すぐに会えない人に焦がれる事ほど途方もなく、やるせない事はない。
やる気がないくせに食欲や性欲ばかり強まる自分に呆れてしまう。自分の若さ、愛嬌にある程度よりかかり始めてから怠惰がひどくなった気がする。
あなたは本当に可愛いんだね、なんて、小さな、
何気ないあなたの聞こえてほしくなかったであろう一言で。私はここまで動かされるつもりはなかったのに。
レポートを書くよりも筆がよく進むのは
頭の中で何回も思考を巡らせていたからか。
もともと年上の人に惹かれやすくて口にはしないものの何度も色んな人を追いかけていた。
本来父親ぐらいの歳の人、と言うと後ろめたさや嫌悪感が募るのでその言い方は好まない。
桃色の肌。みんなが憧れるブルーベースの肌。
職業柄日陰に守られた白粉も通さぬ艶のある肌。
唇も普通の男の人より少し赤みがかって見える。
筋肉なんて気にしない、詳しくないので。
むしろ少しお肉がついてくれていたらこちらの劣等感も減るというもの。とても誠実な人だから。
自然の焦げ茶色の毛髪が心地よく頭を覆い、
庇護欲を誘うおでこから産毛になり、
また桃色へと滲み出す。
愛らしい薄く下がった眉毛に横長の瞳。
切れた目頭も肌とお揃いの桃色。
まぶたがとっても好き。唇を寄せたら吸い寄せられるように薄く柔らかいだろう。
一度まぶたを完全におろした状態の顔を見たことがある。見てはいけないものを見たような、眠るときの表情を連想してしまって己の不純さに非常に申し訳ない気持ちになった。
いつもツンとお澄ましをしているのに
感動した時は涙してしまうらしい。
あざとい事は分かっていてもあまりに可愛らしい。
私が泣いても惨めったらしいだけなのに
この人のまぶたを濃く染めて雫で濡らしたらどれだけ苦しく可憐だろうか。想像しただけで熱くなる。
控えめに顔を飾る鼻と口元。
高さがあるのにすこし上向きなのが自分と通じて愛おしい。
暗色の襟に包まれているのは意外に細い喉。
喉から出るのは色んな声、一人にしか出せない声。
低い時は気取っている時。高い時は驚いている時。
しかし全体的にどこか吐息がかって儚い。
可愛らしい。何もかも。奇妙なくしゃみをする。
我慢しすぎて雀の怒った鳴き声のようだ。また聞けたら嬉しくて少し泣いてしまうだろう。
この夏も紺色のポロシャツから生白い腕が太陽を浴びているはずなのに。満員電車でも、帰り道でも、誰も見ていないのだろうか。 誰か1人は魅力を享受してほしい。
晩ご飯も食べなきゃならないのに我も忘れて熱いスマホに向き合っている。
この頃自転車の運転が少し怖くて歩きで帰ることにしている。夜中は暗い道を1人行くのが寂しいので隣にいるようなつもりで体を傾けたり虚空に笑いかけては空しくなってやめる。布団を見立てて甘やかすように上から抱きしめたり、抱きしめられるようなつもりで自分を包んで涙を流したりする。
なんの関わりもないまま離別した春はひどく夢に出て何度も泣き、やむなくまぶたを腫らしたまま大学に行かなければならない日があった。
アイプチという糊を使えば済む話だがこれのために買うのは本当に情けないし面倒くさい。
今は悲しいが記憶も薄れて関心事も他に増えてだいぶ泣かなくなった。
本当に何も起きないのにくだらないが
昆虫が好きな人なので私もいくらか虫には優しくするようになった。
コメツキバッタや小さな蛾にダンゴムシ。
クモはもう何匹も外に逃がした。ムカデはちょっと無理だったが…
虫に優しくするより真面目に勉強して外で活動している方が少しは耳に届き安心させてあげられるだろうにこんなどうでもいい事しかできない。
奇妙なオタク的一面を見せつつも心根は優しく几帳面で清廉かつ潔白で、私たちのような子供に性的な汚いものを見せないような心遣いのある人だと思っていた。
同じ学年で入学した先輩から耐え切れず思い出話を引き出そうとしたら、案外汚い話を臆面もなくする方だったらしい。
最初こそ驚いたが、自分を防衛して思考する仕組みに人は出来ている。
少しおこがましい事を言うが、
親しくしたくてもどう距離をとっていいのか分からなかったのか、1人で寂しくて当時の子供達にある種甘えていたのかと思うとだんだん愛おしく思えてくる。
どう孤独死したいか、タイマーをつけて作業したら効率よく進んだ話、自分の見たライブの話、
プレゼンは自信を持ってやるべきだとか、
作品は思考ばかりで中身が成り立たないのでは意味がない、気をつけろという話
舌が紡ぐ耳慣れないカタカナの単語に縁取られて輝きを放ちおとぎ話のように遠く永遠と私の本棚にしまわれている。
文章にするのも畏れ多い程だ。
私たちよりずっと教科書の導入のようなシンプルかつ根源的な問いに向き合って作品を作っている。
私は植物も動物も表面的にしか愛せない。
嫌われたくないがためにバレないように寄り添うように相槌を打っていた。
はじめは何も会話しなかったが、共通して好きなアイドルをきっかけに話をするようになった。
私に残してくれたものはどれも汚くない言葉や行為だった。揃えたはずの靴を揃え直してくれたり、サーキュレーターは扇風機じゃないと教えたり(分かっているが暑かった)その赤い魚のサンダルはどこで買ったか、僕の筆箱と君のサンダルでお魚が三匹だ、など、笑ってしまうほど子供向きで
やはり空しくなってしまう。どうしても子供だったのか。
年齢の差による親心があったのだろうと思う。
話すときはいつもミント味のフリスクをガリガリ噛んでいたり、
私の名前を最後まで呼べず一文字だけ呼んだりと
気を遣っている様子ですこし気になった。
私ですら言うまでもなくこんなに非清楚なのに
相手から汚すまいと思われていて、
私もまた汚すまいと思っていた。
お互いに綺麗な外面を装い合っていた事に後から気づく。滑稽でも数少ない共通項が生まれたことはやはり嬉しい。
一度だけ可愛らしい子の前でホクホクと言葉を尽くして彼女の何かを上ずり声で褒めているのを聞いたことがあるが、その時ですら愛らしかった。嫉妬もしないほど見るも可愛らしく美しい女の子だったのも理由だが、素直すぎて輝いていた。
相手は絶対に望まないだろうと予想はついている、触られなくていいから少し背中に頭を預けさせてほしいと何度も願ってきた。
父性を求めている訳では無いと思い続けて来たが
寂しい時に父親を見るとなぜか思い出して優しく話し相手をしてしまう。自分が少し気持ち悪かった。
寂しいだの疲れただのと言いふらす事は好きではなくて、大学に入ってからはより顕著になった。
華やかな格好をするのは場所への敬意であり、いつでも再会しても恥ずかしくないようにと決めて毎日眠いながらも服を選ぶ。
まゆずみもアイシャドウも己を奮い立たすように濃くなっていく。
化粧と服を少しこだわるだけで視線が変わる。
元々高校から電車で視線を感じる事はたまに合ったものの最近は大人に容姿が近づいたのかそれが増えた。訳が分からないものだとスクールバスで席を譲られたり帰りにナンパを受けたりした。
全部書くと鬱陶しいので言わないが私は慕う人が女性に気を遣っていたエピソードを沢山知っている。
あんな繊細な人がこの世にいるのに
それも知らずにこの無粋な男たちは人の植えた稲穂を踏み荒らすような事をしていると思うと鬱陶しくて仕方がなかった。 また何だかんだ言いながら性欲と下心ゆえに経験を己の肥やしにしている自分も許せなかった。
あの人に見られたら叱られもせず呆れられてしまう。見られないから何もかも守られている。
違う男に優しくされたとしても嬉しくない、と冷たく済まそうとしても、
今見えない人を愛することの途方の無さにつまずくように後から感触を味わってしまう自分がいる。
会えていた頃の事を思い出す。
待ち伏せをするのは本当に心苦しい。
ほとんどストーカーだ。自分が捕まれと思う。
話す機会がそれくらいしか設けられなかった。
最後に会ったのは、
まだ寒い春の晴れた日の中央階段。
共通して好きなアイドルの話も季節柄受験の話に都合よくかき消されてくれた。
私は早く受験を終えていたのでその邪魔な話題もすぐに退いて本題に移ることができた。
邪魔といえどアイドルの話がなければきっかけがないほど非常に脆い関係だった。悲しいけれど事実だ。私は何をしたとて届く事がない。
私は話しながらあの人の後ろについて降りていた。
ただ愛情を伝えるには好きと言えば簡単だが相手を傷つける恐れがある。他人に見られてもなお相手が不利になる。本来見えないはずのものから性欲が見えると恐ろしく思ってしまうかもしれない。
ただでさえ世知辛く危うい中、何十年と守り続けてきた社会的な地位を傷つけたくなかった。
階段の踊り場から5段ほど降りたあの人に、
注意深く聞いてくれるように間を空けてから
「あの。どうか、大事にされてくださいね」
とだけ伝えた。
冬から最後にこれだけ伝えようと決めていた。
「う、うん」と戸惑いがちにこちらを陽を浴びた明るい目で見て絞り出すように返事をしてくれた。
意味が分からなくていい。どうか分からないでいてほしい。何も知らないまま幸せに過ごしてほしい。
また歩き出して、あの人は階段を降り続けて、
私は逃げ出したい思いで廊下を歩いた。
形だけ伝えた安心感で涙が目から弾ける。
誰にも話さずに隠し続けてきた。
優しくて温かい思い出にしたかったから。
あの人も私もお互いの立ち位置を尊重しあっていたことだけは理解して欲しい。
そんな綺麗事とは裏腹に発散されない性欲は募る。
可愛がりたい。頭を撫でて甘やかしたい。
一緒に果物を啄んでひそひそ声で話がしたい。
私の胸に頭を埋めてほしい。よく動く指で肩を抱き寄せてほしい。性差を感じさせてほしい。
特別なテクニックを求めたりしない。
どうかありのままそこにいて、正々堂々と愛させてほしい。あの笑みを孕んだ目線をもう一度私に送ってほしい。叶わないから全て言える事。
あの人の姿がないのに体や顔が熟れても自分しか得をしない。肉付きや顔立ちのバランスが良くて胸が大きいことも乳首がぷっくりと膨らんでいることも、胸の下にほくろがあることも、乳首の縁にもも小さくほくろがあることも。
全てあの人だけに消費されたい。
他の誰にも知られたくない。
私がはしたない声を誰よりも艶っぽくあげられる事を知らないままあの人は死んでいく。
私が誰よりもはしたない事を知らないままゆっくりと死へ向かっていく。
せめてここに書くことで己の慰めとしたい、
それでもなおあの人の清純は守られたままでいる。