大切な人と再会するために頑張って過ごした1年間と、バスガイドとして第一歩を踏み出したわたし

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次の目標を「エンちゃんにもう一度逢って、再び告白しよう。そして、OKもらったら一生添い遂げよう。」と心に決め、少し強くなったわたしはその目標に向け動き出していました。

義弟のシンジはその後全く姿を現しませんでしたが、心療内科医と義父が相談して、しばらく実母方に預けられることになったようです。

後で知りましたが、初婚の義父と小学校の先生だったシンジの母親が再婚した時、女の子が欲しかった義父との間に子宝は恵まれず、そのうち夫婦生活が冷め切ってしまったようです。

そのうえ、自分の旦那が自分の教え子だった子にひどい事をしている事を息子のシンジから告げられ、精神的に不安定になり最終的には睡眠薬で自らの命を絶ったという事実でした。

これを知った時、物凄くやるせなさを感じました。その運命に巻き込まれてしまったわたしと母さんは、これを一生背負って行かなければなりません。

しかも、この先この状況から旅発つ覚悟を決めているわたしと異なり、これから一生その運命と向き合うことになる母さんと生まれてくる赤ちゃんに、どんな言葉をかけていいのかすら検討もつきませんでした。

その後、定期演奏会が終わってから1ヶ月あまり、お母さんは臨月を迎えていました。

いつ産まれてもおかしくないことから、お母さんはその入院に備え準備しています。

そんな最中、夕飯を食べているお母さんが持っていた茶碗を落として、急にかがみだしました。

そして、お母さんは自分のお腹を抑えながら「マコト。陣痛始まったみたい」と息も絶え絶えに言います。

わたしは、こんな事初めてだったのでアタフタしてましたが、少し経つといつのまにかお母さんは正気に戻っていて

「まだ、陣痛の間隔は長いから大丈夫。」と言いながら、主治医に電話しています。

そして、「タクシー呼ぼっか。」なんて余裕の表情で言った直後、また陣痛が来たようです。

そして、「マコト。コレ、タクシーじゃなくって救急車だわ。」と言いながら、今度は股間を抑えています。

「お母さんどうしたの?」と聞くと「破水しちゃったみたい・・・」と苦しそうに言います。

この時義父さんは、勤めている学校で生徒が起こした妊娠騒ぎの対応のため連日遅くまで仕事をしていて、今連絡しても帰ってくるだけで結構な時間がかかりそうです。

わたしは、119番に電話して「救急車お願いします。臨月の母がいま破水して産まれそうです。かかりつけの産婦人科にはこちらから連絡していますので、急いでお願いします。」と、まるで予行演習でもしていたかのようにスラスラと要件を伝えることができました。

そしてすぐに生まれると思って運ばれた産婦人科で、陣痛と格闘しながら分娩準備室で2時間待機し、陣痛の間隔が短くなってきたところで、お母さんと一緒に分娩室に入りました。

わたしは、立ち会い分娩に向け数回病院側から説明を受けていましたが、忙しかった義父はそれができず、せっかく駆けつけて立ち会いたいと申し出ても病院側から拒否されていました。

男の人は精神的に弱い部分があり、なんの心構えもなく立ち会うと、その後の夫婦生活に支障をきたすことがあると先生から聞かされていました。

分娩に立ち会ってみると、生命が生まれるということがいかに大変でしかも神秘的であるのかが実感できます。

こればかりは、立ち会ってみないと分からないことかと思いますので、これ以上の説明は割愛させていただきます。

そして産まれてきた赤ちゃんは「遥(ハルカ)」と名付けられ、「マコトが生まれてきた時とソックリ」という事でした。

お母さんが出産のため入院していた1週間は義父さんと2人きりでしたが、義父さんは仕事帰りが遅い上、お母さんのところに寄ってくるので、ほとんど家では顔を合わせることはありませんでした。

食事についても、「自分の分はいらないから」と義父から言われていましたのでとても気楽です。

そして、たまたまわたし一人きりとなった休日、家中の掃除をしていてたまたま夫婦の部屋を掃除していたところ、ゴミ箱に無造作に捨てられているティッシュから栗の花の匂いがするのに気づきました。

お母さんが入院する数日前、わたしが夜中にオシッコがしたくてトイレに起きて、夫婦の寝室の前を通り抜けようとしたとき、

「チョット・・お腹の子にさわるでしょ。じゃ、後ろからなら・・」なんてヒソヒソ話が聞こえてきたこともあり、あちらの方も盛んなようでした。しかし、そのお母さんが出産で入院している今は自分で処理しているようです。

そして、その栗の花の匂いで思い出したことがありました。

思い出したくもありませんが、あのとき、シンジがお父さんが中学生としている時のビデオとか写真がいっぱいあるというあの言葉でした。

わたしには思い当たる節があります。

この家の2階の天井には収納庫があり、それは天井に細いハシゴをかけて昇るようになっていましたがとても不安定です。

ここに来た時、既に身重のお母さんはそこへは絶対に行かないはずです。隠すとすればそこしかありません。

わたしは、以前一度だけシンジが出入りしていたのを見ていたので、ソレを思い出し、階段の脇に隠すように置いてあったハシゴを掛け、昇ってみました。

するとそこには3畳くらいのスペースがありダンボールが何個か置いてありました。

わたしはその段ボール箱を一つ一つ開けて中身を確認しました。

するとその内1個の段ボールに、さらに怪しい箱が中に入っていて、それを取り出し開けると分厚いアルバムと、ビデオテープが入っていました。

わたしが、恐る恐るそのアルバムを開いてみると、シンジの言ったことが間違いではないような写真が沢山出てきました。

その写真は明らかにここの家の寝室で撮影されたものでした。

中学校の制服を着たまだ幼い女の子のその表情からは、コレからされることに対しての不安が伺えます。

その写真を見た時、どこかで見かけたことがあるような錯覚にとらわれましたが、どこで見かけたのかは全く思い当たる節はありません。

別の写真を見ていくと、それは全裸の状態でした。胸はほとんど膨らんでおらず、まるで小学生のようです。

そして、今度は局部の接写でした。他人のこれは見たくもありませんが、指でVの字に無理やり広げられた綺麗なそれは、今まで男性経験のないコトを物語っています。

次の写真は、いわゆるハメ撮り写真というもので、挿入直前・行為中・その後というような、一般的な使用前、使用後的に比較できるように写真が並べてありました。

そして、その使用後の写真は、中に出されたものがピンク色に混ざり、それが逆流して白いシーツに滴り落ちる写真です。

もう、ここまでくるとあとはどんな写真か見当がつきます。

ほかのアルバムもパラパラと見てみましたが、その女の子が義父のモノをくわえているもの。

白い液体で顔をベチャベチャにしているもの。

いろんな恥ずかしいポーズを取らされているもの。

そして最後の方になると、生えた産毛をT字のカミソリで剃られている写真。

そんな写真が目に留まりました。

その写真のアチコチに、三脚にビデオカメラがついたものが写り込んでいたので、同時にビデオ撮影までされていた事は明白です。

その箱の中には、ご丁寧に写真のネガまでキチンと整理されていました。他の段ボールは全く関係のないものばかりでしたので、この箱さえ処分してしまえば、後でお母さんの目に触れるものはありません。

わたしはその日、その段ボール箱を物置からリビングに降ろし、一応ビデオも見ておきました。

すると、やはり行為中の映像がたくさんあり、早送りで見てたまたま再生に戻った時

「痛い痛い」と泣きじゃくる光景や、血まみれの局部。そして、別のテープには打って変わって義父のモノを上手にしゃぶっている様子が映っており、その女の子が劇的に変わる様子が見て取れました。

わたしは義父の帰りを待ちました。

そして、案外早く帰ってきた義父と久し振りに会話を交わしました。

マトモに会話をするのはあの事件以来です。

「義父さんおかえりなさい。早速なんですが話があります。」

「今日、天井裏の物置でこんなモノ見つけました。これの処遇について相談があります。」

すると、義父の動きが止まり、青ざめた表情でわたしを見つめています。

「こんなもの、後でお母さんが見ちゃったら間違いなく離婚という流れになります。さらには、先生という職業も失うことになります。」

「そんなことになってしまったら、何よりお母さんと遙が露頭に迷ってしまいます。」

「でも、わたしはそんな事は望んでいません。それより、義父さんには一生お母さんたちを養ってもらいたいと思っています。いや、養う義務があります。」

「義父さんの趣味も知っています。幸いお母さんは義父さんの趣味にあった無毛症です。」

「これからはお母さん以外の女性には目を向けないでほしいと思っています。いや、その趣味はお母さんだけにして欲しいと思ってます。それが、これからこの家庭を円満にしていく唯一の方法だと思います。」

「ですので、わたしはコレを処分したいと思っています。」

「保険と言ってはなんですが、わたしはこの中の写真の一部をお借りして保管しています。今後なんかあったら、ソレが偉力を発揮すると思いますので・・・。」

「安心してください。コレをネタにしてゆすりたかりをするつもりは毛頭ありません。」

「コレ以外に、持っているものがあれば、今すぐここに出してください。」

わたしが義父に強い口調でそう言うと、

テレビの下のビデオデッキの脇から、VHSのテープを取り出して「これも」とわたしに差し出しました。

「これは、明日わたしが全て処分します。良いですね?」と義父に尋ねると、義父は首を縦に振りました。

「とにかく、わたしはお母さんと遥の幸せを願っています。それを壊すような事はしません。ソレと、何かない限りこのコトは墓場まで持っていくつもりですので安心してください。」

と最後に義父に伝えると

「マコト・・・すまない。オレはお前が言うように変態なんだ。いわゆるロリコンっていうやつで・・」

「元々まともな結婚なんてできないって分かっていたんだけど・・」

「シンジの母さんにも申し訳ないことをしてしまったと思っている」

「でも、シンジの母さんに迫られて、勢いで結婚したまでは良かったけど、性格が合わないっていうか、ヤッパリあっちの相性がダメで、すぐに冷え切ってしまいあの有様だよ。」

「そんな時真理子(お母さんの名前)さんと久しぶりに同窓会で話したら、なんか心地よくて。」

「そして、酒が入った勢いで押し倒したらアレがアレで(多分、アソコがパイパンでという意味だと思います。)、これは絶対離しちゃダメだって思って、そん時に遙をつくったんだ。」

「安心してくれ。オレの性癖に合う女性なんて、世の中探しても真理子さんしかいないから、絶対離さないし不幸にもさせない。」

「だから、ソレの処分はマコトの気の済む方法でやってくれ。」

と、言い残し義父は自室に消えて行きました。

わたしは翌日、以前睡眠薬や遺書などを焼却した庭で写真を念入りに焼却しました。流石にビデオテープは燃やせなかったので、自分の部屋でテープを全部引き出して、ところどころハサミで切って2度と再生できないようにして、次の燃えないゴミ日に出しました。

これで、わたしがされたコトさえ思い出さなければ、あの忌々しい思い出ともおさらばです。

あと、写真を借りていると言ったのは全くのウソです。

そんなもの持ってたくもありません。

そして、季節は秋となり就職シーズンが訪れました。

その日、担任の先生に職員室に呼ばれ求人の話を聞く事になっています。

夏休みから定期的に行われた「合同企業説明会」「企業の学校訪問」などは真剣に話は聞いていましたが、わたしの希望する職種はなかなかなく、当然海を隔てたところの高校に説明に来てくれる本州の会社などはありませんでした。

そんな中、先生が見つけてくれた情報でした。

「早坂、お前が希望していた職種なんだが、市内の会社と札幌の会社が求人を出している。どちらか1社受けさせる事になるんだが・・・」

という話でしたが、わたしはすでに働きたい会社が決まっていたのでそれを伝えると、

「内地の会社からは求人が届いていないんだよね・・・でも、問い合わせてみる。」

という事で待つ事数日、

「早坂、お前の希望する会社から入社試験OKって連絡が来た。それで、試験案内をこれから送ってくれるように頼んだ。」という事でした。

そして、学校で面接での受け答えの練習や心得など学ぶ事半月、いよいよ試験当日となりました。

昨日のフェリーでこの街には到着しており、フェリーターミナルまでお姉ちゃんが前にお母さんが使っていた軽自動車で迎えに来てくれていました。

そして、今ではお姉ちゃんが一人暮らしする懐かしいアパートに1泊して、翌朝時間休を取ったお姉ちゃんに会社まで送ってもらっていました。あと、帰りは直接タクシーでフェリーターミナルまで行くことになっています。

ちなみに、お姉ちゃんには、わたしがこの会社を受けるのを、織田さんに伝えず秘密にしてもらえるよう頼んであります。

その会社に着くと、会社の前に沢山の大型バスが並んでいます。

そうです。わたしが受けようとしている会社というのは、小比類巻先輩のいるあのバス会社です。そして、先輩と同じバスガイドを目指しているのです。

エンちゃんが入院している時、わたしがこの街に戻るプランとして思い描いたのは、この会社のバスガイドになるっていう事でした。

わたしが社屋前でウロウロしていると、時折バスガイドたちが会社とバスの間を行き来する様子が伺えます。

多分、去年のエンちゃんの入院騒ぎの時に会ったことのあるバスガイドさんもいたと思いますが、わたしはコレから受ける入社試験を控え、緊張してそれどころではありません。

入社試験は、朝から一般教養の筆記試験をやり、その後面接をする2部構成になっています。だいたいお昼までかかると言われていました。

わたしの他に試験を受ける高校生が20人ほどいました。わたしの制服が見たこともないモノで、この辺にはないグレーの制服だったため目立ってしまい、ジロジロ見られています。

そして、筆記試験開始です。

一般教養は、学校でイヤになる程勉強したので問題なかったのですが、出題最後の

「これまでやってきたことと、その中で一番感動した事。また、この会社でやりたい事をそれぞれあげてください。」という出題に面食らって、鉛筆が止まっています。

これまでやってきたことは、学校からの内申書通り吹奏楽部でやってきたことを書けば問題ないのですが、一番感動したことは少し悩みましたが、記憶の新しいところで、転校先の学校で暖かく接してくれたクラスメイトや部活の出来事を書き綴りました。

次の出題のこの会社でやりたいこと・・・?。わたしに出来るもの・・・?これからやりたいこと・・・?

それは、まずエンちゃんのところに戻って、エンちゃんが入院した時にみんなで楽しく話をした、あんな雰囲気の中で仕事が出来ること・・・?

それでしばらく考えた結果、これからバスガイドになりたいっていうのをわかってもらおうと、今まで行ったことのないところに沢山行ってみて、それをお客さんに知ってもらうっていうこと。

そして何より、沢山の先輩に囲まれて楽しく仕事がしたい。

ということを書き綴りました。

そして、その後の面接のために椅子に座って呼ばれるのを待っていますが、願書受理順に呼ばれるわたしの順番は最後の方でした。

ひとり、またひとり呼ばれて会議室に入っては出て行き、それを飽きるほど見たときやっと自分の番となりました。

わたしは学校で教わった通り「失礼します。」と元気な声で挨拶し、促されるようにしてその椅子に座りました。

そして、自分の学校と名前を名乗り「よろしくおねがします」と頭を下げました。

すると、わたしの履歴書を見て2人の試験官が何かコソコソ話したかと思うと

「早坂さん。あなた、北海道ですよね。しかも、旭川。」

「どうしてこんなに遠い会社受けようと思ったんですか?」と、事情を知らない人は当然疑問に思うところです。

学校からは質問に対して、模範解答ではない自分のことばで答えるようにと指導されていました。

そして、わたしはその質問に対して

「わたしはもともとこちらに住んでいたんですが、家庭の事情で旭川に引っ越しました。」

「引っ越す前に、御社近くの付属高校に在籍していましたが、その時に友達が入院してしまって、その時たまたまお見舞いに来ていた学校の先輩が御社のバスガイドをしていることをそのとき知りました。」

「その時、偶然先輩の同僚の皆様たちも集まって、仕事の話とか聞かせてもらったんですが、こんな中で仕事ができたらいいな。と思って、そのときから御社に決めておりました。」

と答えると、目の前の2人の質問官がわたしの履歴書をもう一度見返し、また何かコソコソ話ししています。

すると「その、学校の先輩というのは、ガイドの小比類巻のことですか?あなたが転校前に在籍していた高校の卒業生ですが。」と質問してきました。

わたしは「はい。そのとおりです。その学校に在籍してしていた時、吹奏楽部で応援していたソフトボールの試合で、ピッチャーをしていた小比類巻先輩がノーヒットノーランを達成した時の『よっしゃ〜』という叫び声が格好良くって、それから密かに憧れていました。」

と、キッパリ答え面接が終了しました。

そして、最後に女子寮の食事を食べてから帰ってくださいという指示のもと、面接が終わった順に食堂のテーブル座って、食事が出てくるのを待っていました。すると何人かのバスガイドが制服姿で食堂脇の廊下を歩いてきたのが分かりました。

すると、そのうちの一人がわたしを見て

「アレ。あなた、あの時の女子高生?」と話しかけてきたのは、あの小比類巻先輩でした。

「ご無沙汰しています。元工藤の早坂です。今日、わたしココ受けに来ています。もし、合格しましたらその時はよろしくお願いします。」

と伝えました。すると、小比類巻先輩はわたしの手を引っ張り廊下に連れ出しました。

「工藤でも早坂でも何でもいいけど…アンタ。この事、エンちゃんに伝えてるの?」

「いいえ、まったく言っていません。それどころか、最近手紙すら書いていません。」

「エンちゃんね……。健気にアンタのこと待ってるよ。」

「ここでバラしちゃっても良いけど、ヤッパリ楽しみは最後までとっておいたほうがいいんだけどな。」

と言っています。そこでわたしは、

「落っこちちゃったら格好悪いんでとりあえず黙っていましたが、先輩のソレも一理ありますので、合格したとしても黙っておきます。そして、再会した時に打ち明けます。」

と、伝えると「うん。ソレがいいと思うよ。」と、物凄い笑顔で優しく言ってくれました。

それから旭川に帰ったわたしは、落ち着かない学校生活を送っていました。

クラスの友達数人が「内定もらった〜」なんて喜んでいますが、それよりも早く試験受けているわたしのところには、会社から何の音沙汰もありません。

そうしていること数日、昼休みにお母さんの作ったお弁当を食べ終えて蓋を閉めた瞬間、教室の扉のところから、

「マコト〜。先生呼んでたよ〜。職員室にって」

という声がかかりました。

わたしが、職員室まで息を切らせて走っていくと、担任の先生が待っていて

「早坂。ようやく会社から返事が来た。合格だ。おめでとう。」

と言って喜んでくれました。

わたしは嬉しくなって、ニコニコしながら教室まで戻ると、いつのまにかわたしの周りが人垣になっていて

「マコト〜。バスガイドになるの?どんな制服〜?」

と聞いて来たので、試験の時に会社でもらったパンフレットを見せると

「可愛い制服、羨ましい。わたしなんて普通の事務服だよ~。」

なんて言われてすごく嬉しい気分でした。

しかし、そのパンフレットの表紙に大きく写っているバスのデザインが見たこともないデザインだったので

「マコト。それ、どこの会社?もしかして・・・内地?」

わたしは、ウソをつくのも嫌だったので

「うん。元いた学校の近く・・・」

と答えると、会社の所在地が北海道でないことがバレてしまい、

「なんで、コッチに残らないの?コッチにもバス会社はあるでしょ」と責められちゃいました。

そしてわたしは、「実は、転校前からそのバス会社に就職したいって決めてたの。でも、お母さんコッチだからちょくちょく帰ってくるとは思うけど・・・」と返すと、

周りがチョット動揺した雰囲気となって、最終的に

「ちょっとした時逢えないのは寂しいけど、その時は連絡してね。」なんて言われていました。

そして放課後、吹奏楽部の部室に寄って同じ報告をしました。すると、

「来年、マコト先輩が来て指導してくれるの楽しみにしてたのに・・・・」

「マコト先輩が来てからぐんぐん上手くなって、支部大会で金まで行ったじゃないですか!」

「来年は、道大会まで行って欲しいって先輩言ってましたよね!」

「私たちを見捨てちゃうんですか?」

と言われ、後輩に泣かれちゃいました。

でも、「練習見にちょくちょく来るから。もしこれられなくてもコンクールは絶対応援に来るから」と伝えると、

「絶対ですよ。嘘ついたらマウスピース飲ませますから・・・」と恐ろしいことを言われちゃいました。

そして、旭川で初めて体験する冬。今まで住んでいたところも、一般的には北国と言われている地方ですが、この北海道の真ん中の旭川の冬の寒さは、今まで経験したものとは桁違いです。

家はそれなりの造りをしており、暖房器具も桁違いでしたので家の中はまったく寒くなかったのですが、外に出ると途端になにもかも凍り付いてしまうという異次元の体験をしています。

また、飲み物などを不用意に外に出しておくとすぐに凍ってしまうので、凍らないように冷蔵庫にしまうという逆転の発想も初めてでした。

そしてわたしは凄く困った事態に直面しています。

それは、クラスの男子から告白されてしまったということです。

昨日の放課後、吹奏楽部によって、久しぶりにパート練習に付き合ってから帰る時、昇降口の下駄箱の脇から

「早坂、チョット。」と呼び止められました。

そこにいたのは、普段あまり会話をすることのないクラスの太田くんでした。その太田くんがわたしの前まで近づき

「早坂。ずっと前からお前のことが好きなんだ。春に、初めて逢った時から・・・。夏に入院しちゃった時凄く心配したけど、お見舞いにも行けなくって凄く後悔している。」

「今度は、早坂が内地に行っちゃう話聞いて、居ても立っても居られなくなっちゃって。」

「だから・・・好きです。よろしくお願いします。」と、頭を下げ両手で手紙を渡してきました。

わたしはビックリしちゃって何を言っていいか分かりません。

でも、ここで含みを持たせた事や、期待させるような事を伝えるのは一番残酷だと思い、

「太田くん。ありがとう。気持ちはとっても嬉しい。」

「けど、わたし太田くんの彼女にはなれないの。わたし、内地に待たせている人がいて、将来一緒になるって決めてるの。」

「だから、ごめんなさい。」

「でも、彼女にはなれないけど、友だちになってくれるかな…?」と伝えると、

「その前に聞きたいんだけど…。その…お前が待たせてるってやつはどんなヤツ?」って聞いてきました。

「それは・・・なんて事ない普通の大学生。でも、なんかわたしのことが好きなんだって。」って、答えると

「オレ、今そいつのところ行って、一発ぶん殴っていい?」

「だって、早坂に一年も待たせるって信じらんね~」

と言いながら去って行きました。

その時わたしは、太田君を呼び止め

「もし、夢やぶれて戻ってきちゃったら、もう一度ここからやり直してくれるかな?」

と、伝えると

「それはお断りだ。勝手に夢破れんなよ。そんなことで帰ってきたら、友だち絶交だからな。」

「・・・でも、どうしてもっていうのなら、考えてやっても良いんだけど・・・」

と、太田くんはそこまで答えると、顔を真っ赤にして走って行ってしまいました。

そんな中、わたしは教習所に通っていました。

教習所では、時々その太田君と話す機会があり

「オレ、免許取ったら絶対パンダハチロク買うんだ」と言っています。

しかも「デジタルメーターじゃないヤツが欲しい」なんて言っています。

わたしは、エンちゃんのハチロクしか見たことがなく、ハチロクはデジタルメーターが普通だと思っていたので、おもわず

「ハチロクって、デジタルじゃないメーターあるんだ。」って、言っちゃいました。

すると、「早坂。何でそんなにハチロクの事詳しいんだ?」と、聞かれちゃいました。

わたしは、わたしの知っているエンちゃんのハチロクの話をしました。

色が赤黒でリフトバックのレビンあること。

黒いバナナホイールが着いていて、チョット車高が低い事。

バッケットシートっていうモノと、ロールバーがついてる事。

そして、キューニーのコウキって言うクルマの開発用エンジンに載せ替えた事。

ソレを太田くんに伝えると、

「イヤー参った。オレの勝てそうな要素一つもないってこの事だ。」

「お前のカレシって、ヤバイくらいスゴイの乗ってるんだな。コリャ惨敗だ〜。」

って、言っていました。

エンちゃんのハチロクって、そんなにすごいクルマだったんですね・・・。

そんな話しは置いといて、今時期教習所の路面はアイスバーンです。とにかく滑ります。

教室から教習車に行くまでに間で滑って転んじゃうくらいです。

でも、物凄く寒い時はびっくりするほどスタッドレスタイヤが効いてくれて滑らなときもあるんですが、反対に天気が良くて暖かかったりしたときと、路面が溶けかかったまま夜に突入した時が物凄く危険なことも知りました。

住んでみて分かることってすごく多いな、と感心しています。

そして正月。マイナス20度の中、家族で初詣に行った時に初めて見たダイヤモンドダストがとっても綺麗で幻想的でした。隣にいるのが義父ではなく、エンちゃんだったらどれだけ良かったか・・・・

ちなみにあのシンジは、結局ほんとうの母方の祖母に引き取られ、そこで生活しているとのことでした。戸籍についてはよくわかりませんが、今はわたしとお母さん、そして年の離れた妹の遥と義父の生活に慣れて来ています。

そして、例の証拠物件をわたしに焼却された義父は、それからわたしと目を合わせず、交わす言葉も事務的なことのみとなっています。しかも、わたしが証拠物件を持っていると信じている義父は、わたしに対してものすごくよそよそしい態度を取っています。

それに対してお母さんは、義父に「今、思春期で反抗期だから大目に見て。女の子は難しいの。」なんて言っていますが、本当は違うの。お母さんゴメンね。

まったくこんな最低な奴好きになっちゃって、しかも赤ちゃんまでつくっちゃって。でも、お母さんと遥の幸せのためには、知らなくっていいものは一生知らないほうがいいと思って、わたしは諦めました。この事は墓場まで持っていきます。

それから時間が経った2月末、3年生が卒業する間際に吹奏楽員が卒部式を開いてくれることになりました。

そして、最後に1曲みんなで合奏して終わろうということになり、その合奏に選ばれた曲は定期演奏会でわたしがソロを吹いたあの曲です。

しばらく楽器を吹いていなかったわたしは、勘を取り戻すため1週間かけて一生懸命練習しその日を迎えました。

いつも練習に使っていた教室の黒板には、「3年生の先輩。ご卒業おめでとうございます。」と大きく書かれ、その周りには卒業する3年生の似顔絵が描かれていました。

その絵の中でも、ヤッパリわたしはそも真ん中でユーフォニュームを持っています。しかし、いつも使っているものはシルバーでしたが、その絵の楽器はゴールドです。

この時はあまり気にしませんでした。

そして、この前まで7分の6行拍子ってどう振るんだっけ?なんて言っていた先生が、物凄く練習したらしくたどたどしくも指揮棒を振るなかその曲が始まりました。

定期演奏会ではあんなに緊張していましたが、今日のわたしは物凄くのびのび吹いている自分自身にびっくりしています。そして、わたしのソロに引き続き、他のパートが加わり最期の演奏が終わりました。

演奏が終わった瞬間、2年生の新部長がスッと立ち上がり、

「これから、マコト先輩に罰ゲームをしてもらいたいと思います。これは、私たちを見捨てて内地に行っちゃう事の罰です。」

と言いながらわたしのところへ来て「はい。」と一枚の紙を差し出します。

わたしがそれを見ると、ソレは何かの曲の譜面です。

わたしがびっくりしてソレを見ると、それはその時はやっていたアニメソングで「愛、おぼえてますか」というものでした。

しかも、ところどころアレンジしてあり、裏旋律などがバリバリ入っていてヤッパリ罰ゲームのような曲です。

「マコト先輩なら初見でいけると思いますので、では始めます。それでは先生お願いします。」

と言って、合奏がいきなり始まりました。

そして、いきなりもいきなりでユーフォニュームのメロディーソロからその曲はスタートしました。

わたしは、アニメの原曲を何度か聞いていたことと、スローテンポに助けられながらもなんとか吹き終えると、その瞬間部員全員から拍手喝采を浴びました。

「イヤー、マコト先輩には最後の最後までやられました。去年の春、練習にだけでもいいから混ぜて欲しいと言って吹いた1音目で、この人只者でないって思ってたけど、最後までヤッパリ只者じゃなかった。この曲の通り、私たちの愛、いつまでも覚えていてくださいね。」

と言いながら、その新部長が泣いています。

そして、それにつられるようにみんなも泣いています。

わたしは、それに加えこの楽器に触れるのもこれっきりという実感が湧いてきて大泣きしています。それは、他の3年生も同じです。

しかしその卒部式が終わる時、顧問の先生がわたしを呼び止めました。

「早坂。ちょっと頼みがあって。コレ、廃棄することになって。処分しておいてくれないかな。」

「学校の備品なんで、記念にあげるって事はできないけど、処分を頼む事は出来るそうだから。」

「あとは、学校として預かり知らないから、煮るなり焼くなりしてくれ」

といって渡されたのは、ユーフォニュームの入った楽器ケースでした。

わたしが「YAMAHA」と書いてあるそのケースを開くと、古いながらもピカピカに磨き上げられたゴールドのユーフォニュームが入っていました。しかも、わたしの大好きな3本ピストンのものです。

わたしは、思わず「ゆかり先生ありがとう」と言って抱きつきましたが、先生は

「ありがとうはこっちだよ。処分代かかんなくって済むしね。」といいながら涙を浮かべていました。

あとで聞きましたが、顧問のゆかり先生が、「壊れた楽器が修理不能のため廃棄」という理由で廃棄したように処理して、学校の備品台帳から削除してくれたという事でした。

そして卒業式が終わった2週間後、彼岸明けから始まる会社の研修に向けて、女子寮への引越しが始まりました。

わたしの引越し荷物は、先日義父に買ってもらった14インチのテレビ、小さなタンスと布団・コタツと学校から処分を頼まれた楽器ぐらいでした。あと、もうこの家に戻ることはないと決めていたので、去年の引越し荷物の中から小さい頃の写真を綴ったアルバムとか思い出になるようなものを探し出し、全て持っていくことにしています。

これを、これからお世話になるバス会社系列の運送会社で発送すると、いよいよわたし自身の移動になります。

入社試験の時と同じで、一人でも大丈夫と言うわたしに対してお母さんが、

「お世話になる会社にキチンと挨拶しなきゃね。あと、アキラの様子も見たいし。」

と言って一緒についてきています。

旭川から苫小牧までは、例によって義父のランドクルーザーで送ってもらいました。

就職試験の時もそうでしたが、その時は意地を張って後部座席に乗ってお尻が割れる思いをしていました。しかし今回は後部座席にお母さんと遙が乗っているのでわたしは助手席です。助手席は乗り心地も良く、お尻が割れる思いをすることもありません。

そして、お母さんがフェリーの搭乗手続きをしている時、珍しく義父から話しかけられ

「マコトの口座に餞別入れておいたから、今後の生活にあててくれ」と一言だけ言われました。

その時わたしは、「どうせ大した金額でもないくせに」と思い、事務口調で

「ありがとうございます。なにか必要になったとき使わせてもらいます」とだけ伝えましたが、その後お母さんからもらった当座の生活費と一桁違う、新車をキャッシュで買ってもお釣りが出るくらいの金額が入っていたのにはびっくりしました。

たぶん、餞別の他に「慰謝料と口止め料と手切れ金」を含んだ金額だと自分なりに解釈し、当面貯金しておくことにしました。

乗り込んだフェリーはあまり揺れることなく順調に航行し到着すると、フェリーを出迎えてくれたお姉ちゃんのクルマが新車になっていました。

そのはずです。お姉ちゃんは自動車ディーラーに勤めていました。しかし、他メーカーの古いクルマに乗っていたことから、しばらく肩身が狭い思いをしていた姉ちゃんは思い切って新車を購入したと言うことでした。

しかも、メーカーオプションの発注ミスで、年度末に納車できずにいたクルマを物凄く安く買えたと喜んでいます。

フェリーターミナルからそのクルマに乗せてもらって、お姉ちゃんのアパートへ向かいましたが、新車ということもあり物凄く快適でした。

その後、そのアパートの駐車場でお姉ちゃんと二人で、ガサガサうるさかったシートに被せてあったビニールを静電気と格闘しながら剥がしました。

その後、とりあえずアパートで時間調整してから、会社へ送って行ってもらいました。

乳飲み子を含めた家族全員で出向いても迷惑がられるだけなので、妹の遙はお姉ちゃんと近くの公園でまってもらっています。

とりあえず、会社の事務室で会社役員に挨拶して、手土産の「白い〇〇」というお菓子を渡し、事務のおばさんにひと通り社内を案内してもらいました。

会社前のバスの駐車場や、少し離れたところにある整備工場に比べ社屋は小さめでしたが、支社を含め300人を超える社員数を抱える会社だけに福利厚生は充実しており、お母さんも安心した様子でした。

そして、これから生活する女子寮へ案内されました。すると、

「ここからは、新入社員指導担当がちょうど空いてますので、そちらに説明してもらいます。」

といわれ、女子寮の食堂で待っていました。ここは、入社試験の時昼食を食べたことろなので覚えています。

待つこと数分、そこに現れたのはあの小比類巻先輩でした。

「あっ、アレ?。こんにちは。お世話になります早坂です。これはわたしの母です。」と二人揃って頭を下げました。

「はじめまして。去年から新入社員指導をしています小比類巻と申します。あっ、マコちゃんは初めてではなかったよね。お母さん、よろしくお願いします。」と言って小比類巻先輩も頭が下げます。

そして、わたしが生活する部屋に案内してもらいました。去年、建て替えたという女子寮はどこも新しく、わたしに割り当てられた部屋も1年しか使っていません。というか、使用感が全くありません。

わたしが「この部屋って・・・」と言いかけると、小比類巻先輩は

「去年この部屋使っていた娘、入社1週間で辞めちゃって・・・。それから空き部屋だったの。」

「サッと掃除はしておいたけど、気になるんだったら自分でお願いね。」と言われ、

せっかく入った会社、辞めちゃう娘いるんだ…と思いながら「分かりました。」と答えました。

その後、届いていた荷物が大きなカゴに入れられたまま倉庫に置いてあるということだったのでお母さんと部屋に入れ込みました。

すると、グズった遙を抱っこしたお姉ちゃんが現れ「おネムかな?おっぱいかな?」って言ってます。

するとお母さんが、

「アレ、あんた凄くその格好サマになってるね。もしかして、まもなく?」なんて言っています。

するとお姉ちゃんは「チョットなによソレ〜。」と言っていましたが、まんざらでもない様子です。

そして、入居は明日ということにして、その日の夕食はお姉ちゃんのアパートでお母さんと娘3人で夕食を囲みました。

この時遙をお風呂に入れたお姉ちゃんは、遙にオッパイを吸われ悲鳴をあげています。

わたしも、お風呂時入れる時いつも遙にオッパイを吸われていましたが、オッパイを吸われるとなぜか安心するっていうか、母性がくすぐられるというか心地よいものでした。

その後、久しぶりに川の字になって寝ました。その時お姉ちゃんが、彼氏の織田さんが就職のために猛勉強していて、2次試験に向けあまり逢えないってボヤいていました。

その織田さんは、誰しもその会社名を聞いたことのある大きな通信会社を目指しているそうで、すごく大変そうだってお姉ちゃんが言っていました。

翌朝、お姉ちゃんに会社まで送ってもらって、これから会社の研修がはじまします。

これは、4月1日付け採用に先立ち、基礎的な知識や心構え、あと、すぐにやってくる春の観光シーズンに向け、即戦力となるための大切な研修と聞いています。

この、「春の観光シーズン」というものの中に、エンちゃんの大学のオリエンテーリングも含まれます。

この日は、朝から入社手続きや更生保健や年金などの書類を山のように書かされ、同じ事を何回も何回も書いて手が痛くなっちゃいました。

午後からは、会社組織・本店や支店、営業所の場所や立場、社員それぞれの責任なんかの説明があり、メモを取ってたシャーペンを不意に落としちゃったりと、目を開けたまま寝ちゃっていたようです。

どうやら、バスガイドには先生と呼ばれるベテランさんがいて、その先生が案内の仕方などを教えてくれるとのことでした。ちなみに小比類巻先輩は、新入社員の相談事や、社会人として、またバスガイドとしての立ち居振る舞い一般の指導という微妙な立場ということも知りました。

そして、夕方、4月1日の入社式に向けた制服の採寸がありました。

採寸の結果、身長は変わらないものの、バストとウエストがちょっとだけサイズアップしていて、ウエストはしばらく楽器を吹いていないからだな。と思います。チョット気をつけないといけません。

あと最近になって、いつエンちゃんに打ち明けたらいいかってすごく悩んでいます。ヤッパリ、小比類巻先輩に相談してみようかなって思います。

この日、社会人となってはじめての夜を迎えました。

見慣れない天井。カーテンを引いても入ってくるバス駐車場の照明の明かり。そして、繁華街が近いこともあり頻繁に行き来するタクシー。

旭川で過ごした1年間がものすごく静かな環境だったので、なかなか寝つけませんでした。

そして、よく眠れないままエンちゃんのことを考えているうち、生理が近くなってきたせいかなんかムラムラしてきて、初めての部屋でいきなり自分でしちゃいました。しかも、慣れない環境のせいかものすごく感じちゃいました。

そして、よく眠れないまま迎えた朝の朝礼後、会社の事務室で小比類巻を見つけたので相談してみました。

「あの〜。小比類巻先輩。わたし、エンちゃんにいつ打ち明けたらいいかって悩んでいます。楽しみはとっておいたほうがいいってのは分かっているんですが・・・なんか賞味期限切れになりそうで怖いんです。何かアドバイスください。」

すると小比類巻先輩は、

「そうね・・・。あっ、そういえば、なんかエンちゃん。大学のオリエンテーリングにリーダー学生として同行するって言ってたかも。ソレって、エンちゃんがバスに乗るって事だよね。」

「チョット時間かかっちゃうけど、とりあえずバスガイドっていう職業が身について、バスガイドらしくなった段階で打ち明けるっていうのはどう?アレ、新人って、あのオリエンテーリングが最初の添乗になるんだよね。」

「5月になったら、毎年エンちゃんの学校のオリエンテーリングっていうのがあって、その時エンちゃんバスに乗ってるはずだから・・・。うん。そうだ、ソレで行こう!」

って、自分で話を決めちゃいました。さらに

「あと、わたしのこと名前で呼んでくれないかな〜。なんか、みんな名前で呼んでるし。小比類巻って呼びにくいし。」

と付け加えました。そして、

「はい。分かりました。こ…夏帆先輩。」と答え、夏帆先輩は

「うん。よろしい。」と満面の笑み?…多分これはいわゆる「営業スマイル」というやつで返してくれました。

そしてこの時、「オリエンテーリングでエンちゃんに打ち明けるぞ作戦」が始動しました。

そして、4月1日の入社式。新入社員として全員女子寮に入った10人のうち、すでに3人の姿が見当たりません。

一説には、ビシビシ指導する夏帆先輩の指導が厳しすぎるって話もありますが、わたしが中学校から入っている吹奏楽部の指導に比べれば別に厳しいとか、そんな意識したことはありません。

ましてやバスに添乗するようになれば一人でやっていかなければなりませんので、この短期間で添乗できるようになるためには仕方のないことと思います。

そして4月中旬、正式にエンちゃんの大学のオリエンテーリングという業務が予定表に掲載され、わたしの緊張感が上昇しました。

でも、出動するバスは5台で、そのうち1台にはチーフとして夏帆先輩が添乗することは決まっています。

残り4台に誰が添乗するのかは、4月下旬に発表されることとなっています。

わたしは、研修中常に添乗した時のことを想定し、分からないことを積極的に質問したりして、分からないことをそのままにしない姿勢を貫きました。

これは別に特別なことではなく、吹奏楽部の時はソレは普通のことです。

自分一人の不出来がみんなの足を引っ張ってしまうことが一番怖いので、ソレはしないようにしようと常に考えていた時からの習慣です。

そして運転手さんにも協力してもらい、バック誘導の時にミラーの死角に入らない誘導位置を教えてもらったり、ホイッスルの吹き方など勉強させてもらいました。

しかし、台数が多くなるとホイッスルが他のバスと被るということで、声の大きいわたしは単独でない時には自分の声で誘導することとなりました。

あと誘導が終わった後、バスの短いクラクションが鳴ったら急いでバスに乗り込むというタイミングも教えてもらい、とりあえずわたしの想定した内容はなんとかできるようになってきました。

そして、そのオリエンテーリングの配車が発表になりました。

それを恐る恐る見ると、「5号車・・早坂」という文字がありました。

わたしは、右手に握りこぶしを握って、心の中で「よっしゃっ」っと叫びました。

するとその日の夜、夏帆先輩にほかの3人の同期の新人も一緒に呼ばれて作戦会議が開かれました。

みんながコタツに正座で座るのを確認すると、夏帆先輩は座ったベットの上から見下ろし

「早坂が元彼に復縁を迫るぞ大作戦の会議を始める」と話を始めました。

わたしが「違います。振られていませんので元カレではありません。1年以上逢ってませんが・・・」と訂正しましたが、最後は声が小さくなってゴニョゴニョってなってしまいました。

すると「まっ、どっちでもいいけど、早坂の再会に協力して欲しい。」

そう言いながら夏帆先輩は、どこから手に入れたのか乗客の名簿と日程表を広げ、

「早坂の告白する相手は、わたしの担当する1号車に乗車する。」

「そこで、気づかれる前に先手必勝、1回目の休憩の時に作戦を決行する。」

「予定だと休憩時間は30分となっているけど、客の誘導なんかあるから正味15分くらいの短期決戦と思って欲しい。」

すると、当日4号車担当の洋子ちゃんが、「みんなの動きはどうすればいいんですか?」と質問しました。すると

「まず、わたしが対象者を1号車の後ろに誘導して後ろ向きにしておくので、その間にみんな整列する。」

「そして、コッチを向いてもらったら一人づつ自己紹介して、最後に4号車担当の小笠原の後ろに隠れていた早坂がとなりに飛び出して自己紹介するって手はずでどうだ」

すると、みんなが、「はい了解です。」とまるで軍隊にでもいるかのように声を揃えて返事しました。

そして、基礎的な知識を詰め込んで迎えた初添乗の日。

それは、待ちに待ったエンちゃんとの再会の日です。

その朝、わたしはみんなより早めに朝食を済ませ、夏帆先輩に教えてもらった化粧をバッチリ決め、本番で初めて着る制服に袖を通します。

そして、事務室でステッカー(団体名をを表示する紙製プレート)と号車番号のシールとエチケット袋を受け取ると、今日と明日添乗するバスに向かいました。

バスはすでに5台揃えて停められており、全て同じ車種となっています。

会社では、3つのメーカーのバスを使っていますが、なるべく見栄えがいいようにということで、5台程度のツアーでは同じバスにするって聞いていました。

わたしは添乗するバスのナンバーを確かめ、バンパーの脇にある小さな隠し蓋を開けてドア開閉のコックをひねりました。

するとドアがプシューと開いて、まるでわたしを歓迎しているかのようです。

そして「よろしくお願いします」と頭を下げ乗り込みました。

次に、まず入り口ドアのすぐ上にある団体名を表示する透明なプラスチック版に、先ほど事務室で受け取ったステッカーを挟んで、前と後ろの窓に丸に5と書かれたものと、終と書かれた黄色いシールを貼って、各シート背もたれ後ろのネットに1枚、1枚、エチケット袋と呼ばれるビニール袋を入れていきます。

そしてひと通りの作業が終わると、車内の匂いが前に乗ったお姉ちゃんの新車と同じような匂いに気づきました。

すると、今回お世話になる運転手の松田さんがバスに乗り込んできて

「あっ、早いね。朝からご苦労様。」とひとこと。松田さんは秋田出身なので、あちらの言葉がバリバリです。

「今日と明日担当します早坂と申します。初添乗となりますのでよろしくお願いします。」とわたしが間髪入れず挨拶すると、

「いや〜、早坂さんの初めて、こんなおじさんがもらっちゃっていいの?。後悔しない?」と早速朝からセクハラです。

でも、運転手も含めお客さんはいつもそんな感じと習っていました。しかもお酒が入ると目も当てられないことにもなったりすることも・・・

でも、そんな時の対処法も教わっていましたので、こんな時は・・・

「わたしの初めて、松田さんにあげられて嬉しいです。優しく運転してくださいね。」と返すと、

「いや〜、参った。でも、なんか今日1日頑張れる気がしてきた。よし、気合い入れていこう」なんて、独り言を言っています。

「まっ、こんな感じです。」

そして、その松田さんが「今日はガイドも新人だけど、バスが5台揃って新車なんだよね。」

「毎年、2〜3台は新車が入るんだけど、今回はメーカーも揃えて5台ときたもんだ。会社も奮発したね〜。オレ、100万キロ走ってないバス運転するの久しぶり〜。いや〜しかも新車だもんね、緊張する〜。」

なんて言っています。どおりで新車のに匂いがするはずです。しかも、このバスは夏帆先輩が大好きって言っていた「エアロクイーン」というバスだそうです。

その後、バスの1番前の座席に座り、昨日配布された今回の運行予定表を確認しました。

するとその予定表には、朝8時に出発した後10時に30分の休憩とあります。この時エンちゃんと逢えることになっていますので、今からなんか緊張しています。

今回添乗する大学のオリエンテーリングは、通常の観光地巡りとは異なり、道路の橋とかの、土木構造物っていうものを見て回るって聞いていました。しかも、その場所ごとに待機している大学のOBなんかがその都度バスに乗り込み説明するもので、ガイドが説明することはほとんどありません。

そんなことで、朝のあいさつと休憩や到着時間の案内、それと気分が悪くなっちゃったお客様への対応をすればいいって言われています。あと、大学生がしつこいかもしれないから、適当にあしらえと指示が出されています。

あっ、気分が悪くなったというところで思い出しました。バスのトランクに置いてあるはずのモップやバケツなどを見るのを忘れていました。

そして、トランクを開けようとしますが、このバスはいわゆるハイデッカーと言われる背の高いバスで、当然その下にあるトランクも大きく、当然そのドアも大きいものでした。

前に実習で教えてもらったバスの開け方ではどうしてもその大きいドアが開きません。

わたしが悪戦苦闘していると、外回りの点検をしていた運転手の松田さんが寄ってきて

「ほれ、こう開けるんだよ」と言って、簡単に開けてしまいました。

わたしがポカーンとしていると、

「このドアは、1回手前に引き出してから上に押し上げるんだ。油圧で上がるから案外軽いよ。」

と教えてくれました。なるほと、その通りやってみると簡単に開きます。

そして通常、バスのトランクに備え付けてあるモップ類なのですが、バスが新車のためそれがありません。

その時に、歩いてきた夏帆先輩を見つけたので

「夏帆先輩、おはようございます。バスにモップとか積んでありません。どうしましょう?」と尋ねると、

「早坂。他のバスも見てみろ。なかったら事務室に言って。それでもなかったら、今日と明日使わないバスから借りてきて。」と指示が出されました。

わたしが事務所まで行ってその事を伝えると、

「気づいてもらってありがとうね。準備してたのあったのに、渡すの忘れてた。新車の5台に、これ乗っけておいて。」

と5台分のバケツとモップを渡されてあたふたしてると、そこに現れた夏帆先輩が手伝ってくれました。

そして7時。バスが5台揃って会社を出発しました。

わたしはドアのすぐ脇のデッキに立って前のバスが走っているのを見ています。

前4台のバスが同じく動いて、同じように交差点を曲がる様子をぼんやり見ながらも、交差点では

「左オーライです。」とか、「バイク来ています」とか、運転手が死角となる部分のサポートも忘れません。

すると、運転している松田さんが

「あの大学、構内に1箇所一回で曲がれないところあるんだよね。オレはこのバスハンドル切れないの知ってるから切り返し1回で済ますけど、4号車の渡辺はそれ知らないからガイド泣いちゃうかもよ。」

「曲がれると思って奥まで行っちゃうとそのあとが大変なんだ。」

そんな会話をしながらバスは国道を右折して大学の構内に進入しました。すると、バスの一団が一旦止まり、前の方で1号車の夏帆先輩がバックの誘導してバスが切り返しをしています。

松田さんが、窓を開けると「ピピー、ピピー、ピッピッピー」とホイッスルの音が聞こえます。

そして、次々にバスが切返しをやって走って行った後、目の前の4号車が曲がろうとした瞬間、急にそのバスが停車して、車体が大きく左右に揺れています。

すると松田さんが「ほら、言わんこっちゃない。そこまで行く前に一回切り返しておかないと大変になるのに。」

「見ててみ。切り返し4回ぐらいやるから。」と松田さんは言います。

するとその4号車は、前に行ったりバックしたり、誘導している同期の洋子ちゃんが朝から汗だくになって走り回っています。

しかも、そのバスが「プッ」と短いクラクションを鳴らし、それを聞いた陽子ちゃんがバスの前の方にあるドアまで走って行きましたが、何ということか今まで開いていたドアが閉まり、そのままバスが走って行ってしまいました。

すると、残された陽子ちゃんは両手を大きく振りながら何かを叫んでバスを追いかけて走って行きました。

「バスガイドって、時々アレをやるって聞いていたけど・・・、生で見るのオレ初めてだ。」って、松田さんが言います。

すると、わたしが立っている脇のドアがプシューと開いて、「ほれ、初仕事だ。誘導ヨロシク。」と松田さんに言われて、本番初めてのバスの誘導です。

わたしはホイッスルを使わず「オーライ。オーライ。」と大きな声で誘導し、松田さんのいう通り1回で切り返しが終わり、

「プッ」というクラクションの音とともにバスに乗り込みました。

「ハイ、お疲れさん。どうだった、初仕事。」と松田さんが尋ねます。

「まだ、お客さん乗せていないんで、予行演習というところですか?」とわたしが答えると

「バスの誘導も立派な仕事。とりあえず、誘導の仕方はOKだったな。初めてにしちゃうまいもんだ。でも、このバスにはモニターってもんが付いてんだよね。」そして

「早坂さんの動き全部見てたもんね。」と意地悪に言います。でも、最後に

「ヤッパリ、バスのバック誘導はバスガイドにやってもらいたいよね。だって、これぞ観光バスって感じだもんね。」と言って笑います。

「わたし、高校生の時、会社の近くのスタンドでバイトしていて、この会社のバスの誘導もしてたんですよ。しかも、会社に入ってからもたくさん練習しました。」

と伝えると、「どうりであの夏帆ちゃんが褒めるわけだ。すごく仕事熱心だって言ってたぞ。」と言われ、すごく嬉しくなりました。

そうしているうちに、今日の出発場所である大学の学生駐車場に到着しました。

ここではもうすでに3号車まで定位置に停車しており、先ほど切り返しで手こずっていた4号車を洋子ちゃんが誘導してバックしている最中でした。

わたしの乗った5号車が近づくと、陽子ちゃんの「ピピー。ピピー。」というホイッスルの音が聞こえます。

そしてわたしの乗った5号車が停車する寸前、再びドアが「プシュー」と開いて

「またヨロシク。」と松田さんに言われてバスの後ろまで走って行き「オーライ。オーライ。」と誘導し、定位置にバスを停車させました。

そして、バスに戻ろうとした時「は・や・さ・かー」とわたしを呼ぶ夏帆先輩の声が聞こえました。

わたしは松田さんに、「呼ばれたみたいなんで、行ってきます」と声をかけて夏帆先輩のいる1号車まで走って行きました。

すると、「今確認したら、3号車にエチケット袋の予備積んでないみたいなんだよね。5号車に3箱積んであるから箱1個を3号車のトランクに入れておいてくれない?」

ということでしたので、その作業に取り掛かりました。

しかし、5号車担当のわたしですら5号車にエチケット袋の段ボールが3箱あるなんて知らなかったのに。さすがです夏帆先輩。

そして、出発予定時間30分前、運転手とガイドが集合し、ブリーフィングとも言われる最終打ち合わせが行われました。

運転手は無線の周波数や運行ルートの確認。ガイドは休憩場所や時間など、手元にある運行予定表の復習みたいなものでした。

そして、今日の乗客である学生がボチボチ現れたところで、夏帆先輩が「本日、ヨロシクお願いします。」と声をかけ、わたしたちも続けて「お願いします。」と気合を入れ、持ち場に散りました。

わたしは5号車の前に立ち、乗り込む学生に

「おはようございます。」と一人一人に挨拶して、座席に誘導します。定員50人のところ、この5号車には35名しか乗らないので、座席に余裕があります。

しかも、入学したてでお互いの面識があまりない学生たちは2人がけのシートに1人づつ座って行きます。

そうして学生を誘導していくうち、わたしは想定外のことに巻き込まれていました。

それは、いつのまにか学生がわたしの周りを取り囲みいろんな質問をしてくるってことでした。

「ヘェ〜早坂真さんていうんだ。かわいいね。歳いくつ?彼氏は?合コンやるんだけど・・・」なんて具合で、出発時間間際になってきた頃にはもう仕事になりません。

それでも、何とか「もう出発の時間です席についてくださ〜い。」というと、さすが学生です。みんな素直に席についてくれました。

そして、いつのまにか一番前の席に着いていたリーダー学生の千葉さんが

「チョット、マイク貸して欲しいんだけど」と言ってきたので、マイクを準備して渡すと

「おはようございます。オレは構造物研究室の千葉と言います。2日間に渡ってこのバスのリーダーってことになってるんでヨロシク。あと、これから・・・」と言ったところで話が止まり、なぜかわたしの名札を確認すると

「バスガイドの早坂さんが出欠を取ります。心して返事するように。代返しても仕方ないからな」と言い終えると、名簿とマイクをわたしに差し出しました。

わたしが、1人1人名前を呼ぶと素直に「ハイ」と返事が返って来ます。そして、出欠を取り終えると幸いなことに欠席者がいないことがわかりホッとしました。

その時、運転手の松田さんが無線で何か話しています。

そして「なんか、3号車に連絡の取れない学生いるみたいだって言ってるぞ。どうするか先生たち集まって話してるって。」と言っています。

すると、このバスに乗る予定の長谷川教授という人が乗り込んできて、「あっ、マイク貸してください。」と言ったので、マイクを貸すと

「えーっと、このバス担当の長谷川です。3号車に乗り遅れが1名発生し、若干出発が遅れていますが、このまま出発することに決定しました。」

「ちなみに、乗り遅れによる研修代金の返金はありません。もう、高校生じゃない大人なんだから、自己責任っていうことで諦めてもらいます。」

「あと、当然この後の単位にも多大な影響が出ます。このバスの中にはそんな学生がいなくて安心しましたが、この研修中不祥事を起こさないように。以上。」と言って席に着くと

その長谷川教授から「それでは、となりのバスが出ますんで続けて出してください。」と指示が出されました。

すると、「ガガッ、では1号車出発します」無線が入り、「2号車了解。3号車了解。・・・」最後に、運転している松田さんが「最終5号車了解。」と返答し、ドアをプシューと閉め、下げてあった車高が高くなると同時にギアを2速に入れたバスが発車しました。

そして、この瞬間わたしのバスガイドとしての第一歩が踏み出されたのでした。

その後、バスが市街地を抜ける頃わたしはマイクを握り、初めてお客様に挨拶を始めます。

「本日は、当バス会社をご利用頂きましてありがとうございます。」

「本日ハンドルを握りますのは、バスの運転歴10年の松田運転手となります。安全運転には心がけますが、交通事情によりまして、急ブレーキなどかけることもございますので、お席を移動する際にはお気を付けてお願いいたします。」

「あと、ご気分が悪くなられた方がおられましたらお申し出ください。また、背もたれ後ろにありますビニールのエチケット袋も緊急用にご利用ください。」

「最後にわたくし、本日と明日に渡りこの5号車を担当いたします早坂と申します。バスガイドとして日も浅いことから、お聞き苦しい場面もあるかと思いますがよろしくお願いいたします。」

と話したところで、交差点を出発しようとしたバスがエンストしてしまい、運転席で「ピーーー」とアラームがなりました。

そこでわたしは「あっ、お湯が沸いたようですね。」とごまかし、話を続けます。

「お湯が沸いたところで本日の日程を説明いたします・・・これから国道を北上し10時ごろにトイレ休憩をいたします・・・」などと一通り説明すると、ホッとしながらドアの脇のデッキに立ちながら、この後エンちゃん逢う時のことを考えていました。

夏帆先輩は、以前「エンちゃんは健気に待っているよ」って言ってくれましたが、今となってはそれも半年前のことです。

その後エンちゃんに別な彼女ができてしまってもおかしくはありません。

彼女ができないまでも、賞味期限が切れちゃってるかもしれません。

さっきまで楽しみだったエンちゃんとの再会が、考えれば考えるほどだんだん怖くなって来ちゃいました。

そうしていると、運転している松田さんから「あと10分で休憩場所」と声がかかりました。

わたしは右手にずっと握っていて、暖かくなっているマイクのスイッチを入れぽんぽんと叩いて、音が出るのを確かめながら、ガイド用の背もたれを運転席の後ろの壁からポンと出し、後ろ向きにソレに寄りかかると

「お疲れ様でした。そろそろ、限界になって来た方もいらっしゃる事と思います。まもなくトイレ休憩となりますので、ご準備のほどお願いいたします」と説明しました。

そうしているうちに、休憩所の駐車場にバスが入ったので「出発は30分後の10時45分になりますので、乗り遅れの無いようにお願いします。」と追加説明し、バスを降り駐車マスにバスを誘導しました。

この後、バスから学生を降ろすといよいよあの作戦が発動します。

しかし、バスの後ろからドアのところまで戻ると、朝と同じように学生に取り囲まれ、今度は「どこの高校出身?部活何やってた?クルマ何乗ってんの?」なんて質問攻めにあって身動きが取れません。

なんとかそこから抜け出そうとしますが、学生たちがくっついて来て全然ダメです。

このままではエンちゃんに逢えない・・・

と思った時、夏帆先輩がどこからともなく現れて、「チョットすいません。コレ、チョット連れて来ますんで」と言って、わたしの手を引いて1号車の後ろにつれていかれました。

その後ろから「あのガイドおっかね〜」なんて声が聞こえます。

すると、夏帆先輩が「おっまたせ〜」と言った直後、「ほれ、早坂。シャンとして!」と言って、背中を叩きます。

そして、手筈通りわたしは4号車担当の陽子ちゃんの後ろに隠れると、夏帆先輩の「エンちゃんいいよ」と言った直後、続けて「自己紹介!」と声がかかり

夏帆先輩自ら「1号車の小比類巻夏帆です」と名乗り、続けて「2号車の山下結衣です」「3号車の村上恵子です」そして「4号車の小笠原洋子です」と名乗った直後、わたしが洋子ちゃんの隣に飛び出し「5号車の早坂真です。」と自己紹介すると、約10メートルほど先にいるエンちゃんの目が点になっているのが分かりました。

そして、わたしが

「エンちゃんただいま。わたし、お母さんの再婚で早坂になっちゃたけど。ちょっと遅くなっちゃたけど。約束どおり1年で戻って来たよ。」

と言うと、思わず駆け出しエンちゃんに抱きついちゃいました。

コレです。すごく懐かしいエンちゃんの香りです。

するとエンちゃんはわたしの髪をとかすように撫でながら

「おかえり。マコちゃん、絶対帰ってくると思ってずっと待ってた・・・」

と言いながら、涙声になっています。

わたしはもう、それ以上言葉が出て来ません。

もっと、もっと話したいことがいっぱいあるのに・・・。

すると、非情にも休憩の時間切れとなってしまい、夏帆先輩から

「休憩時間終わり!。募る話はあと。あんた達もトイレ済ましておきな。トイレ済んだら持ち場戻って!」と言う号令のもとわたしはエンちゃんから引き離され、持ち場に戻る事になってしまいました。

そして、トイレを済まし口紅を引き直すと、「ヨシ!」と言って自分に気合を入れ、持ち場へ戻りました。

その後5号車へ戻ると、フロントガラスを拭いていた運転手の松田さんが

「何かいいことでもあったの?その笑顔いいね。もしかして、いいオトコでも見つけた?」と聞いて来ました。

そこでわたしは「はい。とってもいいオトコ見つけました。一生ついていってもいいくらいです。」

と答えると、松田さんは持っていた雑巾を地面に落として目を丸くしていました。(終)

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