不思議な感じのする娘だった。
僕がスタッフとして働いていた風俗店に一人の少女が面接にやってきた。
153㎝と小さいが、切れ長の目に薄い唇
笑うと遠慮がちに覗く八重歯がとても可愛らしい女の子。
艶々の長い黒髪に浮かぶ天使の輪と、静かに笑う笑顔が印象的だった。
とても大人しくて、お淑やかで。
彼女はその年に高校を卒業したばかりの18歳だった。
面接を進めていくうちにわかったことは今まで奥手のためか
彼氏がいたことはなく、当然処女。
街で声をかけるスカウトの甘い誘惑に
以前から持っていた男性に対する好奇心から面接まで漕ぎつけだのだという。
面接を任されるようになってからまだ日は浅かったが
こういう娘もいるんだなと顔には出さず、ただただ驚いていた。
もちろん強制ではないためプレイ内容や給料面、仕事に必要な
心構えなどを説明しているうちあれよあれよという間に
入店が決まってしまった。
ただ、彼女は風俗店どころが男性経験すら未経験だったため
時間をかけての講習をどうしても必要とした。
「講習は誰がするんですか?」
彼女は不安からか、おずおずと尋ねてきた。
「基本的には僕になりますが、要望があれば変更も可能です。」
そう答えた僕に対して彼女は大きく胸を撫で下ろし
「よかったです…。怖い人だったらどうしようと思って。」
二人でクスクス笑い合い、面接終了後に講習の度に利用しているホテルの一室を借りて
2時間余りの講習をすることになった。
ホテルに向かう途中で訊いた情報によれば
男性の前で裸になったことはおろかキスの経験すらないらしい。
未経験の講習にはキスどころかフェラやクンニ、スマタなど彼女にとっては
ハードルの高いものになってしまうのは必須だった。
(彼女にとって何もかも初めての経験が俺でいいのだろうか?)
思わず考えずにはいられない。
部屋に着く前から極度の緊張からかガチガチの彼女。
小さくて幼い顔を真っ赤に染めて、ほんの一瞬目が合えば
更に赤くなって俯いてしまう。
当然と言えば当然の反応だった。
僕は、全然無理しなくていいし出来そうになかったら遠慮しないで
すぐ言うように伝えて必死で笑顔を振りまきながら彼女の緊張を解そうと
まるで長年付き合っている恋人のように振る舞った。
ぎこちなさは多分にあったものの、なんとか講習を終えた彼女は
最初の緊張はだいぶ解けてはにかんだ笑顔を浮かべていた。
彼女の名前は由美。
身長や体躯からまだまだ成長途中の少女ではあったが
来週から出勤することが決まり、客からの予約を取る際には
厳選に厳選を重ねた。
当然指を入れる行為はNG。
本番強要など以ての外。
遊び慣れて無茶をするような客からの電話は予約いっぱいで乗り切った。
それでも反響は凄まじかった。
18歳、未経験、処女…
予約受付を開始する時間の前からフライングで
何十件も客からのラブコールが届く。
まだ受付開始時間じゃないですよと断りを入れても
2分後にはいくつかある回線がパンクする勢いで我先にと携帯のキーを叩く。
中には毎日のように長年通っている常連だから優先しろと
ゴリ押しする者もいれば受付に差し入れを持ってきたり
賄賂を渡そうとする者までいたりする。
どいつもこいつも明らかに自分が初めての男になろうとしているのが
見え見えで辟易していた。
それほどまでに必死になって、断られては怒鳴り散らす中年たちなど絶対に
案内するわけにはいかなかった。
処女の膜を破ることにどれほどの価値があるというのか。
少なくとも僕の認識では非常に面倒臭い。
この一言に尽きる。
できることならそんな面倒な女など相手にしたくない。
そう思っていた。
他の女の子からの評判やクレームの少なさから気の弱そうな
それでいてルックスも申し分なさそうな客を選び
間に1時間の休憩を取りながら3人の予約を承った。
記念すべき最初の一人の予約が埋まったことを知った常連は暴言と共に消え
回線は落ち着きを取り戻した。
出勤日前日、彼女から連絡が入った。
「すみません、生理になってしまいました。どうすればいいでしょう?」
さすがに生理となれば無理に出勤させるわけにもいかない。
ましてや処女ならタンポンや海綿などを入れて誤魔化すわけにもいかず
明けるまで入店は先送りとなった。
それからさらに一週間が過ぎた。
再度出勤日を決めようと話を進めようとすると
2週間ほど間が空いたからだろうか仕事への不安から
彼女からもう一度講習をしてほしいとの希望があった。
僕は特に深く考えることなく快く承諾した。
店の中にも再講習を希望する子は少なからずいて
中には明らかに必要がないはずなのに恋心に近い感情を持って
希望する娘もいる。
「この前と同じような内容になると思うので別の人にしましょうか?」
と問いかけると、彼女は少しの間を置いて
「…あ、いぇ、お兄さんがいいんです。」
ん?
面倒くさいことになりそうな予感がした。
僕はその言葉が意味するところに気付かない振りをして数日後の夜に
再講習することとなった。
当日の夕方、僕は一人、事務所で写真の修正作業をしていた。
静かな部屋で没頭するうち彼女が事務所に来るはずの時間が
10分ほど過ぎていた。
あれ?と思い、彼女の携帯にかけようと電話帳を開いていると
事務所のドアが乱暴に開けられ、大きな音とともに閉められた。
何事かと腰を上げると由美ちゃんか小走りで駆け寄ってきて
そのままの勢いで抱き付かれた。
身長に差がある為、胸に埋めた顔を窺い見ることはできないが
何かがあったことだけははっきりと分かった。
壊れそうなほどに細い体がカタカタと震えている。
僅かだが鳴き声も漏れていた。
別の部屋から何人かの女の子と従業員が何事かと様子を見に来る。
抱き付かれてただただ困惑している僕と目が合うと
みんなそっとドアを閉める。
(何があった?)
彼女を気遣ってか、口パクだけで問いかける者もいる。
(わかんない。とりあえず任せて。)
僕も口パクでそう答えると親指を立てて別の部屋へと消えていった。
僕はそっと背中に手を回し、優しく頭を撫でた。
何があったかわからない以上、他にかける言葉も見つからない。
「よしよし。怖かったね。もう大丈夫だよ。頑張ったね。」
その言葉を聞いて彼女は大声を上げて泣き出した。
それまでたくさんの女の子たちで賑わっていた隣の部屋が瞬時に静まる。
誰もが隣の部屋の状況に聞き耳を立てている様子だった。
時間にして数分、何も言わず背中と頭を撫でていると彼女の嗚咽も
落ち着きを取り戻す。
僕は彼女の手を引いてソファーへと腰を落ち着かせる。
甘いコーヒーを差し出し、理由を尋ねた。
すると彼女は何度も痞えては、絞り出すように言葉を選びながら話し出した。
待機所を兼ねたこの事務所はホテル街の真ん中に位置している。
再講習を受けるため、急いでいた彼女はある通りで彼女を
スカウトした男に出会った。
少し立ち話をした後、彼女が処女だと知っていた彼は徐にこう切り出した。
「処女だと客も気を遣って楽しめないからあんまり稼げないよ。俺が教えてやるからホテル行こうぜ。」
これから講習を受けるために事務所に行く途中だと伝えた彼女の腕を掴み
店には俺から言っておく、風俗店員よりスカウトマンの方がいろんなことを知っている等
強引に彼女を引っ張って無理やり部屋に連れ込んだ。
シャワーを浴びるなどということもせず、無造作に彼女をベッドに放り投げ
上半身裸になって覆い被さって来たのだそう。
力任せにスカートを捲り上げられ、下着に手を掛けられたときに
フロントから電話が入り、スカウトマンが応対しているときに
乱れた服を直す間もなく部屋を飛び出してきたのだそうだ。
一通り話を聞いた僕は途中で泣き出した彼女を撫でながら
担当のスカウトマンの上司に電話を掛けた。
上司が担当に電話を回し、担当から僕に電話がかかる。
事実確認後、あれこれと言い訳する担当スカウトマンはその場で
上司からクビを言い渡され、彼女はその上司が引き継ぐことになった。
そのことを彼女に伝え、今日は講習もなしにして送っていくことにした。
送り用の車に乗り込み、彼女の案内で走り出す。
彼女の家へと向かう途中、予約していたホテルの部屋をキャンセルするため
店とホテルに電話を掛けようとすると彼女は
「大丈夫です。受けないといつまでも働けませんから…」
さすがに今日は止めといた方がと気を遣って何度も打診するが彼女は頑なだった。
僕は事務所に講習してから送ると伝え再び車を発進させた。
彼女と共に目についたホテルに入り部屋を選ぶ。
アジアンテイストを基調としたなかなか綺麗な部屋だった。
イソジンやグリンスを車に忘れた僕は取りに行ってくるから
部屋で待ってるように伝えると、彼女が強く抱き付いてきた。
さっきのこともありまだ怖いのかなと背中を摩っていると
「大丈夫です。お兄さんなら怖くないので抱いてください…。」
今にも消え入りそうな声で哀願された。
「えっと、講習じゃなくて?」
思わず訊かずにはいられない。
「はい…抱いてください…」
僕はしばし考え込んだ。
異性との経験が全くないこの子の初めての相手になっていいのか
話すだけで顔を赤らめるほどの子が意を決して口にした言葉
どれほど勇気がいることだったろうか
目に見える純粋な心に僕はついに決心した。
「後悔しない?」
僕と目を合わせたままの彼女が「はい…」と小さく頷くと
優しく抱き締め、艶やかな小さな唇にそっとキスを交わす。
「あ…」
戸惑う彼女をベッドに横たえ、啄むようなキスの雨を降らせた。
彼女と話すうちいつからか、面倒くさいなんて考えも消え去ってしまっていた。
僕を信じて身を委ねた彼女の、一生に一回の経験を
なんとか良いものにしてあげたいと、それしか考えていなかった。
薄暗い部屋に木霊す呼吸が熱を帯び、徐々に荒いものへと変わっていく。
彼女の体温も目でわかるくらい上昇していた。
雪のように白い肌が赤みを帯びる。
服を脱がせて下着だけにすると両手で胸を隠して顔を背ける。
「胸…小さいから…」
講習で一度見ているが、細身の身体にマッチしたとても綺麗な乳房だった。
僕は首、鎖骨、脇腹、胸元へと口づけを這わして小さく、淡いピンクに近い
乳首を口に含むと
「あぁっ…」
一瞬だけ恥じらいを忘れたかのような甲高い声が漏れる。
はっとした彼女は手で口元を隠して赤い顔を背けた。
左右の胸を愛撫するうち
「あっあっあっ…」と少しずつだが声を出すようになってくれた。
僕は固く閉じられている太腿の間に指を這わし
付け根を優しく愛撫した。
少しずつ、本当に少しずつではあったが彼女の脚が開いてきた。
下着の上から愛撫して彼女の反応を確認しながら指を進める。
溢れ出した愛液は温かく、糸を引きながら僕の指を濡らす。
合わせ目に指を滑り込ませ、柔らかさを確かめるように何度も何度も繰り返した。
彼女の抑える声が段々と制御不能になってきた頃
クリトリスを執拗に弄ばれた彼女の身体が反り返り
「あぁっ…ダメっ!」
小さな身体を何度も震わせてやがて力尽きた。
「大丈夫?」
目を潤ませながらコクリと小さく頷く。
水分を吸って重くなった下着を脚から抜き、僕は舌を這わせる。
勝手に漏れる声と暴れる身体をなんとか押さえようとしてはいるが
どうやら実らぬ努力らしい。
感度が上がった彼女の身体は面白いまでに簡単に絶頂を迎えたのだった。
「痛かったら無理しなくていいからね。」
小さくて速い呼吸が整うのを待ってゆっくりと彼女の中に包まれていく。
下から僕の首に抱き着きながら目に涙を滲ませる。
「止めようか?」
僕が何度も問いかける度に必死になって首を振る。
キスを交わし、頬や頭を撫でながら痛みをやり過ごして
なんとか交わることができた。
きつくて熱い彼女の中で僕は、脳が蕩けだすほどの感覚を味わった。
お互いの呼吸を整えるため並んで寝そべる。
こんなに優しいセックスが出来たことに自分自身が驚いていた。
自分の為じゃなく、相手の為を思ったセックス。
今の自分にできることを精一杯やったつもりだった。
ふとそんなことを考えていると彼女が居住まいを正して僕の隣に正座した。
何事かとつられて居住まいを正すと
「由美の身体は如何でしたか?」
小さな声で不安気に訊ねられた。
今までそんなことを訊かれたことがなかった僕は思ったことを口にする。
「素敵な体験だった。どうもありがとう。」
そのときに見せた静かな笑顔は今でもはっきりと覚えている。
結局彼女は入店することはなかった。
結果的に風俗に身を堕とすところだった彼女の助けになれたと思うことにした。
このことがあって僕たちは付き合うこととなった。
ふたり同じ時間を共有していく度に心が軽くなっていく気がした。
彼女との未来をほんの少しだけ思い描いて、自然と顔が綻んだ。
彼女の笑顔を見て僕は、少しだけ人に優しくなれたんだろうか。
このまま一生が過ぎてもかまわないと思えるような
ゆったりと過ぎるささやかな日々は何の前触れもなく粉々に砕け散った。
夏のとても暑い日だった。
夏休み中の大学生の運転する軽自動車に学校帰りの彼女が撥ねられたと連絡が入った。
何をどうしたのかもさっぱり思い出せない。
目の前が真っ暗になって何も考えられない。
どれくらい時間が過ぎたのだろうか。
彼女がICUから出てくる頃、既に日付が変わっていた。
みっともないくらいに狼狽える僕の前で、彼女は人形のように静かだった。
彼女は二日も頑張った。
あちこち血の滲むボロボロの小さな身体で。
享年19歳。
最期まで意識を取り戻すことはなかった。
両親や僕が見守る病室で静かに息を引き取った。
とても静かな最期だった。
その場にいた誰もが必死に呼びかけても
薄く途切れた呼吸は再び繰り返されることはなかった。
徐々に体温が失われていく小さな手を、誰も手放すことができなかった。
それから何度目かの夏が過ぎた。
毎年、必ず来る夏を迎える度に、僕は由美を思い出す。
いつからか、笑うと目尻に小皺ができていることに気が付いた。
それに気が付いた瞬間、自分が笑えてることに気が付いた。
今年も暑い夏が来る。
僕の財布の中にはいつも、彼女が静かに笑っている写真が一枚、今でも入っている。