同級生の絵美ちゃんの下着と…。続々

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絵美ちゃんが退院するまで、何度かお見舞いに行きました。

毎日部屋から絵美ちゃんの下着を見ていたので、持っている下着のほとんどは見たと思います。

お姉さんが居たので、絵美ちゃんの下着も子供っぽいのは少なくて、同じクラスの女子とは違いました。

綿でモコモコしたのではなく、ピチッとしたビキニタイプの物が多かった。

明るい内に目を付けておいて、日が暮れてから行動開始です。

昼間、雲ってたりすると、そのまま夜9時頃迄干したままで、雨が降れば翌朝まで干してありました。

盗りに行くのはダメだ❗と言い聞かせていましたが、とうとうやってしまいました。

絵美ちゃんの両親が親戚のお葬式に列席するので前日から泊まりで出掛けてお姉さん達も一緒に行きました。

二泊されたので、ニ日目は私の母親が病院へ代打で行きました。

母親から、あんたも来なさい!と、連れて行かれて…。

病院へ着いて、

「あ、絵美ちゃんこれ着替えね。お母さんから預かって来たからね。」と…。

「あ、おばさんすいません…。これ昨日着替えてたやつです。」

と受け取りました。

明日の夕方には帰ってくる…。一応、2日分着替えが…。とか、聞こえました。

面倒臭いなぁ…。と思いながらも、内心は絵美ちゃんに会えるので嬉しかった。

しばらく、病室で学校の事を話ししていました。

時間も夕方になり、買い物をして帰ろう!って事で、スーパーで買い物して帰りました。

「あ、○○、これ、洗濯機に入れておいて」

と、絵美ちゃんの着替えが入ったカバンを渡されました。

「あ、あぁわかった」と、ダルそうに返事をして、洗濯機の中へ…。

夕食を食べて、テレビを見ていると、「あんた風呂入ってき」と言われた。

脱衣場に洗濯機があり、脱いだTシャツを入れようとしたら…。

先ほど投入した絵美ちゃんの着替えた衣類が…。

我慢我慢…。

普段の三倍速位の速さで頭、顔、体

を一気に洗いました。

そして静かに出て洗濯機から、絵美ちゃんの下着を持ち出しました。

心臓バクバクで呼吸は荒く…。

いつの間にか、三角のカップが付いたブラをしていました。

70A白で青い花柄が縁取られた物で、お揃いのパンティでした。

綿生地でMサイズ。

股間の生地が二重になったクロッチ部分には、カサカサに乾燥したおりものとネトネトしたものか鶏卵位の面積で汚れていた。

生臭い匂いと小便のツンとした匂いでした。

もちろん、私の肉棒はカチンカチンです。

着用していて、風呂場のドアを開けられたら全てが終わるので、ブラのカップの所の匂いを嗅ぐのに専念した。

甘い匂いで、女子特有の匂いがします。

肉棒を握りしめて前後にシコシコしごいて、パンティの股間部分を鼻と口付近にあてがうと、一層、絵美ちゃんの陰部の匂いが強くなります。

まぁるい、中村静香系の顔から想像出来ない匂いです。

シゴく事数分経過していると、腰から亀頭にかけて痺れる感覚になり、ドピュウドピュウドピュウドピュウドピュウドピュウ❗…。

6~7回は脈動し射精しました。

普段のオナニーとは違って疲労感と言うか脱力感が伴ないました。

少し湯に浸かり疲労感を取り風呂から出ました。

もちろん、絵美ちゃんの下着はきれいに洗って洗濯機へポイ!。

それと、1つ気付いたのはヒョロヒョロの2~3センチの陰毛が、カリカリおりものとねばねばおりものの中に3本抜けて引っ付いていました。

もちろん丁寧に救出しました。

それから数日後に絵美ちゃんは無事に退院して来ました。

松葉杖ですが登校して来ました。

私達は、小学校を卒業して中学校へ進学しました。

絵美ちゃんのお父さんは工場長となり、半年~一年の本社勤務になりましたが、どうせ戻って来るから…。と、単身赴任で都会へ…。

車で四時間弱、JRでも三時間有れば行き来出来る所なので…。

それと、私自身にも環境の変化がありました。

母屋の二階の部屋から、離れに引っ越しする事になりました。

おばあちゃんが介護を受ける事になり、離れから母屋へ移動して、離れ自体が私の部屋(家)になりました。

離れと言っても、軒屋根同士が引っ付いているのと、母屋と離れは渡り廊下と土間で繋がってるし、トイレとミニキッチン、ユニットバス、冷蔵庫やレンジも有るので、簡単な物は作れる…。

父親がメカ好きで、自動車修理工場並みの施設を離れの隣に建てたので、私も中学へ進学してからは電子工作等する様になり、自転車やバイク、自動車にトラクターや田植え機等メンテも興味が出てきて…。

叔父さんが、アマチュア無線をしていたので、同じ様に家族で免許を取りました。

話しがそれました…。

中学になると、道が拡幅されて転回場も出来て通学バスが自宅の目の前に来るようになりました。

それと、バイパスとトンネルが開通して、中、高生は自転車通学になりました。

話は中学時代へ戻って…。

毎日、自転車片道2キロチョイ…。

これはこれで楽しめました。

絵美ちゃんのおばあちゃんがケガをして、全治3ヶ月の入院生活に…。

その為、おばさんは毎日朝夕病院へおばあちゃんの世話をしに行くのと、絵美ちゃんの上のお姉ちゃんの送り迎えなどで、帰宅は毎日7時~七時半頃になるので、絵美ちゃんもクラブしても17時頃までなので、夕食は私の家で食べて居ました。

そう、自転車通学の楽しみですが、サドルと絵美ちゃんの陰部に密着した下着が挟まれるので、おりもの汚れ等が下着の表面まで滲んで来るのです。

絵美ちゃんも帰宅しても誰も居ないし、そのまま私の離れへ遊びに来るようになりました。

テレビもビデオも有るしマンガも有るので、私達の年代には贅沢な遊び場になりました。

かといって、男女二人なら…。な事にもならず…。(後に発展するが…。)

勉強(宿題)等したり…。

この頃は、男より女の方がマセてるのと、絵美ちゃんの場合はお姉ちゃんの影響もありました。

柱にもたれて体育座りでマンガを読んでるのですが、ちょうど西日が差し込んでカーテンを適度に下げたら絵美ちゃんのスカートの中へ太陽の光が差し込んで居ました。

夕日にはなってないので、白いパンティのクロッチ部分が肌の色とは対照的で鮮やかに白く見えました。

前側の縫い目から下へ無花果型の黄色いシミがはっきりと見えました。

絵美ちゃんはマンガに夢中で時々ゴムの所が痒いのか、無意識に股間の付け根辺りをポリポリ掻いています。

思春期の女子が見られたくない姿でしょう…。

私の家って環境で、小学校からの付き合いで恋愛感情すら無いので、無防備な格好だったのでしょうね。

その光景を目に焼き付けて、その日の夜は二回も慰めました(笑)

今の様に泥棒に入られる事もなく、隣家との業界に擁壁やブロック塀、フェンスもなく、小さな水路と軽トラが通れる舗装道路程度で、私の離れも絵美ちゃんの敷地から、大股で三歩も有れば入れますし、雨降りでも傘無しでも来れる程の近さです。

屋敷の敷地を囲う様な土塀も無いので…。

だから、夕食食べてお風呂してからでも、絵美ちゃんは親に隣の○○君所行って来る!って、8時頃来たりする事も有るし、一度、テスト勉強をしていた時に、絵美ちゃんは風呂に入って着替えて来たので、21時半頃に母屋の風呂へ行って戻ってきたら、絵美ちゃんが私のベッドで寝てしまっていて(笑)

私の親に言って絵美ちゃんの親に連絡すると、起こして貰えますか?って言ったみたいだが、私の親が、隣同士やから別に起こさなくてもゆっくり寝かせて…。と、言うことでその日は絵美ちゃんは私の部屋にお泊まりしました。

私も勉強の続きをしたりテレビを見てサボって(笑)

夜中の一時頃に絵美ちゃんが目覚めて、

「あぁ…。寝てまった!」

と…。

ここまでの行きさつを話して、朝まで絵美ちゃんはベッドで私は床で寝ました。

不思議とこの時は、興奮して寝れないとか、絵美ちゃんにイタズラとか何も思わなかった。

その代わり翌朝は普段より30分以上早く起きて、絵美ちゃんはあわてて帰って制服に着替えてました。

私は普段よりゆっくり朝パン食べて学校へ…。

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