「山口くん、今日だけよ」
動きを止めてボクが頷くと、突っ張るようにしてボクを押しとどめていたマヤさんの腕から力が抜けた。
ボクはマヤさんに覆い被さるようにして、唇を重ねた。
こんなご時世ではあるが、ボクの会社は出張をさせられる。
日帰りだけど。
電車に乗れば直ぐの工場が行先だったが、できれば遠出は避けたい。
でも、どうしても技術面での打ち合わせが必要で、ラボ代表でボクが行くことになった。
駅に着いたとき、何だか嫌な予感がした。
天気予報は寒波の到来を告げていたし、空には黒い雲が立ち込め始めていた。
不安をよそに打ち合わせは順調に進み、少し早めに工場を出ることができた。
しかし、駅についてから嫌な予感は的中した。
大雪で電車の遅延が発生しているという。
特にのぼりは全滅の様相を呈していた。
それでも一縷の望みを託し、状況を見守ることにした。
ボクは、周りにほとんど何もない駅で電車を待つはめになった。
工場の人はみんな車なので、駅を利用する人はほとんどいない。
話し相手もなく、ボクは時間をつぶすのに苦労した。
暫くすると、無情にも駅のアナウンスが流れた。
「大雪のため、本日の列車は全て運休となりました」
ウソだろ…。
駅の構内放送を聞いてボクはガックリと肩を落とした。
改札口の駅員さんに詰め寄ってもみた。
だが、何の解決にもならなかった。
帰りの電車が止まってしまった…。
列車の運行予定を告げる掲示板を呆然と見つめる。
空しい運休の二文字。
ため息しか出なかった。
取り敢えず待合室に戻ろうと振り返る。
すると、そこには同じ会社の先輩がいた。
そう言えば、工場の食堂で見かけた。
美人はどこにいても目立つ。
確か本社の生産管理にいる先輩だ。
うちの会社のドレスコードはオフィスカジュアル。
そんな中で、いつもパリッとしたスーツを着ている人だ。
マヤさんって言ったっけ。
綺麗な人なので覚えている。
全く、男ってヤツは…。
「お疲れ様です」
ぺこりと頭を下げながら、声をかける。
マヤさんは弱ったという表情でボクを見返してきた。
「ラボの山口です」
「ええ、食堂で見かけたわ。支倉マヤです」
フルネームで名乗るんだ…。
一瞬そう思ったが口には出さず、次の質問に移った。
「どうします?工場に戻ります?」
そう言うとマヤさんは小さく首を横に振りながら言った。
「もう遅いわ…」
ボクが怪訝な顔をしてみせるとマヤさんは続けた。
「…私が出るとき、施錠当番の人と一緒だったの」
工場には、もう誰も残っていないということだ。
駅周辺にはビジネスホテルはおろか、飲食店も殆どない。
「ここで明日の朝の電車を待つしかないんでしょうか」
「…」
返事がないので続けた。
「取り敢えず、売店で弁当か何かだけでも買ってきます」
そう言うとマヤさんは我に返り、バッグから財布を取り出すと千円札を何枚か渡してくれた。
「これで、山口くんの分も…」
これはラッキーなのか、アンラッキーなのか。
幸いにも売店には弁当が何種類か残っていた。
先輩のおごりなので、普段なら買わないようなちょっといいヤツを買わせてもらった。
取り敢えず、ラッキーと考えよう。
お茶も忘れずにゲットした。
その時、工場までの途中にラブホテルが見えていたのを思い出した。
マヤさんの許に急いで戻り、言ってみた。
「あの、ビジネスホテルではないんですけど、確かホテルが…」
少し言いよどんでしまった。
するとマヤさんは直ぐに察して、言ってくれた。
「ラブホなのね」
流石、大人の女性は違う。
増してや既婚者だ。
マヤさんの左手の薬指には銀色の指輪が嵌っていた。
「どうします?」
遠慮がちに訊いてみると、即答だった。
「待合室で夜を明かすよりはいいわ」
そう言うと、スタスタとタクシー乗り場へと歩き出した。
ワンメーターの距離だったが、風は身を切るように冷たい。
お金の心配をしないで済む先輩がいてくれてラッキー!
しかし、全てが順調なわけではなかった。
同じことを考えた人が他にもいたようだ。
ボクらが着いたときには、一室しか空いてなかった。
「先輩が泊まってください」
「えっ?」
「ボクは駅の待合室に戻ります」
そう言って、ひとりでホテルを出ようとした。
すると、マヤさんに腕を掴まれた。
「何もしない?」
「えっ?」
「だから、明日の朝まで大人しくしていてくれる?」
ちょっと戸惑った。
「おとなしくしていてくれるなら、私は構わないわ」
そう言ってくれた。
『大人しくしています』と言うのが正解なのか。
それともそれが失礼に当たるのか、一瞬悩んだ。
「行くわよ」
悩んでいるうちにマヤさんはそう言って、ひとりで奥へと歩きだした。
ボクは慌てて自分の荷物を掴むとマヤさんの後に続いた。
部屋は狭かった。
ベッドもセミダブルで少し小さめだ。
でも、ベッドの脇に小さなテーブルとイスが二つ置いてあった。
ボクたちはテーブルを挟んで座り、買ってきた弁当を広げた。
小さな冷蔵庫があって、缶ビールがあったので一本ずつ取り出した。
「結構いけるわね」
そう言いながら、パクパクと唐揚げやフライを口に運んでいく。
なかなか豪快な人だ。
食べ終わるとマヤさんが言った。
「山口くん、どっち側がいい?」
ボクは床でもいいと思っていた。
駅の待合室に比べれば、絨毯が敷いてあるだけでもありがたい。
それに暖房も効いている。
「いや、ボクは…」
言いよどむとマヤさんはベッドの右側を指して言った。
「じゃあ、私、こっちね」
本気で同じベッドに寝るつもりのようだった。
「山口くん、先にシャワー使って」
「いえ、支倉さんこそ、どうぞ」
遠慮して言うと、マヤさんは私は長いからと言ってバスルームに追いやられた。
温かいお湯を頭からかぶりながら、刻一刻と迫る就寝時間にボクは興奮が収まらなかった。
シャワーを浴びて、部屋に戻る。
マヤさんが入れ替わりにバスルームに入っていった。
シャワーの栓を捻る音がキュッと聞こえた。
続いて、ザァザァお湯が流れる音。
全裸なんだよな…。
想像しただけでボクの股間は暴走モードに入りそうだった。
ホテルに備え付けの浴衣を身に纏い、マヤさんが出てきた。
化粧を落とし、すっぴんになったマヤさんの顔は少しあどけなくなっていた。
でも、お化粧をしているときのマヤさんよりもずっと自然で綺麗だった。
タオルで濡れた髪を拭いている姿が色っぽい。
ボクはドキドキを悟られまいと必死にテレビを見ていた。
テレビは点けていたが、殆ど頭に入ってこなかった。
尤も、その日のニュースは同じ大雪の話の繰り返しだったけど。
ニュースの声だけが流れているのが気まずかった。
その場を離れようとボクは洗面所に向かい、歯を磨いた。
ふとバスルームを覗く。
すると女性の下着が干してあるのを見つけてしまった。
えっ?
いま、マヤさんはノーパン?
邪な夢想がどんどん膨らむ。
洗面所には、既に一本使われた歯ブラシがコップに挿してあった。
「じゃ、もう寝よっか」
ボクが部屋に戻るとマヤさんは宣言通りベッドの右側に横になった。
「失礼します」
そう言いながらベッドの左側に横にならせてもらった。
やはり、ベッドが狭い。
必然的に、背中同士がくっついていた。
ドキドキが止まらない。
股間は膨らみきって痛いほどだ。
コホンとマヤさんは小さく咳をして、背中に振動が伝わってきた。
その振動で、ボクの理性のタガが外れた。
ゆっくりと身体を捻るボク。
そしてマヤさんに覆い被さろうとした。
「山口くん?」
マヤさんが目を開いた。
ボクはマヤさんに顔を近づけた。
マヤさんは咄嗟に腕を突っ張りながらそれを阻もうとした。
「ダメよ、山口くん!」
二人しかいないのにマヤさんは何故か小声だった。
しかし、そう言われても、ボクももう引き下がれなかった。
浴衣の襟から手を入れる。
マヤさんの手がそれを抑えようとした。
だがそれより早く、ボクの手が裸の胸に触れていた。
指先に乳首の感触があった。
少し硬くなっている。
マヤさんが言った
「山口くん、今日だけよ」
動きを止めてボクが頷くと、突っ張るようにしてボクを押しとどめていたマヤさんの腕の力が抜けた。
ボクはマヤさんに覆い被さるようにして、唇を重ねた。
とてもいい匂いがした。
お風呂上がりの女性の香りだ。
最初はあちこちに手を這わせて身体を弄るだけだった。
そのうち、マヤさんの浴衣の帯を解いた。
そして浴衣の前をはだけると、ビーナスのような綺麗な裸体が現れた。
八頭身か九頭身の均整のとれた身体は美しかった。
思わず見惚れてしまう。
そして…。
夢想した通り、マヤさんは下着を着けていなかった。
マヤさんの脚をそっと広げさせて、その間に自分の身体を入れた。
茂みは思っていたより薄くて、それが却って何だかエロかった。
マヤさんの股間に顔を埋めて、クンニを施す。
「アン…、ダメよ…」
「そんな…、恥ずかしい…」
そう言いながらも、亀裂の奥にはじんわりと愛液が滲んでいた。
「あ、あ、あ…」
マヤさんのおっぱいの先が更に硬くなり、ピンと勃ってきた。
「あぁ、山口くん、上手…」
ボクは嬉しくなった。
褒められて伸びるタイプだ。
最初はゆっくりと。
そして、徐々にマヤさんの興奮を高めてゆく。
極まった所で舌の動きをマックスに転じた。
「あぁー、すごい…」
「あっ、あっ、あっ…」
「もうイク…」
そう口走ってしまったのが恥ずかしかったのか、マヤさんは上の前歯で下唇を噛みしめた。
ボクはレロレロを続けた。
「ん゛ん゛ーっ!」
腹筋に力を入れて快感を堪えるマヤさん。
次の瞬間、マヤさんの身体が大きく仰け反った。
「あぁぁぁ…」
クンニを止めると静寂な部屋にはマヤさんの荒い息遣いだけが響いていた。
息が収まっていく。
そして、薄らと目を開けたマヤさんが言った。
「ありがとう…」
何だか照れ臭かった。
「約束を破って…」
言い訳をするように謝りかけたが、そこで言いとどまった。
マヤさんが、ボクの頭を豊かな胸に抱きかかえるようにして言ってくれたからだ。
「凄く良かった…」
マヤさんはそう言いながら、脚がM字になるように膝を立てるとボクに言った。
「来て」
ボクは身体を移動させ、マヤさんに覆い被さるようにした。
これから感じるマヤさんの温もり。
だが…。
ボクは動きを止めた。
あれ!?
どうした?
何故だ?
あんなことは初めてだった。
いざ鎌倉へという時に。
何なんだ!
無情にもボクの一番槍は項垂れていた。
な、なんだ、なんだ?
ボクは焦った。
興奮がマックスに達すると、こんなことが起きるのか!?
ダメだ!
今はダメだ!
試しに自分の手でそっと扱いてみる。
やはりだめだ…。
焦れば焦るほど、ボクのイチモツは頭を垂れたままだった。
ピクリとも動かなかった。
「すみません…」
恥ずかしかった。
情けなくて、マヤさんから目を逸らした。
こんなことは初めてだ…。
男根だけでなくボク自身も小さくなって項垂れていた。
すると、不意にマヤさんが優しい声で言った。
「そこに寝てみて」
ボクは戸惑った。
だが促されるまま、ボクは仰向けになってベッドに身を横たえた。
マヤさんが添い寝をするように隣に横たわった。
次の瞬間、ボクのペニスはそっと握られていた。
「えっ!?」
ボクは驚いてしまった。
だが、ボクの股間は正直だった。
ピクン!
少しだけ膨らんだ気がした。
でも、屹立というにはまだ遠い。
マヤさんは四つん這いになるとボクに覆い被さってきた。
そして、髪を耳に描き上げると唇を重ねてきた。
や、やわらかい!
あぁ、何て柔らかい唇なんだ…。
それに甘い甘いキス。
大人のキスだった。
ぼうっとなるボク。
そこへ唇を割ってヌルッと舌が入ってきた。
舌と舌が絡まりあった。
あまりの気持ちの良さに目を閉じたままでいた。
ピクン。
ジュニアは硬さを取り戻し始めていた。
すると、マヤさんの唇と舌がボクの首筋に移ってきた。
何て気持ちいいんだ…。
全身リップの始まりだった。
そこからは夢のような時間だった。
乳首を舌先でクリクリ。
脇腹を唇でチュッチュッ。
全身を愛撫された。
ボクの股間にどんどん力が戻ってくる。
そして、一番最後に…。
マヤさんの唇がボクの局部に到達した。
ぺロぺロからパクリ。
お口の中に吸い込まれたとき、ボクは見事に復活を遂げていた。
痛いほどに。
根元から先っぽへと唇が繰り返し上下する。
マヤさんの唇がボクの陰毛に隠れるほどだった。
ボクの分身はマヤさんのディープスロートを受けていた。
いつの間にかマヤさんが手にしたゴム。
それを器用にボクに被せると、マヤさんはボクの腰の辺りに跨った。
目と目が合う。
ボクのペニスに手を添えて、マヤさんがゆっくりと腰を沈めてゆく。
ボクはしっかりとマヤさんの中に入っていた。
あぁ…。
き、きもちいい…。
下から見上げるマヤさんのおっぱい。
それらは小さく揺れていた。
それなりの大きさはあるのに垂れていない。
乳首の先がツンと上を向いているのが艶めかしかった。
騎乗位のまま、マヤさんが自分で腰を前後に動かしている。
あぁ、何て気持ちいいんだ…。
マヤさんの息も少しずつ荒くなる。
「ん、ん、ん…」
自分で動きながらマヤさんはくぐもった声を出していた。
「あぁ、いいわ、山口くん…」
お褒めに預かるのは嬉しかった。
だが、ボクは何もしていなかった。
ボクは勃たせてもらった愚息が萎えるのを必死で堪えていた。
そして、マヤさんが大きく仰け反る。
同時にボクもイキ果てた。
上体を前に倒し、ボクを膣壁で包み込んだまま、マヤさんはボクに覆い被さってきた。
「山口くん、ありがとう」
マヤさんは再びお礼を言ってくれた。
ティッシュでゴムの中身が零れないように注意して、ゆっくりを腰を浮かす。
それからマヤさんは、精液に塗れたボクをきれいに拭ってくれた。
あぁ、これが大人のセックスかぁ…。
気が付くとマヤさんはボクを抱き枕のようにして、隣で寝息を立て始めていた。
ボクも睡魔に襲われて、マヤさんの肌の温もりを感じながら眠った。
日が昇るちょっと前に、ボクは再びおっきくなっていた。
スヤスヤと眠るマヤさんの背中に唇を押し当てる。
目を覚ましたマヤさんが言った。
「もう一回、する?」
ボクが頷くと、天使のように微笑んで抱きしめてくれた。
今度はボクがマヤさんに覆い被さった。
挿入しようとしたとき、マヤさんにコンドームを手渡された。
しっかりとゴムを装着し、準備完了。
マヤさんの両ひざを抱えると、ボクは一気に花園めがけて突入した。
ズプッという感じでマヤさんに入る。
「あん…」
「山口くん、元気ね…」
マヤさんがボクの頭を抱きかかえるようにしてくれた。
マヤさんの中はとても熱くなっていた。
ゆっくりとマヤさんの中を往復する。
ヌチャッ、ヌチャッとエッチな音がした。
めちゃくちゃ気持ち良かった。
でもさっき一度出しているので、直ぐに果てずに済んだ。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ…」
正常位のまま何度もピストンを繰り返した。
「あ、あ、あ…」
マヤさんも感じてくれている。
「んふ…」
「んん…」
「はぁぁ…」
マヤさんが高まったところでベッドに四つん這いになってもらった。
背後から見るマヤさんもエロかった。
後ろから挿入すると、マヤさんの喘ぎ声は一層大きくなっていった。
ワンワンスタイルだ。
「あ、あ、あ…」
同時にパン、パン、パンと肌と肌がぶつかり合う音が響く。
「山口くん、すごい…」
「あぁ、もう…、もう…」
「あぁ、もう…」
「あぁ、イッちゃう…」
「あー、あー、あー…」
「イクっ!」
「んーっ、イク、イク、イクぅーっ!!!」
アクメに達し、ぐったりとなってベッドに突っ伏したマヤさん。
ズルリとボクはマヤさんから出た。
屹立が収まらないボクは、背後からマヤさんに圧し掛かった。
寝バックで挿入。
ビクンとなるマヤさん。
そこから激しく、再びマヤさんの膣内を荒らした。
「あっ、当たってる…」
「奥に当たってる…」
「山口くん、すごい!」
「あ、あ、あ…」
「もう、ダメぇ!!!」
マヤさんは絶頂を迎え、ボクも同時に果てた。
その晩二度目だったのに、ドクドクと信じられないほどの精子を放出した。
目を覚ますとマヤさんは既に朝のシャワーを済ませ、前日のスーツ姿に戻っていた。
「おはよう」
そう話しかけるマヤさんの顔は会社の顔に戻っていた。
「おはようございます」
ボクも慌てて身支度をする。
タクシーを呼んで、再び駅へと向かった。
幸いにも雪は止んでいて、間引き運転で列車の運行は再開していた。
暫く駅のホームで待って、ボクたちは漸く電車に乗り込んだ。
マヤさんは鞄から書類を取り出して、ボクの隣で目を通していた。
仕事モードのマヤさんはカッコいい。
ホントにこの人と…。
まるで夢のようだった。
いつまでも彼女を見つめていたかった。
それでいて、前の晩のことはどちらも口にせず、電車を降りた。
「お疲れさま」
ドライな声でマヤさんに言われる。
ボクもピョコッと頭を下げた。
マヤさんはそのまま踵を返し、スタスタと本社に向かう列車のホームへと歩いて行った。
大人の関係っていうのは、こういうものか…。
カッコいいけど、何だかあっけない感じもした。
一夜限りの思い出を胸に、ボクとマヤさんの関係は終わった…。
…と思っていた。
その筈だった。
でも、ふと気が付くと、ボクの中にはマヤさんを思い出している自分がいた。
所詮、高嶺の花だ。
そう自分に言い聞かせる。
いやいや、嫌いな人間とあんなこと…。
淡い期待が沸いてきては泡のように弾ける。
また、逢いたい…。
葛藤が続く。
でも、マヤさんに連絡する勇気などなかった。
あんなに綺麗な大人の女性が、ボクを相手にしてくれるはずなんてない。
大雪という非日常がボクたちをああさせたのだ。
自分にそう言い聞かせ、悶々とした気持ちのまま、数週間が過ぎた。
次は本社のオフィスでだった。
マヤさんを見かけたのは。
技術部に実験データに使ったサンプルを届ける用事で本社に出向いた。
本当は別の人が行く予定だったけど、無理を言って代わってもらった。
技術部に向かう前に、そっと生産管理部の机の島に視線だけを向ける。
あっ、マヤさんだ。
ピシッとしたスーツを着たマヤさん。
その後ろ姿が目に入った。
相変わらず、カッコいい。
その姿を見ただけで、ボクの胸は高鳴った。
電話を掛けているらしく、誰もいないところで時々頭を下げる動きが見えた。
挨拶ぐらいはしたいと思った。
だが、マヤさんの電話は終わりそうになかった。
思わず漏れるため息。
その時だった。
不意に後ろからポンと肩を叩かれた。
驚いて振り返るボク。
そこには技術部の石倉部長が立っていた。
禿げかけた頭が光っている。
「どうかしたのかね?」
「いいえ」
ボクは部長と連れ立って、技術部へと向かった。
昼行燈と言われている石倉部長がボクの相手をしてくれた。
ほかの部員はみんな忙しそうに仕事をしている。
ボクも昼飯をどこかで食ってラボに戻らなければならない。
そう思って席を立とうとしたときだった。
「山口くん、昼飯はどうするの?」
髪の密度が乏しくなった頭をタオル地のハンカチで拭いながら部長が訊いてきた。
「通りの向かいの蕎麦屋ででも…」
言いかけると部長は被せるように言ってきた。
「あぁ、あそこはダメだよ…」
「…いや、ひとさまのお店を悪く言うつもりはないんだが…」
「…やめておきなさい」
もっとマシなところに連れて行ってあげるからと言われ、階下で待つことになった。
待っている間、マヤさんに偶然出会わないか期待した。
だが、現実は甘くはなかった。
部長に連れて行ってもらった店はうどん屋だった。
入り口横の表の壁がガラス張りになっていて、うどんを打っているのが外から見える造りだった。
「いやぁ、もともと蕎麦派だったんだけどね…」
「…ここで食ってからは、うどんも悪くないなぁと思うようになってね」
そこのうどんはお勧め通り、すこぶる美味かった。
打ち立てなのでシコシコしていて麺が長い。
美味かったが、部長の話も長かった。
娘さんのボーイフレンドの話を延々と聞かされた。
だが、お昼をおごってもらっている手前、話を切り上げるわけにもいかなかった。
それが顔に出てしまったのか、部長は突然話を切り上げた。
「あぁ、こんな時間だね」
昼の休憩時間を15分もオーバーしていた。
部長に悪いと思ったが、ボクは漸く解放された気分だった。
うどん屋の前で部長と別れる。
そして、ラボに戻ろうと駅へと向かい始めた。
その時だった。
「山口くん?」
後ろから不意に声をかけられた。
マヤさんだった。
神さまありがとう!
ボクは天に感謝した。
「あっ、先日はどうも…」
他人行儀な挨拶になってしまった。
「本社に来ていたのなら、声ぐらいかけてくれてもいいじゃないの」
マヤさんはさばさばした感じで、この間のことなんか何も気にしていない様子だった。
しどろもどろになっていると、マヤさんは再び工場へ向かう途中だと言った。
「駅まで一緒に歩こ」
そう言ってくれて、スタスタと歩き始めた。
ボクは追いつくために少し駆け足になった。
「そうだ、山口くん、今晩空いてる?」
マヤさんが急に立ち止まったのでぶつかりそうになった。
それに、咄嗟に訊かれて驚いた。
だが、一杯飲みに誘ってくれるほど、気にしないでいてくれている。
それがわかってちょっとホッとした。
同時にちょっと、寂しい気もした。
「はい」
心の内が顔に出てしまわないように注意しながら、ボクは返事をした。
それから駅までの間にマヤさんは時間と場所を指定すると、駅の改札で別れた。
仕事モードのマヤさんは本当にテキパキしていて男前だ。
そんなマヤさんの後ろ姿を目で追いながら、ボクもラボに帰る電車のホームへと階段を昇った。
マヤさんにまた会えると思うと夕方が待ち遠しかった。
「山口くん、どうしたの?」
自分のデスクに戻ってぼうっとしているとさくら先輩に訊かれた。
さくら先輩は白衣を着ているとわからないが意外と胸が大きい。
「ちょっとどこ見てるのよ」
言われて慌てて目を逸らした。
「技術部にサンプル渡してきた?」
取り調べのように立て続けに質問を投げかけられ、あたふたした。
「なに?」
さくら先輩が好奇の目を向けてくる。
「いや、知り合いの話なんですけどね…」
「うん」
「…不倫ってやっぱり、ダメっすよね?」
さくら先輩はふぅんという感じでボクの隣に座った。
「山口くん、それって佐倉さんに訊いてる?それともさくらさん?」
「えっ?どう違うんですか?」
「漢字の佐倉さんなら、会社の先輩として…」
「平仮名のさくらさんなら?」
「友達としてに決まってるじゃない!」
なるほど、佐倉さくら先輩は面白いことを言う。
「じゃ、漢字の佐倉さんで…」
そう言うとさくら先輩は、真面目な顔をして言った。
「それは、アウトよ。増してや、社内だと最悪だわ」
「そうですよね…」
ため息交じりに言うとさくら先輩は畳みかけるように訊いてきた。
「なに?山口くん、社内不倫してるの?」
慌てて否定するボク。
「ま、まさか。知り合いの話ですよ、知り合いの」
さくら先輩は再びふぅんと言って見せて再び好奇の視線を向けてきた。
「因みに平仮名のさくらさんの意見も聞いておく?」
何が違うのだろうと思いながらもボクは頷いた。
「本当に好きならね、奪っちゃえば?」
略奪愛。
そんな言葉が脳裏を過った。
「でも、山口くんにそんな度胸ないっか」
悪戯っぽく見つめるさくら先輩に頷きかけて、ボクは慌てて否定した。
「ですから、知り合いの話ですって!」
さくら先輩はボクの背中をポンと叩き、ウィンクをしてみせると自分の席に戻っていった。
それからも長い午後が続いた。
夕方になって、足早に待ち合わせ場所に行った。
マヤさんはもう待ってくれていた。
「お腹すいたでしょ」
そう言ってマヤさんは歩き出した。
ボクも慌ててついていく。
暖簾をくぐり、マヤさんが入っていったのはちょっと小汚いラーメン屋だった。
昼食がうどんだったので、もう少しパンチのあるものが食べたかった。
だが、マヤさんはもう店に入ってしまった。
「へい、らっしゃい!」
威勢のいい大将の声が店内に響いた。
「私は、いつもの…」
マヤさんは大将にそう言いかけたが、ボクの方を見て止めた。
「あっ、ここね、これとこれが美味しいの」
メニューを指さしながら教えてくれた。
「じゃ、ボクはそれで」
そう言うとマヤさんは改めて大将に向かって言った。
「大将!いつものやつ、二人前!」
「へい、毎度ありぃ!」
そう言って大将は大きなおたまで油を少し掬うと中華鍋に入れた。。
鍋を振りながらジャージャーと炒める音が響き、心地よかった。
ビールを一本ずつ頼んでくれて、マヤさんはザーサイをつまみに手酌でグイッとコップをあおった。
「くぅ~、沁みるわねぇ」
美人でありながら、なかなか男前な振る舞いを見せるマヤさん。
その姿を見ていて、あぁ、ボクはこの人に惹かれてしまっているのだなとしみじみ思った。
「ほら、山口くんも食べて」
そう促され、ボクもビールをあおった。
「なに?もうおしまい?」
マヤさんに言われたがタラフクご馳走になった。
マヤさんとの会話は仕事のことばかりで、本題には入れなかった。
「じゃ、いこっか」
帰るのは名残惜しかったが、マヤさんはお金をカウンターに置くと大将に向かって言った。
「大将、ここに置いとくわね」
そう言って、店を出た。
空には月が昇っていて、二人で見上げているとマヤさんがボクの腕を抱えるようにとった。
マヤさんのおっぱいが二の腕に当たっている。
マヤさんはギュッと力を入れて、ボクに押し付けているかのようだった。
その状態でマヤさんに誘導されるように、ボクたちは飲食街を抜けた。
抜けた先はホテル街だった。
黙ったまま歩き、ついにその一軒にボクたちは足を踏み入れた。
マヤさんが入口でキーを受け取って、部屋に入った時、ボクはもう興奮で逆上せそうだった。
前の時と同じように先にシャワーを浴びて待っている。
その日のマヤさんは、前の時ほど長くはなくて、直ぐにバスルームから出てきた。
黙ったまま突っ立っているとマヤさんも無言で抱きついてきて、そのままベッドに押し倒された。
バスローブしか身に着けていなかった。
マヤさんはボクのそのローブの紐を解き、自分も脱いだ。
マヤさんのローブが床に落ち、ボクたちは素っ裸になって抱き合った。
「今日は、私が気持ちよくしてあげる」
悪戯っぽい目をして、マヤさんが言った。
ボクに覆い被さってきて、唇を重ねる。
あっという間に、ネットリと舌を絡め取られた。
逆上せあがって身動きできないボク。
そんなボクは、全てをマヤさんに委ねていた。
ボクのジュニアに手を添えながら、マヤさんは徐々に唇を首筋から胸、そしてお腹を通って股間へと這わせていった。
あの時と、同じだ…。
いや、あの時よりは落ち着いている。
その分、マヤさんの唇や舌の動きを全身で感じることができて興奮した。
何と言っても気持ち良かった。
あっ、来る…。
そう思ったとき、ボクはマヤさんのお口に吸い込まれていた。
パクッ。
念入りに丹念に、マヤさんはボクに極上のフェラチオをしてくれた。
気が付くと、マヤさんが掌でタマタマを包むようにしながら、指先で菊門をツンツンしていた。
き、気持ち良すぎる…。
もう片方の手の指で乳首をクリクリ。
で、出る…。
マヤさんがジュルジュルと上下に頭を動かすと、ボクはもう堪らなかった。
緊急事態宣言発出!
そう思った時には遅かった。
ボクはマヤさんに咥え込まれたまま、溜まった精液を放出していた。
「んっ!」
マヤさんは少しむせたようだった。
だが、ボクが出したものが口からこぼれないようにゆっくりと頭を引いていった。
そして、そのままゴクッと口の中のものを呑み込んだ。
それからもう一度お口に含み、粘り気を取ってくれた。
添い寝をするようにボクの隣に横になって、マヤさんが小声でボクに告げた。
「男の人の、呑んだの初めてだから」
きっと本当なんだろうと思った。
何故だか信じて疑わなかった。
ボクは嬉しくて小さく頷いてみせる。
嬉しくて、嬉しくて…。
ボクはマヤさんの身体をギュッと強く抱きしめた。
抱き合って暫くするとボクは回復し、エチケットのゴムを装着した。
今度はボクがマヤさんに覆い被さり、正常位のまま挿入した。
「あぁ、これ…」
言ってからマヤさんはボクから顔を背けて顔を見られないようにした。
思わず声を漏らしてしまったのを恥ずかしがっているように見えた。
それでもマヤさんは、ボクに強く抱きついてきた。
ゆっくりとマヤさんの膣内を往復するボク。
前の時にはわからなかった。
けれども、マヤさんの中は何かが絡み付いてくるように蠢いていた。
き、きもちいい…。
でも、一度出しているので、直ぐに萎えることはなかった。
マヤさんにも気持ち良くなってもらいたい。
そう思って、ボクは拙いながらも腰の動きが単調にならないように注意した。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ…」
マヤさんの息遣いが少しずつ荒くなっていく。
ボクは段々ピストン運動を速めていく。
それから、グリグリと奥にまで届くように突いた。
「あぁん、そんな…」
「そんなに、乱暴にしたらダメぇ…」
悶え始めたマヤさんの姿はエロかった。
ボクのペニスが一層硬さを増す。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ…」
「あっ、イッちゃう…」
「山口くん、私、イッちゃう…」
「あん、あん、あん…」
そこまで来るとボクも臨界点に近づいていた。
臨界点を下げようと腰の動きの速度を落とす。
ところがマヤさんはボクの背中に強く腕を回し、脚をボクの腰の周りに巻きつけてきた。
「あっ、やめちゃイヤ!」
だいしゅきホールド炸裂。
ボクはマヤさんにガッチリ抱きつかれていた。
局部と局部を擦り合わせるように、激しく蜜壺を掻き回す。
「ん゛、ん゛、ん゛…」
「んあっ、イ、イクっ!」
「あ゛ーっ!!!」
マヤさんは仰け反り、アクメに達していた。
同時にボクはギュギュギュっと締め付けられた。
限界だった。
ボクもマヤさんの中で弾けた。
荒い息を吐きながら、ボクたちはいつまでも抱き合っていた。
息が整うと、ボクはマヤさんの隣に横になった。
マヤさんはボクの方に顔を向けるとチュッとしてくれた。
「先にシャワーを浴びるわね」
それからマヤさんはそう言って、バスルームへと消えて行った。
ひとりベッドに残されて、二度も射精をしておきながら、ボクは思い悩んでいた。
マヤさんは、どういうつもりなのだろう。
ボクは、ただのセフレ?
旦那さんとは、どうなんだろう?
しかし、その疑問をぶつける勇気はない。
ボクもシャワーを浴びた後、ボクたちはただ黙ってホテルをあとにした。
前回と違ったのは、携帯の連絡先を交換し合ったことだけだ。
これはマヤさんの方から訊いてくれた。
だから、ボクもマヤさんの番号をゲットすることができた。
それなのに…。
いつまで経ってもマヤさんから連絡は来なかった。
今日来なければ、ボクから掛けよう。
そんな風に思っているうちに一カ月が経ってしまった。
正直なところ、マヤさんがどういうつもりでいるのか、若輩者のボクには見当がつかなかった。
神経がすり減って、もうどうでもいいや、と思いかけていた。
その時、ボクの携帯が鳴った。
忘れもしない金曜の夜。
マヤさんからだ!
あぁ、これほどにもマヤさんの連絡待っていたんだ。
そのことを思い知らされた。
「もしもし」
声が上ずらないように電話に出た。
「支倉ですけど」
電話の向こうの声は、何だか尖っている気がした。
緊張が高まる。
「山口です」
すると、マヤさんの声が一層尖った。
「そんなこと、わかってるわよ!」
えっ?
えっ?
マヤさん、怒ってる?
「いや…、その…」
モゴモゴ言っていると、電話口の向こうでマヤさんの声が続いた。
「山口くん、どういうつもり?」
ボクには詰問される覚えがなかった。
「あの…、支倉さん、何か怒ってます?」
恐る恐る尋ねると、マヤさんの声はヒートアップした。
「怒ってるにきまってるじゃないの!」
「いや、もう少しわかるように説明していただかないと…」
ボクは精一杯の勇気を出して言った。
「一カ月も連絡無いから、私から掛けちゃったじゃないの!」
ひょっとして、マヤさんも電話を待ってくれていた?
でも、おかしなタイミングで掛けて、近くに旦那さんでもいたら…。
そんな風に思うと掛けられなかった。
「いや…、その…」
再びモゴモゴ言っていると、マヤさんが言った。
「山口くん、明日空いてる?」
ボクが返事をする前にマヤさんは更に被せてきた。
「ううん、空いてなくても空けて」
有無を言わさぬ口調で、業務命令かと思ってしまった。
「あ、空いてますけど…」
やっとのことでそう伝えると、マヤさんのトーンが少し落ち着いた。
「そう?…」
「…それならいいの…」
「…朝からでもいい?」
早口で言われ、ボクは返事をするのがやっとだった。
「ハイ」
そこからマヤさんは時間と場所を一方的に告げてきた。
ボクはそれをメモにとらされて、復唱させられた。
「じゃ、明日待ってるから」
それだけ言うと、電話は一方的に切れた。
ちょっと怒っていたみたいだったけど、何だかホッとしていた。
待ち合わせ場所は前回の繁華街のある駅ではなくて、下町のとある駅だった。
改札で待ってると言っていた
だが、幾つもあったらどうしよう…。
ボクはメモを取るだけで、自分の頭では何も考えていなかったことを悔やんだ。
どこへ、何をしに行くのかも訊いていない。
ドレスコードを間違えたらどうしよう。
電話しなおして訊けばいいだけの話なのに、ボクにはそれができなかった。
散々迷った挙句に、ボクは普段着のままで、待ち合わせ場所に出向いた。
電車を降りてみると、改札はひとつしかなくて、ホッとした。
辿りついてみると、マヤさんがもう待っていた。
マヤさんも普段着のようだったので、ちょっと安心した。
スタイルの良いマヤさんに、細身のジーンズが似合っていた。
「直ぐにわかった?」
「ハイ」
よかった。
マヤさんの声はもう尖ってはいなかった。
「うち、直ぐ近くだから」
マヤさんはそう言うと、ボクの腕に自分の腕を絡めてきた。
こうしてマヤさんと腕を組んで歩くのは、何度目だろう。
その時、思った。
マヤさんち、近くだって?
そう言ってなかったっけ?
旦那さんに見られたり、ご近所の人に見られたり…。
大丈夫なの?
旦那さんは、今日はうちにいないの?
ヤバそうな状況が次から次へと脳裏を過った。
不安なまま暫く歩いた。
マヤさんの家は本当に直ぐだった。
駅から歩いて五分。
あまり階層が高くはないマンションだった。
マンションに到着するとマヤさんはポケットから鍵を取り出した。
入り口にはセキュリーティーロックがかかってる。
鍵を差し込んで捻ると自動扉が開いた。
広いエレベーターホール。
ボクはキャロキョロしながらエレベーターに乗り込んだ。
「さぁ、どうぞ」
玄関の扉を開けると、マヤさんが先に入っていった。
だ、旦那さんは?
恐る恐る足を踏み入れる。
「山口くん、コーヒー?紅茶?」
中に足を踏み入れるとそこは女性の部屋だった。
「おかまいなく…」
そう言うと、マヤさんはキッチンからヒョッコリと顔を出すともう一度言った。
「コーヒー?紅茶?どっち?」
「コーヒーで」
ボクは今度は答えた。
マヤさんちのコーヒーは美味しかった。
あまり違いのわからないボクだけど、そう感じた。
ボクにはソーサー付のカッブに淹れてくれて、自分にはマグカップに注いでいた。
「そこ、座って」
促されて、ボクは炬燵に入った。
洋室なのにリビングの中央に炬燵が陣取っていた。
ボクたちは炬燵の角を挟んで九十度の角度で座った。
正面から視線を注がれるよりは幾分マシだ。
「山口くん、嫌になったのならそう言ってね」
マヤさんがいきなり口を開いた。
「えっ?」
思わず顔を上げてマヤさんの顔を見る。
すると、マヤさんは軽く前歯で下唇を噛むようにして口をキュッと結んでいた。
何かを堪えるかのように。
「あの…、どういうことですか?」
本当に何を言っているのかわからなくて訊いた。
「別れたいの?」
「えっ?」
ボクの頭の中はハテナマークでいっぱいに埋まっていた。
えっ?
別れるって?
ボクたち付き合ってた?
いやいや、旦那さんとはどうするつもり?
「あの…」
言いかけると、マヤさんの真剣な眼差しがボクに突き刺さった。
マヤさんは続けた。
「私のこと、どう思っているの?」
「いや、どうって…」
「ただの都合のいい女?」
えぇ!?
どうしてそんな風に…。
でもいつまでも混乱の最中にいるわけにはいかない。
ボクは、遠慮がちに尋ねた。
「あの…、ボクは好きです…」
マヤさんの目は続きを待っていた。
「でも、支倉さんの気持ちは聞いていないような…」
そう言うと、マヤさんは呟くように言った。
「…ったよ…」
えっ?
なんて?
声に出なかったけど、マヤさんはボクの表情を読み取った。
そして、姿勢を正すと今度ははっきりと言った。
「私、男の人の…、呑んだの初めてって言ったよ…」
それは聞いた。
その通り。
確かに聞いた。
でも…。
伏し目がちになりながら、マヤさんは続けた。
「何とも思ってない人のものなんて…」
全部は聞こえなかった。
だが、ボクは黙って頷いた。
「それから、山口くん、ギュッと抱きしめてくれた…」
「…連絡先も交換したよね」
マヤさんの言葉はそこで止まった。
次を待ったが、マヤさんはそのまま口をつぐんで目を伏せていた。
よく見るとマヤさんは、耳が真っ赤になっていた。
マヤさんにとってはあれが告白で、ボクはオーケーしたことになっているの?
でも、そんなことは訊けない。
そういうことなのだと判断した。
告白されているなら、ボクは嬉しい。
でも、ご主人は?
旦那さんは、このことを知っているの?
「支倉さん…」
「ボクは支倉さんのことが好きです…」
「…でも、ちょっと整理させてもらっていいですか?」
そういうと、マヤさんは指の腹で目尻のところを少し擦るようにして居住まいを正した。
「ボクは、支倉さんとお付き合いさせていただいている?」
断定すべきか尋ねるべきかわからなくって、語尾がつい上がってしまった。
マヤさんは大きく頷いた。
「あの、言いにくいんですけど、マヤさんはご主人とは…?」
情けなくも最後はうにゃうにゃとなってしまった。
でも清水の舞台から飛び降りる気持ちで訊いた。
すると、マヤさんはちょっと目を見開いて訊き返してきた。
「ご主人?」
小さく頷くボク。
それからマヤさんはクルクルと頭の中を回転させると急に笑い出した。
ボクが怪訝そうな表情を浮かべるとマヤさんは真顔に戻って言った。
「これのこと?」
マヤさんは立ち上がって部屋の隅にある小机に向かった。
そこにはメタルのトレイが置いてあって、そこから銀色の結婚指輪を摘まんで見せた。
ボクは大きく頷いた。
「これは、祖母の形見なの…」
「…私、子供のころお祖母ちゃんっこで…」
ボクは食い気味に言った。
「でも、最初の日…、大雪の日…、薬指に…」
そう言うとマヤさんはちょっと笑ってみせて応えた。
「あぁ、それは虫除け」
えっ!?
虫除け?
ボクは虫?
「普段は虫除けに着けているけど、この前山口くんと会った時には外しておいたよ」
それは、気付かなかった。
先入観というのは恐ろしい。
「じゃぁ、ご結婚は?」
「してないわよ。独身よ、独身!」
そうか…。
独身だったのか。
それまでのモヤモヤが全て吹き飛んだ。
「すると、何?」
「…」
「山口くんは、私のことを既婚者だと思って、ああいうことしてたわけ?」
痛いところを突かれてしまった。
マヤさんが独身だということは、結果的にそうだっただけだ。
確かにボクは、マヤさんが結婚していると思い込んでいた。
ボクだけが不貞を働いていた。
ボクは項垂れた。
共犯だと思っていた相手は全くの無罪で、ボクだけの有罪が確定した。
ボクが項垂れていると、マヤさんは質問を続けた。
「それはそうとして、どうして連絡をくれなかったの?」
ボクはもう正直になるしかなかった。
「電話した時に、旦那さんが近くにいたりしたら、支倉さんが困ると思って…」
マヤさんは小さく頷いていた。
「それに、まだ、ボクには覚悟が足りなかったっていうか…」
「…マヤさんを略奪する勇気がなかったんです」
そこまで言うと、マヤさんはボクに近づいてきてハグをした。
「優しいんだね、山口くん…」
「…それって、私のこと本当に好きってことでいいのよね」
マヤさんの肩に顎が触れるように、ボクは頷いていた。
その日、マヤさんとボクはお互いに言葉にしていなかったことを話し合った。
そして、お互いに質問し合って、全部正直に答え合った。
ボクはマヤさんが好きで堪らなくなっていることを告白した。
「よかった…」
「…連絡くれないから、私だけが空回りしてるのかと思っちゃった」
そう言いながら、マヤさんは再びボクに抱きついてきた。
マヤさんの胸がボクの胸に押し付けられていて、鼻血が出そうになった。
「お腹すいちゃったね」
そう言ってマヤさんが立ち上がった。
ボクが微笑み返す。
「いま、何か作るね」
そう言いながら、マヤさんはエプロンをつけてキッチンに立った。
か、可愛い…。
美人は何を着ても似合うというが、可愛すぎる…。
いやいや、見惚れている場合ではない。
「手伝います」
そう言うと、マヤさんはボクを制した。
「今日は、私に任せて」
マヤさんは手早く卵焼きを焼いて、テキパキとお惣菜を作ってくれた。
見事な和朝食だった。
ただ、お昼はとっくに回っていた・
「一緒にブランチをしようと思っていたの…」
エプロンを外しながら言い訳をするマヤさんも可愛かった。
ボクのブランチのイメージはパン食だったが、何も言わないことにした。
それにしても、見事な腕前だった。
何度かタマ袋を掴まれたことはあったが、その日は胃袋を掴まれた。
美人な上に、料理も上手い。
仕事もできて、エッチのときはちょっと、否、とてつもなくエロい。
天は二物も三物も与えることがあるのだと痛切に感じた。
ひとつぐらいボクに与えてくれてもいいのに。
食べ終わってから一緒に洗い物をした。
マヤさんのキッチンはピカピカで、調理道具も食事を作りながらあらかた洗い終えていた。
食器棚のグラスなんかもきれいに磨かれていた。
「便利なのよ、食洗機」
そう言って謙遜して見せたが、マヤさんは家事の能力も高そうだった。
食後のコーヒーを飲みながら、マヤさんに見惚れてしまった。
「そんなに見られたら、穴が空いちゃう」
そう言いながら、ボクに顔を近づけてくると耳元で囁いた。
「ベッドで一緒に横になろ」
そう言ってボクの手を取ると、寝室に招き入れてくれた。
最初は、ベッドで抱き合った。
好き過ぎて、思わず腕に力が入ってしまう。
おでことおでこをくっ付け合い、どちらからともなく唇が近づいていく。
唇が重なり合った。
先ずはボクがマヤさんの舌を吸い、それに応じてマヤさんが舌を絡めてきた。
キスをしながら一枚一枚、着ているものを脱がせ合う。
お互いに下着一枚になると、ベッドに潜り込んで再び抱き合った。
「山口くん、好きなの…」
そう言いながら、マヤさんはボクの背中に回していた手を下におろしていった。
トランクスの上からマヤさんがボクをそっと握る。
ボクもマヤさんのお尻の方から下着に手をかけて、卵の皮を剥くように下着を脱がせた。
一糸纏わぬマヤさんの姿がボクの目の前にあった。
昼間だけどカーテンを閉めているので少し薄暗い。
でも、そんな中でマヤさんの白い肌がぼうっと浮き上がって見えた。
マヤさんを仰向けにさせて覆い被さるボク。
それからゆっくりと唇を重ね、マヤさんの唇から下の方に向かってキスを浴びせていった。
おっぱいは特に入念に。
片手でモミモミしながらもう片方の乳首を口に含んで舌先で転がした。
「あぁん…」
マヤさんの悶える姿がエロい。
コリコリに硬く勃った乳首をしゃぶる。
ボクの唇はやがてお腹を通って股間へと移動していった。
ボクだけのマヤさんの秘密の場所。
少し開きかけた亀裂の奥。
そこからは薄らと愛液が滲み出していた。
フッと息を吹きかけただけで、マヤさんは腰をくねらせた。
「あん、もう、意地悪…」
言いながらもマヤさんは嬉しそうだった。
舌先で敏感な蕾をツンツンしてみる。
気持ち良かったのか、マヤさんは恥ずかしがって、ボクに見られないように顔を背けた。
指を使わずに舌先だけで大事な扉を押し広げてゆく。
思った以上に愛液が溢れていた。
ペロッと舐めるとそこはヒクヒクし、ボクの愛撫を待っているのがわかった。
焦らすようにじっくりと時間をかけて、マヤさんの蕾を刺激した。
親指で包皮を捲り上げると真珠のような肉芽が顔を出した。
直接舌で触れてみる。
「あぁぁ…」
マヤさんは、歓喜の声を上げた。
それからピチャピチャと陰部を舐め上げると、マヤさんはアクメを迎えた。
「んんーっ!」
身体を強張らせ、ビクビクと痙攣がマヤさんを襲う。
その後はボクの舌を逃れるように腰を引いてベッドに丸まった。
「はぁ…、はぁ…、はぁ…」
荒い息遣いだけが、寝室を覆っていた。
マヤさんの隣に横になって、そっと身体を抱き寄せる。
すると、マヤさんは子猫のように身体を摺り寄せてきて抱きつくと、ボクの耳元で囁いた。
「こんなに人を好きになったの、初めて…」
嬉しくなったボクは身体の向きを入れ替えて、逆さまになってマヤさんに覆い被さった。
マヤさんの股間に顔を埋める前に、マヤさんは下からボクのペニスを口いっぱいに頬張った。
長いシックスナインが続いた。
マヤさんの舌遣いは凄くって、何度もお口に出してしまいそうになった。
あぁぁ…。
限界は近い…。
何度も堪え、ボクは身体に向きを入れ替えるとマヤさんに覆い被さって、キスをした。
挿れたい…。
でも、まだ、ゴムを着けていない。
その時、下からボクを見上げるマヤさんと目が合った。
「いいよ、そのままで」
囁くようにマヤさんが言った。
ボクはマヤさんに抱き寄せられるようにして、彼女の中へと入っていった。
少しずつ、ボクが柔らかい襞に包まれる。
至福の時だった。
マヤさんの中は熱く滾っていた。
肉襞に包まれて、直ぐにでも果ててしまいそうだ。
ピタッと身体を密着させて、息を整える。
そのとき、マヤさんの中で何かが絡み付いてきた。
あぁ、まただ…。
ボクをキュキュッと締め付けている。
ダ、ダメだぁ…。
このままでは出てしまう。
一旦、出て体制を整えようとした。
だが、ガッチリとだいしゅきホールドがキマってしまった。
「で、出る…」
ボクは情けない声を出してしまった。
するとマヤさんはボクの背中に回した腕にギュッと力を入れてボクに囁いた。
「出して…、私の中に全部出して…」
止めようとしても無理だった。
「また、イッちゃう!!!」
その時、マヤさんも絶頂に達していた。
ボクの脳内でスパークが起こる。
それからはボクの意思と関係なく、制御不能となったジュニア。
ドクドクドク。
思いっきり出た。
そして、果てた。
大量の精子がマヤさんの膣内に注ぎ込まれていた。
局部を密着させたまま、正常位の形でボクたちは抱き合ったままだった。
「ごめん…」
マヤさんの耳元で謝るとマヤさんが言った。
「私は、嬉しいよ」
腕を少し突っ張ってマヤさんの顔を見つめる。
マヤさんは天使のような優しい笑顔をボクにみせるともう一度ボクの身体を引き寄せた。
抱きしめられて、囁かれた。
「私の中に出したの、山口くんが初めてだよ」
嬉しかった。
それって、子供ができてしまっても構わないって思ってくれたってこと?
そう思うと嬉しくて仕方がなかった。
嬉しくて仕方がなかったが、マヤさんに訊くことはできなかった。
抱き合ったまま少し眠り、目が覚めると舐めっこして繋がった。
マヤさんは自分からベッドの上に四つん這いになり、ボクは後ろから挿入した。
枕に顔を突っ伏して、マヤさんが絶頂を迎えた。
ボクは背後から彼女に覆い被さって、耳の後ろで囁いた。
「ボクの子供、産んでもらえませんか」
意識が朦朧となったマヤさんは聞いていたかどうかわからないけど。
次の微睡みから目を覚ました時、マヤさんはベッドにはいなかった。
ベッドの端に男物の下着とパジャマが用意されていた。
一瞬、誰用なのかと思ってしまった。
だが、着てみたらボクのサイズにピッタリだった。
寝室を出るとマヤさんはパジャマ姿にエプロン姿で夕食の用意をしてくれていた。
「ボクのサイズ、よくわかりましたね」
そう言うと、マヤさんは少し得意げに言った。
「私、山口くんの裸、何度も見ているのよ」
さも、当然という風に言われた。
だが、ボクにはマヤさんがBカップなのかCカップなのかすらわからない。
あんなにいっぱい見せてもらったのに。
大分後になって聞いてみたら、Bカップだと教えてくれた。
食事を済ませ、一緒に洗い物をして、一緒にテレビの前に座った。
食後の飲み物として、今度は香りのいい紅茶を淹れてくれた。
「泊まっていく?」
マヤさんが訊いてきた。
「いいんですか?」
思わず聞き返すと、マヤさんは内緒話をするようにボクの耳元で言った。
「山口くんの子供、産んであげるよ」
自分で言っておいて、マヤさんは照れてキッチンの方に行ってしまった。
テレビの映画を見てから二人で一緒にお風呂に入った。
煌々と明かりの点いたバスルームで見るマヤさんの裸。
それはビーナスのように綺麗で、見惚れてしまった。
「そんなに見ないで」
そう言いながらも、マヤさんは何だか嬉しそうだった。
夜もマヤさんに膣内射精をしてしまった。
マヤさんの亀裂からドロッと出てきた白濁液。
それがシーツを汚さないように、ボクは慌ててティッシュを探した。
ボックスからティッシュを引き抜いて、マヤさんの股間に押し当てた。
一息ついて、二人でベッドに横になった。
「ボクのこと、いつから知ってました?」
訊いてみると、意外な答えが返ってきた。
「山口くんが採用試験を受けに来た時が最初かな…」
えっ!?
それって何年も前ジャン…。
そう思ってマヤさんに目を向ける。
「うちの会社、採用の時にボランティアでお手伝いするのは知ってるでしょう?」
「はい」
ボクも入社以来ボランティアに参加しているので知っている。
「その時、初めて見かけたの…」
「でも、どうしてボクなんか?」
「どうしてだろう…、特別イケメンでもないのにね」
ディスられて、ボクは地味に傷ついた。
「もう…、冗談に決まってるでしょう?」
取り繕うようにマヤさんは言った。
だが、ボクの表情を読み取って、マヤさんは手を伸ばすとボクをニギニギしてきた。
「ごめん…」
そう言いながら、ボクをパクリ。
ボクは全てを忘れて忘我の彼方へと誘われた。
後ろ髪を曳かれる思いでマヤさんのマンションを出た翌日の夜。
家に帰っても、週末の出来事が夢か幻だったのではないかと思った。
でも、ボクの身体にはマヤさんの残り香が残っている。
さっきまで一緒にいたのに、もうマヤさんと会いたくて堪らなかった。
翌日は午後から技術部に行く用事があった。
ラッキー!
急いでマヤさんにLINEで知らせる。
ソッコーで返事が帰ってきて、一緒にランチをしようということになった。
昼休みを使って最愛の人とのデート。
人生は何て素晴らしいんだ。
「何を食べる?」
「石倉部長に教えてもらったうどん屋があるんですけど…」
マヤさんは二つ返事で賛成してくれた。
うどんを啜りながらマヤさんが言った。
「石倉部長がうどんを好きだとは聞いたことがないんだけど…」
「そうなんですか?」
「部長は、蕎麦派だって聞いてたんだけど…」
そんなことよりもマヤさんと会えていることが嬉しくて、ボクはうどんを堪能した。
何を食べるかよりも誰と食べるかが大事だ。
石倉部長には申し訳なく思う。
だが、マヤさんと食べるうどんの方が格段に美味かった。
何を話しても笑っているマヤさんが可愛らしかった。
午後になって技術部に向かい、石倉部長が相手をしてくれた。
相変わらず、部長以外はみんな忙しそうだ。
「支倉くんとランチをしてきたのかね?」
用事が済むと石倉部長が徐に訊いてきた。
誰に聞いたのかは知らないが、地獄耳は健在だ。
「はい」
ボクは正直に答えた。
隠すことなんて、何もない。
「もし仲人が必要だったら、いつでも言ってくれたまえ」
「は?」
石倉部長は、何だか嬉しそうだった。
「いや、隠さなくったっていいだろう」
「どういうことですか?」
「あの時、支倉くんに用がありそうだったからね…」
仕事はしていないのに、そういうことには目ざとい人だ。
「お節介だと思ったんだが、支倉くんが工場に向かう時、あのうどん屋の前を通ると思ってね」
「えっ!?」
「あの席に座ってると、社から出てくる人間が見えるからねぇ」
壁がカラス張りになっている店を選んだのはそういことか…。
「まぁ、支倉くんの方に用があるのかは、彼女次第だったけどねぇ」
部長はニヤニヤしながら言った。
本当にお節介な部長だ。
でも、今では感謝している。
話が長かったのは、あの日、マヤさんが出かけるのが遅れた所為だ。
長話は、どうやら時間調整のためだったようだ。
それにしても、吃驚するほど鋭い観察眼だ。
後になって、石倉部長は影の人事部長と呼ばれていると誰かに聞いた。
それからは、週末ごとにマヤさんのマンションで過ごすようになった。
正確には金曜日の夜からだ。
金曜の夜は夜通し愛し合い、土曜日は二人で抱き合っていつまでも微睡んでいた。
あの日以来、マヤさんに言われなくてもボクはきちんと避妊をしていた。
大人の男としてのエチケットだ。
土曜の夜もハッスルするが、週明けに備えて日曜日は朝からきちんと起きてデートを楽しんだ。
あぁ、大人の女性と付き合うってこういうことなんだ。
そんな風に思った。
そんな日々が3カ月ほど続いたころ、ボクはあることに気が付いた。
そう…、気付いてしまった。
マヤさんには生理が無い。
最初は、その期間が短い体質の人で、平日に終わってしまったのかと思った。
けれども、それが3カ月も続くとおかしい。
愛し合ったあと、ベッドで抱き合いながらボクは尋ねた。
「あの、こんなこと、とても訊きにくいんですけど…」
「なに?」
「…マヤさん、最後に生理があったのって…」
「もう、何を言い出すのかと思ったら…」
はぐらかそうとするマヤさん。
ボクは真顔になってもう一度尋ねた。
すると、マヤさんはベッドに横になったまま、クルリとボクに背を向けた。
「山口くんは、心配しないで」
やっぱり…。
やはり、そうだったか…。
予想が的中してしまった。
いや、だが、ボクはもう覚悟を決めていた。
マヤさんを背後から抱きしめた。
そして、思い切って言った。
「マヤさん、ボクと結婚してください」
冷静に言ったつもりだったが、最後は少し声が裏返ってしまった。
「なに、言ってんの?」
マヤさんはボクの方に向き直ると言った。
「ですから…」
「大丈夫だって…、山口くんには迷惑かけ…」
ボクは、マヤさんが言い終える前に被せるように言った。
「子供のことがきっかけになっていないというとウソになります…」
「…けど、ボクはマヤさんを愛しています!」
今度ははちゃんと言えた。
「山口くん、私の歳、知ってる?」
「はい、前にこっそり免許証を見ちゃいました」
マヤさんは、それを聞いてクスリと笑った。
「本気なの?」
「本気です!」
何だか、自衛官の上官と部下の遣り取りのようになってしまった。
マヤさんは身体を起こし、ベッドの上で正座をした。
ボクもつられて正座をし、お互いに素っ裸のまま向かい合った。
「不束者ですが、よろしくお願いします!」
三つ指をついて、マヤさんがボクに頭を下げた。
ボクも慌ててその場でお辞儀をした。
次の週、マヤさんに付き添って産婦人科を訪れた。
妊娠3カ月だった。
ボクの腕を抱えるようにマヤさんは歩いていた。
鼻歌を歌っているのは、機嫌のいい証拠だ。
「仲人はどうする?」
帰り道でマヤさんが訊いてきた。
「うん、ひとり、当てがあるんだ」
影の人事部長を喜ばせるのは癪に障るが、あの人をおいて他にはいないと思った。