「なあ、織田。それってどういうこと?何がどう決まってたって?」
私は、織田が先ほど言った「マコトが北海道に行ってしまう。それはもう決まった事。」という言葉が理解できません。
すぐにでもマコトに真意を問いたいところでしたが、マコトという彼女がいながら、「他のオンナに手を出している最低な男」として合わせる顔がなっかたことに加え、マコトが私に対して言い出しにくい何かがあると考え
「織田、心配してくれてありがとう。多分、僕がそれを知ったところで結果は変わらないだろうから、それはマコちゃんが言いだすのを待つことにするよ。」と答え、織田には感謝の意だけ伝えました。
そして、織田が気分を変えようと誘ってくれ、その買ったアコードというクルマで前から「クルマ買ったらアキちゃんと来たい」と言っていた「港の沖防波堤」に来ました。
ここは、港から陸続きとなっておりクルマでも来ることができます。工事中ということもあり、あちこちに重機や資材が置いてあることもあり、そういうものの陰には必ずアベックと思われるクルマが停まっています。その中にはカーセックスをしている輩も見受けられます。
景色のいいところに車を停めると、織田が「ここから見える港の灯いいだろ?。こう言うのに女の子って弱いんだ。日によっては、沖の方でイカ釣り漁船の漁火もまた綺麗って聞いたぞ。」と、教えてくれました。
その後港を後にしたクルマは、市街地を抜け帰路となりました。
「なあ。織田。オマエ、アキちゃんどうすんの?」と私が質問すると、
「もちろん、一緒になるよ。」と言い切りました。
それに続き「そのために、アキちゃんの親族にも納得してもらえるようなキチンとした上場企業に就職する。」と織田は重ねて言い切りました。
来年は3年生となっています。しかもおそらく、来年の今頃には大方の民間企業は学生に内定を出して囲い込みをしており、更に、逃げられないように公務員試験の日に合わせて、研修名目で1日拘束をするなどしているはずです。しかも今はバブル絶頂期です。
しかも、私たち技術系学生は、よっぽど大手でもなければ、こちらが入社の意思を示せばその段階で内定が出ます。
そこに、よっぽどの大手を目指し、あえて茨の道を歩もうとする織田に敬意を表してしまうのでした。結果的に、私も同じような道に進むことになりますが、この時はそんな事知る由もありません。
よく晴れた次の土曜日、土曜日に1コマだけある授業を受け下宿に帰る時に、成人式の後ふたばを乗せて走った海岸線をぶらりと走っていました。
ふたばの座っていた助手席はなぜか物凄く広く感じます。しかも、座面のシミも健在です。「あの時は晴れ着で目一杯だったな」と感傷にふけっていると、前方の左路肩に不自然な角度で停車している黄色い軽自動車があります。
しかも、クルマの左前にしゃがみこむ同年代の男らしき姿がチラッと見えました。コレから特に用事のなかった私は一度通り過ぎてからバックでそこまで戻ると、車を降り声を掛けました。
「兄さん、どうかした?」
「あっ、ごめんなさい。チョットパンクしちゃって。」と女性みたいな声で答え、立ち上がった男は、男ではなく若い女性でした。白い帽子をかぶり、後ろの穴から短いポニーテールが出ています。
私は、その帽子を見て勝手に男と決め付けたその人は、その深く被った帽子から出ている髪以外は、この冬だというのに日に焼けたその肌と、男物のジャンパーという格好から、遠くから見る分にはどう見ても男にしか見えません。
話を聞くと、走行中後ろから来たトラックに散々煽られたうえ、抜き去り際に幅寄せされ縁石に接触して左前のタイヤがパンクしたとのこと。
よく見ると、縁石に立っている反射板の付いたポールにも当たったようで左側のフォグランプも割れています。
私にとって、スペアタイヤに交換するのは容易いことでしたが、今後のことも考え貴重な体験をしてもらおうと、
「それじゃ、縁石の空いているところから歩道にクルマ入れて。」と指示します。すると
「え〜、やってくれないの?」
「これ、アンタのクルマだろ。」と、今までの私であればやってあげたところですが、最近女性との間にいろいろあり過ぎたせいか、その時なぜが私の中にそんな優しい気持ちはありませんでした。
やっとの事で歩道までクルマを入れると、私は
「はい。次、トランクから工具とジャッキを出す。」と指示しましたが工具が見つかりません。
(実際は、グローブボックスに車載工具が載っていましたが、その時は気づきませんでした)
工具も持たずクルマを運転していたかと思うと、「何も知らないって、ある意味幸せだよな。」と思いながら、私のハチロクから工具を出します。
「はい。次、スペアタイヤとジャッキを出す」「次、ジャッキアップ」「次、ナットを緩める」などと1から10まで指示し自分でやってもらいました。
スペアタイヤに交換が終了すると、その彼女は「スッゴ〜い。自分でできちゃった。わたしって天才かも。」なんて能天気なことを言って喜んでます。
わたしは唯一、外したタイヤをトランクに入れてあげましたが、そこでそのタイヤの側面が裂けている事を発見しました。
これではパンク修理どころか、タイヤ自体を新品にしなければなりません。その事をその彼女に告げると、
「え〜、そうなの〜?。どうすればいい?」と困っています。
「市内のタイヤ量販店まで付き合ってやるから、そこで交換してもらって。」と告げました。
その後、その彼女をゆっくり先導し普段の倍ほどの時間を費やしタイヤ量販店まで到着しました。
私が店員に事情を説明し、流れ作業的にタイヤ交換作業に入りました。用事が済んだ私は
「それじゃお疲れ様。あと、気をつけてね。」と告げ帰ろうとしたところ、
「チョットお礼……」と、想像通りの言葉が出ましたが、あまり女性に関わり合いになりたくなかったため
「困った時はお互い様だから…」と言い残しその場を後にしました。
これからの予定もない晴れた土曜日、やることと言ったらクルマの手入れしかありません。
その後、まっすく向かったのは下宿近くの洗車場でした。
ここは、最近出来たとても綺麗な洗車場で、比較的安い料金は貧乏学生には強い味方です。
私がハチロクを洗車し、その後固く絞った雑巾で助手席の座面と戦っていると、見覚えのある黄色い車が一旦通り過ぎ、Uターンして洗車場に入ってきました。
そして、その黄色いクルマはハチロクのとなりに駐車すると、運転席から先ほどタイヤ量販店で別れた少年のような女性が出てきました。
「なんか、通りかかったらこのクルマがあったんで、もしかしてと思って来ちゃいました。」
「先程はありがとうございます。すごく助かりました。」と言った途端踵を返すように自分の車に戻り、トランクから何かを持ってきました。
「これ、忘れ物です。」と手にしていたのは、先程ホイールをはずすのに使用したクロスレンチでした。
「そのクルマ、工具ないからそれあげるよ。こっちは、別なのあるから」と伝えると、
「ありがとうございます。では、せっかくですのでもらっちゃいますね。」と頭を下げると、再び踵を返すように走って行った先は自動販売機でした。
息を切らせながら戻ってきた女性の手には缶コーヒーが2本。
「どっちがいいですか?」と出されたのは、甘いのとそうでないもの。
甘いもの好きの私は甘い方が良かったのですが、この時は見栄を張り当然のごとく甘くない方をもらい、
「手、冷たかったからちょうどよかった。じゃ、もらうね。」
と、私がその缶コーヒーで自分の両手を温めると、脇からその彼女が私の手の外側から手で包み、その彼女自らの手で私の手を温めます。
手を掴まれた私は急に心拍数が上がり、その娘を始めてキチンと見ました。すると、クリクリと大き
な瞳に小さい顔で、結構可愛く、「きっと、何もなければ一目惚れしちゃうんだろうな」なんて思っていると、
「さっき、わたしどうしていいかわからなっくって、しかも海風冷たいし、途方にくれちゃって。」
「赤いクルマが止まってくれたのは良かったけど、そのクルマうるさいし、シャコタンだし、ヤンキーだったらどうしようと思ったら」
「掛けてきたことばが、兄さんどうかした?だったよね?」
「あっ、この人、下心で止まったんじゃないんだ。と思った瞬間、すごく安心したの。」
「しかも、作業をわたしにやらせたでしょ。あとでカラダを要求するつもりないんだな。って安心したの。」
私が、「いい経験になったでしょ。」と言うと
「うん。これからは、助けてもらう人見極めなっくちゃ。」と、その彼女。
「あっ、そっちじゃないんだけど。」と思いましたが、面倒臭かったので言うのを控えました。
私がそのクルマをよく見ると、ボンネットの上にどこかで見たような感じのエアインテークが載っています。
「このクルマって、あんまり見ないけど…」と言うと。
「これ、レックススーパーチャージャーっていうの。なんか、このクルマと同じく、レモン色で屋根の開くやつは珍しいって。東北で10台もないって言われた。」とその彼女は言います。
私は、「軽自動車にまでスーパーチャージャーの波が…」と思いながらも、
「加速の時、あの二ーーーって音のするやつ?」と聞いたら、
「そうそう、アクセル踏むとメーターに変なマークが出るんだけど、そのときそんな音はするかもー。」と言います。
続けて「スーパーチャージャーって、何か知ってる?」聞くと、
「ボンネットに穴の空いているクルマってことじゃないの?あっ、屋根が開くことかな?分かんないや。」
「でも、テレビのCMで、レックスにしよう〜って、やってるでしょ?それ見て可愛いかったから買っちゃった」と無邪気に言っています。
私は「屋根はキャンバストップ。スーパーチャージャーはエンジンだよ。」と軽く教えてあげました。
すると、「ターボなの?」と、その娘が尋ねます。
私は、「圧縮した空気をエンジンに詰め込むのは一緒。でも、ターボは排気圧でタービンを回すんたけど、スーパーチャージャーはそれをコンプレッサーで機械的にやるんだ」と教えると「?」と言う顔をしています。結局理解できなかったようです。
私の説明を理解できなかったその彼女の名前は「小比類巻夏帆」といい、市内のバス会社に勤める「バスガイド」と言うことでした。その時、その地方で話題の歌手と名前が酷似していることから、その事で結構話題になるとも言っていました。
そこで、私の通っている大学名を出し「もしかして、大学のオリエンテーリング行った?」と尋ねると、
「去年の春、初めての添乗がそれだったよ。とりあえず、最低限の挨拶と案内と、バスの誘導だけすればいいって言われて、訳もわからずやったよ。」と答えました。
この娘が添乗したのは、私の一学年下の学生という事になります。
続けて「でもね、交差点で曲がりきれなかった時、切り返しのバックの誘導やってバスに戻ろうとしたら、ドア閉められてそのままバス走って行っちゃって、泣きながら追いかけんだよ。」という逸話まで紹介してくれました。
私が、一昨年行ったオリエンテーリングの話をして、可愛いバスガイドがたくさんいて鼻血が出そうだった事や、3号車だった事、友達が合コンを段取った事などを説明しました。
また、以前そのオリエンテーリングの後は毎年合コンが段取られる話も聞いていたので
「じゃ、その後はやっぱり合コン?」と聞くと、
「うん。行ったよ。でも、みんなの目がギラギラしてて凄く怖くって。触っただけで妊娠しそうだった。」と身震いするかの様な格好をして答えました。
するとその夏帆は、ポケットから出した手帳にボールペンで何かを書いたかと思うと、それを破り
「これ。寮の電話。何かあったら電話して。」と渡してきましたが、
「多分、女子寮なんて、恐ろしくて掛ける事はできない。」といって、逆にその紙に下宿の電話番号を書いて返しました。
その時、「クルマのことで困ったら何でもいいから電話して。エンちゃんいますか?で通じるから」とだけ伝えて分かれました。
その後は、夏帆だけでなく、全く身知らずのバスガイドから呼び出しを受けて、クルマにワックスをかけたり、ガラスにスモークを貼ったり、中古車屋まで乗せて行き一緒にクルマ選んだりと、いろんな女性と出歩く機会が増えました。
その中には、どこか見覚えのある女性もいましたが、多分一昨年のオリエンテーリングで見かけたバスガイドかと思います。
その度、大学の誰かに目撃され、「あのデッカい彼女どうした?最近いっつも違う彼女ハチロクに乗っけてるけど、何でおまえそんなにもてるんだ?オレにも紹介しろ」なんて冷やかされたりもしましたが、嫌な気分にはなりませんでした。
その時は、なんとなく気がまぎれる様な気分になり、これも悪くないかもと心地よく思っていました。
また、あの後からマコトまた、あの後からマコトからの連絡も無く「このまま、自然消滅か。それはそれでしょうがないかも。」と思っていた2月中頃の火曜日、午後から受けるはずだった教育心理の補講が休講となったため昼に下宿に帰り自室でカップ麺をすすっていると、下宿のピンク電話が鳴りました。
「こんな時間に電話が来るなんて珍しい」と思いながらも、下宿に誰もいなかったため私が出ると、それはどこか聞き覚えのある女性の声でした。
「マーくん。落ち着いて聞いて。そっちの下宿の娘さん、さっき病院に担ぎ込まれて今処置中なの。なんか、お母さんには知らせないでって言うもんだから、とりあえずマー君だけに伝えるね。」
私が、その聞き覚えのある声の主に「芽衣子姉さん。ふたばがどうしたの?。何があったの?。なんでこの電話知ってるの?」と尋ねると、
「わたしね、今日7ヶ月検診で病院行ったら、この寒いのにタンクトップ姿のクマみたいに大きな人が、大きな女の人抱えて、病院の受付で何か揉めてたのね。」
「わたし、仕事してた時結構そう言う場面に出くわしていて、ただ事じゃないってことが分かって、話聞いたらチョットヤバかったんで急いで処置室まで運んでもらったんだけど……。」
と言うところで、話が途切れました。
「それで、どうしたの?ふたば、どうなったの?」と尋ねると
「流産…しちゃったみたいなの。」
「それでね。所持品から身元の分かりそうなもの探してたら、まーくんとハチロクと、その彼女が写った写真。それに、まーくんの名前の載った下宿の名簿が出てきたの。」
「話聞いても、家には知らせないでの一点張りだったんだけど、その写真見ちゃった以上わたし関係者だから、わたしが保証人になって入院させることにしたよ。」
「あと、彼女を運んできたクマみたいな人に話し聞いたら、なんか道路にうずくまっている人がいて、ただ事じゃないって思って、着ていたジャンパーで体包んで近くの病院にかつぎこんだって話。」
「マー君。事がことだけにね、もし、事情が分かるんだったらちょっと来てもらえないかな?」という、従姉妹の芽衣子姉さんからの電話でした。
私は、何が何だか分からないまま、財布と免許証だけ持つとハチロクに乗り込み、片道3時間の道のりをひた走り、夕方の暗くなる頃その病院に到着しました。
ここで分かっていることは、ふたばは妊娠していて、その相手は私であること。しかし、その出来た子どもを流産してしまったこと。もう、私自身頭の中がパニック状態です。
そんな中、病院の受付で病室を教えてもらい、婦人科病棟にあるその病室の引き戸を引くと男物のパジャマを着たふたばと、お腹の大きい芽衣子姉さんが話をしていました。
私はそんなふたばの顔を見た瞬間カラダのチカラが抜け、引き戸を開けた状態で呆然としてしまいました。
私の姿を見た芽衣子姉さんは、私にそこにあった丸椅子に掛けるよう促すと、「さっきまで、ふたばちゃんを運んでくれた武田さんいたんだけどね。」と言います。
その「武田」という男は身長が185cmのふたばより大きく、私が通っていた付属高校の大学でラグビーをやっている、誰がどう見ても熊にしか見えない男ということでした。
しかも、その大きなふたばを抱えて病院まで駆けつける事の出来る体力の持ち主は、もはや人間の域を超えていると思いました。なお、その武田という男には、ふたばは婦人科系の病気とだけ伝え、流産という事は一切言っていないとのことです。
一通り説明の終わった芽衣子姉さんは、「わたし、ちょっとナースステーションに用事があるから」と言って、気を利かせたのか私とふたばのいる個室から出て行きました。
残された私とふたばの間に沈黙が流れます。その時、身体を起こしたふたばのあの長い髪が、バッサリ切られ短くなっているのに気づきました。
それは、いつか言った「子どもなんて出来たら、切っちゃうんだろうな。」と呟いていたとおり、何かを覚悟していたのだと瞬時にとらえ
私は「ゴメン。ふたばのこと何にも知らなくって。ふたばだけに辛い思いさせて。」と謝りました。そうするとふたばは
「いいの。かえってゴメンね。私ね、最初生理が来なくって焦ったけど、つわりみたいなものが出てきたと思ったら」
「なんか、アンタがお腹にいるんだ。アンタが、わたしと交わった証がここにあるんだ。って思って、急に愛おしくなっちゃって。」
と、お腹をさすりながらいいました。
「でも、今日学校に行く途中、お腹が急に痛くなって、気を失って、気がついたらここ来てて」
「結局、妊娠12週目で3ヶ月に入ったばかりだったって。」
「でもね、先生がね、安定期前だから、こんな事珍しくないって言ってたけど…、なんか寂しかった。なんか、アンタがいなくなっちゃったみたいで。」
すると、突然ふたばが自分のパジャマの胸のボタンを外し「これ、ちょっと見て」と乳房を見せます。
そして、「わたしのカラダ、わたしに無断で勝手に子ども産む準備始めちゃって。こんなおっぱいにおっきくなっちゃって。ほら、乳首なんてこんな黒っぽくなってきちゃった。」と、切なそうに囁きます。
事の重大さ、ふたばにかけてしまったココロとカラダへの負担が、今頃になって実感として重くのしかかってきます。
「ふたば、僕は…」と言いかけたところで、それを遮るようにふたばは
「でもね。現実見てみれば、この先わたしもアンタも困っちゃうよね。まだ学生だし。しかも私一人っ子だからこっち来ることできないし、アンタも長男だからあっちに行けない。結局、どうあがいても一緒にはなれないんだよ。」
この後しばらく沈黙が続き、ふたばが再び話を続けます。
「妊娠って、簡単にしちゃうんだね。」
「なんとなく、気をつけなきゃとは思ってはいたけど…」
「でも、面白いよね。全然違うところで、全く違った環境で育った二人の遺伝子がさ、偶然出逢ってチョット交わるとひとつにまとまって、子どもってもんができちゃうんだもん。」
「よく言ったもんだよね。「愛の結晶」なんてね。」
私は意を決して
「ふたば。結婚しよう。今すぐは無理だけど。なんとかして、ふたばのところに行けるようにするから。そうして、ふたりの遺伝子いっぱい残そう。」と伝えました。すると、
「ありがとう。凄く嬉しい。これって、もしかしてオンナにとって、言ってもらえると最もうれしい言葉だよね。」
「わたしね。わたしもね。心の底からアンタと一緒になりたいって思ってたの…」
「でも、それは今朝までのわたし。今の私はそれを許さない。アンタに対しても。自分自身に対しても。冷静になって考えれば、今はそれぞれやるべき事があると思うの。」
「幸いわたし、今回、対外的には治療すれば完治する卵巣の病気って事にしてもらえる事になったのね。」
「やっぱり、元、看護婦よね。修羅場たくさん踏んでるんだね。こんな事のあった後、退院した後に何が大変かって知ってるよね。芽衣子さんに感謝しなきゃ。」
「それにね、わたしを助けてくれた武田君にもお礼しなきゃならないし、なんか毎日お見舞いに来るって言ってたみたいだし。」
「今でもアンタを好きな気持ちは変わらないけど、それは、一旦ここでリセットするね。」
「それでも、ヤッパリダメだったら追いかけてきちゃうから、その時は覚悟してね。」という、ふたば流の冗談でその話は締めくくられました。
気がついたら、私もふたばも涙が溢れ、ベットの上で抱き合っていました。
すると、ふたばは私を両手で引き剥がし、私の目をじっと見て
「今からは、新しいまどかになって。わたしも新しいふたばになるから。」と言って、首を傾げニコッとしました。
そこへ、芽衣子姉さんとベビーカーを押した母さんが病室にズカズカ入ってきて、母さんが私を指差しながら、開口一番
「コレ、ふたばさんに持って行ってもらっても全然良いんだけどね。でもね、風谷(かざがい)っていう珍しい苗字名乗ってるのコレとコレの姉さんだけになっちゃてね、墓守する人いなくなっちゃうのね。」
「私、再婚しちゃって、もう風谷じゃないし。御免なさい。本当にごめんなさい!」
するとふたばは、
「いいんです。お母さん。わたし、もともと人付き合いってものが出来なくって、わたし学校の先生目指しているんですけど、先生っていうものになれるのかなって、前は凄く不安だったんです。」
「でも、まどかさんと付き合ってみて、ひとのこころとか、優しさとか、なんか考えるようになって、ひとづきあいができるようになったんです。」
「自分で言うのも何ですが、人としてチョット大きくなったっていうか、一瞬お腹も大きくなっちゃいましたけど。」
と言って、笑いを誘います。
最後に、私が出した退院まで付き添うと言った申し出は母さんにより却下され、代わりに芽衣子姉さんが付き添う事に。
その時芽衣子姉さんは、
「今は、元、看護婦だけど、この子産んで保育所預けたら現役復帰するよ。」と、その大きなお腹をパンパン叩きながら話します。
そして、芽衣子姉さんは病室を後にした私に、そっと耳打ちするように「この子、再従兄弟のまーくんそっくりだといいな。」
「もしそうだったら、まーくんのこと間違ってパパって呼んじゃうかも。」
と、物凄く恐ろしいことを言って手を振り、病院から送り出されました。
その後、夜遅く下宿に帰った私に、帰る時間を見透かしたかのようにふたばから電話がありました。
「わたし、婦人科系の病気で入院してるって母さんに話したから。それで、恥ずかしいから誰にも言わないで。って言ってあるから、母さんと顔を合わせた時動揺しちゃダメだよ。」という助言でした。
私は、ふたばの母さんで、病母でもある下宿のおばさんに、いつか土下座でもしないと気が済まない気がしていましたので、そのふたばからの電話に物凄く救われ、
「ありがとうふたば。ふたばにだけ辛い思いさせてしまったうえに、気まで遣わせて…」という私の言葉を遮りふたばが
「もう。それは言わない約束。アンタ忘れてるよ。アンタに彼女いるの知ってるのに、アンタに迫ったのはこの、わ・た・し。」
「しかも、アノとき。頭ん中真っ白になって空砲出るまでお互い頑張ったじゃない。」
「喧嘩両成敗ってことで、終わりにしようこの話。アンタもわたしも。」と、いうふたばの優しさに救われ、私はいつまでもピンク電話の前に立ち尽くしてしまいました。(終わり)