あまり人と関わらなくてよかったから。
誰とも話したくなかった。
元看護師なんて潰しも効かない。だから始めたトラックドライバー。
運転を始めてしまえば自分だけだ。一見気楽に見えるだろう。
闇は昼の喧噪を塗り潰し、考えないようにしていた事でも思い出させようとする。
時折胸が苦しくなる。君を忘れられなくて。
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6月はジメジメして昔からあまり好きじゃなかった。
『聡!誕生日、おめでと~。』
『はい、プーレゼント。』
『あ~、28になっちゃったか。もうすぐ三十路か。』
『なによぉ、もうなってる人の前で言わないでよ。』
『いや、オレも大人の男に近づいたってことだな。』
『では大人の女性からのプレゼント、開けてみて。』
『ありがとう。』
開けてみるとグリーンの箱。これは?
『これね、あたしが聡にぴったりと思ったパルファム。』
『グリナジーって言うの。』
箱を開けてオレの手のひらに少しだけシュッとした。
こういうのは使った事がなかったから、よくわからないが、柑橘系っていうのかな。グループフルーツに似た香りがした。
『あー、やっぱり似合ってるぅ。』
『由紀がそう言ってくれるなら使ってみるね。』
『香りはね、段々変化していくものなの。』
『今の聡も素敵だけど、また違った味が広がって、少しずつ洗練されていく姿を見ていたいなぁ。』
『オレは由紀の香りが一番好きだな。』
『そう?ありがと。』
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『ねぇ、聡。夏に北海道行かない?』
『夏かぁ、休み合うかな?』
『絶対合わせるもん。』
オレ自身札幌は久しぶりだった。両親はオレが小学生の時に離婚し、それぞれ再婚した。
最初は母についていったが再婚相手はアルコール依存症で、高校卒業までオレは父の家にいた。
でももう父も他界し、父の再婚相手とは絶縁状態だ。母は闘病中。膠原病という厄介な病気だ。
そんな訳で帰る実家もないのだ。
まぁ、旅行でも生まれ育った街に帰るのは楽しい。それも由紀と一緒なら尚更だ。
なんとか休みを合わせ、一路北へ飛ぶ。
新千歳空港もなんだか懐かしい空気だ。
『北海道って、あたし初めてなんだよね~。』
『なんか旅行感ないけど、隣に由紀がいるから新鮮な感じだよ。』
札幌までは車で小一時間だ。時計台とか定番のコースを見て回ったが、北海道が初めての由紀は楽しんでくれた。夜は藻岩山へ。
夜景が一望できてとても綺麗だ。
『ねぇ、昔、誰かさんと来たことあるんじゃないの?』
と、いたずらっ子のように笑う。
『北海道にいた時は付き合った人いなかったし。』
『ここに一緒に来た人は由紀だけだよ。』
そう言ってキスした。
ホテルの部屋
夜の街並みが見える大きな窓。
全裸の由紀。
窓に手をつかせて立たせたまま愛し合った。
『あぁっ、み、見られちゃうよ。』
同じ高さのビルに人がいたら見えるかもしれないが。
『由紀の綺麗な身体、見てもらおうよ。』
『いやっ、あっ、あああんっ!』
片足を持ち上げて深く突き上げると彼女の愛液が太腿をつたった。
『いつもより濡れているよ。』
『やだっ。恥ずかしい…。』
『ほら、向かいのビルに人がいるよ。』
『イヤッ、ああっ、あっ、あっ、聡っ、いっちゃうよぉ!』
『由紀の中に出していい?』
『い、いいよっ。聡、中に出してっ、あああっ、イクっ!』
『あっ、あー、イクッ。』
由紀の膣奥にいっぱい出してしまった。
『あっ…聡の…出てきた。』
由紀を抱き上げベッドでまた抱き合った。
『由紀、明日は富良野に行ってみようか。』
『富良野?何かあるの?』
『ラベンダー畑だよ。』
『ラベンダーの香りかあ。楽しみ~。』
『わぁ~!きれーい。スゴイね。いい香り。』
『由紀なら絶対気に入ると思って。』
『連れてきてくれてありがとー。スゴい。感動したよ。あたし、今日の日を忘れないよ。』
由紀はラベンダーの紫色の花をしばらく眺めていた。
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『んーっ、なぁ~んか頭痛いなぁ。休みたいよ。』
『どうした?大丈夫?』
『風邪でもひいちゃったかな?聡がいつもすぐ脱がせちゃうから。』
なんて冗談みたいに言ってたけど。
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『聡、言わなきゃいけないことがあるの。』
『えっ、何?』
『あたし、脳に腫瘍がああって…ね。だから聡と結婚の話をした時も返事できなかった。』
目の前が一瞬暗くなった。
『検査もしたんだけど、手術は難しそうで…脳幹グリオーマ…。』
『どうして・・・』
『聡と付き合いはじめて半年くらいした頃かな、なんか違和感感じて検査したんだ…。』
『手術しても成功する確率低いって…。記憶障害とか出たら…とか考えちゃって。あたし、聡の事忘れちゃうの?そんなの嫌だって思った。』
『由紀、オレと結婚してくれ。』
そう言っていた。
『ありがとう、聡、でもね…あたし元の健康な身体に戻ることはないのよ…。あたし、聡を不幸にしたくない。』
『バカ言うな!オレは由紀がいてくれるだけで幸せなんだ。』
彼女を抱き締めて泣いた…。
由紀の体調は日に日に悪くなっていった。
由紀のご両親も福岡から来てくれた。
『山崎さん、娘の事はもう諦めてやってくれんね。』
そんな風にも言われたが
『オレは由紀さんを愛しています。彼女との結婚を許してください。』
そうお義父さんに頼んでいた。
『山崎さん、あんたはまだ若かけん、娘の分まで幸せになってほしいと。』
そうまで言われたがオレは引かなかった。お義父さんは結婚を認めてくれた。
オレは由紀と入籍した。書類の上でもちゃんとした夫婦だ。
『手術を受けてよ。たとえ由紀がオレを忘れたとしても、オレがずっと支えるから。ずっと側でオレが守るから。』
『わかったよ、聡。手術に懸けてみよう。』
由紀は手術の承諾をしてくれた。
由紀はまもなく入院し、手術は一応成功した。彼女はオレを忘れてはいなかった。
しかし術後の経過は思わしくなかった。
『聡、ずっと一緒にいたかった。ごめんね…。』
『何言ってるんだよ、がんばれよ、病気なんかに負けちゃだめだ。』
病人に言ってはいけない事を口にしてしまった。
『聡…ありがとう…でも、もう、がんばれない…。』
『ラベンダー…綺麗だったね…。また聡と…。』
由紀は旅立っていってしまった。
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由紀がいなくなった病院には行けなくなった。
オレはしばらく休職した。
壊れてしまった…。世界から全部色が消えてしまった気がした。
看護師になりたての頃勤めていた精神科の病院に行き、精神安定剤を処方してもらった。
『どうした、山崎。久しぶりに来たと思ったら。』
昔からいる内田先生だ。
『・・・なるほどな。そんな大切だった人を失ってしまったら、おまえじゃなくてもそうなるよ。』
『それでもなぁ、みんな生きていかなきゃならんだろ。大丈夫、おまえは正常だよ。まぁ、安定剤は出しておくけど。デパスでいいだろ。』
なんにも考えたくなかった。軽めのデパスでもオレにはよく効いた。朦朧となった意識の中に沈み込んでいった。
病院は辞めてしまった。
近寄りたくもない。
由紀とデートした場所も行けなくなった。
立ち直れない・・・
もう楽になりたかった。
オレはカッターで手首を切っていた。
鮮血が散る…。
深く刃をいれようとした時、ふと、頭の中で由紀の声がした。
『聡、生きて。』と
オレはカッターを置いた。出血はしていたが失血死するほどではなかった。
でももう看護師に戻る気にはなれなかった。
それでも働かないと生活していけないので、大型免許を取りトラックドライバーになった。
人とあまり関わらなくて済むから。
がんばるという言葉が大嫌いになった。
いつも由紀を探していた。
たまに街を歩いていて、ベビードールの香りがすることがある。思わず由紀がいるんじゃないかと振り返ってしまう。
運転していても、突然笑顔の由紀を思い出して胸が締め付けられる。
夜は考えてしまうんだよな。由紀との幸せだった日々を。
10年以上、長距離の仕事をしていたが、今は往復で600キロ程度の仕事をしている。家には毎日帰れるが、誰かが待っていてくれるわけでもない。
本気で女性と付き合えなくなった。遊びで付き合った女性は何人もいたが、結婚は考えなかった。
愛って何なのかわからなくなってしまった。
そして何社か運送会社も変わり20年が経った。
由紀を忘れる事は一生かかってもできないだろう。
でも、そんなオレを理解してくれる人に出会い、50才を過ぎて再婚した。
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この後の話は別名義で書いているので気がついた方もいるかもしれませんね。あちらでは名前を変えて書いてます。