニスを抜かないまま、私の乳房を無我夢中で貪るように弄んでいました。私の小高く膨らんだ乳輪を口に含んで、音を立てながらしゃぶり付いて離れません。
そんな形で仰向けで勇くんと繋がったまま、ふと私が真横を見ると、2メートルほど先の暗がりの中に人影が見えました。
紫陽花の植え込みに囲まれた、その芝生のスペースの端っこで暗がりに隠れるように、いつの間にか浮浪者の男性が座り込んでいて、私と勇くんのセックスを見られていたんです。
「勇くん、誰かに見られてる!」
と私が言いかけたとき、その浮浪者は人差し指を立てて口に当て、声を出さないようにと仕草で伝えてきて。
その浮浪者は私と目を合わせて、無言でニヤニヤと笑って頷きながら、親指を立ててグッドのサインを見せました。
そして、私と勇くんが避妊せずにセックスしていた事まで見抜いているかのように、いえ、一部始終を見られていたとしたら、それは当然分かっていたでしょうから。
私を指差してから、お腹に手を当てて、大きく膨らむゼスチャーをして。無言のまま、浮浪者は笑ってました。それが、私が妊婦になるゼスチャーなのが明らかでした。
そして、見せびらかすように、さっき勇くんが投げ捨てた私の黒いスポーツブラを広げて見せてから、それを丸めてシャツの胸ポケットにしまい、音を立てずに立ち上がると、そのまま去っていきました。
まるで『誰も呼ばずに黙認するから、そのままここで子作りに励みなさい。落ちていたブラが人目につくといけないから、拾っておいた。黙っておいてあげる代わりに頂いていくよ。』とでも言わんばかりでした。
私は思わず、遠ざかる浮浪者の背中を目で追いながら、無言で頷いて答えてしまって。
勇くんは、そんな事に気付いてない様子で、私の乳房を左右交互に舐めたり吸ったり、盛んに顔を埋めたりと夢中でした。
勇くんのペニスは回復が早くて、膣に収まったままの萎えたペニスが再び息を吹き返したように、ムクッムクッムクッとボックスし始めたのを、私は感じました。
「勇くん、まだいける?まだいけるよね?」
と聞くと、いけると勇くんが答えました。
「勇くん、今度はおばさんの後ろから繋がって。」
と言って、一旦ペニスを膣から抜かせて、私は四つん這いになりました。
私は背を反らせてお尻を上げて、膣の向きを挿入させ易くしました。
「勇くん、来て。」
と言いました。勇くんは私の後ろに廻り、ウエストの括れを抱えてきて。
「萌美さんの体、メチャクチャ細い!」
と言うので、私は勇くんに
「勇くん、手を掛け易いでしょ?女の体は、そういう形に出来てるのよ。」
と教えてあげて。
再び、勇くんとひとつになりました。正常位から180度反転したペニスは、膣の中のGスポットを盛んに削ってきました。
勇くんの突きは逞しさに溢れていて、私のお尻を体でペチペチと叩きながら、激しくピストン運動をされて。
青筋が浮いた真っ白な私の乳房は、洋梨みたいに下に垂れて、大きく揺さぶられて。
勇くんの汗が背中に落ちるのを感じました。私も、額から汗が流れて、芝生に滴り落ちて。
「勇くん、そこっ!気持ち良いっ!気持ち良いのっ!もっと強く突いて、頑張って!」
と言いながら、私は勇くんと野性味溢れるこの体位で繋がり続けて。
実際、勇くんはセックスのセンスが良かったと思います。まだ初体験なのに、20歳も歳が離れた大人を相手にして、堂々と性交していました。
屋外の空気を肌で感じながらのセックスは、独特と言うか新鮮で、とても興奮しました。
そのせいか、私は思ったより早くオーガズムが来てしまって。
私は最初、勇くんは初めてだから、私がオーガズムまで達する事は無いかも。それも仕方ない。と考えていたんだけど。
クリトリスも乳首も、パンパンに勃起して。
前髪を留めていたヘアピンはズレてしまって、髪も乱れてしまって。
そんな最中に、膣がピクッ、ピクピクッ、と疼き始めて。
「勇くん、そこ、そこ、上手よ、凄いっ!私、もう逝っちゃう!逝くっ、逝くっ、逝くっ、逝くっ、逝くうぅーっ!」
と思わず口にして悶えてしまいました。
やがて勇くんの動きが、私の腰を強く引き寄せてピタッと止まり、2回目の射精が始まりました。
「気持ち良いっ!気持ち良いっ!オチンチンが溶けるっ!溶けちゃうっ!萌美さぁんっ!」
と連呼しながら。
その後、騎乗位で私が上になり、今度は私が勇くんの体を責め抜いて、3回目の射精。
対面座位で、抱き合いながら勇くんとしっかりと繋がって、4回目の射精。
若い勇くんは、まだ止まりません。まるで不死身のようでした。その後、立て続けに正常位で5、6、7、8、9回目の射精を、全て膣内で授けてくれて。私も何回も逝きながら、膣内の奥深くに沢山の精子を植え付けてもらいました。
頑張ってくれた勇くんがようやく果てた頃には、私もぐったりでした。勇くんがペニスに痛みを訴えて、とても苦しそうだったので、そこで終了しました。
勇くんとの最後のジョギングの後だったその夜は、勇くんとの最も熱々な、思い出深い素敵な夜になりました。
「明日、サッカーの試合があるんです。クラブでの最後の試合で、僕は出られるか分からないけど、良かったら観に来て下さい。」
と、勇くんに言われました。
私は仕事の予定も無かったので、笑顔でOKしました。
勇くんと体で愛を交わし終わった頃には、24時近くまで時間が経っていて。ママに叱られない?と勇くんに聞くと、勇くんのお母さんはその日は仕事で帰って来ないから大丈夫だとの事でした。
私も、その日は主人が帰って来ない日でした。
公園の出入り口で別れると、勇くんは走って去って行きました。
その日、帰宅後に勇くんから、試合の時間や場所がハートマークいっぱいのメールで送られてきて。
きっと、勇くんにとって価値のある夜だったと思うので。メールの中のハートマークの多さから、勇くんもそう感じてくれている様子でした。
翌日は日曜日でした。都内の少年サッカークラブの大会があって、その予選との事でした。
その試合に勝てば予選通過が決まるという、大事な試合です。
場所は多摩にある運動公園で、陸上トラックが併設され、観戦のための客席もある広い場所でした。自宅から離れた所で、私は一人で車で行きました。
天気は快晴で、暑い日でした。勇くんのチームの試合は午後から。昼前に着いた私は、運動公園の近くで見付けたカフェで、昼食を済ませながら時間を潰してから客席に座りました。
いざ試合が始まると、ピッチにはに勇くんの姿が見えません。勇くんはベンチメンバーでした。
試合の前半は0対0のまま。お互い攻め合う拮抗した良い試合でした。勇くんのチームは、後半が始まってすぐに1点取られて、先制されてしまいました。
それからすぐに、勇くんのチームが選手交代。ミッドフィルダーで出ていた男の子と交代でピッチに立ったのは、勇くんでした。
青いユニフォームで、背番号は17番。やっと勇くんが出てきた。そう私が思ったとき、私の斜め後ろのすぐ近くからでした。
「勇太郎ーっ!頑張ってーっ!」
と、女性の大きな声援が聞こえました。
振り返って見ると、矢口真里によく似た、30代くらいで少し小太りで、人の良さそうなとても綺麗な女性が座ってました。
その両隣にも同じ年代くらいの女性が座っていて。
「試合に出られて良かったじゃないの。勇太郎くん、今日が最後の試合だもんね。」
と話かけられていて。その小太りの綺麗な女性は嬉しそうでした。
「聞いてよ、うちの勇太郎ったらね・・・」
と、勇くんの事について話してました。
あぁ、あの女性が勇くんのお母さんなのね。と、私は初めて知りました。
まさか、勇くんが愛してくれた女が、前日の夜に勇くんの童貞を頂いた女が、そこから手を伸ばせば触れるくらい近い場所に座ってるだなんて、勇くんのお母さんは思いもしなかったでしょう。
そして、勇くんから授けられた無数の精子が、私の膣内に閉じ込められて泳いでいた事。やがて私の卵子と結合して、受精卵となり胎内で着床して、私が勇くんの赤ちゃんを身籠るかも知れない事も。
そのときは、勇くんのお母さんにとっての初孫、勇くんと私にしか作ることの出来ない赤ちゃんを、私が産みます。責任を持って立派に育てます。と思いながら、試合を観てました。
そして、勇くんがヘディングシュートを決めて、1対1の同点に。客席がどよめいて。
「キャー、勇太郎!やったーっ!」
と、勇くんのお母さんも歓喜の声を上げていました。
その後、試合終了直前に、勇くんがドリブルで上がってゴール前で右足を振り抜いて。そのシュートが見事に決まり、2対1で勝利しました。勇くんは途中出場ながら、2ゴールの大活躍でした。
試合後、勇くんは客席の中にいる私と目が合い、手を振って、お辞儀をしました。私は手を振って応えてから、勇くんにお祝いのメールを送って、運動公園を後にしました。
その後の勇くんからの返信のメールの中で、勇くんは前日の私とのセックスのおかけで、気分も良くコンディションも絶好調だったそうで、私のためにゴールを決めると意気込んで試合に出て、本当に決められて嬉しいと伝えてくれました。
そして、その4日後。妊娠検査薬で、陽性が出ました。産婦人科で検査を受けて、妊娠が確定。私と勇くんの想いが実を結び、いよいよ待望の第一子です。
そのまま順調に安定期に入って、やがて私のお腹はビーチボールのように丸く大きく膨らみました。
念願だったマタニティウェアを着て、夢にまで見た妊婦となった姿を周りに見せながら歩くのは、勇くんが私にくれたとても幸せな時間でした。
勇くんも、主人も、血液型は同じ。主人はお腹の子供を自分の子だと思っていましたし。
翌年の3月に、無事に元気な長女を出産しました。長女の名前は、“勇太郎”と“萌美”から漢字を一文字ずつ選んで組み合わせた名前を付けました。
勇くんの将来を考えると、やっぱり歳が近い若い女の子と新たな恋愛をしてほしいし、私が勇くんの赤ちゃんを産んだとなれば、勇くんに後々心理的な負い目を抱かせるかも知れないので、以後はメールのやり取りも無く、会ってもいません。
勇くんも、私とは結ばれる事が無いと分かっている上で、会えなくなった私と繋がりを続けるのは辛いと感じたのか、勇くんからも、試合後のお祝いのメールの返信を最後にメールは来てません。
私の気持ちを正直に言えば、勇くんにもう一度会ってみたいし、また勇くんとセックスしたいし、勇くんと第二子を作りたいのが本音です。でも、私には一人娘という、勇くんの忘れ形見がありますし、主人との生活も大事ですから。
最近は、娘の性教育の事に頭を巡らせてます。いかにして、学校や、娘の友達や、主人に知られないようにして、セックス、そして妊娠、中絶まで進めてあげるか。
娘と相談しながら、計画を練っています。避妊しないセックスは、15歳まで。それ以降は体がほぼ大人に成熟してくるので、妊活に有利な体作りのための妊娠は意味がなくなるので、避妊するセックスに切り替える事を、娘と決めています。
セックス、妊娠、中絶。娘には全て、13歳で解禁させます。既に彼氏もいる娘なので、多分、中学生のうちに中絶まで一度は経験出来ると思うけど。
娘は、セックスの相手は彼氏と他に一人までで、中学生のうちは避妊はせず、卒業するまでに3~5回程度の中絶を考えているようです。我が娘ながら、積極的で良い計画だと思います。
これから少子高齢化社会の若者として羽ばたいて行くんですから、これくらいの性教育がちょうど良いんです。
今や、あの頃の勇くんと瓜二つの如く顔形がそっくりになった、内田有紀に似ている可愛い私の娘。勇くんの分まで責任を持って、これからも娘を大事に育てるつもりです。