これまで、4名の素敵な女性との体験をお話させてもらいました。
アヤノちゃんについては、どこかで後日談を投稿したいなと思いつつ。
私がこれまでに知り合った女性は、大人になってからはこれで全員です。
なので今後は、色々と風の噂で聞いた話を小説として紹介させてもらいたいなと思っているのですが。
最後に5人目…と言うよりも、私にとってはむしろ本当の1人目と言える女性を紹介したいと思います。
私が「障害」という存在に目覚めるきっかけを与えてくれた女性です。
その女性、名前は分かりません。
仮にエイコさんとします。A子さん。そのままですね。
年齢も分かりません。
私の母親よりは確実に若かったと思いますが、女子高生や女子大生とは違いました。
だから何とも言えませんが、仮に30代前半としておきましょうか。
エイコさんとの出会いは小学3年生か、4年生か。
まだ「携帯電話(ガラケーですらない)」が活躍していたような時代です。
今でこそ耳にすることが増えた発達障害とかADHDとか自閉スペクトラム症とか、そういう概念が誰にもなかったあの頃。
どんな友達も「この人はこういう人」として受け入れられる、そういう空気がありました。
ある意味では、今よりもずっと寛容で生きやすい時代だったかもしれません。
ただ、やはり「変だな」と感じられる人は「変」で。
地域に出没する「変な人」は、色々な所で話題に上がっていました。
変な人があそこの公園にいるよ、あのスーパーの駐車場の隅で何かやっている人がいたよ、小さい子にいたずらをする変な人が出たらしいよ、などなど。
…もうみなさんお察しだと思いますが、エイコさんもその「変な人」に部類される人々の一人でした。
どう変なのかというと…私たちはエイコさんの事を「ダンシング姉さん」と呼んでいました。
地域のあちこちで、何やら「踊っている」ところを目撃されるという…えぇ、人畜無害で楽しい変な人ですね(笑)
あるときふと現れて、しばらく後のあるとき、突然消えた、変な人。
それがダンシング姉さんこと、エイコさんでした。
色々な思い出話はすっ飛ばして、ダンシング姉さんがいるなぁと知ってからしばらく経った、私が6年生の時に事件は起きます。
場所は、藪の中の農機具庫、もしくは作業小屋。
5年生頃から「スケベな話」に興味をもち始めるも、恥ずかしくて「スケベトーク」には参戦できなかった私。
友達のスケベトークには聞く耳をばっちり立てて、暇があれば「エロ本」を探しに行ったりしていました。
そんなことをしていると、男の子の心はバカなもので、冒険心が膨らんできて。
「ここはずっと軽トラが止まっているな」と思っていた竹やぶの中に、ある日足を踏み入れてしまいます。
古い家というのは、庭も含めてやたらと敷地面積が広かったりするものですが、
そんな古い家を基準として、ちょうど一件分ほどの敷地が竹やぶだらけになっている所。
そんな場所が近所にありました。
そして、エロ本はたいてい、そういう変な場所に捨てられていました。
もちろん、他所の人の家に勝手に入ってはいけない…と、知っているのですが。
よく見れば軽トラはパンクしていて、動けない。
動けない軽トラが、竹やぶの中へと続く唯一の入り口をふさいでいる。
じゃぁ、ここにはきっと誰も入らない。どうする?行ってみよう。
そういう思考パターン。
中に入ってみると、竹やぶだらけだと思っていた中にはなんと「家屋」があって。
その横には「入口にドア的なものが無い小屋?」がありました。
そして…中をのぞいてみると、裸の女性の本が置いてあるではないですか。
エロ本の中でもキングオブエロ本と言える「ヌード写真集」。
誰にも言えないお宝とともに、秘密の場所を見つけた瞬間でした。
私のような少年時代をすごした人は…懐かしい思い出、よみがえってきませんか?(笑)
話を戻して。
この小屋は2つの空間でできていました。
エロ本が置かれている広い土間のようなスペースと、そこから続く、かぎ付きの引き戸の向こうにある、もう一部屋。
引き戸は、玄関としてよく使われるようなもの。
普段は閉まっていて、もしかしたら中に誰かいるかも?と思うと、とても開けられない。
だから、事件前までは触れたことがありませんでした。
…そんな引き戸が、開いている。
そして、何か、物音がする。
小屋に入る前に、異変に気付けました。
だから引き返すこともできました。
それでも…なぜか、引き返せませんでした。
むしろ中に入ってみたくなった。
なぜかは分かりませんが、文字通り本能的なものだったのだと思います。
物音は、時々止まったり、リズムが変わったりしていました。
パンパンと、手をたたくような音。
よーく耳を澄ますと、時々声も聞こえて。
「…ぉだ?」
「ぃぃ」
なんと言っているかは分かりませんが、誰かと誰かが話しているような雰囲気。
そしてそれは、おそらく男と女。
男が何かを言って、女が答えている。
忍法忍び足で引き戸の所まで来ると、声も聞こえました。
「どこがいいんだ?」
「おく」
家政婦は見たばりの覗き方で、すこーしずつ中をのぞいていくと。
部屋の中には一段上がった所があって、どうやら休憩スペースか何か。
そこに布団が敷かれていて、脚が2本見えて。
誰かが脱いだ服があって、おそらくはベージュ色の下着もくるっとなっていて。
もう少し覗いていくと、ズボンだけ脱いだ男?が、裸の女性?のお尻に向かって体をぶつけていて。
その音がパンパン聞こえているのだと分かりました。
当時はまだ、インターネットが身近になり始める前の時代。
そして性教育は「性交」とか「セックス」という言葉に触れたとしても、それらの内容には触れないので。
それがどういうものなのかは一切知らなかった私。
なので、当時の私には、バックでやっている最中ということが分かりませんでした。
「最後はどっちだ?」
「ぎゅーして」
「最後」と聞こえたので、もしかしたら中から出てくるのかと思いつつ、服を着るような物音も、歩く物音もしないので、じっと待ちました。
するとしばらく後、中からまた荒い息が聞こえてきて。時々「ん~…」というような声も聞こえます。
でも、パンパンとは聞こえません。
代わりに布団がこすれるような音。
そーっと覗いてみると、仰向けの女?の上に男?が乗って、抱き合っていました。
ただし今回は、女?の中に出入りしている「見たことが無い形状の大人のおちんちん」が見えました。
それでいよいよ「これがセックス?」と想像できるようになりました。
突如として目の前に広がったセックスといういけない行為と、男の「最後」という言葉がよみがえり、
見つかるのが怖くなった私は忍び足、かつ急いで、そこから抜けだしました。
「セックスしたいの?」
「したい」
「じゃぁ、こっちにおいで」
…家に帰って何をしたかは、いうまでもありません。
「ここにいれるの?」
「そうだよ。入れてごらん」
おっぱいやお股はもちろん、顔すらも見えなかった女性…であろう人。
私の想像の中で、初めての私を優しくエスコートしてくれます。
「おちんちん入ったよ」
「上手に入ったね。気持ち良い?」
「うん」
女性の局部は全く見えなかったのに、どんなエロ本よりも刺激的だったその光景。
「さぁ、たくさん動いてごらん?」
「うん」
「どうやればいいか分かる?」
「知ってるよ。こうでしょ?」
…なにかドキドキする、女性の変な声、息。
「そうそう…んっ…上手だよ…」
「気持ち良いの?」
「気持ち良いよ」
「どこがいいの?」
「おく」
なによりも、初めて知った「セックス」の正体。
よく分からないけれど、聞いているだけでドキドキしたエッチなやり取り。
「最後はどうするの?」
「ぎゅーして?」
あのとき、二人は「最後」といって、抱きつき正常位になっていました。
体位については分からなくても、おちんちんを動かしながら、裸の女性と抱き合っている…抱き合うだけでもドキッとするのに、裸で、なおかつおちんちんを、あんなふうに…。
「気持ち良い…もう出ちゃうよ…」
「いっぱい出すんだよ」
想像の中で、女性は僕をギューしてくれます。
あの時の光景が忘れられなくて、相手と雰囲気が許すのであれば、僕は行為の最後で必ず抱き着き正常位になると決めています。
「出る…精子出ちゃうよ…」
「いいよ。出して…」
「うん…出るよ…出るよっ…出るぅっ!」
抱き着き正常位になると、女性も僕にギュっと抱きついてくれたりして。
密着感が一層、気持ち良さを増幅してくれます。
でも、それを感じるようになったのは大人になってからのことで。
もとはと言えば、エイコさんの姿が脳裏に焼き付いてしまったことがすべての始まりでした。
「気持ち良かった?」
「うん。いっぱいビュ!ってなった」
「またセックスしようね」
「うん」
…当然のことですが、私はまた、あの小屋へと足を運ぶことを決心しました。
どうしても、想像だけでは我慢できそうにありませんでした。
結果、私は忘れられない経験をします。